深海ヨリ、異端ノ提督カラ   作:UNKNOWN819

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ここからやっと本編なんです。長くてすみません……

なお、最初の回想(夢)シーンに切断描写が含まれます。苦手な方は飛ばしてください。


一章 沈みゆく
1話 深海ヨリ


 ひどい夢を見た。

 

 

 

 どす黒い大海原に囲まれた景色のなか。

 

 目の前に見えるのは何もない。ただただ荒れた海原に、ぽつんと立つのは僕ひとり。

 

 無線を操作しようと、右手の機関短銃を左手に持ちかえようとした。

 ……が、よく見れば左手首から先がない。だらんと垂れた左腕の付け根にも大穴が開き、もはや使い物にはならなさそうだ。

 

 短銃のスリングを首に掛け、空いた右手で銃剣を抜く。

 

 そのまま左肩の銃創に銃剣を突き刺し、一息に切り落とした。

 

 痛みは感じない。

 ちょうど間接の部分だったが、骨は砕けて無くなっていたから切りやすかった。

 

 

 先程まで僕の左肩にぶら下がっていた腕を背嚢に突き入れ、そして肩口から一瞬だけ吹き出した鮮血がすぐに勢いを弱めるのを眺めながら、無線をコールする。

 

 

 

 

ーーーーー……ちら、……くいちばん………ねが………。

 

 

ーーー…………い。げき……い、せいこう……。

 

 

ーーーーはい………。……とう……ます。

 

 

 

 

 

 黒雲が隙間なく覆う空に、大小無数の星が浮かぶ。

 

 目の前で連続してストロボを焚かれているかのように、閃いては暗転してを繰り返す。………感覚でわかる。血が………もう、ない。

 

 

 

 

 

 

 真っ赤な血の航跡を作りながら、僕は、ふらふらとした足取りで陸へと向かっていくーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーっ………!?」

 

 

 あれ……僕は……?

 

 どす黒い夢の景色とは一転、飛び込んできた明るい明かりに目が慣れず、思わず目をぎゅっと細めた。

 

 ………ここは、どこだ?

 

 

「あーっ!目が覚めた?覚めたの!?」

「……………?」

 

 

 すぐそばから、………本当に顔のすぐそばから無邪気なはしゃぎ声が聞こえてきた。

 息遣いも聞こえるほど近く……にいたと思ったら、すぐに離れていく声の主。声を出して引き留めようにも、喉が乾燥しているのか全く声らしい声が出ない。

 

「だれ……龍驤………?」

「ヲきゅー!こっちきて!こっちきてー!」

「………………」

 

 ヲきゅーって……ヲ級?

 

 あ、そうか。そういえば僕、飛行機で飛んでた時に何かあって、気付いたら動けない状態で『深海の鎮守府』とやらに連れてこられてて………。

 じゃあいま名前を呼ばれてるのが敵艦娘、軽空母のヲ級か?ならその名前を呼んでいるのは誰だろう。龍驤じゃないのは分かったけど。

 

 その顔を見ようと、ゆっくり体を起こそうとしたら、

 

 

「ガウッ」

「?」

 

 なんかいる。僕の胸の辺りにいると思うんだけど、鳴き声を聞くまで気付けなかった。放っとくのも何だか怖い気がするので、目だけをそちらに向けて胸元を見る。

 

 ……で、コイツは何奴?大きな口に歯がずらりと並んでいて、眼のような孔が開いた頭の上半分は金属質の尖った甲殻のようなものに覆われていて。頭頂とその両サイドとに付いてるのは……砲?蛇みたいな胴体をしているけど、その体の終端は見えなかった。

 コイツが結構な力で僕の胴体をベッドに押さえ付けているらしく、上半身を起こすことが出来ない。

 

「起きちゃダメ!ダメだよー!」

 

 で、どういうわけか先ほどの……女の子?まあ深海棲艦なんだろうけど、その子が僕に起きないように釘をさす声が聞こえた。どうなってんだ?

