リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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●内緒のこと

「んぅ……っ!?」

 

 早朝四時半。

 なのはが眠りから覚めると、目の前に美しい少年の寝顔があって、驚愕のあまり声を漏らしそうになるのを寸での所で止める。

 彼は昨日、酷い怪我を負っていた所を保護した異世界の人間。ユーノ・スクライア。

 慣れない世界。いつもと違う家屋で、しかも初対面に等しい他人の家では良く寝つけなかったのだろう。目元にはうっすらと隈が浮かんでいて、彼が寝不足であると訴えていた。

 これは仕方ないことだろう。

 それに彼は怪我人であるし、このまま寝かせておこうと、何時ものように布団から抜け出そうとして、なのはは気が付いた。

 自分がユーノの手を握りしめていたことに。恐らくだが無意識に彼の手を、兄のものだと勘違いしたのだろう。だとするとユーノには悪いことをしてしまった。彼が手を握られたせいで、寝つけなかった可能性もあるのは想像に難くない。

 

「あぁ、やってしまいました……」

 

 ユーノに迷惑を掛けてしまったことを申し訳なく思い、なのはは落ち込んだ。

 唯でさえ魔法のことで足を引っ張っているのだ。昨日は強引にも魔導師にさせて貰い、所有物のレイジングハートまで貸し与えられた。

 これ以上、彼を苦労させるわけにはいかない。

 なのはは、ユーノの手をそっと解きほぐすと布団から起き上がる。

 そしてユーノを起こさない様に布団を畳むと気配を殺して部屋を出た。

 いつものように胴着に着替えて朝の鍛錬。その後は学校に行って、授業を受け、放課後はジュエルシード探しだ。あのような危険物を放って置くわけにはいかないから。

 その間、ユーノにはゆっくりと休んでもらおう、と予定を考えながら、なのはは自室を目指す。

 

 部屋に入ってタンスから胴着と袴を取り出すと、なのははパジャマを脱ぎ捨てた。

 服の内側に隠されていた少女の身体は、小学生には似つかわしくないほど引き締められている。

 そして、所々肌に傷跡があった。不破の鍛錬の成果だ。

 今は徒手空拳と体術を絡めた軽い棒術だけだが、その内、剣術や本格的な素振りをやらされるかもしれない。そうなれば手のひらは硬くなり、ますます女らしくなくなるだろう。果ては姉の美由希のようになるのだろうか? 目を背けたくなるような傷だらけの無骨な女剣士。

 

「うぅ……」

 

 なのははクラスの女の子。とりわけアリサやすずかのことを思いだす。自分もあのように可愛らしく着飾ってみたいという願望は、少しだけある。だけど、血に塗れた不破の家系では戦わなければ生き残れないことも知っている。故になのはの女の子らしくなってみたいという想いは叶わない。

 

 できれば、お母さんの桃子と一緒に得意だったというお菓子作りをしてみたかった。

 ……やめよう。こんな事はしょせん叶わぬ望み。無駄なことは非効率的だと割り切ったなのはは、胴着を着こなすと、下から袴を穿いて帯をきつく締めた。

 鍛錬中に袴がずり落ちるなど恥ずかしいどころではない。間違いなく士郎に怒鳴られる。

 

 ふと、机の上に置いてあるレイジングハートが目に入る。流暢に言葉を話してくれる不思議な杖。

 修行中は余計なものを付けると怒られるので、常に肌身離さずと言う訳にはいかない。彼女を身に付けるのは学校に行くときだ。

 眠っているのか、さっきから一言も喋ろうとしない。それとも家族に不審がられない様に、あえて黙り込んでいるのだろうか?

