リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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●幕間5 二人の女の子がいるって意味でダブルデート

 現状を知ったなのは達の行動は迅速だった。

 まずはバニングス、月村の両家探索隊が起動前のジュエルシードをいくつか発見する。それを学校が終わる前はアリシアが、放課後以降はなのはが封印する。

 民間のプールから。学校の敷地内。果ては、綺麗な石を拾って上機嫌の少年から、事情を説明して好意的に譲り受けたこともあった。ちなみに聖祥の生徒だ。

 

 だが、起動前のジュエルシードを見つける方が珍しいことなのだ。大抵は暴走して、ユーノの構築した監視網に引っかかる。そして、即座に結界で封鎖して一戦交えたのち、封印するのがセオリーとなっていた。

 その殆どはジュエルシードに取り込まれた野生動物というパターンが多い。好奇心旺盛で、宝石に興味を持ち、何らかのきっかけで触れてから暴走する。

 稀にジュエルシード単体で発動して思念体が暴走することもあるが、なのはが襲われた時と探索中の一回のみだった。

 そのことごとくを、なのはとアリシアは封印していった。あまりにも順調すぎるくらいだ。

 

「いくよ、バルディッシュ!!」

『Yes sir!』

「君の翼を斬り墜とす!」

『Scythe Slash!』

 

 海鳴の大空を舞う、不死鳥のごとき変身を遂げた鴉に対し。圧倒的な速度で追いついたアリシアが、その翼をもぎ取れば。

 

「公園の木が意志を持って人を襲うとは……人に恨みでも、御持ちですか?」

『Sealing Mode』

「ですが、その望みを叶えさせる訳にはいきません。アナタを護る障壁諸共、ぶち抜いて差し上げます! ディバイン……」

『撃てます』

「バスターー!!」

 

 堅い防壁を持った樹が、その枝葉で人を襲わんとする前に、桃色の閃光が撃ち砕く。

 

「なのは、無理しないで」

「ええ、ユーノさんこそ」

「アリシアは無茶して突っ込みすぎないでよ?」

「心配性だなぁ、わたしは大丈夫だよ?」

 

 そして、ユーノによるサポートが二人の負担を軽減させていた。不破家で療養している間も、彼はサーチャーでジュエルシードの探索を続けている。結界を展開するのも彼の役目。封印を行う時は、強力なバインドで対象の動きを止めて二人のサポートをする。或いは前に出て、敵の攻撃を一手に引き受ける役目を負っていた。

 

 その甲斐あって、ジュエルシードは残す所、六個だけ。

 だが、その六個だけがどうしても見つからない。

 

 既に充分な数のジュエルシードを確保してはいるが、海鳴に住むなのはとしては街に潜む災厄は取り除いておきたい。

 ユーノとしても同じ気持ちだった。何よりもジュエルシードを発掘した者の責任として最後まで回収する義務があると、彼は自負している。

 

 そしてアリシアも全てのジュエルシードを回収することに快く了承した。初めて出会った友達で大好きな女の子。不破なのは。仲良くなれそうな、とても優しくて、思わず懐いてしまうアリサとすずか。彼女たちの住む街を守りたい。恩人であるユーノにも恩を返したい。そんな気持ちで、彼女はニコニコと頷いてくれた。

 

 そんな訳で、ジュエルシードの落下地点が割り出せるまで、本格的な探索は休む事に為ったのである。三者三様に思い思いの日常を過ごしている訳だが、少しだけスポットを当ててみよう。

 

 なのははこれまで通り、不破の鍛錬と学校を続けている。

 その日常に新たに加わったのは魔法の訓練だろう。授業中にマルチタスクを展開して、並列思考で授業とレイジングハートによる魔法の講義を受けていた。

 

 イメージトレーニングによる訓練で射撃技術、砲撃技術、魔法障壁を貫通させる多重弾殻の生成などを行い。空戦機動すらも腕を磨いていく。ひたすらに己の技術を磨き、最適化していくのは彼女の得意とするところ。

 

 そうして養ったイメージを、空いた時間でアリシアに付き合ってもらい、模擬戦にて実際に行う事で、少しでも己が物とする。

 足りない知識はユーノを筆頭に教示をしてもらう事で学ぶ。それを繰り返す。並みならぬ努力の積み重ね。

 

 おかげで魔法の扱いに関してはそこそこ上達してきたとなのはは思っている。特にアリシアとの空戦機動を絡めた撃ち合いと近接白兵戦は結構、為になるのだ。

 

 しかし、流石に不破の鍛錬を行う時は、魔法の事を忘れなければならなかった。そんな事をしている余裕などない程に苛烈な特訓。

 

 父の士郎は死なないよう加減はしても、容赦という言葉は知らない。一瞬たりとも気を抜けば、意識は真っ暗な闇の中に落とされて、次に冷たい冷水の洗礼で目が覚める。

 

