リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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〇暁の恒星 ルシフェリオンブレイカー

 シュテルが管理局のクロノ・ハラオウンと交渉しようとする少し前に時は遡る。

 急遽襲来した管理局をどう対応するか、閉じ込められたこの場をいかにして切り抜けるか、その話し合いの為にマテリアルは集っていた。

 まだ捕まるわけにはいかないのだ。リヴィエという紫天の書に潜む少女が示した希望を無駄にしない為にも、マテリアルにとって最高の未来を掴み取るためにも。

 

「で、どうするのシュテるん? 向かってくる奴ら全部、ボクとシュテるんでボッコボコにしちゃう?」

 

 レヴィの物騒な言葉にシュテルは静かに首を横に振る。確かにシュテルとレヴィが本気をだせば並大抵の戦力は意味を為さない。あらゆる敵を打ち倒し薙ぎ払うことができるだけの力を二人は秘めているのだから。さらに、アスカとナハトのサポートまであれば怖いものなど何もないのだ。

 時空管理局の英雄と謳われたギル・グレアムと、その使い魔リーゼロッテ、リーゼアリア。そして彼に付き従う精鋭には手も足も出なかった。多勢に無勢だったのだ。経験と実力の差において圧倒され苦い敗北を味わされ、一矢報いることもできなかった。

 逆に言えば彼らクラスの実力者でなければマテリアルを止めることはできないことを意味する。

 あんな化け物のような強者が管理局にたくさん所属しているなら話は別だが。

 とにかく、戦闘した場合においてマテリアルズの勝ちは揺るがない。以前とは比べ物にならないほどの"力"を手にしたのだから。

 

 では、どうしてシュテルはそうしようとしないのか? 戦って切り抜けることを、正確には相手を殺めることを良しとしないのか?

 レヴィ達に殺人の罪と業を背負わせないのもあるが、管理局を本気にさせない為なのだ。一人でも殺めてしまえば執拗な追撃をしてくるに違いない。それでは目的を果たし、平穏を無事手に入れたとしても安寧は訪れなくなるだろう。

 

「まず、私が彼らと交渉をしたいと思います。ああ、勘違いしないでください? 彼らに大人しく従う義理はありませんし、しようとも思いません。騙され結果的に殺された以上は信頼するに値しない」

 

 平和的に解決しようという意味に聞こえたレヴィとナハトが不満そうに顔を歪める。シュテルが管理局に投降しないことを伝えても、不満は和らいだが不服そうだった。知らずの内にデバイスを握るレヴィの手、腕を組むナハトの手に力が込められたのをシュテルは見逃さない。

 それほどまでの憎悪、それほどまでの憤り、怒り、悲しみ。二人とも目の前で大切な人が奪われたのだから早々に割り切ることなんて、できないのだろう。

 シュテルは憎しみを抑えろとは言わないし、我慢しろとも言えない。せいぜい二人の心を戦い以外の場所で癒すくらいしかできない。

 アスカは、ただ黙って話を聞いていた。気に入らない点がなければシュテルの考えに全面的に賛成、付き従うのだろう。かなり信頼してくれていると思う。

 

「私たちには情報が圧倒的に足りない。還ってくるまでに世界の時間はどれほど経過して、管理局はどう変わっているのか? あの事件から状況はどう推移していったのか知らないのです。少しでも管理局から情報を引き出すのが交渉の目的。これが作戦の第一段階」

 

 異論はありませんね? そう無言で告げるシュテルに誰もが反対しない。全員が心のどこかで考えていたことなのだろう。死を覚悟して生を諦めていたディアーチェは、そんな余裕があったのか分からないけれど……

 反論がないことを確認したシュテルは作戦の第二段階を告げる。この年齢の子供にしては大人顔負けの頭の良さを持つアスカとナハト。彼女たち二人は第二段階が、状況を切り抜けるための作戦にして要だと予測していた。

 レヴィは戦えることに輸税を感じる。気分が高揚する。難しいことは皆に任せる。自分はひたすらに戦って、皆を敵から守って、進む道に立ちふさがる障害を排除するだけだ。それが『力』のマテリアルであるレヴィの役目。役目を果たせることは彼女にとって最高の喜びへと変わるのだから。

 

「第二段階は確実に交渉が決裂することを前提で行動します。現在、管理局の展開した強壮捕縛結界の内側に私の結界を展開するよう準備しています。こうすることで、必要以上の戦力が投入されることを防ぎます。そして私の究極収束砲撃魔法"ルシフェリオンブレイカー"で二つの結界を完全に破壊、地球に向けて転移するのが作戦の成功とする条件です。何か質問は?」

 

 静かに手を挙げたのはナハト。シュテルは静かにどうぞ、と質問を促す。

 

「もし、管理局の連中が交渉に応じず、襲ってきたら? シュテルちゃんを騙していた時は?」

 

 ナハトの何処までも管理局を疑い、憎しみが秘められた声に。シュテルは猛禽類のような、獲物を狩る様な笑みを浮かべた。

 明るいアスカやレヴィはもとより、多少とはいえ裏世界を知っているナハトですら背筋が凍りぞっとするような笑みだ。瞳に映し出された感情は絶対零度のように冷たい。思わずナハトは秘められた憎悪が一時的に成りを潜める。息が苦しくなる。

 シュテルが殺気立ち、三人の少女を包む空気が重くなる。すさまじい重圧を感じる。逃げ出してしまいたいくらいに怖い、身体が恐怖で震える。

 これが、暗殺者としての護身術を叩き込まれたシュテルの闇。姉の忍から人を殺めた経験がシュテルにはあるとナハトは聞いたことがあるが、業を背負った人間の闇は子供でも大人でも深い。ナハトですら直視できない。

 シュテルは静かにナハトの質問に答える。

 

"その時は、容赦なく殲滅するだけです。殺しはしませんが、局員として戦えないくらい精神に恐怖を刻み込んで、徹底的に叩きのめして一切の慈悲すら与えずに灼滅させてあげましょう。生きているのを後悔するくらいに"

 

 シュテルの言葉に含まれた重みに、ナハトとレヴィは復讐しようとしていた自分の覚悟がちっぽけに感じるしかなかった。

 もちろん、その後のアフターフォローをシュテルは忘れてはいない。ちゃんといつもの優しい笑みと儚げな雰囲気で場をしきりなおしたことを、ここに記しておく。

 

「レヴィ」

 

 静かに友の名前を呼んできたシュテルに、レヴィは先程までの羅刹のごときシュテルの雰囲気を思い出して小動物のように身を竦めた。何か悪いことでもしたのだろうか、それで怒られるのかと怯えるレヴィだが、シュテルから告げられるのは別の言葉。

 

「貴女の持っている偽天の書を私に渡してくれませんか? ルシフェリオンブレイカーを使用した後、状況を安全に推移させるために魔力を回復する必要がありますから」

 

「あ、え? うん。はい、これだよシュテるん。はぁ~~びっくりだよ。てっきり叱られるのかと……」

 

 怒られなかったことに安堵しながらレヴィは、何もない空間に手を突っ込んで中から偽天の書と呼ばれた紫天の書にそっくりな魔道書を取り出す。

 それを、魔道書を片手で弄繰り回しながらシュテルにそっと手渡すとレヴィは伺うようにシュテルの顔を覗き込んだ。どうやら怒ってはいないようで、むしろ静かな水面のように落ち着いた雰囲気を晒し出していた。