 ……それより、今から僕に何するつもりなんだろう。僕は指揮した艦隊で1度も深海棲艦を殺したことが無いけども、面識がない相手方にとって僕は『深海棲艦に危害を加える海軍のいち軍人』でしかない。

 国際協定ならば今の僕の扱いは捕虜ということになるけど、そもそもどこの国にも属さない深海棲艦相手に国際協定は通用するのか?……期待しない方がよさそうだ。

 

 あー、おっかねぇなあ……僕どうなっちゃうんだろう。

 

 

「やー、もしもしタイチさーん。世界の終末みたいなご表情されてるところ悪いんですけどもー」

「………?!」

「お、その反応は『やや、何故この超絶美少女は僕の名前を知ってるんだ?しかも下の名前とかこれフラグじゃね!?』って感じですねー?ね?図星ですよねー?」

「ねぇヲきゅー。この子、のど乾いてるんじゃない?」

「おぅっと……そうでしたかー。どぞー」

 

 ブリキの水差しで水を流し込んでくれている深海棲艦娘………って、このよく分からん事を言ってる子がヲ級?頭の上のでっかい頭みたいなのは着脱できたのか。肩の辺りまで伸ばした、ウェーブがかかった白い髪を体と一緒にゆらゆらと揺らしている。

 

 適当なところで右手を動かして、水はもう充分なことを伝えた。……あ、しれっと動かしたけどちゃんと手が動く。言い表せないような妙な違和感はあるけど、普段通りに近いレベルで動いてくれるじゃんか。

 

「ふぅ。ありがとうございます」

「………手、動くんだー」

「え?……はい、動きますよ?」

 

 ヲ級ともう一人いた深海棲艦、こちらは前が大きくはだけた黒いパーカーのようなフード付きの上衣を素肌に直接着ている少女……あ、いや、下に黒い水着のようなものを着けちゃいるんだけど、それも胸を覆うだけのものなので結構目のやり場に困る出で立ちだ。

 顔立ちは……そうだな、雷にちょっと似てる気がした。無邪気そうな所とか。

 

 それはそうと、なんでその子は僕が手を動かしたのを見て驚いた顔をしてるのか。しきりに僕の手を揉んでみたり、擦ってみたり、ペタペタと触ったりしているけど、そこに何かがあるわけでも何でもない。

 少女の長い爪が肌を引っ掻く感触も含めて気持ちいいので、放置しておくことにしよう。

 

「はいはいー、それでは念のため確認しまーす。まっこと勝手ながらネームタグと略章を拝見させていただきましたが、あなたは白鷺洲 多一(さぎしまたいち)少佐、これ間違いありませんかー?」

「はい」

 

 ネームタグ、つまり認識標か。いちおう条約には従っておこうと捕虜らしく正直に答えると、ヲ級が手元の紙をぺらりとめくって何かをペンで書き込んだ。こちらに対して敵意があるわけでもないせいで尋問っぽくはないけど、何なんだろ。これからどんどんエスカレートするのかしらん。

 

「年齢はー?」

「19です」

「所属はー?」

「……日本海軍、ブーゲンビル基地」

「はいー。では、あなたが最後に飛行機を操縦した日はー?」

 

 

 最後に操縦した日……つまり最後に書類をまとめた日だから、

 

 

「たしか……9月18日?」

「おっ、正解ですよー……ふむふむ、近日の記憶は大丈夫そうですねー」

 

 言いながら、またカリカリとペンで紙に何か書き付けていくヲ級。音からして続け字で書いてるようなんだけど、ものすごく軽快に、流れるように書いているのが手元を見なくてもわかる。

 その間、もう一人の黒パーカー少女はというと、

 

「zzz……」

(寝てる?)

