リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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●一頁 生誕するマテリアル

 とある管理外世界。

 その世界の白銀の大地に少女は降り立った。

 辺りは雪が降り注ぎ、大地は白く輝いている。

 その光景の中で少女が空から舞い降りる光景を目撃したならば、神話に伝えられる天使のようだと錯覚したかもしれない。

 もっとも、今の時刻は深夜であり、この寒さが厳しい世界では北に位置する場所で。

 

 しかも、高い山と深い森の奥深くに隠されたように存在する盆地。

 だから此処を訪れる人間は、余程の事がない限り存在しないだろう。

 

 少女の姿は異質だった。

 毛先が黒い白銀の髪と、水色に輝く瞳の中心に闇を凝縮したような漆黒の(まなこ)

 背中には六枚三対の漆黒の翼を生やし、右手に十字をあしらった背丈と同じくらいの長さを持つ杖を持つ。

 左手には禍々しい雰囲気を放つ本を抱えていて、さながら堕天使を彷彿とさせる姿をしている。

 

 少女は左手に持った本から手を離すと、本は重力を無視して浮かび上がり、彼女の目の前に移動した。

 そして、紫色の本は凄まじい勢いでページを捲り出す。

 彼の書は自らの主が求める魔法をを引き出す為に、ページに記された魔法を探し出しているのだった。

 

 やがて、目的のページまで捲り終わったのか、主に必要とされる魔法を映し出す。

 それを見た少女は右手の十字杖を正面に構えて横に掲げ、魔法を発動させる。

 足元に紫色の三角形をした魔法陣が浮かび上がり、胸のリンカーコアから力を引き出す。

 

 発動させた魔法は小さな隠蔽結界。

 少女がこれから発動させる大魔法の魔力を外に洩らさない為に展開する、範囲は小さくとも強力無比な効果を秘めた大結界である。

 

 次に少女は空いた左手を本に向ける。

 すると本は真ん中のページを開き、表紙を自らの主に向けるよう反転した。

 段々と光り輝いて、不気味な漆黒の輝きを放つと同時に、少女の目の前に同じ大きさの氷塊を四つ吐き出す金の装飾が施された紫色の書。

 氷塊の大きさは少女の身体より少し大きい程度で、まるで、棺のような形をしていた。

 

「お前達には悪い事をした。我の厄介事に巻き込まれ、死なせてしまった事はどれだけ赦しを請うても赦されぬ、我の最大の罪にして未来永劫に続く業であろう」

 

 少女は溜め息を吐くと小さく呟いた。

 その顔は無表情だが泣いているように見える。しかし、涙を流すことは叶わない

 少女は嘆き、二度と赦されぬ罪に苦しみ、されど涙を流すことは許されないからだ。

 

「だが、許してほしい。我の身勝手な目的の為にお前達のリンカーコアを利用する事を」

 

 少女は慟哭する。

 罪無きかつての友の体を利用する罪悪感に。

 力無き己の弱さに。

 

「それに、我は独りが寂しい。あの幸福を知ってしまった今では刹那の孤独にすら耐えられぬ。かつての家族を取り戻す事も。もはや叶わぬ」

 

 少女は誓う。

 身勝手な自分に付き合わせるならば、生まれ出る新たな存在を満足させよう。

 それが、かつての友に対する贖罪になると信じて。

 何故ならば彼女達は正真正銘の“分身”。

 

「だから誓おう。お前達が例え我の行為を否定し、裏切ったとしても、我はお前達の願いを出来る限り叶える事を。例え偽善だと糾弾されても我は我の意志を貫こう」

 

 そして少女は大きく息を吸うと叫んだ。

 心に秘められた苦痛を少しでも吐き出すかのように叫んだ。

 

「さあ! 蘇れ!! 新たな力と秘められた力を融合させ新たな存在として!」

 

 少女の叫びに呼応するかのように本から四色の光が飛び出す。

 

 ひとつは熱き炎を宿し、強さと決断力を備えた忠義を秘めし桃色の光。

 

 ひとつは無邪気さと子供らしさを秘め、大切な存在を守るために必死になる紅き光。

 

 ひとつは優しさと残酷さを備え、皆を影から支える緑の光

 

 ひとつは寡黙の内に熱き心を宿し、自らの危険を省みず仲間を守護する蒼き光。

 

