リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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●二頁 出発するマテリアル

 ディアーチェの宣言も終わり、皆の名前が決まった後に、少女たちは新たな方針を考えていた。

 

「まず、我らの目標だが時空管理局に対する復讐だ。異議のあるものは申し立てよ」

 

 ディアーチェの言葉に四人の守護騎士たちは驚かない。

 生み出された瞬間に少女たちは自身が何の為に生み出されたのか、その理由を知っているからだ。

 

「ボクは王様の意見に賛成。今すぐぶっ潰したい」

「私もディアちゃんについて行くよ。管理局のしたことは許せないから」

 

 ディアーチェの意見に賛成したのはレヴィとナハト。その目には姿に似合わない憎悪が宿っている。

 

「あたしは中立の立場を取らせて貰うわ。正直に言えば復讐なんて興味ないし、アンタたちが生きてれば、あたしはそれで良い」

 

 アスカは中立の立場。

 彼女にとっては復讐などどうでも良かった。

 生きている。それ自体が奇跡であり、現状には満足しているのだ。

 

 しかし、ここで反対意見を出したのはシュテルだった。

 

「私は反対です。現状で管理局と事を構えても勝ち目はないでしょう。それに、王の目標も達成できない」

 

 シュテルの言葉を聞いて信じられないといった表情をするレヴィ。

 一方でディアーチェは納得した表情をしており、アスカやナハトは興味半分といった顔でシュテルの言葉に耳を傾けている。

 

「なんでさシュテるん! ボク達には大いなる闇の力がある。もう誰にも負けない、何者にも屈しない力があるんだよ!」

 

 レヴィの反論にシュテルは全く動じず、言葉を切り返した。

 その表情は少しも変わっておらず、氷のように冷たい。レヴィはその表情を見て身体を身震いさせる。

 

「レヴィ。私たちは大いなる闇の力に生かされているだけです。闇の書の力は衰えていて、一瞬で星一つ滅ぼす力はありません」

 

「うっ……」

 

「それに、アスカとナハトは戦闘経験がなく、魔力資質もそれなりしかない。かつての守護騎士の力を継いでも、能力は確実に劣化しているでしょう」

 

「それは、えーと、えーと、ボクらがフォローしたり、鍛えてあげれば良いんじゃないのかな?」

 

「確かに鍛錬と実戦を積めば問題は解決するかもしれません。しかし、時間がかかりますし、いずれ管理局に見つかります」

 

「そんなーーー!?」

 

 惨敗だった。元より理を主とするシュテルに力を主とするレヴィでは勝ち目がない。

 がっくりとうなだれるレヴィ。この子はあと何度、この世界でうなだれるのだろうか?

 

「では如何にすれば良いか申してみよ」

 

 今度はディアーチェがシュテルに意見を聞く。

 彼女はたとえ反対意見だろうが、身勝手な意見だろうが背負う覚悟がある。

 それが、王として臣下に出来る最大限の信頼してもらう証であり、マテリアルズの意見をなるべく聞き入れ、願いを叶えることは、彼女にとっての償いようなものだ。

 

 アスカやナハトがレヴィを慰めている様子を横目で見つつ、シュテルはディアーチェに振り向いた。

 彼女は一瞬、ディアーチェを探るような眼で見ていたが、すぐに元の表情に戻ると、これからの行動の指針を淡々と述べる。

 

「そうですね、ディアーチェ。まず私達は生まれたばかりで魔力の貯蔵が少ない。大いなる闇の力を使って魔力を回復する手段もありますが、最後の手段として残しておくのが得策です。ここは周辺の………」

 

 淡々と意見を述べるシュテルは最後まで喋ることが出来なかった。

 ディアーチェが得心といった様子で嬉々として残りの意見を喋ったからだ。

 

「つまり、周辺の管理局員からリンカーコアを根こそぎ奪い取り、我らの力を蓄え、管理局に遠回しに攻撃する方針なのだな! さすが、シュテルよ! 理のマテリアルの名は伊達ではない!」

 

「どうだ? 我の言うとおりであろう?」と言いながら小さい胸を張る王様の様子にシュテルは呆れるしかなかった。

 