 何か考えるかのように上の空だったシュテルはレヴィが見ていることに気が付くと、優しく儚げに微笑んでレヴィの頬に空いている右手をそっと添える。なぞるように頬をなで、愛おしげに髪を撫でて、絹のようにきめ細やかな感触を楽しんだ。その様子はまるで妹を可愛がる姉のように微笑ましい。

 どこかくすぐったいのか、いやいやと身を竦めるレヴィだが浮かべる表情は満面の笑顔。目を細めて気持ちよさそうにされるがままになっている。

 どこまでもシュテルは優しい。優しすぎる。これがシュテルとレヴィの本来の関係。何もなければ親友の枠組みを超えてしまうぐらい親密な関係だと知っているアスカは理解している。だけど違和感も感じていた。

 隣で羨ましそうに二人の触れ合う光景を見ていたナハトが、私も私も、と尻尾を振ってアスカにじゃれてくるので同じように撫でまわしてあげるアスカ。狼の耳がひょこひょこ上下して、尻尾を嬉しそうに振り回すナハトは子犬のようで、ちょっと可愛いくて、考えを中断してしまったアスカ。

 アスカには、シュテルがレヴィと振れあう感触を心に刻みつけるようとしているように見えた。まるで、死にゆく前の人間が悔いのないように記憶に刻みつけようとしているかのよう。事実それは正しい。

 けど、指摘しようにもできるような雰囲気ではなくて、アスカは気にしないことにした。

 もし、アスカが勇気を出してシュテルを問い詰め、彼女の瞳を見つめて感情や心の内を読み取ろうとしたなら気が付けたかもしれない。

 シュテルが決死の覚悟を秘めていることに。

 

「ふふ、別に貴女を理由もないのに叱ったりしませんよ」

 

「えへへ~~撫でて、もっと撫でてシュテるん! シュテるん!!」

 

「はい、はい――」

 

――蒐集した魔力の貯蔵量は充分。王を、みなを頼みましたよレヴィ。

 

「うん? 何か言ったシュテるん?」

 

「いいえ、なんでも。さあ、そろそろ作戦を始めましょう」

 

「ええ~~!?」

 

「膨れないでください。あとで、いくらでも撫でてあげますから」

 

「ホントに!? 約束だよシュテるん! 絶対だかんね!?」

 

「ええ、約束です」

 

 その後、侵入してきたクロノとフェイトを結界の内側に結界を張ることで閉じ込めたマテリアル。

 こうしてマテリアル側の思惑は見事に成功し、アースラチームは戦力を分断されることになる。

 状況はシュテルの考案した作戦通りに推移しつつあったのだ。

 

◇ ◇ ◇

 

「初めましてクロノ執務官。私は王に仕えるマテリアルが一基。『理』を司る欠片。星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクターと申します。気軽にシュテルとお呼びください」

 

 クロノに対峙するなのはによく似た少女は、そう名乗るとスカートの裾を両手で摘んで優雅にお辞儀した。律儀な少女。クロノの第一印象はこれに尽きる。

 交渉とはいえ、まだ敵対しているといって良い関係。何気なく吐きだされる言葉のひとつひとつが情報となり答えを導くピースとなるのだ。他の三人の少女たちを御する存在である彼女も、それを知らぬわけではあるまい。伝えた言葉は恐らくクロノに知られても問題のない情報なのだろう。

 だが、向こうが名乗ってきたのに礼を返さないのは失礼にあたる。交渉は相手の機嫌を損ねず、逆鱗に触れないことが肝心なのだ。

 クロノも律儀に名と役職を名乗ろうとするとシュテルに手で制された。いわく、先ほどの名乗りで理解しているから必要ないのだそうだ。ならば、話は早い。さっそく交渉に赴くことにする。できれば平和的解決が望ましいが……それは無理だろう。

 クロノがシュテルの瞳を見た時、彼は察したのだ。彼女が絶対に意志を曲げぬ不屈の心を持つ者であると。高町なのはと同じ、やると決めたらやり通すのを信条とするタイプ。彼女は状況を打開することを諦めていない。

 ならば、これは交渉という名の情報の引き出し合いか。何らかの理由で向こうは管理局の情報を欲している。クロノはそう判断した。

 迂闊なことを口走らないよう注意しなければとクロノは自身を戒め、同時に向こうの正体をできるだけ探ってやる決意も心の内に秘める。

 

「まずは、そちらとこちらの要求を突き付ける前にすることがあります。私たちはあまりにも互いのことを知りません。話し合いをする前に相手のことを理解しておくのは交渉において必須。ですので、交互に質問しあい必ずそれに答えるというのはどうでしょう? もちろん質問の答えをぼかしても構いません。嘘か真か判断するのは各自で行ってください」

 

 これで確定した。シュテルは間違いなく情報を探る気だ。

 交渉というのが偽りで従う気が最初からないのであれば強引にバインドで捕縛してもいい。しかし、これは相手の事情を知るチャンスでもある。何より捕縛に失敗した時のリスクが高すぎるのだ。向こうが誠意を見せて武器を降ろし、一対一の話し合いに応じた以上、すぐにクロノ達をどうこうしようというわけでもあるまい。

 わざわざ質問に答えてくれるというのであれば、出来うる限りこちらも情報を引き出すに越したことはない。

 いいさ、そちらの考えに乗ってやる。クロノは心の内で気合を入れ、表情は変えずに気持ちを奮い立たせる。心は熱く、頭は冷静に。

 クロノとシュテルの腹の探り合いが始まる。

 

「それでは、そちらから質問をどうぞ。何でも答えてあげましょう」

 

 シュテルは先手をクロノに譲るようだ。クロノもシュテルの言葉に甘えて頷く。

 最初の質問はかなり重要。これによって結果と展開は劇的に変化すると言っていい。いきなり核心や相手の触れてほしくないような深い部分を探るのは、避けなければならない。後の答えが曖昧になってはぐらかされるだろう。此方が誠意をみせてもだ。

 かと言ってくだらない質問もだめだ。相手ばかりが得をする、それは望ましくない展開である。

 よって、クロノは深入りするような質問をせず、後々に重要な役割を果たすような情報を引き出さなくてはならなかった。

 目を瞑り、深く考え込むような仕草で思考するクロノをシュテルは黙って見つめる。一見すると隙だらけなように見えるが、此方の気配をちゃんと探っているようだ。シュテルの肌を刺すような威圧感が襲う。牽制されている。

 もっとも、まどろっこしい相手の熟考にシュテル側の外野が不満そうな、早くしろとでも言いたげな視線を送っているので、シュテルは背中がむず痒い。この気配はレヴィとナハトだろう。局員の行動は何でも不愉快なのか。

 やれやれ、と肩を竦めるシュテルの前で執務官が静かに瞼を開いた。どうやら考えが纏まったようだ。シュテルも気合を入れ直して身構える。

 

「率直に聞くが、君たちは何者だ?」

 

 巧いと、シュテルは内心で舌打ちする。闇の書の関係者か、闇の書そのものなのかと質問されれば、違うと答えていた。事実そのとおりだから。逆に闇の書とは関係ないのか、と聞かれれば、いいえと答えていた。どちらも正解で、どちらも間違っている。

 だが、何者かと問われれば、シュテルは曖昧に隠すつもりだった情報を言わなければならなくなる。律儀かもしれないが、シュテルは嘘が大っ嫌いだから。正確には騙して絶望に陥れるような悪質な嘘。

