兄さんの執務室へとつながる長い廊下に僕―――光実の大きな足音が響き渡り、
扉を勢い良く開けるとそこにはプロフェッサーもいた。
今はプロフェッサーを視界に入れながらも気にしないことに決め、
兄さんの机に思いっきり手を叩きつけて迫った。
「兄さん、どうしてあの人にあの映像を見せたんですか!」
「そこに立っている奴に聞け。私は知らん」
「いやぁね。監視カメラで君と三直君が戦っているのを見てたのさ。
劣勢に陥りかけていた君を助けようと思ってね。それに彼はもう、
ヘルヘイムの森の真実も知っているんだ。今更だとは思わないか?」
……あの人に森の真実なんか教えなければあの人はちゃんとした目標もない、
ただのインベス掃討屋さんになって簡単にコントロールができたのに!
僕は頭をガシガシと掻き毟りながら壁にもたれかかった。
プロフェッサーが言うには健太さんが所有しているレモンエナジーのロックシードは本来、
兄さん達が所有している次世代型のドライバーであるゲネシスドライバーでしか、
使えないクラスSのロックシード、そして追加パーツはゲネシスドライバーのコアスロットル。
試作品とはいえ、予想外の性能が出ているんだ。
これだけでも十分警戒するレベルなのに兄さんもプロフェッサーも何も警戒していない。
それどころかその予想外の戦闘データを収集しようとまでしてる。
……この人たちは何も分かっていない。人間が……才能を持っている人に、
たった一つの新しい力だけでクズから障害へ、障害から脅威に代わっていく。
それはまるで武器を手にした暴徒のように……あの人はその比じゃない。
それは直接戦ったこの二人が分かっているはずなのになんであの人を放っておくんだ!
「本当に彼は面白いデータを僕たちにくれるよ。まさか、コアスロットルと戦極ドライバー、
そしてエナジロックシードを合わせるとあんなに力を発揮するなんてね」
「だが奴も当分は静かになるだろう……その間に我々のプロジェクトを進める」
「……プロジェクトを進められるだけあの人が静かにしてくれてたら良いけどね」
そう言い、僕は兄さんの執務室から出るとユグドラシルタワーから出て、
健太さんを探しに周辺を小走りで回っていく。
恐らくまだあの人はこの近くにいるはず……今、
あの人を活動停止に追い込むチャンスなんだ。そうしないと……いた。
ユグドラシルタワーから少し離れたところにあるベンチに健太さんが何か、
考えた様子で座っていた。
「健太さん」
「……光実か」
「……裕也さんのことについてですか」
そう言うと健太さんは一瞬だけ驚いた様子を示したけどすぐにその様子は消え去り、
僕の方をジッと見てきた。
「僕も前、あそこに侵入したときに偶然見つけたんです」
「……そうか」
「迷っているんですか」
そう言うと健太さんは何も言わずにサングラスをかけて立ち上がった。
「俺のやるべきことはもう決まっている……」
「舞さんのこと気にしているんですか」
この人は裕也さんのことも含めれば二回、舞さんを傷つけている。
一度目はチームのこと、そして二度目が裕也さんのこと……すみません、健太さん。
貴方の過去を都合よく使うなって舞さんに言った僕が……貴方の過去を、
都合が良いように使わせてもらいます。
「だったらもうこのままずっと舞さんには言わないべきです。
これ以上、舞さんを傷つけたくないんだったら、
舞さんの笑顔を護りたいんだったらこのまま秘密にしておくべきです」
「…………」
健太さんは何も言わずに僕から離れてどこかへと歩いていった。
…………後もう一息だ。
光実と別れた俺はドルパーズにいた。
あの日、裕也から戦極ドライバーを貰ったとのメールを受けた俺はその場所へと向かい、
そこで舞と合流し、ともにヘルヘイムの森へと侵入してそこで力を得た。
……でも力を得たと同時に俺はインベスとなった裕也を殺すという罪も犯していた。
光実はあの真実を秘密にしようというが……秘密にされる側が抱く苦しみは、
理解できないほど大きい。
でも、裕也のことを舞に話せばまた俺はあいつを苦しませることになる。
やるべきことは決まった……でも、その前にあの真実をどうするかを考えるかで、
立ち止まってしまうとは思ってもいなかった。
考えたくはない真実……俺が考えようとはしなかっただけ。
「どうするべきなんだ……」
