リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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〇火の鳥の騎士

『マスター! 避けてください!!』

 

「っ……!?」

 

 高町なのははレイジングハートの警告を受けて上空から飛来する魔力の斬撃波を次々と交わしていく。フェイトには及ばないがなのはだって飛行適正は高い。まだまだ粗削りながらも紙一重で攻撃をすれすれで避け、避けきれないものはシールドで弾き飛ばす。

 それでも飛来する魔力の斬撃波止むことを知らない。三日月状の炎を纏った刃。それが無数になのはを切り刻まんと迫ってくるのだ。

 なのはは持前の空間認識能力で自分と相手の距離や位置を直感で掴み取る。すると、レイジングハートの切っ先を向けて魔力を収束させた。

 

「誰だか知らないけど、出てこないならこっちだって――」

 

『ディバイン――』

 

「お返しだよ!!」

 

『バスター』

 

 桃色の魔力を杖の先端に収束させてぶっ放す砲撃魔法。なのはの十八番であるディバインバスター。それは飛来する魔力の斬撃を纏めて呑み込むと、そのまま攻撃を行っているであろう魔導師に直撃したはずだ。確かに手ごたえはあった。

 けれど、それでもなのはは警戒を緩めてなどいない。本能というべき部分が告げているのだ。相手はまだ倒れてはいない、向かってくると。

 その認識は正しかった。なのはの上空で爆発したかのように炎が膨れ上がり、そのまま巨大な塊となって突っ込んでくるのだ。砲撃で撃ち抜くか、シールドで防ぐか、素早く回避するか、なのはのとれる行動は三つ。そして、なのはは避けることを選択した。

 砲撃形態のレイジングハートを構えたまま、なのはは落下する炎の塊に巻き込まれないよう後ろへと下がる。だが、燃え盛る炎の音と共に通り過ぎた塊から、人影が飛び出してきて刀を振り上げ、向かってくるではないか! 

 

「くぅっ……」

 

 炎の中から人が飛び出してくるなんて予想外もいいところだが、なのはは何とか攻撃を凌ぐことができた。両手でレイジングハートを握りしめて刀の刃を受けとめ、鍔迫り合いになる。押し合う力は拮抗しているのか、互いの得物がカタカタと震える。

 

「こんばんわ。なのは? ダメじゃない良い子は寝てる時間よ?」

 

「えっ……アリ、サちゃん? きゃっ!!」

 

 だが、聞き覚えのある声で目の前の人物から話しかけられて、なのはは戸惑い一瞬だけ意識を逸らしてしまう。そのせいで力の緩んだなのはは押し切られ弾き飛ばされてしまった。それでも、相手の顔を見ようと向けた視線は逸らさない。

 間違いなかった。なのはと戦っている魔導師は友達のアリサ・バニングスだ。防護服が黒くて夜の闇に溶け込んでいるせいで認識しづらいが、なのはが羨むほどの見慣れた金髪に、とっても綺麗な顔立ちは心当たりがあり過ぎる。

 まったくと言っていいほど、なのはは訳が分からなくなった。どうしてアリサがなのはに立ち向かってくるのか、そもそも彼女が魔導師だなんて、なのはは知らない。アリサも魔法とは縁が遠いはずだ。そうでないならば念話を傍受して彼女のジュエルシード事件に巻き込まれていたはずだから。

 そんな、なのはの混乱をよそにアリサらしき人物は追撃の手を緩めなかった。一切の容赦も慈悲もなく全力で襲いかかってくる。構えた刀の切っ先を向けて突進。いわゆる平突きと呼ばれる技だ。

 アリサに良くの似た少女のの背中から爆発するようにあふれ出す炎。それは翼となって羽ばたき、彼女を凄まじい勢いで加速させる。その炎の輝きが闇の中では一層眩しく感じられて、なのはは思わず目を細めた。なのはは拙いと思考する。このままではやられる。

 

『プロテクション』

 

「ちっ、硬いわね」

 

 その窮地を救ったのは他ならぬレイジングハートだ。設定されている自動防御を独自の判断で展開。桃色の障壁が刀の切っ先を阻んで、なのはを傷つけることを許さない。

 再び互いの力が拮抗する。

 

「ねぇ、アリサちゃんなんでしょ? どうしてこんなことするの? 答えて!!」

 

 なのはは真摯な瞳でアリサらしき人物に問いかけると、彼女は静かに首を振る。

 自分はアリサではないと否定する。

 

