リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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●五頁 訓練と蒐集

 訓練開始から二日目。

 レヴィの考えた良い案を実行するために、マテリアルの三人は今日も灼熱の熱気が襲う砂漠のど真ん中に来ていた。

 もっとも、バリアジャケットのおかげで熱さを感じることもなく、日差しに肌を焼かれる心配もない。

 

「ねえ、ナハト」

 

「なあに? レヴィちゃん」

 

「ボクらがシュテるんに言われた事は、魔法訓練と魔力の蒐集だよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「だからボク、いっしょうけんめい考えたんだ。訓練できて魔力も蒐集できる方法」

 

「えっ!?」

 

 レヴィの言葉にナハトは珍しく驚き、困惑する。

 そして、レヴィの考える訓練が出来て、魔力も収集する方法とは何なのか、マルチタスクを展開して思考を開始した。

 アスカも首を捻っており、どうやら彼女もレヴィの考えている方法が分からないようだ。

 

(模擬戦じゃないよね、模擬戦は訓練できても魔力を蒐集できない。私たちから魔力を蒐集しても意味ないもの。なら訓練できて魔力も蒐集できる方法は……まさか!)

 

「レヴィちゃん、まっ!」

 

「天破! 雷神槌!」

 

 そうして、レヴィの考えについて思い立った時、咄嗟にレヴィを止めようとしたナハトだったが一足遅かった。足元に通常より大きなミッドチルダ式魔法陣を展開したレヴィが魔法を発動させたのだ。

 

 詠唱せずとも高位魔法を発動させるレヴィの資質は素晴らしいが、今はそれが仇となった。

 水色の輝きを放つ剣が天空から降り注ぎ砂漠の大地に突き立つ。次の瞬間には水色の雷が閃光と轟音を放ちながら、剣に向かって降り注いでいた。

 大量の砂が魔法に付与された爆砕効果で抉り取られ、砂塵が巻き上がり、ナハトは頭を抱えるしかない。

 

「あああぁぁぁ……何てことを」

 

「レヴィ、アンタ何やってるのよ?」

 

「うん? 説明してなかった? これはねアスカ、この世界にいる原生生物を起こしたの」

 

 そんな中で、アスカはいきなり発動された魔法の意図が分からず、レヴィに質問した。だから、レヴィは悪びれた様子もなく無邪気な笑顔を浮かべながら、嬉々として義姉に説明する。

 

「はぁ? 原生生物を起こしたって?」

 

 アスカはレヴィの言っている意味が分からなかった。

 しかし、いきなり響き渡った叫びによって理解することになる。

 

'キシャアアアアア――!!!'

 

「きゃうっ!」

 

「何よ! これぇ!!」

 

「来たよ! 来たよ! 強そうなヤツが来たよ!」

 

 金属を擦り合わせたような甲高い叫びに、耳が良すぎるナハトは獣耳を両手で塞ぎ、アスカは身を竦ませた。

 唯一、レヴィだけはバンザイしながら空中に浮かんで喜んでいる。

 不意にレヴィ達のいる周囲の砂漠が盛り上がり始め、アスカとナハトは身の危険を感じて空に退避。すると、現れたのはおとぎ話に登場する龍のような体躯を持つ百足だった。

 

「何アレ………?」

 

 思わずアスカが項垂れ指を差す。

 かつて、アスカ達が住んでいた世界の高層ビルに巻きつけるような体躯を誇る百足龍。

 そんなモノを初めて見れば驚くのも無理はない。

 

 むしろ絶叫して気絶しないだけマシだろう。

 だって、虫が苦手な人がいたら気絶するかもしれないくらい色々と生々しいのだから。

 

「今から皆でアレを狩るよ~~。リンカーコアが小さいから蒐集できる魔力も少ないけど、良い訓練相手になるし!」

 

 満面の笑顔を浮かべて語るレヴィに呆れた表情を浮かべる二人。

 特にアスカは口を開けてポカンとした表情を浮かべていたが、状況を理解すると力いっぱい叫んだ。

 

「ふざけるなーーー!!!」

 

「ひゃん!?」

 

「魔法を知って間もない私たちに巨大生物と戦えですって! 冗談じゃないわよ! スパルタにも程があるわ!!」

 

 そんなやり取りをする間に、三人を外敵と判断したのか、百足龍は鎌首をもたげて口から砂の塊を吐き出した。

 

「ッ! 危ない!!」

 

