リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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act6 怒れる雷神の襲撃者

「うっ、ううっ……!」

 

 病院の屋上で、入り口の上の給水塔に背中を預けていた少女は、心を取り戻し始めていた。

 

「『なのは』……ひっ、ぐっ……『なのは』が、消えっ……、消えちゃっ、た………」

 

 何も思い出すことが出来なくて、心に湧き上がる筈の感情も虚ろのまま。結界によって封鎖された空を見上げるだけだった少女は。自分と同じような存在として記憶を再生されていた『なのは』の消失を感じ取って、悲しみに暮れていた。

 

「なんで……どうして、みんな……」

「どうして、ボクを置いていくの……?」

 

 思い出す。ここが何処なのか思い出す。この場所が、病院の屋上でかつて何があったのか。『アリシア』は思い出す。本当の家族のように慕っていた義姉が失われた時のことを。ずっとそばにいる契約(やくそく)を果たせずに、愛する使い魔の家族が失われた時の事を思い出す。病院の屋上で友達になれた守護騎士の存在が奪われた時の事を思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。

 

 思い出せ。

 

「あっ……」

 

 瞬間。

 

 フェイトのものによく似た黒衣の防護服は完全にレヴィの格好へと変貌する。『アリシア』の頃の姿から変質しかけて、毛先が黒い水色の髪に染まっていた容姿は、瞳が紫色(ししょく)の輝きに変貌することで、完全にレヴィの姿へと変わり果てていく。

 

「――――っ」

 

 沸き上がるのは強い怒りと、果てしない憎悪だ。白い歯をむき出しにして噛みしめるくらいの強い怒り。握りしめたこぶしは、思わず血が滲んでしまいそうなくらい力が込められていて。目に付くもの全てを壊してしまいたくなるような衝動がレヴィの躯体(からだ)を蝕んでいく。

 

 闇の欠片の『なのは』を喪失してしまったという感覚が、『アリシア』の闇の欠片でしかなかった彼女を、『レヴィ』の闇の欠片に変貌させた。そして、この世界のアルフと出会ったことで、封じられていた過去の記憶を思い出し。精神が自失状態にあったレヴィの躯体と気持ちがリンクしてしまう。

 

 その心にあるのは溢れ出る憎悪。

 

 マテリアルとしてのレヴィは、今闇の書の中で夢を見ている状態だった。かつての優しい夢を見て。幼い『アルフ』と、優しい『リニス』に見守られながらアルトセイムの草原を駆け回っている。そんな夢を見ている。

 

 そうして、『なのは』と出会って、無邪気におじさんと呼び慕う『士郎』や何かと助けてくれる優しい『ユーノ』と戯れる夢を見ている。引き取られたバニングスのお屋敷で、大好きな『アリサ』に怒られながら、日々を楽しく穏やかに過ごす夢を見ている。

 

 けれど彼女は、アスカを除く、マテリアルの誰もが内に秘めていた憎悪の感情を呼び覚ましてしまう。あの時の病院の記憶。親しい人を目の前で失うという心の傷。耐え難い喪失感。それが切っ掛けとなって、あの時の光景がフラッシュバックしていく。

 

 そうしてレヴィは、闇の欠片の『レヴィ』を通す形で、世界を見渡した。周りの景色は見覚えのある大学病院で、自身が何もかもを失った最期の場所。大切な人が悲しむきっかけになった忌々しい思い出の地。

 

 思い出す。

 

 思い出せ。

 

 嗚呼、少しずつ心が管理局という存在に対する憎しみにで溢れていくようだと。

 

 そう思う。

 

 心が怒りと悲しみでどうにかなりそうで。その身は激情という名の憤怒の炎で揺らいでいるかのよう。

 

 だから、あらん限りの声で叫んだ。

 

「許さない……」

「お前ら絶対に許さないっ……ボクの大切な人たちを奪うお前らを絶対に……っ」

「返してよ……『アリサ』を返してよ……『アリサ』は、あんなに『アリサ』のパパとママに愛されてて、皆から慕われてたんだ……」

「『なのは』はようやくおじさんと仲直りできるかもしれないって、嬉しそうに笑ってて……帰ったらちゃんとただいまっていうんだって……あんなに嬉しそうに笑っていたのに……なのに………」

