リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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act4 たとえ世界が違っても『なのは』は優しいんだ

「なのは……?」

 

 フェイトはバルディッシュを抱きしめるようにして、握りしめたまま。困惑したような表情を浮かべる。それは困っているというよりも、驚きを隠せないというような表現が正しくて。事実、フェイトは『なのは』を見つめたまま動けなかった。

 

 白い魔導衣も、胸元の赤いリボンも確かになのはのもので。そのまま、なのはと『なのは』が並んだら。そっくりな双子だといわれても気付かないだろう。彼女が『なのは』であると見分けられたのも、髪がなのはよりも暗めで。ふたつのおさげと、髪を結っている白いリボンが無かったからだ。

 

 どちらかと言うと、お母さんよりも、お父さんに似ているのかもしれない。ビデオメールで紹介された、なのはの家族を思い出して、フェイトはそう思った。

 

「『アリシア』……?」

 

 そして、『なのは』も驚いたようにフェイトを見つめたまま動かない。

 

 アルフはフェイトの隣で警戒したままだが、彼女も驚きを隠せない様子。記憶が確かなら、『なのは』は高町家で保護されているのではなかっただろうか。

 

 フェイトとアルフは知らない事だったが、彼女は自分と似たような気配が消えたり現れたりしているのを肌で感じ取って。空を飛んで探索を続けるのは拙いと思い、途中で徒歩に切り替えたのだった。

 

 彼女の中では学校が終わってジュエルシードを探索する途中。それで、懐かしい気配に誘われて来てみれば、フェイトがそこに居たという訳であった。何故なら、彼女は闇の欠片である。当時の『なのは』の記憶が再現されたに過ぎない。

 

 だから、隣にいる橙色の尻尾と獣耳を生やした女性も誰か分からなかった。どこかで見た事があるような気がする。けれど、頭の中が、霞に掛かったように思い出せない。

 

 いろんな記憶や出来事が混ざり合ったような感覚。時系列ごとに記憶を並べ替えられない。正しく認識できるのは、つい最近の出来事だけ。過去の事はぼんやりしていて、未来の事ははっきりと思い出せない様子。

 

「ッ………」

 

 思わず酷い頭痛がして、頭を手で抑える『なのは』。それでも顔をしかめる程度に我慢して、痛みを表情(かお)に出そうとしないのは、きっと目の前にいる『アリシア』に心配かけたくないから。

 

 彼女の認識だと、フェイトは『アリシア』なのだから。

 

「あの、だいじょうぶ?」

 

 けれど、フェイトは苦しそうな『なのは』を放っておけなくて、思わず駆け寄ろうとする。

 

 相手が闇の欠片だったとしても構わない。それくらいフェイトにとってなのはという存在は大切で。それが、『なのは』だったとしても変わらない気持ちだった。

 

「大丈夫です。ちょっと頭が痛くなっただけですから」

 

 けれど、『なのは』は手でフェイトを制すると、心配かけないように微笑んだ。フェイトも見たことないような『なのは』の微笑み。それは明るく笑うなのはと違って、儚げで消えてしまいそうな。だけど、とても心優しい笑顔で。

 

 ちょっと、なのはよりも大人びたように感じられる。

 

 そんな感想を抱いてしまうフェイトだった。

 

 それから、『なのは』は心配そうな表情でフェイトを見た。思わず何かしただろうかと迷うフェイトに、『なのは』は彼女の認識が決定的に違うのだという言葉を、もう一度口にする。

 

「『アリシア』。ダメじゃないですか」

「えっと……?」

「リンカーコアの魔力が回復しきってないので、安静にしていなさいと『ユーノ』さんに言われたでしょう?」

「『アリシア』のお母さんを早く助けたい気持ちも分かります。でも、心配かけるような事もしてはダメです」

「ジュエルシード集めはしばらく私に任せて、『アリシア』は私の家でゆっくり休んでいて下さい。あと、それから……」

『フェイト。フェイト』

『うん、分かってる』

 

 一瞬、浮かべた心配そうな様子を、冷静さで隠して説明を続ける『なのは』。その様子に何か気が付いたのか、アルフが念話で呼びかけてきて。フェイトも、それに気が付いた様子で、アルフに念話で返事をした。

 

 そして、フェイトは意を決した様子で、『なのは』に話しかける。彼女の精神(こころ)を揺さぶってしまうかもしれないと、ちょっとだけ身体を強張らせながら。思わず生唾をごくりと飲み込んだ。