 

 僕の手を触るのにも飽きたのか、頭をベッドの端に乗せてグッスリ寝ている。やっぱりなんだか基地の駆逐艦姉妹みたいだ。相手が深海棲艦だということも忘れて、その微笑ましい寝顔に思わず笑みがこぼれた。

 

 と、ベッドサイドの椅子に座るヲ級がこちらを凝視していることに気が付いた。

表情に乏しい顔だとは思ったけど、今はわずかに驚きの表情が浮かんでいるようにも見える。

 

「あの、どうかしましたか?」

「えっ……あ、いえー。なんでもないです」

 

 『次いきましょう次』と少し慌てた様子でインク瓶の底にペン先をカチカチとぶつけてインクを付け、紙に何事かを書き込んで纏めはじめるヲ級。

 何だったのか聞けないまま、というより聞く間を与えられないままにヲ級が立ち上がった。

 

「では簡単にメディカルチェーックー!のお時間ですー」

「はぁ」

 

 返事はしてみたものの、隣のパーカー少女と連動するかのように、僕の上半身を押さえているでっかい蛇みたいなやつも横になって寝ていていい加減に息苦しくなってきたのと、砲のエッジの部分が胸に刺さって痛くなってきた。ってかコイツは本当に何者なんだろうか。少なくともウチの艦隊と交戦した深海棲艦にこんなのは居なかったと思うけど。

 そんなことを思っていたら、ヲ級が軽々と胸の上のヤツをどかしてくれた。ありがたい。

 

「体はそのままで結構ですんでー。はいこれ挟んでくださーい」

 

 2、3度振った体温計を脇に挟まれる。

 計測している間に触診でもするつもりなのか、低いベッドの傍らに膝をついたヲ級にシャツの上からごそごそと上半身をまさぐられる。

 

「押さえますねー。ここ痛かったりしませんかー?」

「大丈夫です」

「じゃあこっちはー?」

「何とも」

 

 目だけ動かして見える範囲には包帯とか血の色とかいうものは見えないし、特に外傷とかは無い……と思う。ペタペタ触られている最中に体を起こすのも何だかアレなのでじっとしているものの、本当はすぐ自分の目で体の状態を確認したいところだ。

 色々と落ち着かない気をまぎらわそうと、どうでもいいことを考えながら艦内灯のように鳥籠型の覆いが付けられた電球を見つめていた。

 と、不意に押さえられた箇所に妙な感覚が走って我に返る。

 

「そこ、もう一度押さえてくれますか」

「………ここですかー?」

 

 左の脇腹のかなり上、肋骨の上から触られてもわかる違和感。なんというか、痛くはない。痛くはないんだけど………。

 

「感覚がない………」

「……………ふむふむー。ではこっちはー?」

 

 次に触られた右肩、………これも感覚がない。

 すすす、と首筋の辺りまでを撫でるように触られたものの、そこも麻酔がかかったように感覚が消えていた。

 

 そうか、さっき右手を動かしたときの妙な違和感の正体はこれか。手だけに感覚があって、それ以外に感覚が無かったから妙な感じになったんだろう。

 

「感覚がありませんかー」

「はい」

「見た目はノー問題なんですが……わっかりましたー」

 

 またベッドサイドの椅子に座ったヲ級は紙に何か書き付けた書類を置いてひとつ息を吐き、僕の脇の体温計をチラリと覗く。

 どうやらまだだったようで、僕の脇に体温計を挟みなおすと、伸ばしていた背筋をへにょっと曲げて僕と目をあわせた。聞いてはいたけど、深海棲艦の目って本当に蒼いんだなぁ……きれいな色だ。

 

「―――はい、これでタイチ君も名実ともに立派な捕虜兼、傷病兵となられましたー。おめでとでーす」

 

 ぺしぺしと気の抜けた拍手をしながら、そんな事をのたまうヲ級。ちょっと検査みたいなこともされたし、ここまで何も暴力的な事は無かったし……いや、目の前でゆるゆるオーラを四方に発散しているヲ級と暴力という単語がどうも結び付かないんだけどさ。でも、まだ何をされるか分かったもんじゃない。

