大変、主人公が息をしてないの
謎の黒い物体は沈黙した。
気絶したボーデヴィッヒと一夏が担架で運ばれていき、事後処理を先生方に任せて俺とシャルルがピットに戻ったことでこの騒動は一応、終わりを迎えた。
今更になって凄い事をしでかしたと自覚した俺は更衣を済ませ、全速力で輝さんの元へ逃げ込もうと画策するが更衣室前で待ち伏せしていた織斑先生に捕まり、強制連行された。
案内された場所は窓の無い狭い部屋で、中央に電気スタンドの乗った四角いテーブルにパイプ椅子が二つある。
取り調べる気、満々ですね。
「座れ」
「はい」
先にパイプ椅子に座った織斑先生に促されて俺も椅子に座った。
「初めに言っておくが、今回に事は重要機密になる。他言無用で頼むぞ」
「はい」
素直に答える。
しかし、よりにもよって厄介な人にさらわれたものだ。
山田先生ならなんとかなるが……正直、この人だけはどうにもならない。勝てない。
「簡単に事情を聞くだけだ。まずはボーデヴィッヒについてだが、お前はアレが何だったのかを知っているか?」
「知りません」
本当は知っているが、そう答えた場合はかなりややこしい事態に発展しそうなので早速嘘をつく。
「あれはVTシステム……正式名称はヴァルキリー・トレース・システムというものだ。過去のモンド・グロッソの部門優勝者の動きをトレースするシステムだ」
織斑先生って確か『ブリュンヒルデ』って呼ばれてたね。
だから
他にも『スクルド』とか『スルーズ』とか『ロスヴァイセ』とか居るの?
勝手に別の事に納得していると先生は更に続ける。
「これは条約でどの国や組織や企業においても研究や開発が禁止されている。使用なんて論外だ」
「……それが、ボーデヴィッヒのISに積まれていたと?」
俺の言葉に織斑先生は「ああ」と頷く。
「巧妙に隠されていたがな。あれは操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意志や願望が揃う状況下で発動するようになっていたらしい。……まぁ、ドイツには学園が今、問い合わせている」
淡々とした口調で語っているが、言葉の節々に静かな怒りが滲んでいるのが分かる。
「さて、本題に入ろうか」
織斑先生は一つため息をつくと仕切り直しというように表情を変えた。
「今回の騒動はお前のお陰でなんとか収まった。……しかしな、織斑を気絶させたのはどういうことだ?」
剣のような鋭い視線が俺に突き刺さる。
「確かにあの時の織斑は……まぁ、怒りによって冷静さを欠いていた。あの状態の奴は足手纏いにしかならないだろう。気絶させたのは少々やり過ぎだとは思うが、間違ってはいない……しかし、その後の高笑いは何だ?私はそれが聞きたい」
逃げ道を潰されましたー!
ちくしょう!冷静さ云々に足手纏い云々で気絶させたのを正当化する作戦が看破された。
「あー、えっとですね」
あなたの弟にイラっと来たのでとりあえずぶん殴りました。
なんて、言える訳が無い。
なぜ、織斑先生なんだ。
山田先生ならまだ言えたのに。
どうしよう。マジどうしよう。
「…………」
織斑先生の無言の圧力は続く。
「色々と我慢の限界で、一夏にイラっと来たのでついやってしまいました。殴ったのはやり過ぎだと思ってました。すみませんでした、本当にごめんなさい」
俺は机に額をぶつける勢いで頭を下げた。
負けました。
後悔も反省もしないと言ったが撤回します。めちゃくちゃ後悔しています。
「そ、そうか……」
怒涛の謝罪に面食らったのか、織斑先生は怒るでもなく驚いていた。
「まぁ……お前には苦労をかけさせたな」
怒られるかと思ったら急に優しい声に変わった織斑先生に驚き、俺は顔を上げた。
「ボーデヴィッヒの事を頼んだのは私だ。それに学園でたった二人の男子だ、色々と苦労があったんだろう。……我々は教師だ、生徒を守る義務がある。私や山田くんを頼れ、そして今回みたいな事が無いようにしろ」
織斑先生が心配してくるレベルなのか……今の俺はどんな顔してるんだろうか。
気持ちは嬉しいです。
でもね、俺の悩みは正直言って貴方達の手に負えるレベルじゃないんですよ。
織斑先生には「ありがとうございます。申し訳ありませんでした」と答える。
織斑先生は事情聴取を切り上げ、俺は解放された。
なんつーか、眠い。だるい。疲れた。
取り調べ室を出た俺は真っ先に部屋へ戻ることにした。
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鋼夜を解放した後、織斑千冬は保健室へ向かった。
千冬が部屋へ入るとベッドで横になっていた人物が声を上げた。
