もしかしたら俺はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。
教室の様子を見て直感的にそう思った。
一夏は俺の帰りを待ち望んでいたらしく、疲れた顔を見せながらお前早く何とかしてくれと目が必死だ。
どうやら篠ノ之さんにやられたわけではなさそうだ。なぜなら篠ノ之さんも疲れて投げやりな顔になっている。同じくどうにかしろと横目で俺を睨む。
つまり元凶は他にいる。まあ、間違いなく目の前に。
「ようやくご帰還のようね」
外に跳ねた癖毛は毎日整えているんだろうか、と何となく思う。無造作に見えて乱雑さは感じられない。
寝坊して寝起きでそのまま来ました、ということではきっとないんだろう。
目の前の相手は俺の目を見て強気に笑い、それから扇子を広げた。そこに書かれているのは『助っ人参上!』
「もう待ちくたびれちゃったわ。この子達は君に話してくれの一点張りだし」
それを聞いて俺は今までの自分の認識が間違っていたことを確信した。俺が三年の教室に行っている間に一夏と篠ノ之さんをこんな疲れた目にしてしまったのは、言うまでもなく目の前の生徒会長だ。
俺は今までこの人は芸人志望だと思い込んでいた。一昨日あれだけ見事に自分の役割を全うしてのけたその姿は、未来の栄光を俺に感じさせるには十分なものだった。
だがそうではなかった。芸人とは人を楽しませる存在。それが人をいびるような真似をするだなんて言語道断もいいところである。もちろん、素人いじりというものはある。が、それは下手な芸人がやっていいものではないし、しばしば見る者に不快感をもたらしてしまう危険な芸なのだ。
生徒会長の様子からして芸としてやったようにはとても見えない。
つまり、この人は芸人ではない。
ならばこの人は何者なんだろうか、と即座に俺は考える。
一昨日の食堂での姿は並の人間にできることではない。そもそも普通の人は自分からああいう風に話を切り出すことなどできないし、その後の俺の理不尽な行動についていってオチまでつけるという高度な技術は、とても一朝一夕で身につくものではない。俺に慣れている一夏がかろうじて間に入れたくらいで、他の面々は言葉を発することさえできなかったのだ。爆笑していた布仏さんはおそらく思考回路が普通の人とは異なっているのだろうが。
ともかく台本なんてどこにもなく、そこには瞬時に判断し行動するアドリブ力が必要なのだ。まして俺と生徒会長は初対面、お互いの呼吸さえ分かっていない。しかも俺は衝動的に行動をしていた。これだけの悪条件の中あれほどの見事な即席の舞台を作り上げたのだ。もしかしたら彼女は俺との相性を感じて相方としてのスカウトをしてくるかもしれない、とまで俺は思っていた。
そしてある考えが頭に至る。なるほど、そういうことか。ならばこちらも全力で応えなければならないだろう。
俺は生徒会長の挑戦を受けることにした。
「どうしたんですか?」
「ふっ、あなた達がお困りのようだから、力を貸してあげようかなと思って」
「間に合ってます」
俺は即答した。生徒会長の動きが止まった。
「いや、そんな道端でティッシュどうぞを断るんじゃないんだから、もうちょっとこう、会話の取っ掛かりくらい、ね?」
生徒会長は俺の反応が予想外だったかのようで、二秒ほど固まってから困ったように俺に返してきた。
俺に挑戦状を叩きつけておきながらそれくらい読めなかったのだろうか。
「別に困ってもいないので」
「またまた、そんなことはないでしょ? 模擬戦をやるそうじゃない。それも圧倒的に不利な」
不利な、を強調した。どうやら少しは立て直したようだ。どこから聞いたのかと思うが今ISで学園で話題の男子生徒、それも一夏の話だ。隠しているわけでもないしクラスメイト達の誰かが話せば噂で耳にすることはあるか。
「それが何か?」
「あら、もしかして君、普通に勝てるとでも思っているの? それならちょーっと見込みが甘過ぎると言わざるを得ないわね」
調子を取り戻してきたようだ。弱気になりかけた目に力が入ってきている。