 咄嗟に反応したナハトが喧嘩する二人を引っ張って飛ぶ。標的を失った砂の塊は砂漠に着弾すると爆音と共に砂塵を巻き上げて砂地に沈んだ。直撃したらひとたまりもない。

 

「あっ、危なかった~~!」

 

「助かったわナハト………」

 

「もう……二人とも油断するからだよ」

 

 ギシギシと金属音を鳴らしながらレヴィ達を威嚇する百足龍。

 それを見据えながら全員が高度を上げて距離を取る。

 

「やい! ムカデ! ボクらが名乗りをあげる前に攻撃するなんて卑怯だぞ!」

 

「アンタが怒らせたせいでしょうがッ! だいたい、戦いに卑怯もクソもあるか!」

 

 アホな事を言うレヴィに相変わらずツッコミを入れるアスカ。

 そんな二人の横で、ナハトは無言で身構えていた。今度同じような攻撃が来ても、確実に防御魔法で防げるよう集中する。

 

「とにかく、今はアイツを狩る! 先手はボクが行くから二人は援護して!」

 

「了解。行くよ、アスカちゃん。まずは降りかかる火の粉を払わないと」

 

「ちょっと待ちなさい! ああ、もう!」

 

 まず、レヴィが凄まじいスピードで百足龍に突っ込んで行く。それに続いてナハトが突っ込み、出遅れたアスカは必死に二人を追いかけた。

 

「いくぞムカデ! 食らえ! 光翼斬!」

 

 急降下する勢いのまま、バルニフィカスから魔力刃を飛ばすレヴィ。相手を切り刻まんと進む光翼斬は凄まじいスピードで回転しながら飛んでいく。そのまま人間なんて簡単に潰してもあり余る巨体に怯むこともなく、次の一手を仕掛ける為に急接近。

 

(さ~て、狙いは百足龍の触覚かな。地中で過してたアイツは音や空気の振動をたよりに獲物を探しているはず。ソレを感じ取る触覚さえ斬り落とせば狙いを定める事さえ出来なくなる。たぶん)

 

 瞬時に相手の弱点を見抜き、弱点を攻めるレヴィの動きは、もはや雷光そのもので、余りの速さに百足龍は反応すらできず、片方の触覚を光翼斬によって易々と切り落とされる。 そして、もう一方の触角の根元に近づくと、変形させていたバルニフィカスから延びる光剣で薙ぎ払い。その、丸太のように太い触角を切り飛ばした。

 

'シャアアアッ!?'

 

 いきなり両方の触覚を切り落とされた百足龍は苦悶の叫びを上げる。

 そして、黙って殺されまいと巨体を覆う固い甲殻の隙間から、無数の触手を伸ばし、レヴィを捕らえようとした。

 

「クッ、数が多い! でも、ボクを捕らえることは出来はしない!」

 

 レヴィの進路を塞ぐように展開される触手。

 それを薙ぎ払うように、レヴィはバルニフィカスから伸びる光剣を振り回して、触手を近づけまいと両断。巧みな空中機動で触手の群れを回避していく。

 

 しかし、レヴィがいくら触手を切り裂いても、それを上回る数の触手が四方八方からレヴィに迫った。

 

(マズい、このままじゃ捕まる!)

 

「極炎弾!!」

 

 焦るレヴィのピンチを救ったのは百足龍の上空から飛来した炎の塊。巨大な炎の砲弾は百足龍の頭に着弾すると、爆発して百足龍の巨体を仰け反らせる。

 

 その間にレヴィは急速離脱。

 

 一旦距離を取りながら、背後の百足龍を見やれば、レヴィを捕えようと無数に蠢いていた触手の群れも、植物の蔓が枯れるように力を失い。砂漠の大地に朽ちたように、倒れ伏していく。

 

「ほえええぇぇ、すごい火力」

 

 そして、レヴィが唖然とするなかで、アスカは黄金のベルカ式魔法陣を展開。義妹が離脱するのを確認しながら、紅火丸の切っ先を油断なく百足龍に向けていた。炎の翼からは、いつでも次弾が放てるように、紅火丸の刀身に向けて炎熱変換された魔力が流れ込んでゆく。

 

「まったく、手間を掛けさせんじゃないわよ。ナハトっ!」

 

 さらに、百足龍が怯んだ隙を見逃さず、その身体を疾風の勢いで駆け抜けていく蒼き狼の姿があった。狼形態へとフォームチェンジしたナハトだ。

 