 

 周囲に紫電を撒き散らすほどの怒り。その心を締め付けるような深い悲しみ。レヴィの紫紺の瞳から涙があふれ出す。

 

 皆で笑い合って、クリスマスの日に病院にお見舞いに行ったときの記憶がよみがえる。『アリサ』に内緒で『アルフ』を連れてきてしまって怒られた記憶。家族のことで嬉しい事があって、すごく久しぶりに心の底から笑っていた『なのは』のことを思い出す。

 

 それらを、自分のことのように喜んだ記憶がよみがえる。

 

 何度も自分を叱る『アリサ』だけど、それでも最後にはしょうがないわねって許してくれて。いっぱい優しくしてくれた大切な義姉の笑顔。

 

 『はやて』も『ヴィータ』も初めてのクリスマスにはしゃいでいて。レヴィもそれが嬉しくて一緒に笑っていて。それを『すずか』や『シグナム』が優しく見守ってくれていた。幸せだった。そんなあの頃の風景が、頭の中で過ぎ去っていく。

 

 そうして次にやってくるのは、極寒のように感じる寒さの記憶。人の息遣いすら凍てつかせた静寂の記憶。立て続けに起こる大切な人を失った喪失感。『アリシア』だった頃に感じた、レヴィ自身の強い怒りと、深い悲しみの記憶。

 

 闇の書の闇の声が聞こえる。深い闇の底から、怒れ、怒れ、怒れ、と怨嗟のような声が聞こえる。聞き覚えのある親友の。だけど、その優しさが失われた憎悪に満ちた声がする。殺してやる、殺してやる、殺してやるという憎悪に満ちた悲しい声が聞こえてくる。

 

 負の感情に満ちたどす黒い声に当てられて、夢を見ているレヴィの心もどす黒く染まっていく。強い怒りが精神(こころ)を支配していく。そうして心が、何もかもを壊したくなる衝動に満ち溢れて。絶望に打ちひしがれていた自身の躯体(カラダ)を突き動かす衝動に変わっていく。

 

 これこそがレヴィ自身が抱き続けている果てしない怒り。何もかも奪われたあの頃のままに、時間が止まってしまっているかのようで。彼女の果てしない憎しみは、自身の躯体すらも焼き焦がしてしまうほどの強い感情を伴っている。

 

 そうして、叫ぶ。叫ぶ。

 

「ボクとバルニフィカスが全部、全部ぶっこわしてやる!! あの幸せの日々を奪った奴らも、こんな世界も何もかも壊してやるっ」

 

 気配がする。忌々しい管理局の人間の魔力を感じる。

 

 また、性懲りもなくボクたちを追ってきたらしいと、激昂する傍らでレヴィの頭が冷静に考える。ならば、この怒りをぶつける為にも片っ端から襲撃する。そうして敵を打ち倒して、大切なほかのマテリアルを守るための糧にすればいい。

 

 何よりも、さっきまで『なのは』がいた場所に、あの忌々しい存在がいる。自分と同じくせに本当のなまえを持っていて。何よりも大っ嫌いな管理局に協力している悪いヤツ。アイツが自分と同じ存在で、血を分けた姉妹であるということが何よりも許せない。

 

 何よりも、何よりも、『なのは』を奪ったことが。はじめての大切な友達を■された事が許せなくて。

 

 だから、だから……

 

「――――っ!!!!」

 

 声にならない叫び声をあげながら、耐え難い心の痛みに泣き叫びながら。病院の屋上から青い雷光のごとく飛び出したレヴィは、そのまま憎いフェイトに向けて、全てを破砕するバルニフィカスのギガクラッシャーを振り下ろし。凄まじい勢いのまま大地に陥没させて砕いたのだった。

 

