リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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〇ファランクスシフトvs電刃瞬殺雷豪雨

 はやての住む住宅街付近。レヴィは遠目からディアーチェと守護騎士たちの戦いを眺めながら、付近に展開している管理局の部隊を鬱陶しそうに思っていた。それは顔によく出ていて、唇はへの字にまがり、目つきは半眼。苛立ちを表すかのように組んだ両腕の指をトントンと叩いていた。

 いつだって管理局はレヴィ達の邪魔をする。闇の書の呪いから『はやて』を救おうとしたときも、アスカとナハトに訓練させていたときも、地球に転移しようとしたときも、本当に肝心なところで邪魔するものだから苛立ちのレベルは最高潮に達する。

 しかも、フェイトというヤツの魔力がレヴィに向かって一直線で進んできているのだ。なまじ同じ魔力の波長を持つものだから、どれほど距離が離れていようが、高速機動で移動しようが感じ取ってしまう。

 フェイトはレヴィにないモノを持っていて、ただでさえ不愉快な存在なのに、大っ嫌いな管理局に所属しているものだから余計に鬱陶しい。

 雷刃の襲撃者はイライラしすぎて電柱の上で軽く地団駄まで踏み始めてしまう。レヴィの邪魔するもの、仲間の邪魔するもの、大好きな王様を邪魔するもの、その全てを許さない。立ちふさがる者は敵だ。圧倒的な"力"で捻じ伏せてしまえばいい。それだけの力がレヴィにはある。

 

 本来であれば戦闘はご法度だ。レヴィに課せられた任務は誘拐を担うナハトのサポートとバックアップ。最終的にははやての身柄を引き受け、誰にも追いつけない速度で迅速に海鳴の領域から立ち去る予定だった。

 だが、鏡合わせの存在である少女フェイト・テスタロッサに捕捉されたのなら話は別だ。レヴィを付け回されてはやての居場所を気が付かれるわけにはいかない。はやてとディアーチェは同一人物。管理局も馬鹿ではないから何らかの関連性に気づくだろう。

 だから、できる限りフェイトを引き離しつつ叩き潰すしかない。ついでに海鳴臨海公園で転移の準備を済ませておく必要がある。ナハトが来たらすぐにでも転移できるように。海鳴臨海公園ならば広さも充分だし、紫天の書の全員が場所を熟知している(もっともユーリはその限りではない)。集合場所に最適だった。

 別にはやてを誘拐するなんてまどろっこしいことはせず、その場で儀式を始めてしまっても構わない。強力な結界とマテリアル。そして闇の欠片からなる堅牢な防護陣で時間を稼ぎつつ、ディアーチェが二つの"闇"を取り除く。実際、レヴィはそれを推した。

 けれど、ディアーチェが断ったのだ。いわく、万が一の事に備えて無人世界で行うと。レヴィとしては王様が失敗するなんて微塵も思っていないし、何となく成功すると直感していた。『アリシア』の頃から勘だけは異様に鋭かったから。それでも王様は故郷を巻き込みたくないんだろうと思う。

 

 レヴィが右腕を一振りすると、手にはいつの間にかバルニフィカスが収まっていた。電柱の上という目立つ場所だからカッコイイポーズと台詞で決めたいところ。もっとも、今はそんな気分じゃないし、観衆がいない場所ではやる気も起きなかった。ただバルニフィカスの石突でダン、ダン、と電柱のてっぺんを突くだけだ。

 バルニフィカスを振り回し、グルグルとバトンのように回転させ感触を確かめる。やはり、手になじんでいて素晴らしい。残念なのはかつてのように喋らないことか。シュテルとレヴィの愛機は忌まわしき病院に置いてきてしまった。恐らく管理局に回収されたんだろう。

 それでも王から魔力を頂いて創り上げたデバイス。性能としては充分。カートリッジもなく技量でもレヴィに劣っているフェイトなど敵ではない。

 

『レヴィちゃん? そろそろ始めるよ?』

 

 ナハトからの念話が届いた。どうやら向こうでも作戦を始めるようだ。けれど当初予定していたプランは変更せねばならない。

 

『ナハっちか。悪いんだけどサポートできそうにない。フェイトとか言うヤツが鬱陶しいんだ。ああ、もうっ! プランDでいこう。海鳴臨海公園で転移の準備をしておくからそこまで連れてきて』

 

『わかった。あんまり無理しちゃダメだよ?』

 

 レヴィは少しだけ機嫌を直してニンマリとする。シュテル、アスカ、ディアーチェ、ナハト。みんな、みんな、レヴィの大好きな親友だ。心配されるだけで一喜一憂して心が満たされる。早く取り戻したい。あの暖かな日常を。王様を元気にして皆で笑うのだ。きっと素晴らしい日々が始まるんだろう。

 

『心配してくれてありがと。それじゃあ、任せたよ』

 

 だから、レヴィは戦う。皆が笑いあえる世界を取り戻すために。もはや、復讐などどうでもよかった。シュテルが泣くのならばそんなものクソくらえだ。王様がそれを望まないのならばレヴィも望まない。

