リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき 作:観測者と語り部
「えっと、なのは?」
「それはどういう……?」
杖を構えて、一戦交えようとする意志を見せる『なのは』に、フェイトは困惑を隠せない。
思わず座っているベンチから立ち上がって、バルディッシュを身構えるも。『なのは』のように杖の切っ先を向けるような真似はしなかった。
そんなフェイトに『なのは』は小さく微笑んで言うのだ。「つまり、一緒に魔法の模擬戦をしませんか?」と。これは、そういうお誘いなのだと。そうして、疑似デバイスであるレイジングハートをバトンのように素早く回して見せる姿は、なるほど様になっている。
「ふふっ、懐かしいですね。『アリシア』と仲良くなったばかりの頃は、不破流の動きを交えた杖捌きをせがまれて。こうしてよくかっこいいポーズを。まあ、戯れのようなものでしたが」
『なのは』のどこか昔を懐かしむような呟き。
そうして一瞬で金色のフレームが輝く杖の先端をU字状に変化させて。展開した別のフレーム部分から桜色の翼を広げて見せた。同時にバリアジャケットを展開して白くなっている靴の踵にも、桜色の翼を広げる。
両足にそれぞれ一対ある天使のような翼は、ひとたび羽ばたけば『なのは』を一瞬で空の世界へと誘うだろう。
「フェイト、どうか私と戦ってくれませんか?」
「どうせ消えてしまう夢なら、せめて夢の中だけでも証明したいのです」
「私の魔法は誰かを救える力なのだと」
「赤く染まって穢れている。こんな両手でも誰かを救えるのだと」
それに対して、ようやくフェイトも覚悟を決める。
結末はきっと同じ。闇の欠片の『なのは』が、夢の終わりの最後に決闘を望むというのであれば。
フェイトはそれに応えてあげたい。なのはとフェイトが魔法を通して、何度も何度も想いをぶつけ合って、その心を分かち合ったように。
フェイトも『なのは』と想いを分かち合いたい。
「バルディッシュ」
『Yes, sir』
フェイトの声にバルディッシュが応える。
黒い戦斧の先端が変形して、フレームを展開すると。フェイトの魔力で形成された
それはレヴィとの戦いで破損したバルディッシュを修理して、マテリアル達に対抗するためにパワーアップさせた。フェイトの新たなる力。
いつか、どこかの世界では守護騎士との戦いで損傷し、復活させたバルディッシュ・アサルト。だが、この世界では投降した守護騎士たちのアームドデバイスも参考にして、よりフレームの強度を高めているという違いがある。
それはさておき。
フェイトの飛行魔法は、『なのは』のように。空を飛ぶためのアクセルフィンを必要としない。
だけど、それが無くとも恐ろしく高速で、油断すれば狩られると。かつての『アリシア』との遭遇戦で、『なのは』は身を以って知っている。
対照的に、フェイトは『なのは』との戦いを経験したことはない。けれど、この世界のなのはと同じように、『なのは』も射撃戦が得意で、あっという間に強くなるような魔法の才能があると思っている。
なにせ、たったの数週間でフェイトと並び立つほどの魔導師にまで成長して、見事フェイトを打ち破って見せたのだから。
そして、バインドによる拘束から砲撃魔法による一撃は、なのはみたいな魔導師の必勝パターンだ。ただでさえ、フェイトの防護服は装甲が薄い。一撃が致命打になりかねない。
だから、回避を最優先。
お互いに身構えて、お互いに相手の動きを警戒する。
「言っておきますけど、負けるつもりはありませんよ?」
「わたし、意外と負けず嫌いですので」
『なのは』が不敵に微笑んだ。
「私も――」
「私も負けないよ」
「ちゃんと、全力で」
「『なのは』の想いに応えてみせるから」