 もはや、あの使い魔が大きくなっているアルフなのか、それとも自分の大好きだった『アルフ』なのかも、判別が付かないくらい怒り狂っていたから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 フェイトは急ごしらえの加速で、倒れたまま地面を蹴る。慌てて飛び退いた場所が、大気を焼き焦がすような放電音と共に切り裂かれた。フェイトの斬撃魔法(ハーケン)と同じ、レヴィの斬撃魔法(スライサー)だった。ただし、破壊力は桁違いで、公園の地面が抉れていた。焼き焦がして、熱量で融かして、融解させたような痕だった。

 

 咄嗟に避けられたのは運が良かったのと、怒り狂うレヴィの狙いが甘かったからだ。

 

 バルニフィカスのカートリッジから空薬莢が排出される音がする。レヴィはそれを忌々しそうに振り回して、スピードローダーで素早くカートリッジを装填すると、再び回転式弾倉をデバイスに装着。荒々しいリボルバーの回転音と共に、バルニフィカスから白い蒸気を排出させて、自身の魔力ごと排熱させた。

 

 怒りのあまりデバイスに魔力を込めすぎたらしい。バルニフィカスすらもレヴィの"力"に悲鳴を上げているかのようだ。

 

「くっ、レヴィ……?」 

 

 倒れ伏していたフェイトは、レヴィの名前を呼びながらも、慌てて立ち上がる。吹き飛ばされたときに右足を挫いたのか、少しだけ痛みに顔をしかめる。けれど、それも無視して簡単な治癒魔法でごまかした。

 

 今ここで立ち上がらないと、尋常ではない殺気のレヴィに殺されてしまうような気がしたから。

 

「っ…………!!」

 

 レヴィはフェイトの呼びかけに応えない。聞きたくない。知りたくもない。

 

 ただ怒りのままに、感情のままに、バルニフィカスから青色の光刃を伸ばして、早足にフェイトに迫っていく。

 

 一足飛びにフェイトの懐まで飛び込んでこないのは、怒りのあまり冷静じゃないないからか。

 

「『なのは』……っ! 『なのは』……っ! 『なのは』……っ!」

 

 ただ、悲痛な声で何度も『なのは』の名前を呼びながら、フェイトを追い詰めようとするだけ。涙を流して、顔を怒りの形相に歪めたまま。その瞳に暗く淀んだ負の感情を、憎しみを宿してフェイトだけを見据えている。

 

 水色の魔力光が深い悲しみの青に染まって、レヴィすらも傷つける紫電を撒き散らす。歩くたびに、青色の放電現象が起こり、大気を焼き焦がし。側にある硬い砂の地面を、公園の木を、遊具を雷で焼いていく。

 

 もとは闇の欠片でしかない、その躯体(からだ)。それは、力のマテリアルであるレヴィの出力に耐えられない事を意味している。彼女は存在しているだけで、己の構成している要素をあるべき場所に還してしまう。

 

「レヴィ……」

 

 また一つ、躯体の欠片が焼け焦げて散った。

 

 それが見ていられなくて、フェイトも声を掛けるが、レヴィは意にも介さない。聞きたくない。

 

「レヴィ、落ち着いて」

「うるさいっ!! ボクは……」

「お前を……っ!!」

 

 そうして、怒りの感情を吐き出すように叫んで、大きく息を吸い込んだレヴィは両手でバルニフィカスを構えた。そこから伸びる青色の光刃は、すべてを切り裂くスライサーだ。ぶった切る瞬間に、ありったけの出力を流し込んで破壊力を増大させる事もできるそれは、食らったらひとたまりもない。

 

 レヴィの気持ちも痛いほどに分かるのだ。

 

 もしも、逆の立場だったら? 大好きななのはに何かあったら? 目の前で大切な親友が、誰かに傷つけられるような事があったら?