 他者を思いやる嘘は許せるが、他者を騙すような嘘だけは絶対に許せない。これを破れば憎いアイツらと同じになってしまうからだ。

 だから、答える。自らが何者であるか。重要な部分は言えないが、核心の答えに繋がる情報の欠片は与えよう。それをどう処理するかはクロノ次第だ。

 

「私とあの娘達は紫天の書のマテリアル。簡単に言えば闇の書の守護騎士と同じような存在です」

 

 シュテルから吐き出された情報をクロノは吟味する。

 彼女たちは紫天の書というロストロギアの守護者らしい。起こした事件から性質は闇の書に酷似しているが、守護騎士と同じような存在と名乗っているから、正確には違うと考える。クロノは情報がまだ少ないので、闇の書でないならば、何らかの関わりを持つとロストロギアと判断するに留めた。

 今度は向こうの番だ。何を聞かれるのか知らないが、管理局の情報を引き出したい。グリーンの前で叫んだすずかによく似た少女の言葉、殺された。これら二点で導き出される予測は、復讐する相手の居場所がもっとも高い。

 まあ、聞かれても正確には答えられないので分からないとしか言いようがないが。時空管理局は巨大な組織だから有名人でもない限り、クロノには答えることはできないのだ。一番多くの人員を把握しているのは人事部のレティ提督か。

 

「問います。現在の正確な日付、できれば新暦の何年なのかも教えてほしい」

 

 果たしてクロノの予想は外れた。あまりにも重要度の低い情報を求めてきたことに、一瞬だけ怪訝な表情を浮かべるが、すぐに冷静さを取り戻して相手の意図を考える。

 考えられるのは世間一般に触れていないということ、そしてロストロギアが起動して間もなく、正確な状況判断ができていない。これくらいだろうか?

 

「考え事に浸るのは構いませんが、質問に答えてからにしてほしいものです。執務官殿?」

 

「ああ……済まない。新暦65年の11月15日だ」

 

「そうですか。どうも、ありがとうございます(聞こえますかレヴィ。新暦65年は地球歴に直すといつになるのですか?)」

 

 シュテルはスカートの裾を両手で摘んで優雅にお辞儀すると、礼を述べる。その傍らでレヴィにマテリアル専用の思念通信を開いて、新暦が西暦に変換すると何年になるのか聞いていた。管理世界に疎いレヴィ以外の四人のマテリアルは新暦が何年に当たるのか分からないのだ。

 シュテル達の知っている闇の書事件から、どれほどの時間が経過したのか? それを知るための重要でいて何気ない質問のだが、レヴィから帰ってきた返答は冷静なシュテルでもってしても愕然とさせるには充分な内容だった。

 

「(しゅ……シュテるん、あのね。信じられないんだけど。ボク、バカだからよく分かんないんだけど……)」

 

「(いいから、早く教えてください。多少の時間の経過は誤算の範囲内です)」

 

「(う、うん。新暦65年は、地球歴、西暦に変換すると、××年……シュテるんとボクが出会って、闇の書事件が起きた年だ……どういうことなのシュテるん…………)」

 

「は、い……? はは、冗談、で、しょう?」

 

「おい! どうかしたのか!? 顔色が優れないようだが……」

 

 シュテルはレヴィの言葉が一瞬信じられず、唖然としたように固まった。身体がふらついて倒れそうになるのを、なんとか踏みとどまることで抑える。クロノ・ハラオウンが何か言っているがシュテルの耳には届かなかった。

 シュテルはクロノの情報を嘘だと否定したかった。だが、あらゆる要素が真実だと断定するに充分な情報の欠片を与える。

 まず、レヴィはシュテルに対して嘘を吐く理由がない。あの子は本当のことしか言わないのだ。純粋すぎて人を騙すという考えが思い浮かばないのだろう。次に、リヴィエという少女が言っていた闇の書と似た気配が地球にあるという情報。これは、ある可能性を考えれば辻褄が合う。それを補強するのが、情報を聞き出した局員たちの誰もが、有名になったであろう闇の書封印事件を知らないこと。

 シュテルは残酷な真実を、現実を直視したくない。地球に帰って真っ先にしたかったことがあるのだ。どうしてもしなければならないことが。

 

 シュテルはグレアム達に敗れて封印される前の日。『すずか』から紹介された病弱な女の子、八神『はやて』のお見舞いに行く前日に、父親である『士郎』と大喧嘩してしまった。

 原因は隠し事。つまり魔法についてだ。管理外世界で魔法のことを広めてはいけない、無暗に使ってはならないと『ユーノ』や『アリシア』から教わっていたシュテルは頑なに約束を、秘密を守り通した。

 しかし、相次いで自分の娘が内緒で何処かに行っていることを不審に思ったのだろう。『士郎』は心配して『なのは』を『美由希』と共に問い詰めた。

 テロリストやマフィアを復讐の為に殺しまわっている不破家は、身を護る術が、力が弱い娘を心配して鍛えてきた。狙われてもある程度、状況を打開できるように護身術代わりの暗殺拳と判断力を叩き込んだのだ。

 そして、一度だけ『なのは』は誘拐されたことがある。このとき、本能的に生きようとした『なのは』は誤って誘拐犯を殺してしまう。

 その時、不破家は総出で、それこそあらゆる伝手を駆使して娘を、妹の行方をさがした経緯があった。だから、娘が家族に何か隠して、何かに関わっていると知ったとき、それが争い事であると勘付いて問い詰めたのだ。愛しい家族を喪わせまいとした。

 それを知られることを『なのは』は恐れた。せっかく手に入れた誰かを助けるための力が、魔法の"チカラ"が親に取られてしまうと怯えた。危ないことに関わらせたくない父と姉はきっと魔法を禁じて、魔法の世界に関わらせまいとするだろう。

 だから、『なのは』は感情が麻痺して、凍り付いていた心を爆発させた。自分でも信じられないくらいに親や姉の言い分に抵抗して、叩かれようとも、怒鳴られようとも、屈することはなかった。

 逆に涙と鼻水を流しながら噛みついていたほどだ。さらには、いままで鍛えていた不破の暗殺拳と剣技を罵って否定した。大っ嫌いだと、不破の武術も、不破の血も、優しくない父と姉も大っ嫌いで、死んでしまえと叫んだのをよく覚えている。

 愛した『なのは』に拒絶され、否定された『士郎』と『美由希』が、その時そんな気持ちを抱いていたのかシュテルには分からない。でも、きっと泣いていた。好きにしろと怒鳴って去っていく父の背中が小さく見えた。無言で去っていく姉の背中は気落ちしていて、復讐を全否定された彼女の表情は魂が抜け落ちたかのようであった。

 本当は『なのは』は二人のことが嫌いではなかった。大好きだよと、愛してると、だからごめんなさい。そう謝りたかった。仲直りしたかった。

 でも、気まずいまま一日が過ぎ去り、次の日を迎えた『なのは』は命を喪うとも知らずに海鳴大学病院に向かう。きっと、友達と過ごすクリスマスは、あんな家族と過ごすクリスマスよりも楽しいと信じてだ。

 死に際の彼女が抱いた苦悩と記憶にある思い出は、死への恐怖よりも、あれほど嫌っていたはずの父と姉の優しい笑顔。その時、『なのは』は心に、魂に刻み付けるほどの未練を抱いた。"家族ともういちど仲直りしたい"と。

 