「私はアスカ・フランメフォーゲル。紫天の書のマテリアルにして、抑制の欠片をつかさどる者」

 

「どういうことなの」

 

「分かりやすく言えば、同じ姿をした別人。そしてアンタが追いかけているディアーチェの友達で、アンタの行く手を阻む敵だってことよっ!!」

 

 そこまで聞いてなのはは思い至った。フェイトやクロノから聞かされていた、自分や友達によく似た少女たちが管理局員を襲った事件。恐らく彼女が犯人なのだろう。

 そして、ディアーチェという少女のことは分からないが、何となく高町家に居候していた高月ゆかりのことだと察する。ディアーチェ、それがゆかりの本当の名前なのだろうか? いずれにしても目の前の少女がゆかり。この際ディアーチェと呼ぼう。ディアーチェの関係者であることは間違いない。

 ならば、やることは決まっている。事情を聴くことだ。どうしてディアーチェが悲しい瞳をしていたのか、高町から家出することにしたのか聞き。できれば力になってあげることだ。

 

「アリサちゃ……」

 

「違うわよ。アタシはアスカ」

 

「あっごめんなさい。その、アスカちゃん教えてほしいの。どうして局員さんを襲ったのか。ゆかり、じゃなくてディアちゃんが何を抱え込んでいるのか。困っていることがあるなら、なのはも力になる。あなた達を助けたいの。だから……」

 

「その必要はないわよ」

 

「っ……どうして?」

 

 しかし、差し伸べた手は払われ、なのはのお願いも、申し出もきっぱりと断られてしまった。

 まさか、拒絶されるとは思ってもいなかったなのはは悲しげに瞳を揺らめかせる。まるで、アリサ本人から絶交でもされた気分みたいになって泣きそうだ。

 そんな、なのはの姿を見てあからさまに罪悪感で顔を歪めたアスカは、ああ、もうっと叫んで苛立つように頭を振る。

 

「別にアンタのことが嫌いだからってわけじゃない。むしろ逆で親愛の情も抱いている。『なのは』としてではなく、なのはとしてね。でも、だからこそアンタに関わってほしくないのよ……」

 

 そう告げるアスカの表情は、ものすごく辛そうだとなのはには映った。色々と感情を押し殺した雰囲気はかつてのフェイトにそっくりだ。

 だからこそ高町なのはにも譲れないし、引き下がることも出来ない想いがある。親友とは別人と言われても、姿や浮かべる感情に言動。何か何までアリサにそっくりな少女を放って置くという選択肢は存在しない。

 なのはは助けたいのだ。アリサとよく似たアスカという少女も、フェイトとよく似た少女も、短い間だったけど一緒に過ごしたディアーチェも。

 

「でも……」

 

「はぁ……納得いかないって顔してるわね。じゃあ、賭けをしましょう?」

 

「賭け?」

 

「そう、アタシが勝ったら二度と関わらない。アンタが勝ったら全てを教える。どうかしら?」

 

「……約束だよ? 私が勝ったらぜんぶお話してもらうんだから! あなた達が何を抱えているのか全部!!」

 

「上等!! そう簡単に勝てると思わないことねっ!!」

 

 鍔迫り合いの状態から一転。なのはは叫びと共にアスカの懐へと踏み込んで体当たりを行う。そのまま勢いよく両手で握ったレイジングハートを振り払い彼女を吹き飛ばす。自らも後退することで距離を取ろうとする。

 刃を交えたのは一瞬だけだが、戦ってみた感じではアスカが接近戦を得意とするようだ。ならば、距離をとって相手の苦手なロングレンジから攻めるのは定石ともいえる。それに遠距離からの砲撃はなのはのもっとも得意とする魔法。

 まずは、再び突撃を敢行してクロスレンジへと詰め寄るアスカを足止めする。

 

「ディバインシューター。いっけぇ!!」

 

 杖を振り上げ、瞬く間に周囲に生成される桃色の誘導弾。その数は六つ。今のなのはが完全制御できる最大数。

 そして杖を振り降ろすと同時に誘導弾はまっすぐアスカへと向かう。避ければ再追尾してしつこく追いかけまわすし、シールドで防いで足を止めようものなら、そのまま撃ち貫くのがなのはの算段。

 既に砲撃形態へと移行したレイジングハートの先端に魔力が収束し始めている。放つ魔法は十八番のディバインバスター。

 

 けれど、アスカが取った行動はなのはにとって予想外もいいとこだった。

 