 繰り出される技も正確無比だ。烈火のごとき正拳の一撃から。身体の内側を破壊するような掌底打。不意打ち、或いは連携からの裏拳。油断したところの蹴り技。相手を無力化どころか、殺しにまで持っていく絞め技。寸止めとはいえ喉に突き破る貫手。

 

 それらに気を取られていると、隠し持っていた砂で目を潰されるわ。あらかじめ準備してあった釣り縄に誘導されてぶら下げられるわ。殺すためならば本当に容赦がない不破の暗殺術。正道も邪道も呑み込んで、確実に相手を仕留める。卑怯な手段も一切問わない。

 

 なのはが学ばせられているのは無手からの体術だけだが、本来であれば其処に剣術が加わる。小太刀二刀と飛び道具の暗器。鋼糸と飛針。剣術を絡めつつ体術も用いて相手を追いつめる。そして全てを極めてこそ。最大の奥義である『神速』を会得出来るようになる。限られた才ある者だけがたどり着ける境地。無意識に抑え込まれている身体のリミッターを意図的に外して超人的な能力を得る奥義。

 

 なのはには、その才能がないので、護身術として体術しか会得していない。それでも相当な技術を叩き込まれた少女の身体能力は、同じ年代の子を遥かに凌駕していた。

 

 あの日、あの時のような事が起きても、対処できるようにする為。あるいは己が娘を新たな復讐の道具にする為? 

 なのはには、父の真意が分からないが、もはや日々の日課と化したそれを繰り返すだけだった。

 

 

 

 アリシアは、もう一度母親のお見舞いに行ってから、居候の身と化す。

 不破家、月村家、バニングス家の三家を行ったり来たりして遊びに出掛けている。気まぐれで来訪しては、そのまま居座って寝泊りすることが多い。

 

 彼女にとっては見る物全てが新鮮で、好奇心を大いに刺激されるようだった。

 基本的に眺めているだけで手は出さないのが特徴的。恭也の盆栽をじっと眺めては、「やってみるか?」と誘われて逃げ出し、すずかの読書を眺めているうちに、音読が始まって、それを静かに聞き。耐え切れずにお昼寝タイム。

 

 唯一、アリサがバニングス邸の庭園で犬と戯れている時に自然と混じっていたというのは、アリサから聞き及んだなのはである。アルフという狼の使い魔がいるので親しみ易かったのかもしれない。

 

 後はアリサが強引にテレビゲームに誘い。強引にチェスを教え。アリシアが眺めていたダンスの練習に、強引に付き合わせ。強引に夕食を一緒に食べさせて、マナーをしっかりと教え。アリサがバイオリンの練習をしていた所を眺められたので、強引にカスタネットを持たせ、簡単なリズムを取らせながら即興で一曲奏でてみせた。

 

 月村邸では、姉の月村忍がバルディッシュに興味を示して強引に分解しようと迫る所から、すずかは彼女を逃がし。興味津々で迫ってきた猫の群れに、強引に呑み込まれたアリシアをすずかが助けだし。うっかり月村家の庭でお昼寝してしまった彼女を、すずかは膝枕して寝かせた。

 

 とにかく強引に誘わない限りは、眺めているだけで何もしようとしない大人しい子だった。興味はあるけれど、触れてみるのが怖いと言うのが本人談。

 そんな彼女の態度が気に食わないから、アリサは手を引いて色々なことに積極的に参加させていた。すずかは基本、好きなようにさせて見守っている。

 

 そんな中でユーノだけは例外だった。彼は海鳴の街の外にまでサーチャーを飛ばして探索を続け。これまでのジュエルシードの回収地点から、何処に落下しているのか法則を見つけ出そうとしていた。けれど、流石に顔には疲れが滲み出ている。

 

 なのはとアリシアには散々、無理せず休めって言ってるのに、当の本人が休んでないのはどうなのか?

 

 この中で探索魔法に優れているのはユーノだけなので仕方ないのかもしれないが、なのはとしてはそろそろ心配になってきた。

 

 なので、少し気分転換に出掛けないかと、お誘いを掛けに来たのだが……出かける理由が思い浮かばない。彼女はそんな単純な理由で、廊下をうろうろしているのだった。

 

「……どうしたものでしょうか?」

「なのはぁ?」

「ん? ああ、アリシアですか」

 

 廊下の壁に寄りかかって、顎に手を当て、上の空で悩んでいたなのはは、名前を呼ばれたことに気が付いて振り向く。

 

 すると、廊下の曲がり角でちょこんと顔を覗かせていたアリシアが、ひょっこり出てきて近づいてくる。確か曲がり角の先は父が良く居る母の遺影が飾ってある部屋があった。

 詮索するつもりはないけど、ちょっとアリシアが何をしていたのか気になる、なのはだった。

 

 まあ、それは別として。なのはは隠すつもりもないので、自分が悩む理由を正直に答える。

 

「いえ、出掛ける理由が思いつかなくて」

「えっ、出掛けるの!? やったぁ。あ、そうだ! ユーノも誘おうよ!! ねぇねぇ、ユーノ~~「ア、アリシアっ、いきなりどうしたの!?」なのはが……」

 