 四つの光は少女に挨拶するかのように周囲を飛び回ると、四つの氷塊に閉じこめられた人物の胸の内にそれぞれ飛び込んで行く。

 そして、再び外へ飛び出した四つの光は本の中へと戻っていった。 

 本は光を内側にしまい込むと、そのページを閉じて再び少女の左手に戻る。

 

 次に少女は十字杖をペンダントに戻して首に掛け、本を両手で抱えて、正座をしながら目を閉じて集中する。

 両手を祈るように組んで、強く強く握りしめて願うように祈る。

 

 内側に取り込んだ四つの光を新たな存在にする為に、少女は大魔法を発動させ。

 少女のリンカーコアから力を引き出す為に、ベルカ式の魔法陣は輝きを増し、魔力のうねりは熱さを伴って胸の内側で暴れる。

 

 しかし、その感覚ですら少女は心地よく感じた。

 

 周囲には人の身に余る膨大な魔力が溢れ、 少女が事前に隠蔽結界を張らなければ、巡回している管理局が気が付いて捜査を開始していただろう。

 だからこそ、感知されないような小さな結界魔法を張り、結界の内側で魔法を行使したのだ。

 そうすれば、結界の内側で行使される大規模魔法が発した魔力は、外側に漏れず感知される可能性は格段に低くなる。

 

 今、本の内側では新たな存在が闇に包まれて生まれようとしている。

 それを邪魔する事は何人たりとも許しはしない。

 新たな存在の誕生を祝福する出来るのは自分だけ。

 彼女達を護ってあげられるのも自分だけだ。

 紫天に選ばれし少女は決意と共に魔法を行使し続けた。

 

 活発な光を放つ真紅のリンカーコアと熱き炎を持つリンカーコアは引かれ合うように融合した。

 

 紫電をまとう黄色いリンカーコアは自ら積極的に紅きリンカーコアを取り込み、無邪気に新たな輝きを放つ。

 

 桃色の巨大な光を放つリンカーコアは弱々しく明滅して輝き、緑のリンカーコアが癒すように周囲を飛び回りながら、ゆっくりと少しずつお互いに融合していく。

 

 淡い紫色のリンカーコアは戸惑うように輝いていたが、やがて落ち着きを取り戻し、静かに蒼き輝きを放つリンカーコアと融合した。

 

 本の中で巨大な力が渦巻きプログラムを無数に構築する。

 膨大な力が少女のリンカーコアを圧迫し、魔力を喰らい弱らせる。

 少女は全身に苦痛を感じ、身体に熱さを伴うが、歯を食いしばって必死に耐え、魔法を制御していた。

 この魔法を失敗させれば、少女の耐え過ごした悠久の時が、ううん、ここまで繋いでくれた名も無き管制個体(さいごのかぞく)の意志が無駄になってしまうから。

 だから、全身を襲う苦痛も、身体にまとわりつく不愉快な汗の存在も、少女は無視して魔法を必死に制御する。

 

 やがて融合は終わり、本の中で新たな四つの存在が生まれる。

 

 ひとつは活発な輝きを放ち内側に焔を宿す黄金のリンカーコア。

 

 ひとつは紫電を纏い無邪気に輝く水色のリンカーコア。

 

 ひとつは膨大な魔力を秘めし巨大な光を放つ暁のリンカーコア。

 

 ひとつは落ち着いた輝きを放つ、静かな雰囲気を纏った淡い紫色のリンカーコア。

 

 新たな存在として生まれた四つのリンカーコアは自身の肉体を闇の中で構築して行く。

 

 魔法を操作していた少女も落ち着きを取り戻し、静かに左手で汗を拭う。

 後は本に秘められた意志と少女自身がサポートを続ければ四つの存在は勝手に生まれてくるであろう。

 

(我の新しい親友、我の新たな家族。早く生まれるが良い。もはや何の価値もない世界では、お前たちの存在だけが我の支えだ)

 

 この時だけ無表情の少女は忘れたはずの優しい微笑みを浮かべていた。

 もっとも、少女自身は気が付いていなかったが。

 静寂に包まれた白銀世界。雪の降り積もる地で静かに儀式魔法は続く。

 

◇ ◇ ◇

 

 そして、儀式魔法が発動して数時間ほどが経過しただろうか。

 悠久の時を、永遠ともいえる果てしない時間を過ごした少女にとっては、刹那にも満たない時間かもしれないが、少なくとも人間の感覚でいえば数時間が経過している。

 