 それを受け継いでいるシュテルは、望みを果たせないことを知ってしまい。心が呆然して穴が開くかのようなショックを受けてしまったのだ。

 

 リヴィエが闇の書と同じような気配があると言っていた。あたりまえだ。管理局員たちが闇の書事件を知らないのも仕方がない。自分たちとは別に似たような魔導師襲撃事件が起きているのも納得できる。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが八神はやてを救わんと蒐集してるから。

 だって、ここは。この世界はシュテル達のいた世界とは違う並行世界なんだから。しかも、時を遡っているというおまけつき。

 嗚呼、そんなことはどうでもいい。もはや、シュテルは家族に会えない。レヴィから事情を聞いて、内容を理解して固まっているアスカとナハトも。シュテルの望みは、『なのは』の願いは叶わなくなってしまった。

 シュテルも、アスカも、ナハトも、心のどこかで家族に再会したかったのだろう。それができないと知って茫然自失となるのは仕方ないのかもしれない。

 

 クロノは相手の尋常ではない様子に呆然としていた。自分が言った言葉で、それほどまでに衝撃を受けるとは思っていなかったので当然だ。捕らえようという考えは浮かばなかった。チャンスではあるのだが、何か手を出すのを躊躇わずにいられなかったというのもあるし、手を出してはいけない気がしたのだ。

 心配性のフェイトが、クロノとマテリアルの少女たちを案じて、立ち上がろうとしたのを何とか手で制するくらいしか今はできなかった。

 実際、クロノの行動は局員としては間違っていたが、判断は正しかった。手を出せば一人の水色の少女に即座に斬り殺されていた可能性があるから。

 

 愕然として、気力を無くしたように佇む少女達。そんな彼女たちを救ったのは他ならぬレヴィだった。

 全てを一度喪っている彼女は、今は何が大切なのか知っている。それを教えるために、思い出させるために、大事なことを見失わないように念話で精一杯、レヴィは叫んだ。

 

「(みんなしっかりして!! 王様を助けるんでしょう!? こんなところで呆けてどうするのさ!!)」

 

「ッ……迂闊。ありがとうレヴィ」

 

 シュテルは何とか意識を取り戻す。残酷な現実ではあるが、最悪の事実ではないのだ。

 思い直せばいい。闇の書封印事件が始まっていないという事は、八神はやてを救えるという事。並行世界とはいえ、友達や自分自身が死ぬ未来なんて迎えたくはない。

 未来の知識を知っている自分たちなら、歴史を変えることができる。運命を変えることができるのだ。

 何より、紫天の書に生まれ変わる前の闇の書に出会えるとは何と言う僥倖。これで、ディアーチェも八神はやても救える。さらに、犠牲になった人々全員を悲しい運命から救えれば一石二鳥どころの話ではないのである。

 そう思えば、なんとかやっていけると三人の少女たちは気合を入れ直した。

 

「失礼。クロノ執務官殿。少々取り乱しました」

 

「あ、ああ……大丈夫、なのか?」

 

「罪を犯した犯罪者の身を案じる。貴方は優しい人ですね。私の知っている管理局、あの時も貴方のような人がいれば……いいえ、過ぎたことです。続けましょうか」

 

 とんだアクシデントはあったが、交渉という名の探り合いは続く。

 

◇ ◇ ◇

 

 その後のやり取りは淡々としたものだった。

 クロノもシュテルも聞きたいことだけを聞いて、互いに答えられる範囲で応えていく。

 数度、言葉を交わしただけだが、相手が、どんな性格であるかは、だいたい把握できた。二人とも律儀で義理堅い。少しだけ信頼されている気持ちを裏切らなければ期待を裏切らないのだ。内に打算を含ませながら、二人は真っ直ぐな想いで言葉を交わし合う。

 

――君たちの目的は?

 

――復讐と主を救うこと

 

――ギル・グレアムの居場所を教えていただけますか?

 

――普段は時空管理局の本局にいらっしゃる。復讐の相手はグレアム提督なのか? 手を出すのなら、やめておけ。たとえ、君たちがどれほどの力を持ってしても本局の戦力は桁違いだ。無謀な試みになるぞ?

 

――貴方の忠告に感謝を。復讐の相手が彼かどうかは、そうかもしれません、とだけ……

 

――……そうか

 

――最後に、できれば見逃してくださいませんか? 無駄な争いはしたくない。できれば、貴方のような良い人とは戦いたくないのです

 

――……大人しく投降してくれ。今なら情状酌量の余地と弁護の機会がある。悪いようにはしないと約束する

 

――無理ですね。あの子たちの嘆きと憎悪を視線で感じるでしょう? それに砂漠世界での報告を聞いて駆け付けたのだとしたら、ある程度、管理局に何を抱いているのか分かる筈。管理局に対する憎しみは癒えず、管理局という存在は信じるに値しません。私としても貴方個人は信頼しても、管理局という組織全体を信用することができないのです

 

――はぁ……交渉決裂という事か?

 

――そうですね。そういうことになります。互いに向き合ったまま仲間の元へ下がりなさい。まだ、手出しはしません。このままではクロノ、貴方の方が不利だ

 

――なんとも潔いことだ。だが、堂々と正面から抵抗して、無事に切り抜けられるほど僕達は甘くないぞ?

 

――そちらこそ、我々を舐めない方がよいかと。貴方たち二人で何ができるというのです? 大人しくしていれば一瞬で済みます、できれば無駄に抵抗しないでください。大丈夫ですよ、殺しはしませんから

 

――君も大概お人よしだな。優しすぎる

 

――そうでも……ありませんよ…………

 

 そうして交渉は静かに決裂した。クロノもシュテルも最初から予想していたことだが、できれば素直に受け入れてほしかった。

 

 クロノとしては穏便に事を終わらせ助けたい。たとえ、局員を襲ったのが事実だとしても彼女たちには何か事情がある。それを聞いて、少しでも管理局に対する憎しみを理解して、できれば原因を取り除いてあげたかった。

 映像データで彼女たちを見た時、ロストロギアが何らかの原因で知り合いの姿、形を真似ているものだと思っていた。ただの偽物だと考えていたが違った。シュテルと直に触れ合ってみてなのはと似ても似つかないが感情があると分かったから、彼女たちも人間と変わらないと感じたから、どうしても手を差し伸べずにはいられなかったのだ。

 フェイトの言っていた意味が、気持ちが今なら理解できる。親しい友と同じ姿をしているからこそ、悲しい瞳を変えてあげたいと思う。助けてあげたいと願う。クロノは自分の局員としての相応しくない私情に苦笑いだ。まったく、高町なのはの影響を受けたのは自分も同じだという事か。

 でも、差し伸べた手は拒絶されてしまった。できるなら彼女たちに協力したいが目的が、目的である。復讐という悲劇の連鎖を生み出すようなことをしようというのならば、全力で止めなければならない。局員として、何より瓜二つの少女の友として。

 気持ちを切り替える。母に言われたのもあるが、自らの信念を貫き通す強き意志を、決意を貫き通すために、少年は甘さを捨てる。たとえ、知り合いに瓜二つだとしても、或いは、そのものだとしても敵対するならば容赦はしない。

 

 シュテルは、後ろに下がりながら厄介なことになった、残念なことだと痛感していた。クロノ・ハラオウンは個人的に信頼できると思った人間だからだ。

 だからこそ、残念でならない。動揺したシュテルを拘束しようと思えばできたはずだ。律儀に質問に答えずとも、はぐらかして、嘘を吐いてもよかったのに正直に答えてくれた。彼のような人間が封印事件の時にいてくれれば良かったのにと思わずにはいられない。

