塞さんと朝食を作り、食べ終わったらキョウと朝食の片づけ、それも終わると対局室へと向かう。休日明けということもあって1日目と同様の活気がある。清澄のメンバーも全員が違う卓で麻雀をしていた。現在麻雀をしていない卓でも牌譜を持って何か談義している。
手持ち無沙汰なのは俺とキョウぐらいだ。それぞれが思い思いにこの合宿に臨んでいる。自分がインターハイトップレベルのメンバーと卓を囲んだとしても他の人の練習になるとは思えないためおとなしくしている。しかし雑用で呼ばれたとしても麻雀部の端くれ、できることならば麻雀を打ちたいと思うのが本心である。
だが現実はそう甘くない。牌譜をとってくれと呼ばれ、怜さんを医務室に連れていき、また牌譜をとることになる。そんな風に過ごしているとすぐに昼食となる。キョウはすでに準備に向かっており、何人かはキリがいいとのことですでに麻雀をやめて食堂に向かっている。咲の姿が見えないところを見ると手伝いに行っているのだろうか。いくらなんでももうここで迷うことはないと思っているが…咲ならわからないな。
最後に残っていた組の対局も終わりとなる。先週三日間の様子を見ると午前中に3,4局うって残りのノルマを午後に終わらせる人が多い。もちろんノルマなど関係なしに何局もこなしている人はいる。末原さんなんかはその筆頭だ。あの人は本当に努力の人なんだと感心する。
点数を元に戻しているのを見ていても仕方がないので、食堂に向かう。最後に売っていた4人を除くと、清澄以外ほぼ全員がいることが確認できた。なぜかというと食事は基本的に高校ごとに摂っていることが多い。そのため5人のグループが複数できあがっている。グループごとの人数を数えればその高校で何人足りないのかをなんとなく測ることができるのだ。
「悠斗、久を知らんか?」
「部長ですか? いえ知りませんが。どうかしましたか?」
「わしよりも先にいなくなったんは知っとるのだが、それからどこにもおんくてのう」
染谷先輩の言う通り対局室にはもういなかった。食堂を見渡してもいる様子はない。部屋に戻っているのだろうか。調理場をのぞいてみてもキョウと咲、和の三人だけだ。そもそも自分が最後に部長を見たのはいつだっただろうか。
「仕方ない、わしが部屋を見てくる」
染谷先輩が食堂を後にする。部長のことだし気にしなくても大丈夫だとは思うが…
少しすると染谷先輩に連れられて部長が戻ってくる。その部長は箱を抱えていた。あんな箱見たことない。しかし見覚えはなかろうとあの部長のことだ。きっとまた悪だくみしているに違いない。
「藤堂君、ちょうどよかったわ。あなたも引いてちょうだい」
部長が箱を差し出してくる。箱には穴が開けられており、中には折られた紙が乱雑に入っていた。おそらくくじであろう。訝しく思いながらも箱から紙を引く。紙を開くとそこには3と数字が書かれていた。部長はそのままいろんな人のもとへ赴きくじを引かせていく。
昼食ができたと知らせに来たキョウ、咲、和の三人にも同じように引かせている。これは何の番号なのだろうか。
「はいはーい、みんなくじは引いたわね」
「竹井、言われるままに引いたがこれはいったい何の番号だ」
「まぁ慌てないの弘世さん。これはね席決めのくじよ」
「席、だと」
「そう、今後の食事のね」
部長は歩き出し全員の顔が見えるように一番前まで歩み出た。それは普段見たことがある学生議会長としての姿によく似ていた。
「みんなお互いをよく知らず、なおかつ敵同士だったこともあってまだ固いわ。そんな調子でお互いに気を張り合い、気を使いあってちゃ誰か倒れて終わりよ。だからここらへんでもっとお互い歩み寄る必要がある。他校はもちろんのこと、特にあなたたちは須賀君藤堂君の二人とはもうちょっと歩み寄ってほしいのよ」
話し終わるとそのままこちらに向かってきて、すぐ近くまで寄ると手の平を上下に振りこちらに耳を貸せとジェスチャーしてきた。それに従い、少しかがむと
「良かれと思ってあなたたちを連れてきたのは私だしね。これぐらいはやらないと納得できないでしょ。それにしてもハーレム状態なんだからもっとガツガツいかないとモテないわよ?」
「こういう状況だからこそ委縮するんですよ。なにか起こってからじゃ遅いですし、清澄のみんなにも迷惑かけてしまいます」
「まぁあなたはそういう性格だから連れてきたんだけどね、須賀君は結構ヘタレなイメージあるからあまり大胆な行動はとれないだろうし」
部長は離れると手をたたきながら移動するように促す。何人かは突っかかっていくものの説き伏せられていく。あの人に口論で勝とうとするのは至難の業だ。正論と屁理屈を混ぜながらも相手に反論させなくするのは何度か味わったことがある。
悠斗は突っかかっていこうとはしない。そもそも一度も口論で勝ったことがない時点で本当に嫌なこと以外は大きく反論することをあきらめた。ここに和とまこがいて味方になってくれるのであればチャンスはあったがそれもないため、おとなしく席へと向かう。いつ用意したのか、各テーブルに番号が書いてある札が置いてあった。
「君も3番なんやね」
3晩のテーブルに近づくと後ろから声を掛けられる。
「愛宕絹恵、おねえちゃんと末原先輩から話は聞いとるよ。呼び方も被るから名前で構わへんで」
