ヘルヘイムの森の真実を貴虎につきつけられた日から数日経ったある日、
俺は自室のベッドの上で横になって考えていた。
奴の目の前ではあんなことを言ったが本当に俺みたいな子供にも、
大人にもなれないようなやつがこの世界を救えるのか。
何十億という人間を救うために数十の命を犠牲にする……大を救うために、
小を捨てる……それを否定するということは全てを救うということだが、
まともな方法も見つからず、ただ単に現れるインベスを倒し続けるよりも、
奴らと同じように小を捨て、大を救うべきなのか。
「……少し外の空気でも吸うか」
そう思い、ベッドから起き上がって家を出て軽く散歩がてら色々なところへと向かった。
普段はバイクで通過している何気ない所にあった店がつぶれていたり、
逆に新しい店ができていたりと色々と気づくことがあった。
五分ほど歩いたところで公園が目に入り、なんとなくだが中に入って、
空いているベンチに座ると後ろから何やらヒソヒソとした小さな声が聞こえてきた。
……ま、仕方がないか。
その時、ふと考えた。
俺が今までやってきたこと……つまり、自然に開いたクラックから出てきたインベスを、
毎日のように掃討し続けていることはまったく、一般市民の耳には入っていない。
つまり、俺がやっていることは真実を知っているもの以外からは、
評価されないということ。
……評価されないことをひたすらやり続けてもいつか、
“もういいや”と投げ捨ててしまう。
でも俺がやっていることはそんなことは許されない……でも、
やり続ければ続けるほど俺の評価は下がる一方。
だが、ヘルヘイムの侵攻という猛威が判明した以上、俺はやめる気はない……が、
問題は奴とどう違う形で救うかだ。
奴は犠牲を出してでもこの世界を救うと言った……俺は反論として犠牲を出さずに、
救うとは言ったものの既に俺は初瀬という犠牲を出してしまっている。
他にもビートライダーズの連中だってそうだ……どうすればいいんだ。
「ねえねえ」
その時、声が掛けられたのでそっちの方を向いてみると5歳ほどの男の子が俺の右隣りに立っていた。
どうやら座りたいらしく、真ん中にいたのを端っこによるとその男の子は俺の右隣りに座った。
「お兄ちゃんは何してたの?」
「何って……考え事だよ」
「どんな?」
「……とっても大きなことだよ。まだ君には分からないだろうけどな。君は?」
「僕はね、ママを待ってるの。ママ、最近いろいろと忙しいみたいだから」
ママ……か。
俺にとってママ―――――母親は今じゃ、姉貴だからな……家族の温かさとかは、
足りないとは言わないがやはり両親がいる家庭と比べれば若干、少なかっただろうな。
「……寂しくないのか?」
「寂しいよ。すっごく寂しい。この前だって動物園に行くって約束したのに、
急に仕事が入ったって言われて……でもね、ママはたっくさんの人を助けてるんだ!
だから僕もいつかママみたいにたくさんの人を救いたいの!」
この子のお母さんは医者か何かか……最近のインベスによる被害で、
謎の感染症とされている人の植物化の処置にあたる医者が不足しているという。
その不足分を補うかのように元いた医者が勤務時間を大幅に超えて働いている……いわば、
この子もインベス被害の被害者なんだ。
インベス……ロックシードやヘルヘイムの森がなければ寂しい思いをすることもない。
「本当はママと一緒に色々なことをしたいんじゃないのか?」
「……うん。ママと一緒に遊びたい……でもね。ママはいつも、
美味しいお弁当作ってくれるんだ。晩ご飯に食べなさいって。
パパ、お料理下手だから。今度ね、ママの誕生日なんだけどその時に、
ママに僕の料理を作ってあげるんだ! お仕事お疲れ様って」
「一樹~」
「あ、ママだ。バイバイ」
そう言い、一樹と呼ばれた少年はベンチから降りて、
恐らく休憩中の白衣を着ている母親に向かって一気に駆け出し、母親の胸の中に飛び込んだ。
少年が浮かべている表情は……これ以上にないくらいの満面の笑みだった。
…………俺のやるべきこと……奴とは違う……この世界を救う……そうか。
「奴とは違う形で世界を救う……これ以上の犠牲を出さず……誰かの幸せを壊さないために」
今、この瞬間俺がするべきことは決まった。
確かに犠牲は出てしまった。それはたとえこの世界を救おうと消えることはない事実……だから、
俺はそれを受け止めてこれ以上の犠牲を出さないでこの世界を救う……これ以上、
誰かの幸せを壊すことは絶対にさせないために。
その時、ポケットに入っているスマホが震えだし、取り出して画面を見てみると、
それは舞からの通話だった。
「どうした」
『健太! 町の大きな歩道橋にチャックが開いたの!』
俺はすぐさま通話を切り、ロックビークルを解錠してバイクへと変形させ、
すぐにその場所へと向かった。
町の大きな歩道橋といったらあそこしかない……あそこは町のど真ん中にある歩道橋だ。
そこにクラックが開いたとなれば……連中はそれを隠すために、
動きだす……調べたいこともあるし、ちょうど良い。
十分ほど走らせ、歩道橋の近くにバイクを止めて近づくと、
多くの野次馬で歩道橋がこれまでにないくらいにごった返していた。
歩道橋の真ん中に工事中と書かれた看板が通路を遮る壁のように立てられており、
歩道橋の入口には護衛らしい男たちが立っていた。
……ここから入れば早いんだがそうはさえてくれないだろうしな。
「舞」
「あ、健太」
周りを見渡して見るがいつも一緒にいる光実の姿が見えなかった。
「あいつは」
「なんかミッチー、急に練習中に用事が出来たとかで早退したのよ」
今までにあいつが練習を早退したこともましてや欠席したことなど一度もない。
……ダンスなんかよりも重要なことでも出来たのか?
