リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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●四頁 模擬戦は事故にご注意を

 昼は灼熱。夜は極寒。二つの顔を持つ無人世界にてマテリアルの三人は砂漠の地を訪れていた。この世界の時間も1日の半分を過ぎており、残りの時間を彼女たちは実戦訓練に使う予定だ。

 

「さて、アスカ? 準備はできてる? まずはデバイスの機能を一通り使ってみてよ。ただし、カートリッジシステムは後回しで、制御に失敗すると大変な事になるからね」

 

「わかったわ。紅火丸? 準備はいいかしら」

 

『無問題』

 

 アスカの問いかけに対して、静かに答える紅火丸。

 アームドデバイスの為か口数は少ないがアスカを一生懸命サポートしていた。

 アスカの元となった『シグナム』からの贈り物。

 

「紅火丸! 戦闘形態に移行よ!」

 

『承知!』

 

 戦闘形態に移行。

 その言葉を叫んだ瞬間、アスカは真紅の魔力光に包まれ、バリアジャケットに変化が訪れる。

 

 両腕に深紅のラインが入った漆黒の籠手(こて)が生成され、アスカに装着される。ふくらはぎまで伸びる長いチャイナドレスの裾でよく見えないが、スリットから覗く両足にも深紅のラインが入った漆黒の(すね)当てが装着されているようだ。

 

 背中は白い肌を見せびらかすように開けられているが、ちゃんとバリアジャケットで保護されている。主の可愛らしさを損なわれないように紅火丸が配慮したもの。

 

 もちろん、バリアジャケットの背中の部分が開けられるのには訳がある。

 

 アスカの背中に真紅の魔力光が集い、輝きを増すと、炎熱変換された魔力光が音を立てて炎を吹き出し、四枚の翼が形成される。

 

 やがて、形成された翼はアゲハチョウの翼のような形を成して、それを維持するように炎が噴き出し続ける。

 

 そう、この炎の翼の形成を邪魔しない様、アスカはバリアジャケットの最低限の防御力を残して、背中の部分は素肌を晒していた。

 この翼は、なのはの飛行魔法時に形成されるフライヤーフィンと同様の役割を果たし、さらには噴き出した炎を操作することで、攻撃にも防御にも使用できる攻防一体の技。

 バリアジャケットが薄くなって、背中の防御が低下したように見えるが、むしろ逆であり、噴き出した炎が近付いた者を焼き尽くす。

 

 火の鳥(フランメフォーゲル)と呼ばれる魔法。

 アスカの名前と同じ、アスカを象徴するかのような魔法だ。

 

「ほえ~、アスカ、カッコいいねぇ! 変身なんてボク憧れちゃう!! よし、決めた!ボクも新しい形態(フォーム)を考えちゃうぞぉ~~~」

 

「アンタって、本当に子供よね」

 

(それは私達も同じだよアスカちゃん)

 

 アスカの戦闘形態を見て感動したのか、両手を組んで、瞳をキラキラさせたレヴィ。羨ましそうにアスカを見ている。

 その様子を見て、アスカは苦笑しながら次の行動に移る準備をしていた。

 

 一方で二人から離れて様子を見ていたナハトは、アスカの言葉に苦笑い。

 アスカは自分がまだまだ子供だという事を忘れていないだろうか。

 

 まあ、元はバニングスという良家のお嬢様で、同時に跡取り娘でもある。

 だから、大人びているのも仕方のないことだが、もうちょっと子供らしくても良いと思うナハトであった。

 

(今度はアスカちゃんが子供に戻れるようなイタズラをしようかな? 普段からアスカちゃん、みんなに気を使っているし、偶にはストレス発散させてあげないと………)

 

 ナハトが二人を見守りながら色々と思考をする間、アスカは紅火丸を片手で振ったり、或いは両手に持ち替えて振り回したりしていた。

 振るうときに合わせて動く、足さばきは洗練された武人のように美しい。そして彼女が動くたびに足元から砂が舞い散っていく。

 戦いに素人のアスカが、ここまで動けるのは、ひとえに融合したシグナムのおかげ。

 

 しかし、空戦剣技は融合したシグナムの躯体に蓄積された知識のおかげなんとなく分かるが、アームドデバイスはアスカ専用に変質している。

 その為、紅火丸はレヴァンティンと比べて重さが違うのだ。少しだけ軽いかもしれない。

 シグナムの知識に頼って同じ感覚で剣を振るえば、違和感を生じるのは間違いないので、紅火丸を振るいながら、アスカは感覚の修正を行っていた。

 

