「各専用機持ちは次の命令が出るまで待機していろ」
織斑先生からそう言われ、どれくらい経っただろうか。
たった数時間のような気もするし何十時間も経過したような気がする。
窓から覗く陽は傾いていた。
だが、私は未だに一夏の側を離れられずにいた。
「一夏……」
想い人の名をそっと呟くが、返事はない。
旅館の一室のベッドに一夏は横たわっていた。その傍らには学園が持ち込んだ医療器具が設置されている。
福音の攻撃から私を庇った一夏はISの防御機能を貫通した熱波で火傷を負い、身体中が包帯で巻かれている。
かなりの重傷で数週間は動けないとの診断だった。
「鋼夜……」
そして、私は未だに帰らぬ親友の名前を呟いた。
鋼夜の機体の反応が消えてからも先生方は捜索を続けているが発見されたという報告はまだ聞かない。
鋼夜は、傷付いた一夏と私たちを逃がすために一人で福音に向かっていった。
「……私のせいだ」
この言葉を呟くのは何度目だろうか。
鈴やシャルロットも千冬さんも私を責めなかった。
セシリアとラウラは何も言わなかった。
だが、鋼夜の機体反応が消えたと聞いた時の、4組の更識という子の、私達を突き刺すような視線が忘れられない。
それが辛かった。
私のせいで、二人が……私のせいで……。
同じ言葉が頭の中でぐるぐると回り、それが私を押し潰す。動きを止めさせる。
何をしているんだ私は。
力を、専用機を姉さんから貰った時は正直嬉しかった。
これで一夏の隣に立てる。
これで一夏の助けになれる。
そう思っていた。
でも、鋼夜の言葉を忘れていた訳じゃない。
力を、専用機を持つ覚悟はしていた。していた、はずだった。
だが、それがこのザマだ。
何が力だ、覚悟だ。
私は……弱い。
想い人も、親友も守れない。
あの頃から何も変わっていない。
結局、私は変われていないのか。
力に振り回されていた、暴力の衝動に抗わずに流されていた時から。
ふと、自らの手のひらに視線が移る。
金と銀の鈴の付いた紅白の紐。
『紅椿』の待機状態の姿だ。
姉さんが、私のために作ってくれたIS。私の専用機。
「…………こんなもの」
それを投げ捨てようとして、私は思い留まる。
ーー力をつけること、力を持つことは悪いことじゃない。
いつの日かに聞いた
それが私の動きを止めた。
ーー力を持つ過程も大事だが、肝心なのは力の使い方、使い道だ。力の使い方や使い道を誤らないこと。
分かっている。そんなことは、分かりきっている。
ーーそして力を持つことに対しての覚悟も大切だ。ああ。覚悟は大事だ。俺も専用機を、力を持つ者として覚悟はしていた。
………………。
ーー自分が納得できるかどうかも大事だぞ。自分が専用機を得たとして、その過程や結果に納得できるかどうかだ。それで少しでも後悔が残るなら、考え直せ。
力、覚悟、過程、納得。
それらの単語が頭の中でぐるぐる回る。
そして私は思い至る。
私に
……できない
……するわけない
納得なんて、するわけがない。
私は弱い。私の弱さが、一夏をこんな目に遭わせてしまった。
だが弱い私にも、出来ることはある。あったんだ。
私は紅椿を握りしめて立ち上がる。
長時間同じ体勢だったのと、いきなり動いたせいで少しよろめいたがなんとか倒れずに踏みとどまる。
「はぁ……ふぅ」
深呼吸をして心身共に落ち着けた後、私は未だに寝たきりの一夏を見る。
「すまない」
一言、謝罪を入れる。
一つは彼をこんな姿にしてしまった事に対して。
「お前が鋼夜の事を知ったら、こう言うんだろうな。俺はいいから鋼夜を助けてくれ、と。いや、もしかしたら自分で助けに行くだろうな」
そして一つは、彼の思いに気づかなかったこと。
これは完全に私が決めつけていることだが、一夏ならきっとそう言う筈だ。