「とりあえずお前は帰って騒ぎが収まるまで拠点にいた方が良い。
それと光実にもこのことを伝えておいてくれ」
「う、うん。分かった」
俺はバイクのところにまで戻り、バイクを人気が少ない所まで走らせて、停車した。
『オレンジ』
「変身」
『ソイヤ! オレンジアームズ・花道・ON・ステージ!』
バイクに跨った状態で変身を完了させ、ビークルの能力を使ってヘルヘイムの森へと突入した。
が、流石にいきなりその場所に付けるはずもなく、まったく関係のない場所についてしまった。
……これ、場所を探し当てるのは大変だぞ。
とりあえず変身を解除し、バイクを走らせようとしたとき、ふと視界の端に、
大きな荷物を持ち、赤と黒が入り混じった服を着ている男の姿が一瞬だけ見え、
慌ててそっちの方へ行くと戒斗が何やら小さな小包を地面に置きながら歩いていた。
……何してんだあいつ……とりあえず雰囲気的に協力を要請できそうにないな。
戒斗は放っておき、バイクを走らせて森を突き進んでいく。
「……ビンゴ」
数分走らせたところで茂みの奥に黒影の武器である槍の先端が見え、
その茂みをバイクで飛び越えると予想通り、連中が集まっており、
地上から少し離れた位置にクラックが開いていた。
「まあ、待ちたまえ。今この状況では彼も有能な戦闘要員だよ」
殺気立つ周囲の護衛を戦極が落ち着かせ、自らの持ち場へと戻らせた。
何やら奴は機材を使ってクラックに電流をぶつけていた。
「……何してんだ」
「見ての通りだよ。インベスがクラックを通ってあっちの世界へ行くのを阻止しているのさ。
ま、こんな道具何の役にも立たないんだけどね。何かをしてやるよりも、
クラックが自然に閉じるのを待った方が一番早いのさ」
「随分と落ち着いてるじゃないか……最強のライダーの余裕か?」
「ハッハッハ! 最強は君じゃないか」
よく言うよ。ジンバーの状態の俺を圧倒し、バロンをたった二撃で強制的に、
変身を解除にまで至らしめた奴が言うことじゃないぞ。
だが、ピーチを連れてきているということはよっぽど町のど真ん中に、
クラックが開くということは連中からすれば非常事態らしい。
まあ、俺たちにとっても非常事態なんだが。
「ところで君、貴虎と言いあったそうじゃないか」
「……別に良いだろ」
「まあ、良いんだがね……あれから考えは変わったかい?」
別に考え方を変えたつもりはない……ただ単に俺の中の行動理念が曖昧なものから、
明確な物にハッキリと変貌を遂げただけだ。
「ところでお前に聞きたいことがある」
「何かな? お答えできるものなら何でも」
「戦極ドライバーを生産した本当の理由は何だ」
そう尋ねるとさっきまでニコニコしていた戦極凌馬の表情が一瞬で重いものに変化し、
近くに立っていた秘書もドライバーを手に持ったが戦極が腕をあげると、
秘書はドライバーを腰から離した。
「どうしてかな」
「俺がお前たちから手に入れた基本的な情報では実験としか書かれていなかった。
その次世代のドライバーを生み出すための実験にしては無駄な能力がある」
「ほぅ。たとえば?」
「ヘルヘイムの森の果実をロックシードに変化させる機能なんかいらないだろ。
次世代のドライバーを生み出すだけならば変身機能さえあればあとは、
シドがロックシードを売りつけるだけで済む話だ。そっちの方がお前たちに入ってくる利益も違う」
「確かに君の言うとおりゲネシスドライバーを生み出すだけならば、
変化能力は要らない……我々はあるプロジェクトを進めているのさ」
戦極がそういうや否や秘書が何やら驚いた表情を一瞬だけ浮かべた。
