リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき 作:観測者と語り部
「落ち着いた?」
「うん、ありがとう」
泣いているフェイトとアルフの二人を抱きしめていたアスカが、ゆっくりと手を放す。すると、泣き止んだ二人は涙を拭いながら小さく微笑んだ。
それからアスカは、連戦続きで戦っているフェイト達を休ませるために、公園のベンチに座らせる。結界内部では微弱な闇のかけらと局員たちが戦いを繰り広げているようだが、少しだけ休憩しても罰は当たらないだろう。
心を落ち着かせる時間も必要だ。
アースラで管制しているエイミィに通信を入れて、少しだけ現状待機する旨を伝えたアスカは、そうしてベンチに座り込んだ。真ん中にフェイト。その左右をアルフとアスカが囲む感じで、フェイトとしてはちょっと恥ずかしい。
この別世界の優しい友人とはあまり話したことがなくて、他者と触れ合う経験も少ないフェイトだから。何を話せばいいのか分からない。
肌にぴったりと合うような衣服の騎士甲冑を纏っているアスカは、その闇夜を思わせる黒い色と相まって雰囲気が暗く見えがちなのに。太陽みたいに明るい金髪が、その印象を覆している。顔だけ見ていると、フェイトの知っているビデオメールのアリサにそっくりさんだから。
「『アリサ』。その、ありがとう……」
「『アリサ』はやっぱり優しいねえ。まだ、フェイトと同じくらいなのにしっかりしててさ」
だから、慣れないことも相まって。つい『アリサ』の名前を呼んでしまう。それはアルフも同じようで、二人ともマテリアルとしてではなく、生前の『アリサ』の名前を呼んでいた。
だから、アスカは苦笑する。
「アスカよ。アスカ・フランメフォーゲル。今は昔とは違うんだから」
「あっ……ごめんなさい」
そして、やんわりと否定しながら、今の自分はアスカ・フランメフォーゲルなのだと告げる。すると、フェイトもアルフもしょんぼりして、二人そろって謝ってくれて。そんな素直なところが、ちょっと可愛いと思うアスカである。顔には出さないけれど。
これで、向こうの世界の『アリシア』だったら、元気いっぱいに飛びついてくるに違いない。感極まると、すぐ抱き着いてくるんだから。そういうところはフェイトと義妹はちょっと違うなと、思ったりするアスカである。
「ねぇ、アスカ」
「なぁに、フェイト?」
「その、レヴィとアスカって義理の姉妹だったんだよね」
「二人はどんな感じだったのかなって、気になって」
「ん~~~、そうね」
両手を胸の前で握りしめながら、思わずという感じで問いかけてくるフェイトに、アスカは上品な仕草を垣間見せながら、空を見上げた。
それは在りし日の記憶に思いを馳せるような表情で。
本当の家族を思いやるような、優しい瞳をしていたから。フェイトはちょっとだけ羨ましく思う。
まだ、フェイトは天涯孤独の身で。保護責任者のリンディ達とも少しだけ距離があったから。
「そうね、よく稽古を抜け出して、外で遊んでるような子だったわ」
「へぇえええ~~」
「目を離すと木登りはするし、メイド達を困らせてかくれんぼもしてたこともあった」
「それから、雨の日に外ではしゃいで、服を泥だらけにしたときは何事かと思ったわね……」
「ええと、泥だらけにしたんだ?」
「そう、泥だらけよ……おかげで、汚しても構わないような庶民向けの服もそろえたわ。マナーに厳しいメイド長も苦労してたっけ」
だから、遠い目をして呟いたアスカの言葉に、フェイトは驚いてしまう。えっ、『アリサ』の家ってお嬢様みたいな上流階級の人だよね。そこに引き取られて泥んこ遊び? ちょっと想像できないよって感じである。自分だったら、引き取られた家で大人しくしてるだろうなぁとも。
仕方がないことではあった。フェイトはまだ、暗い感じのレヴィしか知らなくて。ありのままの明るい『アリシア』の姿と結びつかないのだろう。