 彼女は、百足龍の頭を目指して突き進むと、大きく空中へと跳躍。身体が蒼色の魔力光に包まれる。

 そして、空の上で、人間形態に変身すると、狙っていたかのように百足龍の頭上へと着地する。

 

 そこから大きく右腕を引き絞り、拳を強く握り込むと、彼女のデバイスであるシャッテンに取り付けられた鉄鋼を向けて、相手の頭に叩き込んだ。

 

 暴力とは無縁のような少女の、か弱い腕から繰り出されたとは思えないような怪力。それが直撃した瞬間、百足龍の頭から堅い鉱物をハンマーでぶっ叩いた時のような音が響き渡る。

 

 すると、堅い甲殻は陥没して、拳を受けた中心から周囲に(ひび)が走り、その絶大な威力を証明していた。

 

"シャアアァッ、シャアアッッ!!"

 

 手痛い強烈な一撃を頭に受けて、百足龍は受けた苦痛に耐えられんと、信じられないような絶叫を上げる。頭の上にしがみつく厄介な敵を振り降ろさんと、激しく頭を振って抵抗した。

 

「いまだよ! レヴィちゃん!!」

 

 ナハトは叫びながら、振り回された勢いを利用して空中に飛び上がると、百足龍の頭から離れる。

 

「アスカもナハトも、ありがと。 これで、止めだ。でやああああ!!」

 

 そんな、百足龍が晒した隙を見逃すようなレヴィではない。ナハトの声を受けて、彼女は戦艦すらぶった切れるような巨大な光剣を両手で振り上げ、百足龍の頭に向けて振り下ろした。

 

 非殺傷設定なので、百足龍の頭に重い打撃を与えるに留まる。そこに、電気変換された魔力が加わり、紫電を周囲に撒き散らしながら百足龍の身体を痺れさせ、気絶させることに成功する。

 

 巨大な地鳴りを響かせながら、倒れ伏した百足龍を見て、アスカとナハトは一息を吐いた。

 

「はぁ、まったく、あの子の無計画さには呆れるわ……」

 

 いきなり良い計画を思いついたと言い出し、何の相談もなしに、それを実行に移してしまうレヴィの無計画さ。それに疲れたような溜息を吐きだしながらアスカは愚痴をこぼした。

 

 そりゃあ、振り回されることを受け入れ、レヴィの考えも聞かずに反論しなかったアスカやナハトも悪いと思う。だが、まさか、ここまでとんでもない事態を引き起こすとは思わなかった。次からは注意しようと、考えを改める二人。

 

――ねぇ、みてみて! アスりんにナハっち! ボクって、すごくカッコ良いだろ~~!?

 

 愛称で呼ばれたアスカとナハトが、レヴィの声のした方向に顔を向ける。

 

 そこには気絶させた百足龍の頭の上に立つレヴィの姿があった。巨大な水色の光剣を展開したバルニフィカスを掲げながら、はしゃいで自称カッコイイポーズを取っていた。

 

 いまだ元気にはしゃぎまわるレヴィを見ながら、本当に彼女のペースには付いていけないと思うアスカ。

 

 だが、これも"あの日"の悪夢を繰り返さないため。

 

 そう思って、乗り越えなければならないのだとアスカとナハトは考え。そうして二人はレヴィの始めたモンスターハンティングのような訓練をする日々が始まるのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 さらに数日後。訓練は順調に続いている。

 周囲には百足龍や牛のような体躯を持つハエにもアブにも似つかない生物が、数多く気絶し、倒れ伏していた。

 全て、アスカ達が非殺傷設定魔法で気絶させた巨大生物である。

 

 この過酷な環境の無人世界を生き抜いているだけあって、彼らの秘められた生命力はかなり強靭であった。

 

 なにしろ、レヴィの圧倒的な魔力出力によって繰り出される攻撃で、ようやくダメージを与えられるほど。尋常ではない耐久力を誇る蟲達は、アスカやナハトがどんなに攻撃しても怯ませるくらいにしかならなかった。

 

 さすがに、ナハトの凄まじい膂力(りょりょく)の前では、堅い甲殻も意味を為さない。しかし、隙が大きいし、空を飛ぶ蟲を一匹を仕留めるだけでも苦労する。

 

 必然的にアスカはカートリッジシステムの使い方をを覚える必要があった。

 訓練を繰り返し、実戦における訓練で身体に直接叩き込むというスパルタを得て、カートリッジの魔力を制御することに成功する。

 

