リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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〇死闘じみた決闘

 シュテルは夢の中とはいえ、どこか懐かしい海鳴の街並みを上空から眺めつつ、同じ高度で距離を取って相対する親友の姿を見据える。

 

 手には自身のデバイスであるルシフェリオン。それを、全力全開のディザスターヘッドから砲撃仕様のブラスターヘッドに変形させ、いつでも放てるように構えていた。あのユーリという少女に対して底知れぬ力を感じたため、全力で立ち向かうためにディザスターヘッドを選んだが、レヴィに対しては魔力の節約と距離の関係からブラスターヘッドのほうが効率が良いと判断したのだ。

 

 レヴィの装甲は薄く、砲撃を直撃させればすぐにでも落ちる。ディザスターヘッドから繰り出される一撃なら掠っただけでも致命傷だろう。

 しかし、彼女がそんなに甘い相手ではないことをシュテルは知っている。

 

 対峙する両者の距離は遠く、現在の位置でレヴィはシュテルに対する攻撃手段をあまり持たない。それに対して、シュテルは砲撃・誘導弾・直射弾といった豊富な射撃手段で一方的に攻撃できる。これだけ聞けば、シュテルが有利なのは一目瞭然だ。

 だが、それを補うアドバンテージがレヴィには存在する。ゆえにシュテルは絶対に己の得意な状況であっても油断できない。油断しない。

 

 その心構えを維持しつつ、『アリシア』の親友としての『なのは』は、一応、最後の説得を試みた。

 

「ここがどこか気が付いていますかレヴィ」

 

「? 夢の中でしょ? 違うの?」

 

「いいえ。ここは紫天の書の内部です。そこに潜んでいた貴女がユーリと呼んでいる少女は、私たちの誰もが存在に気が付きませんでした。でも、害意を為さないというのであれば、どうして姿を現さずに隠れるような真似をするのでしょうか? そこから考えて怪しいと判断するのは妥当でしょう?」

 

「それでもボクは、ボクの勘に従ってユーリを信じる。この考えを曲げるつもりもないし、間違っているとも思わないけどね」

 

 だが、断固とした決意で宣言するレヴィの姿に、シュテルは説得を諦めるしかなかった。自分もそうだが、あの子も、それどころかシュテルの友達は一度決めたらやり通す頑固者ばかり。だから、時には力づくで衝突することもある。まったく、信念の強い子が周りには多いとシュテルは少しだけ呆れた。そこが良い所でもあるのだが……

 

「決意は固いですか……いいでしょう。心頭滅却、我が魔導の炎を受けて少し頭を冷やしなさいレヴィ!!」

 

 叫びと共にシュテルはルシフェリオンに収縮されていた魔力を解き放つ。展開された術式はブラストファイアーと呼ばれる砲撃魔法。シールド・バリア貫通性能よりも、一撃の破壊力を重視した魔法だが、レヴィの防御魔法にとっては致命砲になりかねない。彼女のシールドやバリアは一般魔導師よりも防御性が高いが、シュテルの砲撃を防ぎきれるほど強くはない。

 

 魔杖から紅蓮の輝きが一筋の流星のように迸り、レヴィを飲み込まんと迫る。しかし、相対する水色の少女は、それを避けるどころかデバイスを槍に見立てて突っ込んでくるではないか!?

 無謀とも言える行動。それでもシュテルは表情に一切の感情を見せない。いや、舌打ちを一つすると砲撃の照射を中断して、自身の周囲に相手には見えない設置型バインドを展開、レヴィからできるだけ距離を取り始めた。感情を表には出さないが、仕草から少しだけ焦っているようだ。

 

「バルニフィカス! 『パンツァーヒンダネス』!! 一点集中展開っ!」

 

 シュテルに突き刺すように向けられたバルニフィカスの先端。そこに分厚い水色の障壁が展開され放たれた砲撃を受け流していく。

 それは、レヴィの魔法ではなく己の内に取り込んだ『ヴィータ』の魔法だった。『ヴィータ』の強力な防御魔法を得たことによってバリアジャケット以外の防御性能は遥かに高くなり、事実上、防御の薄いという弱点を克服する結果となっている。