 

「あの、その、『なのは』さん……じゃなくて、『なのは』」

「父に話は通してありますし、出かけるときはおやつの果物も用意して……はい?」

「そのね? わたし、『アリシア』じゃなくて」

「????」

「その、よく似た別人で……フェイト・テスタロッサって言います」

「はい…………? べつ、じん?」

「はい……」

 

 目をぱちくりさせながら、驚いたように固まる『なのは』。気まずそうに俯くフェイト。

 

「「…………」」

 

 沈黙が場を支配する。そして――

 

「ふぇえええぇぇぇええ!?」

 

 本当に、ものすごーく驚いた様子の『なのは』の叫び声があたりに響き渡って。そんなところは、なのはにそっくりだなぁって思うフェイトなのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「んっ、失礼。取り乱しました」

「ううん、こっちこそごめんね。驚かせるようなこと言っちゃって」

 

 『アリシア』だと思っていた女の子は、実は違う人だった。

 

 その衝撃の事実に『なのは』の顔は羞恥で染まり、瞳を潤ませて。思わず、なのはみたいな喋り方で、「双子のようによく似ていたとはいえ、別の方と間違えるなんて。とっても申し訳ありませんでした~~~!!」と勢いよく頭を下げるものだから。フェイトとしても苦笑するしかなかった。

 

 思わず飼育員が馬を制止させる時のように、フェイトはどうどうってしてしまって。それでも、『なのは』はデバイスを握りしめながら。もう片方の手で自分を抱きしめて「ううぅ~~~」って俯くものだから。彼女を落ち着かせるために、ベンチに座らせることにしたのだ。

 

 この時なのはと違って、『なのは』は右利きなんだと気付いたりもした。

 

 それで、『なのは』の両腕に手を添えて、「落ち着いて。そう、深呼吸。深呼吸」と言い聞かせて。その間にフェイトも深呼吸して、自分の心を落ち着かせて、今に至るという訳だった。

 

 フェイトはアスカとそうしていたように、今度は『なのは』と一緒に座っている。ただし、違うのはアルフが立ったまま、フェイトをフォローできる位置で警戒しているということだろう。

 

 相手が親しい存在だとしても、警戒しすぎるくらいがちょうどいいと、フェイトの代わりに油断しないようにしているらしい。『なのは』もそれを感じているのか、アルフをチラ見しながら、ベンチに座るフェイトと距離を取るように端の方に座っている。

 

 精神的に不安定になりやすい闇の欠片を思えば、それが正しいやり方なのだろうが、フェイトとしてはちょっと不満だ。

 

 アルフの思いやりは嬉しい。でも、なのはと同じような存在である少女と、距離を置きたくない。だから、フェイトは自分のほうから、『なのは』に詰め寄っていく。

 

「あの、フェイト?」

 

 そうしたまま、有無を言わさず『なのは』の手を握って。困惑の表情を浮かべている『なのは』のことをまっすぐ見つめて。フェイトは口を開く。

 

「落ち着いてよく聞いて欲しいんだ」

「『なのは』のこと。今起きていること」

「はい、ええと。その、なんでしょうか……?」

 

 だけど、これを言うのは本当に辛いことだ。

 

 普通の人は自分自身を本物だと思っているだろう。少なくとも疑問に思ったことはない筈だ。

 

 でも、フェイトはアリシアのクローンとして生まれてきて。娘の代わりとして生まれてきて。実の母親であるプレシアに拒絶された過去がある。

 

 フェイトはアリシアとしてではなく、フェイト自身として過ごしてきた。そう育てられた。その上で、本人はアリシアのクローンなのだと知ることもなく。いつか、お母さんが自分を見てくれると信じて、ずっと母の為に戦い続けてきた。

 

 けれど、他ならぬプレシアの口から、アリシアのクローンなのだと。紛い物のお人形なのだと告げられた時。フェイトは自分の足元が崩れ去るほどの衝撃を受けた。ショックで足元が覚束なくなって、息をするのも苦しくて。気が付けばなのはに支えられながら、立つことすらも出来なくなっていた。

 

 それと同じように、告げなきゃいけない。

 

 自分自身が『なのは』であると信じている少女に、誰かの記憶から生じている過去の記憶の残滓なのだと。闇の欠片なんだと。貴女はホンモノではないのだと。

 