 ぶっきらぼうだが、相手を思いやる心があっていい人だと思う。シュテル達は犯罪者という立場なのに、こちらの身を案じて、あろうことか警告までしてくれた。局員にもこんな人間がいるのかと感慨深くなったほどだ。

 できれば戦わずにやり過ごしたかった。シュテルは外道や畜生を殺すこと、傷つけることに躊躇わないが、善良な人間を無暗に傷つけるほど壊れてはいない。邪魔をしないのであれば何もしなかった。

 でも、それは無理だろう。彼は局員として務めを果たす。生真面目で意思も強いだろうから。

 ならば手加減は一切しない。王と仲間たちの道を阻むというのならば、どんな相手だろうと全力で叩き壊し、捻り潰す。

 

 シュテルの後ろに控えて大人しくしていたレヴィ、アスカ、ナハトが、それぞれの武装を手に駆け寄る。

 シュテルを庇うように前に立ち、臨戦態勢を整え、警戒を怠らない。相手がどんなことをしてきても即座に対応できるようにする。作戦通り、シュテルには指一本触れさせないつもりだ。

 

 一触即発の状態。誰かが少しでも行動を起こせば爆発する状況。

 

「待ってください!!」

 

「なっ、どういうつもりだフェイト? 交渉は失敗したんだ。今更、話し合いは意味がないんだぞ」

 

「クロノはそうかもしれないけど、私は話してないから。お願い。少しだけ、あの子達と、お話させて?」

 

 そんななかで、静かに立ち上がり、対立する二陣営の間に割って入って、両手を広げた少女がいた。

 フェイト・テスタロッサ。

 彼女の行動にクロノは眉を顰め、シュテル、アスカ、ナハトは半信半疑だった違う世界だという根拠を見せつけられたような気がして、一瞬だけたじろいだ。

 いや、一人だけ少女の姿に、行動に動揺せず前に進み出た存在がいたようだ。

 

 レヴィ・ザ・スラッシャー。

 レヴィは管理局の魔導師が転移してきた時から苛立っていた。それが局員に対する憎しみによるものなのか、それともシュテルと話すクロノという存在に抱いた嫉妬によるものなのか分からなかった。

 けど。、その理由がはっきりとした。目の前で両手を広げて立ちふさがる、儚げな雰囲気の少女。自分と瓜二つの存在が原因であると。

 なぜ、こんなにも苛立つのか分からない。フェイトが隠れている間に向けてきた視線を鬱陶しく感じた?

 ううん、違う気がする。自分自身と似た存在が不愉快だとか、弱々しい態度が気に入らないとかじゃない。もっと根源的なところでレヴィはフェイトの事が受け入れられないのだ。なんとなく、レヴィは直感で理解する。

 その苛立つ理由が知りたくて、レヴィはフェイトの前に立つ。彼女との話し合いに応じようとしていた。

 

「レヴィ、どうかしたのですか? 何か気になる事でも?」

 

「シュテル、ごめんね。作戦通りならボクは皆と協力して、シュテルを護らなきゃいけないんだよね? でも……」

 

「あのフェイトと呼ばれた少女の存在に惹かれるとでも?」

 

「うん、何故か分からないけど、アイツのことが気になって仕方がないんだ。何でボク、こんなに苛立ってるんだろう……」

 

 シュテルはしばし、目を瞑って考え込むと、どうすべきか判断を迷う。

 どの道、戦闘になるのであれば相対する戦力は少ないに越したことはない。

 ここは、レヴィにフェイトという少女を連れさせて遠くで話し合いをさせる。そうすることで、結果的にクロノ執務官と引き離し、戦力を分断させるのだ。

 バリアジャケットの形状や手にしたデバイスから見ても、フェイトの戦闘スタイルはレヴィと同じだと見ていいだろう。だから、たとえ戦闘になったとしてもレヴィが慢心か、動揺しなければ負ける確率は低い。

 フェイトの持つバルディッシュにはカートリッジシステムがない。フェイトは守護騎士である『ヴィータ』の魔法と魔力を受け継いでいない。この二点の違いで、すでに両者の実力には絶対的な差がある。

 なら、大丈夫だろう。シュテルは軽く頷いて許可を出す。

 

「レヴィ。貴女の気の済むままに、好きにやりなさい。でも、気に喰わないからと言って無暗に傷つけてはなりませんよ? それと、危なくなれば念話で助けを呼ぶので、そのつもりで」

 

「ありがとうシュテル。わがままいってごめんよ」

 

「気にしないで、レヴィ。さあ、行きなさい」

 

「うん……フェイト・テスタロッサ!! ボクの名はレヴィ・ザ……ううん、キミのまえでは、あえてこう名乗ろう! 『アリシア』・テスタロッサであると!! ボクは君と一対一で話し合いたい! その意志があるのならばボクに付いて来い!」

 

 レヴィが大声で告げた真名を聞き、クロノとフェイトは明らかに動揺していた。その名はフェイトにとって、様々な意味を持つ名だからだ。

 同時に、アスカとナハトがあちゃ~とでも言いたげに、天を仰いでいた。

 並行世界の管理局に真名を知られても意味はないだろうし、自分の正体を姿から容易く想像できるだろうから問題ないのだとしても、自分から真実を告げるような真似をするのはどうなのだろう? これでは偽名を名乗る意味がない。

 もっとも、シュテルは、それでいいだろうと考えていた。

 『アリシア』の名が持つ意味を、そこに含まれた重さを正しく理解しているのは、レヴィとシュテルだけだ。

 シュテルだけは知っている。レヴィにとっての『アリシア』という名が、どれだけ忌々しくて、どれだけ彼女を傷つけたのかを。真実をレヴィと共に見て来たから。彼女が潰れそうになったのを支えたのは他ならぬシュテルなのだ。

 この世界が並行世界だとして、バルディッシュを持つフェイトがレヴィと同じ存在だと考えるならば、少女がレヴィと同じような道を歩んできたとは限らない。

 世界の歴史の差異がどれほどのモノなのかシュテルには分からないが、二人が共感し合うか、相容れない存在となるかは、異なる名を持つ同じ存在の少女たちの、その成り立ちによって決まるだろうと、そう感じていた。

 できることならば、敵味方を関係なしに、二人には受け入れあってほしいものだとシュテルは願う。

 『アリシア』という名で繋がれた、たくさんの姉妹たち。フェイトとレヴィは、その一つであることに変わりないんだろうから。

 

「クロノ。あの子、アリシアって……どういうことなんだろう……? 私の姉さん、なのかな……? 私、知りたい。あの子と話してみたい」

 

「正直に言えば、僕にも彼女の言葉の真意が判断できないし、君と僕を孤立させるための作戦と考えると、許可を出すわけにはいかない。それでも、フェイト。君は行くんだろう? いっても聞かないのは承知さ。だから、好きにしろ。ただし、無理はするなよ。あのレヴィとか言う少女の抱いている感情は間違いなく敵意だ。気をつけろ」

 

「うん。ありがとうクロノ。そして、ごめんなさい。『アリシア』! 貴女の提案に私は乗ることにする!! 話し合いに応じよう!!」

 

「よし、付いてくるがいい!! キミならボクのスピードに追従できるはずだ!!」

 