「うんうん、アスカってば殺る気満々だねぇ。ボクも教えがいがあるよ」

 

「レヴィちゃん発音が違うから。それじゃあ、いろんな意味で危ないよ」

 

「えっ!? ああ、ホントだ。正しくは、やる気だったね。それよりも、ナハトも準備できてる?」

 

「もちろんだよ。シャッテン、形態変化」

 

 天然ボケにツッコミを入れるという漫才を繰り広げながら、今度はナハトが戦闘形態へと移行する。そして、身体が蒼色の魔力光に包まれたかと思うと、レヴィが見ている前で、バリアジャケットの変化は一瞬で終わっていた。

 

 アスカもそうなのだが、変身する際の移行速度は瞬間的と言ってよいほどに速い。

 まあ、変身中に攻撃を受けたら、ひとたまりもないので当然だといえる。

 

 変身が終わったナハトの姿は、アスカのように大部分が変わったわけではなく、一部分が変化したのみだった。

 シルクのような素材で編まれたかのような、薄手のドレスグローブは、無骨な鉄鋼のついたナックルグローブに変化しており、指先は鋭い爪のように尖った形になっている。

 

 長かったドレスの裾が膝元まで短くなっており、動きやすいように変化したのは明らかだった。

 素肌は漆黒のパンツストッキングに隠しているようだ。レヴィと違って羞恥心は大きいらしい。

 

「……なんか、アスカと違ってハデじゃないね。意外と地味っぽい?」

「むぅ、地味じゃないもん!」

「えっと、もしかして気にしてた?」

「ぷいっ……」

「わぁ~~っ!? ごめん、謝るから許してぇ~~!」

 

 そして追撃のようにレヴィから気にしていた部分を指摘され、ナハトは私、怒ってますよと言わんばかりに腕を組んで、顔を逸らした。

 ちょっと涙目である。だから、レヴィは慌ててナハトに駆け寄ると、必死に謝るのだった。

 

「ハァ、何やってんのよ、アンタ達は……」

 

 それを見ていたアスカは溜息を付いたという。

 

◇ ◇ ◇

 

「さてと、二人とも準備が完了したところで、模擬戦と行こうか。バルニフィカス!!」

 

 何とかナハトに機嫌を良くしてもらい、改めて場を仕切りなおしたレヴィ。

 そして、右腕を上げると、その手に何もない空間から出現させたバルニフィカスを掴み取った。

 

 両手で自由自在にバルニフィカスを振り回すと、頭上で大上段に構え、素早く大きな一振りをする。

 その動作で、バルニフィカスの戦斧が展開して、水色の魔力刃が吹き出し、大鎌に変形した。

 

 レヴィの纏う雰囲気も変貌を遂げており、明るく無邪気で、元気いっぱいの雰囲気は消え失せた。

 代わりに紫色の瞳を鋭く細めて、二人を威圧するかのように闘気を発する。

 アスカとナハトの肌にピリピリとした感覚が走り、三人の周囲を包む空気がどんどん重苦しくなる。

 

「ううぅ……」

 

「――ッ!!」

 

 負けじとアスカも紅火丸を正眼に構え、ナハトも左手を顔の前に、右手を腰の位置に置いて、シャッテンの鋭い爪を見せつけるように構える。

 しかし、二人ともレヴィの発する気配に飲まれた様子。アスカは腰が引けていて、ナハトも緊張したように息を呑んでいた。

 

「二人とも、どこからでもいい。かかって来なよ」

 

 レヴィが油断なく身構えたまま、普段よりも低い声で挑発する。

 しかし、アスカとナハトは様子見に徹するばかりで、襲いかかる気配は微塵も感じられない。

 これでは、訓練にならない。

 そう判断したレヴィは、自ら戦端を開くことにした。

 

「ふ~ん。そっちが来ないなら……ボクのほうからいくよッ!!」

 

 レヴィは一瞬で体勢を低くし、足腰に力を溜めると、次の瞬間には爆発する勢いで地面を蹴ってナハトに肉薄せんと迫りくる。

 蹴りぬいた砂地から巻き上がる砂塵を背に迫る。そのスピードたるや、まさに雷光のごとし。

 稲妻(レヴィン)の名に恥じない高速戦闘スタイルは、まさに、彼女の存在を表したかのようだ

 そのまま、下段に構えていたバルニフィカスの大鎌の刃をを地面にこすり付け、摩擦を負荷にして振り上げた。

 

「くっ!」

 