 そうしたら興奮した様子で頬を赤く染め、嬉しそうに笑った。相変わらず太陽みたいに眩しい笑顔だ。アリサの力強い笑みとは違う。本当にキラキラ輝く眩しい笑顔。その上で思い立ったらすぐ行動する性格だから、無遠慮にユーノをいる部屋まで突撃して、彼を誘っているようだった。

 

「ちょっ、アリシア!?」

 

 呆気に取られたなのはは、待ちなさい! とか。 少しはユーノさんに気を遣いましょうよ、とか。そんな事も言う暇もなく、遅れて伸ばした手が空を掴んだだけだった。

 

 こういう時にアリシアの迷わない性格が羨ましいと思う。戦闘に関わらないことで一度悩めば、ウジウジと迷い続ける優柔不断な性格は自分でも把握している。けど、なのははどうしても一歩踏み出す勇気を、中々持てないから。こうして即断即決して飛び出す友人がいるのはちょっと助かる。

 

 とりあえず、足元見ないで突っ走る友人が暴走しすぎないように、ちゃんと手綱を握って置こうと決意したなのはは。少しだけ楽しそうに微笑むのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「わぁぁぁ――海だよ! 海! ねぇ、なのは、見て見て!!」

「そんなに身を乗り出したら危ないです! 落ちてしまいます!」

「大丈夫。へーきだよ?」

「そんなこと言ってる人ほど落ちるんですっ! はしゃぐのは良いですけど、自重してください!」

「え~~……」

 

 目前の広がる広大な海の景色を見ると。アリシアは勢いよく飛び出して手すりから身を乗り出す。

 それを慌てて追いかけて、海に落ちてしまわないように彼女の身体を抑えるなのは。口では厳しく咎めているが、瞳はとても心配そうな視線を送っていた。

 

 ここは海鳴臨海公園。

 海鳴市の中心に立ち並ぶオフィス街。そのビル群から少し離れた海岸線にある、文字通り海が良く見える場所だった。周囲にはベンチもあり、見晴らしの良い景色と相まって恋人たちのデートスポットになる事も多いとか。

 

 案内したのは、勿論なのはだ。商店街を食い歩きするのも悪くはなかったのだが、ユーノの体調を考えて海風が心地良い臨海公園を選んだのだった。ベンチに座って屋台の鯛焼きでも食べながら、お話しようという計画。

 

 それがアリシアの行動でとん挫し始めたのは言うまでもない。やっぱり初めての海は怖かったのか、空から眺めるだけで間近で見たことはない彼女。なのは達と訪れたことで最初の一歩を呆気なく突破したアリシアは、自由気ままに動いて、なのはを困らせていた。

 心配性の不破の少女は、抑え込むどころか、振り回されていて。何かしでかさないようについて回るのが精一杯の様だった。

 

 今度は美味しそうな香りにつられて飛び出していく友人を、慌てて追いかけている。彼女達が向かうのは美味しいと評判の鯛焼き屋さん。気の良さそうなオッチャンがニコニコ笑いながら、向かってくる女の子二人を見守っていた。

 

「うん、悪くないな」

 

 一連の光景を眺めていたユーノは、とてもリラックスした表情で空を仰いだ。ちょっと年寄臭いが、肩を叩いては首に溜まるコリを解している。

 

 晴れた天気は、気持ちの良い青空が広がっていてるし、吹き抜ける海風は涼しくて、なのはの案内通り心地よい。春の暖かさのおかげで寒さを感じないのもポイントが高いだろう。

 

 そろそろ時刻も夕方なので、日は沈み始める。そうすると綺麗な夕焼けが見れるそうだ。

 ここで現地の住民だと、夕日を眺めてから、振り向いてビル群を眺めるらしい。

 夕日に照らされたオフィス街が別の味を楽しませてくれる。一粒で二度おいしい……とは、地元の子である、なのはの談。

 

 ちょっと自信がないのは、人に何かを進めるのが苦手と本人が恥ずかしそうに告げたからだった。その表情はやけにユーノの印象に残っている。

 

 リラックスして疲れを癒すと、頭に掛かった霞が晴れていくような気がした。

 

 自分でも根を積みすぎたとユーノは自覚している。海鳴近辺の地図を貰って、ジュエルシードが発見された地点に印を付けることで、落下の予測地点を割り出していたのだが、思うようにいかない。

 

 二十一個の中で、実に十五個ものジュエルシードが海鳴で回収されている。だから、残る六個もそう遠くない位置に落ちている、筈なのだが……

 

 それにしても、輸送船の事故の時、次元の海に散らばって行ったジュエルシードが、よくもまあ集中的に落ちていると思う。まるで個々のジュエルシードが一つに集まろうと惹かれあっているような。都合のいい偶然。

 

「まさか……ね」

 

