大合宿三日目の朝がやって来た。今日も朝食を作るために朝早くに調理場へ行くとそこには昨日と同じように塞さんがいてくれた。一人いてくれるだけでとても心強い。
「おはようございます、塞さん」
「うん、おはよう悠斗クン」
塞さんと一緒に朝食を作り始める。時に楽しく談笑しながら朝食作りは続いた。その時、
「サエ、ココニイタ!」
片言の日本語が聞こえる。どうやら塞さんを探していたみたいだ。
「エイスリン? どうしたの、まだ朝ごはんじゃないよ?」
「サエ、サガシテタ。キノウモキョウモアサイナカッタ。ココデナニシテルノ?」
「何って、ご飯作ってるんだけど…言ってなかった?」
「イッテナイ! クルミモトヨネモシンパイシテル!」
「ごめんね、じゃあ二人に伝えといて。悠斗クンと朝ごはん作ってるだけだって」
「ハルトクン?」
「ほら、そこの彼」
そう言った塞さんはこちらに手を向けてくる。その手に従い少女は俺の方を見た。片言の日本語と日本人にはない顔立ちから少女がエイスリン・ウィッシュアートさんであることがすぐに分かった。
「? ダレ?」
「藤堂悠斗って言います。あ、これ英語の方がいいのか?」
「あはは、大丈夫だよ。エイスリンはある程度日本語分かるから」
「ワカル! エット…」
急にウィッシュアートさんは持っていたスケッチブック? ホワイトボード? に何かを書き始めた。すぐにそれは出来上がりこちらにとても上手な絵を見してきた。
「エ、エイスリン!? 違うから! そんなんじゃないから!」
そこにはデフォルメされた笑顔の俺と塞さんが手を繋ぎ、背景にハートが書かれた絵だった。もしかしなくてもこれって…
(付き合ってるって、勘違いされてる?)
どうりで塞さんが慌てている訳だ。出会ったばかりの俺が恋人扱いされたら嫌に決まっているだろう。それに俺だって誰とも付き合う気はないし。
「ウィッシュアートさん、違いますよ。俺と塞さんはそういう関係じゃありませんよ。ほら、塞さんも落ち着いてください」
「チガウノ?」
「ええ、俺と塞さんは一昨日会ったばかりだし。そこまで仲良くはありません」
そう言うと塞さんは落ち着きを取り戻していたが、少し不機嫌そうになっていた。
(確かに付き合ってるとかそういうのじゃないんだけど、なんも反応なしにズバッと言われるのはなんかなぁー。私ってあんまり魅力ない?)
「にしてもウィッシュアートさん、絵上手ですね。短時間でここまでの絵が描けるなんて」
「ソレ、ダメ!」
「え? 何がダメなんですか?」
「ウィッシュアートッテヨブノダメ!」
よく見るとウィッシュアートさんは若干頬を膨らませいかにも自分怒ってますといった雰囲気だ。
ウィッシュアートって呼ぶのはダメってことは名前で呼べってことか? 外国人はファーストネームで呼び会うイメージがあるけど、それって本当なのか?
「あー、悠斗クン? エイスリンは名前で読んであけなきゃダメだよ。初対面の人でも絶対にエイスリンって呼ばせたがるから。私たちと出会った時もそうだったし」
これが日本人と外国人の違いなのか? でもウィッシュアートさんって呼ぶと怒るみたいだし、そうなるとエイスリンさんって呼んだ方がいいかな。
「わかりました、エイスリンさん。これからは俺もエイスリンさんって呼びますね」
「ウン!」
さっきまでの顔が嘘のように笑顔になり頷く。なんかこの合宿に来てから知り合う人の数も多いけど、清水谷さん以外は名前で呼ぶことになってるな。ちょっと予期せぬ事態ではあるけど…
「…ってやばっ!」
「どうしたの悠斗クン?」
「塞さん時間! このままじゃ間に合わない!」
「えっ…? ってホントだ!? すぐに完成させないと!」
気が付くと時計はかなりヤバイ時間を指していた。このペースで作ってもギリギリってところか? とりあえず急がないと
「ガンバッテ、サエ、ハルト」
エイスリンさんはいつの間にか調理場の出口にいた。手伝う気はないらしい。ってそんなことよりこの状況を乗りきらないと…!
「終わった…」
「終わったね…朝食作りでこんなに疲れるなんて」
結果として間に合った。7時に朝食の予定のところ、盛り付けも会わせて終わったのは6時58分。ギリギリもいいとこだ。
「塞さん、疲れるようなら朝食作り手伝ってくれなくてもいいですよ? 俺と違って塞さんは麻雀もうたなきゃいけないわけだし」
「大丈夫だよ悠斗クン。こうなったのも今日はエイスリンが来たからでしょ。明日からはまた楽になるよ。宮守の皆にも朝食作りのこと伝えておくからこんなことはおきないよ」
塞さんは今日の出来事があったというのにこれからも手伝ってくれるみたいだ。この人なら夕食作りも手伝ってくれるだろうけど、こんないい人には頼めない。朝食作りを手伝ってくれて夕食もなんて都合がよすぎるしな。
「オツカレー、サエ、ハルト」
そこにトコトコとエイスリンさんがやって来る。今日は最初からこの人に振り回されちゃったな。
「エイスリン、これからは調理場に来ちゃダメだよ。私や悠斗クンの迷惑にもなるし」
「エ、メイワクダッタ…?」
エイスリンさんが悲しげにうつむく。塞さんは自分の言ったことでエイスリンさんが落ち込んでることでまた慌てている。
「大丈夫ですよ、エイスリンさん。話すぐらいなら調理場に来ても構いません。ただし、料理の邪魔だけはしないでくださいね」
途端に顔をあげ嬉しそうに首を縦に振るエイスリンさん。塞さんもエイスリンさんが元気になったことでホッとしてるみたいだ。
「イコ、サエ!」
「ちょっと待ってエイスリン、じゃあね悠斗クン」
「ええ、また」
「ジャアネー」
手を振りつつ去っていく二人。にしても今日はいきなり疲れたなぁ。
(俺と塞さんが付き合う…か)
エイスリンさんにされた誤解。俺と塞さんが付き合う。
(きっと楽しいだろうな…でも)
それが現実になることはないだろう。
(俺は誰とも付き合っちゃいけない。いや付き合う以前に、俺と親しくなり過ぎちゃいけないんだ)
「俺は、疫病神なんだ」
自分に対する苛立ちを抑えながら、自分を嘲笑い、窓の外に広がる青空に向かってそう、呟いた。
どうも第9話です。
まず、感想を書いてくれる皆さん、お気に入り登録してくれる皆さん、アンケートに答えてくれる皆さん、本当にありがとうございます!
作者は応援が非常に心に染みています。これからも感想にはなるべく返信していこうと思います。
本編ですが、エイスリンに、登場してもらいました。どうですかね、エイスリンって難しいですね…(汗)
アンケートは今も実施しているのでどんどん来てください。私、ハルハルXの活動報告のほうにあります。