 地面を鞘に見立てて、振り上げられたバルニフィカスの刃は、視認できないほどのスピードでナハトを襲う。

 だが、夜の一族と盾の守護獣の身体能力を併せ持つナハトは、デバイスを振られる前に身体を横にずらして、辛うじて躱した。

 掠めた刃がナハトの髪を数本散らせ、それは魔力の残滓となって淡い燐光を残しながら砂漠の空を舞う。

 

「まだまだ、ボクの攻撃は終わりじゃないよ?」

 

「……ッ、うぅ!!」

 

「ナハトッ!!」

 

 しかし、振り上げたバルニフィカスに引っ張られるように、足を蹴りあげて一回転。そのまま空中に浮かび上がったレヴィは、返す刃で叩きつけるようにデバイスをナハトに向けて振り下ろす。

 

 空から重力に任せて振り下ろした避ける事の出来ない凶刃。

 それを、ナハトは前に踏み込むことで、鎌の内側に入り込み、バルニフィカスの柄を両手で掴んで受けとめた。

 ナハトの足元の砂が沈み込み、振り下ろされたデバイスの勢いが、いかに凄まじかったかを物語る。

 

 力で拮抗する両者。

 

 攻撃を受けとめたナハトは苦しげな声をあげ、気を取り直したアスカが慌てたように叫んで、ナハトの(そば)に向かおうと地を駆ける。

 だが、慌てているのはレヴィも同じだった。

 顔には出さないが、内心では予想外の事態に動揺している。

 

(なんて馬鹿力ッ!! 今考えられる状況で最速の斬撃を喰らわせたのに、ボクのほうが押されてるッ!?)

 

 そう。ナハトは、その身体や腕付きからは想像もできないような怪力で、レヴィのデバイスを抑え込んでいた。

 それどころか足腰に力を入れて踏ん張るナハトは、耐えるどころか、徐々にレヴィを押し返しているのだ。

 

 このままでは凄まじい力で掴まれたデバイスを振りほどくことも、手放すことも出来ない。

 このままでは……マズイ!!

 

「アスカちゃん! 今だよ!!」

 

「合点承知!! まかせなさいっ!」

 

 ナハトの声を受けて、彼女の意図を察したアスカが落ち着きを取り戻し、ニヤリと笑いながら硬直しているレヴィに差し迫る。

 振り上げた紅火丸を、レヴィの直前で飛び上がった勢いに任せて振り降ろせば、防御力の低いレヴィはそれだけでノックアウトだ。

 

「くっそう! ボクをなめるなぁ!!」

 

「うそッ……」

 

「ッ――!?」

 

 このまま負けてたまるかと、レヴィは叫びながら自身の周囲に水色の射撃スフィアを生成する。その数、八つ。

 それの威力を以前に見たことのある二人は冷や汗を流して警戒した。

 スフィアのターゲットは、もちろん、アスカとナハト。

 

「ゆけっ! 電刃衝!」

 

 四発を、ナハトを引き離すために単射し、残りの四発はアスカを近づけまいと連射する。

 仕方なくナハトは発射される寸前でバルニフィカスを離して、バックステップで距離を取り、かなりの速度で射出された電刃衝を、両手で構えたシールドで防いだ。

 

「ちッ! 面倒な」

 

 アスカが舌打ちする。

 火の鳥の騎士を近づけまいと四つの射撃スフィアから連射される電刃衝。

 彼女はレヴィに向かって加速しようとしていた自身の体を捻り、最初の一撃を回避すると、そのまま上空で左右に回避運動。

 そして、寸分たがわずに狙って発射される電刃衝から距離をとり、回避に専念する。

 

 身を掠めそうになる攻撃は、籠手(こて)の部分で弾いてあらぬ方向に逸らす。

 シールドで防ぐ暇もなく、完全に足止めされた状況だ。

 そんな、隙を逃すレヴィではない。

 

「そこだ。光翼斬!」

 

 アスカを撃墜しようと、バルニフィカスの魔力刃を振り飛ばすレヴィ。

 回転する水色の魔力刃が、高速で上空のアスカに向かう。

 

 そのまま、レヴィはアスカに向けて瞬間移動するかのように跳んで、迅雷の如く飛んでいく。光翼斬が回避されても、振り下ろしたバルニフィカスの一撃で撃墜するつもりだった。

 

「これ以上はやらせないよ。レヴィちゃん!」

 