 雪降る白銀世界。静寂に包まれたこの世界。

 その世界の静寂がようやく、破られようとしていた。

 

 少女は歓喜に包まれている。

 新たな存在が少女の目の前で生まれたからだ。

 禍々しき本から生まれた四つの存在。

 その姿は少女の生前の友と瓜二つの姿をしていた。

 

 少女は四つの存在を愛おしそうに見つめ、優しく微笑んだ。

 

 一人は暗い茶色の髪を肩まで伸ばした少女。

 私立聖祥大学付属小学校の制服に似たバリアジャケットを身にまとっている。

 しかし、その色は黒く、リボンの色も夜の色をしている。

 浮かべる表情は無表情で冷たい雰囲気を纏っているが、彼女を見つめる少女には泣いているようにも、後悔しているようにも見えた。

 

 

 少女は次に二人目の存在に目を向ける。

 

 今度は毛先が黒い水色の髪を、水色のリボンでツインテールにまとめた少女。

 何を考えているのか分からないが、表情は明るくニコニコと笑顔を浮かべている。

 バリアジャケットは元になった少女と対して変わらないようで、レオタードのような恰好に、青色のベルトと水色のスカートが特徴的だった。

 その雰囲気はどことなく、はしゃいでいるヴィータに通じるものがある。

 

 

 さらに、隣の存在に少女は目を向ける。

 先程の少女が「カッコイイ自己紹介すらしてないのに、ボクを無視するなんてっ……」と、矢継ぎ早に喋っているが話が進まないので無視する。

 

 今度は先程と違い、明るい燃えるような金髪をした少女に目を向ける。

 所々、紅いリボンで髪を縛り、私立聖祥大学付属小学校の制服をチャイナドレスにアレンジしたようなバリアジャケットを着ている。

 バリアジャケットの色は、やはり黒く、そして、腰には刀型のアームドデバイスを差していた。

 表情には勝ち気な笑顔が浮かび、小さな胸を堂々と張って偉そうな態度をとっている。

 

 主たる少女は内心で、我より偉そうにするな、とツッコミをしながら最後の存在を見つめた。

 水色の少女が「ボクより偉そうにするなアリサっ!! ボクの存在感を返せ」とか叫んでいるが気にしない。

 

 

 最後の存在は困惑した表情を浮かべている少女だ。

 紫色の髪をカチューシャで纏め、元になった存在とは違う色の瞳。紅の瞳が目立つ。

 紅い瞳が時折、かつて瞳のような黒色に変色を繰り返すのは、力を上手く制御出来ていないからだろうか。

 バリアジャケットは漆黒のイブニングドレスに所々フリルをあしらっており、長い漆黒のドレスグローブは強い魔力が込められた武具のようだ。

 頭には髪の色と同じ大きな獣耳が、狼の耳が生えている。

 ドレスに隠れて見えないが、恐らく狼の尻尾も生えているだろう。

 

 四人とも闇を凝縮した瞳をしており、生気を感じさせない、冷たい死の雰囲気が瞳から感じられた。

 

 やがて、四人の存在を見回した少女は口を開く。

 

「初めまして、名も無き新たな守護騎士たち」

 

少女が挨拶をすると四人の新たな守護騎士は雪の上に跪いて挨拶を交わす。

 

「初めまして、我らの新たな主」

「初めまして!会いたかったよはやてっ!」

「初めましてね、こんな寒い所で生まれるなんて思いもしなかったけどね!」

「初めまして、うぅ、なんで獣耳と尻尾が生えてるのかな」

 

 四人は口々に挨拶を返すと新たな主の顔を見た。

 だが、『はやて』と呼ばれた少女の表情は悲しみに満ちていて、四人はどうして良いか分からす困惑する。

 少女は、『はやて』は悲しげな表情で呟いた。

 

「はやてか、懐かしい名前だ。我がその名で呼ばれたのは何年前だったか」

 

 主の呟いた内容を聞き、水色の少女に様々な意味が込められた三人の視線が痛いほど突き刺さり、当の少女は項垂れるしかない。

 自分が地雷を踏み抜いたことに責任を感じているようだ。

 その様子を見た『はやて』は、苦笑しながらも水色の少女をフォローすることにした。

 このままでは可哀想だ。

 

「気にするな、我は気にしておらぬ、お前たちもそやつを責めるでない。だが、『はやて』の名。これから行う復讐には相応しくない名だ」

 