 もう二度と迷わない。失いたくない。騙されたりなどしない。だから差し伸べられた手など振り払う。自分たちだけで何とかできるのだから必要ない。

 フェイトとかいう奴が何をするつもりなのか知らないが、一切の容赦はしないだろう。一応、殺さないように手加減はする。だって殺してしまったら■■■も死んでしまうから ……■■■って誰だ? とにかく殺しはしない。マテリアルの皆に怒られるのは嫌だから。

 

「行こうかバルニフィカス。王様の邪魔するヤツをぶった斬って、道を切り開く!」

 

『…………』

 

「そこは、いつもみたいにイエス・サー! って返すところなんだけどなぁ。ちょっと寂しいや……」

 

 やがて、一刀両断するかのように両手でバルニフィカスを大上段から振り降ろしたレヴィは、正眼にぴたりと戦斧の矛先を止めた。両の眼が捉える先にフェイト・テスタロッサがいる。邪魔をする敵。叩き潰す対象。

 電柱のてっぺんから飛び降りるとマントをはためかせながら空に浮かび上がる。そして雷鳴の轟きのような爆音を響かせながら瞬間的に加速。一気にトップスピードを叩き出す。高速機動形態スプライトフォームを展開していないとはいえ、その速度たるやフェイトを軽く凌駕していた。

 まずは牽制に電刃衝を放って向かってくる勢いを削ぐ。そして、接近戦を挑み高速機動戦を繰り広げ、ナハトから引き離すのだ。最終的に拘束または撃墜して海鳴臨海公園で退路を確保しておく。簡易的な転移ではないのだ。超長距離の大規模転移になるだろう。準備に時間も掛かる。儀式魔法は必要だった。

 いくつものマルチタスクを頭のなかに展開して並列思考する。そして作戦を瞬時に編み出すと迷いなくフェイトの迎撃に向かう。

 運命の雷光と戦斧の主従に、影である雷刃の襲撃者がその名の通りに強襲しようとしていた。

 

◇ ◇ ◇

 

『サー、ご注意を』

 

「うん、分かってるよバルディッシュ」

 

 フェイトは律儀に警告してくれる相棒に感謝しながらも、向かってきた高速の直射弾を最小限の動きでひらりとかわしていく。咄嗟に認識した魔力光は水色。感じる魔力の波長からしてフェイトと瓜二つの少女レヴィだ。どうやら気のせいではなかったらしい。レヴィが潜んでいると勘に従ってみたが大当たりだ。

 いつか決意したなのはのように誰かを救うという想い。レヴィ達を悲しみから救い憎しみと復讐の連鎖を断ち切ること。困っているのなら助けるという己の誓い。それを果たす時が来たのだ。が、向こうはやる気満々らしい。まずは戦いを制して、お話する状況を作りださねばならない。かつてなのはがそうしたように。

 脇をいくつも通り過ぎていくフォトンランサーに似た魔力弾の群れ。フェイトを直接狙う弾からフェイントまで様々な照準で放たれている。これらは撃墜が目的ではなく、足を止める牽制だろうと判断する。

 それにしても、叩きだされた魔力の出力が半端ではない。フェイトのフォトンランサーはビルの壁を砕くだけだ。だが、背後のビルや家々に直撃している電刃衝は壁を砕くどころか、ぶち抜いて崩落させている。直撃すれば装甲の薄いフェイトはただでは済まない。恐らくなのはでも危険だろう。一撃でもまともに喰らってはいけない。回避は、必須だった。

 

 ふいに向かってくるレヴィが速度を瞬間的にあげてフェイトの頭上に回った。感じ取れる魔力の波長から相手が何処に居て、どんな動きをするのかは分かるが、あまりにも速すぎる。

 

「はぁぁぁぁ! 一刀両断! 爆・砕・斬!」

 

「っ……!」

 

 たとえ相手の姿や気配を捉えていても認識速度や反応速度を上回れば、それは充分に奇襲となる。

 フェイトは迎撃すらままならず回避すら危ういと判断すると、振り降ろされた超刀バルニフィカスの刀身をタイミング良くバルデッシュの戦斧で弾いて、その勢いで距離を取った。恐ろしい相手だ。速度で自分を上回るなどフェイトにとって初めての経験。故にいつもどおりの牽制・速度を生かした強襲の戦い方は意味を為さない。

 新しい戦術が必要だった。カウンタースタイルか、更なる速度でレヴィを上回るか、どちらにせよ難しいだろう。技量の差があり過ぎる。

 

 それでも、負けられないことは確かだった。

 

 レヴィから後退しつつもバルニフィカスを振り抜いて隙だらけな少女にフェイトは左手を向ける。掌に電気変換によって雷を帯びた魔力が集束していく。サンダースマッシャー。フェイトの砲撃魔法だ。バリア貫通能力には劣るが破壊力ではディバインバスターを超える。

 それを金色の環状魔法陣で指向性を持たせてやるとレヴィに向けてぶっ放した。

 