 不意を突かなければレヴィに決定打を与えることはできないだろう。彼女の戦闘技量なら必要最低限の攻撃を避け、致命弾を確実に防いでくる。命中性の高い誘導弾は防御を貫くには威力が足りず、そもそも当てることすら難しい。

 

 これこそがレヴィの距離を補うアドバンテージ。高性能な障壁と盾を手に入れた彼女は、その速度と相まって凄まじい突進力を得たのだ。そこから繰り出される一撃は恐らく盾の守護獣ですら防ぎきれない。まさに、眼前の敵を薙ぎ払う騎兵のようだ。

 

 だからこそ、シュテルはバインドで捉えることを選択した。パイロシューターを連続して当てることはできないとは言わないが、いささか効率が悪い。

 

「ルベライトッ!」

 

 レヴィがシュテルの設置したバインドを避けようともせずに突き抜けようとする。どうやら、一切の速度も殺さずに一撃離脱でシュテルを叩き切るらしい。

 だが、ルベライトの拘束性はレヴィの想像よりもはるかに突き抜けている。『理』のマテリアルとしての得た特性から、構成する術式を人間には不可能なまでに緻密で、一切の無駄なく洗練できるようになったシュテル。その魔法は一の魔力で十の威力を叩きだせるのだ。

 それに拘束されれば、どんな猛獣でも動きは止まる。そしたら砲撃を叩き込んで勝負は終了の筈だった……

 

「無駄だよシュテルっ! こざいくでボクは止められない!!」

 

「はぁ!?」

 

 しかし、シュテルの予想とは裏腹にレヴィはルベライトの拘束を難なく引き千切り、そのまま突進してくる。

 確かにルベライトは突撃する少女の四肢を光の輪で捉えていた。それでも、レヴィから馬鹿みたいに放出される魔力の出力に耐えられず、粉々に砕け散っただけで、足止めにすらなっていない。より強力な拘束効果を持つチェーンバインドを使っても速度を緩める効果にしかならないだろう。

 バインドのプログラムを解析して解除するでもなく、魔法で物理的に外部から破壊するでもなく、純粋な魔力出力で拘束を引き千切る様は、まさに馬鹿力なのだ。

 

「バルニフィカスっ、モードブレイバー!」

 

 レヴィがバルニフィカスを振り上げると同時に、デバイスは形を変形させて巨大な剣の柄と化す。カートリッジを二発使用。リボルバー式の弾倉が回転して、撃鉄を引き起こし次いで叩く。レヴィの魔力が上昇していく。デバイスから水色の刀身が伸びて斬馬刀のような一本の剣が生まれた。雷神の武器と呼ぶにふさわしい神剣は刀身から水色の雷を迸らせ、獣の唸り声のように放電音を漏らす。

 

(あれは、マズイですね)

 

 あまりにも大きすぎるレヴィの魔力出力は本人でさえ制御しきれず、収束しきれなかった魔力が漏電したような現象を起こしているのだとシュテルは一目で判断した。恐らく見た目以上に凄まじい破壊力を秘めているのだろう。直撃なんて論外、掠っただけでも危険だ。

 けれど、神速で迫るレヴィの攻撃から逃れることは不可能に近い。すでに両者の距離は目前まで縮められており、シュテルの高速移動魔法では避けられない。

 ならば、防御魔法で防ぐことを選択するか? 否。それでは防御ごと叩き切られるのが目に見えている。レヴィは、相手を防御の上から叩き潰す『鉄槌の騎士』と融合しているのだ。その特性を引き継ぎ、力のマテリアルとしての能力も相まって防御の上どころか、防御ごと粉砕することに長けている。

 

――それなら答えはひとつしかない。

 

 シュテルはマルチタスクで高速思考しながら、状況を判断して対応を考え即座に実行に移した。

 ルシフェリオンのモードを変更。ブラスターモードからディザスターモードへ。一瞬だけ最大出力モードで抜き打ちして、レヴィの斬撃を迎撃する。

 

「フレアバスタァァァァッッ!!」

 

 なのはの使うエクセリオンバスターと双璧を成す魔法。フレアバスター。膨大なチャージをすることで絶大な威力を発揮する砲撃魔法だが、あらゆる工程を短縮することで、圧縮魔力弾として発射する。