 それが堪らなく辛い。

 

 だって、『なのは』は『なのは』だって疑っていない。こうして誰かを助けるために、なのはと同じようにJS事件を解決しようとしている。『ユーノ』という友達と、『アリシア』という少女を助けるために、こうして奮闘している。

 

 例えば、闇の欠片の『なのは』が悪い記憶に苦しめられていたり、怒りや悲しみの心に囚われて襲ってくるようなら。それを止める為に戦うこともできただろう。だけど、こんな風に自分を自分だと疑ってないのに、いきなり封印したりするのも気が引ける。

 

 何よりも、フェイトが知らない『なのは』なのだ。別世界の、それもシュテルに生まれ変わる前の存在で。記憶を失ったりもしていない。

 

 『アリシア』とフェイトの関係を薄々察しているのか、ときどき笑うところもあって。それが余計に心に来る。きっと、『なのは』の中では、フェイトも『アリシア』と同じように助ける存在で。困っているなら手を差し伸べようとしてくれているのだろう。

 

 それが分かるから、フェイトの心も揺れる。

 

 彼女は悲しみに瞳を揺らしていた頃のシュテルじゃない。儚く微笑んで、魔法の可能性を信じていた頃の『なのは』だ。

 

 そして、別世界の存在であってもフェイトにとって『なのは』は友達で、大切な人だから。

 

 それでも、闇の欠片なんだよって、『なのは』の正体を告げなきゃいけなくて。

 

 フェイトの瞳は迷いに揺れたまま、絞り出すように声を震わせた。もしかしたら、『なのは』の手を握ったのも、自分の心を落ち着かせる為なのかもしれなかった。

 

「あのね……」

「今の『なのは』は、悪い夢を見ている状態なの……」

「頭が痛くなったりするのもそのせいで、わたしは皆を悪い夢から醒ましてあげないといけなくて」

「だから、わたしは」

「わたしは……『なのは』を……」

 

 なのに、どうしようもなく涙が溢れて止まらない。

 

 フェイトの心が悲しみに泣き叫んでいる。

 

 『アルフ』、『リニス』、『プレシア』。

 

 別世界の記憶から生まれた闇の欠片とはいえ、親しい人との別れはどうしてこんなにも辛いんだろう。

 

「フェイト……?」

「あの……これは、ちがくてっ………」

「ぐすっ……ごめん……」

「ごめん、なさい……」

 

 どうしても涙を流してしまうフェイトに、事情の分からない『なのは』は困惑するばかりだ。自分が何かしたのだろうかと思うも、心当たりなんて思い当たらない。ただ、『アリシア』とよく似たフェイトが泣いているのが放っておけなくて。

 

「どうか泣かないで下さい」

「何か事情があるのなら、私が力になりますから」

「だから、ね?」

「いい子ですから」

 

 『なのは』はフェイトを抱きしめた。その肌の温もりは生きている人のそれで。とても彼女が過去の記憶から再生された存在だなんて思えなかった。

 

 『なのは』は優しく、優しくフェイトの背中を擦ってくれて。それから、瞳から零れ落ちる涙を拭ってくれて。

 

 それが何よりも辛くて、余計にフェイトは泣いてしまって。

 

 それでも『なのは』は、ずっとフェイトに優しくしてくれて。

 

「ごめんよ、フェイト」

「後はあたしが代わるからさ。フェイトは休んでいておくれよ」

「アルフ……ごめんね……」

 

「『なのは』、あのさ……」

「事情は向こうで説明するから、ちょっとついてきておくれよ」

 

 だから、どうしても涙が止まらい、フェイトに代わって、オオカミの耳と尻尾を消沈させたアルフが代わりに説明するのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 

 フェイトは『なのは』の闇の欠片を消す決心もつかないまま、ベンチの上で目を閉じて座っていた。そうして、顔の前で祈るように手を組んでいる。

 

 静かな祈りの時間の中で、フェイトは徐々に自分の心を落ち着かせていく。

 

 きっとずっと一緒にいることは出来ない。放っておけば『なのは』の闇の欠片も時間とともに消滅するだろう。あるいは心残りや未練を解消する為に、ずっとさまよい続けるのかも知れない。そうして、迷子のままフェイトじゃない他の誰かに封じられるのかもしれない。

 

 それを思えばフェイトが終わらせてあげるほうが、まだ良い方なのかもしれない。

 