 やけに復讐の言葉を発する主たる少女に、茶色の髪の少女は眉を歪めた。

 だが、それも一瞬の事で気が付いた者はいない。金髪の少女を除いて。

 

「そうだな、手始めに我を含めて、新たな名を決めるとしよう」

 

 主たる少女は完璧な動作で跪いている茶色の髪をした少女を向く。

 すると、顔を向けられた少女は頭を垂れた。

 

「そう畏まるな、理のマテリアルよ。そうだな、生前の戦い方から……ふむ、よし! 今日からおまえの名は星光の殲滅者。シュテル・ザ・デトラクターと名乗るがいい」

 

「星の光を以て敵を殲滅する者。私に相応しき名です。ありがたく頂戴致します。我が主よ」

 

 『はやて』はシュテルの変わらぬ畏まった態度に内心ため息を吐くが、それが、この子の個性なのだろうと諦めた。

 出来れば家族であったヴォルケンリッターの欠片を継承する彼女たちには親しく接して欲しい。

 たとえ、『はやて』の自己満足から都合の良いように造られた存在だったとしても、前と変わらぬ態度で居て欲しいのだ。

 そう思うのは『はやて』の身勝手な傲慢なのだろうか。

 

 だが、主たる少女は、この問題は後々解決策を探すと後回しにして、水色の少女に目を向ける。

 水色の少女は見つめられると、瞳をキラキラさせて、期待に満ちた表情を浮かべている。

 そういえば、昔も好奇心いっぱいで天真爛漫な彼女は周りを振り回していたなぁと、『はやて』は懐かしそうに目を細めた。

 だから、期待には応えねばと『はやて』は頭を捻っていたが、先に水色の少女が口を開いた。

 

「実はボク、もう自分の名前は考えてあるんだ!」

「ほう、申してみよ」

 

 水色の少女が考えた名前、それに多大な期待と興味を主たる少女は抱いた。

 我が子であり、家族であり、友の一人である少女がどんな名を考えたのか、物凄く気になるのだ。

 もっとも、他の三人の守護騎士は水色の少女の言動からイヤな予感を感じている。

 

 そうして全員の期待?を一身に背負った水色の少女が立ち上がり、左手を腰に当て、右手の親指で自身を差して新たな名を言い放った!

 

「ボクの新たな名! 偉大なる名を聞いて驚け!」

 

「「「その名は?」」」

 

「疾風迅雷の化身! スーパーウルトラデラックスライトニング!」

 

 白銀世界。

 雪が降り積もり、静寂が支配する世界に真の静寂が訪れた。

 『はやて』はバリアジャケットによって感じない筈の寒さを感じ、身震いした。

 

 それは、守護騎士に相当する少女達も同様で。

 金髪の少女は呆れすぎて声も出ないようだったし、紫色の髪の少女は瞼を閉じて、引きつった微笑みを浮かべ、シュテルは微笑ましいというように優しく水色の少女を見守っていた。。

 

 

 肝心の水色本人は、ふふんっ、どうだい? かっこよいだろう! と言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべていて、偉そうに胸を張っていた。

 

 

 やがて、最初に立ち直ったのは『はやて』だ。

 身体が小刻みに震え、水色の少女を指さすと溢れんばかりの怒声をあげる。

 

「そんな! 恥ずかしゅうて、訳の分からへん名前! 誰が許可するんか!!」

 

 その声量と溢れ出る怒気に水色の少女は思わず竦み震え上がる。

 本当なら拍手喝采に包まれるはずが、いきなり怒鳴られたので、予想外の事態に怯えているのだ。

 

「ひゃいッ!でもでも……せっかく考えたカッコイイ名前なのに………」

「却下や! 却下!! 真剣に期待した私がアホやった……」

 

 『はやて』は肩で息をするほどに脱力するしかなかった。

 思わずエルシニアクロイツで力の抜けた全身を預けてしまう程だ。

 生前のオリジナルは明るく活発な子ではあったが、ここまで突き抜けた目立ちたがり。

 要するにどうしようもないアホの子が生まれるなんて、誰が想像しただろうか。

 

(いや、アリシアは天然な所があったし、ヴィータは子供ぽかった。可能性があったとはいえ、これ程とは。我に矯正出来るのであろうか……)

 

 あらゆる意味で気力を使い果たした『はやて』と、名を却下されうなだれる水色の少女。

 『はやて』は気を取り直すと、咳払いをして皆の注目を集めた。

 