 カートリッジを一発使用、薬莢を排出。デバイスに溜まる熱を放出。ルシフェリオンの槍のような形状の先端から、炎の塊のような魔力弾が生成され、次いでレヴィに向けてぶっ放される。着弾炸裂効果とバリア破壊効果を付与した魔力弾は直撃すれば一撃でレヴィを落とす。そして、レヴィとフレアバスターの相対速度から回避は不可能。

 

「くっ、極光斬!!」

 

 だから、レヴィには攻撃に対するアクションは二通りしか残されていない、防ぐか迎撃するかだ。

 迫りくる魔力弾をブレイバーで迎撃すると、フレアバスターの着弾炸裂効果によって、魔力弾は爆発と閃光を巻き起こしレヴィの動きを止める。両手でブレイバーを振り払った彼女は隙だらけだが、すぐにでも返す刃でシュテルを切り払う事が可能。伊達に力のマテリアルを名乗ってはいない、小柄な体から想像もできないパワーを発揮してブレイバーを振るう。

 

 それでも、シュテルには関係がなかった。レヴィは動きを止めた。最大の武器である速度を殺したのだ。思わずシュテルの口から猛禽類の笑みが漏れ、獲物を狩る目つきに変わる。

 

 砲撃を発射した反動で左手に掴んだルシフェリオンを振り払いながら、開いた右手の人差し指と中指をレヴィに向けるシュテル。指先から魔力弾が生成され、彼女の周囲にも無数の魔力弾が展開される。その総数は24個。

 

「ブレイバー使用時は強力な防御魔法が使えない、判断を誤りましたねレヴィ? パイロシューター! パイロショット! ファイア!!」

 

「ッ!? くっそ~~!!」

 

 咄嗟の判断で使った砲撃は術式が荒く、反動を完全に相殺できなかったので連続して発射できなかったが、あのまま砲撃を撃てればシュテルが勝っていただろう。だが、シュテルはレヴィの攻撃を凌ぎ切った。この射撃弾は次に攻撃を当てるための繋ぎ、牽制。勝利への布石。

 巨大な剣を生成するブレイバーは絶大な攻撃力を発揮する。しかし、パンツァーヒンダネスのような強力な防御魔法は使えなくなるという欠点がある。シールドは一面しか展開できず、バリアは効果範囲が広い反面、防御性能は低い。24もの攻撃を防ぎきれない。

 だから、レヴィは悔しげに舌打ちしながら距離を取った。動きを止めたせいで、いくつか喰らって、薄いバリアジャケットの被弾した部分に穴が開き、濃い痣が残る。痛い、激痛が走る。それでも、レヴィはうめき声も上げずに、歯を噛み締めることで耐えた。

 

 回避機動を取り、誘導弾を避けるが、それに混じって放たれた直射弾が動きをけん制する。無理やり回避した隙をついてパイロシューターが腕を掠めていく、肌に焼き痕が残り、ダメージが否応がなしに蓄積する。

 弾幕の嵐から離脱しようにも、そうはさせまいと誘導弾が退路を塞いでくる。無理やり離脱する手もあるが、全身に無数の魔力弾を受ける覚悟をしなければならない。後の事を考えると、これ以上のダメージの蓄積は望ましくない。

 

 回避する間に、デバイスの変形を済ませる。モードをブレイバーモードからクラッシャーモードへ。巨大な剣の柄からバルニフィカスは基本形態の戦斧に姿を戻す。これで防御の準備は整った。

 

「電刃衝!」

 

 レヴィの叫びと共に周囲に水色の発射台が生成され、デバイスを振るというアクショントリガーで弾丸を発射する。目標は向かってくるパイロショット。シュテルの放ってくる直射弾だ。これを迎撃、相殺して一瞬だけ弾幕の間隙を作りだすのが目的。

 水色の弾丸が、同じ色の環状加速リングを通過することで通常の何倍もの弾速を得てパイロショットを粉砕していく。

 

「迎撃しましたか。なら、それを上回る数の射撃で押しつぶせばいいだけです!」

 

