「ガハァ!?」
教会のあった街から離れたかなり離れた小さな丘の上の墓地にて地面から一人の老婆が出てくる。
「ハァ………ハァ…………危なかった。もう少し離脱が遅ければ殺られていた…………」
彼女は痩せ細り骨と皮だけの様な姿で、乳は萎み体には蛇を巻き付けている。
息を切らし、“離脱”が成功した事を確認する。
彼女はチャームンダー。
“ドゥルガー”と同一視される女神である。
彼女は龍の頭に喰われ切る前に自らに術をかけていた。
チャームンダーとしての術を。
その結果、こうしてチャームンダーとして墓場に顕現した。
「死体を喰えば力をそれなりには取り戻せる。再戦はすぐですよ、神殺し……」
「ふむ。気配を感じて来てみたが………どうやら手負いの様だな」
突然、背後からした声にチャームンダーはビクリと体を震わせる。
まつろわぬ神である彼女を震わせる程にはその声の主の気配は凄まじかった。
「まぁ手負いとは言え、退屈凌ぎにはなるだろう。精々私を楽しませてくれたまえ」
チャームンダーが振り返り、見た姿は老人であった。
広い額に、ひどく青白い顔色、銀色の髪は綺麗になでつけられ、丁寧にひげは剃り上げられている。
その印象は知的であった。
そして、緑柱石の色の瞳が特徴的であった。
その表情は獰猛な笑みを浮かべていた。
それに合わせる様に風が吹き荒れるのだった。
◆◆◆◆◆
「今回はマジでヤベェな…………」
龍の部位は全て消え、骸は地面に倒れていた。
骸を中心に血溜まりが広まっていく。
圧倒的に血が足りなかった。
戦闘が終わったからか、吸血鬼の権能による身体能力の強化と再生力の強化は消えていた。
今回の戦闘では血を流し過ぎた。
ドゥルガーは倒したと思えるが手応えに違和感があった。
しかし、それを確かめる余裕すら無い。
血がどんどん減って体が衰弱していくのが分かる。
そんな時に半月が近付いて来て、骸を仰向けにすると、その上に股がった。
半月は少々顔を紅めているが表情はニヤリと笑っている。
骸は嫌な予感を感じながら顔をひきつらせる。
「何のつもりだ?」
「この体勢の方がやりやすいでしょ?」
「何をだ?」
「私の中の地脈から吸い上げた呪力をあんたに注いで傷を回復させるのよ。私の体から呪力が抜けてちょうどいいしね」
「ちょ、それはつまり……」
カンピオーネに魔術の類いは効かない。
例外を除いてだが。
その例外が経口摂取なわけだが。
それはつまり口付けをするという事だ。
「す、少し待て!!」
「いやよ。待たない」
「ムグゥ!?」
血が足りない状態で抵抗出来るわけも無く、半月の唇が押し付けられる。
同時に呪力が流れ込んでくる。
「ウグッ……」
「ハァァ……」
舌を絡めて来る。
唾液が混じり合っていく。
呪力を流し込まれ、傷が塞がり始め、体力も回復して来るが何故か抵抗する気は失せてきていた。
「プハァ……もういいんじゃねぇか?」
「いいや、まだよ」
互いに顔は真っ赤だろう。
そんな状態で半月が再び唇を押し付ける。
今度は骸も大して抵抗しない。
むしろ、受け入れる様であった。
思わず抱き寄せかけるが、一歩踏み留まる。
それに対し、
(ったく、しちまえばいいものを)
「(そこは踏み留まる所じゃ無いでしょうが)」
喰と半月の両方から心の中で罵倒されるが骸は気が付かない。
そして、また唇を離した時に足音が聞こえた。
二人の体がビクッと震える。
半月が骸の上から体をどけ、骸は上半身を起こし、足音がした方を見る。
「戦いが終わったと感じ来てみたのですが……………貴方達は此処が教会だと理解してますか?教会の裏で何をしているんですかね?」
そこにいたのは院長であった。
表情は笑顔。
しかし、笑顔故に恐ろしい。
ドス黒いオーラが背後に見える様である。
二人は説教を覚悟して項垂れるのだった。
故に二人は気が付いていなかった。
院長の笑顔に微笑みが含まれている事に。
◆◆◆◆◆
教会から少し離れた建物の上で双眼鏡を持ち、骸とドゥルガーの戦いを眺めている者がいた。
「全くせっかく結界の穴を広げて、戦神をおびき寄せてぶつけたのに倒されちゃ意味無いわね」
ドゥルガーの敗北を残念そうに吐き捨てる。
そして、続けて双眼鏡を覗くと骸と半月の口付けを目撃する。
「っ!?何してんのよ、あいつ!?私を指しおいてあんな女と……って、いやいやそうじゃなく!!」
顔を真っ赤にして取り乱すが顔を振り、考えを振り払う。
「と、とにかく次こそは貴方を殺して仇を取るから覚悟してなさいよ、骸」
聞こえて無いのは分かっているが自分に言い聞かせる様に宣言する。
そして、“飛翔術”を使いその場から消えるのだった。
「……死にたかったんじゃないの?何を幸せになろうとしてるのよ、あいつは…………」
そんな呟きを残して消えた。
その言葉は誰の耳にも届かず。
◆◆◆◆◆
一時間半の説教の後に話は明日と言う事にして、骸は宿へと戻った。
とにかく一休みしたかった。
今日は色々有りすぎたのだ。
「権能が増えてねぇ………ダリィな。まさか生きてるとかねぇよな」
(ラウムのはちゃんと得てるんだがな。まぁ生きてるならこんな静かじゃねぇだろ)
「確かにな」
ドゥルガーの権能は“何故か”増えていなかった。
おそらく認める程の戦いでは無かったのだろうと適当に結論付けた。
(それより、“契約”はどうするんだ?)