 その苦労は並大抵のものではなかったとアスカは語るだろう。

 なにしろ、彼女はシュテルやレヴィのように魔法の才能がまったくと言って良いほどなく、シグナムと融合するまでは、魔法すら使うことのできない普通の女の子だったのだから。

 それこそ、某二挺拳銃の魔法少女が才能がないとコンプレックスを抱いているのを鼻で笑えるくらい、アスカには魔法の才能がなくてダメダメだった。

 

 かつてはバイリンガルであり、小学校のテストも満点を取るのが殆どで。おまけに運動も並大抵の人より優れていたアスカにとって、皆ができる魔法が使えないというのは、自身のプライドが許さなかった。

 

 休憩するときにレヴィに付き合ってもらって、カートリッジの魔力制御を練習して、そのたびに魔力が暴発して怪我をするというのを繰り返した。無理に何度も繰り返すようなことはしなかったが、失敗するたびにレヴィと魔力制御の方法を見直した。

 

 そして、アスカは少しずつ魔力制御の感覚を掴んでいくと、戦闘中にカートリッジシステムを使うことができるようになったのだ。

 このように。

 

「紅火丸、カートリッジロード!」

 

『魔力薬莢装填』

 

 紅火丸の柄先がスライドすると空になったカートリッジが排出され、アスカの身体に魔力が満ちて力を与える。

 そして、紅火丸の刀身が熱を帯びたかのように紅く染まり、高密度の魔力を帯びた。

 

"キシャアアァァァ―――"

「遅い、紅蓮抜刀!」

 

 アスカを丸呑みにしようと向かってくる百足龍の頭上を取り、そのまま飛び掛かる勢いに任せて、紅火丸を鞘から横一文字に一閃する技を放つ。

 鞘から火薬式カタパルトのような爆発が生じ、斬撃の勢いを加速。そのまま百足龍の感覚器官となる二本の触角を切り飛ばし、切り裂いた部分からは肉を焼いたかのような音と匂いが生じた。

 

「これで終わりよ。でやぁっ!!」

 

 そのまま振り抜いた刀を両手に持ち帰ると、百足龍の頭めがけて振り下ろす。

 刃は百足龍の堅い甲殻に阻まれるが、付与された術式から衝撃が発生し、彼の蟲の頭を揺さぶった。

 

"オオオォォォ………"

 

 すると、脳震盪でも起こしたのか巨大な百足龍は、鈍い悲鳴を上げながら砂漠の大地に倒れ伏す。

 炎の翼を広げながら上空に浮かんでいるアスカの前で、砂塵が大量に巻き上がり、轟音が響き渡る。

 

 既に手慣れたもので、蟲との戦いは一対一でも問題なく行えている。攻撃力不足を痛感し、対巨大生物用の術式を三人で開発したのが功を為したようだ。

 倒した後は魔力を蒐集し、ナハトの治癒魔術を施せば、弱った原生生物は元の生活に戻ることも確認済みだ。

 自分たちの都合で魔力を収集してはいるが、さすがに殺すのは気が引けるレヴィたちだった。

 

「さすがアスカ義姉ちゃん。戦い方もずいぶん上手くなったみたいだね。うんうん、これならシュテるんも喜ぶよ」

 

「はぁはぁ……できるなら、二度とごめんよ。帰ってお風呂に入りたい。ふかふかのベッドで熟睡したい気分だわ」

 

「ん~~? もう息切れ? まだまだ、これからじゃないか」

 

「アンタたちの体力が底無しなんでしょうが……もう半日も戦ってるのに、なんで平気なのよ。というか、さっさと蒐集しなさいな、ふぅ」

 

「それもそうだね。じゃ、偽天の書。蒐集っと」

 

 息も絶え絶えといった感じで荒い呼吸を繰り返すアスカをよそに、レヴィは百足龍に近寄って蒐集を開始する。

 何もない空間に手を突っ込んだかと思うと、紫天の書に酷似した魔道書を取り出し、ページを開いて術式を行使。漆黒の魔方陣を展開するとともに、霧状の光が百足龍に伸びて絡み付き、魔力を本に吸収していく。

 

 シュテルやディアーチェから頼まれたことは、アスカとナハトの訓練と、今後の戦いに備えての魔力の蒐集。

 マテリアルズの身体を構成しているのは魔力なので、戦うのにも、身体を回復させ維持するのにも魔力が必要だった。

 

