「それにしても、転生しても神殺しになっておるとは奇妙な運命じゃのう~」
玉依姫は船首に立ちながら呟く。
その様子を“彼ら”は眺めていた。
まつろわぬ神が顕現しているとはいえ、ここは日本海である。
陸からはかなり離れている。
気配もそう感知される事は無いだろう。
中国のカンピオーネが来そうな気もしなくは無いがその時はその時である。
「(ったく、カンピオーネを前に呑気な神様だ)」
(とは言っても一応の警戒はしてそうだけどな)
「(どちらでもいいけどな。結局……)」
(殺るからな)
話をしに来た。
確かにその通りだ。
とはいえ、別にそれだけが用では無い。
“彼ら”の目的は因果を断ち切る。
ある程度、話は聞きたいが聞いた後は殺るだけなのだ。
そんな事を考えていると、玉依姫は顔を目の前にまで近付けて来ていた。
「…………なんだよ」
「いや、転生した存在だからか“奴”に似ておると思っての。それに、汝も“奴”も妾の様な存在を前にしたら考える事は同じ様じゃな。妾を殺すつもりであろう?」
「「!?」」
直後、小舟を中心に呪符が現れ囲む。
そして、骸は“鬼切丸”を手に持つ。
「待て待て、慌てるな。妾は逃げも隠れもせん。それに妾の様な脆弱な存在を殺した所で汝……否、汝らは得をせんぞ?」
「俺達の事を分かってるのか?」
「汝らはどうやら一つの体に二つの人格が同居しているようじゃ」
「何時気付いた?」
髪が一房、白髪へと変わる。
骸から喰に変化したのだ。
「簡単じゃ。妾が見れば分かる。それだけの事じゃ」
「……分かんねぇな~(こういうのは苦手だ。出たはいいがお前に任せた方が良さそうだ)」
(まぁ俺も苦手で、ダリィが仕方ねぇ)
髪が再び変化し、黒一色になる。
「俺達の事はまぁいい。逃げ無いってどういうつもりだ?自分で脆弱と言っておきながら俺には勝てるつもりか?」
「いいや、妾は脆弱じゃよ?人間に比べたらそうでも無いが妾は数ある内の一つでしかないからの。汝ら、神殺しにとっては脆弱に見えるんじゃよ」
「そうかよ」
「妾が逃げる気も無いのは話を聞けば分かる事じゃ。どうする?今殺るかの?」
「分かったよ。一旦話をしようじゃねぇか」
骸はしょうがないと言った感じに呪符を回収する。
◆◆◆◆◆
玉依姫は船首の上に立ち、“彼ら”は船尾に背を預け、向かい合う。
「さて、何から聞きたいんじゃ?話をするにもまずそこからじゃ」
「あんたと“前世”との関係。そして、転生するに至った経緯だ。とはいえ、簡単でいい。詳しく知る気はねぇ。そこまで踏み込むと断ち切りにくくなるからな」
「ふむ。そうか、汝らは妾と“奴”との関係を自らの運命から除きたいわけじゃな。そうか、そうか大体分かったの」
何かを納得した様に一人頷く玉依姫。
骸が怪訝な顔をするが、お構い無しである。
「さて、まずは“奴”と妾の関係じゃな」
「そうだ」
“彼ら”はそれが一番知りたかった。
カンピオーネであった前世。
その記憶の一部、砕く前に見た物に深く刻み込まれた物、それが玉依姫だ。
何故カンピオーネが、まつろわぬ神を殺さず、それでいて深く記憶しているかが気になっていた。
玉依姫は骸の顔を面白そうに眺めながら口を開く。
「“奴”と妾の関係を表すに相応しい言葉は“愛”じゃ!!」
「「は?」」
骸と喰の声が重なる。
頬をひきつらせ、絶句する。
一方の玉依姫は顔を少々紅めている様子である。
「何じゃ?理解出来ぬか?つまり妾と“奴”は愛し合っておったのじゃよ」
「いや、待て待て待て!!何でカンピオーネとまつろわぬ神のお前がそんな関係なんだよ!?」
予想外というか想定すらしてない答えに戸惑う。
「“奴”と最初に出会ったのは何時じゃったかの………ともかく桜が満開の時じゃ。妾が桜を眺めていた所に“奴”が無粋に現れおったのじゃ。“奴”も最初は妾を殺す気であったが、敵意の無い事を示し、桜の素晴らしさを語ってやったら“奴”も戦う気は無くした様じゃ。その後、一晩酒盛りに付き合ってやって“奴”が酔い潰れた後に妾はそこを去った」