フェイトも小さく微笑んだ。
そうして二人は杖を構え、同時に距離を取る。
始まった瞬間、相手の懐に跳びこんで、デバイスをぶつけ合ってもいいが。『なのは』もフェイトも空戦魔導師なのだ。決着は空の上で付けたいという思いがあった。何よりも『なのは』の方が、不破流による近接格闘を望んでいない。
今は古武術を交えた泥臭い殺し合いよりも、魔法による競い合いを望む想いがとても強い。
だから、両者はゆっくりと深く息を吸い込んで、気合を入れると。互いに強く地面を踏み込んで、空の上へと急速に飛翔する。
「くっ……」
さすがはフェイトと言うべきか。『なのは』よりも幼い頃から魔法の修業をしている彼女は、空を飛ぶ能力も一級品だ。あっという間に加速して、『なのは』の頭上を取ってしまった。
『なのは』も足元に桜色に輝く翼を羽ばたかせて、一瞬で加速する。
しかし、フェイトのスピードはそれすらも凌駕していく。放っておけば、あっという間に距離を取られそうなくらい速い。疾風迅雷とは、まさに彼女のためにあるような言葉だろう。
だから、激しく動き回る空戦で翻弄されては敵わぬと、『なのは』も手を伸ばす。模擬戦の推移は、互いに急上昇からドッグファイトの様相を呈していくと予測。牽制の為にも相手の機動を妨害する必要があると判断した。
杖を握っていない左手を振るって、空を飛んでいる自身の周囲に桜色の
「シューター!!」
なのはと同じ色の魔力光を持ち、同じような魔法を使う『なのは』の
「ハーケン!!」
『Haken Form』
それを横目でチラリと確認したフェイトは、バルディッシュの鎌のような光刃を展開。光の刃を飛ばして、追いかけてくる
それから直下に追いかけてくる『なのは』に向き直って、足元に金色の魔方陣で編まれたフローターフィールドを展開。それを蹴って急加速からの急降下。上昇を続ける『なのは』をすれ違いざまに斬って、一撃を入れんと急速接近する。
フェイトの得意な一撃離脱戦法だ。
『なのは』も疑似デバイスのレイジングハートを構えて、迎撃を選択。フェイトを見据えたまま、しっかりと狙いを定める。足元に広がる桜色の円形魔法陣と、構えた杖の先端がU字状に変形して、桜色の光があっという間に収束していく。
「ディバイン――」
「いえ……」
「ブラストファイアーーー!!」
「っ!!」
一瞬、『なのは』の姿が、シュテルにダブって見えた。
けれど、フェイトは迫りくる砲撃を最低限の動きで避けながら、さらに急降下。バリアジャケットの黒いマントの裾が、桜色の砲撃の余波に巻き込まれて千切れ飛んだが、気にしない。
「ハーケンスラッシュ!!」
勢いのまま黒い戦斧の大鎌を振り下ろす。『なのは』に迫る三日月のように歪曲した光の大鎌。光の刃ですれ違いざまに斬られれば、『なのは』の分厚いバリアジャケットであろうとも、無事では済まない。
「はっ!!」
だから、『なのは』は両手で構えた杖の柄にシールドまで展開して、フェイトの一撃を受け止める。
両者の力が拮抗して鍔迫り合いになる形。
信じられないことに『なのは』は、フェイトの急降下による速度を乗せた一撃を受け止めきって見せた。フェイトの瞳が一瞬だけ驚愕に見開かれる。受け止められると思ってなかった驚きと、なのはなら咄嗟にアクセルフィンの急加速で離脱していただろうという思い込みがあったが故に。
一撃を防いだカラクリは、咄嗟に打撃されるポイントをずらさせた不破流古武術の捌きの応用にあるのだが。フェイトはそんな事、知る由もない。
『Plasma Lancer』
「はあっ!!」
けれど、交差と鍔迫り合いは一瞬。
自分から身を引いて、相手の体勢を崩したフェイトは、手のひらから生成した魔力弾を叩き付けると再び急速離脱。
「くうっ……」
