リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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●協力体制

「わぁ~~、あんなに破損してたのが綺麗に治ってる。これ、ユーノがやってくれたの?」

「そんな大した事はしてないよ。殆どバルディッシュ自身がやっただけで、僕は修復の手助けをしただけ」

「ううん、そんな事ないよ。バルディッシュもすごく感謝してるもの。ありがとね、ユーノ」

「どういたしまして」

 

 アリシアは寝室として貸し与えられている和室で、ユーノから受け渡されたバルディッシュを手にしてはしゃいでいた。

 本当に大切なデバイスなんだろう。優しい手つきで待機状態のバルディッシュを包み込んだアリシアの様子からもよく分かる。その瞳も涙で潤んでいるほど。

 ユーノとしては本当に外部から自己修復をサポートしただけなので、そんなに苦労はしていないのだが、ここまで喜び感謝されると逆に照れくさい。

 

「それよりも身体の調子はどう? 何処か痛い所とかないかな?」

「う~んと、痛くはないんだ。でも、胸の奥が熱い感じ、怠い?」

「じゃあ、しばらく魔法を使うのは禁止だね。たぶんリンカーコアが回復しきってないんだ。使えないことはないと思うけど、相応の負担は掛かるから注意して」

「む~~、すぐにでもジュエルシード探し行きたいのに……」

「だめだよ。なのはだってしばらく安静にしてなきゃダメって言ってたろ?」

 

 ユーノの魔法禁止令に一転して顔を俯かせるアリシア。

 実は彼女、昨日の夜から脱走未遂を何度か繰り広げていた。

 決して暴れたり、無理に逃げるような真似はしないものの、抜け出そうとしては、なのはに捕まるということを繰り返したのだ。

 

 これ以上やるならバインドでがらん締めにするぞと軽く脅して収束したが、隙あらば抜け出すかもしれない。一体、何が彼女をそこまで焦らせるのか、詳しい理由をまだ説明してもらってないので分からないのが現状。もっとも無理に聞き出すのは、なのはによって止められている。

 

 そもそも、彼女は本調子ではない。魔法の事を抜きにしても、なのは達は彼女を大人しくさせるつもりだった。油断すればまた貧血と過労で倒れてしまう。

 

 アリシアは唸りながら布団にもぐって不貞寝をする。

 そのすごく子供っぽいしぐさにユーノは微笑みを隠さない。

 ミッドチルダでは職業適性年齢が低いので、こういった子供らしさを持ち続ける少年少女は少ないのだ。つい物珍しさで微笑んでしまうのも仕方ない。

 

 ちなみになのはは居間で食事中だった。

 ユーノにアリシアの世話を任せた彼女は、二人の朝食を用意すると早々に退出していった。

 同行しようとしても止められてしまう。何でも家族の食事風景は気まずい雰囲気なので一緒に居てほしくはないそうだ。

 だから、こうしてアリシアと世間話をしたりして暇をつぶしているのだが、なのはが戻ってくる様子はない。もう一時間ほど時間が過ぎているのに。

 今日はなのはの学校は休日らしいので、ユーノ達はジュエルシード集めに専念する予定だったのだが、大事な用事があるとの事で引きとめられた。詳しいことは後で話すと言われたので、詳細は知らないが、そういうことならと大人しくしている訳である。

 

「二人ともお待たせしました」

「遅いよ、なのは~~」

「申し訳ありませんアリシア」

 

 引き戸を静かにに開けて現れたなのはに、アリシアが不満そうに頬を膨らませる。それに対するなのはの返答はものすごく丁寧だ。

 廊下の前で正座でしゃがんで、引き戸を開けた体制のまま、彼女は三つ指を付いてゆっくりと頭を下げた。この国の座礼というお辞儀の仕方らしい。ユーノは少しだけ日本の文化について彼女から教えて貰ったので知っている。

 だが、目の前の少女にとても懐いていたアリシアは、堅苦しいなのはの態度の心底驚いたようで、目を真ん丸にして絶句していた。

 そんな彼女の様子に気が付いたなのはは、柔和な微笑みを浮かべるとアリシアに近づいて優しく頭を撫で、彼女の腰まである長い金髪を指で梳く。

 