 

 きっとフェイトも冷静じゃいられない。

 

 だから。

 

 だから、その怒りも、悲しみも。

 

 私が全部受け止めるから。

 

 フェイトはそう、心の中で静かに決意して。

 

「バルディッシュ。いける?」

『Yes, sir』

「カートリッジロードっ!」

『Load Cartridge』

 

 声とともにバルディッシュのカートリッジをロードする。

 

 回転式弾倉から魔力を込めた弾丸に撃鉄が振り下ろされ、デバイスを急速に変形させる。

 

『Zamber form』

『Mode saber』

 

 そうして文字通りの剣として、バルディッシュは主と同じ黄色い魔力光の刃を展開させた。

 

 見た目はバルニフィカスのスライサーと同じ、片刃の刀剣のような形態。強大な力を持つマテリアルに対抗するために、守護騎士の協力も受けて完成させた、もうひとつの刃。バルディッシュ・アサルトの新たな力。

 

 今の消耗した状態でフルドライブのザンバーは危険だ。高速機動しながらすれ違いざまに斬ったり、刀身を極大まで伸ばして遠距離から相手をぶった斬る事が出来ない以上。片手でも、両手でも扱えるセイバーのほうが都合がいい。

 

 何よりも、フェイトが相手を倒すことよりも、止めることを望んでいるから。

 

 寡黙な相棒である黒い戦斧は、それに応え続けるだけ。

 

 そして、それがレヴィの闇の欠片には癪に障る。

 

 もう、自分の手元には、あの時のように最後まで付き従ってくれた『バルディッシュ』はいなかったから。

 

「フェイトォォォォっ!!!!」

「レヴィっ!!!!」

 

 そうして二人は激突する。片や痛む足を気にせず走り、片や崩壊していく自身の躯体を気にもしないまま。

 

 相手を見据え、ぐるぐると円を描くように動きながら距離を詰め、そうして様子を見て、隙を見出した瞬間に飛び込んだ。先に飛び出したのは怒りのままに躯体(からだ)を突き動かすレヴィで、フェイトは咄嗟に後ろに下がって、その斬撃をセイバーで受け止める。

 

 切り結ぶ二つの刃から放電現象が巻き起こり、二人を傷つける。高い耐電性能を持つフェイトのバリアジャケットでも感じる鋭い痛み。他の人が相手だったら、どうなるか。

 

 何よりも今、この瞬間にも同じ痛みを感じているレヴィを止めてあげないと、彼女は己の力を制御できずに自壊してしまう。それだけは何としても避けたい。

 

 まだ、会って話したいことがたくさんあるから。

 

――お前たち時空管理局が許せないっ!!

 

――幸せだったのに、あんなに楽しそうに笑っていたのに、なのにっ!!

 

――何もかもみんなっ、お前たちが奪うからっ!!

 

 刃を切り結ぶたびに、声が聞こえる。

 まるで、心と心がつながってしまったみたいに。

 レヴィの感情と心の声が、フェイトの中に聞こえてくる。

 

 その苛烈なまでの怒りは、何もかも焼き尽くしてしまいそうなほど凄まじく。受け止めるフェイトの心まで怒りに呑まれてしまいそうになる。

 

 ここに来て、レヴィの怒りは『なのは』を■された怒りだけじゃなく、あの時の光景とともに時空管理局に対する怒りまで増大させていく。フェイトが時空管理局に属しているということも許せない。自分と同じような存在が、憎むべき敵のいる場所と同じところにいて。何よりも、大切な『なのは』を傷つけた事が許せない。

 

「……っ、レヴィ……」

 

 そして、思わずこっちが泣きそうになるくらい深い悲しみは、フェイトの胸の奥を締め付けるのに充分すぎる。

 

――『なのは』……ごめんね…………

 

 泣きそうなレヴィの声が聞こえた。

 

 そうして思い浮かぶのは『アリシア』の記憶。それが、フェイトに流れ込んでくる。

 

 あの時、病院の屋上で怒りに狂えるまま暴走して、『アリサ』と『ヴィータ』の仇を討とうと、あらん限りの"力を"振るった『アリシア』。

 

 力及ばず吹き飛ばされて。その身に余る膨大な魔力を、癒着していた無数のリンカーコアから引き出した代償で、身体が動かなくなって。感じていた寒さも、激しい心の痛みも、焼けつくような体の痛みも徐々に消えて行って。