崩れかけた姿勢を踏ん張って支えながら、『なのは』も一撃離脱の攻撃を辛うじてシールドで防いだ。
フェイトが再び急加速。そこからUターンするように反転して『なのは』に向かってくる。フェイトの足元から空に曳かれていく金色の航跡が綺麗な飛行機雲のように見える。それくらい魔力を使用して全力飛行をしている証拠だ。
恐らく普通の人間には耐えられない加速度や肉体への負荷を、フィールド系の防護魔法で軽減しているんだろう。
加速したフェイトの動きは、目で追うのも難しそうだ。
『なのは』は自分が魔法の才能に優れているわけではないと思っているし。現時点で不破流にその才能を振り切って、魔法に覚醒したばかりの頃の『なのは』では、フェイトに追いつけそうもない。だから……
「はあああぁぁぁっ!!」
向かってくる瞬間、懐に飛び込むだけだ。
「―――っ!!」
フェイトは『なのは』が距離を取って射撃戦に移行すると思っていた。けれど、彼女はフェイトに向かって飛翔。一瞬の加速でフェイトの懐に飛び込んでくる。恐らくフラッシュムーブの魔法。なのはがよく、緊急回避に使ったり、相手と距離を取るのに使用するそれを、『なのは』は相手の懐に飛び込む手段変えてきた。
だけど、フェイトも目にも留まらぬ高速機動が得意な魔導師だ。だから、反射神経と相手の動きを見る目に優れている。奇襲を仕掛けてきた『なのは』をちゃんと見つめて、咄嗟に、冷静に対処してバルディッシュの大鎌を振るう。
お互いの杖と戦斧がかち合い。そして。
「っ……あ、くっ――!?」
「取った!!」
フェイトはあっという間にバルディッシュを絡めとられそうになる。けれど、自分の武器となるデバイス。己の相棒を決して手放すまいと力を込めて抵抗する。
「抵抗するっ!? ならばっ!!」
(このままじゃっ、振り回される!?)
『なのは』の叫び。フェイトの焦る思考。一瞬の内に行われる攻防。
不思議な動きだ。鍔迫り合いから、相手の武器をからめ取るように杖を動かして。それでもフェイトの手から得物が離れないと見るや、杖同士を絡ませたまま身体ごと空中で回転して、バルディッシュごとフェイトをぶん回した。傍から見れば衝突した瞬間、錐もみ回転したようにも見えただろう。
そうして回転する勢いのまま、空中でフェイトを投げ飛ばして。体勢を立て直したときには――
「あっ!?」
フェイトの目の前にディバインシューターが高速で迫ってきているのが見えた。なのはとの決闘の時のように、瞬時に頭だけ動かして避けるわけにもいかなくて。咄嗟にシールドを張って防ぐ。その間に、視界の片隅で桜色に煌めく燐光が見えた。
(いけない……)
「ディバイン」
砲撃準備を終えた『なのは』の姿が見えた。
(やられる……)
「バスター」
回避が間に合わない……!!
避けられないなら防ぐしかない!
「バルディッシュ!!」
『Yes, sir』
「シールド全開っ!!!!」
フェイトの叫び。
片手でシールドを張るのではなく、両手でバルディッシュを掲げて、全力でシールドを展開。『なのは』の砲撃を防ぐ形を取る。その恰好は奇しくも、フェイトの斬撃を受け止めた時の『なのは』のようでもあった。それと同時にディバインバスターの輝きが、フェイトを飲み込もうと直撃する。
「くっ……」
桜色の奔流の中で、フェイトは歯を食いしばって耐え続けた。
相変わらず恐ろしい威力だ。『なのは』の砲撃も、こっちのなのはに劣らないかもしれない。
着弾の余波だけで、フェイトのマントが完全に千切れ飛んだ。
「カートリッジ、ロード……」
『Load cartridge』
「くううっ、あああぁぁぁぁ!!」
フェイトの声にバルデイッシュが応えた。戦斧と柄の付け根に接続されたリボルバーから撃鉄が振り下ろされ、魔力が充填。同時にデバイスを通してカートリッジから術者に魔力が供給されたことで、溜まった熱をバルディッシュは排熱する。