「破るわけねぇだろ?“契約”は絶対に破らない。それが“俺達”の唯一の絶対だ」
(なら、半月を守るという事でいいんだな?)
「あぁ、あいつの生きている限りはあらゆる危機から守る」
(なら、お前は“死ねない”な)
「そうなるな。“生きる”理由とは違うが“死ねない”理由は出来ちまったわけだ。ダリィ事に」
(俺としては喜ばしい限りだよ)
そんな会話をしつつ、“彼ら”は眠りにつくのだった。
◆◆◆◆◆
「よう、おはよう」
「あら、早いわね」
翌朝、教会を訪ねると半月が庭の掃除をしていた。
院長は中と言われ、骸は教会の中へと入っていく。
そこで院長には昨日の一部始終を説明した。
その後、聞きたい事を幾つか聞くと院長に半月が話があると言われ、半月の元へと向かう。
教会内で半月を探すと、昨日と同じく講堂にいた。
「話ってなんだ?」
「いきなり聞く?ゆっくりと話ましょ」
言いながら半月は骸に缶コーヒーを投げ付ける。
骸は適当なベンチに座ると缶コーヒーをチビチビと飲み始める。
「さて、まずはこの“刀”、“鬼切丸”の事だけど貰っていいの?」
「いいぜ。刀がお前を選んだんだ。むしろお前が持ってるべきだ」
「そう。なら、ありがたく貰っておくわ。私の剣は折れちゃったからね。よろしく、“鬼切丸”」
半月は刀に挨拶する様に呟く。
「それで本題なんだけど、」
「あぁ」
「私、此処を出てあんたについて行くから」
「そうか…………ハァ!?いやいや、どういう事だ?」
「ほら、あの戦闘狂女神も言ってたでしょ?私を妙な気配を放つ者的な事を」
「それがどうしたんだよ」
「嫌な予感がするのよ。私がこのまま此処にいたら院長達に迷惑かけそうだからね。世話になったからこうして修道服着て、仕事を手伝って来たけど迷惑をかける様なら話は別。私は此処を離れる。貴方の方では何か問題あよのかしら?」
「いや、俺達としてはお前に合わせて此処に定住するつもりだったが」
これは冗談では無い。
守る対象を無理に移動させるより、守る対象に合わせて自分が暮らした方が楽なのだ。
とないえ、こうなると予定が崩れる。
「まぁいいが。一週間待てるか?」
「別にすぐ出てくわけじゃ無いから待てるわよ」
「そうか。それならいいんだ?」
一週間があれば準備くらいは出来る。
とりあえず半月を連れるのならば今まで通りの世界を回る生活は避けたい所なのだ。
「そういや、院長には話してあるのか?」
「あるわよ。ちゃんと許可を取った上で言ってるのよ」
ならばと言う事で少し話をする為に再び院長の元へと向かう。
もう一回話すのは面倒だが、こういう話なら仕方ない。
「それで、どうして許可を出したんですか?」
「何か迷惑が御座いましたか?」
「いや、無いけど。一応理由ってのを聞いておきたくてね」
「あの子は物心がつく前から此処で暮らしていました。それ故でしょうか何か此処に自分を縛ってる様に感じたのですよ。私はそれから彼女を解放したかったのですが、今回彼女は自ら選択しました。だから、その選択を尊重しただけです」
「なるほどね」
(まぁ妥当な所だな)
骸も喰も納得した様に頷く。
そこで院長が一つ頼んできた。
「大変厚かましい事ですが、あの子の事を守ってあげてくれませんか?」
「元々そのつもりだよ」
「それはありがたいです。私に取ってあの子は我が子も同然です。よろしくお願いします」
「あぁ、任された」
親代わりに頼まれたからにはやるしかない。
現実的な案を実行する為に骸は携帯を取り出して甘粕に連絡を取るのだった。
上司の方が話は速いかもしれないが何となくそちらの方が確実な気がするのだった。
そして、“彼ら”は気付いていなかった。
面倒事を避ける為に移住しようとしている“あの地”はむしろ面倒事が多いと言う事を。
この章のエピローグと言う感じでした!!
次回より新章です!!
原作で言えば四巻と五巻の間辺りの時期になります。
“彼ら”が半月を連れて何処に移住するかは次回にて。
ドゥルガーもといチャームンダーはあの方に殺られました。
ギリシアからあの方の住処は世界地図的には近い物ですし。
ドゥルガーの気配を感じて、“彼ら”の気配を感じないのは教会を囲む結界の外か中かの違いです。
それでは質問があれば聞いてください。
感想待ってます。