パチュリー・ノーレッジにとって、十六夜姉妹とはどんな存在なのか。
簡単なようでいて回答が困難なこの問題を、パチュリーはここ十年程ずっと考えている。
「あら、もう一人来たわね」
白夜に課題の説明をしていると、図書館に新たな人物が姿を現した。
銀の髪にメイド服のその少女は、白夜の姉の方である。
「ご機嫌よう、パチュリー様」
「ええ、ご機嫌よう咲夜」
「…………」
気が付くとそこにいるのは、咲夜が相手ならば良くあることだ。
慣れたものだし、今さら珍しいことでは無い。
白夜に至っては、ただちらりと視線を動かしただけだ。
まぁ、元より白夜が表情を動かす所を見たことが無いのだが。
「申し訳ありませんパチュリー様、これが迷惑をかけておりませんか」
「そんなことは無いわよ、今も課題について話していた所」
「はぁ、課題ですか……」
白夜は一言も喋っていないけれど、と胸の内で独りごちる。
咲夜はパチュリーの言葉に視線を動かし、どこか胡散臭そうな表情で妹を見やる。
妹の方は特に反応しないが、咲夜は溜息を吐いて首を横に振った。
――――溜息を吐くような箇所があったかしら?
ふむ、と考え込むパチュリー。
この姉妹、昔から今のように不思議なやり取り――だいたい、白夜は何の反応も返さないが――をすることがあった。
幼い頃、2人の勉強を見るようになってから気付いたことだ。
そもそも、パチュリーも最初はこの姉妹のことをどうとも思っていなかったのだが。
(いつだったか、最初は咲夜だったわね……この子には才能があると思った)
そう、まずは咲夜だ。
魔法の才では無いが、魔法と同じように、いずれ人智を超える力を得るだろう片鱗を見せていた。
教えた理論や公式は一度で大抵覚えたし、それを基に自分なりの考察を考える力にも長けていた。
だが、重要なのはそこでは無い――――彼女は、知識に対して貪欲だった。
どうやって時間を作っているのか――今から思えば、あれも能力の片鱗だったのだろう――酷い時には一日中パチュリーにくっついて、何から何まで質問攻めにしてきた。
本を読むのに鬱陶しかったが、徐々に高度になっていく質問内容に楽しみを見出していたのも確かだ。
咲夜は本能的に知っていたのだろうと、パチュリーは思っている。
知識とは何にも代え難い宝であり、それでいて重荷にならない生きていくための力なのだ、と。
(それに対して、白夜は良くわからないわねぇ)
白夜は、どうだろう――才能があるのか無いのか、良くわからなかった。
普段から何も喋らないものだから、講義の最中も聞いているのかいないのかわからない。
かと思えば、課題はきちんとやってくる。
咲夜の手を借りているのかと思えば、どうも自分で理解しているようでもある。
試しに質問してみれば、普通に答えてくる、筆談だが。
咲夜とはまた違う、不思議な生徒だった。
普段はついて来れているのかいないのかわからないが、振り向けばちゃんとそこにいる。
それが、パチュリーにとっての十六夜白夜のイメージだった。
まぁ、金髪に赤黒のメイド服などと言う目立つ格好をしていれば目に付くだろうとも思うが。
(レミィが妹様付きのメイドにした時は、ああ明日には死んでるなと思ったけれど)
ところが死なない、むしろ無傷で平然と地下のフランの下に通っている。
本物なのか、偽物なのか。
この魔女の叡智をもってしても読み解けない、なかなか面白い人間だった。
ある意味、咲夜よりも面白いかもしれない。
パチュリーは、完全より不完全の方が好きだった。
他人は逆のイメージを持つかもしれないが、実はそうなのだ。
完全なものを追及しても意味は無い、進歩も無ければ成果も無い。
だが不完全なものであれば、手の加え方でいくらでも進歩もするし成果もある。
研究のし甲斐がある、と言うわけだ。
(まぁ、それでいて曖昧なものは好きでは無いのだけど……って、あら?)