「サンダースマッシャー!」

 

 バチバチと音を立てながら金色の閃光がレヴィを呑み込まんと襲い掛かる。それはレヴィを撃ち貫き彼女の背後にあったビルの一棟を破壊したかに思われた。フェイトも目で確認している。

 

『サー!!』

 

「くっ!?」

 

 背中に走る悪寒、バルディッシュの警告、背後から感じる自分と同質の魔力波長。それらに従ってフェイトはバルディッシュをサイズフォームに展開すると、金色の魔力でできた死神の鎌を振り向きざまに切り払う。手応えがない。蜃気楼のようにぶれるレヴィを切り裂いただけだ。

 何処へ? フェイトがレヴィを探そうと辺りを見回しながら振り抜いたバルディッシュを引き戻そうとしたとき。

 自分の胸に押し付けられた手の感触を強く感じて唖然とした。目の前にレヴィがいた。デバイスを振り抜いた体勢で隙だらけなフェイトの懐に潜り込んで。いつの間に?

 まるで悪ガキのように歯をむき出しにしてニカッと笑うレヴィ。押し当てられた手に集束していく水色の魔力光。マズイと思うも身体が思考速度についていけない。回避できない。このままでは直撃する。

 

「ざ~んねん。キミが捉えたのはボクの残像でした。本物は目の前。そして、これはさっきのお返し」

 

 雷刃・爆光破。フェイトが先に使ったサンダースマッシャーのレヴィ版。いや、それ以上の破壊力を秘めた砲撃魔法。集束し帯電を始める魔力の塊。いまだに解き放たれていないというのに防護服に押し当てられたそれはフェイトの身体を電流で焼かんとする。フェイトの電気耐性を凌駕する出力が放出されている証だ。

 フェイトは打開策を高速思考する。シールド、バリア、どっちも間に合わない。そもそも密接された状態では使用不可。蹴りや打撃で突き飛ばす。威力が足りない。

 リニスから教わったことを思い出せ。バインドに捕まった時、密接されてどうしようもない時の対処法は?

 

――フェイト。今日はバインドの壊し方を教えてあげます。とりあえず手っ取り早く抜け出したいときはバリアジャケットの全魔力を

 

(全方位に向けて解放することでバインドを吹き飛ばす!)

 

「爆光「ジャケットパージ!」なにっ!? わっ!?」

 

 ジャケットパージ。フェイトのレオタードのような防護服が解除されて一瞬だけ黒のシャッツとスカート姿になる。巻き起こる衝撃波はレヴィを吹き飛ばし、構成された雷刃・爆光破の術式を中断させた。すぐさまフェイトは防護服を身に纏い、バルディッシュを構える。サイズフォームは既に解除されて元のデバイス形態だ。

 レヴィに速さで追いつけないことも反撃がままならないことも百も承知。それは前の戦いで彼女を追いかけた時から把握している。戦術だってちゃんと考えてきた。

 

「やるね、フェイト。だけど……あっ!」

 

 吹き飛ばされた体勢からクルリとバク転するかのように一回転して受け身を取ったレヴィ。そのまま次の一手につなげようとしたところで彼女は初めて驚愕した表情を見せた。両手両足を捕らえる金色の輪っか。ライトニングバインド。

 

「いつの間に、こんなこざいくを」

 

「サンダースマッシャーを放ったときだよ。レヴィならきっと避けて近づいてくるだろうと思った。だから私の周囲にあらかじめバインドを設置しておいたの。砲撃はそれを隠すための囮」

 

 フェイトの説明を聞きながらレヴィは悔しそうに噛み締める。まんまと相手の策にはまったのが気に喰わないのだろう。それを行ったのが大っ嫌いなフェイト・テスタロッサであれば尚更。

 レヴィが何らかの方法で抜け出して近づいても無駄だ。フェイトの周囲には同じようなバインドがいくつも設置されている。速さで捉えられず反撃も意味を為さないというのなら罠に陥れるのは必然だった。相手を自分より格下だと侮ったのがレヴィの敗因だ。

 そして、次がフェイトの必勝の魔法。バインドから攻撃へと繋げる基本中の基本ともいえる戦術を活かした魔法。サンダーレイジ。相手の頭上から雷を落す強力な魔法だ。いくらレヴィに電気の耐性があるといっても限度がある。ましてや雷の速度は音を超えるのだ。放たれたら最後。回避は不可能に近い。

 先のサンダースマッシャーも雷を落としやすくするためにわざと放ったもの。もとより当てるつもりなどない。ばら撒いた魔力を再利用するための布石。

 一連の動作はすべてこれを直撃させるための下準備だったのだ。

 

「こっ、こんなもの! こんなことでボクは!」

 

 けれど、暴れまわって何とかバインドを振りほどこうとするレヴィに対して、フェイトは仕掛けた魔法を発動させたりしなかった。すべては話し合う状況を作りだすための下準備。こうでもしなければレヴィは会話などしないだろう。暴れるようなら無理やり拘束して大人しくさせる。それが悩んだ末にフェイトが出した結論だった。