「貴虎から聞いたと思うが今、地球はヘルヘイムの森の侵略を受けている。
十年もすれば人類が今まで積み上げてきた文明は崩壊し、
今までの生活が送れなくなる……ここでクイズだ。
戦極ドライバーの能力とヘルヘイムの果実。このヒントを元にして正解を導き出したまえ」
……ドライバーの変化能力とヘルヘイムの森の果実……侵攻によって、
人類の文明が崩壊すれば今までの生活は送れなくなる……無論、
今当たり前のように行っていることができなくなるということだ。
たとえば……入浴もそうだし、勉強、娯楽、政治……それらすべてが文明ありきのことだ。
まあ、娯楽はできるかもしれないが。
答えが見つからず、服のポケットに手を突っ込んだ時に何かが手にあたり、
それを取り出してみると先日、コンビニで購入したガムの残りだった。
「食うか?」
「一つもらおう」
そう言い、戦極にガムを手渡した瞬間、ある一つの答えが思い浮かんだ。
そうだ……俺は一番重要なことが抜けていた。
「食事……ドライバーの能力でロックシードに変える力で補うつもりか」
そう言うと戦極はガムを噛みながら小さく拍手を俺に送った。
そうか。だから戦極ドライバーの大量生産のために俺達にドライバーを配布して戦わせたんだ。
内部の人間に配布して戦わせても少なからず俺たち一般人よりも力はある。
そのせいで一般人が使えないということも発生しかねないから連中は俺たち一般人に配ったんだ。
「まさか七十億ものドライバーを作る気か」
「まさか。どんなに頑張っても十億が限界だ」
「……残りはどうするんだ」
「残念ながら……これが我々が進めているプロジェクト……プロジェクトアークさ」
たった七分の一の人類しか救わないというのか……これが、
貴虎が言っていた犠牲を出してでも世界を救うという方法なのか!
その時、周囲の護衛が一気に殺気だったのを感じ、周囲を見てみると、
何に引きつけられたのか大量の下級インベスの群れがこっちに向かって来ていた。
…………なぜ、インベスはクラックの外に出ようとする。
「坊や。今回ばかりはいざこざは無しよ」
「当たり前だ」
『ピーチエナジー』
『イチゴ』
「「変身」」
『ピーチエナジアームズ!』
『ソイヤ! イチゴアームズ・シュシュっとスパーク!』
同時に変身を完了させると両手にクナイを出現させてそれを、
周囲に群がってくるインベスにぶつけると小さな爆発とともにインベスが消滅した。
それと同時に上空に矢が放たれたかと思うと矢が桃の形に変化し、
それがはじけると周囲に大量の桃色の矢が放たれてインベスが消滅した。
……矢を上空に放てばあんな能力があるとはな。
『ロックオン・一・十・百・イチゴチャージ!』
「はぁ!」
イチゴのロックシードをトリガーつきの刀にはめ込んで横に振るうと、
大量のクナイの形をした幻影がインベスめがけて飛んでいき、各所で次々と爆発が起きた。
あいつから奪った力、使ってみるか!
『オレンジ』
『チェリーエナジー』
『ミックス! オレンジアームズ・花道・ON・ステージ! ジンバーチェリー! ハハー!』
刀を投げ捨て、二つのロックシードを同時に解錠してそれぞれドライバーにはめ込み、
ブレードを降ろすとオレンジのアームズとチェリーのアームズが融合して、
俺にかぶさり、赤色の弓が手に現れた。変わったのは、
陣羽織のような鎧に走っている模様が黄色から桜桃の断面が描かれている物に代わっただけ。
「邪魔だ!」
俺に飛びかかってきたインベスを弓で切り裂き、こっちに向かって、
駆け出してくるインベスに突撃しようとした瞬間、周りの景色がぶれたかと思うと、
何故かインベスと激突した。
……高速移動か!