 

 最後に感じたのは無力感にも等しい後悔。

 

――『アリシア』、死なないで……置いて行かないでくださいっ……

 

――ひとりに、しないで………

 

 だって、あの時。『なのは』は泣いていたんだから。

 

「そこを退()け!! そして大人しくボクに斬られろ!!」

光翼斬(こうよくざん)!!」

 

 はっとして顔を上げる。回転する光の刃が迫ってくる。同じ体格の子供とは思えないような力で吹き飛ばされていたフェイトは、咄嗟に迫りくる青い刃を躱した。

 

 直後、レヴィの攻撃が空気を焼き切るような音を残して、凄まじい勢いで公園の地面を抉って行った。とんでもない熱量に砂地がガラス化して固まってしまうほどだ。

 

「これで消えていなくなれっ!!」

極光斬(きょっこうざん)!!」

 

 そこからレヴィは勢いよく跳躍して、上空からフェイトを両断するがごとき勢いでバルニフィカスを振りぬいた。極大化する青い光の刃は、受ければ消滅必至の必殺剣。

 

「くっ、バルディッシュ」

『Yes, sir』

 

 回避したばかりで、痛む足も思うように動かないフェイトは、眼前に複数のシールドを重ねて展開することで時間を稼ごうとする。そのシールドの数は5枚ほど。フェイトの黄色い魔力で編みこまれた円形魔方陣は、迫りくる青色の極大剣から主を護る為に機能した。

 

 1枚、2枚、3枚といとも簡単に砕けていく魔法の盾。なのはのディバインバスターにだって、もうちょっと耐えるくらいにはフェイトの防御魔法は強靭だ。つまり、それをいとも容易く砕け散らせていくレヴィの出力が凄まじいだけである。

 

 ユーノの全力の防御でやっと防ぎきれるレベルかもしれない。

 

 ばきりと音を立てて、四枚目の防御魔方陣が砕け散った。

 

 残るは最後の一枚。それが砕けたら、フェイトは目の前で光り輝く青白い大剣に飲み込まれるだろう。そしたら、どうなるのかフェイトには分からない。きっと力を振るっているレヴィでさえも。

 

(こんなところで負けるわけにはいかないっ)

(『なのは』と約束したんだっ!)

(レヴィの事を必ず助けるんだって)

 

 諦めたわけじゃないが、ちょっと分が悪い。残るカートリッジの全部を使用して、最後の一枚にありったけの魔力を込めていくけれど、それも徐々に押されていく。目の前で魔方陣が罅割れていく。受け止めた膨大な魔力に抗いきれずに、術者を守るための魔法の術式が意味を成さなくなっていく。

 

「フェイトっ!!」

 

 その時、勢いよく飛び込んできた誰かに抱きしめられる感触がした。暖かい温もり、柔らかい胸の感触。抱きしめてくれる腕の力強さ。

 

 寂しいときに、悲しいときに。いつだって、どんなときだって一緒にいてくれた大切な家族。

 

 フェイトの使い魔であるアルフが、フェイトを庇うように攻撃に割り込んで。同じように橙色の円形防御魔法陣を、目の前に展開した。

 

 そして。

 

「もう、やめとくれよ! 『アリシア』!!」

『もう、やめてっ!! 『アリシア』!!』

 

 レヴィの知らない大人の姿になっているアルフと、レヴィの知っている幼い『アルフ』の声と姿がダブって。

 

「――――っああああああああっ!!」

 

 レヴィは思わず、振り下ろしていた極光剣の軌道を逸らしたのだった。

 

 フェイトとアルフを奇襲した時とは比べ物にならないほどの威力に、広い公園全体の地面は砕け散って瓦礫と化し。その威力の余波に投げ出されたアルフは、同じく腕の中にいるフェイトを庇うようにして、砕けた地面との激突による衝撃に備え、そして。

 

 かつてのように自身の身すらも顧みなかった攻撃で、闇の欠片のレヴィは限界を迎え。その身に小さな崩壊音を響かせながら気を失ったように墜落した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 もういい……