 一方、グローブの爪先から蒼い魔力糸を展開したナハトが、胸の前で両手を交差させたあとに振り降ろした。

 レヴィが元いた場所に、蛇のようにうねる蒼い魔力糸が襲いかかるが、狙いはレヴィではない。

 そこにあったアスカを狙う四つの射撃スフィアだ。

 魔力糸はスフィアをゆで卵のように輪切りにすると、スフィアが爆発するのを尻目に、霧散して消えていく。

 

 次に、ナハトは襲われるアスカを援護するために、別の魔法を展開した。

 足元に蒼色のベルカ式魔法陣が展開され、さらに強く輝く。

 

「我は願う。愛する者達を、理不尽なモノから守護する力を。シールドスフィア!!」

 

 静かに目を閉じ、胸の前で両手を組んで祈るように呪文を唱えたナハトは、二つの蒼色に輝くスフィアを、指差したアスカに向けて飛ばした。

 

 シールドスフィア。

 その名の通り、スフィアにシールドの効果を付与した魔法であり、離れた所からでも防御魔法を発動することが出来る便利な魔法。

 ただし、効果は一度きりで、持続して展開できないため、防ぐことのできる攻撃は一瞬だけ。

 

 それに、ナハトは元々魔法が使えるほどのリンカーコアを持たなかった為、魔法の素質は低い。シュテルやレヴィが難なくこなす誘導魔法の操作を、彼女は足を止めて、集中しなければならない。まだまだ訓練が必要だった。

 

 一方、電刃衝の狙い撃ちを辛うじて防いでいたアスカは、地上から迫りくるレヴィを見て、紅火丸を構え直した。

 

「今度はアタシを倒そうってわけ? でもね、アタシだって簡単にやられたりしないわよッ!」

 

 自らを奮い立たせるように叫んで、レヴィの気迫に気圧されないよう、自分の心を勇気づけた彼女は、レヴィを迎撃する為の行動を起こす。

 まずは、水色の刃を回転させながら、アスカに向かってくる光翼斬を、パンツァーシルトを展開して防ぐ。

 次に彼女の背中から吹き出す炎の翼を、紅火丸の刃に集わせ、アスカはそれを振るった。

 一閃、二閃、三閃と縦横無尽に刃を振るわれた刃から、炎を纏った斬撃波が飛んでいき、レヴィを撃墜せしめんと猛烈な勢いで襲いかかる。

 

(ちょっ――剣士なのに遠距離攻撃ってありなの!?)

 

 内心で動揺しながら、アスカが必死に放った攻撃を、レヴィは物ともせずに突き進む。

 炎の斬撃破がぶち当たる瞬間に、身体をわずかにロールさせて、最小の動作で回避。

 

「なあっ! あれを、あの速度で避けるの!?」

 

 迫りくる攻撃に対する物怖じしない胆力と度胸は驚愕の一言で、アスカが避けられたことに驚きを隠せずにいる。

 さすがは、高速戦闘を得意とした魔導師。その勢いと速度はほとんど衰えることがなかった。

 

 予想外の展開に驚いたまま、身体を硬直させるアスカ。

 その隙は戦闘において、致命的な隙である。

 あっと言う間に、アスカの飛んでいる高度まで駆け上がったレヴィは、彼女を追い抜きバルニフィカスを肩まで振り上げ、構えた。

 

「カートリッジロードッ! バルニフィカス、モードブレイバーーッ!」

 

 そして、レヴィの叫びと共に、バルニフィカスの戦斧と柄の間に組み込まれたリボルバーが回転する。撃鉄を打ち鳴らし、カートリッジに込められた魔力を使って、デバイスはその姿を変えんと変形した。

 

 戦斧が西洋剣の鍔に変形すると、そこから、長大にして巨大な、半透明の水色の刀身が伸びていく。柄の長さも含めれば、それは、子供が振るうにしては巨大すぎる剣であり、むしろ槍と言った方が相応しい程の威容。

 

 あえて、剣の部類で表現するならば、斬馬刀と言ったところだろうか。

 

「さあ、アスカ! この一撃を受けて、砂漠の大地に抱かれて眠れぇぇぇぇっ!!」

 

 妙に厨二くさい台詞を吐きながら、レヴィは、それを。巨大な神剣と化したバルニフィカスをアスカの上空から振り降ろした。

 

「じょ……冗談でしょ?」

 

 自らに向けて振り下ろされたバルニフィカスの威容に圧倒され、さらに、攻撃をかわされて動揺し、隙を晒していたアスカは、まともに動くことすらできない。

 もはや、これまでと、覚悟を決めて目をきつく閉じたアスカ。

 そんな彼女の窮地を救ったのは、ナハトのシールドスフィアだった。

 