 ユーノはその考えを在りもしない偶然として頭の片隅に留めた。

 落下の予測地点はサーチャーで隅々まで調べたし、アリサとすずかに頼んで現地に人を派遣してもらったこともある。そこまでして見つからないのなら、そこに目的のモノはない可能性が高い。

 

 そうして海鳴の中心街から郊外まで調べ終え。山側の方面も探索は終了した。残す所は海だけだ。

 もっとも探索の方法が思いつかない。潜水の魔法なんて聞いたこともないし、海は得てして広大なものだ。隅々まで探索するとなると、サーチャーの維持も難しく、時間が掛かるだろう。けど、プレシアの容態からして彼女の寿命は長くない。少しずつタイムリミットが迫っている。

 

 すぐに見つける方法は一応、ある。危険なのでユーノとしてはやりたくないのが本音。だが、最終的には、その方法を取らざるを得ないと計算している自分がいるのも事実。朝から、そのことでずっと悩んでいたのだった。

 

「はい、こしあんの鯛焼き。中に入ってる黒い練り菓子が甘くておいしいよ? 熱いけど……」

「ありがとう。アリシア」

 

 差し出された鯛焼きの包みを受け取ったユーノは、魚を模る小麦色の菓子を一口頬張った。熱々の衣の中から、甘みと柔らかい感触が広がって、とても美味しい。

 隣ではアリシアが鯛焼きをふー、ふー、と冷ましながら、熱くないよね、とでも疑うようにジト目で睨んでいる。それが、ちょっと可愛いとユーノは微笑んだ。

 

「ん~~っ! おいしいっ!」

「良かったね、アリシア」

「うんっ!!」

 

 どんな食事でもそうなのだが、アリシアは出された料理を必ず"おいしい"と言って食べてしまう。お世辞でも何でもなく、本心からの言葉だと、声のイントネーションや表情から察することが出来るので分かりやすい。彼女はその時の気持ちが顔によく出るのだ。

 この鯛焼きも、大変お気に召したようで、早くも完食した少女は二つ目を食べようとしていた。そして、余りの熱さにうぇ~~と悶絶している。

 

「はぁ……良く冷まさないと火傷しますと、あれほど注意したでしょう?」

「だってぇ……」

「食べ物は逃げませんから、ゆっくり噛んで食べてください。味わって食べるのも食事を楽しむコツです」

 

 そこへコンビニの買い物袋を両手に抱えたなのはが現れた。

 どうやら鯛焼きを買ったあと、別の所に買い出しに出かけていたらしい。

 袋の中にはジュースやフランクフルト、パンなどの手軽に食べれるフードが入っているようだ。

 

 当然ながらユーノも、アリシアも現地のお金を持っていないので、なのはのおごりと言う事になる。せめて換金できそうな物でもあれば、自分が代金を払ったのにと。男の子として立つ瀬がないユーノだった。

 

 もっともミッドチルダと違って、ユーノは子供であるから換金できる筈もない。大人であると世間から認められている意識の差が、変な所で弊害を発揮していた。

 

「隣、よろしいでしょうか?」

「僕は気にしないから、なのはの好きなようにすると良いよ」

「では、失礼いたします」

「えっ……?」

 

 なのはが断りを入れて座ったのは、アリシアの隣ではなく、ユーノの隣だった。

 てっきりユーノを隅に追いやる事を謝りつつ、アリシアの隣に座ると思っていただけに。予想外で、一瞬、ユーノは呆けてしまった。

 自分の右側にアリシア。左側になのはが座っている形になる。

 

 海の潮風に混じって、甘いシャンプーの香りと美味しそうな食べ物の香り。いろんな臭いが鼻を刺激して来る。

 この前、月村邸に訪れた時、すずかの姉の月村忍に散々からかわれたものだから。ちょっぴり意識して照れるユーノだった。

 

「? どうかしましたか?」

「ううん……なんでもない」

「そうですか? お顔が赤いです。熱でも――」

「あっ、なのは! 空から猫の鳴き声がするよ!? どうして? 猫が空飛んでるの? 背中に翼でも生えてるのかなぁ?」

 

 ある意味、勘違い。でも、心から心配しておでこに手を伸ばしてくる。そんな、なのはの行動を遮ったのは、はしゃぐアリシアの一声。

 

 助かったと、ユーノは安堵した。いろんな意味で天国と地獄だ。嬉しいような、恥ずかしいから、やめて欲しいような。いろんな気持ちがない交ぜになって、暴走するハートの鼓動が苦しい。やけに心臓の音が五月蠅い。だから、緊張しているのをありありと自覚してしまう。

 

「あれは海猫と呼ばれる鳥の鳴き声です」

 

 そんな、密かに心を落ち着けようとする傍らで、なのははアリシアの質問に一生懸命、答えていた。

 ユーノのことを少し気にかけてか、チラリと様子を見てくる。それでも、とりあえず大丈夫だと判断すると、全ての意識がアリシアと海猫の方に向けられたようだ。

 