「な、なのは?」

「ふふ、あれは昔から教えられた礼儀作法のようなもので、まあ、言ってみれば癖のようなものです」

「もう、驚かさないでよ!」

「はい、ごめんなさいアリシア。それと迎えの手配を用意しておきましたので、目的地に向かうまで時間が掛かります。その間に着替えてしまいましょう。さ、アリシア」

「ん~~?」

 

 首を傾げるアリシアをよそに、なのははアリシアの身体を支えながら立ち上がらせると、手を引いて隣の部屋に移動していく。なのはの手にはふたつの紙袋が握られていて、中には子供サイズの服が入っているようだ。それをひとつ、ユーノに投げ渡す。

 

「ユーノさん。いつまでも防護服姿のままでは何ですから、それに着替えてください」

「う、うん」

「それでは……覗いちゃダメですよ?」

「覗かないよ!!」

 

 冗談とはわかっていても、ユーノは照れてしまって顔を逸らした。そんな様子をなのははちょこんと首を傾げて、微笑ましそうに眺めると、襖の奥に消えていく。

 自分の激しくなった鼓動を抑えるように、胸のあたりに手を添えるユーノだが、中々収まる気配はない。いつも無表情のなのはが、ふとしたきっかけで見せる感情や仕草は凄まじい破壊力をもっている。思わず恥ずかしくなってしまうくらいに。

 

(か、可愛かったなぁ……なのはの笑顔)

 

 そう。思わず意識してしまう程に、明るく魅力的な微笑みだった。目立たないように咲いた小さな花が見せる可愛らしさとでも言うのだろうか。ユーノは自制心を総動員して、激しく揺れ動く心臓を落ち着かせる。彼はしばらくの間、そうして顔を赤らめて呆然としているくらい落ち着きがなく、そわそわしていた。

 

 そんなことも知らずに、なのはは隣の部屋でアリシアの着替えを手伝っていた。病人である彼女に負担を掛けさせない為でもあるし、馴染の薄そうな、この世界の洋服だったら、着替えに戸惑うかもしれないとの配慮からそうしている。

 ニコニコしながら大人しくしているアリシアをばんざいさせると、彼女の着ているパジャマのボタンを素早く丁寧に外して脱がせる。それにズボンの裾を掴んで足をあげて貰って手際よく下着姿になって貰った。

 着させる服はなのはの普段着。オレンジ色のブラウスに、白い上着とプリーツスカート。もちろん、なのはが明るく可愛らしい服を自分で買うはずもなく、アリサが似合う服をなのはに試着させて買い与えてくれた物だ。

 なのはの性格からして普段着は少なく、アリサ、すずかと比べてもオシャレには疎い。今年も似合う服を買いに連れ出されるだろう。もちろん恥ずかしいので、なのはは拒否させてもらうつもりである。

 そして、肝心のなのははというと、なんと学校指定のジャージ姿だった。これ以外だと鍛錬中に着る袴と胴着しかなかったのだ。数少ない残りの私服は洗濯中である。

 

「はい、できましたよ。アリシア」

「えへへ、ありがとう、なのは」

 

 身嗜みを整えられたアリシアは、立てられた鏡の前で嬉しそうにはしゃぐ。スカートを摘んで見たり、その場で一回転してみたりと、初めて自分を着飾った女の子のように嬉しそうだ。

 

「…………」

「どうかしました……?」

 

 その様子を眩しいものでも見るかのように眺めていたなのはだったが、アリシアが無邪気な笑顔を消して押し黙ってしまったので、戸惑い冷や汗を掻いた。何処か調子でも悪いのかと心配になる。

 

 なのはがそうしている間に、アリシアはとても真剣な表情で振り向いて――

 

「ごめんなさいっ!!」

 

 悲痛の入り混じった声音と共に頭を深く下げた。

 あまりにも唐突過ぎる展開になのはは唖然としてしまう。

 

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」

「アリシア?」

「なのはのこと傷つけて、ごめんなさい。いきなり襲いかかったりして、ごめんなさい。たくさん迷惑かけて、ごめんなさい!」

 

 滴がぽたぽたと零れ落ちて畳を濡らした。

 それはアリシアの双眸から流れ落ちた涙。とめどなく溢れて止まらない涙。抑えようとして抑えきれない嗚咽と相まって、なのはには痛いほど彼女の感情が伝わってくる。演技なんかじゃなく本気で泣いている。

