リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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〇幕間4 真実の断片

 海鳴市のビルがたくさん並んだオフィス街。そのとあるビルの屋上にてアスカは四肢を緑の輪っかで拘束され、緑色の鎖が逃すまいと手足を伝いながら全身に巻かれ、がらん締めにされて捕らわれていた。まるで十字架に張りつけにされたかのような格好だ。ユーノのリングバインドとチェーンバインドによる拘束は強固であり逃げ出すことは不可能に近い。アスカも諦めたかのように大人しくしているが、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。なんというか全てをやりきったかのような満足した表情である。

 それも、そのはずアスカは良く抵抗したと言えるからだ。なのはが万全な状態ではないとはいえディバインシューターによる後方からの援護射撃。前線にでてきたユーノによる各種バインドの弾幕の嵐。特にチェーンバインドは蛇のようにうねり、執拗にアスカを追いつめた。アスカの攻撃はことごとくユーノの鉄壁の防御陣によって無効化され、なのはを狙おうにもユーノがそれをさせず、隙を見せればバインドで捕らわれるギリギリの戦いだったのだ。

 結局、彼女は猛攻ともいえる魔法の前に耐えることができず、こうして捕まってしまったわけだが良く健闘した。魔法の才能でなのはとユーノに圧倒的に劣るにもかかわらずニ対一の状況で数分に渡って戦い続けたのだから。

 いくら無限の魔力を供給されて不死鳥の如く再生できると言っても、拘束された状態では意味を為さず、抵抗しようにもバインドに何らかの術式が施されているのか力を発揮できないのだった。何でも対魔法生命体用に調整された術式らしく、必要以上に傷つけることもないらしい。これで非殺傷設定と同等の効力を発揮できるわけだ。なのはのデバイスにもユーノから同じものがインストールされている。

 なのははユーノに治癒魔法を施されながら申し訳なさそうな表情でアスカを見ていた。たぶん、正々堂々と戦わずにニ対一で戦って勝ったことに納得がいかないんだろう。あのまま戦っていれば確実にアスカが勝利していたのだ。

 

「アタシの負けね……約束どおり答えられることなら何でも教えてあげるから」

 

「アスカちゃん、でも……」

 

「気にすんじゃないわよ。なのは。どんな形であれアタシは負けて、アンタは勝ったのよ? むしろ誇りなさいな」

 

 気落ちするなのはにアスカは清々しいくらいの微笑みを向ける。どんなときでも凛として変わらない『アリサ』という少女は、たとえ負けたとしても潔く堂々としている。その態度と高貴な者が持つ特有のカリスマと相まって見惚れてしまうくらいに美しい。さすがは将来、上に立つはずだった社長令嬢といったところか。

 アスカの笑顔に当てられたのか、顔をあげてようやく、はにかんだ笑顔を浮かべるなのは。そうだねと言って胸を張ると、アスカの正面。目と鼻の先とは言えないまでも結構なところまで近寄った。約束通り、お話するために。

 

「ねぇ、アスカちゃん。どうして局員さんと戦うの? なんで、彼らを憎んでいるの?」

 

「…………沈黙も答え、と言いたいところだけど約束したとおり教えるわ。でも、ちょっとだけ決心する時間をちょうだい?」

 

「うん、いいよ」

 

 なのはの了承にアスカはありがとうと頷く。そして、どこか泣きそうな瞳、悲しそうな表情を浮かべて遠くを見るように夜空を見上げた。アスカの視線の先ではディアーチェと守護騎士、そして介入を始めた時空管理局が戦っている。

 やがて、アスカは首をがっくりと落して盛大なため息を吐くと静かに語り始めた。管理局に戦いを挑む訳を。自分たちがどういった経緯をたどったのかを。

 

「始まりは今から約三週間後のクリスマスイブだった」

 

「えっ、でも、今日は一二月二日……」

 

「話は最後まで聞きなさい。そこでアタシ達は八神『はやて』って言う女の子のお見舞いを兼ねてクリスマスを祝うつもりだったのよ。アンタもその子の鍋パーティーに誘われたでしょう? 交差した髪留めが特徴的な女の子」