 

「レヴィ、あなたと話がしたいんだ。どうか武装を解いてほしい」

 

「五月蠅いな!! お前と話すことなんてあるもんかっ!」

 

 レヴィの明確な拒絶を含んだ叫びにフェイトは一瞬だけ怯む。それでも諦めるわけにはいかない。なのはだってフェイトに何度も拒絶されても立ち向かってきたのだ。なら、フェイトだって事情を話してくれるまで退きはしないし、相手が戦いを挑んでくるならフェイトも戦う。

 レヴィも自分と同じ性格だろうからそう簡単にいかないだろうけど。フェイトは大人しい性格からは想像もできないほど頑固なのだ。

 

「それでも、私はあなたのことが知りたい。生まれも育ちも似ていて、本当の姉妹といっても違わないレヴィのことが知りたい。困っているなら助けたい。どうか、差し伸べた手を取ってほしい」

 

「あっ……」

 

 レヴィは優しく微笑んで手を差し伸べたフェイトの姿を見て、既視感を感じた。遠い記憶から思い起こされる情景。海鳴に来て右も左も分からぬままジュエルシードを探索していたときに出会った少女。ここではない場所。そう、確か神社と呼ばれる場所でレヴィと彼女は出会い、ジュエルシードモンスターを倒すために共闘して、それで。

 

――アリシア。私にもジュエルシード集めを手伝わせてください。わたし、お母さんがいないから。遠い所に行ってしまったから。だから、あなたのお母さんを助けたい。

 

 『なのは』も優しく微笑んで不安で怖がっていた『アリシア』に手を伸ばしてくれて、それが嬉しくてレヴィも手を……

 バルニフィカスを握っていない左手のバインドが解かれる。もし、受け入れてくれるなら自ら手を伸ばして、差し出された手を取ってほしいという事だろう。

 レヴィは無意識に恐る恐る手を伸ばす。フェイトの姿が亡き親友の姿とだぶって見える。やがて、レヴィの手とフェイトの手が触れ合うところまで近づいたそのとき。レヴィの心の内から声が聞こえた気がした。また、自分は騙されるかもしれないと。

 レヴィは差し出した手を引っ込めると慌てたように首を振る。幻影に惑わされた己の意識を振り払うかのように。よくみれば相手はフェイトであって『なのは』じゃない。

 フェイトがどうして? というような驚愕の表情を浮かべているが、レヴィだって同じ気分だ。どうして自分は手を差し伸ばした? 相手はレヴィに持たざるモノを持つフェイト・テスタロッサ。そんな奴に救われるなど気に入らない。何より相手は時空管理局の一員なのだ。危険なロストロギアである自分たちを救うなど虫が良すぎる話。仮に本当だとしても怖い。また、氷漬けにされて封印されると思うと怖い、怖い、怖い!!

 

「そうやってボクらを騙すつもりなんだ! 油断したところを襲ってきて氷漬けにしちゃうんだ! あの時みたいに!! だから、管理局なんて信じられない!!」

 

「違うよレヴィ! わたし達はそんなことしない! 現に管理局は罪を犯したわたしを……」

 

「うるさい! うるさい! うるさい!! お前たちの言う事なんか信じられるもんか!!」

 

 フェイトの弁明も聞かず、叫びと共にレヴィはバインドで縛られた右腕を震わせる。そこに凄まじい力が込められていることは想像に難くない。ライトニングバインドに徐々に亀裂が走り、信じられないことに力づくでバインドを砕いてしまった。魔法による物理的な破壊でも、術式に干渉して解除する方法でもなくきわめて純粋な"力"のみでレヴィはバインドを解除するという荒業をやってのけた。

 右手だけでなく、左足と右足のバインドも同じように打ち砕くレヴィ。

 

「うそ……」

 

 フェイトは唖然とするしかない。肩で息するレヴィは隙だらけだが、再びバインドで拘束するということすら忘れてしまう。それほどまでにレヴィのやってのけたことは信じられないのだ。何度やっても同じかもしれないという不安が、そうさせなかったのかもしれないが。

 はぁ……はぁ……と荒い息を吐いていたレヴィがゆっくりと顔をあげた。瞬間、フェイトを襲うのは背筋が凍りつくほどの悪寒と怯えだ。レヴィの瞳がいままでに見たこともないくらいの憎悪に満ちている。それは死を連想させる闇に染まった瞳と相まって、なお恐ろしい。かつて母であるプレシアが向けた嫌悪の瞳すら凌駕していた。

 レヴィから湧き上がる魔力の波動が強くなる。肌がピリピリとざわつく感じがするほどの圧倒的な魔力の放出量。瞬間移動するかのようにフェイトから距離を取ったレヴィの身体を水色の紫電が纏わり始め、足元に同じ色の巨大なミッドチルダ式魔法陣が展開する。レヴィの眼前にバルニフィカスが浮かび上がり、両手を広げた彼女は呪文を静かに詠唱した。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。集え、集え、雷神の槍。我が意のままに。疾風迅雷の如く疾走して駆け抜け王に逆らう敵たちを撃ち滅ぼせ」