 公園の砂を踏むような音が聞こえてくる。この歩き方は―――

 

 ゆっくりと目を開けると、そこに闇の欠片の『なのは』の姿があった。その顔は相変わらず慈愛に満ちていて、フェイトを思いやる優しさに溢れている。この子は、自分が偽物だと聞かされても取り乱さないような不屈の心の持ち主だったらしい。

 

 だからやっぱり、なのは(『なのは』)はすごいなって思うんだ。迷い続けてばかりのフェイトより、ずっと強いって。

 

 そう思うから。

 

「フェイト」

「アルフさんから話を聞かせていただきました」

 

「今の私は、過去の記憶から再生された夢を見ているような状態で」

「私自身が、その夢から生まれた残滓のようなものなのだと」

 

 そう言いながら、『なのは』は優しく微笑んだ。どこか苦笑するような笑み。こっちのなのはだったら、しょうがないなぁフェイトちゃんはって、思わせるようなそんな表情をしていた。心配しすぎだよとも。

 

「『なのは』、でも……」

「それに言い方は違えど、いつか夢は醒めるもの。そうでしょう?」

 

「あっ……」

「そう、だね……」

「そうだよね……」

 

 フェイトは『なのは』の言葉を聞いて、うつむいた。

 

 ずっと一緒にはいられない。

 

 自分(『なのは』)はただの記憶の欠片で、現象だから。

 

 いつか消えていく。

 

 その『なのは』の物言いは、自分が何者かを理解したうえで、その結末が意味することも理解しているのだと。フェイトにそう思わせるには充分で。

 

 だから、フェイトがバルディッシュのシーリングモードを起動すれば、すぐにでも彼女はその結末を受け入れるのだろうと思う。穏やかに目を閉じたまま、フェイトに心配かけないように笑って、そうして光に包まれて。『アリシア』の親しい人たちと同じように消えていく。

 

 でも、もう少しだけ。

 

 もう少しだけ、この優しい『なのは』と話していたい。

 

 出会いが違えば、きっとフェイトとも友達になれたはずだから。それこそ『アリシア』と同じように。

 

「フェイト――」

「『なのは』……」

 

 そんな、フェイトの手を取って、フェイトの視線に合わせるように屈んだ『なのは』と目が合った。

 

「それに、私にとって、この夢は全然悪い夢ではないのです」

「えっ……?」

「降り続ける止まない雨もなくて、幼い頃の、あの惨劇も見ることはない」

「それら過去の記憶が、悪夢となって再現されるよりは……よほどいい夢です」

「少なくとも、こうしてフェイトに会えたのですから」

「『レイジングハート』が喋らないのは、ちょっと寂しいですけどね」

 

 『なのは』の言葉の意味をフェイトは知らない。小さい頃に誘拐されて、その恐怖心から無意識に不破としての本能で、相手を殺めてしまった過去を持つなど。それこそ、事情を知っているのは、『アリサ』と『すずか』。それからマテリアルたちの過去を垣間見ているディアーチェくらいのものだろう。

 

 ディアーチェが『はやて』だった時に、少しだけ病室で語られた『なのは』の過去。

 

 あの日から、『なのは』は雨の日を恐れるようになった。そして、この『なのは』はあの日のクリスマスの惨劇を、まだ知らなかった。

 

 大切な人を奪われて、復讐心に駆られる父と姉の心を完全に理解してしまった。憎悪に満ちた『なのは』ではない。だからこそ、まだ笑っていられる。

 

 今でも、その胸に魔法という言葉を信じているから。この力で誰かを救えるって信じているから。だから、その手の魔法も、レイジングハートを模した疑似デバイスも握りしめていられる。

 

 だから。

 

「フェイト」

「迷った時は心のうちを吐きだして、想いをぶつけ合えばいいですよ」

「少なくとも心はすっきりするはずですから」

 

 だから、もしも目の前で困っている人がいるのなら。

 

「それに、私の魔法は困っている誰かを助けて、笑顔にしてあげられるんだって証明したいんです」

「だから、救ってみせます」

「フェイトの迷いも、その心も」

 

 いつだって、『なのは』は手を差し伸べるのだから。

 

「フェイト。私と魔法の力を競ってはくれないでしょうか?」

 

 そうして、フェイトを励ました『なのは』は、少しだけ離れると、フェイトに向けて杖を構えるのだった。

 


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