 もちろんシュテルだって黙ってやられている訳ではない、迎撃されるたびに次から次へと誘導弾、直射弾を生成して、先の攻撃よりも激しく攻め立てる。炎の弾丸は流星となり、数を増やして弾幕となる。

 

 こと、ここに至って戦闘は魔法弾の激しい撃ちあいとなっていた。朱色と水色の弾幕が飛び交い、ぶつかり合う事で砕け散って、魔力の残滓がきらめく光に変わり空を彩る美しい光景。遠くから見れば戦闘とは思えないくらい幻想的に映るだろう。

 片や自身が魔法の発射台となって様々な弾丸を撃ちまくる星光の殲滅者。片や周囲に展開したスフィアから弾丸を加速、連射する雷刃の襲撃者。両者の優劣は一目瞭然で、シュテルの弾幕はレヴィを圧殺せんと迎撃弾を逆に圧倒していく。射撃を本分とする殲滅者に、接近戦と一撃離脱を本分とする襲撃者では敵わない。当然の帰結だった。

 

 しかし、魔法を展開するという時間を稼ぐ目的は叶えられている。さっきまでレヴィを牽制、迎撃してくる魔力弾の数は減っていて、動きを止めても問題ないレベルにまで弾幕の脅威は減っているからだ。

 

「パンツァーヒンダネス展開」

 

 先程までと違い、水色の防護障壁がレヴィの全身を護るように覆い尽くす。一点に集中するのではなく全方位展開。防御力は下がるが、射撃魔法程度ならば余裕で耐えられる。たとえ、防御ごと砲撃で貫こうともレヴィの加速力を持ってすれば回避は可能。このまま、傷を癒してしきりなおす。

 それが、レヴィの考えであり、その状況に追い込むことこそがシュテルの策略だった。

 

「掛かりました。これで決めます! モードA.C.S展開」

 

 シュテルは一度、大きくルシフェリオンを振り払い、カートリッジ装填と排熱を同時に行う。装填する弾丸は一発。使い終わった薬莢が排出されて空に散る。残弾は残り四発。

 再びルシフェリオンを構え直して砲撃姿勢を取る。利き腕の左手でグリップを握り、右手はフレームに添えるだけ。

 ルシフェリオンの槍状の先端部分に朱色の羽根が六枚広がり、槍の中心部分にストライクフレームと呼ばれる魔力刃が形成される。一枚一枚の羽根は飛行時、靴に生成されるフライヤーフィンと同様の機能を発揮し、ストライクフレームはあらゆる結界、防御を貫く刃となる。

 防御を貫き零距離で砲撃を放って相手を墜とす。瞬間的に一撃必殺を叩きだすシステム。それがモードA.C.Sだ。

 

 当然、零距離の砲撃は危険が伴う。直撃させた爆発の余波が自身にもダメージを与えるからだ。まさに諸刃の剣と言えるだろう。

 しかし、速度の速いレヴィに砲撃を当てるにはこれしか方法がない。チャージしている間に攻撃や回避機動を取られ、バインドで動きを封じることが不可能なのは先の攻防で証明済み。

 ならば、玉砕覚悟で突込み、至近で一撃必殺を叩き込む。レヴィが行った戦術をそのまま返すのだ。

 

「ドライブ!!」

 

 叫んだキーワードと共に爆発的な速度で加速するシュテル。その勢いは一瞬だけレヴィの速度を凌駕する。無理やり速度を叩きだす代償に膨大な魔力消費と身体的負荷が襲いかかるが、些末な問題と称して切り捨てる。この一撃で雌雄を決すると考えれば大したことではない。

 

「ぐぅッ!!」

 

 しかし、予想以上に負荷が強すぎたのか、無意識にうめき声が漏れた。苦痛に耐えることにシュテルは慣れているが、慣れているだけでどうにかできるほど安易な問題ではない。確実に障害が発生するのは目に見えている。

 それでも、レヴィを捉える視線は絶対に外さない。シュテルに向けて発射される電刃衝が身体を掠め、あるいは直撃しようが、絶対に、絶対にだ。

 

