「久々にゆっくりとできる気がするなー」
この大合宿が始まって4日目、俺は夜以外で初めてゆったりとした時間を過ごしていた。今までの3日間、気が休まる時が夜の自分の部屋位しかなかった。だからこそ今ゆっくりとしているのがとても貴重に感じていた。
「これも高山さんのおかげかなー」
今までの3日間だと現在の午前11時といえば誰かに付き添っているか、対局室で麻雀を見る、うつ、牌譜をとるといった感じで過ごしていた。だが今日は対局室にはほとんど人がいない。
『流石に毎日が麻雀ばかりだと疲れるし気が滅入るでしょう。ですので基本的には土日は休みとします』
昨日の高山さんの言葉だ。この言葉でこの合宿所にいるほとんどの人は買い物や遊びに出掛けている。
「にしても濃い3日間だったなぁ」
この3日間、たかだか72時間のはずなのにいろんなことがあった。知り合った人だけ見ても淡、塞さん、照さん、洋恵さん、宥さん、怜さん、清水谷さん、エイスリンさん、哩さん、姫子さん、そして小蒔さん。この大合宿に来ている人数の4分の1の人たちと知り合いそのほとんどを名前呼びしている。
「あんまり近づきすぎちゃいけないってわかってるんだけどなぁ」
独り言が自分の部屋のなかで少しだけ反響する。暗いことを考えているとなんだか暗い気分になってきてしまった。
「対局室にでも行きますかー」
こうしてボーッとしてるのもいいかもしれないけど、考え込んでしまうと嫌なことを思い出してしまいそうだった。なら誰かと話した方がいいと考え自室をあとにする。
「あー、でも清澄の皆は出掛けるって行ってたよなぁ。キョウも一人で行きたいところがあるって言ってさっき出ていったし」
となると俺一人かぁ、と呟きながらも歩みは止めない。誰かに会えるといいなぁ。あんまり気を使わない淡とか居てくれるとありがたいんだけど。
「ん? 食堂に誰か居る?」
対局室に行く途中、横目で食堂を覗くと誰かが居ることがわかった。けど他の人はいなかったような気がしたしもしかして一人で何かしているのかな。
「あれは、誰だ?」
食堂の机に突っ伏して寝ているのはわかったが誰だかはわからない。見えているのは背中だけだし…
興味本意で近づいてみる。そこにはぐでーっと寝ている少女がいた。
少女は近付いてくるこちらに一度視線を向け
「ダルい」
と一言言うだけだった。
どこかで見たことはあった。でもどこの高校かは分からなかった。顔がよく見えないのもあるが、何かが突っかかって何故か判断できなかった。
とにもかくにも此方には興味の無さそうな顔をしている。ならば一人にさせてあげようと近づくのを止めて食堂から出ていこうと思う。
「あー、待ってくれない?」
が、少女の言葉に足を止める。食堂には俺と少女の二人しかいないので俺に向けられた言葉だということが分かる。
「何か、ようですか?」
「うん、簡単なことなんだけど」
「お昼ごはん作ってくれないかなぁ」
「はい?」
えっとお昼ごはん、て言ったよな。つまり俺が昼食を作れということか?
「自分でもある程度は作れるけど、ここの台所よく知らないし、何よりダルい。だから作って」
「作るのは別に構わないですけど、あなたは?」
「あー、言ってなかったっけ」
「小瀬川白望、宮守の3年」
突っかかっていたなにかはどこかへ消えたような気がした。
「えっと、塞さんたちは東京観光行くっていってたんですけど小瀬川さんは行かなかったんですか?」
小瀬川さんに頼まれたとおり軽く昼食を作る。もともと俺も後で何か作って食べようと思っていたし一人分が二人分になったところでそこまで負担が大きくなったわけではなかった。
「インターハイの時も観光はしたし、別にそこまで興味もなかったから。それにダルいし」
「あー、後小瀬川さん、なんて慣れてない呼ばれ方するのダルい。もっと楽にしていいよ」
残った材料で簡単に作れる炒飯を作りながら横で椅子に座ってぐでーっとしている小瀬川さんと話す。もっと楽な呼び方となると名前呼びとか名のか?
「じゃあ白望さん?」
「シロでいいよ、呼ばれ慣れてるからダルくない」
小瀬川さん改めてシロさんと会話を続ける。そういえばこの人ずっとダルいって言ってるけど風邪かなにかなんじゃ…?