思い出すのも楽しそうに語る玉依姫。
確かに十二単の彼女と桜は合うのだろうが、カンピオーネとそこまで簡単に話が進むのかは疑問である。
「(何か女特有の思い出の美化というのを感じるんだが)」
(神とはいえ、女だしな。そこは気にしてやんな)
等と考えながら話を聞いていく。
そこから三十分はのろけ話の様な物を延々と聞かされる事になるのだった。
三十分して、骸はかなりうんざした表情をしていた。
この女神様、かなりの話好きであった様だ。
「………と何度も会う内にこの奇妙な縁に妾は運命を感じたのじゃ。きっと“奴”もその時には運命を感じておったと思うのじゃ」
「(なあ、何時までこの話を聞いていればいいんだ?)」
(……俺に聞くな)
((この女……マジで))
「(ダリィ……)」(笑えねぇ………)
「そして、ついに妾と“奴”の運命を決める事が起きたのじゃ」
ここまで聞くのに四十分。
核心が遅すぎである。
何より話を聞く限り、玉依姫達が気持ちを自覚するのには数十年掛かっている。
恐ろしい恋物語である。
「どこぞの神が妾を襲って来ての。妾は脆弱で戦闘など出来ないに等しい。妾が傷付き倒れた所に現れたのが“奴”じゃ。“奴”は妾を助け、妾を襲った神を打ち倒した。そこで妾と“奴”は運命を確信し、愛し合う仲になったのじゃ」
「分かったよ。十分に分かった。ださら一言だけ言わせてくれ」
骸は適当に頷き、
「「話が長いんだよ!!」」
声を重ねて叫んだ。
なんと言うか我慢の限界が来た様だ。
「最初に関係を聞いた所で止めておけば良かったと心から思うよ」
「そう嘆くな。どの道、“奴”が転生した経緯を話す過程に関係ある事じゃ。今の話を聞くか、聞かないかで妾と“奴”の関係の理解が違うからの」
「そこは十分に分かったよ」
うんざりなほど聞かされたのだ。
玉依姫と前世の関係の深さは嫌と言う程、理解した。
さぁ、もう覚悟はした。
次の話を聞こうでは無いか。
「“奴”が転生した経緯。それは先程の話から数年後の事じゃ。妾と“奴”は一定周期で会っていた。そして、その日はまるで運命かの如く“奴”と出会った満開の桜を連想させる様な光景が広がっていた。“奴”も今生の最期にあの桜を見れて満足だったであろう。あの日は妾と“奴”の運命の終着点であるのだからな」
「終着点ね…」
その言葉で何やら空気が変わる。
「妾の伝承が大体どの様な物か、汝は知っているかの?」
「ある種の処女懐妊、神の子の誕生に似た流れが多いな」
「そうじゃ。妾はその中でも姉の子を育て、その妻となった存在じゃ」
玉依姫は複数の神の名として使われている。
複数の伝承の中にその名は現れる。
今“彼ら”の目の前にいる玉依姫は日本神話の玉依姫に近い物であろう。
「それがどうした?」
「妾の権能は出産、育児に関連した物じゃ。そして“奴”は詳しくは妾も知らんが北欧神話の“ヘル”などの魂を司る権能を複数持っていた」
「まさか……」
「察しがいいの。そう、妾と“奴”は子を創造したのじゃ。正確に言うのならその魂をな」
その秘技は“奴”が編み出した物。
妾の口からは絶対に教えないし、完全に教える事は不可能と玉依姫は言う。
“彼ら”にとっても、それは興味が無かった。
「それがどう繋がる?」
「妾と“奴”は確かに神と神殺しの混血とも言える“魂”を創造した。しかし、それを許さない存在もいるという事じゃ」
「つまり、襲撃を受けたか」
「そうじゃ。複数のどこぞの神が妾達を襲撃したのだ。しかも遥かに格上の存在がな。妾の様な脆弱な存在と創造したばかりの“魂”を連れて逃げるのはさすがの“奴”でも無理じゃった」
その言葉の一言一言が重く。
後悔を吐き出す様な感じであった。
「そして、“奴”が囮になると言った。妾は嫌と言った。消える時は一緒と言った。しかし“奴”は曲がらなかった。妾と“魂”を逃がす為に複数の神の相手をし、妾を逃がした。強引に妾を引き離した。これが妾の知る限りの“奴”の事じゃ」