 良心の叱責、犯した過ちの重さ、それらに耐えかねて許しを乞うたのかは、分からない。

 少なくともアリシアが泣いているという事実だけは確かだった。

 

「どうして、謝ろうと思ったのですか?」

 

 なのはは出来るだけ怯えさせない様に、安心させるような声で問いかける。

 眼前で泣く少女の肩に両の手を置くと、彼女はびくっと身体を震わせたるが気にしない。そのまま下げた頭をあげさせて、慈愛に満ちた眼差しでアリシアの紅い瞳を覗き込んだ。

 潤んで怯えたように揺れ動く動く視線。けれど、最後にはしっかりとなのはのことを見つめ返す。なのはも優しく受け止める。怒っていないよと示すかのように。

 

「ぐすっ、悪いことを、したら、謝らなきゃだめだって、リニスが……」

「そうですか。アリシアは良い子です。勇気をだしてきちんと謝ることが出来るのですから」

「うぅ、お願い、わたしのこと、嫌いにならないで」

「嫌いになったりしません。ほら、涙をふいて鼻をかんでください」

 

 ジャージのポケットから取り出したハンカチでアリシアの顔を拭い、鼻水をかませながら、なのははアリシアの背をあやす様に叩く。

 どうして彼女に惹かれているのか心当たりはあったが、やっと確信する。彼女がなのはに持っていないモノを持っているからだ。

 なのはは幼い頃に涙を捨てた。感情に振り回されて心が傷つかない様に、喜怒哀楽を凍り付かせた。だから、素直に感情をあらわにするアリシアが眩しくて仕方がないのだ。無邪気に笑う彼女と居ると、なのはの心は満たされて嬉しい。

 でも、そのたびに心の奥底がずきりと痛むのも事実。昔に捨てた涙を流してしまいそうになる。その涙が悲しみによるものなのか、喜びによるものなのか理解できないけれど。

 少なくとも自分に泣く資格がないと信じ込んでいるなのはには関係のない話だった。

 今は、腕の中にいる少女を助けたい気持ちがいっぱいだったから。

 

◇ ◇ ◇

 

「「可愛い~~!!」」

 

 着飾られたアリシアを見たアリサ、すずかの第一声がそれだった。口々に「なのは、その子誰よ。紹介しなさい」とか「綺麗な髪だね? どこか外国からきたの?」とか「そっちの男の子は兄妹かしら」と連れてきた珍客に興味津々の様子。

 ここは月村邸。アリシアと争った日にお茶会の約束を交わしていたなのはは、魔法の事について詳しく説明する為、この場所に訪れていた。彼女たちが動員できる人員を使って、ジュエルシード集めに協力してもらえれば事件も早く終息すると考えての行動だ。

 そして、今日の朝に二人を着替えさせて月村邸に来たは良いが、その前に一悶着がありそうな雰囲気だった。

 ちなみにリムジンで迎えに来たのが、なんと当主の月村忍であり、ユーノとなのはの関係を勝手にボーイフレンドだと決めつけて、からかわれたのは余談である。それはデートの為に同乗していた恭也が止めるまで続いた。おかげでなのはの隣に居るユーノは恥ずかしがって、なのはを直視できない様子。 

 

「っっっ! なのは~~!!」

「アリシア。ちゃんと挨拶しないと」

「だって……」

 

 アリサとすずかの態度に怯えたアリシアは、びくっと肩を震わせると脱兎のごとく、なのはの背中に隠れてしまった。なのはの両肩に手を置いて、肩ごしにじっとアリサ達を観察するアリシア。今にも泣きそうな表情で瞳を潤ませている。

 その様子に顔を見合わせたアリサとすずかの行動は素早かった。瞬時にアリシアが人見知りの激しい子だと理解した彼女たちは、アリシアと仲良くする段取りを相談し合って、仲良くなる手段を急速に決めていく。

 まず、初めに近づいてきたのはすずかだった。彼女はテーブルの上に置いてあったお茶菓子のビスケットを手に取ると、ゆったりとした足取りで、なのはの背中に隠れるアリシアに近づいていく。視線はアリシアに向けられたまま、外そうとしない。