 

「さてー、ここでめでたく捕虜になったタイチ君にお願いがありまーす」

「何ですか?」

 

「われわれ深海棲艦艦隊はハーグ陸戦条約、またジュネーヴ条約に(のっと)ってタイチ君を捕虜として扱いますー。てぶん野蛮な真似はしませんのでそこんとこご心配なくー、でーす」

 

 

 

 ………何と深海棲艦は、普通に国際協定を知っていた。これすなわち僕は国際的に定められた正式な『捕虜』として扱われるということで、つまり、…………何なんだろう。何だったっけ。

 

 やばい、ハーグ陸戦条約もジュネーヴ条約もかなり忘れてるから何ができて何ができないのかあんまり分からん!ブイン周辺の皆さんは誰もが優しかったし、国どうしの大きな対立もなくて他国が攻めてこない平時だったからって、めちゃくちゃ油断しすぎてたのか僕!

 

「もしもーし?大丈夫でーすかー?」

「あ、いえ、はい。大丈夫です」

「そーですかー。ではひとつタイチ君に権利をあげましょー」

「権利、ですか?」

 

 権利、権利、けんり……えーと、ハーグ陸戦条約が定めるところによると捕虜に与えられる権利は…………わからん!

 たぶん、ごはんは貰えるとおもう!

 

「まーこれは条約とかあんまり関係なしですがー。とりあえず何か質問に答えようかとー」

「質問?」

「なんでもいいですよー?」

 

 なんでも、と言われてもすぐには思い付かない。

 でも、最初から知りたいと思っていることはあった。迷わず僕はそれを聞く。

 

「みんなは………なんでもいいです、基地の皆の事を何か知りませんか?」

 

 龍驤、暁、雷、響、電、天龍、龍田。ほとんど家族同然のような暮らしをしている彼女らのことを、まず聞かずにはいられなかった。

 深海棲艦に聞いても答えてくれるかわからないけど……藁にもすがる思いというのはこういう事なのだろう。出撃はどうしているのか、何か妙なことは起こっていないか、何でもいいから知りたい。

 

「いいですねぇー……いい上司をもって艦娘の皆さんも幸せ者ですよー」

 

 おおよそ深海棲艦とは思えないようなことを呟きながら、ヲ級がどこからか1枚の紙を取り出した。

 

「傍受した無線の記録なんですがねー?この3週間、ブイン基地から1日に複数回のペースで無線が飛ばされているんですよー。確認できた発信者の大半が『タツタ』、内容はすべて返答を要求、かつ近況を報告するものだそうですー」

「おぉ、それはまた…………」

 

 やっぱり心配かけちゃってるな……ところで龍田よ、日に何度も僕に向けて通信してくれているのは嬉しい。嬉しいけどさ、その、なんか怖いよそれ。

 というか通信し続けて3週間?ということは、僕は3週間ずっと眠り続けていたってことか!

 

「何となく天龍と電が心配だな……。そうだ、ところで僕は飛行機でパトロールしていたんですが」

「はいはい、把握してますよー」

「……僕、()ちたんですかね?」

「墜ちましたねー」

 

 あれ、すごく何でもないことのように言われた。

 

「ま、生きてるからいいじゃないですかー。………でもねータイチ君、いちばん大事なのは『墜ちた』じゃなくて『墜とされた』ってことでしてー」

「『墜とされた』?撃墜されたっていうことですか?」

「いえーす」

 

 そういえば……僕が飛行機を操縦していた最後の記憶、例の怪しい漁船が何かを積んでて、それが光って、目の前がパッと白くなって―――――。

 

「あなた方が僕の機を撃った、って訳じゃないんですよね?」

「おぉ滅相もないのですよー、いまだ我々が民間のモノに手を出してないのはご存知でしょーにー。よよよ」

「…………」

 

 じゃあもしあの漁船に積まれていたのが対空兵器だとして、僕の飛行機をわざわざ狙いにくるのは誰だ?