このまま付き合うか切って捨てるか。少し考えて聞いてみることにする。一般的な認識として聞いておくのもいいだろう。
「勝てませんか?」
「あらあら、君達は自分の立場を全く理解していないようね。ISをただ動かすこととISで何かをすることは全くの別物よ?」
だんだん調子に乗ってきた。いや、エンジンがかかってきたというべきか。これは俺も期待に応えなければならないだろう。
「それくらい分かってます」
「いいえ、君は何も分かっていないわ。でもこういうのはきっと言葉では伝わらないんでしょうね。どう? 私の言うことが本当かどうか確かめてみない? 放課後自主訓練をしているならその時のついででいいから。ああ、現実を見せられるのが怖いならそれでもいいけど」
なるほどなるほど。相手のプライドをつついて自分のペースに持ち込もうと。オルコットなら即引っかかりそうだ。
「間に合ってるので結構です」
「えええ!?」
生徒会長は本気で驚くそぶりを見せた。さすがだ。
「いや、断るにしてもその返答はおかしくない? そういう話じゃなかったと思うんだけれど?」
「そういう話ですよ」
「いやいやいやいやいや、君達の甘過ぎる認識がどうこうって話よね? あ、もしかして話をそらしてごまかそうとか考えてる? それならもう自分でも分かってるんでしょ?」
生徒会長は必死に話題を戻そうとしている。だが俺は手を緩めるつもりはない。彼女の期待に全力で応えなければならないのだから。
「まあそんなことはどうでもよくて」
「どうでもいい!?」
「どなたか知りませんが、あなたもしかしてスパイですか?」
「スパイ!? というかどなたか知りませんが!?」
もちろん彼女が生徒会長だということは知っている。ついでに成績表も見たので全ての分野においてとても優秀であることも知っている。顔が分かっているし模擬戦に向けての教師候補でもあったのだが、この人面倒そうだし何か嫌な予感がするという一夏の意見により却下されていた。
「だってこのタイミングで話しかけられるとスパイとしか思えなくて」
「ええと……待って。とりあえずスパイの前に、私のこと知ってたんじゃないの?」
「自己紹介された覚えはないですよ? 会話したのは食堂のときだけですし」
そう、彼女は俺に対して自己紹介をしていない。このネタを使ってくれと言わんばかりの所業だ。
ならば期待に応えるのが彼女に対しての俺の役割だ。
「ああ、なるほど。そういうことね。それは確かに失礼したわ。私はね」
「いえ、別にあなたが誰かというのはどうでもよくて」
「どうでもいいの!?」
「問題はあなたがスパイじゃないかってことなんですよ」
「どこからそういう発想が出てくるの!?」
いけない、これではただのツッコミしている芸人でしかない。もっとがんばれ生徒会長。
「だってここをどこだと思ってるんですか? 教室ですよ? ほら、対戦相手がそこにいるじゃないですか」
「わたくし!?」
急に話を向けられてオルコットが本気でビビったかのように大声を上げる。
オルコットの動向が気になっていたので、本当は教室に戻ってから牽制のためにつつこうと思っていた。だが生徒会長の乱入で邪魔されてしまっていたのでこの際舞台に引き上げてしまうことにする。
「対戦相手の目の前で色々言われるとスパイとして心理戦仕掛けてきたのかなって思いますよ」
「待ってくださいませ! わたくしはこの方のことなど知りませんわ!」
「知らない!? 私のこと知らない!?」
「いえ、そのようなことではなく!」
生徒会長が混乱し始めた。どうやら今日はここまでか。
「私ってその程度の存在だったんだ……」
「もちろんあなたのことは存じ上げておりますわ! 二年で生徒会長の更識楯無さんですわよね!」
「オルコットさん。模擬戦のことで確認があるんだけど」
「今その話ですか!?」
もう生徒会長がこの場で立て直すのは無理だろうと感じたので、俺はオルコットに話題を振る。どうせならこの状況を利用させてもらおう。
「模擬戦のルールを決めてなかったと思うんだけど、IS学園の一般的なルールでいいよね?」
「それは今話すようなことですか!? 今あなたは生徒会長さんとお話されているのでは!?」