 

「はい、これ。とってもおいしいよ? 食べてみて」

 

 そして人を安心させるような笑みを浮かべながら、アリシアにビスケットを差しだした。

 彼女の黒曜石のような瞳は目じりを下げていて、出来るだけ警戒させないように配慮しているのが見て取れる。

 

「うっ……」

「遠慮しないで食べていいんですよ、アリシア」

 

 どうすればいいの? となのはを見上げて訴えかけていたアリシアは、大丈夫ですと保証されて、恐る恐るビスケットに手を伸ばす。

 そーと、すずかの右手に腕を伸ばし、素早くビスケットを奪い去ったアリシアは、お菓子を口にして表情を綻ばせた。どうやらお気に召したようだ。

 

「ほら、こっちは生チョコレートよ。甘くておいしいんだから」

 

 今度はアリサがそっぽを向きながら、手の平に乗せた一口サイズのチョコレートを差しだす。

 よく見るとアリサの表情は赤みが差していた。照れているんだろう。この勝ち気で、頼れる姉御肌の友人が恥ずかしがり屋だと、なのはとすずかは知っている。

 

 アリサの強めな口調にうっと、身を縮こまらせたアリシアだが心を開いた親友の眼差しと、とても優しくて慈しむようなすずかの視線に見守られて、やっぱり恐る恐る手を伸ばす。そして、チョコレートをひとつ掴むと目にも止まらぬ速さで口に放り込んだ。

 瞬間、彼女は花が咲いたような笑顔を浮かべた。太陽のように輝くといっていいような、そんな笑み。なのは達はアリシアの周辺にキラキラと星が輝く幻が見えたような気がした。チョコレートが大変お気に召したようだ。

 

「おいしい~~!!」

「でしょう? 普段は食べられない高級品よ」

「こっちに来ればもっと食べられるよ? ふふ、美味しい紅茶も淹れてあげるね」

「ホントに!?」

 

 餌付けされたアリシアは、二人に抱いた警戒心を緩めて、あっという間に心を開いていく。さりげなくテーブルの前まで連れ出されているのも気が付かない様子だ。アリサとすずかに手を引かれて、当然のように椅子に座らされた。

 

「私たちも座りましょうユーノさん」

「えっ、ぼ、僕も? お茶会って、女の子だけの参加じゃないの?」

「そんなことはないですよ。それに、貴方には魔法について説明してもらえると助かります」

 

 その様子に苦笑を浮かべながら、さも当然のようにユーノの手を引いて、同じようにテーブルの椅子に着くなのは。

 アリシアがご機嫌な様子でお菓子を食べるなかで。にこやかな表情をしたすずかと、真面目な顔つきをしたアリサに、今回の目的である魔法の説明を始める。

 

「さて、どこから話せばいいのでしょう」

「ふむ、まずアタシらが知らない二人のことかしら」

「そうだね。まだ名前も教えて貰ってないし、なんとなく察してはいるけれど」

「ああ、そうでしたね」

 

 思い出したかのように手を打ったなのはは、紹介が遅れて申し訳ありませんでしたと軽く頭を下げ、アリシアを差した。

 

「むぐっ、ん?」

「こちらがアリシア。訳あって喧嘩して仲良くなった三人目の友達です。二人目の魔法少女といった所でしょうか」

「へぇ~~?」

「そうなんだ。なのちゃんが自分から初めて作った友達だね」

 

 アリシアは急に話題にあがったことで、不思議そうに首を傾げた。きょとんとした様子で目をぱちくりさせる。

 その仕草が小動物みたいで、アリサは思わず保護欲を刺激されたらしい。お菓子で汚れたアリシアの口元をナプキンで拭っていた。

 

「そして、私の隣に座っている彼はユーノ・スクライア。密かに街を騒がせているジュエルシード。それを見つけた若き学者さんです」

「ど、どうも。ユーノ・スクライアです。よろしくお願いします」

「アリサ・バニングスよ。よろしく」

「わたしは月村すずか。よろしくね、ユーノくん」

 