 

 ………やりそうな奴に心当たりが無いことはない。無いことはないんだけど……本当にそうだという確信が持てない以上は疑えないから、何のしようもない。

 

「まあ、お宅のヒコーキはこちらで回収してますのでー。後で見に行こうじゃないですかー」

「回収!?……じゃあ、僕が墜ちたのはここの近く?」

「我々の力も伊達じゃありませんのでー。3週間もあればー、我等が要塞にフルサイズ航空機1機など朝飯前なのでーすよー」

 

 

 むふー、と胸を張りながら腰に手をあてたヲ級、なんだかとても得意気でかわいらしい。

 僕らが戦っている敵のはずの深海棲艦だけど……何とも謎の多い生き物だ。普通に話ができて感情があって、意思の疎通もできるなんてまるで人間だ。

 

 ほんとつくづく、僕が指揮する艦隊で深海棲艦を殺さなくてよかったなぁと思う。………いやまあ、だからといって軍の施設や艦船に甚大な被害を与えているのを見過ごそうというわけではないんだけどさ。それはそれ、これはこれだ。軍自費ってのは国民の血税で持ってるんだからな。

 

「………おお、もうこんな時間ですかー。出撃した皆がそろそろ帰ってくる頃ですかねー」

 

 ヲ級が手に取った大きめの時計……って、その時計は……。

 もしや、僕が首に下げていた父さんの飛行時計?

 

「これタイチ君のですよねー?機内に落ちてたっぽいですよー」

「やっぱり……じゃあそれ、海水に浸かっちゃったんですか」

「いやーそれがですねー」

 

 何やら色々なものが入れてあるらしい弁当箱のような金属製の箱から、パラシュート用とおぼしき1本の長くて太い紐を取り出して僕の首に少し巻く。

 

「こんぐらいですかねー……えい」

 

 ハサミで適当な長さに紐を切る。どうやら、さっきヲ級が僕の首に紐をいったん巻いたのは長さを測るためだったらしい。

 飛行時計の側面に張り出した四つのネジ穴に紐を通しながら、ヲ級はまた口を開く。

 

「この要塞の中にもですねー、機械に強い()がいましてですねー。こういうの見ると我慢できなくなっちゃうらしくー」

「も、もしかして……」

「はいー。1週間かかって修理したそうですよー」

 

 なにこれ、深海の娘たちの親切さが凄まじい……。

 捕虜として扱われている僕を治療してくれたりするのはわかる。わかるけど、墜落した飛行機をはじめとして僕の所持品の回収、それに頼まれもしない時計の修理までやってくれるなんて。

 あまりに親切すぎて、思わず何か裏があるのかもしれないと勘ぐってしまうほどの待遇だ。

 

(ここで僕を油断させて、気付かぬうちに情報を聞き出したり……いや、それともいざという時に僕を人質にして交渉の材料にするのか?)

 

 ありがちな話だ。じっさい僕に飛行機の操縦を教えてくれた教官は、不時着の訓練が終われば決まって、航空機で敵地に墜ちることの怖さを語っていた。

 戦時において条約なんて効力を為さない飾りも同然、いったん敵の手に堕ちれば自分が人間であることを忘れそうになるような扱いを受けるとか、そんな感じに。

 僕だって死にたくない。死にたくないけど……でも、他人を危険にさらしてまで生き長らえたくはない。軍人としても、リーダーとしても。

 

 僕がいろいろと考えをめぐらせていると、枕元に時計を置くドサリという音がして、同時に頬をぐいっとつねられた。

 

「はひふふんでふか」

「ん………」

 

 不自由な手では振り払うこともできず、急に静かになったヲ級にされるがままになっていると、今度は両の頬をつままれた。

 左右にぐいぐいと引っ張られたと思えば今度は上へ。

 