「じゃあ絹恵さん、よろしくお願いします」
お互い挨拶をかわし、席に座る。この食堂のテーブルは横に4人ずつ座る8人掛けとなっている。次の人の邪魔にならないように2人して奥に詰めるように向かい合って座る。
「末原先輩からすごい牌効率がいいって聞いとるで、今度うってもらえんかな?」
「もちろんいいですよ。ただ期待するほど強くないと思いますが」
「かまへんよ、いろんな人とうつから練習になるんやし」
「今度藤堂君とうつんですか? 私も入れてください!」
気が付くと自分の後ろに一人立っていた。振り向くとジャージ姿、阿知賀の高鴨穏乃だ。
「穏乃ちゃんもこの席なんやね」
「はい! それよりも藤堂君といつうつんですか!?」
「テンション高いなぁ、まだ決まってへんよ。藤堂君の予定次第やな。藤堂君も穏乃ちゃんとうつのでええやろ?」
「もちろん。高鴨さん、よろしくお願いします」
「うん! よろしく! 同級生だし敬語じゃなくていいよ、あと悠斗って呼んでいいかな、私も穏乃でいいからさ」
「それはええなぁ、私も悠斗って呼ばせてもらってもええ?」
「あ、はい。どうぞご自由に」
穏乃は隣に座ってくる。非常に距離感の近い子だ。しかしそれが全然気にならない。その天真爛漫な笑顔で周りに溶け込んでいく。
「仲がいいこと、すばらです!」
「花田さん、花田さんもこの席で?」
「どうやらそのようです。初めまして藤堂君、私の名前は花田煌。お好きなようにお呼びください。あと彼女も私たちと同じ席のようですよ」
絹恵さんの後ろからやってきた特徴的な髪形の女性、花田さん。さらにその後ろに眼鏡をかけた女性が立っている。
「渋谷尭深、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします、花田さん、渋谷さん」
絹恵さんの隣に花田さん。さらにその隣に渋谷さんが座る。どのテーブルも5人ないしは6人になるように設定されていた。前のほうにいる部長も非常に満足そうな顔をしている。探してみるとキョウも頭を下げて挨拶しているところだった。でもこの前言っていた石戸さんと同席になれたからすごいデレデレしてる。いや、なんか同じ席になっている玄さんもすごい表情している。
「今度悠斗と一緒にうつって話してたんですよ! 花田さんと渋谷さんも一緒にどうですか?」
「それはいいですね、ぜひともお供させてもらいます」
渋谷さんは何も話さなかったが首を縦に振ってくれた。少なくとも肯定的な意見のようで安心する。
一通り挨拶も終わり、列が収まったため各自食事をとりに行く。昼食を見て今日の夕食を何にしようかと主婦のようなことを考え始めてしまう。そんな自分がおかしくなり笑いがこぼれてしまう。
「ねぇ悠斗、阿知賀では私以外誰と話した?」
「えっと…宥さんと玄さんだな」
「あー灼さんはともかく憧は男の子苦手だしなぁ。今度紹介するよ。ちょっときついかもしれないけど二人ともいい人だから」
「では新道寺では誰と?」
「哩さんと姫子さんですね」
「おや、部長はともかく姫子とも。言葉は通じましたか? 私が長野からやってきたときは全然わかりませんでしたが」
「あはは…気を使ってもらってたんで大丈夫でしたよ」
食事中は穏乃、絹恵さん、花田さんが中心となり話題が弾んでいた。俺も渋谷さんも話さないというわけではなく、相槌はうっていたし話題を振られたらもちろん返していた。部長が言うにはしばらくはこの席のようだ。何度もくじをひきそのたびに席を変えるのはさすがに面倒だと抗議されたらしい。
急な席変更であったが、どこにもトラブルはなかった。その程度でトラブルを起こしてばっかりでは部長の言う通りこの先やっていけないのだが、その心配は必要ないようだ。食べ終わると食器を戻してみんなが食堂を出ていく。シロさんなんかは塞さんと姉帯さんに引っ張られて出て行った。
キョウと二人で戻された食器や使った調理器具を洗いながらさっきのことを話す。最初はこの数を洗うのは億劫であったが飲食店でアルバイトしていると考えれば少ないし、どんどん普通のことと考えるようになってきた。キョウはずっと石戸さんのことを話している。そんなことばっかり考えてると嫌われると軽口をたたいてみたら予想以上にへこんだ。
食堂を出ると入り口のところに部長が寄りかかっていた。キョウに先に行くように伝え二人きりになる。
「藤堂君、もうちょっと気を抜きなさい。そんなんじゃあなたがまず壊れるわ。別になれなれしくしろとは言わないけどせめてもう少し、ね」
「それと、もっと能動的に動きなさい。いつまでも受動的じゃだめよ」
それだけ告げると部長は去っていく。壁を背によりかかると天を仰ぐ。大きく息を吐き、体全体から力を抜く。横目で対局室に向かうであろう部長を眺めた。
「…それができたら苦労してませんよ。なぁ、俺はどうしたらいいんだろうな」
誰かに向けられた言葉は誰の耳に届くわけではなく、ただ宙を舞った。欲しかった言葉は届くはずもなかった。
この作品に向けられた感想についてですが、もちろんすべて見ています。返信ですがネタバレを含む可能性があるため行わないこととします。申し訳ありません。
次話もでき次第投稿したいと考えています