「だから、私が代わりに行ってくるよ」
大切なことを教えてくれた親友を助けるために。
私は一夏に暫しの別れを告げて部屋から出た。
「あら、箒」
ーー部屋から出た瞬間に、鈴と鉢合わせした。その後ろにはセシリア、シャルロット、ラウラが控えていた。
「……ふぅん。落ち込んでると思ったんだけどアテが外れたわね」
「なに……?」
「まぁ、手間が省けたわ。箒、今からリベンジに行くわよ」
リベンジ。
その言葉が意味するものを、私は理解した。
「納得がいかなくて、責任感じてるのはアンタだけじゃないのよ」
鈴の言葉でセシリアとラウラが顔を顰める。この二人も……。
「更識さんはどうした?」
私は姿の見えない彼女のことを訊く。すると、鈴は少しバツの悪い表情へと変わる。
「あー……その、あの子さ、専用機無いらしくて……とにかく、誘えなかった」
「……そうか」
言葉を濁す鈴の言葉を深く詮索せずに返事する。
彼女の気持ちを思うと心が痛い。
「さてと、それじゃあ……」
「少し、待ってくれないか?」
私を含めた全員を一瞥したあとに話し始めた鈴の言葉を遮る。
全員の注目がこちらへ向く。
「姉さんに協力してもらうようお願いしてみる」
「……えぇ!?」
私がそう告げれば全員が驚きの声を上げた。
「そりゃ心強いけど、アンタはいいの?」
「構わない」
気を遣った鈴の問いかけに、私ははっきりと答えた。
「そうでないと、私は一生後悔する」
そして、真っ直ぐに鈴を、全員を見据える。
「……そうね、なら頼むわ」
「篠ノ之博士なら福音を見つけるのも可能でしょう」
「鋼夜を見つけてくれるかもしれないしね」
「確実かもしれんな」
鈴も、セシリアも、シャルロットも、ラウラも反対しなかった。
福音を倒し、鋼夜を救出する。
全員の気持ちは一緒なのだ。
私は携帯を取り出し、いつの間にか登録されていた姉さんの番号へ初めて電話をかけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「織斑先生、アメリカより連絡です……」
「…………」
作戦室の空気は最悪だった。
織斑先生の放つ不機嫌なオーラに他の教師陣はすっかり萎縮しており隅でモニターの情報を眺めるだけだった。
しかし、その空気に負けずに山田先生は織斑先生へと話しかける。
「アメリカは捜索部隊を再編成する模様、海域から離脱するそうです……」
「……ふん。散々場を荒らして結局それか」
山田先生からの報告を聞いて織斑先生は不機嫌さを隠そうともせずに悪態をついた。
「情報によりますと、福音は二次移行して更に戦闘力が上がったみたいです」
報告は以上のようだ。
この最悪の空気に負けずに報告をしてくれた山田先生に他の教師陣は脱帽したい気分だった。
「…………」
「あ、織斑先生。どこへ!?」
「少し頭を冷やして来ます」
報告を聞き終えた織斑先生は踵を返して部屋の出口へ向かった。
そして部屋から出る際の言葉は、山田先生だけでなく他の教師にも当てての言葉なので敬語なのだが今の雰囲気と相まって威圧感が凄く、誰も彼女を引き止める者は居なかった。
「…………」
織斑千冬は、無言で旅館の中を進む。
今の彼女を見た者はその雰囲気とオーラで逃げてしまうだろう。
「ちーちゃん!」
しかし、そんな彼女の機嫌など知らないかのように話しかける者が居た。
「……なんだ、束」
「ちーちゃん怒ってる?久しぶりに見たよちーちゃんの怒ったとこ」
千冬は話しかけてきた篠ノ之束の方を振り返ることもせず、不機嫌さ丸出しのぶっきらぼうな返答をする。
だが束はそれを受けても態度を変えない。
「そっちはいっくんの居る部屋じゃないよ~?確かその先は整備室だよね?」
「…………」
「いっくんの敵討ち?それともこうくんの救出?それとも両方?」