「気がついたか、ラウラ」
目的の人物であるラウラに声を掛ける。
「教官……」
「織斑先生だ、何度言えば分かる」
相変わらず呼び方を変えない教え子の様子を見てため息を吐くが、いつも通りのラウラを見てどこか安堵する。
「申し訳ありません……。あの……私に、何が起こったのでしょうか?」
適当にはぐらかすつもりだった千冬だが、察したラウラに真実を話すことにした。
「答えてやるから大人しくしていろ。一応、これは重要案件である上に機密事項だからな」
無理して上半身を起こそうとするラウラを止めながら、千冬はVTシステムの事を話した。
「…………」
その間、ラウラは黙って話を聞いていた。
全て聞き終えたラウラは悲痛そうな表情でシーツを握りしめた。
「私が……望んだからですね」
ラウラはそれだけしか言わなかったが、千冬には全て伝わった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
「は、はいっ!」
いきなり名前を呼ばれたラウラが驚きながらも顔を上げながら返事をした。
そして千冬は問い掛けた。
「お前は誰だ?」
「わ、私は……。私……は……」
言葉の続きは出てこない。
しかし千冬はラウラが答えに近づいていることが分かった。
「誰でもないならちょうどいい。お前はラウラ・ボーデヴィッヒだ。他の誰でもない。自分自身と向き合え、心配しなくても時間はあるぞ。なにせ三年間はこの学園に在籍しなければいけないからな。まぁ、たっぷり悩むがいい」
千冬の言葉が、ラウラには意外だった。
てっきり拒絶されるかと思っていたが、まさか自分を励ましてくれるとは思ってもみなかった。
そして……
「……まぁ、最近のお前は頑張っていたな」
「……え?」
唐突に褒められた。
「お前が学園に馴染めるか、最初はかなり不安だったが最近のお前を見ていると安心していられる。その調子で頼むぞ」
それお前のこと問題児だって最初から決め付けてたの?
と、思わなくもない言い方だがこれは織斑先生の最大限の照れ隠しである。
そして呆然としていたラウラは気づかない。
「……教官!」
そしてハッと我に返った彼女は顔を赤くしながら千冬を呼び止めた。
「なんだ?」
訂正も入らない。
ラウラはいける!と確信した。
「もう一度褒めて下さい!」
「調子に乗るなよ、小娘」
千冬はラウラにデコピンを食らわせた。
ピシッと指が額を叩く音が鳴り、ラウラは額を押さえて悶えた。
しかし、した方もされた方も両者共に笑顔である。
「お前を止めたのもあいつだったか。……如月には感謝しろよ」
「如月……鋼夜」
その名前を出せばラウラは目を見開き、考え込む素振りを見せた。
「……私はもう行くぞ」
そう言うとラウラは顔を上げて千冬の方を向いた。
そして千冬を見つめるラウラの視線が変わる。
眼帯が無いため露わになっている金色の左眼と赤色の右眼のオッドアイが寂しそうに潤む。
いつの間にお前は表情豊かになったんだ、とラウラについて一瞬そう思うが千冬はそれをスルーしてドアに手を掛け部屋を出て行った。
「…………」
千冬が出て行って数分後。
ラウラは保健室の白い天井を眺めながら考えていた。
今日の不思議な出来事について。
あの空間で出会った織斑一夏は強さについて教えてくれた。
決着をつけることは叶わなかったが、彼の『誰かを守りたい』という思いは分かったし、本物だった。
最初に抱いていた嫌悪感はもう、無い。
今なら彼を認められる。
教官の弟に相応しい男であると。
「如月鋼夜……」
思うだけでなく、口に出てしまった。
入学早々、私に絡んできた男。
あの空間で出会った彼は、私の全てを理解して、受け止めてくれた。
不安定になっていた『私』という存在を導いてくれた。
私も、彼の全てを知りたい。
自分が見られたから、ということではない。
彼のことを知りたい。もっと分かり合いたい。
……何故だ、彼を思うと胸がおかしい。
織斑一夏とは違う、別の感情。
これは、この気持ちは、一体なんなのだろうか。
織斑千冬は教師です
織斑千冬は教師です
許されたよ、やったね鋼夜
織斑先生も「心労が絶えない」って言ってるくらいだから理解されたんだよきっと(適当)
あと原作ヒロインが一夏に暴力振るってても何も言わないし(暴論)
前回の感想でたくさんありましたのが、一夏の謎空間介入についてです
あれは一夏の特殊能力だと自分は考えてます
オリ陣営を除けばあの現象は一夏だけが使えるみたいですし
鋼夜に「なんでお前強いの?」って聞かれてもリアリストの鋼夜が答えられる訳が無いので一夏を投入した次第です
あとラウラとの和解のきっかけも欲しかったですし