そして、フェイトの眼前で展開される金色の幾学模様が施された円形魔方陣は、より強く輝きを増してフェイトとバルデイッシュを護ろうとする。だけど、フェイトを呑み込まんと照射され続ける桜色の砲撃が止まる事もなくて、それくらい『なのは』の砲撃が本気であることを示していた。
(耐える……耐えてみせる……)
(まだ、救えてない人たちがいる……救いたい人たちがいる……)
「だから、ここで墜ちる訳にはいかないから!!」
「バルディッシュ」
『Yes, sir』
「はあああぁぁぁぁーーーー!!」
フェイトは叫んだ。裂ぱくの気合いとともに、シールドに注がれる魔力もいっそう高まっていく。
(くっ、まだ耐えるのですか……)
(風のように迅いフェイトを捉えるのは至難の業……)
(故に、ここで決着を付けたかったのですが……)
一方で『なのは』の魔力も限界が近い。
元々消えゆく
誰かの記憶が再生されただけの想いの残滓。その身に宿る魔力も、オリジナルと比べれば少なく、魔法の
けれど、それでも『なのは』は諦めたくないと、頑張るのだ。
気が逸るのは全力で自分の想いとぶつかり合ってくれるフェイトに対する嬉しさか。それとも不破家の娘として、曲がりなりにも武人として育てられてきた端くれだと思っているからか。苦しい攻防の最中で、『なのは』は少しだけ微笑んだ。
「私は負けない!! フェイトっ!!」
「はあああぁぁぁぁっーーーーっ!!!!」
そうして、『なのは』もフェイトの気持ちに負けないように叫んだ。
ここで負けたら『アリシア』の願いも叶えられない。事故が起きたのは自分の責任だって、ずっと悔やんでいる『ユーノ』さんの想いにも応えられない。そんな気がするから。
だから。
こんな自分でも誰かを助けられる。街の人に迷惑かけるジュエルシードモンスターとだって戦える。魔法の力は使い方次第で、誰かを助けられるんだって。復讐の為に殺す事しかできない不破流とは違うんだって証明できると思うから。
フェイトに、フェイトちゃんに負けたくないって。『なのは』はそう思うから。
だからっ!!
「私は負ける訳にはいかないんです」
「『ユーノ』さんの為にも、『アリシア』の為にも」
「だから、これが私の、全力全開!!」
「心して受け止めてください!!!」
「ディバインバスターーー!!!」
「フルパワーーーーっ!!!!」
渾身の想いを一撃に込めた『なのは』の叫び。
「もう、私は迷いたくない!!」
「悲しいことも、辛いこともちゃんと受け入れてっ!」
「前に進むんだっ!!」
「こんな自分でも一緒にいたいよって、受け入れてくれたなのは達と」
「こんな筈じゃなかった悲しい未来を歩んでしまった
「一緒にっ、前に進みたいからっ!!」
それに応えるようにフェイト叫ぶフェイトの想い。
二人の気持ちが魔法を通してぶつかり合う。
そして。
相手を思いやるフェイトの叫び声が。
なのはよりも冷静で、落ち着いた声なのに。誰よりも熱い想いを秘めているような『なのは』の叫び声が。
重なり合って、響き渡った。
金色のシールドは、フェイトの強い想いに応じるように、その輝きと強度が増して、より強く。
負けじと叫ぶ『なのは』の桜色の魔力の奔流も、より強く激しく。輝きを増していく。
(ここからだ……)
(ここからが、きっと本番)
(お互いの勝負の、決め所)
その中でフェイトは冷静に考える。
これで、決着が付けばそれでいい。全ての魔力を出し切るような砲撃魔法だ。『なのは』の余力もそんなに残ってないだろう。
けれど、『なのは』という女の子の本質が、この世界のなのはと同じなら、きっと……
彼女は最後まで、諦めずに懐に飛び込んでくるっ!!