 紹介し合った三人は互いに握手を交わす。

 初めて会う人に緊張しているのか、単に女の子に対して慣れていないのか、ユーノの声は少しだけ震えていた。

 まあ、仕方ないかもしれないと、なのはは思う。アリサとすずかはとびっきりの美少女だ。同じ女の子のなのはでさえ、そう思うのだから相当なものだろう。

 実際に二人に気があるクラスメイトの男の子が、同じように話し掛けて狼狽している光景を間近で見ていたので緊張するのも、何となく分かる気がする。

 

 それに、もしかすると慣れない環境に緊張しているというのも、考えられるだろう。

 アリサとすずかの家は街では有数の大豪邸だ。庶民の感覚とはあらゆる意味でかけ離れている。

 なのはは気にしたことはないのだが、クラスの友達を招いた時に、あまりの広大さ、巨大さに呑まれて恐縮する子が大半らしい。住んでいる自分の家とあまりにも違いすぎて圧倒されるんだそうだ。ユーノも同じように場の雰囲気に呑み込まれてしまったのかもしれない。

 

 そして、なのはの見当はあながち間違いではない。ユーノは緊張していた。今朝のなのはの不意打ちの笑顔で心を乱されたのもあるだろう。だが、それ以上に、相手に自分の不始末でばら撒かれたジュエルシードの回収を手伝って貰うのだ。

 本当は魔法のことに関わらせたくないのがユーノの本音である。しかし、なのはがせっかく提案してくれた助力。協力してもらう相手を無下にすることも出来ない。魔法を知らない住人に、魔法関係の事情をどう説明すれば良いのか? という葛藤もあるだろう。

 責任感の強いユーノは色々と考え込んで、背負いこみすぎて混乱している状況だった。

 

 ちなみになのはの感覚は少しだけずれている。不破家も他人から見れば武家屋敷のような住まいだ。充分にお金持ちといえる人間なのに、本人にその自覚はまったくない。

 そもそも私立の小学校に通っている時点で庶民とはかけ離れている。

 故になのはは、場の雰囲気に呑まれるようなことはない。アリシアはそもそも認識からして違う。単にとても居心地のいい場所程度にしか思っていない。

 結局ユーノだけが場違いのように委縮している有り様だった。

 

「ふふ、そんなに緊張しなくていいんだよ? 好きなだけお菓子を食べて、飲み物を飲んで楽しむくらいでちょうどいいの。

 まずは、紅茶でも飲んで落ち着くといいよ。落ち着けたら、なのちゃんの言う事情も含めて、ユーノ君から聞かせてほしいな。貴方たちが何に関わっているのか」

 

 そんなユーノを察したのか、すずかは優しい微笑みを浮かべながら、気分を紛らわせるよう色々と良くしていた。

 他人を思いやり、気遣う点においてすずかはとても秀でている。常に一歩引いた視点から物事を見る彼女は、他者の機敏に敏いから。

 

「そうね。初対面のアンタに配慮が足りなかった点は同意だわ。でも、安心しなさい。別に変なことに巻き込んだことを怒ったりなんてしないから。

 むしろアンタ達の力になりたいくらいよ。この子が"友達"として助けを求めた点も含めてね」

 

 すずかの言葉を引き継いでアリサが場の主導権を握ると、ぐいぐいと前に引っ張っていく。何処でもリーダーシップを発揮する彼女は、会話をスムーズに進めるのが上手だ。

 すずかが他人を気遣いながら、アリサが話しやすいように場を取りまとめる。ある意味で、この二人の相性はとても良いのかもしれない。虐めていた、虐げられていた頃の関係が嘘のようだ。

 

「あ、どうもすいません。えっと、それじゃあ、何から話したものかな……」

 

 ユーノは紅茶を一口飲んで落ち着くと、戸惑いながらもひとつひとつの事をゆっくりと、かいつまんで説明した。

 

 自分とアリシアが異世界の住人であること。管理世界と呼ばれる文明には魔法という技術が存在すること。

 

 世界を滅ぼしかねない遺失物と呼ばれる遺産があること。それを発掘し輸送している途中で事故が起こってしまったこと。

 

 第97管理外世界、通称"地球"にある日本の地域。海鳴市にピンポイントで落下してしまったこと。

 

 そして責任を感じたユーノが回収に来てのだが力及ばず。命の恩人であるなのはから協力を受けていることなど、隠すことなく説明した。

 