 慰められて元気を取り戻したレヴィなんか「スゴいよ!さすが、ボクらの王様だ!聡明でカッコいい!シュテるんも、いろいろ考えてるんだね!」なんて、呆れるアスカとナハトの真ん中ではしゃぎ出す始末だ。

 

 だから、そんな様子の二人に思わず、ドス黒い覇気をぶつけてしまったシュテルを誰が責められようか。

 突然、ディアーチェとレヴィを襲った悪寒は凄まじいモノで、バリアジャケットの温度調節機能を無視して寒さを感じさせ、背中に氷柱を埋められたように、ディアーチェとレヴィは背筋が固まって動かなくなった。

 

(不味い、不味いぞ! 我の頭が警鐘を告げておる……早く此処を離れなくては………)

 

(あわわ……アスカやディアーチェが怒った時のイヤな感覚だけど、それよりヤバいくらいの悪寒がするよ。早く逃げなきゃ………)

 

二人ともシンクロしたように固まり、逃げようとしてもバインドで身体中を締め付けられたように動かなかった。

 

「レヴィもお馬鹿さんでしたが、我らの王もお馬鹿さんでしたか……教育が必要ですね………」

 

 不意に、ディアーチェの目の前で底冷えするような声が響いた。

 シュテルの声だ。ただ、声のトーンがおかしい。

 普段のシュテルとは違い、声に静かな怒気が含まれている。

 

(我は何か失言をしてしまったのか!?恐ろしくて瞼も開けられん………)

 

 ディアーチェは自身が王であることも忘れて、ただ、ただ、震えた。

 恐れと不安が目の前の存在を直視することを拒み、目をつむる。

 一歩、一歩、ナニカが近づくたびに彼女の心臓は大きく跳ねて、冷や汗がどっと噴き出した。

 一方、レヴィは先ほどの様子とうって変わって、膝を抱え幼い子供のように震えた。

 

「レヴィちゃん!?しっかりして、気を強く保たなきゃダメだよ」

「えへへ~~、おじさんが手を振ってるよ。わ~~い………」

「トラウマね………」

 

 ナハトがレヴィを抱きしめて、安心させようと呼びかけるが、レヴィは虚ろな表情で誰かの幻覚を見ていて、反応がない。

 アスカがレヴィの目を見やれば光と生気がなく、うっすらと涙を流す瞳があるだけだ。

 

 そして、直視することも出来ないナニカがディアーチェの鼻先まで感じる距離に近づいたとき、不意に襲ってきたのは右頬に感じる鋭い痛み。思わず目を開けたディアーチェが見たモノは………

 綺麗な笑顔のまま頬をつねってきたシュテルの姿で。

 

「あの、シュテルさん?」

「ああ、何か? いえ、怒っていませんよ。怒っていませんとも」

(絶対、嘘であろう!?)

 

 普段から物静かな人が怒ると怖いという噂は本当だと思い知るのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「さて、説教も無事に終わりました。続きを話しましょう」

 

 何事も無かったかのように話すシュテルに対し、ディアーチェやレヴィは膝を抱えて座り、シュテルの言葉を真剣に聞いている。

 その眼は若干虚ろではあるが、生気はあるため問題ないだろう。シュテルは気にせず、言葉を続ける。

 

「まず、私達は二手に別れて行動します。そして、管理外世界で管理局に気づかれぬよう、魔力を収集するのが先決です」

「メンバーはどうするのシュテルちゃん」

 

ナハトの質問にシュテルは頷くと答えを返す。

 

「メンバーはサポート魔法が得意な私とナハトを分けます。レヴィとアスカはナハトとチームを組んでください。これは、接近戦が得意なレヴィがアスカを鍛えつつ、ナハトにはサポート魔法の熟練度を上げてもらう為です」

 

「なら、必然的に砂漠や荒野のような無人世界が適任ね。そういう場所なら管理局も滅多に近づかない。それに、初心者組と熟練者組に分けて目的に見合った行動をする訳ね。初心者組が魔法訓練なら熟練者組は時空管理局に対する情報収集といった所かしら」

