――――――今から一年と一か月前。
「……どうします。舞さん」
僕――――光実は真剣な表情で悩んでいる舞さんにそう話しかけたけど、
僕の声なんか届かないくらいに悩んでいるらしく、なんの反応もなかった。
今、この街で流行しているダンス……それをやろうとチームを作って、
皆の前で僕達が作ったダンスを披露しようということになったんだけど、
どうしてもあと一人、メンバーが足りなかった。
別にチームの人数に制限があるわけじゃないんだけど、今この人数じゃ、
ダンスを踊るにはどうしても少なすぎる。
あと一人、チームに引き入れることができたら活動できるんだけど。
もちろん、その一人を引き入れるために学校の友人たちに声をかけたんだけど、
僕が通っている学校は進学校だし、ほとんどの生徒がビートライダーズを勉強もしない、
社会の産業廃棄物とまで言うような連中ばかり。
中にはビートライダーズをかっこいいって言っている女子生徒もいることはいるんだけど、
どうしても少ない意見は多い意見によって壊されてしまう。
「はぁ。友達も面白そうって言ってくれてるんだけど、
ビートライダーズに入るのはねえって」
確かにそう言うのも分かる。
ほんの数年前まではフリーステージをめぐって警察沙汰になることもあったし、
ロックシードというものが流通するようになってからは警察沙汰無くなったけど、
今度はダンスが主人公じゃなくて、ロックシードを使って召喚するインベスをぶつけあう、
インベスゲームが主人公になってるし、お客さんだってダンスを見に来たんじゃなくて、
インベスゲームを見に来たって言う人もいるらしいし。
「仕方がない! こうなったら片っ端からそこらの人に声かけていくわよ!」
「で、でも流石にそれは」
「そうでもしなきゃデビューできないんだよ!? そりゃまあ、
私だって嫌だけど……文句は言ってられない」
舞さんの言葉にラットもチャッキーもリカも仕方がないといった様子だった。
そんなわけで一人一人で声をかけていくと変な人に絡まれるかもしれないから、
全員で固まって声をかけていくことにした。
もちろん、僕たちも背格好が似ている人や第一印象なんかを見ていきながら、
声をかけていって誘っていくけどやっぱり、ビートライダーズっていうものには、
あまり好印象を抱いていないって言う人が多かった。
……確かに色々と問題行動を起こしているチームもあったりしているし……。
「ねえねえ、な~にしてんの?」
その時、あまり声をかけられたくない部類の人に声を掛けられてしまった。
髪の毛を金やら茶色やらに染めてピアスやネックレスをつけている俗にいう、
ヤンキーっていう部類の人たちだった。
「少し散歩しているだけですよ」
「じゃあ、俺たちと遊ばない? こんな奴放ってさ」
ヤンキーの一人が舞さんの腕を掴もうとしたからその腕を掴むと、
いきなり頬に強い痛みを感じて尻もちをついてしまった。
「ミ、ミッチー!」
「だからお前はいらないんだよ!」
あり得ない……初対面の人を平気な面して殴るなんて。
「んだよその目はよぅ!」
僕の顔めがけて相手の足が迫って来て、痛みに耐えるために目を瞑った瞬間、
僕の目の前で何かくぐもった音が聞こえて目を開けてみると僕の目の前に、
何故かキャリーバッグがあった。
目線を少しづつ上げていくと上下の服が黒一色に統一された服を着て、
サングラスをかけた男の人がキャリーバッグで僕を相手の足から守っていた。
「てめえなんだよ!」
イラついたヤンキーがその人に殴りかかるけどその人は向かってくる拳を鷲掴みにすると、
キャリーバッグを離して相手の腹に全力のひざ蹴りを入れた。
突然の激痛に耐えられなかったのか涙目になりながら腹を押さえて蹲った。
「年下の男に絡んでいきなり殴るのは感心しないな」
「てめえ!」
後ろで見ていた仲間が殴りにかかるけど相手の拳を余裕の表情で避けつつ、
相手の足を払って地面にこかすと容赦なく相手の後頭部を踏みつけた。
「旅行帰りで暴れたくないんだよ、俺も。お前らも病院にいきたくないだろ。
頼むからこのまま消えてくれよ。俺も追いかけないから」
そう言うと男性は後頭部を踏みつけていた足を退かせると、
敵わないと思ったヤンキー達が痛む個所を抑えてそそくさと逃げていった。
……確かに手加減なしだったけど僕を殴った人以外は殴ってないし、
後頭部を踏みつけていたのだってそんなに力を入れてなかった。
男性は眠たそうに欠伸をしながらキャリーバッグを持ってコロコロと転がしながら、
僕達のもとから去ろうとしたから慌ててその人の手を取った。
「なに?」
「あ、あのダンスに興味ありませんか!?」