 もっとも、アリシアとなのはの戦闘については黙っているが。

 せっかく快く迎えて貰って、仲良くなりかけているのに、わざわざ印象の悪くなることを離す必要はないとユーノは判断していた。

 当のアリシアは気付かない振りをしているのか、きょとんとしている。

 なのはも何か思うところがあるのか、黙したまま何も語ろうとはしなかった。

 

 ユーノの話をアリサは腕を組んで、難しい顔をしながら聞いていた。時折、いくつかの質問を交えながら話のひとつひとつを、自分なりに噛み砕いて理解していく。

 すずかも真剣な表情だ。いつもはにこやかな微笑みを浮かべている彼女も、唇に指を添えて考え込んでいる。

 二人がユーノの話を疑う事はなかった。事前になのはからある程度の事情を聞いていたから。それに、滅多に頼みごとをしない親友が助けを求めてきた。とどのつまり、それほどまでに事態は重く、厄介なんだろうと聡明な彼女たちは察している。

 

「なるほどね。だいたいの事情はわかったわ。それでなんだけどさ、アタシ達にも魔法の才能ってあるのかしら?」

「アリサ?」

 

 全てを話し終えたユーノに、アリサは納得したように頷く。

 そして、自分たちにも魔法の才能がないのかとユーノに問うた。

 黙して静かに紅茶を飲み、アリシアの世話をしていたなのはが驚いてアリサをまじまじと見つめる。アリサの意図が分からなかった。どうして、そんな話になるのか、なのはには理解できない。

 

 もしかして魔法という未知の力に興味があるのか? それとも、自分のように誰かの役に立ちたいと思っているのだろうか?

 ユーノも腕を組んで首を捻っている。

 

「なに驚いた顔してんのよ。別に、魔法を使ってどうこうしようって訳じゃないわ。ただ、親友としてなのは達の力になりたいだけ。

 そりゃあ、技術的にも魔法の現象には興味あるし、そこから来る利益もバニングス家の跡取りとしてなら頭をよぎるわね。

 でも、アタシの心を一番占めているのは、いつだってなのはやすずかのこと。大事な友達だもん。大切にしたいじゃない。困ってたら助けだってするわよ。」

 

 それはアリサの心からの本心だった。すずかも同じだと言うようにうんうんと頷いている。

 なのはは呆けるしかない。色々と言いたいことはある。自分から協力を要請しておいてなんだが、危険だから良く考えて決めてほしいと言うのが本心だ。

 でも、アリサの心遣いが素直に嬉しかった。もし自分に感情と言うものがあるのならば素直に泣いていたかもしれない。嬉しくて。

 

「それで、どうなの?」

「うん、はっきり言わせて貰うけど。残念ながらアリサさんとすずかさんには魔法の才能はないみたいだ。魔導師は胸にリンカーコアって言う器官を備えているんだけど、そこから感じ取れる魔力がまったくない。つまり君たちにはリンカーコアがないんだ」

「そう、残念だわ。せっかくアンタ達の力になれると思ったんだけどなぁ」

 

 アリサは呆気なく納得していた。なのはとしては『なんでよ!』と叫んで反抗して来るものだと予想していたのだが意外だ。

 心のどこかで諦めていたのか、最初から期待していなかったのかもしれない。

 

「仕方ないよアリサちゃん。私たちには私たちの出来ることをしよう? せっかくなのちゃんが助けを求めてくれたんだもの」

「そうね。そうときまったら段取りよ。具体的にはアタシ達が何をすればいいのか。注意することは何なのか。専門家としての意見が欲しい所ね」

「わかりました。そうですね……」

 

 そこからはひたすらにユーノと、アリサ、すずかによるジュエルシード探索隊の取り決めだった。

 二人の令嬢の権限よる出来る限りの人員の動員。それによるジュエルシードの探索。

 発見次第、なのはやユーノに連絡を取ること。そして、絶対にジュエルシードに触れてはいけないこと。適切な処置を取らない限り、基本的には触れて願いを強く抱いた瞬間、ジュエルシードは暴走するから。

 

 万が一、ジュエルシードの暴走に巻き込まれた場合が唯一の懸念事項だ。一応、ジュエルシードは魔力を持つ存在を優先して狙う。それでもシャレにならない危険であることに変わりはない。