「今の出来事は我の記憶から消す。何もなかった、そうであろう?」

 

 主の問いに水色の少女を除く三人は頷いた。

 

「しかし、困ったものだ。どんな名が相応しいのか思い浮かばぬ。なまじ格好悪い名ではこやつも満足せぬであろう」

 

 主の悩み。それに答えたのは星光の殲滅者シュテル。

 彼女はうなだれる水色の少女を横目で見ながら主たる少女に意見した。

 

「では、私の名と同じく彼女の戦い方から名を付けるのが良いと思います。そうですね、雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャーなどは如何でしょう」

「ふむ、悪くないな。ほれ、いつまでも、うなだれとらんでしっかりせい」

「ほえ?」

「今日からお前の新たな名は雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャーだ!光栄に思うが良い、我とシュテルが決めた新たな名を」

「雷刃……スラッシャー……とってもカッコ良い名前だ! ありがとう! 大切にするよ!!」

 

その時のレヴィの笑顔は太陽のような眩しい笑顔で、思わず微笑んだ四人だった。

 

「さて、残りの守護騎士にも新たな名を与えねばならぬ。しかし、困ったことに良い名が思い浮かばぬ」

 

 『はやて』の言葉に名を付けられていない二人の少女もつられて困った顔をする。

 シュテルは『はやて』の言葉を聞くと、頷いて返事をした。

 

「確かに私やレヴィは生前の戦い方から名を頂きました。しかし、残りの二人は戦闘経験もなく知識として戦い方を知っている程度。同じ方法で名を付けるのは困難だと思います」

「ぬぅ………」

 

 シュテルの言葉を聞き、ますます悩み頭を抱える『はやて』。  

 そんな様子の彼女に助け船を出したのは、皆の様子を黙って見ていたレヴィだった。

 

「ねえねえ!ボクが名前を提案するよ!いいでしょ!」

「さっきみたいに恥ずかしい名前だったら、アンタをぶっ飛ばすからね!」

 

 レヴィの言葉に金髪の少女が一応、釘をさしておく。

 金髪の少女は恥ずかしい名前を付けられるのは己のプライドが許さないし、何より後の黒歴史として他の四人にネタにされるのは嫌だった。

 金髪の少女にレヴィは、大丈夫、大丈夫と答えると、上目遣いに『はやて』を見つめた。

 

「ねぇ……いいでしょ……?」

(くっ、その表情は卑怯だぞレヴィ。そんな顔をされたら我が断りきれぬではないか……)

 

 『はやて』は別の意味でさらに悩む。

 レヴィは先程の自身の名を語った時の前科がある以上、ろくな名前ではない気がする。

 もし、厨二病全開の名前だったら金髪の少女と揉め事になり、面倒な事態に発展するだろう。

 だが、断れば………

 

(断れば……恐らく子供っぽいレヴィのことだ。きっと、いや、絶対に泣き喚くであろうな……)

 

 どうすれば良いのだ! と主たる少女は内心で叫び、悩みに悩んで結論をだした。

 

(こうなれば、仲間を頼るしかあるまい。念話はレヴィにも聞こえてしまう、なれば、アイコンタクトで意志を通じ合う!)

 

 そうして仲間を頼る為に念話と目線だけで会話する事にした『はやて』の行動は早い。

 以下、レヴィを除く守護騎士たちのアイコンタクトの内容である。

 

シュテルの場合

 

(シュテルよ何か良い名案は無いのか、我は決断を迷っておる)

(ありません。主よ)

(速答だと! 貴様、それでも理のマテリアルであろう? 主たる我に名案のひとつでも出して、我を助けてくれ)

(私はセンスがないのです。ここは王一人で頑張ってください)

(この薄情者めがぁぁっ!)

(………………)

 

金髪の少女の場合

 

(アリサよ、何か良い案はないか?)

(とりあえず、怒らないから喋らせてみなさい)

(良いのか?)

(大丈夫。間違ってたら昔みたいに頭グリグリの刑だから)

(そ、そうか。程々にな?)

 

紫髪の少女の場合

 

(すずかよ、何か良い名案はあるか?)

(う~ん、一度喋らせてみるしかないかなぁ)

(やはり、それしか方法はないか?)