『アスカちゃん! 今のうちに避けて!!』

 

「ナハトっ!?」

 

 念話で届けられたナハトの叫びに、はっとして目を開けるアスカ。

 眼前では水色の巨大な刃を、蒼色の球体となって幾重にも展開されたパンツァーシルトが押し止めていた。

 

「くっ! ナハトの仕業だねっ。でも、こんなシールドじゃあボクの攻撃は防げない!! アスカもろとも叩き斬るまでだよっ!! 紙のように千切れ飛び、ガラスのように砕け散れ!」

 

『アスカちゃん! 早く!!』

 

 だが、レヴィの言葉通り、徐々にひび割れていき、ガラスが砕け散るような音と共に、あっけなく粉砕されるシールド。

 シールドは、蒼色の魔力の欠片を無数に散らしながら、大空の大気に混じって、霧散するように消えていく。

 そして、そのまま全てを断ち切らんと、水色の神剣は二つ目のシールドにぶつかった。

 

「くっ! こうなったら、やけくそよ! もうどうにでもなりなさいっ!!」

 

 刻一刻と迫る攻撃の恐怖に、アスカは自暴自棄に叫ぶと、紅火丸の刀身を、腰の鞘に納めた。

 そして、炎の翼を猛々しく燃え盛らせて、レヴィに突っ込んでいく。

 

 二つ目のシールドスフィアが、役目を終えて粉々に砕け散り、アスカはその近くをすり抜ける。

 巨大な斬撃の余波が、アスカのバリアジャケットの隅々を破るかのように、吹き飛ばす。

 余波だけで、この威力。直撃していれば、いったい何日目覚めないほどのダメージを受けただろう。だが、当たらなければどうということはない。

 

 そのまま、先ほどのお返しと言わんばかりに、アスカはレヴィに向けて肉薄していく。

 それを見て、面白いようにレヴィは慌てた。

 

「ちょっ、ちょっと、ちょっと! たんま、えっと、タイムタイム! ああっ、デカすぎて刃を返せない!! アスカ~~」

 

「なに、ふざけたこと言ってんのよ!! 例え模擬戦だろうと、待ったなんて通じないわ!!」

 

 あたふたして、混乱して、顔をあわあわとふるレヴィの姿を見て、アスカはほくそ笑んだ。

 この顔が見れただけでも、色々としてやられた分は返せたと思う。

 

 しかし、しかしだ。

 

 それと、これとは話が別で、この模擬戦の勝利は頂いていく。

 アスカは勝負ごとに関して、何でも負けず嫌いだから。彼女は勝てるなら勝ちを貰ってしまおうと笑った。

 

 巨大すぎて、しかも、大振りな攻撃のせいで、神剣を引き戻せないレヴィ。

 あの子の防御力は信じられないほど薄いから、適当な一撃でも致命傷になる。

 でも、あれだけの大技を、アスカに浴びせたのだから、やり返さないと気が済まないと彼女は思った。

 

 だからだろうか。最初のレヴィの言いつけを忘れて、講義の内容を忘れて、アスカは暴挙を犯した。

 

「紅火丸! 魔力薬莢装填(カートリッジロード)!!」

 

『承知』

 

「あっ……」

 

『あ、アスカちゃん。それは……』

 

 インテリジェントデバイスほど的確に判断ができないアームドデバイス。レヴァンティンの劣化版とも言える紅火丸は、忠実に主の命令を遂行する。

 紅火丸の柄先がスライドすると、真紅のカートリッジが一発飛び出し、アスカに魔力を供給した。

 

 それを、唖然とする様子で見ているしかないレヴィ。

 止めようとして、その先を言えなかったナハト。

 アスカは、その様子から、今更のようにレヴィの言葉を思い出していた。

 

"ヘタな人がやると魔力を抑えきれなくて暴発とかするし"

 

"魔力を抑えきれなくて暴発とかするし"

 

"暴発とかするし"

 

「あっ……、ああっ!!」

 

 つい、勢いに任せて、カートリッジをロードしてしまったアスカは、自らの犯した過ちに気が付いて、唖然とした表情で叫んで……爆散した。

 傍にいたレヴィも巻き込んで。

 爆散した。

 

 紅火丸から溢れる増幅された魔力を、制御しきれず、行き場を無くして暴発した結果だった。至近で爆発を受けたアスカとレヴィは、目立った怪我こそないものの、気を失って上空から、真っ逆さまに落ちていく。

 