―――――――――これが僕たちと健太さんの最初の出会いだった。
「お帰り、健太! ……誰、この子たち」
「さあ? 少し上げるけど良いよな? 姉貴」
家に帰ってドアを開けると抱きついてくる姉を引っぺがしながら、
キャリーバッグを持ち上げて俺の後ろをついてきた連中を部屋に上げた。
姉貴は俺が初めて人を家に上げてきたことに少し涙ぐみながらも、
快く承諾してくれて連中をリビングに案内した。
キャリーバッグはとりあえず部屋に置いておいてリビングに案内された連中のもとへ行くと、
早速、姉気が連中に絡みに絡みまくっていた。
まあ、確かに小学校、中学校、高校と友人がいることを一番心配されたが、
わざわざ絡む必要もないだろ。
とりあえず絡んでいる姉貴の首根っこを掴んで廊下に放り出した。
「で? さっきのはどういう意味だよ」
「実は僕たち、二ヶ月後にダンスをしようと思ってまして、
それでメンバーを集めているんですけど一人足りなくて」
「……それで俺に」
「ぜひ、やっちゃおうよ!」
いつの間にか俺の隣に座った姉貴にグリグリをかましておいたが、
ダンスといえばなんか俺が旅行に行っている間に、
爆発的に人気を博しているビートライダーズだっけ。
つまりそのチームに俺に参加してくれればチームの人数が事足りるので、
俺に参加して欲しいと……面倒な連中を助けたな。
チラッと姉貴の方を見るがもうそれはそれは今まで見たことがないくらいに、
目を輝かせて視線で『やる!? やるんだよね!?』とでも言いたそうな感じで、
俺の顔をジッと見てきた。
俺が少しでもやらないと言おうとすれば俺の足の小指をどう踏んでいるんだって位に、
連中には見えない位置から思いっきりふんづけられた。
…………まあ、姉貴は常々あんたのやりたいことをやりなさいって口酸っぱく言ってたし、
俺ももう二十歳だから…………少し、羽目を外してもいいか。
「わかった。参加してやるよ」
そう言うと連中は嬉しそうな表情を浮かべた。
その後、俺はバイトをやりながらも連中と一緒にダンスを練習したり、
バイトがない日は一日中練習したりもした。
こういう娯楽系統のことから疎遠だった俺も久しぶりに楽しいと感じれたりもしていた。
その影響からかバイト終わりに練習をしてから帰ることが多くなったので、
家のことなど俺が担当だったはずの仕事ができなくなり、一時は練習の日などを、
減らそうとも考えたがすぐに姉貴にばれ、この程度のことできるから、
あんたはあんたがやりたいことをやれと言われた。
そして俺がチームに参加してから二ヶ月ちょっとが経ち、デビューステージ二日前となった。
本番も近いので練習にも熱が張り、その日も遅い時間帯まで練習をしていた。
「お疲れ! 本番も明後日に近づいたし気合い入れて行こう! じゃあ解散!」
舞のその一言で今日の練習が終わり、各々の帰りの支度を終えて自宅の帰路へと就いた。
俺もさっさと準備を済ませ、家路へと就いていた。
中学はずっと勉強と家のことばかりしていたし、高校はそれに加えてバイトもしていたが、
ここまで疲労感を覚えたのは初めてだ。
家の前まで付いて鍵を取り出そうとしたとき、
ふと俺の部屋の窓から明かりが漏れているのが見えた。
一瞬、出かける際に付けっ放しで出たのかとも思ったが俺が出る時間は姉貴と一緒なので、
付けっ放しを見過ごすはずは無い。
姉貴かとも思ったが既に時間は姉貴が寝ている時間帯、
電気がついていること自体がおかしい。
変な胸騒ぎを覚えながらも鍵を開けて中に入ると、
リビングにつながる扉があきっ放しでリビングの明かりが廊下にだだ漏れだった。
「姉貴?」
姉貴を呼びながら歩いて行くが声は帰ってこず、リビングに入って、
周りを見渡して見ると――――――レタスを周囲にぶちまけた状態のまま、
倒れている姉貴があった。
「姉貴!」
あの後すぐさま、救急車を呼んで病院に運ばれた姉貴に下された診断は過労だった。
それもかなり短い間に集中して疲れが溜まり、倒れたらしい。
その日はそのまま病院に泊まり、姉貴の意識が回復するのを待っている間に、
バイト先に休む旨の連絡を入れて傍に座って待っていた。
そして日も沈み始めた夕方の15時頃。
「姉貴!」
「……健太」
まだ顔色は悪いが意識は取り戻した。
「なんで……なんで倒れてたんだよ」
そう言うと姉は顔色が悪い状態で小さく笑みを浮かべた。
「ハハハ……ここんとこ大きい仕事があってね……残業が続いてたから……かな」
いくら一カ月以上、残業が続いたからって毎日睡眠をしていれば、
一カ月という短い期間で過労を起こすことはおそらくない。
原因は……俺にあったんだ。