「ん~~? トリ~~?」

「ええ、ミャーミャー鳴いてますけど、紛れもなく鳥の鳴き声なんです」

 

 空を飛んでいる鳥から、猫の鳴き声がするのが不思議なんだろう。

 アリシアは好奇心が刺激されたのか、その表情を輝かせながら首をちょこんとかしげた。

 美味しい鯛焼きから、すっかり海猫へと興味が移り変わっているようだ。

 

「そうですね、簡単に説明すれば海の近くに住んで居る鳥さんです。

 カモメの仲間で、あのように魚を主食としていますが、実は雑食性。ですから何でも食べます。

 そして気を付けないと……」

 

 "気を付けないと"のあたりで語調を強めたなのはは、注意深く観察していた海猫の一匹が向かってくるのを確認した瞬間、手にしていた鯛焼きをアリシアの前に掲げた。

 

「うわ、わ!」

「ひえぇっ、わたしの鯛焼きを狙ってきた~~!!」

 

 すると、ものの見事になのはの鯛焼きが掻っ攫われていく。

 アリシアは海猫の急な襲来に身体を縮こませ、ユーノは驚いてベンチから上半身を仰け反らせていた。

 

「このように食べ物を掻っ攫う、油断も隙もない鳥さんですので、ご注意を」

 

 なのはだけは落ち着いた様子で新たな鯛焼きを頬張り始める。その眼光は鋭く、次に来たら容赦しませんよ、とでも言わんばかりに細められている。

 気のせいか、遥か空にいる海猫たちが怯えて、海の方に離れていったふうに見える。動物的な本能が誰かさんの殺気を感じ取ったのかもしれない。

 

「もぉ~~!! それは、なのはの鯛焼きなんだぞ~~!! 返せ、このやろ~~!!」

「まあまあ、アリシア。他にも鯛焼きはあるのです。あの分は彼らにくれてやりましょう」

 

 ぴょんと立ち上がって、海側の手すりまで走ったアリシアは、そのまま両手を振り回しなながら海猫に向かって叫んだ。

 が、声は夕日に染まりつつある海に響き渡るだけ。あたりまえだが海猫は反応することもなく知らん顔だ。

 

 その光景をベンチで眺めながら、なのはは鯛焼きを、もう一口頬張って、うが~~と唸っている少女を嗜める。何と言うか、彼女はちょっとだけアリサに似てきたみたいだと思った。たぶん、アリサと付き合っているうちに染まって来たんだろう。アリシアは見た目通り純粋無垢なので他人の影響を強く受けやすい。ましてや、明るい所が共通点のアリサとは何かと波長が合ったのは容易に想像が付いた。

 

 出会った頃の、全てが敵で不安だったアリシアはもういないように見える。それはきっと良い事だ。

 

 なのはは一人納得して頷いた。

 

「ふぅ、びっくりした」

「大丈夫ですか? ユーノさん」

「うん、ぼ「あ~~~!!」今度は何さ!?」

 

 次に過剰なまでに、海猫の襲来と羽ばたきの音に反応してしまったユーノの身を案じる。

 けれど、またもやアリシアの声に遮られてしまって、二人は今度は何だと叫んだ少女の方向を向いた。

 そこにはユーノを指差して、おかしそうに笑う女の子の姿があった。

 

「あはははっ! ユーノのほっぺたにあんこが付いてる!!」

「うわっ、ホントだ」

 

 指摘されてユーノが頬を指で拭うと黒い餡子が付着した。どうやら仰け反った時に、食べかけの鯛焼きが頬を掠めたんだろう。その時に中身の餡子が付いたのだ。

 

「まって下さい。今、ハンカチを――」

「えへへ~~、わたしが舐めとってあげるね」

「と……はっ?」

 

 しょうもないことで指に付いた餡子が、恭也のお下がりである私服に付いたら、洗濯が大変だ。

 なのはは咄嗟にそう考えて、ポケットからハンカチを取り出そうとして固まった。

 

 予想外すぎるアリシアの言葉。

 どうツッコんでいいのか混乱している一同を置いて、アリシアはユーノに向かって駆け出し。そのまま顔を近づけた少女は、子犬のように少年の頬に付いた餡子を舐めとる。しまいには味わうように吸い付いて、ちゅ~~と艶めかしい音が鳴り響いた。

 

 ユーノは頭がぼうっとしているのか反応できていない。というか何が起きたのか自分でも分かっていない様子だった。

 ただ、今まで以上に顔を羞恥に染めて固まっている。半ば気絶しているようなもの。たぶん彼の思考は真っ白に染まっている。

 

 衝撃を受けて混乱しているのは、なのはも同じだった。

 いや、過剰なスキンシップだとか、無邪気さ故の行動だとか考えてはいる。けれども、一向に状況を呑み込めていない。彼女も混乱している。

 初めて目撃した異性同士のキス。頬とはいえ、かなりの熱烈な愛情表現に見えた。キスじゃない。これは違うと分かっていても、そういう風に見えた。そりゃあ、もう凄まじいまでの衝撃なんだろう。過剰反応ともいう。見ただけなのにもかかわらず。あの感情表現の薄いなのはのほっぺたが、ユーノ負けないくらい赤くなっているんだから。

