<永遠に紅い幼き月>レミリア・スカーレットにとって、十六夜姉妹は所有物だった。
2人ともが彼女のモノであり、彼女達の運命が己の掌中にあることを疑ったことは無かった。
そしてその事実と確信に、レミリアは常々満足しているのだった。
「――――レミリアお嬢様」
「そう怒るな、咲夜。せっかくの美貌が台無しよ?」
白夜が去った後、レミリアは己の従者を宥めなければならなかった。
その際のやり取りに不快を感じたりはしない、何故なら彼女が望んでそうしたのだから。
とは言え、当の従者……咲夜は、もちろん望んでそうしたわけでは無いので。
「お戯れを……」
なんてことを言ってくる。
その時の表情を見て、レミリアはニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべた。
幼い子供が悪戯の最中に見せるそれにも似ていたが、どこか悪魔的に見えた。
吸血鬼としては、極めて正しい姿だ。
そして実際、十六夜咲夜ほどに完成された存在をレミリアは見たことが無かった。
美しく、優雅で、取りこぼし無く、神妖でさえ持ち得ない能力を有し、しかも命令に忠実。
従者として文句のつけようも無い、まさに<完全で
レミリアが拾い得た、彼女だけの満月が彼女だ。
「咲夜」
「は……」
「――――跪きなさい」
命ずれば、戸惑いも躊躇も無く咲夜はそれに従う。
いちいち確認するような
そうして自分に傅く咲夜を見る度に、レミリアはゾクゾクとした充足感を覚えるのだ。
つい、と手を伸ばし、紅い爪が伸びた掌で従者の頬を撫でる。
まるで掌中の珠を転がすかのように手指を動かせば、ひんやりすべすべの感触が心地良い。
深海色の瞳に自分を映すようにしながら、レミリアは言った。
「悪かった。だから、そんなに不安そうにするな」
ぴくり、と指先に感じる震えにレミリアは苦笑する。
まったく、心配性なことだ。
「……なら、どうしてあれに
「うん? あー、それは……つい、ね」
ジト目を向けてくる従者に、レミリアはすいっと視線を逸らしてみせる。
それから、「仕方ないじゃないか」と言い訳じみたことを言う。
これがまた唇を尖らせながらの一言なので、妙に子供っぽく見えていけない。
「心配しなくとも、白夜を奪ったりなんかしないさ」
「そう言うわけでは……」
「ただまぁ、わかって頂戴。あの子、とても美味しそうなんだもの」
妖怪は、人を喰う。
これは昔から決まっていることで、ここ幻想郷においてもそれは変わらない。
里の人間を無闇に食べることは管理者によって禁じられているものの、人を喰うこと自体は許されている。
とは言え、レミリアは誇り高き吸血鬼だ。
庶民のようにはしたなく
おまけに、美食家で少食家だ。
だが、それでも妖怪であるという
「空の瞳、雲のような白肌、日向の香り――――そして、太陽のような金色の髪」
吸血鬼にとって太陽は天敵だ、克服しようの無い忌々しい存在である。
だからレミリアは、月の如き
その愛が存在としてのものか、それともお気に入りの玩具に対するものなのかは判然としない。
そして彼女は、そんな咲夜の妹に「白夜」の名を与えた。
白夜、太陽の沈まない夜と言う意味だ。
太陽、忌々しい天敵。
だからレミリアは、よく白夜のことを「忌々しい子」と言ってからかう。
十六夜白夜は、レミリアにとって。
「あんなにも美味しそうな
――――夜に沈む紅魔館の、太陽のような存在だったのだから。
まぁ、太陽と言うには聊か陽気さが物足りないが。
それでも、吸血鬼の
フランの相手を務められる人材も他にはいない、それくらい重宝している、のだが。
「あまり、あれを甘やかさないで下さい」
「おお、怖い怖い」
「あれのためになりません」
咲夜の言葉に苦笑を覚える。
「咲夜も美味しそうだけれど、貴女は食事というよりは美術品だものねぇ」
「はぁ……そのあたりの感覚は、人間の私にはわかりかねますが」
「あら、嫉妬? 大丈夫、貴女は昔から美しいわ。見ていて飽きないくらい」
もう、10年以上が経つのだろうか。
咲夜が館に来る運命は見えていた――レミリアの『運命を操る程度の能力』――だが門番に命じて拾いに行かせた時、当時の咲夜が赤ん坊を抱いているのを見て大層驚いたものだ。
何しろ、白夜が館に来る運命は見えていなかったのだから。
『この子と一緒でなければ、お傍に参ることは出来ません』
咲夜はそう言っていた。
当然、レミリアがそんな
久しく人間を食べていなかった時期でもあり、あらゆる手段――レミリア自身が手を出すことは無かったが――で、引き剥がそうとした。