「あの、さっきからダルいって言ってますけどもしかして風邪なんですか?」
「んー、いや私がダルいのはいつものこと」
「というか喋るのもダルい。出来たら呼んで」
そう言ってまた机の上で脱力し始める。
そんなこと言ってるうちにも手は動かしていたので炒飯は出来上がった。軽くサラダも作りシロさんに声をかける。
シロさんのいるテーブルまで料理を運び、向かいの席に座り二人で食べ始める。
「んー、ありがとう、美味しいよ」
「そう言ってもらえると幸いです」
「ところでシロさん、俺がいなかったらどうするつもりだったんですか?」
「ダルいだろうけどどうにかしてたと思うよ」
「それより、悠斗だっけ? よくこんなダルいことやってられるね」
「確かに清澄で雑用には慣れているとはいえ辛いところはありますね。だけどキョウや塞さん、小蒔さんも手伝ってくれますから俺だけじゃないですしね」
そうは言っても料理は量は多くて大変だし、雑用だって清澄とは勝手が違うから普段よりは体力だって使う。だけどインターハイどころか地区予選の決勝進出も出来なかった俺が麻雀をうつより、咲や和、優希が麻雀をうった方がいいに決まってる。
「まぁ、悠斗が納得してるならいいけどね。私がやるわけじゃないからダルくないし」
「納得…ですか」
言われて考えてみる。頭では理解してる、が俺は納得しているのか? 言ってしまえばインターハイも終わり、ここまで皆のために雑用する必要はないのかもしれない。けど俺がここに呼ばれたのだって皆のおかげだ。なら…
(駄目だ…考えが混乱してきてる、今考えてもろくな答えが出ない)
「迷うことは大切。だけど、最後には自分の納得している答えを出すことが一番大切」
シロさんは俺のために言ってくれている。シロさんの優しさはなんだか心に染みた。
「なんだかいい匂いがするのですよー」
その時、俺とシロさん以外の声が聞こえる。出口を見てみると、そこには小蒔さんと同じ巫女服を着ている…あれ?
(ちょっと待て、あれって着ていることに入るのか? なんかもう今にも脱げそうなんだけど…!)
「ちょっとはっちゃん、急に走らないでよ。びっくりしたじゃない」
俺が予想外の格好に驚いていると、もう一人また巫女服を着ている人がやってくる。
「ごめんなさいですよー。でもなんだかいい匂いがしたから誰かいるのかと思ってつい」
「誰かって…あなた方はシロさんに清澄の…」
巫女服ということから永水のメンバーだということが分かる。あれは確か…
「えっと、狩宿さんに薄墨さん…?」
「はいなのですよー。こうして向かい合って話すのは初めてですねー。私は3年の薄墨初美、よろしくですよー」
「はっちゃんの言うとおりですね。私も3年の狩宿巴です」
「あ、1年の藤堂悠斗です。よろしくお願いします」
近づいて自己紹介してくる二人に軽く会釈するのにあたり、持っていたスプーンを置く。薄墨さんは身長は小さいけど、案外しっかりしていそうな人だった。
「シロさん、何を食べているのですかー?」
「炒飯、悠斗が作ってくれた」
「美味しそうなのですよ、藤堂さん、私にも作ってくれませんか?」
「はっちゃん、昨日言ってたでしょ。今日と明日の昼食は各自で用意することって。それだったら私が作ってあげる」
薄墨さんがシロさんの炒飯を羨ましそうに見ていた。残っていた俺の分の炒飯を食べ、飲み込むと薄墨さんに話しかける。
「いいですよ、食べ終わりましたし。炒飯でいいんですよね」
「そんな、別にあなたが作ってくれなくても」
「大丈夫ですよ、これくらいすぐに作れますし。今までの人数分作るのと比べれば余裕ですよ」
「なら、せめて手伝います。はっちゃん、少し待っててね」
はいですよー。という薄墨さんの返事を後ろで聞き、もう一度厨房にいく。二人分の材料を出し、狩宿さんに指示を出す。
「じゃあ、材料を刻むの手伝ってくれますか?」
「はい、わかりました」
二人で分担して料理をし始める。狩宿さんの手際はとてもよく、いつも料理しているのを物語っていた。
「藤堂さん、包丁さばきがお上手ですね。ここでの料理もしてくれてるらしいですし、いつもお料理を?」