 一陣の突風が爆発したように吹き荒れ、砂塵が噴水のように、ふたつ吹き上がる。

 疾風迅雷と例えられた二人の魔導師が爆発的な加速力を発揮するために大地を蹴ったのだ。それだけの衝撃で高く舞い上がる砂塵が、二人の発揮した力の強さを示している。姿を探そうとも、二人のスピードでは、もう、ここにはいまい。

 吹き上がった砂塵が細かな砂の粒となり、重力に惹かれて雨のように降り注いだ。視界がされぎられて、汗ばんだ身体に張り付く砂の感触が気持ち悪いが、クロノにとっては好都合。この状況を利用して奇襲を仕掛ける。狙いはシュテル。

 すでに戦いは始まっているのだ。さっきからシュテルと名乗る少女の身体から膨大な魔力が練り上げられている、魔力が収束されているのを感じる。レヴィとの話し合いの間に、それを行っているのだから抜け目がない。

 この魔力の収束の仕方と、展開する術式に酷似した魔法をクロノは知っている。高町なのはが一度だけ放ったスターライトブレイカーだ。多少、術式が異なるが大部分は同じ。これで結界を破壊するのが目的か。

 レヴィの言っていた言葉を思い出す。シュテルを護らなければならないと。ならば、クロノの判断は間違っていない。相手の脱出の要はシュテルだ。

 

「ああ~~っ!! 砂がウザったいわねッ!」

 

「――くっ、あいつ油断できない。もう気づいた……アスカちゃん、クロノとか言うヤツが近付いてる!!」

 

「こんなときに……奇襲を掛けるつもり? たくっ、させないわ、よ!!」

 

 クロノは、苛立つ少女たちの声を聞きながら、超高速誘導弾のスティンガースナイプをシュテルに発射しようとして、咄嗟にデバイスのS2Uを身構えた。

 炎が吹き荒れる音。次いで鞘から刀剣を引き抜いた金属の擦れる音と風切音、さらに可燃物に着火したような音が相次いで聞こえた。かなりの速度で近づいてくる気配を待ち構える。ばれない様に足元にバインドを設置するのも忘れない。

 アスカが、炎の翼を背に、砂塵を消し飛ばしながらクロノを襲う。振り上げた刀型デバイス紅火丸が刀身に炎を纏っていて、彼女がヴォルケンリッターの剣士タイプの魔導師であると判断。接近戦は危険だと後ろに下がった。

 相手の得意分野に付き合う必要はない。むしろ、不得意で苦手な分野から徹底的に攻める。

 即座に複数のスティンガーブレイドを展開して牽制に放つ。刀で切り払われる。アスカが着地して、もう一度、大地を踏み抜いてクロノに接近しようとする。掛かった。そこはバインドを設置した場所だ。

 

「ストラグル――バインド!」

 

「バインド!? うぐ、いつの間に……!?」

 

 アスカの踏んだ地面から青色のミッドチルダ式魔法陣が広がり、縄状の光り輝く紐がアスカの足をからめ取って、そこから全身を拘束していく。

 その瞬間、アスカの背中から放出されていた炎の翼が効力を失ったかのように消え失せ。デバイスが纏っていた火炎も力の供給を断たれたのか、静かに収まっていく。アスカがバインドを力任せに引き千切ろうとすると、肌に触れた部分から血が滲んだ。

 

「いっ――アンタ……!!」

 

 思わず痛みに顔を歪めるアスカ。捕獲した対象が逃げようとすると攻勢プログラムが働くバインドなのか。それとも、治安組織らしからぬ殺傷設定で魔法を行使しているのかと疑うように、クロノを睨みつけた。

 しかし、クロノは違うとでも言いたげに、静かに首を横に振って否定する。

 アスカを援護しようと向かってきているナハト。

 彼女の姿は砂塵でよく見えないが、クロノは魔力感知と気配を頼りにスティンガーで牽制を加えつつ、無駄に暴れないようにさせるために、ストラグルバインドの効果と身体を傷つける理由を、アスカに解説してくれる。

 

「ストラグルバインドの効果は拘束した対象の身体強化魔法を強制解除することだ。今の君は思うように力が出せないはず。それに、その様子だと、君たちは魔法生命体か。魔力で構成された生物は非殺傷設定が効かないんだ。覚えておくといい。だから、あまり無茶はするな」

 

 つまり、魔法にどんな効果を付与しようが関係なく、アスカ達マテリアルにとって全ての魔法が物理的な効果をもたらすということか。アスカはクロノの言葉を聞いて、そう理解した。

 マテリアルの身体が全て魔法で、正確には魔力で練り上げられた仮初の身体。魔力の塊である魔法をぶつけられると、身体を構成する魔力が飛び散って、人間でいう怪我をするのだ。忌々しいとアスカは舌打ちする。

 非殺傷設定、殺傷設定、対物設定、対魔力設定、これらの設定関係なしに魔法はマテリアルを傷つけるという事だ。

 しかも、使い魔のように動物などを素体としているわけじゃない。純粋な魔力だけで身体を構成されたマテリアルは魔法の効果をもろに受ける。痣が残るくらいの威力でも、マテリアルにとっては肉が飛び散り、腕が吹っ飛びかねない威力に変わる。

 それを知っているディアーチェは対策として、彼女たちのバリアジャケットの強度を通常の何倍にも引き上げるために、過剰に魔力を供給しているのだが、肌の露出している部分などは比較的に装甲が薄い。

 全身を拘束している魔法の鎖を、無理に引き千切ろうとすると、身体中が切り刻まれてしまう。

 

 ……それがどうした?

 

 魔法が身体を傷つける? 非殺傷設定が効かない? そんなの攻撃魔法を使っているときから。相手を怪我させて、自分を傷つけられる覚悟くらいはできている。

 アスカよりもはるかに強い、シュテルとレヴィなんて。夢の中で喧嘩した時、加減は一切しなかった。たぶん、魔法が必要以上に自身と相手を傷つけると知ったうえで全力を出したのだ。

 親友は、腕が焼け焦げ、腹がふっとばされても戦う覚悟を決めている。ならば、この程度の、綾取り紐みたいな魔法が締め付ける痛みなど、耐えられなくてどうする? アスカはそう考え、自分の奮い立たせる。

 

「うぅ……うぅらあああああああ!!!」

 

 拘束されている身体を無理やり動かす。紅火丸を掴んだ右手を強引に振り上げる。身体を地面に縫い付け、拘束せんとバインドが身体を引く力が強くなり、綺麗な肌を傷つけていく。肉に喰いこんで、血が飛び散って、真紅の光が魔力の残滓となって消えていく。

 痛い、痛い、痛い! こんなの魔力で疑似的に再現された感覚! 本当は刻まれてなどいないし、血が飛び散ってもいない。全部嘘っぱちだ! そう自分を誤魔化すアスカ。

 

「なっ!! 馬鹿な、なんて無茶するんだ!!」

 

「余所見をするな!!」

 

「ちぃ!」

 

 クロノ・ハラオウンがアスカの予想外の行為に驚愕して、目を見開き。ナハトがその隙をついて近接格闘戦をしかけ、連撃を加えんと懐に入り込む。

 それを、予測済みだといわんばかりに空を飛んで回避。展開していたスティンガーブレイドの一部を雨あられのようにふらすクロノ。

 ナハトは守護獣から受け継いだ強固な防壁で防いでいるが、降り注ぐ魔法の密度が濃くて動けない、回避できない。ナハトを、その場に縫い付けている間もクロノは別の魔法を展開し続ける。