 

 シュテルの答えに納得した様子で頷くナハト。

 

 聡明なアスカはシュテルの考えをある程度、先まで理解できたようだ。アスカの答えにシュテルは満足そうに頷くと話を続ける。

 

「その通りですよ、アスカ。私とディアーチェのチームは魔力を収集しつつ、管理局の末端局員から魔法で現在の時空管理局の情報を引き出します」

 

「以上が私の考える方針です。異議のある方は遠慮なく申してください」

 

 シュテルの考えた方針に納得しているのか、ナハトとアスカは異議なしといった様子。レヴィはニコニコして本当に理解出来たのかは怪しいところだ。

 そして、説教から一言も喋らないディアーチェだが、彼女は目をつむって真剣な表情で考え事をしていた。

 

「ディアーチェ?」

「王様?」

 

 シュテルやレヴィの呼び掛けにも反応をせず、微動だにしない。

 さすがに心配になってシュテルが精神系の治癒魔法をかけようと考えた所でディアーチェは静かに目を開けた。

 

「シュテルよ、お前の考えはよく分かった。その計画方針に我の願いを取り入れてくれぬだろうか」

 

 ディアーチェは命令ではなく、お願いといった。そこに含まれた強い想いを感じ取って、シュテルも真剣な表情でディアーチェと相対した。

 

「ディアーチェ。貴女の願いとはいったい?」

 

 シュテルの問いにディアーチェは深呼吸を一つすると絞り出すように声を出して、願いを口にする。

 

「管理局に対する復讐を実行する前に、地球へよってほしいのだ。我は、この身に残る未練を断ち切っておきたい」

 

 ディアーチェが語る切実の願い。それを聞き、他の四人は動揺を隠せなかった。

 誰が好き好んで自らの殺された地に行こうと考えるだろう。

 まして、シュテル、アスカ、ナハトの三人はともかく、ディアーチェにとっては嫌な思い出の方が多い。

 

 そしてレヴィには良い思い出を得て間もなく、全てを奪われてしまったトラウマを持っている。

 

 シュテルはレヴィに視線を向ける。

 彼女は動揺しているのか瞳が揺れていた。

 それを隠そうと表情を変えないようにしているから、見ているシュテルの方が、心が張り裂けそうになる。

 

「ディアーチェ。貴女は本当に地球を訪れる気です?貴女にとって、あそこはもう……忌々しい場所でしかないはずです。レヴィにとっても………」

 

 シュテルの問いかけにディアーチェは動じない。

 しかし、レヴィの様子を見て迷いが生じ始めていた。

 そんな様子のディアーチェを励ますようにレヴィが声を掛ける。

 

「ぼっ、ボクなら……大丈夫だから……だから、気にしないで話を続けて………」

 

 その声は震えていて、無理をしているのが一目瞭然だった。

 ディアーチェは苦々しい表情をしながら言葉を続ける。そこには幾分かの後悔と多大な自責の念が含まれていた。

 

「王たる我が臣下に対する配慮も出来ぬとは……レヴィ、すまぬな。だが、地球を訪れることは皆にとって必要なこと。最後は嫌な思い出しかなくとも、シュテル、アスカ、ナハトにとってあの地は故郷だ。未練がないわけではあるまい?」

 

「ディアーチェ………」

「王……アンタ………」

「ディアちゃん……わたし達のために………」

 

 ディアーチェの地球に訪れる考えがシュテル、アスカ、ナハトの為だと知って、複雑な表情を浮かべる三人。

 そんな中でシュテルは思った。

 

(この娘はどこまでも優しすぎる。家族を思いやり、自身を犠牲にしてまで家族の幸せを願う。やはり、はやてには復讐は似合いませんね)

 

 できれば、再び彼女に優しい温もりと小さな幸せを。

 決して叶わぬ願いと知りつつも、そう願わずにはいられないシュテルだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 ディアーチェ達がこれから行動する指針を決めた後、彼女たちは二手に分かれる前に、試合に挑む選手達の様に円陣を組んでいた。