「でやああああっ!!」
「粉砕っ!!」
こんな風に。
「はぁ……はぁ……」
「すううぅ……」
「はあっ!!」
フェイトは砲撃を耐え凌いで、ボロボロになったバリアジャケットを修復する余裕もなく。ただ、荒くなっていた呼吸だけを整えて、『なのは』の打撃に対応していく。
『なのは』は強い。なのはのように魔法の才能がある訳でも、彼女よりも戦闘能力に優れているという訳でもない。ただ、どこか戦いなれている。それでいてクロスレンジではフェイトにも劣らない。
「はあっ! ふんっ! せいっ!」
「くうっ……!!」
今もこうして砲撃が終わった直後に、態勢の整っていないフェイトに接近戦を挑んでくる。かつて父に教えられた武術の教えに従って、確かな理のもとに打ち込んでくる打撃は重くて鋭い。
受けた衝撃を緩和するバリアジャケットの機能を貫通するために、『なのは』の杖には魔力が付与されている。まともに受ければ、装甲の薄いフェイトはひとたまりも無いだろう。だから、フェイトも辛うじてそれを往なしていく。杖の打撃を戦斧で往なし、返す刃でバルディッシュの反対側の柄を振るって、『なのは』を弾き飛ばす。
吹き飛ばされながら、片手を向けてくる『なのは』。手のひらから展開される桜色のミッドチルダ式魔法陣。同じようにフェイトも金色の魔法陣を展開。バリアジャケットの黒いグローブに覆われた手のひらを『なのは』に向ける。
「これでフィニッシュです。ディバインバスターっ!!」
「まだ、終わらないっ!! プラズマスマッシャーっ!!」
もうすぐ日が落ちそうな夕暮れ。茜色の空に響き渡る砲撃の着弾音。ぶつかり合った魔力の爆発で、目暗ましのような煙幕が発生して、互いに姿が見えなくなる。果たして吹き飛ばされたのは……
「うっ……」
『なのは』の方だった。
杖による打撃の合戦。『なのは』はハーケンセイバーの刃を躱しきれず、白いバリアジャケットに一筋の斬撃の跡が付いている。それに加えて先ほどの砲撃で、防護服はちょっとボロボロだ。片方の袖が全部破れてしまったし、胸の前に結んだ赤いリボンも弾けて消えている。
純粋に撃ち負けた。
『なのは』が攻撃し続けるのは、自分が押されていることを悟らせないためだったのだが……ちょっとジリ貧かもしれない。勝負の差を分けているのは純粋にフェイトの魔法が、自分よりも優れているからなのか。それとも自分の知らない機構がバルディッシュに付いているせいなのか。
(いえ、デバイスは悪くありませんね……)
(ただ単に私が弱いだけ……)
(フェイトは、やっぱりすごいです)
吹き飛ばされて、朦朧とする意識の中で。ゆっくりと動く時間の中でそんなことを思う。けれど、身体はちゃんと動いてくれる。無意識に自分の背後にフローターフィールドを展開して。それを壁にしながら受け身を取る。『なのは』は杖を構えなおす。
まだ、戦える。フェイトはどう動く?
思考する。意識を研ぎ澄ませる。
自分ならここで追撃を選ぶ。そして高速機動戦を好むフェイトなら同じ考えに至るだろうと考える。
『なのは』は頭の中で戦闘パターンをイメージする。けれど、飛行魔法で高速離脱しても、ドッグファイトの果てに、後ろからプラズマランサーの乱射で機動を牽制されて、撃ち落とされる気がした。迫りくる金色の弾幕は、映画で見た戦闘機の機銃掃射のよう。『なのは』の飛行も精彩を欠いているようだから。
なら、空という空間を駆け回る機動戦は圧倒的に不利。広い空間の中で、設置型のバインド合戦を仕掛けても、たぶん捕まるのが落ちだ。そのどれもが、フェイトには何となく通じないような気がした。
むろん、ただの勘ではあるのだけれど。
時間が何倍にも遅くなって動いているような気さえする。呼吸は荒い。心臓の音が煩い。
フェイトが追撃してこない。まるで、時間が止まってしまったみたいに。世界の動きがゆっくりと感じる。
「はぁ……はぁ……」
そんなゆっくりとした時間の中で、肩で息をする『なのは』は、少し辛そうだった。