「別に僕に用事があるわけじゃないし、それにスパイの人とはあんまり会話はしたくないし」
「だからわたくしは会長さんと繋がってなどいませんわ!」
「じゃあますます話すことはないね。それで模擬戦のルールなんだけど後から変なのを付け加えようとかないよね?」
「何をおっしゃいますか。そのようなことは当たり前ですわ。むしろあなた方がそういうことをしでかさないか不安なくらいですわね」
「了解。じゃあそういうことで」
よし、宮崎先輩に言われた通りオルコットにルールの確認をさせなかった。そしてオルコットの認識も理解できた。
さっきまでの俺と同じで深いことは考えていないようだ。
勝つためにも今回はこのままオルコットに舐めていてもらった方が都合がいい。
「お、おい智希……」
「ああ一夏ごめん。勝手にルール決めちゃった。でも別に不利になるようなことはないから大丈夫だよ」
「そういうことじゃなくてだな……」
一夏の気の毒そうな目は放置されて涙目になっている生徒会長に向いていた。
生徒会長はいつも自分のペースだけでやってきたのだろう。だが世の中において自分のペースだけでうまく進むことはむしろ少ない。そこでどう対応していくかは彼女の人生においても大事なことだ。そして俺に求められているのはきっとそういう部分なんだろうと思う。
「ああ、もうそろそろ授業始まりますよ?」
「……」
目が合うと彼女はとても恨みがましい目で俺のことを睨んできた。その眼の奥には力がある。
「これで終わりだなんて思わないことね!!」
そう言い残し、生徒会長は脱兎のごとく駆けて行った。
よかった。彼女はこの程度で折れてしまうような弱い人間じゃない。次はもっと成長して俺の前に現れるだろう。もちろん俺はそれに対して全力で応えるつもりだ。
「か、甲斐田……? さすがに今の扱いはひどいと思うのだが……」
一夏ではなく、篠ノ之さんが俺に向かって言ってきた。二回目でついてこれるようになったのか。さすがは一夏の幼馴染だ。
「大丈夫。彼女はこの程度で挫けたりなんかしない」
「いや、あれは大分堪えていたと思うぞ? というかそれ以前にお前はまた意識して今のをやったのか?」
俺は生徒会長が去った入り口を見つめる。
「大丈夫だよ。だって彼女は」
「彼女は?」
「生まれながらの女優なんだから」
篠ノ之さんは訳が分からないという顔をし、なぜか布仏さんが爆笑した。
「誰にも見られなかったでしょうね?」
開口一番、指揮科三年の宮崎先輩は俺達にそう言った。
「いや、見られるも何も先輩達がここまでの道を封鎖してたじゃないですか」
困惑しながら一夏が返事をする。
俺と一夏とあと篠ノ之さんは夜、寮の会議室に呼ばれていた。
「いいえ、完璧なんてことはありえないの。常日頃から本人も意識して行動しないと」
先輩方は完全にノリノリだった。
学生寮にある会議室は本当に作戦本部となってしまい、入り口の扉にはOperationK本部につき一般生徒の立入禁止、と張り紙が貼ってあった。
部屋の中は口の字に机が並べられ、先輩方が真剣な表情で座っている。
俺達に声をかけたリーダーの宮崎先輩は入り口から一番奥、ホワイトボードを背に立っていた。
「智希、いったいどういうことになってるんだ?」
「さあ」
「待て甲斐田、これはお前がしでかしたことではないか!」
そんなことを言われても、放課後俺は相変わらず織斑先生に拉致されている。今日何が行われたのか一夏達よりも把握していない。
一夏が言うには放課後篠ノ之さんとアリーナで自主訓練をしていたら先輩らしき人達がぞろぞろとやってきて、一夏達の観察を始めたそうだ。居心地が悪くて全く集中できなかったとのことである。
先輩達はそのうちに訓練する一夏をじろじろと見ながらひそひそ話を始め、異様な雰囲気に耐えられず一夏と篠ノ之さんは訓練を早々に切り上げてしまった。
お陰で俺がアリーナへと着いた時には誰もおらず、寮に戻って一夏達から今度は何をしたと詰問を受けることになった。