その時、ふと周りの騒音が消えたことに気付き、辺りを見渡して見るとさっきまで、
多くの客がいた店内には一人の客の姿も見当たらなかった。
……何が起こっているんだ。
「随分とお悩みのようだな」
「サガラ」
普段、シドが座っていたスペースにいつの間にかサガラが座っていた。
……以前のユグドラシルでの出来事、そして俺たち二人以外に、
誰もいないこの空間……全てはこいつが引き起こしているとでもいうのか。
「ようやくやるべきことも決まった矢先にこの事実の直面……まさしく試練だな」
「……かもな」
「どうするんだ? このまま止まるのか。それとも進むのか……いや、
問題はそこじゃないか。あの真実を伝えるか否か……それが問題か」
サガラの言うとおりだ。
俺のやるべきことは決まっている以上、歩みを止める気はさらさらない……問題は、
あの事実を舞に教えるか否かだ。
光実の言う通り、舞には何も言わずに俺は俺のやるべきことをやればいいのか。
それとも舞に全ての真実を……裕也のことを伝えてから俺は俺のやるべきことをやるのか。
別にどちらを選択しても俺がやらなければいけないことは最終的には変わらないし、
違うのは心の傷ができるかできないかの問題……ようやく、
全てのチームが一つになり、観客も少しづつ戻ってきている今、あいつにいうべきなのか。
悩めば悩むほどこうすればいいという案は出てくることは出てくるが、
最後の最後でそれが消えてしまう。
「ユグドラシルの連中がなぜ、あそこまで秘密にしたがるかわかるか?」
「…………さあな」
「スカラー兵器……それを連中は所有している。やつらが秘密にしたがるのは、
その兵器をあまり、使いたくないからさ。秘密が沢芽市に流出した場合、
それを使ってこの町を消す。ま、犠牲を出してでも世界を救うとか言っている割には、
貴虎は犠牲を出すことを恐れているのさ……だから徹底して秘密にする」
……信じがたいが連中と一緒にいたこいつが言うのだから間違っていないだろう。
この前、シドが言っていた一瞬で口をふさぐことができるっていうのはこの兵器があるからか……。
「一つお前に教えてやるよ。ヘルヘイムの森の侵攻によって滅んだ文明。
ほとんどの生命は侵攻にあらがえずに死んでいった……が、その中で打ち勝った者がいる。
そいつらはヘルヘイムの森の生態系の頂点に立つ存在。そして人類が生き延びる新たな選択肢だ」
突然のことに俺は驚きながらもその話を聞いた。
……つまりヘルヘイムの森の侵攻に打ち勝った者だけが達することができる段階があり、
その段階にいる連中が森にいるって言うのか。
「その名を……オーバーロードインベス」
「……オーバーロード」
「やつらはいわば、ヘルヘイムの森の王だ」
「……仮に森の王を倒せばヘルヘイムは消えるのか」
俺の質問にサガラは考えるそぶりも、ましてや答えるそぶりなども一切見せなかった。
……そのオーバーロードってやつと対峙し、運が良ければ奴らの力を借り、
犠牲をこれ以上、一切出さない形で世界を救えるか。
運が悪ければ何もできずにそのまま戦闘に持ち込んで王を倒し、
その王の力を得て、ヘルヘイムの森の侵攻を止めるか。
そもそも王を倒せば、王の力が手に入るという訳でもない。
だが、もしもそうなれば……今の力じゃダメだ。もっと力が。
「連中はそいつらの力を使って世界を救うってのか」
「いいや……オーバーロードをしっているのはほんの数人だ。その中に貴虎は入っていない」
「どういう意味だ。奴は主任なんだろ」
「最初に見つけた奴が秘密にしちまったのさ。なんのためかは知らないけどな」
「……戦極凌馬か」
考えられるのは奴しかいない。
シドが秘密にしておくにしてもあいつの位置からじゃ何もできないし、
あの湊ってやつも戦極の秘書である以上、動ける範囲はおのずと制限されるし、
貴虎がその事実を知っていれば犠牲を出してでも世界を救うという選択肢は恐らくだが、
選ばないだろう。
つまり、ユグドラシル内でオーバーロードのことを隠せるほどの地位があり、
さらに動ける範囲を一切、制限されることのない存在……ドライバー開発者であり、
最強のアーマードライダーである奴しかいない。
でも、何故奴はそのことを秘密にしておく必要がある……つまり奴の中では、
世界を救うということなど二の次になるほどの目的があるという訳なのか。