 出発直前になってレヴィが「せっかくだから、この日、この場所でボクらの宣誓をしよう」と言い出したのがきっかけだ。

 おかげでディアーチェは悪い意味での王の気質が発動して、「ならば盛大に演出してやろうではないか、名も無き白銀世界よ、我らの旅立ちを祝うが良い!」なんて言う始末。

 

 無駄な事に魔力を使う王に、シュテルやアスカは盛大に呆れるしかなかった。

 

 そして、王の演出によって紫天の書を中心に漆黒の魔力光を放つベルカ式の魔法陣。それが回転しながら少女たちの足元を照らしている。

 

 五人の少女たちは自らのデバイスや装備を取り出す。

 ディアーチェは十字杖エルシニアクロイツを。

 レヴィは戦斧バルニフィカスを。

 シュテルは魔杖ルシフェリオンを。

 アスカは影打ち・紅火丸(べにひまる)を。

 ナハトは漆黒のドレスグローブ・シャッテンを着けた右腕を。

 少女たちは円陣の中心で重ね合わせた。

 

 少女たちは自らに語りかけるように宣言する。

 数百年の時を経て味わった苦しみと積み重ねられた怨念を忘れぬように、身体に再び刻みつけるように。

 

 シュテルが静かに告げる。

 

「私たちは還ってきました。あの何も見えぬ虚数空間。そして、ただ、ただ、寒かった氷の檻から復讐するために………」

 

 シュテルが隣に入るアスカに視線を向けると、アスカは頷いて言葉の続きを告げる。

 

「アタシ達は……まあ、恨むわね。九を救うために壱を犠牲にした時空管理局を、理不尽をアタシ達に押し付けた運命を」

 

 アスカは、何処か言いよどみながらも、目の前にいる真剣な表情をしたレヴィに言葉の続きを託す。

 

「ボクら絶対に許さない!今まで善人面してボクらを騙し!永遠に近い奈落の底に封印したギル・グレアムを許さない!」

 

 激しい憎悪と憤怒の表情で告げるレヴィから言葉の続きを受け取ったのはナハト。

 彼女は無表情だが瞳に静かな憎悪を宿していた。

 

「私たちの王を闇の書諸共、永遠の氷で封印したあげく、罪無き病院の人たちまで巻き込んだリーゼ姉妹! 私はお前たちを必ず償わせてやる!!」

 

 言葉に込められた憎悪はレヴィ以上なのか、普段の優しい少女の面影は無くしたナハト。

 そして、最後に告げるは王たる少女。

 闇の書の呪いをその身に背負い、多くの人々の命を背負った彼女はもっとも力強い声で宣言する。

 彼女の決意が少女達の中で一番強いだろう。

 

「我らは必ず復讐を果たすであろう! その為に我らは果てしない時を経て還ってきたのだ! 我らに大いなる闇の、いや、管理局ですら砕けず、永遠の時を経ても朽ちる事のなかった、『砕け得ぬ闇』の加護があらんことを!」

 

 王の宣言と共に水色、金色、紫色の魔力光がどこかへ飛んでゆく。

 予定通り何処かの無人世界へと転移したのだ。

 転移経験の豊富なレヴィが二人を先導しているから、迷う心配も無いだろう。

 

 残されたシュテルは佇む王を黙って見つめる。

 ディアーチェは、消えていった魔力光を静かに見つめていたが、シュテルの視線に気が付くと儚く微笑んだ。

 

「王よ、迷っているのですか?」

 

 シュテルの問いかけにディアーチェは答えを返す。

 

「ふふ、お前には隠し事は出来ぬな、確かに我は迷っている、いや、後悔しているのだ」

 

「復讐する事ですか?それとも………」

 

 しかし、シュテルの続く問い掛けは最後まで言えなかった。

 ディアーチェの右手がシュテルの口を塞いだからだ。

 

「ディアーチェ!? 何を!?」

 

 ディアーチェの突然の行動に驚き、困惑するシュテル。

 だが、もがき右手を振り払おうとするシュテルは、次のディアーチェの言葉で凍りついた。

 

「だが、迷っているのはお前も同じであろう?シュテルよ」

 

「それは!!?」

 

「我が気付かぬと思わなかったか? お前たちとは深い所で繋がっているのだ。故に我はお前たちの全てを知っている」

 

「っっッ!」

 

 シュテルは咄嗟に右手を振り払うと、全力で後ろに下がる。

 そして、ルシフェリオンを油断なく構えた。

 

(まさか、私の迷いに気が付かれるとは! 迂闊でした。だとすれば私の復讐に対する関心の無さにも気が付いているでしょう。些か早いですが、ここで、王とは袂を分かつ運命なのでしょうか?)