 

 この詠唱のフレーズ。フェイトには聞き覚えがあった。詠唱の部分はフェイトのとだいぶ違っているが、基本的な部分は同じ。何より展開していく無数の雷球がどんな魔法であるかを物語っていた。フォトンランサー・ファランクスシフト。フェイトが使える最大にして最強の魔法。リニスから教わった必殺の一撃。

 それは放たれれば無数の槍となって文字通り敵を撃ち滅ぼすまで止まない雷雨となる。なのはは耐えることができたようだが、防御の薄いフェイトでは防ぐことなど不可能。だからといって千にも及ぶフォトンランサーの嵐などかわしきれるものではない。

 何よりも忘れてはならないのはレヴィの馬鹿みたいに高い魔力出力だ。魔法の威力と魔力の消費量は出力に比例する。その一撃、フォトンランサーを遥かに凌ぐだろう。恐らくなのはでも耐えきれまい。ユーノが全力で結界防御してようやくといったところか。

 背を向けて逃げる? いや、逃げる間に背中から撃ち抜かれるのが落ちだろう。術を止める為に先制攻撃を仕掛ける? きっとレヴィには通じない。何らかの方法で躱すか、防ぐかする。今のフェイトではレヴィに勝てない。

 ……待て、レヴィは何と言った? 王に逆らう敵たちを撃ち滅ぼせ? まさかフェイトだけではなく無差別に攻撃を仕掛けるつもりだろうか? なのはが結界に取り込まれたのはフェイトも知っている。確実だとエイミィも言っていた。だからユーノが保護に向かっている訳だが、もし、流れ弾が彼女たちを巻き込んだりしたら……

 フェイトはその考えにぞっとした。なのはやユーノが自分のせいで怪我などしたら、それは恐ろしいことだ。一生自分を許せそうにない。

 なら、どうする? 防ぐことも、かわすこともできない。広域に渡る攻撃の被害を抑えるにはどうしたらいい?

 フェイトの脳裏に思い浮かんだのは、なのはのディバインシューターとフォトンランサーをぶつけ合った光景。魔力弾を魔力弾で相殺する。やれるかどうか分からないが、これしか被害を押さえる方法はないだろう。

 レヴィのフォトンランサー・ファランクスシフトをフェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトで迎撃する。

 そうと決まれば話は早い。フェイトもすぐさま同じ儀式魔法を展開する。眼前にバルディッシュを浮かべてあらんかぎりの魔力を振る絞る。

 

「バルデッィシュ。どうか力を貸してほしい。わたし、また無茶をするけど付き合ってくれるか?」

 

『サー、あなたを支えるのがマイスター・リニスに与えられた使命です。どうか存分に力を振るい下さい』

 

「ありがとうバルディッシュ。私と二人であの子の攻撃を止める。やるよ」

 

『Yes sir.』

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」

 

 フェイトの足元に金色のミッドチルダ式魔法陣が展開する。それはレヴィに負けず劣らず強大で眩い輝きを放っていた。フェイトの周囲横一列に魔力弾の発射台である雷球が無数に生成され浮かび上がる。

 距離を取った二人の少女を中心に展開される金色と水色の魔法陣。そこに浮かび上がる魔力球はまるで夜空を彩る星々のように美しく幻想的な光景。だが、放たんとしているのは眼前に立ち塞がる敵を圧倒的な手数で屠る強力な槍の群れだ。

 

「「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」」

 

 謳うように紡がれる少女たちの呪文。一字一句紡ぐたびに魔法は完成していき、やがて発射の号令を下す直前まで至る。

 レヴィの生成したスフィアの数は30基。対するフェイトが生成したスフィアの数は38基。数こそフェイトの方が多いものの油断はできない。なぜなら威力は圧倒的に向こうの方が上だからだ。果たして相殺しきれるかどうかは、フェイトの底力とバルディッシュの連携に掛かっている。

 フェイトは一瞬だけレヴィを見やる。彼女の瞳は相変わらず憎悪に満ちていて躊躇う気配がない。それどころかフェイトなど眼中にないと言ったように虚ろで焦点が定まってはいなかった。いや、見ているのかもしれないがフェイトの他にも何かを見ていると言ったほうが正しいか。

 

「お前たちなんか消えてしまえばいい! もう、誰にも奪わせるもんか! 今度こそボクは皆を護るんだ。絶対に死なせはいない! 死なせるもんか!!」

 

「レヴィ……」

 

 レヴィの叫びを聞きながらフェイトは彼女を想う。

 いったいレヴィ達の身に何があって、どうして管理局を憎むのかフェイトには分からない。けれど泣き叫ぶような血を吐くような叫びは明らかにレヴィが苦しんでいる証拠だ。何かを心底恐れて、身内以外信じることのできなくなった可哀想なレヴィ。何としても助けてあげたい。同情だろうと、哀れみだろうと、偽善と罵られても構わない。

 レヴィはフェイトと生まれを同じくする者。境遇は違えど姉妹のようなものだ。姉妹を助けるのに理由なんていらない。かつて、なのはがそうしたように今度はフェイトが誰かを助ける番だ。レヴィを、姉妹を闇に閉ざされた過去から救い出す!