「お前には関係ない」
いつも以上にしつこい束に千冬は振り返りつつ言い放つ。
束は一体どこまで勘付いているのか。
「教師が勝手に出撃なんて下手したらクビじゃ済まないよ?」
「助けを求める生徒を助けずにいる人間の何が教師だ、笑わせる」
気丈に振る舞っていた千冬だが、内心では一夏のことも鋼夜のことも気にかけていた。
そして山田先生の報告でアメリカの部隊の撤退を聞いて千冬は動いた。
整備室の訓練機を使用して出撃し鋼夜を救出しに行くために。
責任を負うのは自分一人でいい。
千冬はそう考えていた。
「どけ、束。邪魔するなら容赦せん」
「まま、ちーちゃん。もうちょっと待ってよ。ステイステイ」
千冬の行き先を塞ぐように束が先回りする。
千冬はアイアンクローで束をさっさと処理しようとするが中々捕まらない。
しばらくいたちごっこを続けていると、携帯の振動する音が響いた。
発生源はマナーモードにしていた千冬の携帯だった。
無視しようかとおもったが、表示された名前が山田先生のものだったので千冬は着信に出ることにした。
『はい』
『織斑先生!戻って来てください!』
『落ち着いてください。何がありました』
飛び込んできたのは山田先生の慌てた様子の声だった。
『あ、はい。アメリカから追加の指令です!再び福音迎撃に参加して欲しいとのことです。あと、ちょうどいいタイミングで専用機持ちの子達が出撃させて欲しいと指令室に来ています』
その報せを聞いた瞬間に千冬は目を細め、真横で聞き耳ならぬメカ耳を立てる束を見た。
『分かりました、すぐに戻ります』
そう答え、通話を切る。
「ん~?どしたのちーちゃん?」
「……例えばの話だ」
わざとらしく訊いてくる束に視線だけ向けると、千冬はそう前置きして語り出す。
「どこかの妹馬鹿が妹に頼まれてシステムにハッキングして現場や指令室に偽の命令を出させたとする」
「うわぁ、大変だねぇ。でも向こうは偽の命令に気付いても既に実行されてたら止める手段が無いよねぇ?まぁ、内容によるけどね」
隠す気もない束の相槌に千冬はため息をついた。
「その馬鹿のせいで、教師を続けることになりそうだ」
「ちーちゃんはその天才さんに感謝するべきだよ」
「ふん……」
千冬は踵を返し、その場を後にしようとするが呼び掛けに気付いて立ち止まり束の方へ振り向いた。
「こうくんは心配しないでいいよ、束さんが迎えを送ったから。でも、学園側からちゃんとした迎えを送っといた方がいいと思うよ」
「迎えだと?」
「うん。束さんの自慢の娘をね!」
「……お前に色々と聞きたいことが出来た」
だが、今は指令室に戻らねば。
千冬はそう思い、指令室へ向かって歩き出した。
「……ありがとう」
去り際に千冬が呟いたこの言葉が届いたのかどうかは分からないが、束は千冬が見えなくなるまで手を振っていた。
「織斑先生!」
「すまない、遅くなった」
指令室に戻ると、山田先生が反応する。それに呼応し、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラの五人が千冬の方へ振り向いた。
「織斑先生。ここにいる全員、いつでも出撃できます」
「ふっ。なるほど、やる気に溢れているな」
鈴の言葉を聞き、千冬は全員の表情を確認すると笑みを浮かべながらそう言った。
当初にあった重苦しい雰囲気は消えている。
「山田先生、4組の更識も呼んでください。更識が到着次第、ブリーフィングを開始します」
「はい!」
仲間のため。
親友のため。
想い人のため。
少女達は動き出す。
だいたいアホな大人か亡国か束さんのせい
簪はハブられた訳じゃないよ!ちゃんと参加するよ!
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