 でも、無視するのは可哀想なので、なのはは挨拶してから修行に向かうことにした。

 

「お早う御座いますレイジングハート。学校に行くときに沢山話しましょう。魔法の事、これからの事を」

『…………』

「行ってきます」

 

 やはり、何も喋らないレイジングハート。

 なのははその態度を気にもせず、部屋の扉を開けて自室を出て行く。

 そっと扉を閉める時。レイジングハートが一瞬だが、静かに輝いた。それが思わず行ってらっしゃいと、言ってくれてるような気がして。

 なのはは少しだけ微笑むのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 ユーノが目を覚ましたのは朝の六時半頃といったところだ。ミッドチルダとは違う異世界とはいえ、遺跡の探索や発掘業務に従事する彼にとって寝床は問題にならない。むしろ、荒野は深い森の中で野宿するより遥かにマシな環境だと断言できる。

 昨日の夜に眠れなかったのは、未知の体験。というより勝手にどぎまぎしてしまって、興奮したせいだ。あんな経験は初めての異世界で眠るとき以来。あの日も緊張して寝付けなかったものだ。

 

「うっ、痛ぅ……」

 

 起き上がろうとしたユーノは身体の節々が痛むのか、顔をしかめて蹲る。やけに響くような鈍痛が動きを遥かに鈍らせていた。どうやら相当に三匹目のジュエルシードモンスターとの戦いは堪えたらしい。しばらくは満足に戦えそうにない。昨日は命の危機だったので痛みが吹き飛んでいたんだろう。その後遺症が表に出てきているというのもある。

 しばらくは大人しくするしかないだろうとユーノは溜息を吐くしかない。

 やることはたくさんあるのだ。未回収のジュエルシードが暴走した時の対応をなのはに話しておかなければならないし、謎の魔導師のこともある。迂闊に彼女一人で問題解決に当たらせる訳にはいかなかった。

 せめて自由に動くことができれば、彼女を見守っていて、いざというとき助けることができるのに。もどかしい。

 一応、怪我人扱いのユーノが勝手に家を出て行くことは出来ない。なのはにも、不破家にも迷惑が掛かる。昨日の一件で彼女の両親もユーノが飛び出さない様に警戒しているだろう。迂闊な行動は避けるべきだ。

 少なくとも怪我が完治するまでの間は当分、安静にしている必要がある。不審がられない為にも。

 

「はぁ、困ったなぁ」

 

 二度目の溜息。こうしている間にもジュエルシードが暴走していたら? 或いは件の魔導師が遺失物を悪用していたら? そう考えるとユーノは居ても立ってもいられなくなる。

 もし、ジュエルシードが原因で第97管理外世界が滅んだら、どう責任を取ればいいのだろう。この不安感を払拭できそうにはない。

 依頼人である学者のリエルカ・エイジ・ステイツさんも、受け渡しの日程がずれ込んでしまい、困っている可能性が高い。

 

 最悪、ユーノの身を案じた依頼人か、積み荷を運んでくれた船員が管理局に連絡して事態を収拾するかもしれないが、何分管理外世界のことだ。彼らが重い腰を上げるのは先のことになるだろう。

 ジュエルシードごとき遺失物など他にいくらでもあるだろうし、緊急を要するほどの案件ではない。次元震さえ起きなければ。

 輸送の手続きをする際に遺失物は完全封印状態で非常に安定していると、書類を提出してしまったから、管理局はジュエルシードが暴走しているなんてことを知らないのだ。

 連絡しようにも次元間通信をする設備などない。まさに絶体絶命の危機である。

 

 管理局が駆け付けるにしても、事態を収拾してより危険度を下げる方が良いに決まってる。管理世界にとっても、この世界にとっても。最悪の事態になる可能性は出来るだけ回避するべきだ。

 その為に、この身がどうなろうと知ったことではない。ただ、なのはには、出来るだけ無理をして欲しくない。それがユーノの独善であってもだ。

 

 ふと、部屋の襖を叩く音がした。なのはだろうか? 彼女は目が覚めた時に居なかったので心配だったが、密かにサーチャーを使うことで気配を察知した。どうやら抜け出して遺失物探しをしている様子ではないので安心したのは内緒だ。