 シュテルの捨て身の一撃は、レヴィに避ける余裕すら与える事無く障壁に直撃し、徐々にストライクフレームの刃が防御を貫通していく。完全に防御を打ち破った段階でシュテルがルシフェリオンのトリガーを引き、フレアバスターを放てば装甲の薄いレヴィは一撃で倒れるだろう。

 ふと、シュテルはレヴィの顔を見た。彼女は目を見開いて驚き、息を呑んでいる。しかし、何処か意を決したような顔つきをすると、躊躇うことなく身を乗り出してきた。嫌な予感がシュテルの脳裏を掠める。それでも攻撃は止まらない。止められない。

 

「……ッ終わりですレヴィィ!!」

 

「まだだよ! シュテルゥゥ!!」

 

 シュテルがルシフェリオンのトリガーを引く瞬間。レヴィは手にしたデバイスでルシフェリオンを叩いて標準をずらし、開いた左手でシュテルの腹部に手を付けた。ルシフェリオンに収束する魔力が自身の身体を徐々に焼いていくが、レヴィは気にもしない。左手にありったけの魔力を集めて、瞬時に起爆させる。

 

「バスタァァ!!」

 

「爆光破ッ!!」

 

 生成された魔力がプラズマのような球体となって爆発し、同時に近距離で放たれたフレアバスターも着弾炸裂効果で爆発を起こす。二つの爆発が合わさり、シュテルとレヴィを飲み込んで、発生した煙が両者を覆い尽くした。

 

◇ ◇ ◇

 

「はぁはぁ……ぜぇぜぇ……」

 

「ふぅーっ……ふぅーっ……」

 

 学校の屋上で対峙するアスカとナハトは一進一退の攻防を繰り広げ、両者は荒い息を吐きながら距離を取って休んでいた。もちろん、油断することはない、片方が何かアクションを起こせば、もう片方も迎撃の為に動き出すだろう。

 ちなみに戦いを黙って見ているしかないユーリはというと、五月蠅いのでナハトに口をバインドで塞がれている。それが、アスカの戦意を火山の如く噴火させてしまう結果にはなったが。

 

 しかし、両者ともに酷い有様だった。

 ナハトのドレスのようなバリアジャケットは無数の切り口が入れられ、ところどころ肌が露出している。背中の部分には焼け焦げた跡があって、黒いドレスでも分かるくらいの煤が付いている。

 アスカのチャイナドレスのバリアジャケットも同じように破けており、スリットの部分は無残に引き千切られて、健康的な脚が丸見えだ。

 

 二人とも近接戦闘に特化したスタイルのせいで、刀と爪で切り合い殴り合うしかなく、無残な姿を晒すことになったのだが二人は気にしない。

 

 むしろ、この膠着状態をどうやって打ち破るか、それだけを考えていた。

 

 アスカの攻撃力では鉄壁とも言えるナハトの防御力を打ち破ることができず、斬撃、刺突、打撃から炎の翼による一撃、そこから放った炎の散弾に、刀に翼の炎を収束させて放つ極炎弾。そのどれもをナハトは完全に防いで見せたのだ。

 逆にナハトは決定打となる攻撃手段を持たず、両手に装着したグローブ型デバイスの爪、指先から生成される魔力糸の斬撃、手の甲の部分に装着された鉄鋼の部分をぶち当てる拳による一撃。といった攻撃だけではアスカを倒しきれなかった。

 

 それに、ちょっと前まで見せられていた悪夢の影響せいか心理面でのトラウマが消えず、全力で力を振るえないことも影響している。

 バケモノのように腕を振るえばアスカが壊れてしまうかもしれない。最悪、殺してしまうかもしれない。そういった恐れを持つ心構えではアスカに勝つことはできないだろう。

 だから、足止めに徹してシュテルとレヴィの決着がつくまで時間稼ぎする腹積もりなのだが、どうやら、アスカがそれを許してくれそうにない。

 彼女は何としても決着を付けるつもりのようだ。

 

 本当は互いに状況を打破する技を持っている。それでも使わなかったのは、必要以上に親友を傷つけたくなかったからなのだが、もはや、両者ともに加減できなくなっている。そんな心遣いはほとんど残っていないし、する余裕もない。

 

(ここで倒れるわけにはいかない。あの金髪の女の子を解放して、もしも、騙されていた時、傷ついた私達が勝てる要素はないから。でも、このままじゃ……)

 

(チクショウ。どうしても、あの子の防御が抜けない。早くユーリを助けて、誤解を解いて、上空で行われている殺し合いみたいな決闘を止めないと……)

 

――使うか? 必殺の一撃を?