昔を思い出したのか遠い目をするアスカ。その闇色の瞳に、その時の苦労が滲んでいるような気がした。
ついでに、その時のメイド長の苦労も思い出して、アスカは内心でちょっと泣いた。当時のメイド長だった人は、生前のアスカにも厳しい人ではあったが、『アリシア』だった時のレヴィの境遇を聞いて、自分の事のように泣いてくれた人だった。お嬢様らしくない『アリシア』に眉をひそめる他のメイドや執事がいるなかでも、分け隔てなく『アリサ』の義妹として接してくれた方でもある。
マナーや作法に厳しく、何度も『アリシア』を注意して。ガミガミおばさんと陰で恐れられてたのを思い出す。だけど、バニングス邸の広大な庭で迷子になってしまって、『アリシア』が小さな『アルフ』と一緒に泣いていた時は、真っ先に駆けつけてくれて。『アリシア』お嬢様大丈夫ですか。お怪我はありませんかと、心配しながら。『アルフ』を腕に抱いた『アリシア』を抱きかかえて、お屋敷まで連れ帰ってくれた優しい人だった。
そうして厳しくしながらも、自分の子供のように可愛がっていたようだから。きっとアスカ達と一緒に行方不明になったと聞いたら。自分のことのように泣いているだろう。もしかしたら、心労で倒れているかもしれない。そう思うとやるせないアスカだった。
アスカは目の前の事にしっかりと向き合って、あまり向こうの事を考えないようにしている。偶に『バニングス』の家のことや、向こうの世界の事が心配になるけれど。顔には出さないようにしていた。もう、帰れるかも分からない故郷に対する望郷の念が強くなって、寂しくなるから。
だから、思い出すときは、こうした昔話をするときだけだ。
「まあ、今思えば遊びたい盛りだったのよ。あの子は、生まれたばかりの子供とそう変わらない見た目でも。心は幼い子供だったから。なんでも興味を示す年頃だったんでしょうね」
「だから、もっと遊んであげれば良かったなんて思うこともあるわ」
「アスカ……」
「そんな顔しないの。あんた達は笑ってるほうがずっと素敵なんだから」
そう言いながら、アスカ達マテリアルの事を思って泣きそうな顔をするフェイトを、アスカは優しく撫でた。
金糸の髪を梳いてくれる指の感覚が少しだけくすぐったい。見た目は夜の闇を映し出したかのように冷たく感じさせるマテリアル達だが、アスカに限ってはそうでないように思える。
暖かい日差しが降り注ぐ晴れの日みたいに、アスカは勝気で快活で。そして、何よりも優しかった。
そう、たとえ広大な闇に包まれていたとしても、その中で光り輝く太陽のように。
その手から感じられる体温が、とても温かい。まるで、夜の闇も、凍てついた氷の寒さすらも溶かしてしまいそうで。その優しさに、しばらくフェイトは目を細めて、居心地よさそうに身を委ねていた。
人から優しくされるのは、フェイトはあまり慣れていないけど。こんなにも心地いいんだって、分かるから。
「フェイトとレヴィは姉妹みたいなもんなんでしょ」
「なら、アタシにとっても、フェイトは妹みたいなものよ」
「ええと、その、妹?」
「嫌だった?」
「こっちのアリサとは、友達だから」
「そういえば、そうだったわね」
それからも、フェイトとアスカはしばらく話をした。相手のこと。自分のこと。友達のこと。
「こっちのアタシとはあまり会ってないんだっけ?」
「うん、なのはと一緒にビデオメールでやり取りしてて。それで、アリサとは友達なんだ。まだ直接は会ってないけど」
「そっか。でも、こっちのわたしもアンタのこと放っておかないと思うわ」
「自分で言うのも何だけど、意外と面倒見がいいから」
「ふふ、そうだね」
「引き取ってくれた人は優しいの?」
「うん、クロノもリンディさんも何かと気にかけてくれて。母さんのことで、たくさんの人に迷惑を掛けたわたしの裁判の事も、すごく助けてくれた」
「ふ~ん。まあ、事情聴取に来てくれたあの人なら信頼できるかもね。シュテルの事も世話になったし」