三年の先輩方の協力を得られたことは話していた。夜まで作戦を考える時間をくれと言われていたので今日は一夏達には関係ないかなと思っていたのだが、どうやら先輩方はやる気全開になってしまっているようだ。あの写真がそこまでの効果をもたらしたかどうかは分からない。
そして今作戦会議だということで呼ばれて会議室まで連れて来られたところだ。
「とりあえず座って。時間もないしすぐ始めるから」
言われて俺達は目の前の席につく。ノリだけでここまで大掛かりにしてしまうとは、この人達は本当に暇なのだろうか。
もちろん、ありがたいと思うし感謝はしているけれども。
「では会議を始めましょう。まず最初に、このOperationKは来週行われる模擬戦で織斑一夏君に勝利させることを目的とします」
まさか前口上から始めるとは。いったいどこまでやる気なんだろうか。
「オペレーションKのKって何だ?」
「さあ」
「甲斐田のKではないのか?」
私語を始めた俺達を先輩が真剣な顔で見据える。慌てて姿勢を正した。
「相手はセシリア・オルコットで一年生。ただしイギリスの代表候補生で専用機まで持っている。対してこちらはおそらく専用機は間に合わず、量産機をもって戦わなければならない」
作戦会議とは分かりきったことを改めて言う必要があるのだろうか。一夏がさっそく退屈してきているようだ。
「で、どうやって勝つかの前に、私達は相手との差をはっきりさせなければならない。何よりまずは機体の性能の差よね。椎葉」
一夏の様子を見たのか宮崎先輩は話を端折ったようだ。
呼ばれた女生徒が立ち上がる。
「整備科の木城椎葉よ。今回織斑君の機体は主に私が見るわ。よろしくね。それで相手の専用機のことなんだけど、カタログでのスペックはもう把握してる。実験機とはいえ最新の機体ね」
おや、そんな情報をどこで手に入れてきたのだろうか。他国の実験機の性能なんてそんな簡単に分かるものとは思えないのだが。
「二年にイギリスの代表候補生がいるの。その子は専用機は持ってないんだけど、伝手はあるからそこから手に入れたわ」
「いや、そういうことして大丈夫なんですか? その、他国の情報とか?」
「ああ、サラ、そのイギリスの子はあの写真を見せたら即答してくれたわ」
それでいいのだろうか。いや、これは突っ込むまい。
「というのは半分冗談で」
いけない、半分だけかかと危うく声を出して突っ込みそうになってしまった。
「対戦相手のオルコットさんの今回の行動はイギリスにとってよくないみたい。初心者に喧嘩売ってる時点でどうかって話だし、しかも売った相手が相手だからね」
整備科の先輩はそう言って一夏を見る。正確には売り言葉に買い言葉なのだが、俺も細かくは説明していない。外から見ればオルコットが初心者に対していじめのごとく喧嘩を売ったように見えたのだろうか。まあ勝ち目がないのを分かっていながらあえてこちらから喧嘩を売るというのは考えにくいのかもしれない。
「で、裏で情報とか渡して、私達がバックについたので勝てましたって形にすればイギリス的には一応許容範囲にできるみたい。個人の問題にして、調子に乗った子に代わりにお灸をすえてもらったって感じ? もらった情報も公開できる範囲のものだし、後で問題にならないようにはしておくから」
後から文句を言われなければこちらとしては特にどうこう言うつもりもない。織斑先生からすれば調子に乗っているのはむしろ一夏の方だろう。というか仕掛け人の織斑先生が何も考えていないとは思わないので、明日にでもちらっと聞いておこうか。
「まあそのへんはこっちが勝手にやったことなので君達は気にしなくていいわ。それでその専用機なんだけど、名前はブルーティアーズ、タイプは中距離射撃型ね」
おっと、とても気になる情報が入ってきた。一夏も体を乗り出して聞いている。さすがに自分が戦う相手のことだけに真剣な表情だ。
「細かいことは理解できないだろうから簡単に言うけど、本体が持つレーザー系の射撃武器に加えてビットと呼ばれる自律型の兵器からも攻撃が飛んでくる。イメージとしては同時に五六発くらいのレーザーが織斑君に向かってくると思って」