 

 シュテルはマルチタスクで今後の展開を考えながら王を見つめる。

 ディアーチェは余裕なのか悠然と構えながら動こうとしなかった。

 それどころか、肩が震えていた。まるで、笑いを抑えられぬように。

 シュテルは訝しげにディアーチェを見ていたが、ついに堪えきれなくなったのかディアーチェは王の威厳を忘れ年相応に腹を抱えて笑い出した。

 

「ククッ、あっはははッ!あーー、おかしくてたまらん。あのシュテルが動揺する顔!」

 

「………はい?」

 

 してやったり、という顔をするディアーチェの姿にシュテルは思考がオーバーフローしていた。

 展開していたマルチタスクの全てが同一の思考に染まり、疑問符を浮かべている。

 そんなシュテルの様子に答えを出したのは他ならぬディアーチェ自身だった。

 

「まだ分からぬか?お前は騙されたのよ。我はお前たちと深い所で繋がってなどおらぬ、ただ、シュテルが勝手に勘違いして自爆しただけよ。だいたい、我はお前たちのプライバシーを監視する気など無いわ!あーっはっはっはっ………」

 

 まだ抑えられない笑いを必死に堪えるディアーチェが語る言葉の意味。

 それをゆっくりと脳内で理解した瞬間、シュテルは雪上に膝を突いてうなだれた。

 

「私って本当にバカです………」

 

◇ ◇ ◇

 

 何とか気を取り直したシュテルは再び王と対峙する。

 したり顔で腕を組んでこちらを見るディアーチェに、いつか必ずOHANASHIする事を心に刻みつけながらシュテルは脱線した話を戻した。

 

「この際、お互いの迷いの内容は捨て置きましょう」

「ククッ、また、先程のようになるからか?」

「今すぐOHANASHIしましょうか?」

 

「まてっ!我が悪かった!この通りだ!」

「よろしい」

 

 シュテルのOHANASHI宣言にすぐさま土下座するディアーチェ。ヒエラルキーは簡単には覆らない。

 シュテルが咳払いを一つして気を取り直している間に、ディアーチェもすぐさま元の体勢に戻る。

 

「ではディアーチェ、これからどうするか分かっていますか?」

「地球に向けて転移しながら適当に魔力を集める、そして管理局の情報を奪うのよ」

「その通りです。しかし、レヴィ達は魔力を集めるのが上手くはいかないでしょう。その分、私たちが働く事になります」

 

「臣下が王を働かせるなッ! と言いたい所ではあるが、臣下の尻拭いも王の務め。仕方あるまい」

「王のご足労、傷み入ります。全ての準備が整い次第、王の手を煩わせないように致します」

「期待している」

 

 シュテルはディアーチェとのやり取りをしながら、片手間に転移魔法の準備を終わらせていた。

 シュテルの元になった二人の人物。『なのは』とシャマルのおかげで、この程度の魔法操作は造作もない。

 朱色のベルカ式魔法陣が足元に展開する光景の中、不意にディアーチェが思い出したように呟いた。

 

「そう言えば忘れておったが、シュテルよ」

「何でしょう?」

「先程、右手でお前の口を塞いだときにプログラムに細工をしておいた。寝るときは楽しみにするが良い」

「はい?それはどういう………?」

 

 しかし、シュテルの言葉は最後まで言えなかった。転移魔法が発動したのだ。

 たが、最後にディアーチェが言った言葉は読唇術でなんとか分かった。

 

(夢の中でユーリと楽しくな? ユーリとはいったい?)