ふと気が付くと、白夜の姿が無かった。
むきゅ? と首を傾げつつあたりを見渡すと、咲夜しかいないことに気付いた。
「白夜はどうしたの?」
「あれなら、着替えに行きました。おつかいを命じましたので」
「おつかい?」
「はい、お嬢様が人里のお菓子をご所望とのことでしたので」
あ、そう、と、気の無い返事を返す。
課題の説明がまだ半分だったのだが、まぁ、特に急ぐわけでも無い。
そう思いなおして、パチュリーは咲夜を見た。
「それにしても、わざわざ着替えに?」
「ええ、まぁ」
「何?」
「はぁ……その」
珍しく言いよどんだ後、咲夜は苦虫を噛み潰したような顔で、苦々しい声音で言った。
「メイド衣装で人里に行くのが恥ずかしいと……」
「……いつも思うのだけれど」
話の内容はどうでも良かったが、あえて言った。
「貴女、あの子とどうやって会話しているの?」
「それは……」
今度は意図的に言葉を止めて、咲夜は何事かを考えるような仕草をした。
「そうですね」
昔からそうだった、実はパチュリーが最も解明したい十六夜姉妹の謎である。
はたして咲夜は、何も喋らない白夜とどうやって会話しているのか?
十年共に過ごしてきたが、パチュリーは未だに白夜の意図や考えを読むことが出来ない。
運命を操るレミリアですら、直接の主人であるフランドールですら。
だが、咲夜は違う。
この館……いや幻想郷において、咲夜だけは白夜の意図を正確に読むことが出来る。
咲夜だけが、白夜を理解できている。
そんな彼女は、ふと何かを思いついたような顔で唇の前に人差し指を持っていくと。
「――――秘密、ですわ」
「あら、魔女に秘密を持つなんて。後が怖いわよ」
「ふふふ、まぁ怖い」
クスクスと笑い合っていると、ふと紅茶の香り。
どうやら小悪魔が紅茶を運んできたようだ、パチュリーは椅子に深く座り直した。
さて、次の課題は何にしようか……。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
さて、次回は妹関連を除けばトップクラスに私が好きなキャラクターの出番。
そう、もはや紅魔館には彼女しか残っていない……!
というわけで、今回も妹シリーズで締めです。
今日は天界の不良娘、天子さんの妹ですよ!
では、どうぞ。
knk440様(ハーメルン)
・比那名居 天下(ひななゐ てんか)
種族:天人くずれ(不良天人)
能力:大火を操る程度の能力
※火事、火災など火の災害を操ることが出来る。火関連の自然災害を鎮めることができる。
二つ名:非想非非想天の末娘
容姿:蒼髪赤眼、姉と同じ帽子、半袖、ロングスカート、ブーツ、装飾品。
テーマ曲:おねぇちゃんといっしょ
キャラクター:
比那名居一族の末娘、一族で天人の位に昇った最後の1人である。軽く200歳を越えているはずであるが、末娘故か、大人しく引っ込み思案で人見知り、自己主張はほとんどしない。
だが騙されてはいけない、彼女も天人、「長寿=死神より強い」の公式の中に彼女もきちんと入っている。幼げな外見や仕草に油断していると、とんでもないことになる。
具体的には、燃やされる。
お姉ちゃん大好き。
天下の定位置は、姉である天子の左斜め下である。
つまりは姉のスカートの陰で、そっと服を掴んでいる小さな存在が天下だ。
彼女は明るく積極的な(我侭の裏返しなのだが)姉に良く懐いており、何かにつけて「おねぇちゃん、おねぇちゃん」とついて回る。
一方で天子はそんな妹を疎ましく思う……と言う大勢の意見を覆し、良く面倒を見ているらしい。
むしろ妹君がついてこないと寂しそうだ、とは、永江衣玖の談である。
実際、天子は己が何かした時、まず最初に妹に「どうよ!」と感想を尋ねるのが常である。そして天下に「おねぇちゃん、すごい!」と言わせて初めて大きな満足を得るのである、これだけでも、かなり可愛がっている様子が窺える。むしろそのために異変を起こしている節があるとか無いとか。
注)天下を苛めたりしようものなら、その者は天人だろうが妖怪だろうが神だろうが巫女だろうが何であろうが、宝具「緋想の剣」で斬り殺されます。
主な台詞:
「こ、こんにち、わ……(ささっ、と姉のスカートの陰に隠れる)」
「お、おねぇさん、だぁれ……?(そっ、と姉のスカートの陰から覗き見る)」
「おねぇちゃん、すき(ぎゅっ、と姉のスカートに抱きつく)」
「あわわ、あわわわわ(姉にかいぐりかいぐりされて目を回している)」