 そして、そんな喧騒はアスカの耳に届かない、視界に映ることもない。今は自分を捕らえている鎖を引き千切る方が先だ。

 思い出すのは、魔法の講義中にレヴィが注意してくれたこと。

 

"ヘタな人がやると魔力を抑えきれなくて暴発とかするし"

 

 身体強化魔法はストラグルバインドによって阻害され、アスカは人より少し力が強い程度しか膂力を発揮できないでいる。

 魔法のプログラムに干渉して内部からバインドを解除、破壊するのは苦手だし、そもそもクロノの魔法は、そんな簡単に解除できるほど甘くはない。緻密に洗練されていて、うまく干渉できないのだ。ハッキングする隙がない。

 ならば、自爆覚悟でカートリッジの魔力を暴発させ、その余波で無理やり引き千切る。

 

「紅火丸!!」

 

『承知。魔力薬莢装填』

 

「いっけえええええええええ!!」

 

 四発装填されているカートリッジを全弾ロードする。振り上げられた紅火丸の柄がスライドして空になった薬莢が排出され、デバイスに溜まった熱が蒸気となって勢いよく排出される。

 馬鹿みたいに上昇する魔力。アスカが内側から引き出す魔力と供給されたカートリッジの魔力をデバイスに練り込んで、制御も適当に、出せる限りの力で振り下ろす。

 まるで、戦艦の砲撃が着弾したかのような爆発と地響きが大地を揺らし、空に轟音を響かせた。アスカの紅火丸が宙を回転しながら空に吹っ飛んでいく。

 舞い散る砂塵が、爆風の余波で吹き飛んで視界が晴れていく。

 

「な……!?」

 

 結界を打ち破るための収束魔法をチャージし続けているシュテルの姿と、クロノがシュテルを取り囲むように展開していた無数のスティンガーブレイドの姿があらわになってナハトは息を呑んだ。思わず声が漏れる。

 いつの間に、これほどの術式を仕込んでいた? 決まっている。砂塵が撒きあがってからだ。この男、油断できない。ナハトは呆気にとられる。

 

「あ、アス、カちゃん……」

 

そして、爆心地で気絶して虚ろな瞳をしたアスカが頭から倒れ込んだ。柔らかい砂地の上だから良かったものの、怪我が酷い。

 紅火丸を握っていた右腕が吹き飛び、周囲に肉片や細長いナニカが飛び散っていた。構成を維持する魔力の供給が断たれた部分が、すぐに魔力の残滓となって、真紅の輝きを放ちながら消えていく。

 チャイナドレスのようなバリアジャケットは見るも無残なボロ布に変わり果てて、露出した肌のいたるところが焼け焦げている。

 顔は砂地にめり込んでいて見えないが、きっと誰にも直視できないくらいの有様になっていると、思う……

 主の身を案ずるかのように、空から落ちてきた紅火丸がアスカの傍らに突き立った。

 

 どうする? どうすればいい? ナハトは迷う。

 アスカを見捨て、シュテルを護るべきなのか。それとも、シュテルが攻撃を対応してくれると信じて、アスカを助けるべきなのか。

 

「あまりにも膨大な魔力が収束していて、シュテルの周囲がどうなっているのか感知できなかったが、防御結界は展開されていないのか」

 

 クロノが言葉と共にS2Uを振り上げた。あれを振り降ろすというアクショントリガーをこなした瞬間、無数の魔法の剣は、刃をシュテルの身体に突き立てんと向かっていくだろう。クロノを阻止するよりも、魔法が発動する方が圧倒的に早い。

 ナハトはシュテルの顔を見た。

 まったく動じた様子もない。身じろぎもしない。アスカが無茶して大怪我したのを、見ずとも感じているだろうに。シュテルを取り囲んだ数え切れないほどの剣が見えない訳ではないだろう。それなのに、動こうとしない。

 ただ、ひたすらにルシフェリオンの先端に集っていく魔力を収束させていく。シュテルの魔力、戦闘で散布される魔力。アスカが傷ついて飛び散らせた身体を構成する魔力。あらゆるものを利用して務めを果たそうとしている。

 ナハトは作戦前のシュテルの言葉を思い出す。

 

"ルシフェリオンブレイカーをチャージ中は無防備になります。戦闘ならすぐにでも発射できますが、これほどの結界を破壊するとなると、儀式魔法並みの準備が必要なのです。ですので攻撃を近づけさせないように。みんなを信じていますよ"

 

 アスカを心配していないはずがない。きっと今すぐにでも飛び出して助けに行きたいはずだ。

 シュテルに向けられた無数の攻撃魔法を恐れていない訳がない。きっと、今すぐにでも射線から逃げ出して、対応策を練ろうとするだろう。

 それをしないのは、信じているから。親友が絶対に守ってくれると心の底から信頼して、自分にできることをしようとしている。

 こんな時、アスカやレヴィならどうする? きっと、ううん、絶対にシュテルを護ろうとする。大事なことを忘れてはならない、今しなければならないのは、シュテルを攻撃から守り、結界を打ち破る時間を稼ぐことだ。何としても。

 ならば、残酷なようだが、アスカは見捨てる。

 

――大丈夫よ。アンタは間違ってないから。アタシのことは心配すんな

 

 その勇気ある決断に、気絶している筈のアスカが褒めてくれたような気がした。

 

「終わりだ。スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

 

「させない。護れ、鋼の軛!! わが友を護る城壁と成れ!!」

 

 言葉と共に杖を振り降ろすクロノと、しゃがんで地面に両手をつけて叫んだナハト。二人の魔法が同時に展開する。

 シュテルを取り囲んでいた無数のスティンガーブレイドが、狙いを定めたように環状魔法陣を向ける。まるで、スコープで狙撃する相手を覗き込んだかのようだ。そして、一部を除いた剣の群れが、加速しながらシュテルに襲いかかる。

 だが、そうはさせまいと、シュテルの周囲から白銀の軛が伸びる。伸びて互いに絡み合って鼠一匹すら通すまいと、隙間を無くしていく。軛は盾となり、壁となり、あらゆる攻撃から身を護る城壁と成る。

 元々、侵入してきた敵の進路を阻むために使う拘束魔法。当然、破壊されないように物理、魔力双方に対する強度は高い。

 スティンガーブレイドのような、通常の射撃魔法より強力である魔法弾であっても一切通らないだろう。破壊するにはレヴィや、シュテル並みの砲撃魔法でなければ不可能。

 ガガガガガッと木の塀に矢が刺さったかのような乾いた音が鳴り響き、シュテルを狙ったスティンガーブレイドの連撃を阻む鋼の軛。ちゃんと、防げたことに安堵するナハト。だが、クロノが狼狽えた様子がない。まだ、何か手を残しているのかと警戒する。

 

 鋼の軛に突き刺さっていく己の魔法を見ながらクロノは、冷静に次の一手を実行に移した。

 これで通らないのならば、次の一手。それでもだめなら、更なる一手。ひとつ、ひとつの攻撃を無駄にせず、布石へと変えていく。

 シュテルと同じ、いかにして効率よく敵を無力化するのか考えながら、戦うのがクロノの戦闘スタイルなのだ。

 

「ブレイクッ!!」

 

 叫びと共に軛に突き刺さり、侵入を阻まれていたスティンガーブレイドが一斉に爆発した。

 百近い青の剣が起こした爆発は凄まじく、煙で周囲の様子が見えなくなるほどだ。手ごたえはあった。確かにスティンガーブレイドの一斉爆破は軛を打ち砕いた感触がある。煙の中から吹き飛んで出てくる軛の欠片が良い証拠だ。