……そして、その秘密が漏れだした場合はシドが言っていた兵器で、
人命ごと真実を隠すつもりか。
「どうするんだ? 言うのか、言わないのか」
「……今、あいつが知る必要はない……全てを俺が終わらせてから真実を話す」
「それでお前が糾弾されてもか。何があってもお前は後悔しないってのか?」
「しない。どれだけボロクソに言われようが構わない……それが俺が背負っていくべき罪だ」
そう言うと奴は小さく笑みを浮かべると近くに置かれていたバスケットから、
オレンジを手に取り、手で覆い隠すとそのままの状態で数秒間いた。
そんなことよりも前に確認できなかった兵器……おそらく、
あいつの反応からして存在していることは事実だ。
そこまで事実を隠したいっていうなら……それを俺がぶっ潰してやる。
もうこれ以上、この街を奴らの自由にさせない。
「なぜ、お前は俺に情報を教えるんだ」
「……言ったろ。俺は観客だ。一方的なゲームは嫌いなんだよ。ほれ」
「っ! おい……いない」
サガラから放り投げられたものを受け取り、慌ててそちらのほうを見るが、
既に奴の姿はどこにもなく、店の中は客でにぎわっていた。
渡されたロックシードは今までに見たことがない形をしたものでオレンジ色で、
四角い形をしており、KLSとナンバーが振られていた。
もう一つは以前、戒斗が作戦に使ったロックビークルのロックシードだった。
……行くか。
俺はドルパーズから出て、ユグドラシルタワーが見える場所へと歩いて向かった。
裕也、初瀬……俺はお前達を殺してしまった。
それは例え、インベスに変貌した後だとしても変わらない事実だ。
俺はそれを一生、背負っていく……そして、お前達をそんな運命に導いたヘルヘイムの森を俺は潰す。
そして、この街の……この世界の幸せを護ってみせる!
『オレンジ!』
『レモンエナジー!』
ユグドラシルタワーを視界に収めながら俺はドライバーを装着し、
オレンジのロックシードを解錠した。
もう、腕の震えはない……俺は戦う。罪を背負いながら!
「変身!」
『ミックス・オレンジアームズ・花道・ON・ステージ! ジンバーレモン! ハハー!』
俺は二つのロックシードをドライバーにセットし、
ブレードを降ろすと二つが同時に展開され、二つのアームズが一つとなり、
俺にかぶさって変身が完了すると同時にタンポポのロックビークルを解錠し、
水上バイクならぬ空中バイクに乗り、ユグドラシルタワーへと近づいて行く。
ユグドラシルタワーの真上まで来た瞬間、突然タワーの最上部の中央が開き、
そこからおれと同じビークルに乗った黒影達が大量に出てきた。
「……来い! お前たちはおれがつぶす! はぁぁぁぁ!」
そう叫びながら矢を上空へと放つとレモンの形をしたかたまりに変化し、
それがはじけた瞬間、周囲に大量の黄色い矢が放たれて黒影達を落としていく。
「どらぁ!」
連中からの攻撃を避けながらビークルを操作して、すれ違いざまに弓で、
相手のビークルを切り裂き、タワーの最上部へと落としていく。
さらに最大速度まで出し、体当たりをかましたりしながら黒影達を次々と、
タワーへと落としていき、すべての黒影を落とし切った後にビークルから飛び降りた。
『チェリーエナジー!』
『ミックス! ジンバーチェリー! ハハー!』
「はぁぁぁぁ!」
地面に着地すると同時に高速で移動しながら黒影達を切り裂いていく、
『ロックオン!』
チェリーのロックシードを弓にある窪みにはめ込んで構えると、
弓の刃に光が走って行き、高速で移動しながら切り裂いていくと、
切り裂かれたものから変身が解除され、その場から去っていく。
すべての黒影を倒した後、やけに静かになった。
「…………来たな。貴虎」
後ろに気配を感じ、振り返るとそこには変身をすでに終えたやつが立っていた。
「何をしにきた……あの事実を知ってなお、貴様は戦うのか」
「……あの事実を知ったからさ。あの事実を知った以上、
俺は戦いを止めるわけにはいかない。俺は一生、初瀬と裕也を殺した罪を背負いながら、
闘っていくしかないんだ……そして、罪を背負いながら俺はこの世界を救う。
これ以上の犠牲を出さず、誰かの幸せを守るために!」
そう叫び、俺はやつへと弓を振り下ろすが奴の弓によって防がれた。
「そうか……ならば貴様は俺の敵だ。貴様を認めた上で貴様をつぶす!