 

 どちらにも躊躇いはあるし、親友である相手を傷つけたくない心は同じ。それでも、相反する考えを持ってしまって、争い合う以上は決着を付けねばならない。そうしなければ状況はますます悪化する。

 

 上空で巨大な轟音が響き、二人が目をやればシュテルとレヴィが煙に包まれて見えなくなっていた。

 これこそが、アスカとナハトを焦らせる理由。上で戦う二人の親友は加減というモノを知らず、いつだって全力全開でぶつかりあう。殺し合いのような決闘は下手をすれば大怪我では済まない。それは避けたい。できるなら止めに入りたい。

 しかし、だからと言ってユーリという存在を放って置くことも出来ないのだ。アスカは彼女の身を案じるが故に、ナハトは怪しい存在である彼女を監視するために。

 だから、早急に決着を付ける必要があると判断した。

 

(アスカちゃんには悪いけど。ここで眠っていてもらう)

 

(この一撃。紅蓮抜刀ならナハトの防御ごと斬り伏せることができるはず)

 

 アスカとナハトの身体から放出される魔力がどんどん高ぶっていく。足元にベルカ式の魔法陣が展開され、魔力を込められた術式が効果を発揮せんと超常現象を引き起こす。

 

 アスカは背中から炎の翼を吹き出し、抜き放っていた紅火丸を鞘に納めて構える。これから解き放つ紅蓮抜刀は記憶に残るシグナムの紫電一閃をアスカなりにアレンジした奥義。炎熱変換された魔力を紅火丸に込めて最速の剣技たる居合抜きで放つ技。恐らく炎を纏う刃は熱で焼き斬るどころか、爆砕する威力を秘めているだろう。未熟なアスカの技では圧縮しきれずに、余分な魔力が爆発する。

 

 柄に収められたカートリッジを全弾ロード。四発の薬莢が排出されて、アスカの足元に転がる。黒い鞘から少しだけ覗く刃の部分が赤熱して、しだいに炎を漏らし始める。その背中と刀から放たれる熱量は凄まじく、ナハトには空間が熱で揺らいで見えた。

 

 だが、ナハトだって負けてはいない。一時的に夜の一族の能力を受け入れ、全ての放出する魔力を自己強化に注ぎ込んだ彼女の身体は変化を起こし始めていた。全身の筋肉が盛り上がり、少女のほっそりとした体つきから、獣のような力強い肉体へと変化する。口元から見える歯は、狼の牙のように鋭い。赤い瞳は真紅に染まり、瞳孔が縦に割れ威圧感が増す。その姿は吸血鬼であり、人狼でもある。

 

 悪夢に囚われ、憎しみに身をゆだねて力を解放した時とは違う。一族の力を一部とはいえ、自ら解放した影響で能力は段違いに鋭く研ぎ澄まされていた。破壊力こそ下回るが、精度は今のナハトのほうが優れている。その強い決意を固めた姿にアスカは、守護獣ザフィーラの姿を垣間見た気がした。

 

 二人は同時に構え、力を溜めこむと、視線を合わせ、そして。

 

――いくよ。アスカちゃん。

 

――来なさいナハト。アタシも全力でやる。

 

ヒン・リヒテン・アングリフ(処刑する残忍な攻撃)!!」

 

「紅蓮抜刀! 砕け散りなさい!!」

 

 爆発的な跳躍力を持って、最強の一撃を叩き込むためにぶつかり合った。

 瞬間的に縮まる両者の距離。そして、中心に現れたのは黒い闇。闇から出てくる少女の名はディアーチェ。

 

「ッぅ……ディアちゃん?」

 

「なんでっ!?」

 