 

「だ、だだだっ、大胆です、大胆すぎます……見てられません――」

「ん、どうしたの、なのは? 顔が赤いよ?」

「ちゅう、ユーノさんにチューを」

「ああ、これ? えっとね、アルフがよくやってくれたの。食べ物がわたしのほっぺに付いた時に、舐めとってくれたんだよ? だから、こうするのが普通かな~~って思ったんだけど」

「そ、そうですかっ? 異世界の人はやけに進んで、その、大人、なんですね!?」

「ん~~? わたしは子供だよ?」

 

 もはや会話すら成り立っていない状況だった。

 なのはは、えっと、えっと、と混乱して首を左右に振り、身体をそわそわさせて落ち着きがない。両手で頬に手を当て、自分が動揺していることに気が付く。すると慌てた様子でコンビニの袋から飲料水を取り出して、勢い良くごくごくと喉に流し込んだ。

 

「ぷはぁ――はふ、ぜぇぜぇ……」

 

 胸に手を当て、自身を落ち着かせようと荒い呼吸を続けるなのは。

 まだ九つの、年頃でいえばまだまだ子供な少女。同年代の子は異性を意識し始めるのが、もう少し先だろう。

 

 だが、不破なのはという少女は大人びているというか、精神が成熟しすぎている。それはミッドチルダで大人扱いされてきたユーノとて同じ。だから、アリシアの好意(?)を無駄に意識してしまっていた。

 ましてや二人とも片親だったり、両親が不在という境遇。親同士の熱烈な愛情表現を見たことがなかったのだ。初めて目撃し、初めてキス(?)された行為に過剰に反応するのも無理はない。

 

(落ち着け私。でも、落ち着けません!? うっ、アリサちゃん、すずかちゃん助けて。こういう時、二人ならどうするんでしょうかっ? えっ、分からない? そうだ! 整息法です。乱れた呼吸を整えて集中しましょう。不破は何時如何なる時も冷静にですね……)

「は、ははは……? 僕、キスされた? 誰に? アリシアに? えっと、どういうことなのさ?」

「ねぇ? 二人とも~~? どうかしたの~~? お~い?」

 

 みゃー、みゃーと海猫の鳴き声が聞こえる。海の波音はバックコーラスとなって一定のリズムを刻む。

 完全に夕暮れに染まる臨海公園と、背後にそびえるビルが目立つ街並み。目前に広がるのはキラキラとオレンジの陽光を反射させる海。

 

 うん、本当だったら三人で仲良くベンチに座って、楽しくお喋りしながら、この美しい光景を眺めて食べ物を頬張るんだろう。

 

 だけど、状況はおかしな光景に推移していた。

 なのはは目を瞑って精神統一をしている。その顔はやっぱり羞恥に染まって赤い。決して夕日に照らされて赤い訳ではないと、一目で分かる程に。

 ユーノも目を点にしてぶつぶつと独り言を呟いている。完全にあっちの世界に旅立っていた。

 アリシアがそんな二人の前で手を振ってみても無反応。

 

 結局、日が沈むまで二人が正気を取り戻すことはなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

 ユーノ、アリシア、なのはの三人は不破家の和室。畳部屋に海鳴の地図を広げていた。

 最後のジュエルシード回収作戦の段取りを決めるためだ。使い込まれた地図には無数の印が付けられていて、どれほど念入りに調査が行われたのかを物語っていた。

 

「最後のジュエルシードがある場所は、たぶん此処だと思う」

 

 そう言ってユーノがマジックペンで丸印を描くのは、海鳴の近海。先日まで三人で、休憩がてらに出掛けた海鳴臨海公園の先にある場所だった。

 

「海の中、ということですか?」

 

 なのはの質問にユーノは静かに頷いた。

 

「うん、今までの回収地点から割り出すと、こうなるから」

 

 ユーノはマジックペンで記されたジュエルシードの回収地点を指差して説明する。

 海鳴のオフィス街を基点として見ると、海に面した南側が最も多く。五つものシュエルシードが回収されている。

 その南側を落下点の中心として見たならば、四分の一ものジュエルシードが海に落下していても、おかしくはなかった。

 そして、未だに六個のジュエルシードは覚醒する気配すらないのだから。動きの掴めない海の中に存在すると予測するのは自然な流れだろう。

 

 なのはは海にいる暴走体がどんなものか想像して、ちょっと震えた。

 海の生物は深海に行くほど不気味な姿をしていると、学校の教養ビデオで学んだことがあったのだ。タコやイカのような生物が巨大化していたらどうしよう。無数の触手に絡め取られるのは遠慮したい。あのヌルヌルした感触を想像しただけで身震いする。張り付く吸盤も痛そうだ。

 