「はあ! でや! ふん! せい!」

 

 炎の翼を大きく広げたままなのはに向かうアスカは、誘導弾を気にするそぶりも見せず速度すら落とさない。むしろ、加速したようにすら見える。右手には振り上げた紅火丸。左手にはいつの間にやら抜き放っていた紅火丸の鞘。漆喰で黒塗りされたかのような鞘だ。

 裂ぱくの気合とともに、そのまま向かってきた誘導弾を紅火丸ですれ違いざまに二発切り払い。炎の翼で二発を逸らして焼き尽くす。そこまでは良い。

 

「うそっ!?」

 

 だが、鞘であろうことか誘導弾を打ち返すのは非常識にも程がある。いままで経験したことのない事態に狼狽えたなのはは回避すべきか防ぐべきか迷ってしまった。

 打ち返された誘導弾は緋色に魔力光を染めて、まるでアスカに乗っ取られたかのよう。さらなる加速度をもって本来の術者へと牙をむく。もはや、誘導弾というよりは直射弾。それもフェイトのフォトンランサーのように馬鹿げた加速を誇るタイプ。

 もはや時間がない。慌てたように荒い機動で飛来した二発の弾丸を避ける。決定的な隙を晒してしまうが、直撃よりはマシだ。

 なのはがちらりとアスカを見やれば既に互いの距離はないに等しい。すぐにでも詰められて刀の斬撃有効範囲に収まってしまうだろう。まだ、ディバインバスターは集束しきっていない。

 

『撃ってください! マスター!』

 

「っ――!! バスタァァァ!!」

 

「うらああああ!! 舐めるなぁぁぁ!!」

 

 それでも、未完成な術式でも秘めた威力は十二分。アスカに向けて桃色の光の濁流が勢いよく放射される。

 しかし、一歩遅い。瞬間的に加速したアスカは紅火丸でレイジングハートの矛先を振り払い、射線を逸らした。あらぬ方向へと照射された砲撃が、仮想の街並みを粉砕していく。

 拙い。まずい。マズイ!! 超密接近接戦闘はアスカの得意分野でなのはの弱点だ。防ぐだけで精一杯になってしまう! なのはに焦りが生まれる。呼吸が緊張で荒くなる

 アスカが横薙ぎに振り払った刀を返す刃で戻し、再び紅火丸の凶刃がなのはを襲う。それをなのははレイジングハートの柄で防いだ。杖の真ん中で受けとめた紅火丸の刃がレイジングハートのフレームに罅(ひび)を入れていく。元々、接近戦を前提としたアームドデバイスと射撃魔法を主に想定したインテリジェントデバイスではフレーム強度に雲泥の差がある。かち合えばレイジングハートが砕け散ってゆくのは当然の結果と言えた。

 

「あっ……!?」

 

『お気になさらず、マスター』

 

 なのははレイジングハートで防いだ結果に驚愕した。愛杖は心配いらないと呟くがそうもいかない。すぐにアスカを蹴り飛ばし、掌からシールドを発生させて追撃して来るアスカの連撃を阻んだ。なのはの膨大な魔力で編まれたシールド魔法は鉄壁にも等しい。少なくともこれでレイジングハートが傷つくことはない。あとは高速移動魔法のフラッシュムーブで距離をとって再び遠距離からの攻撃を試みようと考えた時。

 

 アスカが刀を鞘に納めて身構えた。

 

 ぞくり、となのはの肌に悪寒が走る。背筋が凍り付いたような感覚。何か、とても嫌な予感がした。

 

「カートリッジロード!!」

 

『魔力薬莢装填』

 

 アスカの叫んだ一言と共に紅火丸の柄先がスライドして一発の弾丸が白煙を吹きながら排出された。なのはは目を見開いて驚く。信じられないことにアスカの魔力がぐんと上昇したのだ。大規模魔法を行使するときのように徐々に高まるのではなく、文字通り急激な魔力の上昇を起こした。背中から吹き出す炎の翼は、よりいっそう激しさを増して猛るように燃える。そこから溢れだした火の粉は煌めきながら導かれるように紅火丸へと集っていき鞘の内側に集束、鞘から覗く刃が赤熱して輝いていた。

 

「紅蓮抜刀!!」

 