別世界の微かな違い。向こうの世界に居るはずのない人のことも話した。
そして、アスカは会話の中でフェイトに助言する。或いは、向こうの世界でそうしていたかったアスカの願望なのかもしれなかった。
「フェイト。もしも頼れる人がいなかったら、なのはを頼りなさい。きっと力になってくれる」
「なのはを?」
「困っている人がいたら、絶対に放っておけない性格だもの。それが家族や友達なら、
「そうだね。そうして、何度も何度も手を伸ばしてくれた。友達になりたいんだって」
「だからだと思う。母さんと別れることになって……それでも手を伸ばせたのは」
「頑固なのよ。こうと決めたら梃子でも譲らない。一途というか、信念を貫き通すというか。だから、危なっかしくて見てらんない」
「『なのは』もそうだったもの……『アリシア』や『はやて』のことであんなに無茶をして」
「『なのは』も……」
「でも、だからこそ頼りがいがあるのも事実なのよ」
「出来れば支えてあげてほしいとも、思うけどね」
「うん」
「まあ、こうして力を手に入れた今は、できるだけアタシが付いていく。せっかく『シグナム』がくれた大切な力だもの」
「アスカは後悔してないの? マテリアルのみんなと袂を分かったこと」
「そうね……少し寂しい気もするわ。でも、間違っていることをちゃんと間違っているって伝えないと、取り返しのつかないことになる」
「怒りとか、憎しみに囚われた子を見ているとね。自分のことのように苦しくなるのよ。それが大切な人なら尚更」
「シュテルがそうだったもの。あの子、お父さんとお姉さんのことでずっと悩んでて。アタシとナハトはそれを間近でずっと見てたから」
「だから、あの子たちが過去の憎しみに囚われているようなら、そこから助け出したい。苦しんでいるのなら力になってあげたい」
「それを全部乗り越えたらハッピーエンドよ。童話のように、囚われのお姫様は救い出されて、素敵な王子様と結ばれる。なら、それでいいじゃない」
「少なくとも、アタシはそうしたい」
「そっか――」
少し違う未来を歩んでいる別の世界の自分たち。だけど、その本質はあまり変わらなくて。
けれど、決定的に違っていて。悲劇という未来を歩んでしまって。
その悲しい未来に翻弄されてしまった『自分』と。そうでない、この世界の自分がいて。
だから、フェイトは今なら分かる気がした。
なのはの、悲しい目をしている人に、手を差し伸べたいと思う。その気持ちが。
アスカはフェイトの話も、親身になって聞いてくれて。世界は違っても、友達だって。妹だって優しくしてくれた人だから。
だから、力になってあげたい。
レヴィのことも。
まだ、闇に囚われたまま迷子になっているマテリアル達のことも。
「アリサ。わたし、がんばるよ」
「なのははいつだって手を差し伸べてくれたから。友達になりたいって」
「だから、今度はわたしが手を差し伸べたいんだ」
「今度は、わたしが助ける番だから」
「そう、でも、あんまり無茶しちゃダメなんだから」
「アリサも」
「お互いにね」
そうして微笑みあいながら、二人は握手した。
話をするのは楽しい。こうして何気ない会話をするのでさえ、フェイトにとっては新鮮で。
そして、アスカにとっては当たり前のことだった。
かつてはレヴィやナハト。それからシュテルにディアーチェを加えて。そうして過ごしていた何気ない日々があった。大切な日常があった。それを優しく見守っている守護騎士たちがいた。
その大切な日々をちゃんと取り戻すのだから。
優しくて、大切な日常を。
「…………」
その時、アスカが顔を上げた。浮かべていた明るい笑顔を一転させて、何かを感じ取るように空を見上げた。
結界に封鎖されて、淀んだように感じる空。その先で、ひときわ強い気配が一つ生まれた。アスカにしか分からない微妙な気配。魔力的な強さではなくて、闇の書に由来する同族の気配だ。アスカと同種か、それに近い。マテリアル?