 

 このまま、ボクは暗くて深い闇の底に還るんだろう。そこで、本当のボクとひとつになる。

 

 たとえ、この身が消えるのだとしても、きっとこの悲しい記憶や怒れる心は受け継がれてしまう。

 

 だって、ボクは夢を見ているんだから。終わらない夢を、覚めることのない悪夢を……

 

 『なのは』と出会って、『ユーノ』と出会って。

 『母さん』を失って。

 

 それから、優しい『バニングス』の家に引き取られて。

 そこで、『アルフ』と一緒に楽しく暮らすんだ。

 

 それから、ボク達はまた『はやて』に会うんだ。それで、楽しい夏の思い出を過ごして。

 また、今度ねって約束して……だけど、『はやて』が倒れちゃって……

 

 それから……それから……

 

 再び、それを……繰り返すんだ……

 

 ……………………

 

 あの日、待ち焦がれていたクリスマスの日がやってきて。ずっと楽しみにしてたのに…………

 

 なんで……

 

 どうして……

 

 

◇ ◇ ◇

 

「っ………」

 

 レヴィは痛む躯体(からだ)を抑えながら、ゆっくりと立ち上がると。呆けていた意識を覚ますように頭を振った。毛先が黒く染まった水色の二房の髪が、それに合わせて揺れるが気にしない。そもそもそんな感覚も、もう残っているのかも怪しかった。

 

 鈍痛を感じるが、果たしてそれが痛みなのかも分からなかった。何かの感覚としかわからない。ただ、ゆっくりと自身の躯体が消滅していっているのがわかる。躯体(からだ)に力が入らなくて、今にもふらふらで倒れそうだ。目に映る視界もぼやけていてはっきりとしない。

 

 それでも、それでも……っ!!

 

(『なのは』……フェイト……)

 

 ふらつく躯体(からだ)を抑えてゆっくりと歩き出す。ぼやけた視界の向こうに、黒衣の衣装と金色の髪が見えた。誰かに庇われるように抱きしめられて、倒れている。たぶん、それがフェイトだろう。倒れている誰かは見覚えがある気がするけれど、どうも記憶と一致しない気がする。

 

 けれど、それを判断する思考も、冷静さも、このレヴィには残っていない。

 

(フェイトッ……)

 

 それでも、それでもと痛む躯体(からだ)を動かし、右手に掴んでいるバルニフィカスを引きずるようにして、歩きながら。大切な人を奪われた憎しみを糧に、無理やり躯体を動かして、ゆっくりと歩き出す。

 

 そうして震える手で、その両手でバルニフィカスをつかんで。ゆっくりと持ち上げて。もう、青色の光の刃ですら展開できないそれを、それでも叩きつけてやるために。勢いよく戦斧の破砕部分を振り下ろすために持ち上げようとして。

 

 

 

 出来なかった。

 

 

 

 持ち上げようとした筈の腕が動かない。あと少しで、フェイトたちのところに辿り着ける筈なのに、足が震えて動かない。膝から力が抜けて、勢いよくバランスを崩して倒れそうになる。そのまま頭も庇えず、地面に倒れ伏すだろう。思わず目をつむる。

 

 誰かに抱きしめられた。

 

(……っ、……?)

 

 消えゆく躯体に触れてくれる優しい感触がした。

 

 膝から崩れ落ちるレヴィを抱きしめてくれた誰かがいる。レヴィをお腹のあたりで優しく抱き留めてくれて、それからゆっくりとレヴィを寝かせてくれた。けれど、もう視界も不明瞭だったから、それが誰なのかもわからない。

 

 それでも、と意識を繋ぎ止める。崩壊しかけた躯体で、力を振り絞って。

 

 もういちど前を見る。自分を抱きしめてくれた誰かを認識するために。

 

 黒い髪。厳つい表情。どこかで見た『なのは』のお父さんに、『おじさん』に似ているような気がした。でも、違う。この気配、この魔力の感じは……若草色を思わせる色と身を包み込む暖かい癒しの光。どこかで、感じたことがあるような……

