リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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〇幕間1 少女の絶望は深淵の如く、底知れぬ闇は内に潜む

 レヴィとアスカが、ユーリと出会った頃。時は少し遡る。

 

 レヴィ達と別れたディアーチェ達は第97管理外世界に近い無人世界で拠点を構築。

 レヴィ達が転移して来られるようにマーキングを施すと、独自に情報収集と魔力の蒐集を行い始めた。

 ディアーチェの存在が時空管理局に知れ渡ると、闇の書が復活したと感づかれる可能性があるため、主にシュテル一人でこなさなければならなかったが。

 

 "各地を旅する魔導師"という設定の元、治安組織である善良な管理局員に道や危険な噂を聞き出すという面倒くさい方法でシュテルは情報を収集した。

 

 とはいえ、拷問でもしない限り個人の知れる情報など少ない。組織の中に潜り込んで施設や重要人物から情報を盗み出すスパイなら話は別だが、あいにくシュテルは、そんな人間ではないし、経験なんてない。まして末端の局員なら得られる情報などたかが知れている。

 

 目的としていた情報。

 秘密裏に実行されたであろう闇の書封印作戦が、どういった形で処理されたのか? ギル・グレアムの現在の所在は何処か? それらを知ることは不可能だった。せいぜい、最近多発している魔導師襲撃事件があるから、気を付けた方が良いと忠告されるくらいだ。

 

 この襲撃事件こそ"自分たちに取り込まれて存在しない闇の書の守護騎士"が行っている襲撃事件なのだが、シュテルは"レヴィ達が自重せずに派手に暴れまわっている"と勘違いして"世界の差異"に気が付くことができなかった。

 

 自分たちが一時的に世界から消えて、どれくらいの時間が流れたのか。それを気にしていれば結果は違ったかもしれない。

 

 とにかく、これが原因でシュテルはレヴィ達にOHANASIすることになるのだ。

 

 もう一つの魔力の蒐集については順調である。レヴィ達のように訓練や遊び? を交えながら蒐集するのではなく徹底して蒐集作業に専念することで効率が段違いだった。ディアーチェは蒐集だけならば隠れる必要がないので手伝えたのも大きいだろう。今では"闇の書のページを"半分埋めてしまえそうな程にシュテル達は蒐集できていた。

 

 もちろん管理局にばれる行為だが、生き物や環境に影響を与えないよう広い範囲で分散して蒐集をおこない、不必要に原生生物を傷つけなかったこと。レヴィやヴォルケンリッターの行動が結果的に陽動になっていることが管理局に気づかれない要因となっていたのである。

 

 現在は消耗した魔力を回復させるため構築した拠点でディアーチェとシュテルは休んでいる状況だった。

 

◇ ◇ ◇

 

「しかし、意外でしたね。まさかアスカがあんなことを考えているなんて、思ってもいませんでした」

 

「う、うむ、そうだな。わ、我も驚いたぞ」

 

 シュテルは転移して来るであろうレヴィ達の分の布団を、草と樹皮で編みながらディアーチェに話しかけた。

 答えるディアーチェの声はうわずっていて、何処か調子がおかしい。いつもの尊大な態度がなく、なんというか、照れているような感じなのだ。

 

 ディアーチェに背を向けてせっせと編み物をしていたシュテルが振り向いてみても、目に映るのはシュテルが編んだ布団にくるまって背を向けるディアーチェのみ。

 

 ずいぶんと分かりやすい照れ隠しだとシュテルは思う。草で編まれた布団を無理やりはぎとったら、顔を覆い隠して縮こまりそうだ。

 きっと顔も高揚して紅く染まっているだろう。

 

 ディアーチェがこんな態度を取るきっかけは、もちろんアスカが叫ぶように告げた思いだ。

 あれを聞いてからずっともじもじして、この調子なのである。

 生前、友達と呼べる人間が皆無だったディアーチェにとって、あの言葉は胸に響くものがあったのだろう。

 きっと嬉しいのだ。

 

 いつもと違う態度のディアーチェにさすがのシュテルも、どう接すれば良いのか分からなくて困惑気味だ。

 だから、仕方なく父や姉にサバイバル訓練と称して、山籠もりさせられた際に身に着けたスキルで布団を編んでいたのだが、それも終わってしまいそうだった。

 

「はぁ……」

 

 そろそろ、向き合わねばならないのだろう……現実と。

 

 ディアーチェとは色々と話さなければならないことが多いのだ。

 こんなデレデレモードに付き合っている暇はない。

 シュテルは意を決すると真剣な声で、ディアーチェに問いかける。

 彼女と過ごしてきたシュテルは、無視できないほどに気がかりなことがあるのだ。

 

「ディアーチェ。私はひとつ気になる事がありまして、問い詰めさせていただきたいのですが。あぁ、別にディアーチェが考えている想いを聞きたい訳ではありませんから。話とは別のことなのです」

 

「………」

 

 ディアーチェはシュテルの問いに答えない。

 ただ、ゆったりと布団から起き上がると、シュテルに向き合うように座り込んだ。

 臣下の話はちゃんと聞いているという態度の表れだろう。

 そのまま、無言で続きを促した。

 

「単刀直入に聞きますが、どうしてディアーチェは眠らないのですか? 

我々マテリアルは睡眠を必要とはしませんが、人間だったころの生活リズムは大切だと貴女も存じている筈ですよ?」

 

 そう、ディアーチェはシュテルの前で一睡もしたことがないのだ。

 シュテルが寝たふりをして夜を明かしてもディアーチェが眠っている様子はなかった。

 そのことがシュテルは心配でたまらない。

 何か親友はとんでもないことを隠しているのではないだろうか? 