 足元に展開する三角形の魔法陣。なのはの使うミッドチルダ式とは異なる形の魔法。それを足場にしてアスカを腰を低く構えると、気合の叫び声を上げながら目にもとまらぬ速さで踏み込んで刀を抜刀する。振り上げられた刃がアスカの攻撃を微塵も通してこなかったなのはの防御をあっさりと、まるで紙屑みたいに切り裂いていく。

 

「あつ! ぐぅ!」

 

 なのはのバリアジャケットは意味を為さないかのように赤熱した刃を止めることができない。切り裂かれた痛みと熱で焼かれた痛みが同時になのはを襲い、思わず苦悶の声を漏らしてしまう。非殺傷設定なので実際に傷ついたわけではないが感覚だけは現実味をもって味わうことになる。

 

 アスカの追撃は終わらない。

 

「これで終わり!!」

 

 刀を振り上げた体勢からさらになのはへと深く踏み込んで懐へと潜り込むと、いまだ炎が集束し続けて燃え盛る紅蓮の刃を振り降ろさんとする。絶体絶命のピンチ。なのはは痛みに気を取られていて魔法を発動しようにも集中しきれない。展開した術式が途切れてしまう。

 

(こんなところで……)

 

 視界に映るアスカがやけにゆっくりと動いていて、思考が何倍にも加速したような感覚になのはは陥っていた。このまま何もしなければなのはは負けてしまう。そうすれば約束した通りディアーチェ達のことに関与できなくなる。約束を破って無理やり介入することも出来るが、そうすれば彼女たちは心の全てを打ち明けてくれないだろう。なのははそんな事が絶対に嫌だった。

 決意したのだ。お話し合って、辛いことも悲しいことも分かち合って、それができないなら全力でぶつかり合って抱えたモノを全部受け止めようと。

 だから。

 

「負けるもんかっ! 勝つんだ! 勝ってアスカちゃんと、ディアちゃんと想いを分かち合うんだから!!」

 

『マスター、貴女に力を』

 

 高町なのはは諦めない。

 ならば、それに全力で答えるのが術者の願いを反映するインテリジェントデバイス。レイジングハートの役目だった。

 なのはの意志とそれを叶えようとするレイジングハートの意思が新たな術式を生成していく。魔法を構成する数式や理論を感覚で組み上げていき、絶体絶命の状況を打破する為の力を完成させる。

 なのはの差し出した右手。その手のひらから桃色の障壁がなのはを包むように広がった。一見すればただのプロテクションだ。シールドよりも強度が低いバリア系の防御魔法。これではアスカの斬撃を防ぐことはできない。普通ならば。

 

『バリアバースト』

 

「なっ……!?」

 

『予想外……想定外……』

 

 果たして驚愕した声はアスカのものなのか、彼女が手にする紅火丸のものなのか。どちらにしろ判断するのは難しいだろう。

 紅火丸の刃が展開したプロテクションに触れた瞬間、展開する防御魔法の魔力が膨れ上がった。そしてアスカ目掛けて指向性を持った爆発が襲いかかったのだから。それはアスカの攻撃を弾くどころか彼女自身を吹き飛ばしてダメージを負わせるほどの威力を秘めていた。

 爆風と衝撃で相手を吹き飛ばしつつ、なのは自身も技の衝撃で後退する攻防一体の攻勢防御魔法。それが新たに生み出したバリアバーストと呼ばれる魔法の正体だった。

 

「はぁ……はぁ……これで……」

 

 荒い呼吸を繰り返しながらなのはは呟く。咄嗟に編み出した魔法なので未完成な部分が多く、なのはに無駄な消耗を敷いていたのだ。お腹から肩口まで斬られたダメージと相まってちょっとだけふら付く。だが、消耗しているのはアスカも同じだ。彼女は至近距離でバリアバーストの直撃を受けている筈。発生した魔力の煙のせいでまともに前が見えず確認できた訳ではないが、確かな手ごたえはあった。

 

 けれど。

 

「残念だったわね」

 

「そんな……どうして……」

 

 信じられないことに煙が晴れた先にいたのは無傷の姿で、炎の翼をはためかせチャイナドレスを風で揺らしているアスカの姿だった。

 

◇ ◇ ◇

 

 なのはが必死の形相を浮かべて叫びながら展開した防御魔法。その時、攻撃を加えていたアタシは間違いなく慢心してたんだと思う。

 現実世界に具現化することなく紫天の書の内部で過ごすこと二週間。アタシはただひたすらに己を鍛えてきた。レヴィやナハトと模擬戦を繰り返し、未熟な魔法を完成させ、新しい術を編み出そうと頑張ったのよ。クロノという少年に手も足も出なかったのが、アタシは物凄く悔しくて。だから、強くなろうとした結果だった。