「いけないっ!!」

 

 唯一、地上にいて無事だったナハトは、蒼い魔力光に包まれると、美しい毛並みを誇る狼に変身して、上空に飛び出し、駆け抜けていく。二人を救出するために。

 

「………う、痛ぅぅ! くううっ!!」

 

 レヴィは、すぐさま気絶から意識を取り戻すと、気怠さと痛みを吹き飛ばすかのように、首をブンブンと振る。

 そして、暴発に巻き込まれて弱った身体を無理やり動かし、共に落ち行くアスカの身体を支えた。

 しかし、魔力ダメージが大きかったのか、人を抱えて楽々と飛べるはずのレヴィは上手に飛べず、落下速度を緩めるだけ。

 このまま、地面に激突する前に浮遊魔法(フローターフィールド)を、展開して激突するのを防ぐしかないと、そう判断したレヴィだったが……

 

「ぐえぇぇっ!」

 

『ああっ!? ごめん、レヴィちゃん……』

 

 狼形態のナハトに襟首のマントを咥えられて、首が閉まってしまい再び気絶するレヴィだった。

 この時のナハトは珍しく、心底申し訳なさそうに謝っていたという。

 

◇ ◇ ◇

 

「もうっ! アスカ義姉ちゃんのバカっバカっバカっ! 危うく、大惨事になるところだったよ!」

 

「ごめんなさい……」

 

 ナハトから治療魔法を受けながら、レヴィは仁王立ちしてアスカを叱りつけ、アスカは正座して反省しながら、説教を受けていた。

 

 ここは、灼熱と極寒世界を過ごすために、マテリアルズの三人が天然の洞窟内に作り上げた拠点。

 魔法で過ごしやすいように、バリアジャケットの機能を応用した結界が常時展開されており、温度が一定に保たれている。

 主に、寝泊りや休憩する場所として使われていて、この世界の原生生物に襲われる心配もない。

 

「でも、模擬戦でヒートアップしたレヴィちゃんも悪いと思うよ? ちゃんと教導官として、私達を教え導き、技を受けなきゃいけないのに、本気で撃墜しにきたよね?」

 

「うっ、うう……ゴメンナサイ」

 

 ぷんぷんと怒ったように説教していたレヴィだが、ナハトの言葉を受けて項垂れた。

 たしかに、魔法の初心者である二人を教え導かなければならないのに、撃墜しては本末転倒である。

 スパルタ訓練といえば聞こえがいいが、訓練にならないのであれば意味がない。

 

 きっと、シュテルがいたらこう言うだろう。

 

"レヴィ? 貴女はとんだ大馬鹿野郎ですね。あとで、覚悟して下さい"と

 

 ここに、シュテルがいなくて本当に良かったと思うレヴィであった。

 

「でもでも、実戦のふいんきは味わえたでしょ?」

 

雰囲気(ふんいき)ね。確かに、アンタの気迫にはビビったわよ。普段おちゃらけたアンタが、歴戦の戦士みたいな感じになるんだもの」

 

「ふふん、実際にボクは歴戦の魔導師なんだぞ。アスりん」

 

 レヴィの言葉にも一理あると、正座したまま頷くアスカ。

 おかげで、アスカとナハトは本物の戦いと寸分たがわぬ経験を積むことが出来たのだ。

 これで、いざというときに怯えて足が竦むなんて事態にはならないだろう。

 

 アスカに褒められたと思ったレヴィは、少しだけ膨らんだ胸を張って、偉そうにふんぞり返った。

 

「でも、こんな模擬戦を続けたら身体がもたないよ? レヴィちゃん?」

 

「確かにね。身体が持ちそうにないわ……」

 

 ナハトの言葉には、アスカも頷くしかない。

 模擬戦だったとはいえ、互いに割と本気のぶつかり合いを繰り広げたのだ。

 こんな事を続けていたら、本懐を遂げる前に、三人とも共倒れしてしまうような気がする。

 

 だから、二人の意見を前にむむむ、と唸っていたレヴィだが、何か考え付いたのかポンッと手を叩いて、顔を上げた。

 

「ふたりとも、ボクに良い考えがある!!」

 

(嫌な感じしかしないわ)

 

(絶対、ロクなことにならない気がするよ……レヴィちゃん)

 

 しかし、アスカとナハトは、これまでのレヴィの言動から嫌な予感を感じてしまう。

 それでも、結局は振り回されるんだと諦めている二人は、反論しなかった。

 それが、とんでもない事態を引き起こすことになるとは知らずに。

 


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