 

「ディアーチェ、無理に聞こうとは思いませんが、私もアスカと同じような考えなのです。悩みがあるのなら私が相談に乗ります。秘密にしたいのならば誰にも話さず、胸の内に秘めておくことを約束しましょう」

 

 身を乗り出さんばかりの勢いで問いかけるシュテルの勢いに押されてか、あるいは、どこまでも真剣で、本当に心配しているシュテルの態度に心を揺り動かされたのかは分からないが、ディアーチェはポツリと呟いた。

 

「悪夢だ……」

 

「……なんですか?」

 

「眠るとな、決まってあの日の悪夢を見せられるのだ……眠っている間に心を闇に食われてしまうと思うと、な……」

 

「それは、どういう……」

 

「すまないが、一人にしてくれシュテル。夜風にあたりたい。」

 

「あっ! ディアーチェ!!」

 

 今にも消えてしまいそうなディアーチェの声は不安の感情を含んでいたのがシュテルには分かった。もしかすると、ディアーチェらしくない照れる態度は不安を忘れていたのかもしれない。そう考えると、悪いことをしたとシュテルは思う。

 

 そして、シュテルはとぼとぼと去っていくディアーチェの背中を追うことができなかった。

 背中にあるのは明確な拒絶の意思で、追いかければはっきりとした意志で制止されるだろう。来るなッ!! と。

 力になってやれないことが悔しくて、自分の無力さが苛立たしくて、シュテルは歯噛みする。

 強く。強く。歯が割れてしまうんじゃないかと思えるくらいに。

 

 こうして起きていても仕方ない。シュテルは眠らない王を支えるためにも、万全を期すためにも、睡眠をとって休むことにした。

 

(こんなとき、どうすれば良いのかわからない自分が憎いっ!!)

 

 力になれない不甲斐なさに、心の涙を流しながら。

 

◇ ◇ ◇

 

 天然の洞窟内から出てきたディアーチェは歯ぎしりしながら、思いっ切り壁を拳で打ちつけた。

 右手からは血が流れ、皮膚が赤く染まっていたが気にする余裕はない。

 感じる痛みが激情を抑えてくれる。

 

 シュテルやアスカがああ言ってくれたことが、ディアーチェは心底嬉しかった。

 友達として過ごしてきた時間は圧倒的に少ないのに、親身になってくれたことが、どれほど嬉しかったことか。

 けれど、彼女たちの想いに答えられるわけがないのだ。

 

(応えられるものかッ!! 我とユーリが闇の書の闇に徐々に食われて消えることを。闇の書の闇が生きていて、その呪いから抜け出す方法など、とうに消えてしまったことなど……何と言えばよいのだ!!)

 

 そう、ディアーチェの身体は死に瀕していたのだ。

 闇の書の呪いで足から麻痺が進んでいた『八神はやて』だった頃と状況は何にも変わってなどいない。むしろ、前よりも酷いのだ。

 ディアーチェは己の身体が徐々に蝕まれていることを、ひしひしと感じていた。心が……魂とも言えるソレはやすりで削り取るかのように、だんだんと擦り減っていく。そして、心が欠けていくと身体も同じようにボロボロになっていった。

 身体の動かない部分を精神力で補い、無理やり動かす。そして、尊大な態度を常に取ることで、他のみんなにばれない様に振る舞っているのだが、はたして、いつまで持つのだろうか?

 

 眠れば、闇の書の闇が悪夢を見せてくる。起きていても、弱みを見せれば心の隙間からにじみ出るようにディアーチェを精神的に浸食してくる。

 ゆっくりと身体を休めることも出来ず、ディアーチェは戦い続ける。己の内側に潜む敵と。

 

 その正体は歴代の主を喰らってきた闇そのものだ。

 

 最後の闇の書の主であった『八神はやて』を、永劫の闇に囚われていない『はやて』を歴代の主と同じ末路に陥れようと、存在そのものを喰らいつくさんと闇の深淵から手を伸ばしてくる恐るべき闇。

 尊い管制プログラムの犠牲によって滅ぼしたはずだが、欠片が生きていたらしい。ディアーチェの体感時間で、この世界に復活する数年前。内に潜む闇に気が付いたのだが、どうしようもなかった。自身のリンカーコアに病巣のように憑りついていて、どうすることも出来ないのだ。

 

――苦しい、辛い、誰か■■■て……

 

「ッ――!!」

 

 思わず呟いてしまいそうになった言葉を、ディアーチェは辛うじて飲み込んだ。

 それは言ってはならない言葉だ。自身の運命に親友達を巻き込んで死なせ、大切な家族でもあった守護騎士たちの覚悟と想いを知ろうともせずに、生きることを諦めて死のうとしていたディアーチェに、そんな言葉を言う資格はない。

 

 己を戒めるように、血が滲むほど唇を噛み締め、両手を強く握る。

 

「我は……罪深き罪人なのだ。生きる資格も、幸せになる権利もない。けれど……」

 

 だが、滅ぶべき運命だとしても、赦されざる罪人だとしてもディアーチェは死ぬわけにはいかなかった。己の贖罪を果たさなければならないからだ。

 

「あと少しだけでも持ちこたえてほしい。巻き込んでしまった四人の友達に人生を返せるだけ返したいから……」

 

 再び死んでしまう前に、浸食されて新たな闇の書の悲劇を生み出す前に、罪を償い自滅すること。それが、今のディアーチェの本当の目的だった。復讐なんて本当はどうでもいいのだ。グレアムからは"真実"と"犠牲者"の想いを聞きたいだけ。

 

「だから、もう少しだけ耐えてな? 私の身体。もうちょっとだけ、生きていて欲しい」

 

 痛む身体を押さえ、夜空に輝く星々を見ながらディアーチェは静かに呟くのだった。

 

 


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