「ええ、まぁ一人暮らしですから。必然的に料理もどんどんうまくっていきましたね」
「そうでした。お礼を言わなくてはいけないのでした」
「お礼、ですか?」
「はい、昨日の姫様のことです。急なことだったはずなのに姫様の願いを聞き入れてくれてありがとうございました。それにこれからも料理を教えてくれるそうで」
姫様、正直誰のことかは最初は分からなかったが昨日、願い、料理と幾つかのワードから小蒔さんであることが分かる。
(これが昨日小蒔さんが言っていたことか、確かにこうやって姫として扱われてると距離感を感じそうだな)
だからといって、部外者である俺が口出しできることじゃない。これはあくまで小蒔さんや周りの皆のことなんだ。俺が変なこといって今までのことを全て台無しにするようなことは出来ない。
「……大丈夫ですよ。小蒔さんが迷惑だなんて思ってもいないですし、こちらとしては人手も増えて大助かりです」
「! 藤堂さん、姫様のこと名前で呼んでらっしゃるのですか?」
「そうですね、小蒔さん自身から名前で呼んでくれって言われましたから」
俺が小蒔さんと呼んでいると言った途端、狩宿さんはなにやら一人言を呟き始めた。流石に全部聞こえることは出来なかったが、「姫様が認めた…」だとか「なら私も…」何て言う言葉が断片的に聞こえてきた。
「藤堂さん、お願いがあります」
一人言が終わると、真面目な顔をしてこちらを見てくる。まさか、これから小蒔さんに関わるななんて言われるんじゃ…
「お願い、とは何ですか?」
おそるおそる聞き返す。手が止まっていることに今更気づくがそんなこと気にしてる余裕はなかった。
「いきなりこんなこと言うなんて失礼だと思うのですが…」
「私のことも名前で呼んでくれませんか?」
「え?」
あまりに予想外過ぎた。ろくな反応が出来なかった。
「実はですね、私たち六女仙は姫様が認めた殿方にしか名前で呼ばせてはいけないという決まりがありまして、また私たちも名前で呼んではいけないということになってるんです。でも藤堂さんが姫様に認められたのならば、私たちのこともなるべく名前で呼んでほしいんです。ですから私のことを巴と呼んでください。後、出来れば藤堂さんのことを悠斗さんと呼ばせてほしいのですが…」
「よく分からないのですが、これからは巴さんと呼べばいいんですよね、後俺のことも悠斗でいいですよ」
巴さんの説明? は正直分からなかった。最後の方の名前呼びのところだけは理解できたけど…
(えーと、つまり小蒔さんが認めた人にしか名前で呼ばせちゃダメで、名前で呼ぶのもダメ。それでいてそれがダメなのは六女仙? の人たちでーー六女仙って誰のことなんだ?)
「ありがとうございます、ではこれからは悠斗さんとお呼びしますね」
「あの、一つ聞きたいんですけど、六女仙って誰のことですか?」
「その説明もしなくてはいけませんね。詳しく話すと長くなるので省略しますが、簡単に言えば六女仙とは私、はっちゃん、霞さん、はるるの永水のレギュラーメンバーと鹿児島にいるもう二人のことを言うんです」
「そ、そうですか…」
なんだか急に力が抜けたような気がする。何はともあれ小蒔さんと関わるなとかそういうことじゃなくてよかった。
「巴ー、まだなのですかー、お腹すいたのですよー」
薄墨さんの声で我に帰る。そうだ、今は巴さんと薄墨さんの炒飯を作っているところだったんだ。
「これ以上遅れるとはっちゃんに文句言われちゃいますね」
「じゃあ早く作りますか?」
「いえ、お話しながらゆっくり作りましょう。話したいことはいくつかありますから」
巴さんとの料理は塞さんや小蒔さんと違ってどこか心地よかった。
どうも第12話です。
大分長い間お待たせしてしまってすいません、少し用事が重なってしまい更新ができませんでした。
さぁ皆さんおまちかねのシロの登場ですよ! とはいえ、あんまり出番ありませんでしたね、だけど実はこの三人は次話でも登場予定なのでまだ出番ありますよ!
これからも応援よろしくお願いします!