 その甲斐あって魔力量では到底及ばないであろうなのはの防御をあっけなく破ったとき、アタシはやれると確信した。鍛えてきた努力は無駄ではなかったんだって喜んだ。

 だから、勢いに任せて追撃の手を緩めず、一撃の名のもとになのはの意識を刈り取るつもりだった。

 

 結果は土壇場での編み出したあの子の魔法で反撃をもろにうけるという惨めなもの。

 

 爆発した時に煙幕が発生してくれてホントによかった。おかげでアタシの無残な姿をなのはに見せなくて済んだのは幸いね。だって、あまりにもグロテスクだったから。爆風で致命傷を負ったのは二度目だ。クロノ執務官のバインドから逃れようと自爆したとき。そして、なのはの爆発する防御魔法を受けたとき。一度目は紅火丸を握っていた右腕が吹っ飛んで指がバラバラになって地面に転がった。二度目は咄嗟に顔を庇った左腕が千切れて消滅した。

 噴き出す血が粒子となって消えていく光景を見ながら、アタシは勝てると油断した自分自身を戒める。忘れていた。あの子もなのはだってこと。不破『なのは』といい高町といい、 ピンチの時ほど強くなるんだからシャレにならないわよね。アンタらどこの戦闘民族かと。

 でもアタシにだって負けられない理由がある!!

 

 なのはは優しい子だから、悲しい雨の日から優しさを失う前の『なのは』と同じくらい優しいから。きっとアタシ達の事情を知れば助けようとする。けど、待ち受けている真実はあの子が思っている以上に残酷だ。そして、あの子を必要以上に傷つけるのは目に見えてる。アタシは傷ついて悲しんで泣くあの子を見たくない。

 だから、この先には絶対に行かせない。これ以上、なのはを関わらせるわけにはいかない。

 

 腕を失ってお腹に風穴が開いちゃうくらいの重症。前の戦いの時だったら、これでアタシの負けだ。でも、今は違う。

 主であるディアーチェが、無限の魔力を持つユーリが居てくれる。魔力が尽きなければアタシ達マテリアルは何度でも蘇れる。そして、アタシの特性は炎。おとぎ話の火の鳥は炎を纏って新生するのと同じように、フランメフォーゲルの名を冠するアタシも他のマテリアルにはない再生能力を持って復活できる。

 背中から溢れ出る炎の翼がアタシ自身を包んで焼く。もっとも焼いたように見えるだけで、本当は魔力を供給してるんだけどね。その魔力を使って躯体を造り直す。失った左腕を炎が形作っていくと見事に元通りだ。開いたお腹も塞がる。

 そして、炎を振り払えばアタシはものの見事に転生したわけ。無傷の身体を取り戻し、破損した防護服も新品同様。

 

「手ごたえはあったのに……なんで?」

 

 なのはが驚きを隠せないって顔してるわね。

 無理もないか、確実に攻撃はきまったものね。でも、大怪我した姿を見られるよりはいい。きっとあの子のトラウマになる。心に一生モノのキズを残す。そんなのに比べたらアタシのズルみたいな復活劇なんて安いもの。罵られたって構わない。

 卑怯かもしれないけど、このまま決めさせてもらう。できなくても持久戦に持ち込んで消耗させる。どちらにせよアタシの勝ちは揺らがない。

 

「悪いけど次で終わりよ」

 

「っ!?」

 

 アタシが紅火丸に炎を纏わせ、なのは目掛けて振り抜くと。飛び出した炎は巨大な火炎の渦となってなのはを閉じ込めた。回避しようにも炎の濁流だ。全身を防御で固めないかぎり、防ぐことはできない。無理に抜け出そうとしたら、それで消耗したなのはは墜ちるだろう。

 別に炎の濁流を直接ぶつけてやるのも手のひとつ。そうしないのはこっちの方が確実性があるから。直接、紅火丸を使って斬り伏せた方が威力が出るのだ。なのはの防御魔法はアタシの生半可な中距離攻撃魔法を難なく防ぐだろうし、あの子が得意とする遠距離戦では分が悪い。だったら近づいて斬れ! を実践したほうが良いに決まってる。もちろん、アタシにも最強の遠距離攻撃魔法はあるけど、アレは未完成だから実戦でなんてとてもじゃないが使えない。