 

 なのはは交差した髪留めの女の子に心当たりがあった。この二週間、できるかぎり傍にいて一緒に日常を謳歌した女の子。白銀のような髪で毛先を黒く染めた彼女は紫色の同じような髪留めをしていた。いつもは温和な態度(恐らく演技だったんだろう)なのにからかうと尊大で偉そうな態度をする彼女は名をディアーチェと言ったか。

 

「あっ、もしかして」

 

「その通りよ。彼女こそがディアーチェであり八神『はやて』。そして、アタシはアスカであり『アリサ』・バニングス。アンタの親友のアリサと同一人物よ」

 

「まさか、君たちは未来の並行世界からやってきたとでもいうの?」

 

 ユーノの言葉にアスカはこくんと頷いた。アタシ達も予想の域を出ないけどねと言いながら。

 これは一大事だとユーノは唸る。管理局の予想ではマテリアルの少女たちをロストロギアがコピーした魔法生命体だと思い込んでいた。しかし、並行世界からやってきた来訪者だとすれば話は違ってくる。暴走したロストロギアではなく。ロストロギアに巻き込まれた被害者だという事だ。

 

「そして、この世界にも当然、八神はやては存在する。彼女は闇の書の主だったらしくてね。書の呪いが原因で足が不自由だった。何かと生活に困るのは想像がつくでしょ? そこを偶然助けたのが『すずか』たち。それが縁となってアタシも友達になった。この世界もおんなじような経緯をたどったみたいだけど」

 

「アスカちゃん。すずかたちって?」

 

「付添いがいたのよ。それがアタシの世界の『なのは』と『アリシア』だった。ああ、この世界じゃフェイトだったかしらね。ん? どうして名前がフェイトなのかって? 説明しなくていいわよ。他人の過去を詮索する趣味はないわ。で、仲良し四人組メンバーはプレゼントを用意して海鳴大学病院に向かって……それで……」

 

「それで……どうなったの?」

 

「ごめん。詳しくは知らないのよ。途中まで最高に楽しいクリスマスだった。はやても、守護騎士のみんなも、アタシ達も笑っていた。アタシは寒い季節だから温かい飲み物が欲しいだろうって気を使って一階の自販機までの飲み物を買いに行って……そこから記憶がないわね」

 

「そっか」

 

「でも、確かなのはアタシ達は時空管理局に殺されたってことよ」

 

「うそ……だって、時空管理局はロストロギアや災害から人々を護る警察官だって。そんなことするはずないの!!」

 

「事実よ。でなければレヴィやナハトがあそこまで恨むはずないもの。それに闇の書は危険なロストロギア。そうでしょ? ユーノ。アンタの方が詳しいだろうから教えてあげなさい」

 

 なのははアスカの言葉を認めたくないように首を振る。ジュエルシード事件の時、リンディ提督やクロノは親身になってなのはの世界をロストロギアの脅威から救わんと頑張ってくれた。事件の犯人であるにも関わらずフェイトを助ける為にいろいろと便宜を図ってくれた。そんな良い人たちがロストロギアを封印するために他の人を犠牲にするなど信じられなかった。

 アスカは何を言っても無駄だろうと悟ると、第三者のユーノに説明を求めた。闇の書の危険性はアスカもディアーチェやシュテルに説明されて理解している。世界を滅ぼして回った有名なロストロギアだと。ならば、魔法が使える管理世界の出身である彼も闇の書の脅威を充分に知っているだろう。そして、そんなロストロギアを前にして管理局がどんな行動をとるのかも。

 

「闇の書がこんなところにあったなんて……」

 

「ユーノ君、闇の書ってなんなの?」

 

「闇の書は第一級封印指定のロストロギア。数多の次元世界を渡り歩いては滅ぼしてきた災害。見つけたら即座に封印しなければいけないシロモノなんだ。そして、その災害はずっと昔から続いている。一説には管理局が創設される前からも。なのは。そんなロストロギアの被害にあって家族や友人を奪われた人はどう考えると思う?」