 

「電刃瞬殺雷豪雨(でんじんしゅんさつらいごうう) 一斉射撃で管理局のやつらを撃ち砕け!!」

 

「フォトンランサー・ファランクスシフト。全ての弾丸を撃ち砕け、ファイアー」

 

 少女たちは展開した槍の群れに号令を下すと、一斉に手にしたデバイスを振り降ろす。

 瞬間、轟音と共に放たれるのは凄まじい数の雷の槍だ。水色の槍が先制とばかりにフェイトやその背後目掛けて迅速な勢いで飛来すると、後から放たれた金色の槍がそれを阻止せんと打ち砕いていく。砕かれた瞬間に水色の金色の魔力の欠片が飛び散り、粒子となって魔力素に還元されていく。

 まるで、塹壕に隠れながら、向い合せにライフルを一斉に撃ち合うような光景だ。たった二人の少女が戦争のような光景を起こしているのだから末恐ろしい。フェイトとレヴィの間にあったビル群や建造物の数々はたちまち蜂の巣にされて、粉々に砕け散ると崩落していく。結界内部でなければ大参事だったろう。

 

「っ……」

 

 フェイトは違和感を感じていた。別に魔法の技量で劣る自分がレヴィのファランクスシフトを迎撃しきれていることではない。そんなもの阻止する前提で無理やり魔力を振り絞り、バルディッシュに限界以上のサポートをさせているので、防げるのは確信していた。

 問題は別にある。

 フェイトの側を一発の電刃衝が駆け抜けて後方の建造物に直撃。あるいは別の弾丸が地面に穴をあがつ。

 

(迎撃しきれてない……数が多い?)

 

 そう、レヴィのスフィアから連射される電刃衝の数が多いのだ。一秒間撃ち合った結果で分かったことはフェイトのフォトンランサーが秒間七発もの弾丸を連射するのに対して、レヴィの電刃衝は秒間十発もの弾丸を連射しているように見える。たった三発もの違い。だが、それは大きすぎる違いだった。

 スフィアの数こそフェイトが多いものの、秒間における魔力弾の発射数はフェイト266発に対し、レヴィ300発。実に34発もの電刃衝を防げないことになる。同時発射数こそフェイトが上回る。けれど、攻撃を相殺するフェイト側にとって弾丸の数が足りず、連射速度に劣るというのは致命的だった。

 それにフェイトのファランクスシフトの持続時間は四秒だ。もし、レヴィがそれ以上の持続時間を誇るとなるとさらなる無茶をしなければまずい。何故ならば一秒でも足りなければ300発もの電刃衝がフェイトや、その周辺目掛けて殺到するから。大技を撃ち切って疲れ果てたフェイトに回避する余裕は皆無。次の瞬間にはボロボロになるまで槍の群れに喰われるだろう。

 こうなれば迎撃する方向から一刻も早く術者を沈める方向にプランを変更しなければならない。撃ち合いの果てにレヴィを倒せなければ待っているのはさらなる被害だけだ。幸いにもファランクスシフトのフィニッシュ技は特大の圧縮射撃魔法。雷神の放つ神槍だ。その一撃でレヴィを止める。

 

 二秒、三秒、と時間が流れるたびに膨大な数の槍が飛び交い。二人の少女が対峙し合う中心地は廃墟同然の様相を醸し出している。たった一秒という刹那の時間がフェイトには何分にも引き延ばされたかのように長く感じる。

 迎撃は間に合っていないけれど、フェイトは良く頑張ったほうだ。迎撃しきれなかったとはいえ、背後の建造物は崩落したりしていない。流れ弾によって壁が崩されたくらいで済んでいる。

 もし、周囲に人がいたとしたらぞっとする。一応、撃ち合いの中心部に魔力の気配や人の気配がないことは確認しているが、背後まで気を回せるほどの余裕がなかったからどうなっているのか分からない。誰も巻き込まれていないことを祈るばかりだ。

 四秒、これ以上はフェイトが耐えられない。ファランクスシフトを放てる限界時間。相殺するために魔法の威力を底上げし、いつも以上に魔力を込め、バルディッシュとの協力で術式を最大限以上に洗練させたのだ。胸のリンカーコアが疼き、痛みを訴えていた。無意識にフェイトはデバイスを握らない手で胸を押さえる。

 

「はぁ……はぁ、これで、終わりだ……スパーク」

 

 霞む視界、荒くなる呼吸、フルマラソンを走りきったかのように汗は止まらず、身体は火照り過ぎて熱いくらい。それでもフェイトは最後の力を振り絞ってバルデッィシュを握る右腕を震わせながらも振り上げる。生成するのは神の槍。雷の神が振るううような特大サイズのフォトンランサー。これにぶち抜けない障壁は存在しない。少なくとも今のフェイトなら、なのはを確実に撃ち倒せそうだった。