 この炎の渦は次の攻撃を確実に当てるための布石。さっきみたいに居合抜きでシールドごとぶった斬ってもいいけど溜めを必要とする以上適切な技とは言えない。だから、なのはの体勢が整わないうちに最速の技でもって沈める。今からアタシが繰り出す突き技で。

 レヴィ程ではないけどアタシにだって突進力には自信がある。炎の翼から生み出される推進力を使って繰り出した一撃は、充分すぎるほどの威力を叩きだせるはずだ。

 

「紅火丸」

 

『承知!』

 

 アタシの掛け声を受けて紅火丸が気合のこもった返事をする。ホントに頼もしい相棒。語る言葉は少ないけれどアタシの期待に確実に答えてくれる。裏切ったりなんてしない。だからこそアタシも全力で信頼する。

 柄の内部に収められた三発のカートリッジ。それを全弾装填してアタシ自身の少ない魔力の底上げを図る。魔法の才能がないアタシが強烈な一撃を繰り出すためにどうしても必要なことだ。そして、高まった魔力を背中から吹き出す炎の翼に全部回して、文字通り爆発の勢いに任せてアタシは炎の渦の中をなのは目掛けて飛翔する。疾走して駆け抜ける。

 

「はあああぁぁぁぁ!!」

 

 刀を持つ右腕は最大限にまで引き絞れられ、前に突き出した左腕がその力を高めてくれる。筋肉が引き締まる感覚。疾走する勢いをのせたまま解き放てば絶大な一撃を発揮するでしょうね。防御なんて意味を為さないくらいに。

 なのはが身構える。痛むのか、右手で斬られた傷を押さえながらシールドを展開してアタシの進撃を阻もうとしてる。まあ、ないよりはマシなんでしょうけど。

 だけど、この一撃は下手すれば先の居合抜きより強力な一撃。弱ったなのはに防ぎきれるものではない。何より消耗と傷のせいでさっきよりも防御魔法の強度が下がってる。アタシは今度こそ勝利を確信する。

 

 鳴り響くのはキーンという金属の甲高い音。

 

「嘘でしょ……?」

 

 ……信じられないことにアタシの全力を持って繰り出した一撃は堅い手応えと共に阻まれていた。ゆ、油断も慢心もしてなかったわよ! でも、これ以上ないくらい最大限の一撃は本当に防がれてたんだから……止められた紅火丸を両手で持ち直して力を込めても、止められた刃はうんともすんとも言わない。

 アタシの目の前に広がるのは淡い緑色をした優しい魔力光。幾学模様をした円形のシールドがなのはに対する凶刃を拒絶する。防いだのはなのはじゃない。そもそも、なのはの魔力光は桜色にも似た桃色。これは違う。

 アタシの目の前にいたのは金髪に翡翠の瞳をした少年だった。民族的な防護服が特徴的。その眼光は鋭く決意に満ちていてアタシを見据えて離さない。この目つきをアタシは知っている。たとえ何があっても絶対に退かない。譲らない想いを秘めた。そんな瞳だ。

 

「ユーノ君……」

 

「なのははボクが護る! 誰にも傷つけさせはしないっ!」

 

 アタシの前に立ち塞がったのはユーノ・スクライアその人だった。

 はは……まさか、ここに来て援軍が現れるなんてね。管理局はてっきり陽動を担当するディアーチェの方に全戦力を割いたと思ってたんだけれど、あてが外れたわ。

 ……運のなさも実力のうちという事か。だけど、それでもアタシは退けない! 挫けない! 譲ることはない!!

 

「……久しぶり、というのはちょっと違うかしらね。でも、例えアンタであろうともアタシは――」

 

「退いてほしいアスカ。できれば君を」

 

「傷つけたくない? あるいは戦いたくないかしら? それとも勝ったつもりなの? そこからくる余裕? なめんじゃないわよ……アタシはアスカ・フランメフォーゲル! ディアーチェに仕える騎士にして親友だ! あの子の為にアタシは最後まで戦う!!」

 

 ユーノの言葉を遮ってアタシは叫ぶ。咆哮一喝。それと同時に紅火丸を振り上げて二人に飛び掛かる。

 たぶん、アタシは負けるんだと思う。それでも最後まで戦うことをやめないのは勝てる可能性が少しでもあるから。なら、諦めるという選択肢はアタシにはない。

 あとは上手くやんなさいよ? レヴィ、ナハト。

 


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