一夏は目をつぶって想像しているようだ。難しい顔をしている。こっちが一発打つ間に相手に五六発撃たれてしまうのは確かに厳しそうだ。
「だから一対一で正面からぶつかるのはちょっと無理ね。一方的に削られて何もできずにおしまい。きちんと対策をした上で向かい合わなければならない」
「それにはどうすればいいんですか?」
間髪入れずに一夏が突っ込む。模擬戦のことに実感が湧いて身近なものとなってきているようだ。
「焦らないで。みんなで色々考えているんだけど、私は整備科だからまずは機体の話。織斑君はどの機体に乗って戦うべきか」
「機体って言うと……」
「量産機の種類のことね。このIS学園にあるのは三種類、日本の打鉄、フランスのラファール・リヴァイブ、イギリスのメイルシュトローム」
本当に俺は何も考えていなかったなと思う。織斑先生に打鉄と言われてそれしか頭になかった。
「どれが一番強いんですか?」
「それはもちろん一長一短、と言いたいところだけれど、今回に限ってはメイルシュトロームはやめておいた方がいいと思う。メイルシュトロームは第二世代でも初期の方だし、何よりブルーティアーズが同じ国のISでしかもあらゆる点で性能はあっちの方が上だから。あ、もちろんこだわりとかあるなら話は別だけど」
「別に何でもいいので、それならメイルシュトロームはやめておきます」
ああ、そういえば今しがた思い出した織斑先生の言葉は伝えていなかった。
「あの、織斑先生は打鉄使えって言ってましたが」
「そうだっけ?」
「正確には打鉄でも使え、だな。一夏、自分のことなのだぞ? しっかり聞いておけ」
あの時一夏は頭に血が上っていたから多少は仕方ない部分もあるだろう。
それを聞いた整備科の先輩は腕を組んで何事かを考え、それから別の女生徒に声をかけた。
「美郷、パイロット科的にはどう思う?」
「それはもちろん一長一短だけど、織斑先生の言った意味は分かる」
「どういうこと?」
声をかけられたパイロット科の先輩は一夏を見た。
「つまりね、織斑君に難しいことはできないから、もう葵持って何も考えずに突っ込めってことだと思う。打鉄なら防御も一番高いし、耐えて耐えて一発でも当ててみろってことじゃないかな」
「葵って誰ですか?」
一夏が反射的に出した声を聞いて、先輩方から失笑らしき笑いが起きた。
「ごめんね、葵は打鉄の装備でブレード、剣のこと。織斑君も今日訓練で使ってたよね」
「ああ、あれのことですか。そういえば葵って出てたな……」
言った後一夏は自分の発言の間抜けさに気付き、ちょっと赤くなった。
篠ノ之さんも知らなかったのだろう。同じことを考えていたらしく下を向いた。ちなみに俺は知っている。
「そうすると打鉄の方がいいんですか?」
「どうしてそう思うの甲斐田君?」
「え、だって、織斑先生的にはそっちの方が可能性あるってことじゃ?」
「うーん、昼も思ったけど君はちょっと素直過ぎるなあ」
宮崎先輩からダメ出しされてしまった。これも疑うべき所だったのだろうか。
「甲斐田君は相手の発言の理由、意味を常に考えるようにした方がいいわね。この場合織斑先生がそう言ったのは、君達が何も考えていなさそうだから。小細工する頭がないならもう何も考えずに剣一本で突っ込みなさいというアドバイスよ」
馬鹿にされてちょっと頭にくる言葉だが、実際その通りなので何も言えない。あの時何も反応しなかった時点で織斑先生はきっと俺達に呆れていただろう。
「じゃあどうすればいいんですか?」
一夏が少し不満気に言う。まあ一夏も俺と同じ気分ではあるのだろう。
そんな表に出さなくてもいいのにと思いはするが。
「美郷」
「はいよ。織斑君、今ので気を悪くしたかもしれないけど、君が初心者だというのはやっぱり事実なんだ。放課後に訓練を見させてもらったけど、君は本当にただISを動かせるだけで、高度な作戦をやってもらうには技術も経験も何もかも足りない。あたしはパイロット科だから今の君の立場に一番近いけど、ほんの数日で君が作戦をこなせる水準の技量に達するのは不可能だと断定させてもらう」
「はい」