でも……
(きっと、これでいいのですよね……)
良かったと、『なのは』は思う。
フェイトと想いをぶつけ合って、負けたくないと思っていた。或いはぶつかりあって、フェイトの悩みを解決できればと思った。こんな自分でも誰かを救えるのだと確かめたかった。けれど、それと同じくらい『なのは』は誰かに自分を止めて欲しかったんだと思うから。
自分でも抑えきれない、心の何処で溢れ出る憎悪。それに身を任せて暴走すれば、きっと誰彼構わず、見境なく傷つけるような悪鬼羅刹に堕ち果てていた。
だから、これでいいのだ。
心の底から溢れ出る憎悪とともに、誰かを憎むようにならなくて良かったと。
『なのは』は自分が、父や姉と同じように誰かを憎むような事なんて信じたくなかったから。
あの優しいフェイトの事だ。こんな形で模擬戦を挑まず、自分を消してくれなんて頼んだら。きっと悲しんだり、後悔するに決まっている。
だから、自分が果てしない誰かの憎悪に囚われてしまう前に。自分の見ている夢が、良い夢である内に終わらせたい。
それが、『なのは』のもうひとつの嘘偽りない想い。
だから、こうして模擬戦を挑んで、挑戦の果てに自分は消えるのだ。勝つにせよ負けるにせよ。全力を出して、心の底から悔いなく消えていく。
夢の終わりはそれがいい。きっと、それでいい。
もう、魔力の残りが少ない。そして、それが尽きればたぶん、自分は消えてしまうだろう。そんな予感がする。
だから、最後に『なのは』はありったけの思いを込めて、フェイトに杖をぶつけることにした。
そうして負けて最後にいうのだ。フェイトの魔法は凄いですねって。
白黒の世界に急速に色が戻り、ゆっくりと元の時間が動き出していく。
『Blitz rush』
「はあああぁぁぁぁっ!!」
煙幕を乗り越えて、愚直にまっすぐにフェイトが突っ込んでくる。
フェイトはバルディッシュを振り上げて、『なのは』に飛び掛かっていく。だから、『なのは』も杖を身構えてそれを受け止めるように構えた。
こっちはもう、シューターで牽制する余裕もない。
それでも。それでも……!!
『アリシア』の為にも 『ユーノ』さんの為にも。
他ならぬ自分の為にも、最後の意地だけは通してみせる!!!!
それが曲がりなりにも不破の武人としての、魔導師としての、『なのは』の譲れない最後の一線だからっ!!
そうして、『なのは』は並々ならぬ闘志をもう一度燃え上がらせて。
杖と戦斧が交差する。
バルディッシュ・アサルトとレイジングハートの柄がぶつかり合う。そうして鍔迫り合いになり、デバイスに力を込めた腕が震えるほどに、お互いの力は拮抗し、そして。
ゆっくりとかち上げられていく自分のデバイス。その隙を縫って、フェイトが素早く己の戦斧を、なのはの喉元に突き付けた。そうして『なのは』は戦いの果てに、目の前に得物を突き付けられて。その先では、フェイトの紅い瞳がまっすぐに自分を見据えていて。
「これで、わたしの勝ちです」
フェイトの静かな勝利宣言。戦いの終わり。決着だ。
「わたしの……負けですね」
だから、『なのは』も素直に負けを認めた。
その
◇ ◇ ◇
並行世界の『なのは』と、この世界のフェイト。
片や『なのは』にとっては、『アリシア』の違う可能性として生まれてきた女の子。片やフェイトにとっては、闇の欠片として再生された優しかった頃の『なのは』の記憶を持つ少女。
二人はボロボロのバリアジャケット姿をしたまま、空の上で手をつなぐ。
そうして互いに見詰め合って、とても良い勝負だったと称えあった。
「やっぱり、世界は違っても、『なのは』は強いんだね」
「フェイトも……今回は私の負けのようですから」
『なのは』が言外に次は負けませんとでもいうように微笑んだ。それで、フェイトは思わず苦笑してしまう。こっちの『なのは』もフェイトの知るなのはと同じくらい、負けず嫌いなんだなぁって感慨深くなる。
勝敗を分けたのは、絶対に負けられないという意識の差なんだろうか?