「まぁそこで死に掛け、“転生”したのは確実だろうな………」
詳しくは聞かない様にしている。
だから、詳細は聞かない。
話させない。
「それでお前はどうしたんだ?」
「妾も逃げ切れるわけも無く死にかけた。最後の力を振り絞り、“魂”に術を掛け、相性のいい体に宿る様にした。そして、妾は自らを封印して身を隠した。とはいえ、傷は癒えて無いがの」
話終えた途端に、フラリと倒れる。
骸は慌てて抱き支える。
「悪いの……そろそろ限界が近い様じゃ」
「………………」
(…………………)
骸は玉依姫を船首に背を預ける様に置く。
そして、玉依姫に背を向ける。
「何じゃ?妾は話を終えたぞ。殺すのでは無かったか?」
「殺る気が失せた。死にかけをやる気はねぇよ」
そこまで道を踏み外してはいない。
これからどうするかと悩みながら頭を掻く。
そんな時に激しい頭痛に襲われる。
「「……っ!?」」
頭痛は骸と喰の両方を襲い、両方の意識を呑み込み、沈めていく。
そして、髪が灰色へと変貌する。
「どうしたのじゃ?」
急に苦しみだした“彼”を心配する様に声を掛ける。
“彼”は玉依姫の方を向くと、微笑む。
『済まない。君には重荷を預けてしまっていた様だ』
そして“彼”は“彼ら”とは違う声で玉依姫に言う。
その声は懐かしく、そして求めていた物であった。
「“ ”か!?」
『そうだよ。少し“この子達”の体を借りさせて貰った。君に一言謝っておきたくてね』
「謝罪などいい。妾が聞きたいのは一つじゃ。それさえ聞ければ妾は安心して逝ける」
『相変わらずだな、君は。でも謝るのだけはしっかりやらせてくれ。あの時は済まなかった。君を置いて死んでしまって。でも、君への愛は変わらない。私は何時いかなる時も君を愛していた』
「それだけ聞ければ満足じゃ。もう悔いは無い。“次”に任せられるというものじゃ」
『それは良かったよ。そして、骸と喰だったかな。君達にも迷惑をかけて済まなかったね。私は意識としてはこれで消失するだから君達も自由にね』
それを最後に髪は黒く戻り、体は倒れた。
それを玉依姫が受け止め、抱きしめる。
「……ん?」
「目覚めたかの?」
「これは……どういう状況だ?」
「汝が倒れたから抱いて受け止めてやっただけじゃ」
「それは悪かったな。すぐに退くから離してくれないか?」
「その前にじゃ」
「!?」
いきなり口付けされた。
頭を抱き締めた状態解放されたと思ったら、顔を近付けてきて口付けされた。
意図も分からず骸が困惑していると、玉依姫は口を押さえ笑う。
「転生した者とはいえ、惚れた男の初口付けは妾の物じゃ!!」
つまりファーストキスを奪いたかった様だ。
「そ、それでお前はどうするんだ?俺達はこのまま去るが」
「そうじゃの…汝ら、去る前に妾の血を吸っていけ」
「「は!?」」
またも声が重なる。
「どういう事だ?」
「妾はただ消滅する気は無くての。せめて、汝らの力になってやろうという事じゃ」
「何でそうn
言い切る前に玉依姫が近付いて来て、骸に首を噛ませた。
「では、これは“契約”の前払いとでも思ってくれればいいんじゃ」
「契約だと?」
「妾が施した術の反応からして、あの時に創造した“魂”は既にこの世に産み落とされている。だから、その子を守ってやってくれんかの。友人でも、恋人でも立場はどうでもいいから、とにかく守ってくれんかの?」
それを話す玉依姫の顔は笑顔だった。
「お前、ズルいよ」
それだけ言って骸は玉依姫の首に噛み付き、その存在を吸う。
玉依姫が消えていくのを感じながらその存在を受け止める。
“契約”は絶対に破らない。
ましてや“遺言”である。
逆らえる筈も無い。
玉依姫編は終了!!
次回からは遺言の関連です。
玉依姫に関しては独自解釈がそれなりに入ってます。
それでは質問があれば聞いてください。
感想待ってます。