 突然の事態に息を呑む二人。もはや、攻撃の軌道を逸らすことはできない。このままでは二つの最強の一撃はディアーチェに叩き込まれる。

 それでも、ディアーチェは驚いた様子も、怯えた雰囲気すらない。ただ、恐ろしいほどまで冷静な瞳が向かってくる二人を瞬時に捉え。次いで、攻撃の当たる瞬間、二人を入れ替えるように手で掴んで投げた。

 

 アスカの抜刀する一撃は屋上と校内をつなぐ入り口を爆散させ、彼女自身は勢いを殺せずに瓦礫の山に突っ込む。ナハトの振りぬいた爪による一撃は眼前にあったフェンスを細切れにし、屋上の床に無数の斬撃の跡を残した。さすが、優れた身体能力を持つ夜の一族というべきか、咄嗟に足を地面に擦りつけて勢いを殺したが、床を抉ってしまったようだ。

 

 アスカもナハトも体勢を立て直すと、いきなり出現したディアーチェを見やるが、彼女自身は二人に見向きもしない。

 ただ、バインドに捕らわれているユーリを見やると、片手を向けて放出した魔力でバインドを砕いてしまった。

 

「すまぬユーリ。我がうぬの事を明かさんばかりに、余計な面倒を掛けたようだな」

 

「気にしないでくださいディアーチェ。今は――」

 

「うむ、頼めるか?」

 

 ディアーチェの言葉にユーリは無言でうなずくと背中から禍々しくも美しい、光が波打つ翼を広げて上空へと飛び去って行く。つられるようにアスカが視線を向けると、シュテルとレヴィが膨大な魔力を解き放たんと、術式を展開しているのが見えた。恐らく向こうも決着を付けるために最強の一撃を放つのだろう。そして、ユーリはそれを止めに行ったのだ。

 

 アスカはユーリのことを心配しない。魔法に日が浅いアスカでも感じ取れるほど強大な魔力を秘めたユーリ。その力はマテリアル全員を凌駕してしまうように彼女は感じたのだ。きっと、二人のことを止めてくれるに違いない。今は……

 

「なんだ……ディアちゃんの友達なんだ、ね。それならだいじょ……」

 

「『すずか』!!」

 

 力尽きたように倒れ込んだナハトのほうが心配だった。急に意識を失ったナハトを思わず本当の名前で呼びかけ、駆け付けるアスカ。

 幸いにも異変に気が付いたディアーチェが身体を支えたおかげで、地面に全身を打ちつけずに済んだが、それでも不安は消えない。

 思えば、ナハトは戦う前からどこか疲労していたようだが何かあったのだろうか? アスカには分からなかった。

 

「ディアーチェ! 『すずか』は大丈夫なの!?」

 

「案ずるなアスカ。身体を酷使しすぎたおかげで躯体が傷ついておるな。恐らく無意識に回復を促進させようと気を失ったのだろう。今から我が外部から復旧をバックアップする」

 

 不安そうな瞳でナハトを見るアスカを安心させるように、ナハトの身に何が起きたのかディアーチェは説明しながら、倒れ込んだ少女を優しくいたわるように寝かしつけ、ゆっくりと上下する胸に手を押し当てた。

 ディアーチェの足元に黒紫のベルカ式魔法陣が広がり、漂い始めた黒い光がナハトとアスカの身体を癒していく。

 それを受けてアスカも思い出したかのように膝を吐いた。どうやら彼女も相当に限界が来ていたらしい。

 

「あ、れ……?」

 

「揃いも揃って馬鹿みたいにやり合うからそうなる。今は大人しくしておれ」

 

 厳しい口調とは裏腹にディアーチェの瞳は潤んでいて、申し訳なさそうな、不安そうな表情を浮かべていたのを、アスカは薄れゆく意識の中で確かに見たのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 至近でぶつけ合った魔力の影響で爆風が発生し、周囲を視界を奪う程の煙が覆う。その中からシュテルとレヴィは爆風に吹き飛ばされるように飛び出してきた。

 シュテルは腹に爆光破をまともに受けたせいで、その部分のバリアジャケットが消し飛び、肌は焼け焦げて血が滲んでいた。口からも血が滴り落ち、空中にまき散らされた血液はデータの欠片となって消失していく。