「ひょっほ、ひゃべへふらはいひょ」

 

 むりやり表情を笑みの形にさせられて、そのまましげしげと眺められる。こりゃあ一体なんだってんだ。

 

 その後も無言のヲ級にひたすら頬をいろんな方向に引っ張られては見つめられ、また引っ張られては見つめられを繰り返し、いいかげん僕の頬が痛くなってきた頃にようやく開放された。

 ひとしきり僕の顔で遊んだヲ級は満足そうなため息をつきながら椅子を立ち上がる。

 

「いやーいい触り心地でしたー。そこのレ級ちゃんにも負けず劣らずですねー」

 

 黒パーカー少女の頭をくしゃくしゃと撫でながら言うヲ級。

 あ、この子の名前『レ級』っていうのか。聞いたことないけど、この子もれっきとした深海棲艦なんだよなぁ。かわいいけどもさ。

 

「ではではー、私は帰還する艦隊の皆さんをお迎えにいくのでー。いましばらくそのままでお待ちくださーいなー」

「あ……はい。ありがとうございます」

 

 ヲ級が僕の脇から体温計を抜き取って立ち上がり、先程何かを書き込んでいた書類にペンで何かを書き足した。

 ペンのインクを拭き取ってペン立てに差すと、文鎮がわりにしているのか、メタルリンクで2発が連結された機関銃の薬莢(使用済みなのか、弾頭はなかった)をゴトッと置き、ドアのあるらしい方向へ歩いていく。

 

「また来ますのでー。タイチ君、捕虜なんだから逃げちゃだめですよー?」

「うーん……それはもう少し元気になったら考えます」

「それがいいですねー。んじゃいってきまーす」

 

 

 バタンとドアが閉まる音がして、ヲ級が部屋から退出する。

 

 狭くて窓のない、真っ白な空間に残されたのは、僕と深海棲艦の少女ーーーレ級のただふたり。

 外界からの音がほとんど聞こえない部屋には、レ級が立てるかすかな寝息と、枕元に置かれた飛行時計の秒針が動く小さな音のみが存在していた。

 

 こうも急に静かになると、どうしても身体中の違和感が気になってしまう。

 右肩から首筋にかけて、また胸の左あたりの感覚が消えている。ヲ級に調べられることは無かったものの、両脚の感覚が全くないことにも今になって気が付いた。

 長いこと正座をすると足がしびれて感覚がなくなる。それをそのまま脚の付け根までに拡大させたような感じだ。

 

(感覚がないだけで動きはするのか。……でも歩けるかは微妙っぽいや)

 

 足が痺れたままで歩こうとすると上手く歩けないのと一緒だ。これじゃあ逃げようにも逃げられない………まあそんな気力もないし、いま逃げたところで確実に捕まるのがオチだろうけどさ。

 頭を起こして体を見てみると、いま着ている服も僕が着ていた飛行服じゃなく、真新しい白いシャツとカーキ色の半ズボンだ。どこかで見たようなデザインだとは思ったけど、こりゃ陸さんの制服っぽい。

 フィリピンに向けて軍需物資を運ぶ輸送船も撃沈されたことがあったから、もしかしたらそれから引き揚げた物かもしれない。着なれたやや荒い布地の感触に、少しだけ落ち着いた。

 

(基地のみんなは大丈夫かな………)

 

 

 感覚のない手で傍らで寝るレ級の頭を撫でながら、僕は、基地の皆を案じていた。

 

 

 

 

 




最後にヲ級の一人語りをちょっと入れてたんですが、いろいろあって削りました。
また後になって追加するかも?

銃剣、機関短銃に関してはあえて解説はしません。また少し進んでからにします。
(まあ着剣できる日本軍の機関短銃といえば大体バレそうなもんですがw)

それはそうとヲ級かわいいですヲ級。ペロペロ。

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