 それを投擲するかのごとくレヴィ目掛けて撃ち放つ。幸いにもレヴィのファランクスシフトも限界時間は四秒のようで、それ以上は撃ってこない。先制したのはフェイトの方。レヴィが後から特大の電刃衝を放っても遅い。術を防ごうとも展開したシールドごと打ち砕く。そして、レヴィも大規模な魔法の使用で消耗しているはず。フェイトも苦しいが向こうだって苦しい。回避などできるはずもない。

 

「エンド!」

 

 決まったとフェイトは確信していた。それが覆されたのはいつだったか。

 

「必滅雷神槍!」

 

 気が付けばフェイトの神槍は、それを上回る力を持ったレヴィの神槍で打ち砕かれ、そのままフェイトに雷神の槍が向かってくる有り様。フェイトは自身を愚かだと後悔する。どうしてレヴィがフィニッシュ技を放ってこないなどと考えたのだろう。 ふらつく身体と意識を保てないせいでよく分からない。考えるのも億劫だ。

 それからのことはスローモーションで流れて行ったのだけ覚えている。

 ゆっくりと迫る巨大な槍。自分を貫こうと迫るソレを見ながら、フェイトは無意識に避けようと身体を捻る。当然ながら間に合わない。

 ふと、誰かに突き飛ばされた。顔をあげてそちらを見れば燈色の髪をしたたくましい女性がフェイトに腕を伸ばしていて。彼女が自分の使い魔であり、大切な家族であるアルフだと。そして主人を助けようと突き飛ばしたのだと気が付くのに時間は掛からなかった。

 どうして、と思う。アルフにはレヴィと一対一で戦うから待機を命じていたはずなのに。

 

「フェイト逃げ……」

 

「アルフ!! いけな……」

 

 互いに手を伸ばし、神槍がアルフに直撃しそうなところで、フェイトの意識は一時的に途絶えた。

 

◇ ◇ ◇

 

 ボクはいま……誰を撃ち抜いた?

 頭に血が上って熱くなっていた自分が冷静になるのを感じると、心底恐ろしいくらいの寒気が襲ってきてボクは震える。

 あのフェイトを庇った女性。見覚えがある。ううん……見覚えがあるなんてどころじゃない。ボクは彼女を知っているだろう? ■■■のことを。大切な家族だったはずだ。でも、あのひとはボクの知ってる■■■じゃない。だって、■■■はいつだってボクを優先してくれて。だから、フェイトを庇う筈がない。

 そもそも、■■■はどうしていないんだろう。 ボクはおかしいと思わなかったんだろうか? 彼女がいないことに。最愛の使い魔が傍にいないことに疑問に思わなかったのだろうか? 違う、忘れていたんだ。なら、思い出そう。彼女がどうしているのかを。

 

 やめて、と心の中で声が聞こえた気がした。思い出しちゃダメと聞こえた気がした。だけど、ボクは思い出さなきゃいけないんだ。だって、■■■は大切な家族なんだから。忘れることなんてあってはならないから。

 

 思い出す。思い出す。彼女との過ごした日々を。

 死にかけていた■■■を拾って、助ける為にリニスに手伝ってもらって使い魔の契約を結んだ。ボクと■■■が寂しくないよう契約の内容はずっと一緒にいること。

 リニスが居なくなったとき■■■と一緒に泣いた。お腹が空いた。ご飯が無くなった。■■■がボクに負担を掛けない為に休眠モードの入って、それからボクは…………? どうしたんだっけ? 思い出せない。きっとどうでもいいことだ。

 それから、アルフが目覚めて母さんの病気を治すために一緒にジュエルシードを探しに行って、『なのは』と出会って、『アリサ』や『すずか』と出会って、『はやて』と出会って。それから、それから、病院で……見舞いに……

 

 それ以上はダメだよぅと声が聞こえる。五月蠅い、煩わしいと振り払う。思い出す。思い出す。病院で何があったのか。

 

 氷漬けにされる人々。ジュースを買いに一階に下りた『アリサ』は手遅れで、一緒について行った幼い■■■も……ドウナッタノ?

 

 

――そんな……うそだ。うそだよね。『アルフ』……? ちょっと眠っただけだよね? 寒い所だと眠くなるって、だから

 

――…………

 

――アルフ、目を覚ましてよ……

 

――…………

 

――あ、あ、あぁ、うわああああああああ!!

 

「あ、あ、ああああああああ!!」

 

 そんな、『アルフ』がいない!? 死んじゃったから……死んで? だから魔力リンクも感じないの!? あの夢にでてきた『アルフ』は? わたし、わたし、わたし! 訳が分からない! どういうことなの!? 助けて、誰か助けて! 『なのはぁ』!!