 

「はい、起きてますからどうぞ」

 

 あまり気を使わせないように、ユーノから入室を促す。

 すると、部屋に入ってきたのは予想外の人物。少なくともユーノが初めて会う不破家の人間。

 黒い胴着と袴を着こなした屈強でいて、しなやかな肉体を持つ男性。

 どことなく士郎の面影を残した彼は名を、不破恭也と言う。

 

「失礼する。ああ、そのまま寝ていて構わないよ。君は怪我人だからな。ユーノ君、妹から話は聞いている。大変だったろう?」

「えっと、貴方は?」

「おっと、名を名乗ってなかったな。俺は不破恭也。なのはの兄で、父さんの、士郎の息子だ。よろしくな」

「そうでしたか。すいません。何から何まで助けて頂いて」

「気にするな。お礼なら、なのはに言ってあげてほしい。あの子は今でこそあんな性格だが、本当は明るくて元気いっぱいで、とても優しい女の子だからな。君の事を放って置けなかったんだろう」

 

 軽い挨拶とともに差し伸べられた手を握り返しながら、ユーノは少しだけ警戒する。恩人の家族に失礼な態度だが、彼の瞳が探るような目付きをしていたから。

 

「さて、いくつか質問があるのだが、いいだろうか?」

「構いません。あなた方にとって僕は怪しい人間でしょうから。気になるのは当然です」

「まあ、そう緊張しないでくれ。不破家の人間は不器用だから尋問みたいになってしまうが、別にどうこうするつもりはないよ」

 

 本当だろうか。恭也から放たれる眼光は刃のように鋭い。まるで少しの嘘でも見透かすように。

 彼の表情は言葉とは裏腹に真剣そのものなので、ユーノも気を引き締めるしかない。

 

「まず君の出身地なんだが、何処の国からやって来たんだい? 金髪に翠の瞳。ここらじゃ見ない特徴だ」

「その、僕は、記憶がないんです。だから」

 

 恭也の質問に馬鹿正直に答えるわけにはいかなかった。

 なのはに説明したのは、あえて話すことで距離を置こうとしたからだ。

 彼女が子供だったのもあるが、当初は管理外世界の住人を、魔法の事に巻き込みたくなかった。

 たいていの人間は理解できない未知を恐れる。その隙をついて脱走することで一夜の夢のように消え去るつもりだったのだ。

 

 しかし、長期間不破家に滞在することになった今は違う。迂闊なことを喋るわけにはいかない。訳の分からない空想を語る変な子供と思われるのは構わないが、それでなのはに迷惑を掛けるのは御免だ。万が一ということもある。

 

 ユーノを通して魔法世界の技術が漏えいする。それだけは避けねばならない。不相応な科学は身を滅ぼすからだ。かつての大戦はミッドチルダとベルカに連なる多くの世界を消し去ったのだから。

 管理外世界にとって魔法の事はロストロギアに匹敵するのだ。

 

「ほう? その割には流暢に言葉を話すね? しっかり考えているようだ。普通、記憶喪失なら自分は誰なのか? この国は、地域は何処なのか知ろうとするものだが?」

「あっ」

「そして、その態度から見るに君は嘘を吐いている。どうかな?」

 

 しまったとユーノは自らの失態を嘆くが、もう遅い。恭也は確信したかのような笑みを浮かべていた。穏やかで優しい微笑みなのに、何故か怖いと思うのは、彼が発している雰囲気がそうさせるのか。

 

「ふむ」

 

 ユーノの瞳をじっと見据えていた恭也だが、しばらくするとユーノが感じていた重圧感が和らいだ気がした。 

 恭也は相変わらず穏やかな笑みを浮かべたままだ。ユーノは気配や威圧感だけで、こうも人は変わるのかと驚き、緊張で鼓動が早まる。

 背中から浮かべる冷や汗は止まらず、こんなやり取りは心臓に悪い。嘘を吐いた申し訳なさはあるが、できれば早く終わって欲しいと願うユーノだった

 