(うん、下手に断るとレヴィちゃんが泣いちゃうと思うから)

(だろうな……よし!我は決断した。貴重な意見を感謝する)

(がんばってね)

 

 こんな感じで彼女たちは瞬時に意志疎通を行い、『はやて』は迷いを断ち切り、決断する。

 そうして再びレヴィに目を向けると、レヴィの顔は花が咲かんばかりにキラキラと輝いていて、彼女がどれほど『はやて』に期待を抱いているのか分かるくらいだ。

 

「レヴィよ、お前の意見を述べてみよ」

「いいの?」

「構わぬ、今はどんな意見でも取り入れるべき時、正直に言えば、気が乗らぬが仕方あるまい」

「わーい!ありがとうはやて~~!」

 

 意見を述べる許可を許されたレヴィはその瞬間、大きく喜び、『はやて』に抱きついた。

 

「こらっ!抱きつくでない!暑苦しいであろうが!!」

 

 『はやて』はそう言ってもがくが、本気で振りほどく様子はなかった。

 どうやら悪い気はしないらしく、実際に少し照れているのが、やや赤くなった頬から感じ取れる。

 

「主よ、話が進まなくなります。戯れも程々に」

 

 その様子を見ていたシュテルが話を進めるために止めに入ると、場は収まった。

 シュテルとしても本当は、いつまでもじゃれ合せてあげたいのだが、状況はそれを赦さないだろう。

 ため息一つ。シュテルは今後の未来を考えて憂いの表情を浮かべた。

 

 そんなこんなで、『はやて』はレヴィをなだめると咳払い一つ。

 再び跪いたレヴィに目線で申してみよ、と伝える。

 レヴィはそれに頷くと新たな名を伝える為に口を開いた。

 

「バーニングアリサとナイトメアスズカ」

 

 レヴィが考えた名前を聞いて悩む三人の少女たち。

 悪くはない名前ではあるが、問題点もあったのだ。

 ニコニコと笑うレヴィを見ながら、最初に悪い部分を指摘したのは『はやて』。

 

「お前の考えた名前は存外、悪くはない」

「じゃあ、採用してくれるの!?」

「話を最後まで聞かぬか! しかし、かつての名前が入っているのは頂けぬ」

「あっ………」

 

 『はやて』の指摘を受けて、しまったという表情をするレヴィ。

 その顔を心の内で呆れながら無表情にシュテルが話を続ける。

 

「それにミッドチルダ語が使われているのも減点です。私やレヴィはベルカ語なので言葉を合わせましょう」

 

「ガーーーン………」

 

 容赦ない二人の指摘に雪上でうなだれるレヴィ。

 先ほどまであった自信は見事に消失しており、どんよりした雰囲気を放っていた。

 それを見かねた金髪の少女がフォローを入れる。

 その役目は昔から金髪の少女が得意としていた分野。

 何よりもレヴィは彼女の義理の妹だったのだから。

 

「まっ、あんたの考えた名前も私たちの的を得ていて良かったわよ、別に全部を否定してるワケじゃないんだから、しょぼくれなくても良いじゃない」

「でもでも………」

 

 金髪の少女のフォローを受けて少し立ち直ったレヴィ。

 そんな様子の彼女を完全に立ち直らせるために言葉をかけたのは紫色の髪の少女。

 いつだって彼女の役割はみんなを支えること。

 

「それじゃあ、レヴィちゃん。レヴィちゃんが考えた名前を、もっとカッコ良くする為に、皆で考えるのはどうかな?」

「もっとカッコ良く……? みんなで考える……?」

「そう。みんなで頑張ろう?」

「うん! ボクもみんなと一緒にがんばる!」

 

 二人の励ましを受けて見事に立ち直った様子のレヴィ。 

 その様子を見て、かつての平和だった頃に想いを馳せる『はやて』だった。

 

◇ ◇ ◇

 

「バーニングとナイトメアか」 

 

 『はやて』の呟き。

 その言葉を理のマテリアルであるシュテルが解説してくれる。

 

「燃え上がる炎と悪夢という意味ですね。ベルカ語に変換するとアオフ・ローダーンとアルプ・トラウムになります」

 

(うわぁ………)

(なんか、ベルカだとダサいわね)

(なんだかカッコ良くても、キレイな名前じゃないかも……)

 

 正直に言えば名前には向いてない言葉だった。

 むしろ名字と言う方が聞こえが良く、レヴィですら内心で少女らしくない名前だと考えるほどだ。

 

(やはり、ベルカ語のみに限定するとダメか)

 