 あるいは、アリサの家で見学していたRPGのような。海王龍の幻獣みたいな存在へと超絶進化してるのかもしれない。それはそれで手に負えなそうなので遠慮したいところ。大津波でも起こされると対処に困りそうな予感がする。

 

「なのは、どうかした?」

「いえ、何でもありません。ちょっと変な想像をしてしまっただけです」

「なら、いいんだ。でも体調が悪いなら言って欲しい。今度の回収作戦はとても危険だからね。

 何せ同時に六個ものジュエルシードを相手にしなきゃならないんだ。なるべく万全な体制で挑まないと」

「六個同時にですか!?」

 

 なのはは絶句した。

 今までジュエルシードの暴走体を相手にした時は、単体でしかなかった。複数同時に相手にした事例は存在しない。運よくジュエルシードの発動が一つだけというのが多かった。そして不測の事態の場合はアリシアと手分けして行う事で、必ず一対一の状況に持ち込んだ。

 

 暴走体の恐ろしさを知っているからこそ、彼女達は油断も慢心も捨てて全力で挑んできた。奴らの攻撃は岩を軽々と砕く破壊力を持つ。それに速くて鋭い。まともに喰らったら重症は免れないし、防護服がなければ即死するのは確実だ。

 

 特になのはは、己の命の危機に対して酷く敏感になる。だから、常に意識を研ぎ澄まして全力で挑んできた。封印が終わった後もかなりの疲労を感じた程だ。なまじ不破として鍛錬を受けたせいなのか、本能的なモノなのか分からないが。

 

 なのはは"こんな自分でも"誰かの役に立ちたいという想いもある。けれど、それ以上に死という存在が身近にある恐怖も。

 誰もが死にたくないのは同じ。あの時、記憶の奥底に刻まれた恐怖に負けないようにと、生存本能が訴える。だから彼女は常に全力全開で挑み続けるだろう。魔法は夢見る子供の遊びじゃないのだから。

 

「僕も色々と安全な方法を考えたんだけど、これしかない。

 潜水の魔法はないし、この世界のサルベージなんてやってたら時間がどうしても足りないんだ」

 

 なのはの深刻そうな表情に対して、ユーノは真剣な表情で、けれど申し訳なさそうに答えた。

 瞼を伏せて、震える程に膝を握りしめている彼の姿は、どれほど己の無力を噛み締めているのか、分かりやすく伝わって来る。

 

 だから、なのはは何も言うつもりはなかった。元より彼の少年が最善を尽くしてきたことは知っているから尚更だ。

 でも、流石に危険すぎると思うのも事実。

 

 そんな中で優しげな表情をしたアリシアが、そっと二人の手を握った。いつの間にか、固く握りしめられていた二人の拳を解きほぐすように。優しい優しい手付きで、そっと労わる様に拳の上から包み込んだ。

 

 彼女の暖かな体温と、デバイスを握りしめているせいで少し硬くなった手のひら。その感触が伝わってなのはとユーノは顔を上げ、目を丸くした。ちょっと驚いているらしい。

 

「二人とも、ありがとね。わたしの母さんを助ける為に、こんなに頑張ってくれて本当に感謝の気持ちでいっぱいだよ。

 でも、今度のジュエルシードは危険な相手なんでしょ? なら、後はわたしが――」

「「そんなの出来るわけない!!」」

 

 続く言葉は二人が同時に発した声に遮られた。

 今度はアリシアの手が強く握りしめられる。左手をなのはによって。右手をユーノによって。強く強く離さないとでも言わんばかりに。

 

「私はアリシアに笑ってほしくて。アリシアのお母さんが元気になって、貴女が心の底から笑顔になれるように頑張っているんです!

 今更、危険だからと言って貴女一人をみすみす行かせるような真似はしません!!

 そ、それに、友達は困った時に助け合うものでしょう? 私は最後まで貴女と共にあります」

 

 それは、なのはの切実なる望み。絶望していた自分を救ってくれた友達という存在を大切にする事。

 そして、母親という存在に対する密かな憧れ。大好きな親友が優しい母に抱かれて笑う光景は、なんとも素敵なことじゃないか。それを見ることが出来るだけで、頑張った甲斐があるというもの。なのはとしても、そんな光景を見て見たい。そしたら、何処か暗い影を残す心は救われるかもしれない。

 

「元々ジュエルシードがばら撒かれたのは僕の責任だ。最後まで回収する義務が僕にはある。

 それに、キミは危なっかしくて放って置けないよ。目を離すと、すぐ何処か行っちゃう困った子だからね。もちろん、なのはも放って置けない。キミはすぐに無茶をする。

 ジュエルシードをなるべく正常に使うのだって、僕じゃなきゃ出来ないだろ? だから最後まで付き合うよ」

 

 責任感の強いユーノ。最初は義務感で動いていた彼も、彼女達と触れあう内に私情で動くようになった。

 スクライア一族は孤児も多い。捨て子を拾って育てるなど珍しくない。そして、危険な遺跡発掘で助け合い、庇いあって、共に多くの時間を過ごすことで強い仲間意識が芽生える。