「成程、人を騙そうとしているのではなく、話せない事情があると見た。何も言いたくない人は、時に寡黙になるからね」

「すみません……」

「なぁに、君が謝ることじゃないさ。なのはが君を受け入れた時点で信頼はしてたよ。あの子は心の内で家族以外の異性を酷く恐れる。そんな妹が君を心配して隣で眠るなんてよほど信用してる証拠だ」

「そう、なんですか?」

「ああ、ちょっと事情があって、ね」

 

 そう言って苦笑いと共に複雑な感情を顔に浮かべた恭也に対し、ユーノは事情とやらに踏み入ることができなかった。ユーノだって、この家族に隠し事をたくさんしているのだ。自分がどうこう言える筋合いはない。

 

「すまん、すまん、辛気臭くなったな。まあ、本当のところを言えば君に頼みごとがあって来たんだ」

 

 恭也は気さくな笑みでユーノを安心させると、次には真剣すぎる態度で頭を下げた。

 身体を九十度、きっちり折り曲げて頼みごとをする彼の態度にユーノは驚きを隠せない。

 

「無茶を承知で頼みます。どうか、あの子を助けてあげてください。本当なら俺が為すべきことなのですが、俺の両手だけじゃ守りきれない」

「ちょ、恭也さん! 頭をあげてください」

「図々しい態度なのは承知です。傍に居てくれるだけでいいんです。あの子を孤独の恐怖から助けてあげてほしい」

「わ、分かりました。分かりましたから頭をあげてください!」

 

 そんなやり取りが続けられる内に、部屋の襖が静かに開かれた。入ってきたのは話題のなのはその人。どこか眠そうな、それでいて人形みたいな無表情は相変わらず、ユーノには彼女が何を考えているのか読めない。

 恭也はいつの間にかユーノの隣で胡坐をかいて座っており、にこやかな笑顔を浮かべている。先程の低姿勢な態度は影も形もなかった。恐るべき変わり身の早さだ。

 

 襖を開けた体勢で立ち尽くすなのはは、どうやら予想外の珍客に驚いている様子。瞼をぱちくりさせながら恭也をじっと眺めていたから良く分かる。

 

 彼女の格好はユーノが昨日見た防護服にそっくりの制服姿だった。肩まで下ろされた髪や、大人しい姿勢と相まって、お淑やかな女の子という印象を抱かせる。背負ったランドセルがなければ子供らしさの欠片もないだろう。

 首のあたりには紐が巻かれていて、恐らく制服の下にレイジングハートが隠れているのが、ユーノには分かった。

 ただ、何処となく、なのはの動きがぎこちないのは気のせいだろうか? まるで疼く痛みで身体が上手く動かせないような。そんな感じだ。

 

 ユーノは知らないことだが、恭也は妹の身がどうしたのか察していた。制服の下に隠れて見えないが、肌は痣だらけに違いない。今日も士郎と実戦形式の組手を行い、しこたま打撃や投げ技を受けたのだろう。

 少しだけ目を伏せる。彼の家族の絆を取り戻す戦いは果てしなく遠い。士郎が復讐に赴くことは無くなったが、そんな彼が娘に与えるのは愛情ではなく身を護る術だ。いまいち大事なモノを履き違えているだろうと思う。

 美由希を止めることができず、相変わらず復讐で海外を飛び回る日々だ。元の家庭に戻すには程遠い。

 なのはの惨状を見て、己の無力さを密かに噛み締める恭也だった。

 

「兄上がどうして此処にいらっしゃるのでしょうか?」

 

 首を小動物のように傾げたなのはは、恭也にそう尋ねた。初対面のユーノと兄の接点が分からず、不思議なんだろう。

 恭也は気さくな態度でユーノの肩に手を置くと、まるで仲の良さをアピールするかのようにユーノと握手まで強引に交わす。

 