それは物理的な痛みであったり、妖力による存在を懸けた圧力であったりした。
咲夜は、白夜を手放さなかった。
3日3晩、血と涙と汗でぐしゃぐしゃになりながらも、とにかく白夜を放さなかった。
それに、レミリアは苦笑したものだ。
人間の小娘の癖に、随分と頑張るものだ、と。
妹のために、随分と頑張るものだと。
(――――人間の小娘でさえ、とも思ったわね)
レミリアにも、妹がいる。
もちろんフランのことなのだが、レミリアとしてはやや負い目を感じなくもない相手だった。
館の地下への幽閉、フランの狂気が原因であるとは言え、実の妹。
気にしていないと言えば、嘘になる。
「……白夜が来てから、フランが元気になったわ」
白夜と言う「壊れない遊び相手」の存在が、数百年の孤独にあったフランにとって、どれだけの救いだっただろう。
自分には出来なかった、閉じ込める以外に何も出来なかった。
運命が見えなかった、姉の手で運命を変えられた人間の少女。
とるに足らない小娘の存在が、妹にとってどれだけの希望になったのだろう。
最も白夜をフラン付きのメイドにと推したのはレミリアなので、その意味では先見の明があったと言うべきだろう。
そういえば、あの時も咲夜は随分と渋っていたものだと思い出す。
「ねぇ、咲夜。楽しみだとは思わない?」
「は……」
「私と貴女の妹が幻想郷に君臨する、そんな未来が楽しみだとは思わない?」
意味がわからなかったのか、咲夜がやや眉を動かした。
それを横目に見つつ、片手を咲夜の頬に当てたまま、もう片方の手を上にする。
掌の上に浮かび上がるのは、幾重もの紅い糸で構成された球体だった。
紅い妖力の塊、それはレミリアの能力によって形作られるものだ。
すなわち、『運命を操る程度の能力』!
「レミリアお嬢様、それはいったいどういう」
「さぁ? 運命なんて不確かなものだもの。でもね、不思議と心が躍るのよ」
楽しげに嗤って、レミリアは言う。
その姿は活き活きとしていて、どこか子供じみていた。
妹の成長を楽しみにする、姉のようだった。
「フランはいずれ、己の狂気に打ち勝つわ。狂気を抑え、力の制御を覚えたあの子はまさに最強の吸血鬼になる。この世の何者をも破壊する、究極の存在になる」
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。
人やモノだけでは無い、世界や理でさえ、フランの前では意味を成さない。
破壊して支配する、シンプルにして妖怪らしい一語。
「あの
「お嬢様?」
「……いえ、まぁ、何でも無いわ」
その時期には、咲夜も白夜も紅魔館にはいなかった。
昔の話を語って聞かせる趣味は無い、だからレミリアは言葉を続けた。
「そして白夜はそんなフランにとって、唯一壊れないものとして傍にある、あの子を支える無二の存在になる」
十六夜白夜の能力ならば、究極の存在と化したフランの傍に在ることが出来るだろう。
それはフランにとって、まさに救いだ。
救いであり、支えとなるだろう。
まぁ、そうは言っても、だ。
「……かも、しれない」
そう、今はただの可能性でしか無い。
咲夜のジト目を心地よく感じながら、レミリアは己の掌に浮かべた運命を消した。
運命は千変万化、どうなるかなどわからない。
それは例え、レミリアをもってしてもわからないことなのだ。
「もちろん、そうは言っても……今はフランも白夜もとるに足らない、ちょっと強い妖怪と人間でしか無い。まだまだしばらくは、姉の威厳を保つとしよう……ねぇ、咲夜? 貴女はまさか、私がフランを認めるよりも先に白夜に超えられるような無様は晒さないわよね?」
「――――当然ですわ」
レミリアの手に手を重ね、咲夜は頷いた。
当面どころか、しばらくどころか。
まだまだ、妹に踏み越えられるような低い壁になるつもりは無い。
従者のそんな気概を感じて、レミリアはおかしそうに笑うのだった。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
おぜう様と妹様のターンをクリアしたので、さて次は誰にしようと思案中です。
ルートとしては、門か図書館ですよね。
他のキャラクターにも当然絡めますので、どんどん行きたいです。
それでは、また次回。
暇を持て余した妹様お遊び:
フラン「このフランにあるのはシンプルなたったひとつの思想だけだ。『勝利して支配する』! 過程や方法など、どうでもよいのだぁ――ッ!」
白夜「フラン様、それは負けフラグです」
フラン「え、そうなの?」