 レヴィの怪我も酷い有様で、右半身のバリアジャケットが溶けており、右腕は焼かれたせいで炭化している。ポロポロと腕から黒い欠片が落ちていく様は悲惨すぎて見るに堪えない。

 

「ぐうぅぅっっ……迂闊でした」

 

「ちょ、と。まずいかなぁ……痛くない、痛くない、痛くない……」

 

 それでも彼女たちの闘志は微塵も衰えていなかった。いつもの冷静なシュテルなら戦闘をやめていたし、レヴィだって馬鹿じゃないから休もうとするだろう。しかし、ヒートアップした闘争心が理性を奪っていた。

 彼女たちは当初の目的を忘れ、負けたくない一心で戦っている。それほどまでに楽しいのだからしょうがない。

 

「あは、ねぇねぇシュテるん。本気のバトルは楽しいねぇ」

 

「ふふ、ええ。そうですねレヴィ。このような闘いはいつ以来でしょうか。とても心地よいのは確かです。ですが――」

 

「うん。そろそろ決着を付けようか」

 

 傷ついた躯体を戦闘に支障のないレベルにまで回復させる。元より魔力で構成されたデータで造られた身体。いくら傷つこうとも、身に宿した魔力が尽きぬ限り死ぬことはない。

 だが、そろそろ決着はつけねばならないだろう。死ぬことはないとはいえ、限界はあるのだ。さきの一撃は致命傷と言ってもよく大部分の魔力が散っている。恐らく次に出せる魔法が最後。ならば、最大最強の魔法でもって決着を付ける。弾倉に残された全てのカートリッジを装填。薬莢を排出。

 

「集え明星!  全てを灼き消す、焔と成れ!!」

 

「いくぞ~雷神!! 滅殺ッ!」

 

 今まで繰り出してきた魔法を遥かに凌駕する魔力が二人に収束していく。シュテルの杖、ルシフェリオンには太陽の焔と思えるような光の塊が生まれ、レヴィのバルニフィカスは極光剣よりも遥かに強大な神剣を生み出す。

 どちらの魔法も収束魔法と呼ばれるもの。並みの魔導師では使う事すらできない最強の魔法。その威力は、あらゆる結界を破壊し、防御は意味を為さなず無に帰す。当たれば必殺の威力を叩きだす恐るべき魔法。

 

 それを解き放ち、ぶつかり合えば恐らく、この空間は消滅する。もっとも決着を優先する二人には些末な問題なのだろう。でなければ平気で最強魔法をぶっ放さない。

 

「ルシフェリオォォォン、ブレイカアァァァッ!!」

 

「極ッ光ォォォォッ斬ッッッ!!!」

 

 そして、互いの最強魔法がぶつかり合う瞬間。着弾点に割り込んだ金色の少女がいた。彼女の名はユーリ・エーベルヴァイン。身に膨大な魔力を秘めし者。禍々しくも美しい強大な翼は、巨人の腕のような形に姿を変えて、二つの魔法を受けとめんと構えられた。

 

「喧嘩は、ダメですぅぅぅぅぅっ!!!!」

 

 ユーリの渾身の叫びと共に秘められた魔力が解放され、その瞬間魔法が着弾。周囲を埋め尽くさんばかりの爆発と閃光が響き渡る。

 

「――ユーリッ!!」

 

「……馬鹿なっ!?」

 

 予想外の事態にうろたえる二人の少女。レヴィは純粋にユーリという少女を心配する声をあげた。一方でシュテルはありえない事態に困惑する。あの少女の隠された力。それを感じ取っているシュテルは彼女の身は心配していない。むしろ、目の前で起きている現象に心配する余裕すらない。

 ぶつかり合った収束魔法の威力が予想外に小さかったのだ。それどころか、爆発が瞬時に収まっていく。

 

「うぅ……ちょっと痛かったです…………」

 

 そして、完全に消え去った爆発の中心点にいるユーリの姿はまったくの無傷。

 最強最大の魔法を、下手すれば町の区画を壊滅させる魔法を受けて、ちょっと痛いで済ますユーリにシュテルは戦慄と畏怖を覚えたのだった。

 

 こうして、誤解による決闘はディアーチェの介入とユーリの身を挺した防御によって一応の決着を見た。

 

 


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