「挨拶も兼ねて漢の約束をしていただけさ。なぁ、ユーノ君」

「え? ええ、もちろんですよ恭也さん」

「そうですか」

 

 果てしなく妖しさ満点の不審な態度を見せる二人。けれど、なのはは気にならなかったようだ。

 成程と頷くとランドセルを降ろす。そして、正座したまま三つ指をついてお辞儀をすると挨拶の口上を述べ始めた。

 

「それでは兄上、"ユーノ様"。なのはは学校に行って参ります故、また、後ほどお話致しましょう」

「ああ、気を付けて行ってらっしゃい。あまり遅くならないうちに帰って来るんだぞ?」

「心得ております。それでは失礼いたします」

 

 そうして正座したまま襖を静かに閉めると、彼女は歩き去って行ったようだ。気配が少しずつ遠ざかって行く。

 先程とは別人なまでの態度にユーノはポカンとしていた。ころころ変わる不破家の態度にどう接してよいのか分からなくなる。

 

「気を悪くしないでくれユーノ君。家族の前ではいつもあんな感じなんだよ。何処かで距離を置いてるんだ。悲しいけどね」

「そうなんですか……」

「さてと、そろそろ俺も大学の支度をしなくてはならない。今日は失礼するよ。何もない我が家だが、しばらくゆっくりしていてくれ。それと、あのことは妹には内緒で頼む」

「分かりました。あっ、恭也さん」

「ん、何だい?」

 

 話は終わりだと言わんばかりの恭也を、ユーノは慌てて引きとめた。

 あることを思いだして言質を取って置こうと思ったのだ。すなわち外出の許可である。そうすればジュエルシードが発動した時に、家を飛び出しても不振がられずに済む。理由は怪我のリハビリと言う事にしておけば良いだろう。

 

「外に出てもいいですか? 身体を動かさないと鈍ってしまうので」

「そうだな……なのはと一緒なら外出しても構わないよ。俺としてもその方が都合が良い」

 

 しばらく迷うように、顎に手を当てて考え込んでいた恭也は、ひとつ頷いて許可を出してくれた。なのはと一緒にというのも都合が良い。ジュエルシードの騒動を解決した時に一緒に帰ってくれば問題ないからだ。

 

 けど、続く言葉はユーノを羞恥で染めるのには充分すぎる破壊力を秘めていた。

 

「なのはとのデート、しっかり楽しんで来いよ!」

「なっ、どうしてそうなるんですかぁ!!」

 

 からかわれているとも知らず、生真面目なユーノは恭也の言葉を真に受けてしまう。

 そんな、彼の初心な反応に笑みを漏らしながら恭也は部屋を去って行った。自分も忍にだいぶ影響されたなぁと思いながら。

 それは兄の密かな思惑だった。なのはが気にしている男の子との時間が、妹の心を癒してくれるかどうかの賭け。その為の電撃的な訪問だったのだが、ユーノは知る由もない。

 恭也によって人格を見極められていたことも。

 

◇ ◇ ◇

 

 小学校の長い昼休み。屋上に設置された給水塔の隣で、なのはは男の子達が興じるサッカーの遊びを遠目に眺めていた。

 耳を澄ませば風の音に混じって彼らの歓声が聞こえて来る。それに、よく観察してみると女の子も少なからず混じっているようだ。ああやって平和に過ごせるのはとても良い事だと、なのはは思う。

 別に憧れているという訳ではなく、アリサとすずかの二人を待っているだけの事。単なる暇つぶしだ。それに、なのはは裏に片足を突っ込んだ異端者。子供は普通と異なる存在に敏いから、きっと怯えさせてしまうだろう。せっかくの楽しい雰囲気をぶち壊すこともあるまい。

 