心の何処かで消えたいと思っている『なのは』と、迷っても、それでも前に進みたいというフェイトの意地のぶつかり合い。もしも、『なのは』がシュテルのように万全で、理のマテリアルとしての能力をフルに発揮していたら。きっと負けていたのはフェイトの方だったかもしれない。
フェイトと『なのは』で手を繋いで、お互いに並んで飛行しながら、ゆっくりとアルフの待つ公園へと降り立った。二人とも防護服がボロボロで見るも無残な姿になっている。それくらい激しい攻防のやり取りをしたという証だった。後で、バリアジャケットの再構成をしなければならないだろう。
そうして、そこまで考えて。
振り返った、フェイトは息を呑んでしまった。
「『なのは』……?」
だって、目の前で『なのは』が消えかけていたから。
これからどうしようか、なんて後ろを振り向けば。目の前で『なのは』が消えようとしていたから。
闇の欠片が消えゆく時の、独特の崩壊音が響き始めている。『なのは』はそれを不思議そうな表情をしながら、自分の手のひらを見つめていた。
末端から徐々に光の粒子となって消えて行ってる自分の姿。でも、不思議と痛みも苦しみも感じなくて。どこか安らいだような気持ちになっている気がする。だから、『なのは』はその結末を受け入れていた。
フェイトとぶつかり合って、魔法で意地を通して。その果てに負けた。
その結果、誰も恨むことなく満足して消えていける。
それは何よりも清々しい気分だったから。
「『なのは』!!」
けれど、フェイトにとってはそうではない。
闇の欠片が過去の記憶として再生されるこの現象。事件が動き出してから、何度も見てきてしまった。親しい人との別れ。
だから、思わず泣きそうになってしまうのも、仕方ないのかもしれない。
たとえ、世界が違っても『なのは』が大切な"ともだち"である事に変わりなかったから。フェイトにとって初めての、なまえをよんでくれた大切な友達だから。
だから慌てて駆け寄って、その肩を掴んで。けれど、どうすればいいのか分からなくて。泣きそうな顔になりながら、『なのは』が消えていなくならないよう、優しく抱きしめてあげることしかできなくて。
「ごめん、ごめんね……」
結局、謝ることしかできなくて。
闇の欠片とはいえ親友と同じ存在で、少し違う。そんな、『なのは』を消してしまう事への罪悪感が、フェイトの胸を締め付ける。
いっそのこと、ずっと一緒に居られれば良いと思うほどに。
「――フェイト」
だから、そんなフェイトを安心させるように、『なのは』は穏やかな表情を浮かべて、フェイトを抱きし返して。
そのなまえをよんだ。
「だいじょうぶです」
「こうして、消えていくわたしですが、怖いことなど何もありませんから」
「むしろ、フェイトのような優れた魔導師と、純粋に魔法の腕を競い合えたのです」
「夢の終わりとしては、なかなか良い終わり方だと思いませんか」
『なのは』とフェイト。
出会い方が違えば、きっと友達になれたであろう二人。
だけど。
フェイトの前で『なのは』の身体が消えていく。
彼女はあるべき場所に還ろうとしている。
他の闇の欠片と同じように崩壊が始まれば、『なのは』はあっという間に空の彼方に消えていってしまうだろう。それが、闇の欠片として記憶を再生された者たちの、夢の終わりの結末だから。
だから、『なのは』はフェイトの肩に手を置いて、ゆっくりと抱きしめていた身体を離した。
それから、薄れゆく意識の中で、フェイトに向かって微笑んだ。
『アリシア』によく似た女の子に、少しでも笑っていて欲しいから。
消えゆく『なのは』を、自分の事のように想って泣いてくれる。その優しさが、空っぽになっていた心に
「フェイト――」
「『なのは』……」
もう一度、なまえを呼び合う。目の前でフェイトが泣いている。薄れゆく意識の中、遠くで見守っているアルフのすすり泣く声が聞こえる。
まったく、二人そろって泣き虫で。そんな所は『アリシア』と変わらないなぁって、思わず『なのは』は苦笑してしまう。
(………っ)
視界が暗転する。一瞬だけぶれる景色。何とか意識を繋ぎ止めて、もう一度フェイトを見つめる。『なのは』には、もう自分がどこまで消えて行ってるのか分からないけれど。それでも、違う世界の親友のことを最後まで見守っていた、い……
自分の意識が消えそうになりながらも、『なのは』は何とか顔をあげて、フェイトを見つめる。
フェイトも、涙を拭って、もう一度『なのは』を見つめ返した。