俺は犠牲を出してでもこの世界を救う!」
お互いに同時に距離をとり、そして同時に弦を引絞って矢を放つが、
スレスレのところで飛んでくる矢をよけ、弓で切りあいを演じていく。
弓が防がれれば蹴りを入れ、追撃を入れていこうとするが向こうも、
それをさせまいと連続で矢を放ってくる。
放たれてくる数本の矢を弓で叩き落とし終えた直後、やつが突っ込んできて、
隙のある俺を二度、三度切り裂き、俺の胸のあたりに蹴りを入れて吹き飛ばした。
ようやくあんたが強い理由がわかったよ……あんたはこの時のために、
真実に気付いた瞬間から鍛え続けてきたんだ!
『『ロックオン!』』
『オレンジスカッシュ! チェリーエナジー!』
『メロンエナジー!』
同時にドライバーからロックシードを取り外して弓に装着させ、
強化された矢を放つと矢と矢がぶつかり合い、その際の衝撃で場外に吹き飛ばされるが、
さっきのタンポポのビークルが自動で俺の下に来て、難を逃れた。
あぶね……あれか。
タワーの最上階を下からみた際、可動式であろう円形の球体のようなものが、
タワーの最上階の周囲にいくつか設置されていた。
「これがスカラー兵器か……うぉ!」
そんなことを思っていると上から緑色の矢が何本も放たれてきたので、
ビークルを操作し、それらをよけて行きながらサガラからもらった新たなロックシードを手にした。
『カチドキ!』
カチドキか…………さあ。
「勝ちどきをあげるぜ」
『ロックオン・ソイヤ! カチドキアームズ・いざ出陣・エイエイオー!』
ロックビークルから飛び降り、地面に着地すると同時にブレードを下ろすと、
錠前が展開され、空中に浮遊していたアームズが覆いかぶさると展開され、
今まで以上に戦国武将が纏っていた鎧に近い姿となった。
装甲は今までよりも硬く、そして背中には旗が二本、常備されており、
手には光実が持っている紫色の銃よりも三倍ほど大きく、
俺から見て左側の側面にDJがスクラッチするような円盤が装備されていた。
「なんだその姿は……エナジロックシードと言いコアスロットルといい、
貴様は一体、どこで力を手に入れているんだ!」
やつが叫びながら放ってきた矢を片腕で弾き飛ばし、側面にある円盤を指でスクラッチすると、
変身前の待機音声で流れているホラ貝の音楽が鳴り響き、円盤の上にあるスイッチを九十度倒すと、
ホラ貝の音楽が先ほどよりも遅くなり、もう一度スクラッチしてから引き金を引いた。
「っぅあ!」
引き金を引いた瞬間、すさまじい衝撃とともに銃口から巨大な火球が放たれ、
奴に直撃し、でかい爆発を挙げた。
「悪いがお前と闘っている暇はないんでね」
「ちっ! 対空防御!」
最上階から飛び降り、待機していたビークルに乗り移った瞬間、
俺めがけて大量のレーザーが降り注いできたがビークルを操作しながらよけていき、
最上階の真下へと向かった。
円盤をスクラッチし、スイッチを九十度あげると今度は音楽が速くなった。
でかい一発となると……今度は連射か。
そう考え、俺はビークルから飛び降り、銃口をタワーに向けた。
「じゃあな」
そう言い、引き金を引いた瞬間、先ほどの火球を小さくしたものがすさまじい速度で、
連射され、そのすべてがスカラー兵器へと直撃し、同時に大爆発を起こして兵器を破壊した。
ビークルに乗り、タワー最上階上空へと戻るとイライラしている雰囲気を醸し出しながら、
貴虎が俺をにらみつけてきた。
「俺はこの世界をあんたらとは違う方法で救ってみせる。これ以上の犠牲は出さず、
もう誰の幸せもつぶさない方法でな……そしてお前たちの手からこの街も開放する。
もう一国一城の長気分は捨てたらどうだ? 俺は命をかけてこの世界を救ってみせる。
あんたも……貴虎さんも命をかけるんだよな?」
そう言い、俺はユグドラシルタワーから離れた。
『カチドキアームズ・いざ出陣・エイエイオー!』
「ありえない……私の知らないロックシードも私が知らない形態変化もあり得ない!
どこでだ……やつはどこであのロックシードを手に入れたんだ!」
そう叫びながらプロフェッサーはパソコンのキーボードを叩き、潰していく。
……あなたもあの人に言える立場じゃありませんね……いや、天才というものは、
総じてこういうものなんだろうか。失敗を経験せず、成長した例があの人。
失敗を経験してきたと思い込んで成長した例がこの人……。
健太さん……どうしてあなたは大人しく素直に従ってくれないんですか。
僕は体で隠しながら後ろで近くにあったボールペンを握りつぶした。
「光実君。君に新しい任務ができた……やつの背後にいる存在を調べろ」
「了解しました」