 それでも、不安がぬぐえないのはナハトという少女が諦めた様子を見せていないからか、感じるシュテルの魔力が、さらに収束されていくからなのか。

 とにかく終わってはいないのは確かだ。クロノは冷徹に次に繋げる攻撃の準備を怠らない。

 

 煙が徐々に晴れていくと、ボロボロに砕けて防御機能の一部を損失させた軛の防壁があらわになる。

 所々に隙間ができていて、そこからチャージを続けるシュテルの姿が見えた。護りを完全に崩すにはあと一息といった所だろう。

 

「ブレイズカノン!!」

 

 クロノはS2Uをシュテルに向けて砲撃魔法を放つ。ナハトがクロノの攻撃を牽制しようにも、遥か上空から一方的に攻撃を加えるクロノに届くような攻撃魔法はなく、近づこうとする間に絶対防御の壁は打ち破られるかもしれない。

 もはや、ナハトも手段を選んでいられない。一瞬で狼の姿に変身すると、シュテルの所に向かう。

 その間にもクロノの連撃は続いていた。ブレイズカノンの直撃を受けて軛の一部が完全に崩れ去った。今なら射撃魔法も通るだろう。

 選択する魔法はスティンガースナイプ。狙うは護られている筈のシュテルではなく、シュテルに向かうナハト。防壁の隙間を狙えば、彼女は恐らく攻撃から身を挺してシュテルを庇うだろう。クロノはそう予測している。

 

「スティンガースナイプ! スナイプショット!!」

 

「ぐあっ!!」

 

 果たしてクロノの予想通り、ナハトは身を挺してシュテルに攻撃を通すまいと自ら盾になった。人間の姿に戻ると両手を広げてスティンガースナイプの一撃を受けとめる。腹にめり込んだ魔力弾によって身体をくの字に折り曲げるナハト。口からは血がこぼれ、内部に達したダメージの高さを物語っていた。

 辛うじて踏みとどまるナハト。痛みで意識が朦朧として、魔法の直撃でふらつく身体をなんとか踏みとどまらせる。キッとクロノを睨み付ける瞳には溢れんばかりの憎悪が込められていた。護りに徹していなければ縊り殺してやると言わんばかりだ。

 それを柳のように受け流しながら、クロノは残していたスティンガーブレイドの魔法を発動させんと無慈悲に杖を振り降ろす。

 すでに、鋼の軛による防壁は光の粒子となって霧散していた。ナハトが受けた傷と、痛みによるショックで魔法を維持する集中力が切れたのだ。ブレイドは先の一撃より数は少ないが、二人纏めて屠るには充分。

 高速で向かってくる攻撃魔法を、ナハトは怖気づいた様子もなく見つめる。

 ごめんねシュテルちゃん、ちょっとだけ避けて、お願いと。シュテルに負担を掛けてしまう事を謝り、自分にできる最後の手段を躊躇なく行う。

 手を突き出して蒼色のベルカ式シールド魔法を展開、三角形の回転する防壁がシュテルに迫るブレイドの半分を防ぎ、弾いた。反対側のブレイドはナハト自身の背中で受けとめ、シュテルの頭を狙った一撃は空いた腕を射線において、絶対に貫通させまいと、刺さった瞬間に腕に力を込めて筋肉を盛り上げ、刃の侵攻を阻んだ。

 無数に穿たれた傷口から血が流れ落ちて、口からおびただしい量の血を吐いて、ナハトは堪えきれずに膝を付いた。弱り果て痙攣する身体に鞭打って護りきった親友の姿を見上げれば、こちらを見向きもせずに、ようやく完成しつつある魔法の調整を続けている。

 ナハトの血を浴びてシュテルの顔から紅い雫が滴り落ちる、バリアジャケットに血がしみ込んで赤く黒ずんだ色に染まる。親友が目の前で傷ついても動じない冷たい少女に見えるかもしれない。不気味だと何も知らない人間からすれば、そう感じるだろう。

 でも、ナハトはうっすらと微笑んで、心配しないでと呟いた。

 シュテルの瞳をよく見れば、彼女は泣きそうだ。ホントは傷つき倒れていくアスカとナハトが心配で心配で、今すぐにでも助けに行きたかっただろうに。よく我慢した。声が出せたのなら褒めて頭を撫でていたが、身体がうまく動かないナハトでは叶わぬ願いだ。

 もはや、気力が残っていても身体が限界なのか、ゆっくりとナハトはうつぶせに倒れて気絶する。

 

 しかし、二人が身を挺してくれたおかげで、この勝負シュテルの勝ちだ。ようやく、ようやく究極の収束魔法が完成した。

 本来ならばクロノが勝っていただろう。ナハトがブレイドを受けとめた瞬間に、ブレイクのキーワードでシュテル諸共、爆砕すれば良かったのだ。やはり、あの男は甘い。大方、ナハトの身体をバラバラにするのを躊躇ったのだ。たとえ、魔力で構成された魔法生命体が、後々復活できると分かっていても。

 シュテル達は根幹のプログラムを損傷しない限り死なない。主から魔力の供給さえ受ければ何度でも復活する。

 だから、傷ついた二人は大丈夫と言い聞かせながら、シュテルは二人の受けた痛みをまとめて返すことにした。約束通り殺しはしないが、報いは受けてもらう。

 ルシフェリオンの先端に収束して出来上がった魔力の塊は、太陽の光と錯覚してしまいそうな眩い輝きを放っていて、星の光にも負けないくらいの威力を秘めている。

 それを、シュテルはクロノに向けた。クロノを見つめる瞳に感情が感じられず、彼女は一切の躊躇なしにクロノごと撃ち抜くだろう。

 

「ッ……! そこまでして、護るのか……そうまでして成し遂げる気か?」

 

 クロノがナハトの身を挺した行動に狼狽して、呆気にとられたように空中で立ちすくむ。

 そこまでするとは思わなかった。二人とも迫りくるスティンガーブレイドから回避すると予測していたのだが……秘めた覚悟を読み違えたようだ。

 それに、確かに最終手段として、ブレイドを爆破することも出来た。母の容赦なく徹底的にやれと言う言葉も頭のなかで反芻した。それでも、クロノは躊躇ってしまった。頭のなかで映像で見たナハトの絶望に満ちた悲しみの声を思い浮かべるとどうしてもできなかったのだ。

 

 あれだけの魔法を連発して、消耗しない訳がない。クロノは疲弊する身体に鞭打って回避行動を取ろうとするが、収束魔法どころか、広域殲滅魔法と化したシュテルのルシフェリオンブレイカーを避けることができそうにない。

 

「クロノ、我が究極の一撃を受けて果てなさい。集え明星……全てを灼き消す、焔と成れ……我が友の受けた屈辱を返し、行く手を阻むものを打ち砕く太陽の輝きへと昇華しろ――」

 

――真ルシフェリオォォォン、ブレイカアアアアァァァァッ!!!

 

 その渾身のシュテルの叫びと共に放たれた魔力の濁流を、太陽の噴き出すプロミネンスのような一撃を。痛みと熱さを肌で感じながら、クロノは誰かに引っ張られるような感覚を最後に一瞬だけ意識を失った。

 強壮結界は打ち砕かれ、今、地球への道が開いたのである。

 

 


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