 どうして、いつも三人一緒に居る筈のなのはが一人なのかというと、アリサはクラス委員の仕事に捕まり、すずかは体調を崩して保健室で休んでいるからだ。

 そして、アリサの仕事を手伝おうとすれば、すずかの傍に居てやりなさいと追い出され。すずかの看病をしようとすれば、ちょっと一人にしてほしいとお願いされてしまう。どうすれば良いのか分からなくなった彼女は、二人に相談したいことがあると伝えて、今に至る。

 もっとも、独りぼっちという訳ではない。今日からは特別な相棒がいるのだ。"彼女"は色々と興味を示しては質問してくれるので、自分から会話するのが苦手ななのはでも話しやすい。

 

『マスター? あの子供たちは何をしているのですか?』

「あれはサッカーと呼ばれる球技です。世界的にも有名で、全国の強者が集まって競い合うこともあります。詳しいルールは知りませんけど……」

『ということは、あの子供たちは日々全国出場を目指して特訓を?』

『一概にそうとも言えませんね。中にはサッカー選手を夢見る子もいるでしょうが、あれは休み時間中の息抜きでしょう。いわゆる遊びです』

 

 誰もいないので、胸元から出されて外の空気に晒された紅玉の首飾り。待機状態のレイジングハート。

 彼女が喋るたびに紅玉の表面に桃色の文字が浮かび上がるので、普段は制服の内側に隠していた。けど、ずっとそうだと息が詰まると哀れんだなのはは、休み時間なら構わないかと、こうして表に出されたのである。

 レイジングハート自身、気にはしていなかったが、主の心遣いには密かに嬉しさを滲ませていた。なのはが自分を大切にしてくれているのが感じ取れたからだ。

 そして、なのはも相棒の事を気に入っている。彼女から得られる魔法の知識は興味深いものばかりだし、困った時は念話で密かに助け舟を出してくれる。特にクラスメイトとの会話を苦手とするなのはにとって、彼女の助言はとても助かるのだ。

 伊達に相性が良い二人ではない。少しずつではあるが確かな絆が芽生えていた。

 

「ごめん、なのは。お待たせ~~」

「ごめんね、なのちゃん。待ったよね?」

 

 やがて、屋上に繋がる扉を開けて、アリサとすずかの二人がやってきた。

 

 なのはは静かに立ち上がると、学校内と屋上を繋ぐ建物の上に設置された給水塔から飛び降りて、音もなく着地する。二人の親友の背後に立った形だ。

 そして後ろ手で開け放たれた扉を閉めて、そのまま寄りかかる。二人を逃がさない為ではなく、部外者が勝手に入って来ないようにする為。これから話すことは信用できる人間以外、誰にも喋ってはならないと、なのはは察していた。もちろん、魔法の事だ。

 

「うわぁっ!? あ、アンタね……いっつも神出鬼没のように、いきなり背後に立つのやめなさいってあれほど言ってるじゃない!」

「ですがアリサ。わたしが給水塔の隣を気に入っていて、其処に居るのは周知の事実でしょう? 驚く要素は何処にもないと思いますが」

「慣れの問題じゃな・い・わ・よ」

「ま、まあまあアリサちゃん。落ち着いて。昼休みも残り時間が少ないんだから、ね?」

 

 いきなり扉が閉められたので、驚いて振り向きざまにバランスを崩したアリサを、すずかが慌てて支える。

 喜怒哀楽の激しい親友は、なのはの悪い癖に腹を立てるものの、すずかによって窘(たしな)められることで、落ち着きを取り戻した。

 そう、こんなくだらないことで時間を潰してられない。だって、他人に弱みを見せず、悩み事も自分一人で抱え込んで解決しようとする親友が、相談を持ちかけてきたのだ。頼ってくれた事が、すごく嬉しいと感じると同時に、何かあったのだろうかとアリサ達は心配になっていた。

 なのはが一人で解決できないような問題だ。きっととんでもない事に違いない。

 

(家庭の問題は絶対に違うわね。まさか、恋の悩み、とか……?)