 本来であれば誰も巻き込みたくないユーノが頭を抱えて悩んでいた。アリサとすずかも上に立つ者として難しい顔で考える。

 

 その状況を打開したのは能天気にはしゃいでいたアリシアの鶴の一声だった。

 

「あのね、ジュエルシードが暴走したら、わたしがソッコーで片付けるよ? 暴走した場所の座標を特定してから転移して、次の瞬間に封印して、おしまい」

「えっと、アリシア? キミがどれだけ無茶なことを言っているのか、自分でも分かってるかい?」

 

 ユーノが頬を引きつらせながらアリシアに問いかけると、彼女は無邪気な笑顔を浮かべて「うん!」と力強く頷いていた。

 正直、魔法の事に関して門外漢なアリサ、すずか、なのはは首を傾げるしかない。

 そこで、ユーノは彼女がどれだけ無謀な事をしようとしているのか簡単に、わかりやすく説明してくれる。

 

 いわく、なのはやアリシアのような才能を持った魔導師は希少。

 そんな才能を持った人たちでも転移してから封印魔法を行使するというのは、疲労困憊になるほど辛いことらしい。

 転移の連続使用は苦ではない。問題は封印魔法。これの特性が厄介なシロモノで暴走する魔力を、更なる魔力で上塗りすることで対象を静めるというものだった。

 

 これではいくら膨大な魔力を秘めていても、身体に掛かる負担は半端ではない。残りのジュエルシードは十七個。単純に十七回もの封印魔法を行使すれば最悪、命に関わる。ユーノは彼女の意見に反対する口調で、そう警告した。

 他の三人も同様にそんなのは許せないと頑なに否定するも、アリシアはにっこりと無邪気な笑顔を浮かべるだけだ。

 

「大丈夫だよ。だって、わたし一人で全部のジュエルシードを封印するわけじゃないでしょ? なのはとユーノも手伝ってくれる」

「当たり前です。貴女一人に全部押し付けるような真似はしません」

「うん、ありがと。なのはは優しいね。それにわたしはちょっと特別だから。なのはと喧嘩した時は無理やり引き出したから失敗したけど、お願いすればきっとうまくいく」

「それはどういう……」

「ここじゃ、言えない。もうちょっとだけ待って欲しいんだ。わたしがジュエルシードを集める理由も、ちゃんと話すから」

 

 何処か清純な雰囲気を纏わせて、そう言うアリシアになのはは口を噤むしかなかった。

 

 穏やかな表情をしているのに、彼女の赤い瞳は真剣そのもので。何処か遠くを見ている風でもある。その瞳に秘められた意志を覆すことはできないと、なのはは悟るしかない。父の士郎と姉の美由希も意味は違えど同じ瞳をしていたのを知っているから。なのはは何も言えなかった。

 

 結局、なのはが学校に行っている間はアリシアがジュエルシードの封印担当になる。逆に放課後はなのはが封印を請け負って、アリシアが休息を取る形で落ち着いた。ユーノは二人のバックアップ。アリサとすずかは魔法以外の部分で三人のサポートを取る体制になる。

 

 その日はそれだけを決めて、後は解散した。アリシアは最後まで御機嫌な様子を崩さなかった。食べたお菓子が気に入って満足したのか、或いはジュエルシードを集められることに満足しているのか、なのはには分からない。まだ知り合って間もないのだ。

 だから、帰り道にアリシアの提案してきたお願いは、渡りに船だったのかもしれない。

 

「あのね、なのは」

「どうかしましたか、アリシア?」

「これから、時間、あるかな……? 少しだけ付き合って欲しいんだ」

「えっと、何処かに行きたいのですか?」

 

 少なくともアリシアの抱える、親子に渡って受け継がれる宿業。その一端を垣間見ることが出来たのだから。

 そして、なのはは知ることによって決意することになる。流されるままに魔法を行使していた自分が、何のために魔法の力を使うのかを。

 

「うん、母さんのお見舞いに来て欲しいんだ」

 

 沈痛な面持ちで告げられたアリシアのお願い。

 それは彼女の抱える深淵の一端を覗く、扉の鍵だった。


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