 

 シュテルの疑問は夢を見るまで分からなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

 転移する感覚に包まれた中でディアーチェは後悔して、ため息を付いていた。

 シュテルの言ったことは的を得ていて、それに驚いてしまい、話を逸らすために嘘を吐いたことも後悔している。

 しかし、それ以上に皆に対して隠し事をしている自分自身にも後悔していた。

 

 また、守護騎士の隠し事を聞こうとして聞けなかった時のように、踏み出せなかったのだ。

 

(――我はいつまで経っても愚か者だ………)

 

――王よ、迷っているのですか?

 

 シュテルの言葉が頭のなかで反芻(はんすう)される。

 そう、ディアーチェは迷っていた。

 己の身体を蝕んでいる闇の書の闇が残っていて、刻一刻と命を蝕まれていることを伝えるべきかどうか。

 

 けれど、どうしても言えなかったのだ。

 シュテルには冗談を言ったかのように、他のマテリアルズと繋がっているといったが、あれは本当のことだ。

 

 紫天の書のマテリアルとして目覚めた彼女たちの心は知ろうと思えば、何となくだが分かる。

 その想いを知ってしまった今では、なかなか言い出せなかったのだ。

 

 シュテルは、後悔しているようだった。なのはだった時、彼女は魔法の力を使って誰かを救おうとしていた。

 けれど、結局は闇の書からディアーチェを救えず、あまつさえ一部とはいえ管理局に陥れられたのだから、彼らに失望している。

 

 しかし、復讐することが何をもたらすのか、知っているようで、密かに他のマテリアルズを復讐させまいと、色々と考えているようだ。

 その決意は強く、たとえ、他のマテリアルズを裏切り、敵に回したとしても、自らを犠牲にしてでも止めるつもりだ。

 

 レヴィは、明るく振る舞ってはいたが、心の底では泣いているようだ。

 自らの半身ともいえる使い魔のアルフを失ってしまった悲しみと、守ると誓っておきながら、母親も親友も守れずに誓いを果たせなかった悲しみで泣いていた。

 

 だから、今度こそ、三度目は誰も失わずに守ろうとする決意が強い。

 管理局に対する復讐も肯定的なようで、アルフと親友を奪ったことに対して酷く怒っていた。

 ディアーチェに対する信頼も厚いようで、彼女は最後までディアーチェの傍についてくるだろう。大切なモノを守るための誓いを果たす為に。

 

 アスカは、どちらかと言えば、復讐に対しては否定的なほうか。

 彼女は訳も分からず、一瞬にして封印されたためか、あの時の記憶が曖昧なようで、因縁は残っていない。

 むしろ、復讐なんてせずに、静かに暮らしていたいという望みが強く、家族にも会いたがっていた。

 

 だから、ディアーチェはシュテルの方針にお願いしたのだ。彼女の望みを叶えるために。

 しかし、ナハトの隠し事を異様に気にしていたのが、ディアーチェには気がかりだ。

 いったい、アスカはナハトの何を心配しているのだろうか?

 

 ナハトは、復讐に対して肯定的でも否定的でもなかった。ただ、漠然とした不安感だけが心の中で渦巻いていた。自らの秘密が親友にばれないか不安に思っているようだ。

 その秘密が何なのか分からないが、ディアーチェはナハトの方から秘密を打ち明けてくれるのを待つつもりだった。

 

 彼女たちの心を勝手に覗いたことは、悪いとディアーチェは感じている。

 しかし、不安だったのだ……

 慕っていたギル・グレアムに裏切られたこともあって、他人をなかなか信用できなくなっていた彼女は、親友でも信じきることが出来ないでいて。

 

 それがまた、ディアーチェの良心を苦しめる。

 

 だから、覗いてしまって、後悔して、強い決意を抱いている親友達に、迷わせるような悩みを言い出せなくて、どんどん悪い方向へと進んでいる。

 それが、再び過ちを繰り返す結果に繋がると分かっていても、前に踏み出す勇気が今の彼女にはない。

 

(我は……どうすればいい……? リィンフォース……)

 

 結局、ディアーチェは自問自答を繰り返すだけで、答えを出すことが出来なかった。


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