アスカはゆっくりと立ち上がって臨戦態勢を整えていく。その魔力の高まりが、彼女のリンカーコアが活性化していることを教えてくれる。フェイトも、視線を困惑させながら、訝しげな表情をする。
下ろしていたバルディッシュを構えて、周囲を少しだけ警戒する。アルフも同様に。
「アスカ?」
「ナハト? ううん、闇の欠片かしら」
「ナハトって『すずか』だよね。なら、わたしも――」
アスカがそう言うのならば、そうなのだろう。そして、彼女は戦うつもりだ。闇の欠片が襲ってくるのなら、対話するにしろ自分の身は護らないといけないから。
だから、フェイトも助けようとした。私も手伝うと、そんな言葉が出かかった。それを手で制したのはアスカだ。
まるで、自分に全部任せて欲しいと。そう言わんばかりの態度だった。
「アタシはそろそろ行くわ。ちょうどナハトと二人っきりで話したいこともあったし。たとえ、闇の欠片だとしてもね」
「でも……」
それでもフェイトは退こうとしなかった。迷いながらもアスカの力になろうとする。
だから、それを論すようにアスカは言葉をつづけた。
「ナハトって、アタシも知らないような悲しい秘密をいくつも抱えててさ」
「そういう意味ではシュテルにずっと近い子だったのよ。二人だけで分かち合える秘密。いわゆる裏の世界の事情のこととか。悩みってやつを抱えてた」
「アタシはそういうの全然知らないの。あえて、知らないようにしてたから」
「知らないふりをして、馬鹿みたいに明るく振る舞って、そうして前を向くことを二人とも望んでたから」
その呟きには一抹の寂しさが込められているような気がした。古い武術の家の子だったシュテル。夜の一族と呼ばれる古い血族の純血種だったナハト。この中でアスカだけが、あまり裏に関わっていない光の世界の住人で。
だからこそ、シュテルも、ナハトも、かつてのアスカをとても眩しい目で見ていたのだろう。一種の平和な日常に対する憧れ。アスカと接しているうちは嫌なことや辛いことを忘れられるし。ナハトも自分のことを"普通の人間"だと思えるようになったのだから。
けれども、深くは知らない。だからこそ知りたい。
それがきっとシュテルやナハトを根本的な部分で苦しめている原因なのだろうから。
フェイトが誰かの力になりたいと、一歩を踏み出そうとしているように。アスカも"向こうの世界の友達"として力になりたいと。そう思っている。
だから、アスカはフェイトに向きなおって力強く笑うのだ。その肩に両手を置いて、フェイトに言い聞かせるように。
「アタシはそろそろいくわ。だから、レヴィのことお願いね」
「きっと、あの子はアンタを待ってる。そんな気がするから」
「それから、フェイトはもう少し休んでなきゃダメよ」
「これ、姉としての命令」
そして、そう言われてしまっては強く出れないフェイトである。元より、この休憩時間は精神的に疲労しているフェイトを休ませるためのもの。なら、心身共に余裕のあるアスカが、新たに発生した闇の欠片と思われる存在がいる場所に赴くのは当然の帰結だった。
「そういうの、ずるいと思います」
「こういう時に、お姉ちゃん特権を使おうとするのが?」
「人を思いやって、強引に休ませようとするところがです」
かつての『リニス』や『プレシア』がそうだったように、闇の欠片は時に人には聞かれたくない心情を話すこともある。
アスカはナハトがあまり人に聞かせたくない想いを抱えている事を知っている。そういう意味でも、フェイトに留まっていて欲しいのだろう。フェイトに聞かせられないような話を聞くために。
たとえ、それが憎悪に満ちた。悲しみや苦しみなどの負の感情を含めた想いだとしても。
無理に付いていくことも出来るだろうが、きっとアスカはそれを望まない。
こうなると、フェイトに出来ることはアスカの無事を祈ることだけ。両肩に置かれたアスカの手を握り返して、その手をフェイトの両手で包んで伝える。アスカのことを案じる想いと言葉を口にして。
「だから、アスカ。気を付けてね?」
「何かあったら、すぐに駆けつけるから」
「もちろん。アタシは死なないわ」
「この
「もう、そういうことじゃないんだよ?」
「分かってる。分かってる」
フェイトの黒い防護服の手袋越しとはいえ、伝わる体温は生きている人のそれだ。人の温もりに触れていると、ふとした事で思い出すあの日の氷の冷たさが忘れられるような気がして。だから、アスカは安心したように笑った。
この違う世界の、物静かな義妹で友達のような少女の、その綺麗な金糸の髪を梳いて。頭を撫でる。さながら可愛い妹を慈しむ本当の姉のように。隣で羨ましがる様子を、ちょっと隠せなくて。尻尾がどこか期待するように揺れていたアルフも、同じように撫でて。
それからアスカは少しだけ二人から離れた。
紅い炎が迸って、アスカの動きを阻害しない程度の武具が両手に装着される。