 偽天の魔道書はディアーチェ以外のマテリアルが蒐集を行うための簡易ストレージデバイスだ。

 魔力蒐集と魔力蓄積。魔力分配する以外の機能を持たない。しかし、紫天の書と同等の反応を示すダミーでもある。

 いざというときは、これを紫天の書の身代わりにする予定だった。

 

 本体となる紫天の書さえあれば、マテリアルは何度でも復活できるからだ。自らの生命線ともいえる魔道書の安全を確保するのに、用心しておくことは当然の帰結だった。

 

 そうして百足龍の体から、死なない程度に魔力を奪い取り、偽天の書はページを増やしていく。

 やがて、今後の生活に支障をきたさない程度に魔力蒐集を終えると、偽天の書はページを閉じて、再び何もない空間に溶けて消えた。

 

「次は私の番だね。ごめんね。蟲さんたち。今、私が治してあげるから」

 

 蒐集が終わり。身体を無数に傷つけられ、弱り果てた蟲達に、ナハトは申し訳なさそうに謝る。すると、辺り一帯を覆うほどの大規模なベルカ式の魔法陣を展開した。

 範囲内にいるナハトが指定した対象の傷を癒す魔法。ユーノのラウンドガーダーエクステンドと効果は同じである。"守護の癒し"と呼ばれる魔法だ。みんなを護りたいと願うナハトが一生懸命考えて編み出した術式の一つ。

 本来ならば、防御を専門とするザフィーラの資質を取り込んでいるナハトは、あまり、回復魔法が得意とは言えない。それは、シャマルの本領であり、シュテルが得意とする分野だ。

 

 それでも、彼女が回復魔法を欲しがったのは、足の動かない『はやて』を見て、治したい、助けたいと願ったからなのだろう。

 もっとも、"守護の癒し"はユーノの魔法と比べると効果は格段に劣っている。どこまで効果を高められるかは本人の努力次第だった。

 

 傷つけられた蟲達の身体を蒼い光が優しく包み込み、癒しながら防御魔法の効果を与える。

 やがて、気絶から覚めた蟲達は、逃げるように何処かへと去って行く。

 

 百足龍は互いの縄張りを意識して、離れるように別方向へと向かい、地中へと潜り。ハエなのか、アブなのか、よくわからない蟲は、群れを成して大空へと飛び去って行った。

 ナハトの防御魔法がしばらく効果を発揮しているので、弱っているところを襲われても大丈夫だろう。効果が切れる頃には自己治癒能力と相まって、傷も完全に癒えている筈だ。

 

「本当にアンタって律儀よね。ナハト」

 

「だって、あの子たちは何も悪くないのに、傷つけたのは私達なんだよ。放って置けないよ」

 

 大規模魔法を行使して、ふらつくナハトの身体を支えながら、アスカは労うように声を掛けた。

 それに応えるナハトの声はどこまでも優しい。暴力を嫌い、誰に対しても心優しかったナハトは、異様と言えるほど、動物に好かれる体質であり、良く懐かれていた。

 きっと、その時の記憶から凶暴な原生生物であっても、傷ついた者を放ってはおけないのだろう。

 

「その優しさの十分の一でも、ボクに分けてくれてもいいんだよ? 主にときどき追いかけ回してくるアスカからボクを助けるときにでも」

 

「ごめんね。ちょっと無理かな?」

 

「ちょっ、即答!? 酷くない!?」

 

「ぷっ、あははははは」

 

「くすくす、ふふふふふ」

 

 レヴィが哀願するように声を掛けるが、ナハトは冗談ぎみに否定する。

 それを真に受けて、あたふたするレヴィの様子が面白いので、アスカとナハトはつい笑ってしまうのだった。

 しかし、その穏やかな雰囲気をぶち壊す存在が現れるとは、この時、マテリアルズの誰もが想定していなかっただろう。

 

 三人の背後から感じた転移反応。

 それに気づいて振り返った時にはもう遅かった。

 いつの間にやら現れた男たち。地球では見かけない制服を着こんだ人間。レヴィの記憶の中にこびり付いた忌まわしい記憶を刺激する存在。

 

「時空管理局自然保護隊のグリーン・ピースだ。そこの君たち、悪いが管理外世界における原生生物に対して、自己防衛外で魔法を行使し、無暗に傷つけた罪がある。事情を聴取させてはもらえないだろうか?」

 

 その場に発せられた男の優しげな言葉に場の雰囲気が凍り付いた。

 


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