 そんなふうに考える『はやて』に手を挙げて発言の許可を求める少女がいた。

 金髪の少女だ。

 

「提案があるわ」

「申してみよ」

「正直、このままじゃ何時までたっても意見が進まないわ。私たちの名前は自分で考えるから、決まった名前をアンタが再び命名してちょうだい」

 

 確かに少女の言うとおり、このまま話を続ければグダグダになる可能性も十分あり得る。

 ここは、生前で頭が良かった彼女に任せるのも良いだろう。

 別に自分が考える必要もないのだ。

 『はやて』はそう考えると頷いて許可を出した。

 

「良かろう。だが、考えた名前は我に耳打ちして教えるのだぞ?」

「わかってるわよ」

 

 こうして、金髪の少女と紫色の髪の少女は相談を始める。

 レヴィやシュテルと離れて円陣を組んで話す様子は、小さな子供が内緒話をしているように『はやて』には見えた。

 そして同時に主たる少女は自身の考えから自責の念にとらわれた。

 

(あの微笑ましい様子でさえ、かつての学校生活では当たり前のこと。それを奪う原因をつくった我は、きっと赦されぬであろうなぁ………)

 

 辛そうな『はやて』の様子を見たシュテルとレヴィは、無意識に手を強く握りしめ、どこか思いつめたように歯を食いしばった。

 

 彼女の考えていることが、二人には手に取るように分かる。

 優しかった八神『はやて』は、闇の書の封印に巻き込んで、友人を死なせてしまったことを思い悩んでいるのだろう。

 

 だが、それは違うのだ。

 『はやて』は何も悪くなかった、彼女も巻き込まれてしまっただけなのだと。

 しかし、それを言っても、『はやて』は納得しないだろうし、ますます自責の念に囚われると考えた二人は、それを伝えることが出来なかった。

 

 

 やがて、考えが纏まったのか金髪の少女が代表して『はやて』に耳打ちする。

 金髪の少女の言葉を聞いた『はやて』は驚いた顔をしたが、それも一瞬の事で、すぐに真顔に戻る。

 そして、再び跪いた少女たちに顔を向けた。

 

 『はやて』が名を告げる。

 堂々と言葉を発するその姿、雰囲気は王としての威厳とカリスマ性に溢れており、他の者がいれば自然とひれ伏してしまいそうだ。

 まず、主たる少女は金髪の少女に告げた。

 

「お前の新たな名は炎の鳥。アスカ・フランメフォーゲルだ。我の剣となり我が前に立ちはだかる敵を焼き尽くし、我等の道を明るく照らすが良い」

「その言葉、アスカ・フランメフォーゲル。確かに拝命いたしました」

 

 今行われているのは神聖な儀式。

 少女たちの新たな旅立ちの前の準備。

 故にレヴィですら静かに言葉を聞く。

 

 『はやて』は次に紫色の髪の少女に顔を向けた。

 紫色の髪の少女はドレス姿や美しいな顔立ち、上品な仕草と相まって、主たる少女が油断すれば逆に引き込まれそうだ。

 アスカを騎士とするならば彼女は姫だろうか。

 『はやて』はかつての親友の分身を見て、そう思うのだった。

 

「お前の新たな名は夜の守護者。ナハト・ヴィルヘルミナだ。その力で我らを守り、我らを支えて欲しい」

「はい、ナハト・ヴィルヘルミナ。この命を持って、みんなを護りましょう」

 

 そして、その神聖な儀式ももうすぐ終わる。

 全ての者が名を与えられた時、シュテルが『はやて』に声をかけた。

 

「主よ。私とレヴィも先程まで主の新たな名を考えました。受け取ってくれますか?」

 

 『はやて』はシュテルの言葉を聞いて呆けた表情をしていたが、言葉の意味を理解すると嬉しそうに微笑んで頷いた。

 

「申してみよ」

「では、我らの主。その新たなる名は闇統べる王。ロード・ディアーチェ」

「偉そうで、実際ものすごく偉いボクらの王様」

「王か……。よかろう。我は闇統べる王! ロード・ディアーチェ! お前たちを導き、あの男に断罪を下す王だ!」

 

 ディアーチェの宣言と共に結界内部を風が荒れ狂い、雪上を乱した。

 今、少女たちの神聖な儀式は終わりを告げ、ついに闇の書に匹敵する存在達が産声を上げたのだ。

 ここから未来が、変わろうとしていた。

 

 


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