本当なら家の掃除とか洗濯ものとか晩飯の準備とかは俺がやるはずだったのに毎日、
夜遅くまで練習していたから全部姉貴がやってたんだ。
晩御飯の準備も、洗濯物も、家の掃除も……自分だって早く休みたいはずなのに、
俺のために…………。
幸い、医者の話によると過労といっても命にかかわるくらいにひどいものではなく、
四日ほど病院で点滴を受けて、家で安静にしていればすぐに日常の生活を送れるくらいまでに、
体力は回復するらしい。
「ほら、健太……練習の時間じゃないの?」
「…………あぁ、そうだな」
そう言い、俺はすぐさま病院を抜けてチームの拠点に行くと、
既にメンバーが集まって練習を行っていた。
「あれ、健太。今日は早い」
「チーム、抜けるわ」
そう言うと一気に部屋の中が静かになり、舞達の顔に驚きの色が見えた。
「な、何言ってんのよ。もう本番は明日なんだし」
「やっと気づいたんだよ……ダンスなんて意味ないって。将来に何の役にも立たない」
「っ! 私たちは本気でダンスをしてるのにそんな言い方ないでしょ!」
俺がそう言った直後、舞の顔は一気に鬼の形相になって俺に食ってかかってきた。
「じゃあ、聞くがこのままガキみたいなダンスを続けて将来に役立つのかよ。
ヘラヘラヘラヘラしながらダンスするなら働いた方がよっぽどマシだ。
二度と俺に話しかけるな。俺もお前たちに話しかけない」
「最低っ!」
直後、舞の平手打ちを食らって一瞬体勢を崩しかけるが何とか踏ん張り、
顔を上げてみると今にも泣きそうな顔をしている舞の姿が目の前にあり、
ラットもその雰囲気から怒っているのが分かった。
俺はもう何も言わず、そのまま拠点を後にした。
健太さんがチームから居なくなってから数日が経ったある日、僕は学校を終え、
家までの道のりをゆっくりと歩いていた。
結局、急に健太さんが抜けたことで予定したいたプログラムが全てオジャンになり、
なんとか、大慌てて代わりのプログラムを用意したのは良いけど観客の受けは微妙なところだった。
それは仕方がない……数時間しか練習していないようなダンスで、
観客が喜んでくれるはずもない……でも、なんであんなひどい止め方だったんだろ。
そんなことを考えながらゆっくりと歩いている時にふと、病院に入っていく健太さんの姿が見え、
僕は考えるよりも体が動いてこっそりと健太さんの後をついていきながら、病院の中に入った。
入院している人たちが集まっている階に付くと、
エレベーターから出てきた健太さんの後をつけていくとある一室に入っていった。
……もしかして健太さんのお姉さんが入院……。
その時、突然病室のドアがガラッと開かれて、
逃げる間もなく健太さんに見つかってしまった。
「お前だったか。こそこそとついて来てたのは」
「……すみません。どうしても理由を知りたかったんです」
「……ちょっと来い」
そう言われ、待合室のようなところへ行くとあの日の真実を教えてくれた。
健太さんが練習から帰るとお姉さんが倒れていてその理由は過労……その原因は、
健太さんがダンスにのめり込み過ぎて担当していた家事を仕事が忙しいお姉さんがしていた。
運悪く、会社の大きな仕事とぶつかっていたお姉さんは両方をしていたけど、
睡眠時間も削られた影響で疲れが取れずにこういう結果に陥った。
「……健太さん」
僕は健太さんを呼んで、こっちを向いた瞬間に思いっきり殴りつけた。
でも、健太さんは何もしてこなかった。
「完璧に見えるあなたにも欠点はあったんですね……自分の予想外なことが起きれば、
周りの影響も考えずに行動を起こしてしまう」
「……そうだよ。そのせいで昔から友人もいなかった。要するに自己中心的だったんだ。
それを直すために姉貴に一人旅に行って来いって言われて……治ったと思ったんだがな……。
いざ起きると考えることなんてできなかった」
「貴方のその欠点のせいでチームの初動は最悪な物でした。あの時、
辞める理由を言わなかったのも冷静を欠いた上での行動だったから……僕は、
貴方を大人だって思ってました。僕もこんな人みたいになりたい……でも、
貴方もまだ大人じゃなく、未熟な子供だったんですね」
「……その通りだ」
健太さんは悔しそうに拳を強く握りしめた。
「光実……このことは誰にも話すな」
「で、ですが」
「……チームの初動が最悪なものになったのは俺の責任だ。なのに、
姉貴が倒れて冷静を欠いていた……なんて言ったらただの言い訳にしか過ぎない。
俺はあいつらにとって悪者なんだ……この責任は必ず取る」
そう言って健太さんは僕に深々と頭を下げ、お姉さんがいる病室に戻っていった。
健太さん……僕に頭を下げるんじゃなくて皆さんに頭を下げてください。