そうして、『なのは』は半透明に薄れてしまった身体で手を伸ばして。フェイトもそれに応えて。
そっと、お互いの両手を包み込む。
ふと、最後に思い浮かぶのは、ずっと疑問に思っていたこと。
『なのは』がずっと迷っていた魔法の力のこと。
もう、不破として取り繕う余裕もないけれど……
最後に、聞いておきたい。
「フェイト、ちゃん」
「あの、ね……わたしの魔法は、ちゃんと誰かを、救えたでしょうか?」
『なのは』はずっと迷っていた。迷い続けていた。
母が亡くなって、父と姉がひたすら復讐の道に奔走する中で教えられた。己の身を守るための不破の武術。
その力は仕方なかったとはいえ、襲い来る相手を殺めてしまって。その手を血で赤く染めてしまった『なのは』の心をずっと蝕んでいた。忌むべき殺しの術として、ずっと彼女を悩ませてきた。
そんな中で出会った魔法との出会い。助けを求める『ユーノ』や『アリシア』の力になりたいと手にした。誰かを救うための新しい力。自分を支えてくれるレイジングハートとの出会い。
『なのは』にとっては、まだ『ユーノ』や『アリシア』を助け始めたばかりの頃で。自分が誰かの役に立っているのだと、全然思えなくて。
だから、別の世界とはいえ、未来に生きているこの少女に聞いておきたいと思ったのだ。
自分の魔法は本当に誰かを救えたのかって。
だから。
それにフェイトは、ゆっくりと頷いて、自分ができる限りの精一杯の笑顔を浮かべて答えた。
その瞳に涙が浮かんでいたけれど。見る人が見れば、花が咲くようなと例えそうな。そんな優しい笑顔で。
「うん、救えたよ」
「『なのは』の魔法は、わたしの時と同じように、『アリシア』のことを助けてくれて」
「それから、わたしのことも助けてくれた。こうして、ぶつかり合って。あの時と同じように悩みを解決して貰っちゃった」
「『なのは』の魔法は、やっぱりすごいね」
そして、何よりも、夢が終わろうとしている『なのは』を安心させてあげたかったから。
「良かった―――」
そのフェイトの言葉に、『なのは』は感嘆の声をもらして。この世界のなのはと同じような微笑みを浮かべる。
生きてきた過程も、境遇も何もかも違うのに、その表情だけはなのはと
だから、フェイトもつい微笑んでしまった。
いつも元気いっぱいだった『アリシア』とは違う。花が咲くような儚げなフェイトの微笑み。
それを見て、『なのは』は安心したように笑って。
――ありがとう。フェイトちゃん。
――どうか、悲しみに、負けないで……
――『アリシア』はきっと、あなたを待ってると思うから……
そうして、一際大きな崩壊音とともに、その構成していた
最後に、フェイトを励ますような、そんな想いを残して。
「フェイト……」
二人を見守っていたアルフが、心配そうにフェイトに声を掛けてくれる。
それに小さく頷きながら、フェイトは自分の手を見つめなおした。
握りしめた手のひらに、『なのは』の温もりが、まだ残っているような気がした。
「ありがとう。『なのは』」
呟く言葉は、夢が終わって眠りについた向こうの世界の親友へ向ける感謝の気持ち。
その心にしっかりと励ましの言葉を受け止めて。フェイトは前を向いた。
もう、迷わない。これからはきっと。
そんな想いを胸に秘めながら。
そっと、気遣ってくれるアルフを優しく抱きしめて。
「フェイトっ!!」
叫んだアルフに思いっきり投げ飛ばされた。
「えっ?」
瞬間。
「あ、あああああっ!!」
「っ………」
「アルフ!!」
空から落ちてきた黒衣の影に、アルフもフェイトも吹き飛ばされ。特に爆心地の近くにいたアルフは、フェイトを庇う形でまともに攻撃を食らってしまったらしい。吹き飛ばされた先で、地面を勢いよく転がってそのまま動かなくなった。
どうやら気絶してしまっようだが、叫んだフェイトはそれどころではなかった。
周囲を覆ってしまうほどの砂塵の中で、紫電が爆ぜるような音がする。濃密に膨れ上がっていく圧倒的な"力"。その魔力。そして、その存在感。
重く圧し掛かるような重圧は、体中を刺すような殺気となってフェイトを覆っているかのようだ。
「よくも……よくも……」
そうして、体中に水色の紫電を纏わせながら、ゆっくりと近づいてくる存在。
「よくも、『なのは』をっ……」
その
「フェイトォォォォォ!!!!」
そうして激昂するレヴィは、もうひとつの戦斧であるバルニフィカスを死神の大鎌のように展開し、あらん限りの力でフェイトに向けて振り下ろした。