 ユーノは短い間だが、彼女達と危険な遺失物回収作業をこなしてきた。好意的に助けて貰った恩義もある。だから、二人の少女に、そうした仲間意識が芽生えても不思議ではなかった。

 

 なのはは感情をあまり表に出さない少女だが、すごく気遣いのできる優しい女の子だ。常に誰かに気を配っていて、心配してくれるのがとっても伝わる。また、危険なことは全て自分一人で引き受けようとする困った子でもある。だから放って置けない。何よりも彼女は命の恩人なのだから。

 それに、たまに見せる微笑みや笑顔が、すごく綺麗で思わずドキリとしてしまうのも事実。ユーノはちょっとずつ彼女に惹かれている。

 

 アリシアはいつも元気いっぱいで笑顔を絶やさない少女だ。好奇心旺盛で自由奔放な振る舞いに、ユーノは振り回されてばかりだが、悪い気はしなかった。部族の幼い子供たちにも何人かいるし、面倒をよく見ていたので慣れていたのもある。アリシアは手の掛かる妹みたいなものだ。

 

 ジュエルシードがいつ暴走するかも分からない。それが原因で九十七管理外世界が滅んでしまったら? 次元世界に多大な被害を及ぼしてしまったら?

 そう考えると不安で仕方なくて、いつも張りつめていたのは自覚していた。でも、そんな時こそアリシアが助けてくれた。彼女の無邪気さに癒されて、ついつい微笑んでしまうのだ。不安や責任感に押しつぶされなかったのは彼女のおかげとも言える。

 

 ユーノとしても、アリシアの母親は助けてあげたい。プレシアは尊敬に値する人だ。そして恩人である大切な友人の母親。助けない理由など、何処にもなかった。

 

 だから、多大な恩義を受けた二人に報いたい。最善の結果を求めて尽くしたい。

 ユーノひとりでは絶対に事態を収拾できなかった。その助けて貰った礼を返すのだ。

 

「二人ともありがとね。すごく嬉しい、あれ?」

 

 アリシアがいつもの様に、にっこりと笑顔を受けべた時。滴が零れ落ちて、畳を濡らした。

 滴は膝立ちになっていた彼女の足元にぽたぽたと落ちて、止まる気配がない。

 

「わたし、なんで泣いてるんだろう……? あれれ、おかしいなぁ。こんなにも嬉しいのに、どうして?」

 

 それはアリシアの流した涙だった。赤い瞳から溢れて出る涙。

 笑顔を浮かべながら、何度もごしごしと目元を腕で拭うも、やはり止まる気配はない。それどころか、さらに勢いを増したようだった。

 

「アリシア」

「なのは?」

 

 なのははそっとアリシアのことを胸に抱いた。立ち上がって彼女の頭を抱き寄せると、空いた手で背中をポンポンとあやす様に叩く。いつかのように。彼女にそうしたように。

 

「感極まってしまったのですね。

 人は嬉しくても涙を流すそうです。実際に見たのは初めてですけど。

 とりあえず、私が胸を貸しますから、たくさん泣いても良いですよ。我慢する必要なんてありませんから」

「う、れ、し、い? そっか、わたし、嬉しいんだ――」

 

 戸惑っていた少女は、ひとつひとつの言葉を噛み締めるようにして呟く。

 そして己の内から湧き上がる激情を理解した瞬間――!

 

「わたし、嬉しいよ!

 二人に会えて良かった! なのはとユーノに出会って、友達に為れて良かった!

 襲ってきたわたしを、見ず知らずのわたしを助けてくれて嬉しかった!

 母さんを助ける為に、ジュエルシード集めを手伝ってくれて嬉しかった!!」

 

 自らの胸の内に潜む感情を吐きだすかのように叫んだ。

 涙を流しながら力強い声で。二人に、この想いが届けと言わんばかりに。

 

「ふふ、そうですか。私も貴女に会えて良かったですよ。アリシア」

「なんだか、真正面から言われると照れるな。僕も同じ気持ちだよ。アリシア」

 

 その言葉をなのはとユーノは微笑んで受け取る。

 今だけは心がとても穏やかだった。何だか言葉では言い表せない、不思議な感覚。

 胸が打ち震えて鳴り止まない。気を抜けばこっちまで泣いてしまいそうだと二人は思った。

 

「なのは。アリシア。今度の作戦、必ず成功させよう!」

「ええ、当然です」

「わたし、みんなを助けられるように、とっても頑張るね!」

「無理しちゃダメですよ?」

「えへへ、うん!!」

 

 ユーノの差し出した手の上に、それぞれ手をのせるアリシアとなのは。

 まるで、試合前に選手たちが団結するときに行う仕草と同じもの。

 この瞬間、三人の心はひとつに合わさった。目指すは最後のジュエルシードが待つ海である。

 

 


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