 あぁ! 『なのは』の魔力リンクも感じない! どうしよう、どうしよう、わたしひとりぼっちなのかな? 母さんも、リニスも、アルフも、『なのは』もいない。どうすればいいの!? 『アリサ』お姉ちゃんは!? 『すずか』は!? 『はやて』は!? そばにいてほしい人がいないよぅ!!

 

「みんな、どこ!? ずっとそばにいてくれるって……」

 

 あぁ、そうだ。わたしが傷つけたんだ。だから『アルフ』はいないんだ。わたしのせいで『アルフ』は。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 目元を真っ赤に腫らしながら水色の少女は怯えた幼子のように泣きじゃくる。もはや、憎悪も闘志もなく。そこにいたのはただの独りぼっちの少女。もはや、強くてすごくて、カッコいいレヴィの面影など何処にもいなかった。レヴィにとってアルフの存在はトラウマだ。彼女と出会うだけで心が耐えられずに戦意を失ってしまう。

 空を飛ぶ力も維持できず、廃墟に倒れ込むようにして降り立った『アリシア』は、ただ、ただ、廃墟の片隅で泣きじゃくる。ひたすらに謝り続ける。自分を攻め立てる少女の慟哭を止める者は誰もいなかった。 

 

◇ ◇ ◇

 

「フェイト、大丈夫、かい?」

 

「ぁ……ぁ、ぇ?」

 

 『アリシア』が泣きじゃくる廃墟のそう遠くない場所にフェイトとアルフは墜落していた。咄嗟にアルフがフローターフィールドで着地の衝撃をほぼ殺してくれたので目立った外傷はない。せいぜい二人の肌が攻撃魔法の余波でですすけた程度だ。

 もっとも、互いに防護服が見るも無残なほどボロボロになっていて。あの一撃はまさに致命打を与えるには充分すぎるほどの威力を秘めていた。二人とも意識を保つのが精一杯。とてもじゃないが戦闘行為などできるはずもなかった。そんな中でアルフは気力を振り絞って立ち上がると倒れ込んでいるフェイトに歩み寄る。フェイトもアルフに大丈夫と言おうとして違和感に気づいてしまう。

 

 声が上手く出ない。

 

 掠れたような声しか出せず、よくよく考えれば身体中のそこかしこが痺れて動かせないのだ。防護服によって重要な器官は守られたものの、それ以外は本当にピクリともしない。

 

「無理もない、よ。フェイト、フェイトが最後に何をしたか、覚えているかい?」

 

 フェイトに対して優先的にフィジカルヒールを行使しながら、最愛の主人の驚愕を勘付いたアルフがどうしてそうなったのか知っている風に言う。

 フェイトは思い出す。思い出そうとする。あの最後の一撃に対して自分は何をしたのか。

 

(確か……アルフを逆に庇って、それで……)

 

 そう、最後の一撃が決まる瞬間に、あろうことかフェイトはブリッツアクションでアルフを庇うように必滅雷神槍の前に躍り出た。そして防護服の防御性が比較的に高いマントを向けるよう、背中側からあえて直撃を受けたのだ。アルフよりも防御力が低いフェイトが喰らえばどうなるか、結果は火を見るよりも明らかで、こうしてフェイトは全身が痺れて動けない状態に陥っていた。

 

「もう、あんな無茶しないどくれよフェイトぉ……フェイトに何かあったらアタシはどうすればいいのさぁ……」

 

「ぁ……ぅ……」

 

 大粒の涙を流しながらフェイトが無茶無謀をしないようにと訴えかけるアルフにどうすればいいのか、金色の少女は分からない。ごめんなさいと言おうとしても声が出ない。涙を拭ってあげたくても腕が動かせず。念話もできないほどに魔力は消耗していて、どうしようもない。

 ふと、誰かの泣き声が聞こえた気がした。幼い子供の泣き叫びだ。アルフ以外にも誰かが泣いている?

 瞳を動かして横目で風景を見やれば一定の範囲内で廃墟と化した街並みが見える。その中で誰が何処で泣いているのかと探してみるも、そんな子供は見当たらない。比較的近くにいると思うのだが。

 悔しいと、フェイトは己の不甲斐なさを呪う。誰かが泣いているのを止められないのも、疑似的に作られた偽物とはいえ街がこうなったのもフェイトの責任だ。力及ばずレヴィの暴走を食い止められなかった。あまつさえ説得にも失敗している。

 

(強く、なりたい。もう誰にも負けないくらい。そうすればきっと……)

 

 想いだけじゃダメだ。暴走するレヴィだけじゃない。次元犯罪者全般から弱い人を守るためには、どうしても力が必要だった。大きすぎる力を止められるほどの抑止力が。理不尽な暴力から誰かを守るための力が。

 

(次は負けない。だから、いまは休もう。そしてアルフに謝るんだ。今度は二人でレヴィを……)

 

 フェイトは最後の気力を振り絞るかのようにして、痺れが残る右腕を伸ばすとアルフの涙をそっと拭う。そうして彼女の意識は今度こそ深い眠りへと堕ちて行った。

 


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