 

「そのロストロギアのせいだって悲しんで、まさか……」

 

「恨みを抱くだろうね。管理局にも闇の書の被害に遭った人は多い。強硬手段に出た可能性はある。君たちは殺された復讐をするために、こんなことを?」

 

「復讐したいって子もいるけど、生憎と復讐のせいで人生をめちゃくちゃにされた子が居てね。その子のおかげで復讐はなんとか止められた。どっちかといえば、最悪の未来を回避するために行動してる。このままいけば同じような未来を迎えるかもしれないから。アタシが言えるのはここまで。他にもいろいろとあるんだけど、個人に関わることだから教えられないわ」

 

「だったら今からでも、遅くはない。投降して僕達と協力してくれないかな」

 

「そうだよアスカちゃん。みんなで考えた方がきっといい方法が見つかるの! それに、なのはたちがそんなことさせないから!!」

 

「無理よ」

 

 ユーノ達の申し出をアスカはきっぱりと不可能だと断言する。それこそ迷いなく二の句も継がせないような迅速さでもって。

 ユーノは困惑した表情を隠しきれず、なのはは納得がいかないような顔だ。なんでなのとアスカを涙目で問い詰めてしまうくらいに狼狽えている。

 そんな二人に対してアスカの言葉はまさに冷や水を浴びせるようなほど、淡々としていて冷酷な一言だった。

 

「じゃあ聞くけど、アンタたちは殺した組織に協力してくださいと言われて、はいそうですかと頷けるのかしら」

 

「あっ……」

 

「それは……でも……」

 

 無理だろう。一度殺された身だ。しかも、闇の書と同等クラスの危険物を抱えている。再び封印するために殺されるのではと疑うだろう。そうでなくても抱いた恨みが消えるはずもなく、警戒して疑心暗鬼に陥るのは必然と言える。

 なのはもユーノも、同じ境遇になったらと思うと、何も言い返すことはできなかった。

 

「どっちにしろ上手くいかないのは目に見えてる。だったらアタシ達は独自の方法で未来を変える。そして、邪魔するならたとえ管理局も、守護騎士も、友達のアンタ達だって容赦しないわ! と凄んでみても無駄ね。アタシは負けたんだから。ねぇ、なのは」

 

「なにかな……アスカちゃん」

 

「この真実はまだ優しい。けど、これから待ち受ける真実はもっと残酷でアンタを傷つけるわよ? それでも、アンタはアタシ達に立ち向かうの?」

 

「心配してくれてるの?」

 

「べ、別に、アンタが心配でいってるわけじゃないわよ! ただ、邪魔されるのが癪だから脅して家に帰らせようとしてるだけ。そう、きょーはくよ。脅迫!」

 

「そっか、ありがとね。でも、やっぱりアスカちゃん達のこと放って置けないよ。間違いを犯さないように止めてあげたいし、困ってるなら力になる。だから、わたしは立ち向かう」

 

「……そう、だったら何も言わないわ。まっ怪我しないように気を付けなさい」

 

 それだけを言い残すとアスカは何も言わなくなった。もう話すこともないんだろう。

 

「行こうユーノ君。こうなったらディアちゃんを力づくで説得するの」

 

「あっ、待ってよなのは」

 

 なのはとユーノはアスカを置き去りにしたままディアーチェの元へと飛び去って行く。まあ、妥当な判断だろうアスカ単独では逃げ切れないし、そもそもユーノのバインドが強力過ぎて解除できないのだ。レヴィとナハトは助けに来れる状況ではない。ディアーチェも同様。たとえ助けに来たとしてもアスカはお断りだった。小さなことで大事なことを失敗してほしくないから。

 せいぜい、アスカに出来ることは祈ること。すべてがうまくいくように。そして。

 

「頑張んなさいよ、なのは。アンタが辛くて苦しい現実に押しつぶされないことを願ってるわ」

 

 この世界の大事な親友が残酷な現実に壊されてしまわないように。アスカは祈り続ける。

 

 


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