それに気付き、弓を握り締めて駆け出すと自分でも分かるくらいの凄まじい速度で移動し、
一瞬でインベスとすれ違いざまに切り裂いていき、三体同時に切り裂いた。
「はぁぁぁ!」
弓を持って構え、一気に駆け出して周囲で戦闘を繰り広げている黒影を避けながら、
インベスを切り裂いていき、俺が元の地点に戻った瞬間に各地で爆発が起き、
全てのインベスが消滅し、さらにそれと同時に縦に大きく開いていたクラックも消失した。
「っ! 貴方!」
突然、変身が解除されたのを不思議に思った秘書が腰を見てみると、
ゲネシスドライバーに装着されているはずのピーチのロックシードがないことに気付き、
俺のほうを睨みつけてきた。
「協力する約束はインベスの掃討までだ。こいつは貰うぞ」
そう言い、俺に迫ってくる黒影どもを高速移動の突進で蹴散らしながらその場から離れ、
そのまま高速移動の状態で奴らのキャンプ地に侵入してクラックへと入り、
ユグドラシルタワーの中へと侵入した。
すると早速、俺の侵入を感知したのかサイレンが鳴り響いた。
……今回の目的は以前、シドが言っていたことを確認すること。
住人全員の口をふさぐ簡単な方法……思いつくといえばこの街を焼き払うこと。
ユグドラシルならそんな兵器を持っていたとしてもおかしくはない。
高速移動で長い廊下を移動している最中、
ある一室からドライバーを腰に装着した状態の貴虎が現れ、思わずその高速移動を止めた。
「今回は逃がす気はない……ここでつぶす」
「……あんた、相当な覚悟を持って行動していたんだな」
「……」
「この世界を救う……俺も結末は同じだ……だが俺はこれ以上の犠牲は出さない。
これ以上、誰かが悲しむ必要もなければ幸せを奪われる必要もない!
六十億の人間を犠牲にせずにこの世界を救う……その方法を俺が見つける」
「…………それが貴様の信念か。犠牲を全く出さないといわない辺りは、
考えたみたいだが……そんな甘い考え方では何も救うことなど出来やしない。
世界を救うということはその栄光の裏では誰かが死ぬということだ……それを、
受け入れようとしない貴様に救うことなど出来やしない」
『メロンエナジー』
「変身」
『ソーダ・メロンエナジー・アームズ』
メロンのエナジーロックシードを解錠し、ドライバーにセットして、
レバーをロックシードに近づけるように押し込むとロックシードが展開され、
奴の上空に浮いていたアームズがかぶさり、展開されると同時にその手に赤い弓が現れた。
高速で移動して奴に斬りかかるがそれを見切られ、俺の真上を飛び越すようにして斬撃を避けた。
すぐさま振り向くと同時に弓を振るうと奴が振り下ろす弓と直撃し、目の前で火花が散った。
「俺だって誰かが死ぬことを受け入れていないわけじゃないさ……どの国だって、
平和になればその裏には多くの人間の死があった……それと同時に、
それを上回る数の人間が多くの涙を流したんだ! 今の状況がまさにそれだ!
お前達がモルモットと称していた連中にだって大切な人や家族がいた!
その大切な人や家族が涙を流している!
だから俺は決めたんだ! これ以上の犠牲は絶対に出さない!」
「くぅ!」
叫びながら奴の膝を蹴り、少し体勢を崩した瞬間に一気に全身に力を入れて、
弓を押しこんでから高速の能力を使って後ろへと一気に下がりながら、
奴めがけて矢を数発放って直撃させ、吹き飛ばした。
「はぁぁぁ!」
奴へと駆け出し、弓を振り下ろして受け止められるや否や鍔迫り合いをしながら、
二人同時にかけだしてある一室に入ると突然の乱入者に研究員たちが悲鳴を上げながら、
我先にと部屋から出ていく。
「答えろ! この場所にいったい何がある! この街の住人の口を簡単に防げるものがあるのか!」
そう叫びながら弓を振り下ろしていくが突然、奴が防ぐのをやめて次々と俺の攻撃を避け始めた。
……あるみたいだな。シドが言っていたこの街の全員の口を一瞬でふさぐ方法が。
ドライバーのチェリーのロックシードに手を伸ばそうとした瞬間、
突然、動画の音声が聞こえはじめた。
思わず手を止めて左側を向くと大きな画面に森の映像が映し出されており、
その右上には日付が書かれていた。
……裕也がいなくなった日のっ!
日付に気づいた瞬間、画面にドライバーを持った裕也の姿が写り込み、
俺は戦いを放棄して画面に見入っていた。
そして裕也は森の中をさまよい、偶然見つけた果実に近づいていき、
それを手に取り……………口にした。
その直後、裕也の全身からツタが生え、包み込んではじけると裕也はインベスとなっていた。
そして映像が変わり、変身した俺がインベスとなった裕也を倒したシーンが流れた。
…………そうか……やはり、裕也は俺が……。
初瀬がインベスに変貌した日からうすうすとは感じていた……だが、
それは嘘であってほしいと願っていた……俺の最悪な予想は当たっていたんだ。
俺の手から赤い弓が落ち、地面に落ちる音が静かなこの部屋に響いた。
同じように何故か固まっているメロンを放置し、俺は近くの窓をたたき割って、
そこから地上へと落ちていった。
二週間ぶりでございます。なかなかに原作が面白くなってる。