一夏は真っ直ぐにパイロット科の先輩を見据えた。さすがに一夏も真剣に言ってくれている人に対してふて腐れるような態度を取るようなことはしない。
「正直ね、パイロット科としての意見ならラファールを使った方がいいんだ。なぜならラファールは多彩な武装を使えるから、それだけ戦術に幅ができる。でも、今の織斑君にはそれを使いこなせるだけの技量がない。よって結論、打鉄に乗ってシンプルに相手をぶっ叩くことを目標としましょう!」
「分かりました!」
一夏は力強く頷いた。そこには何の迷いもない。こうなった一夏は精神的にもとても強く、十分に期待のできる姿だ。
「甲斐田君」
「はい?」
「私達が打鉄を使うことにしたのは織斑先生に言われたからではない。織斑君のことを考えて、勝率が一番高い方法を選んだ。違い分かるよね?」
「もちろんです」
「よろしい」
誰々に言われたからそうしましたではただの思考停止だ。たとえ同じ結論であろうと自分の頭で考えた上で判断を下さなければならないと。
「よーし、機体が決まったね。それじゃあ整備科はこれから全力を上げて打鉄の改造に取り掛かることにしましょう!」
今この場がすごくいい雰囲気になっていたのに、整備科の先輩がいきなりマッドサイエンティスト的なことを言い始めた。
「椎葉、それどうするかもう決めてんの?」
「うん、だから今その方向性を決めないとね。時間ないから試行錯誤はできないし、もう決め打ちで」
というかそんなことをしていいんだろうか。使っていいとはいえISはIS学園のもので、授業とかで普通に使うと思うのだが。
「甲斐田君、そんなことしていいのかって顔してるね」
宮崎先輩にはさっきから心を読まれてばかりだ。
「えーと、実際どうなんですか? 模擬戦的にありなのかとか、改造したままでいいのかとか」
すると先輩は不敵に笑った。
「大丈夫、なぜなら模擬戦のルールにISを改造してはいけないとは書かれていないから!」
なんか胡散臭いこと言い始めた。
「こういう時のルールっていうのはね、何かを制限するために決めるんだ。実際にモンド・グロッソなんかの世界大会では機体に関する細かい規定がある。でも今は学生の遊びみたいなものだからね。相手がダメって言わないことは全部ありなんだよ。もし文句言われたらルールを盾にすればいい」
それ相手がふざけんなと怒るだけじゃないだろうか。
「純粋に技術だけを競うのであれば機体その他の条件は全て同じにしなければならない。今回相手が専用機を使う時点で、機体に関することは自動的に全部フリーになるんだよ」
何となく屁理屈な気がしないでもないが、確かにこっちにはあいつだけ専用機なんか使いやがってという気持ちがなくもない。よし、もし文句を言われたらお前って機体の性能に頼らないと何もできない情けない奴だなとでも罵って有耶無耶にしてしまおう。
「分かりました。でも改造したままで授業とか大丈夫なんですか?」
もう一つの懸念も出しておく。
まあこの調子だときっと大丈夫なんだろうが、今後自分でそうすることがあるかもしれないので一応聞いておこう。
「ふっ、整備科を舐めないでいただきたいものね。授業で使うのであればその前に元の状態に戻してしまえばいい!」
なんだろう、ここの人達はテンションが上がってくるとみんな芝居がかってくるのだろうか。
もしかして生徒会長は常時テンションが高いだけの人だったりするのだろうか。いや、さすがにあれは常人にはできない所業だろうから違うか。
とりあえず返答は意外と普通だった。技術的にどれほどのものかは分からないが、本人がやると言うのであればとやかくは言うまい。
「というわけで美郷、パイロット科的にはどっち方面の改造がいい?」
「おう、それならできるだけ攻撃と機動を強化して欲しい。装甲を削ってでも機動性重視。あと葵の打撃性を上げて一撃を重く」
「それ打鉄の利点を消しちゃうよ? タフなのが打鉄の一番の売りなのに」
「織斑君の訓練を見ててみんなで考えたんだけどね」
と、パイロット科の先輩が一夏を見る。
「織斑君って何かスポーツとかやってた?」
「いや、小学生の時にちょっと剣道をやってたくらいで」