 

 震える手で、目の前にいる誰かに向けて手を伸ばす。

 

 その人は、レヴィの手を優しく包んでくれた。だけど、躯体(からだ)の崩壊音が止まってくれない。小さな音を立てて、自分の躯体を構成する要素が崩れていくのがわかる。今、闇の欠片のレヴィが辛うじて動いていられるのも、誰かが回復魔法でそれを押し留めてくれているからだ。

 

 ほんとうに……だれなんだろう……

 

 なんだか……懐かしい……

 

――調子はどうかな? 医者の真似事しかできないから、回復魔法を掛けるので精一杯だけど。

 

――ごめんね。『アリシア』。

 

 そうだ。遠い昔に、こんな風に倒れていたところを、助けてもらって。『なのは』の家で、『なのは』と一緒に『アリシア』だったレヴィを一生懸命看病してくれた。とっても、優しい男の子がいたような……

 

 時の庭園で何かあった時に、いろいろと忘れてしまったから。その時の記憶が曖昧になっているような気がする。

 

 でも、大切な人。

 

 だって、悪いことをしてしまったレヴィをあんなにも優しくしてくれたんだから。

 

 『なのは』と、一緒に……

 

 だから、だから……

 

 震える声で、微かにしか聞こえないような小さな声で。

 

「『ユー、ノ?』」

 

 だれかの、なまえをよんだ。

 

 そしたら、レヴィを抱きしめてくれている誰かが僅かに驚いたような気がした。

 

『…………sir』

 

 それから、とっても懐かしい声。

 

 フェイトのバルディッシュと違って、どこか心配するような声。

 

 『リニス』がいなくなって、『アルフ』は幼い姿のまま長い眠りに就いていて、『母さん』はずっと病気のまま療養しなくちゃならなかったから。

 

 彼は、いつも『アリシア』のことを。独りぼっちになってしまった自分のことを心配してくれた。

 

 だけど……

 

 ごめんね。

 

 なんだか……

 

 とっても、眠いんだ……

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 そうして、一際大きな崩壊音とともに、その構成していた躯体(からだ)を空に還して。闇の欠片のレヴィの夢は終わりを告げた。

 

 彼の腕の中で、記憶の中にある懐かしい友達の、大切なひとりの少女があるべき場所に還っていく。そこに存在しているという、触れ合える感触も。生きているんだという温もりも。子供の頃から、他の子供と比べてとても軽かった重みも、何もかもが感じなくなっていって。

 

 消えてしまった。

 

 残ったのは激戦の後とは思えないような静寂。

 

「……ごめんね。『アリシア』」

 

 小さく、泣きそうな声で呟いて男は立ち上がる。

 

 その右手には、かつて『アリシア』が相棒としていたもうひとつの閃光の刃が握られている。彼は、三角形の待機形態のそれを手の甲に収めると、慰めるようにひと撫でした。

 

 そして、その首には、かつての主に捨てられてしまった宝玉の姿もあった。主の最期を看取れず、傍にいることもできなかった。その後悔を胸に秘めながら、元の持ち主を支えるために存在していた。

 

 不屈の心は捨ててしまった。あるのは理不尽な運命に対する反逆の意志のみ。

 

 護る為に託された閃光の刃は消えて、理不尽な運命に対する復讐の刃となった。

 

 リベリオンハートとバルディッシュ・アベンジャー。それが今のかつての、愛機たちの名前だった。

 

『ISライアーズマスク』

 

 小さな呟きとともに、男が自分の顔に触れると。その姿はどこにでもいそうな一般局員の姿に変わってしまった。その声も、姿も、顔の造形さえも。続く呟きはシルバーカーテン。男の姿が周囲の認識から幻惑されて、はっきりと捉えられなくなった。

 

 彼はそのまま、倒れ伏していたアルフを人間とは思えないような膂力で背負い、主であるフェイトをその腕に抱き上げてどこかに運んでいく。

 

 風が吹いた後、そこには誰もなかった。

 


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