深海ヨリ、異端ノ提督カラ   作:UNKNOWN819

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UNKNOWNは逝ったと思っていた皆様。ご無沙汰してます。
メインの方の息抜きで書いてたのが溜まったので投下しますぃ。


閑話 彼の地にて

 

―日本・広島県呉市・呉海軍鎮守府―

 

 

「高橋中将!ご報告に上がりました!」

「うん、入って」

 

 差し込んだ昼前の日差しを板張りの床が弾く司令官室のなか、私は鉛筆を片手で弄びながら藁半紙をめくり、ドアの向こうから聞こえてきた声に返事をする。

 今日も今日とて南国に来たかというほどに暑いけど、まだ扇風機で対処できないほどじゃあない。背後に置かれた扇風機の何倍もの電力を空調は食うのだ。それに、司令官だけが快適な気温に調整された部屋でひとり高級な椅子にふんぞり返っているなど、この日差しの中で毎日出撃する艦娘の皆に対して失礼だろう。

 しかしまあ、そういう事は大概当事者たちには理解してもらえないわけで。

 

「暑っ!ここ暑いですよ司令官!いい加減空調つけましょうよぉー」

「またそんな事言って……どうせ空調付けたらみんなここに入り浸りに来るんだからさ。ダメったらダメ!」

「い、いやいやその司令官、私はそのー、えーと、あっ!ほら、カメラもあるので汗が入ると……」

「あーもうはいはい……ほら、これでいい?」

 

 抗議のつもりだろうか、首から提げた一眼レフをぶんぶん振り回しながら頬を膨らませる艦娘―――我が呉鎮守府に所属する重巡洋艦『青葉』に扇風機を向けてやりつつ、小さくため息を吐く。夏だってのに、最近の艦娘()はどうしてこうもテンション高いんだろう。

 少し汗をかいていたのだろう、わずかに額に張り付いていた前髪を風に泳がせながら一瞬は恍惚とした表情を浮かべた青葉だったが、すぐに我に返ったように扇風機を私のほうに向け直した。

 また膨らました頬で、私のほうを睨みながら扇風機の向きを調節している。正直かわいいだけだ。

 

「ダメですよ司令官っ!顔色が悪いです、もういい加減倒れちゃいますよ?」

「え?」

 

 そんなに顔色が悪かっただろうか、私は。

 少しきょとんとしていると、青葉がポケットから小さな手鏡を取り出し、私の顔にずいっと近づけた。

 そこに映るのはいつも通りの私の顔――すこし細い輪郭にほんの少しつり気味の目、肩より少し下まで伸ばした黒髪と白っぽい肌、あと無駄に育った胸が見えた。

 いや、確かに青葉の言うとおりかもしれない。顔色は日焼けしていないというよりは血が通っていないようにも見える白だし、両の目の下にはくっきりとした(くま)ができている。髪も少し乱れ気味で、全体的な印象としては……まあ、確かに疲れているように見える。

 

「だから司令官、はやく空調を……」

 

 おや、今度の台詞はしおらしい感じだ。私のことを案じてくれているのかな?素直に嬉しい。

 ま、空調はつけないんだけどね。制御室まで出向くのも面倒だし。

 

「まあいいからさ。空調はもうちょっとしたらつけるってことで。……で、報告は?」

「そうでした!司令官あてに電報と、例の『調査』のご報告です」

 

 青葉から差し出された電報――差出人は分かっている。舞鶴の『同業者』からだ。

 簡潔な文面、『ナガツキハツカ デンワスル ヘヤニイロ』。9月(ながつき)の20日・・・今日のことか。よくもまあ、電報が届くタイミングまで計算して送ってくるもんだ。ぴったりじゃないか。

 奴のことだからどうせ電話も午後遅くになってからだろう。開いた電報を文鎮でおさえて、机の端に置いておく。

 

「電報については把握した。あとはこっちでやっとこう」

「わかりました。―――で、例の案件についてのご報告ですが」

 

 『例の案件』、言わずとも知れている。二日前の午後4時半ごろ、ブイン基地提督である白鷺州(さぎしま)多一 少佐が警備任務のためブーゲンビル島正面に広がる広大な湾の上空を飛行中、何らかの原因で海面に不時着…もしくは墜落し、そのまま行方不明になっている事件。

 近くの海岸などに漂着物は見つかっていないとの事だったが、なにしろフィリピンは遠い地だ。本国から派遣される調査隊の到着を待つ間、事故の起きた海域に最も近いショートランド泊地から臨時の調査団が編成されて調査に当たっているも、目ぼしい報告は上がっていないとのことだった。

 

 私も独自に調べを進めているし、何度かは神に祈るようなこともした。

 しかし当該海域で漁に出ていた漁船は事故当時にはすべて白鷺州少佐の警告を受けて引き上げてしまった後で目撃情報もなく、海のど真ん中で起きた事故について水平線の向こうの陸から知れることなどいくらもない。無論、爆発音も聞こえなければ銃声も伝わらない。

 こちらから調べられる事についてはすべてやった。あとはショートランドの……たしか辻大佐だったか(どういうわけかあまり情報が無いため人柄はわからない)、彼が指揮する臨時調査隊の調査結果を待つしかないのだろう。

 青葉から報告された情報も、要約すれば『重要な発見無く、進展なし』というところ。

 

「――――ふう。わかった。報告ありがとう、下がっていいよ」

「恐縮です」

 

 これから艦娘の皆は午後の演習の準備を始める頃合だ。長時間拘束して急がせてしまうのも悪いし、一通りの報告を聞いてすぐに青葉に下がるよう告げた。

 青葉もこちらの意図をくんだのだろう、ドアに向かいながら未練がましく空調空調と連呼はしていたものの比較的すぐに下がってくれた。だが去り際、

 

「そういえば司令官!雪風ちゃんが司令官と昼食をご一緒したいと言ってましたが」

「雪風が?いいよいいよ。先にご飯とって待っててって伝えといて」

「了解です!では!」

 

 雪風が……ああ、彼女も『配置替え』の当事者だったか。じゃあ今回の案件について知りたいことも多くあるだろう。

 しかしどうしたものか。雪風は元気なようでいて意外と繊細な子だからなあ……。なるべくショックを与えないように説明してやる必要がある。

 

 

 ―――……ああ、もう。やることがいっぱい!

 

 

「たいぎい……ああもうたいぎい!ウチだって出来ればフィリッピンに行っちゃりたいよ!!あぁーっホンマにもう!!」

 

 

 

 

 晴れ渡った広島の空で爛々と輝く太陽に向かって思い切り悪態をついてやる事しか、今の私には出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




青葉『司令官フィリピンのことまだフィリッピンって言ってるんですねー』

校閲してないです( ・∀・)テヘッ
最近ぼんやりとタイトルを検索してみたら某ブログ様にてレビューが書かれたりしてビックリ&感激してました。こんなこともあるんですね。


追記:『たいぎい』とは広島弁で『めんどくさい』ぐらいの意味です。
    作者が広島県人なので使いたかったのです。ふぁい。

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