「ふーん、にしちゃあ動きが速かったんだよね。それに無理やり動かしてるだけなのに綺麗に動けてた」
「はあ……」
一夏が不気味がっていたが先輩達はしっかりと一夏の動きを見ていたようだ。
「もちろん力の入れ方とか無駄だらけで初心者は初心者なんだけど、身体能力はかなりいいと思う。だから今回はそのメリットを最大限に活用して機動性で勝負する」
「耐える方向じゃないんだね。相手の燃費を考えたら持久戦でそっちかなと思ってたんだけど」
あ、一夏が話についていけなくて頭がショートしかけている。ついでに篠ノ之さんも。
「二人とも、織斑君達ついていってない」
「あ」
「あれ、割と一般的な話のつもりだったけど、一年生には難しかった?」
一夏は初心者どころかISに関する勉強を全くしていないので、まず単語の時点でついていけてない。そういえば篠ノ之さんはどの程度なのだろうか。
「えーっと……我慢して我慢してうりゃー! じゃなくて、よけてよけて食らいやがれ!」
「なるほど」
「そういうことか」
二人ともそれで納得してしまうのか。俺はうりゃーとか言われてもかえって意味が分からないのだが。
「気にしなくていいよ甲斐田君。あれはあれで正しく伝わってるから」
「はあ……」
どうやら宮崎先輩はこちら側の人間らしい。IS関係者がみんなあっち側だったらどうしようかと思った。
「おっと、もうこんな時間か。じゃあ今日はこのくらいにして、具体的な細かい話はまた明日以降にね。そのうちレポートにでも纏めて甲斐田君に渡しておくから」
「それは助かります」
「訓練内容とかスケジュールは時間ないしこっちで決めておくね。織斑君と篠ノ之さんは毎日放課後にアリーナ集合で。昼休みは……まあ今のうちはいいよ。状況次第で追加するかもしれないけど」
「了解です」
「あ、あの」
と、篠ノ之さんが手を挙げた。
「何か質問?」
「その、私の役割は何なのでしょうか? 模擬戦を戦うわけではないですし、訓練相手にはもうならないでしょうし……」
「ごめん! 肝心なこと言うの忘れてた!」
宮崎先輩が両手を合わせて謝る。
「篠ノ之さんはね、基本的に織斑君と同じ訓練をする。それで織斑君が休憩で体を休めてる時にも動いてもらって、それを織斑君に外から見てもらう。織斑君は篠ノ之さんの動きを見て自分がどう動くべきかを客観的な視点で理解する。つまり篠ノ之さんは織斑君の見本になるってこと」
「それを私が?」
「私達がやるとうまく動いちゃうから悪い部分が見えないの。篠ノ之さんなら初心者がやりがちな動きとか隙を織斑君に自覚してもらうにはちょうどいいと思うから。織斑君よりもちょっと大変かもしれないけどね」
「私が……一夏の見本に……」
篠ノ之さんが宮崎先輩の言葉を噛みしめている。
うまいな、と俺は感心した。
自分ががんばることがそのまま一夏のためになる。
こんなに篠ノ之さんをやる気にさせる役割はない。
一緒に訓練していれば……程度にしか考えていなかった俺はやはり全てにおいて考えが浅かったと自戒しよう。
「よろしく頼むぜ箒!」
「ああ、任せておけ!」
二人とも完全にやる気に火がついている。そしてそれを宮崎先輩がにこにこと眺めている。きっとこの人はそのへんも見越しているのだろう。
俺も経験を積めばそこまで頭が回るようになれるのだろうか。
ともかく、これで模擬戦までの道はできたと思う。
後は勝利という頂までたどり着けるかどうかだ。
もうほとんど俺の手から離れてしまったが、これから何か俺にできることはあるのか。
せいぜいがオルコットを煽って当日まで調子に乗らせておくぐらいだろうか。
いや、超重大なことを忘れていた。
こんな七面倒なことをしているのは全て、一夏にハーレムを作らせるためだった。
つまり、一夏の輝かしい勇姿を見せることができそうなこの状況、クラスの連中だけにしておくのはちょっともったいないではないか。
生徒会長も知っていたし、他のクラスや上級生でも知れば見たいと思う女子はいるだろう。
そういう人達も集めて、さらに写真や映像……いける。
よし、俺も燃えてきた。
さあ未来の一夏の嫁達よ、一夏のIS学園デビューはもう目の前だ。