その姿こそベルカの騎士甲冑のような防護服を身に纏った姿だ。完全武装。指先まで装甲で覆わないのは、刀型アームドデバイスである『紅火丸』を扱いやすくするため。硬い金属のような武具を纏えば、握りしめた時に繊細な力加減ができなくなる。
シグナムのレヴァンティンのような剛剣を使って、力技で叩き斬ることができない以上。アスカの剣技には引き切るなどの技術が要求される。その分、軽量さでは勝るので、取り回しが良くて。アスカのような子供でも剣を扱える利点があるのだが。本人がそこを意識することはあまりない。
かつての烈火の将の力を技術で補おうとする。それが、アスカの基本的な戦闘スタイルだ。他のマテリアルと比べると戦闘能力では一段劣ってしまうし。防御重視のナハトとは相性が悪い。
それでも出来ること。出来ないこと。それらを理解して、その上で、自分の能力の全てを使って道を切り開くのみ。
それがアスカにできる唯一のことだから。
「それじゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい。アスカ」
見た目はチャイナ服のようにも見える黒い防護服。その背中のスリットから広げた紅い炎の翼を、一瞬ではためかせて。アスカは結界で淀んでいる空を瞬時に飛翔する。
なのはのフライヤーフィンからこぼれる桜色の羽と同じように、アスカの紅い翼から散らばる不死鳥の羽のようなものが魔力残滓となって消えていく。そうして見送るフェイトの前で、空の彼方に消えて。アスカはあっという間に見えなくなっていった。
「アスカ、仲直りできるといいね」
「そうだね。フェイト」
「うん」
静かな雰囲気が漂う公園のベンチで、隣に座っているアルフの手を握りながら。フェイトは頷いた。
家族のように思っている人との別れを三回も繰り返して、フェイトの心は大きく揺さぶられていたのかもしれない。口では大丈夫と言っても、『プレシア』や『リニス』のことで泣いたばかりだ。幼い『アルフ』との別れも、心が痛くなるくらい苦しくて悲しかった。
だから、アスカと話ができて少しだけ落ち着いた。
別の世界での明るい暮らし。レヴィが過ごした半年と少しの日常。一緒に学校に行って、何気ない日々に笑い合っていて。夏の海の思い出や、秋の運動会のことまで色々と聞けて。それからクリスマスの日もどれだけ楽しみにしていたのかも。
そのことを少しだけ聞けて。少しだけレヴィの想いに近づいた気がした。
(前にレヴィと会ったときは、ちょっとだけ仲良くなれた)
(わたしの知らない生き別れの姉妹がいたのかもって期待して。明るいレヴィになんだか嬉しくなって)
(だけど、わたしと違って、レヴィは母さんから貰った本当のなまえがなかったから。ずっと『アリシア』のままだったから喧嘩になっちゃって。そのまま斬られた)
(二度目のときは、闇の書の主である、はやてって子を誘拐するためにマテリアルが動いていて。わたしは管理局の一員として動いたとき)
(あの時は差し伸べた手を取ってもらえなくて、私が管理局の人間だから信じてもらえなくて。そのまま魔法の撃ち合いになってしまったけれど……)
(もしも、わたしが局員じゃなくて。なのはみたいに現地の魔法少女だったら、レヴィはこの手を取ってくれたのかな?)
思わず小さなため息を吐いてしまうフェイト。アルフが心配そうに大丈夫かいと声を掛けてくれる。それに大丈夫と応えながら、フェイトとずっと一緒にいてくれるという契約を守って、傍にいてくれる彼女に心配を掛けてしまう自分が情けない。
それに、レヴィのところの『アルフ』はもういないのだ。“ずっと一緒にいる”という約束も、管理局に引き裂かれて。レヴィは『アルフ』に会うことももう出来なくて。そう思うと、フェイトも自分のことのように悲しくなって、泣きそうになる。
名前を持っているフェイト。本当の名前を持っていないレヴィ。母と別れて優しい人に与えられる生活を送っているフェイト。同じように母と別れて、大好きな人たちの傍にいたけれど、それを奪われてしまったレヴィ。こうして見ると、何から何まで正反対で。レヴィよりずっと恵まれている自分なんかが、本当に手を差し伸べていいのかなって迷ったりもする。
そんな複雑な気持ち。
(はぁ……わたしってダメな子だ)
(アスカにはああ言ったけど。本当にわたしなんかが誰かを助けられるのかな)
それは奇しくも、かつての『なのは』が抱いていたのと同じような気持ち。同じような悩みで。
「……『アリシア』?」
「えっ……なの、は?」
だからこそ、その出会いはフェイトの迷いを晴らすきっかけになる。
いつの間にかそこに現れた少女は、マテリアルとなって闇色の防護服を纏ったシュテルとは違う存在。
かつて、なのはと同じように誰かを助けるために、魔法の力を手にした少女。
私立聖祥の制服にとてもよく似た白い防護服を身に纏う。あの頃の『不破なのは』その人だったのだから。