(う~ん、なのちゃんの悩みかぁ、捨てられた子猫か、子犬を拾っちゃって、引き取って欲しいのかな?)

 

 アリサもすずかも、なのはが相談したいことは何なのか考えつつ、もじもじと恥ずかしそうにしている親友の言葉を待つ。

 

「その、詳しい事は休日の茶会にでも話したいのですが……うぅ、笑わないでくださいよ?」

「笑わないよ、なのちゃんの頼みだもん」

「そうよ。いいから話して御覧なさい。どんな事でもアタシが胸を貸してやるわ」

 

 すずかは優しさに満ちた微笑みで、アリサは頼れるお姉さんといった態度で、なのはを促した。

 そんな二人の様子に、なのはは安堵したのか、意を決したようだ。ひとつ頷くと、真剣な表情で一言呟いた。

 

「実は、昨日の夜に魔法少女になりまして。それで、アリサとすずかに相談を……その、困った時は遠慮なく頼ってね、と言われたものですから」

「「えっ……?」」

 

 その爆弾発言に二人の親友は固まってしまう。ポカンとした様子で口を開いたまま、唖然としているようだ。

 なのはだって突拍子もない話だと言う事は理解している。すぐに納得してもらおうとも思っていない。もしもアリサか、すずかに魔法少女になったと告げられたら、真意を疑う。酷ければ遠回しに病院を進めるかもしれない。親友を心配して。現に彼女たちは瞬きを繰り返す。落ち着こうとしてるんだろう。

 

 だが、今回ばかりは冗談でも何でもない。身を持って願いの宝石、その恐ろしさを実感したなのはは、早期解決のためにも二人の力が必要だと感じていた。

 大人達を頼るわけにはいかない。事態を大きくしては街が混乱してしまう。秘密裏に集束させる必要があるのだ。しかし、ジュエルシードは手のひらに収まるほど小さく発見するのも一苦労だ。とてもじゃないが手が足りない。

 

 ユーノから聞くところによると、ジュエルシードに対して強く願望を抱かなければ発動はしないらしい。まあ、無差別に願いを叶えていては今頃、海鳴市は崩壊しているだろう。けど、発動しなければ発見は困難だと言う厄介な特性を備えていた。

 

 だから人出がいるのだ。幸いにしてバニングス家は大財閥。月村家も海鳴市と深いつながりを持つ由緒ある一族だ。人員を使って街に捜索網を展開してくれると発見率はグッと上昇するだろう。万が一の事態が恐ろしいが、見つけたら連絡するだけに留めて貰えれば防止策になるか?

 

 とまあ、なのはは一人でここまで考えて、実行に移すことにした。協力を得られなくても事前に知っていて貰えれば二人が巻き込まれる心配もなくなる。それも折りこみ済み。

 問題は話の切り出し方だが、魔法少女であると明かしてから話題を繋げればいいと考えて、彼女は硬直する。なのはからすると、魔法少女と言うのは恥ずかしい存在だ。フリフリの衣装を着て、可愛らしいステッキを持つ姿を想像しただけで羞恥に染まる程。

 だから、ちょっと話すのを躊躇っていたのだが、喋り始めてしまえば問題ない。

 レイジングハートを証拠に信じて貰えるよう説得を……

 

「「ええええぇぇぇ!!」」

「っ!?」

 

 しようとして耳を塞いだ。

 余りにも驚愕的すぎて、叫んでしまうくらいだったらしい。呆れられるよりは信じてくれているだろうが、説得は時間を要するだろう。

 口下手ななのはにとっては前途多難。それでも、やるしかない。

 

(う、上手くいくのでしょうか……)

『マスター、頑張ってください。私も手伝いますから』

(ありがとうレイジングハート。そうですね、頑張りましょう)

 

 なのはは、レイジングハートを握りしめて不安になる気持ちを抑えながら、まずは二人を落ち着かせようとするのだった。

 


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