天候に左右される程度の気分というのもどうかと思うが、今現在の窓の外を見て明るくなれる奴などいないだろう。
「どうしたの智希?」
「雨降ってるなーと思って」
「ああ、これが日本の梅雨ってやつなんだね。すごい湿気」
「フランスは違うのか?」
「この時期ならむしろ乾いてるよ。天気もいいし、むしろ過ごしやすい時期かなあ」
「へえ、そういうもんか」
「あとちょっと暑いね。この湿気のせいもあるんだろうけど」
デュノアが暑そうにして手で扇ぐ。
確かに俺達と違って長袖のままではそろそろきつくなってくるかもしれない。
今年の五月は温度が高かったようで、一夏などはさっさと半袖に変えていた。
女連中は紫外線を気にしてか長袖なままなのが多いが、雨の日くらいはという感じで二の腕から先が見えているのもちらほらいる。
「オルコットさんは湿気よりも暑さって言ってた。雨が降っていて暑いだなんてここは熱帯なのかって。でもリアーデさんには天気は関係なさそう」
「あの人最近やけにうるさくないか? いや、元々声は大きかったけどさ」
「あ、それは僕もびっくりした。声が一段階高いよね。なんというか……イヤホンで音楽を聞きながら喋ってる人みたいな感じ?」
「前からあんなものだしそのうち慣れるよ。いきなり話しかけられるとびっくりするのは変わらないだろうけど」
このあたりは相川さんが戦線離脱し、彼女が纏めていたパイロット班の抑えが効かなくなってしまったからだ。
パイロット班はこの前一夏を白昼堂々誘拐していたし、わりと好き勝手行動するようになってきている。
ここにも失って初めて分かるありがたみがあった。
「それはそうと、まだ来ないの? その、更識さんて人は?」
「布仏さんが連れてくるそうだけど来ないね」
「じゃあまだ一夏のお弁当はお預けかあ。ちなみにどういう人?」
「四組のクラス代表だな。性格は……智希?」
「僕はこの前通りすがりに挨拶をしたくらいだよ。一夏の方が知ってるんじゃないの? 同じ倉持技研の管轄なんでしょ?」
「そうなんだ」
「いや、と言っても話とかしたことないしなあ。俺と目が合うと逃げる人くらいしか分からない」
「そんなものなんだ」
そんなものどころではない。
一夏の記憶にインプットされているだけで俺からしたら驚きものだ。
リーグマッチの時に情報収集として聞いたのだが、春休み一夏が倉持技研にいた時よく顔を合わせたそうだ。だがその度に更識妹は逃げてしまい、あまりの挙動不審さに覚えていたとのことである。
今となっては博士からもらった専用化技術の存在を隠したかったのだろうと想像できるが、にしてもかえってそれで相手に印象づけてしまっては全く意味がない。
このあたりの抜けっぷりは姉妹だと思ってしまった。
「後は……リーグマッチで試合したくらいかな? まあぶっちゃけほとんど俺の負けなんだけど」
「ああ、もしかして打鉄の人? 見た見た!」
「シャルルはリーグマッチの試合まで見てるの? それはIS学園の公式映像で?」
「あっ、えっと、会社の人が撮っててそれを見せてもらったんだ」
「やっぱりみんなそういうのやってるんだね」
「なんで俺をわざわざ?」
「それはもう一夏のことは全世界が注目してるからね。何しろ世界初の男性操縦者なんだから!」
「うわー、そういうのはちょっと止めて欲しいな。別にISを動かせるだけで、他のみんなと違いがあるわけじゃないんだからさ」
「それは実際見なきゃ分からないよ。リーグマッチは初めての機会だからみんな気になって見に来たんだし」
「それもそうか。じゃあそれでみんな分かっただろうし、これっきりだといいな」
もちろんこれっきりで済まされるわけがない。
むしろあれで一夏の新たな価値を世界は知ったことだろう。
「待てよ。まさかタッグマッチも同じような感じなのか?」
「あはは、それはないから大丈夫だよ」
「だね」
「そうなのか智希?」
「一夏は自分も参加するんだからルールくらい読もうよ。タッグマッチは学年の行事だから、外部どころか上級生も見に来られない。来るとしてもせいぜい授業のない土曜の午後、日曜くらいかな。準決勝と決勝だけ」
「なんだ、そんなもんか」
と言うより基本的に学園の行事はほとんどそうだ。
IS学園は国の軍隊すら弾き返す要塞であり、そんな場所に簡単に他所の人間を入れるような真似などしない。
特に今年からは一夏や俺、果てはデュノアという特別な立場の人間がいるのだから。
「にしてもおせえ……あ、あれか」
「どれどれ?」
「ほら、あそこに布仏さんがいるだろ?」
「ああ」
いい加減待ちくたびれた中でやって来たのはいつもより増して嬉しそうな顔で手を振る布仏さん、そして、また面倒臭いことに巻き込みやがって、という設定を作ってきたであろう顔の更識妹である。
やはり俺のアドバイスを素直に受け取ってくれるような真っ直ぐな人間ではなかった。
布仏さんは本当にしつこかった。
それは時折一夏が俺に対して見せる粘着性と同種のものである。
つまり、絶対に俺が悪いので意地でも謝らせてやるという実に迷惑な意気込みだ。
元々、俺は更識妹の感情を知っている。そして布仏さんもそのことを承知している。
それはリーグマッチの対更識妹戦において気づき、その場で布仏さんに確認をしたからだ。
更識妹の意識が内側に向いていて、それを布仏さんはなんとかしたい。ここまではおそらくお互いの共通認識になっていただろう。リーグマッチ後しばしば布仏さんは俺と更識妹を引き合わせようとしていたし、俺も知らないふりをしなかった。結局たまたま出くわすまで実現はしなかったが、それでも布仏さんが俺に期待をしていたのは事実だ。
ところが、出くわした際俺は布仏さんの期待とは完全に逆の発言をした。
姉同士の関係と妹同士の関係がイコールであるのを引き合いにした間接的な言い方ではあるが、そんな他人の言うことに従ってないで自分の好きなようにやればいいじゃないか、と姉越しに言ったのだ。
俺と同じ種類な人間というのもあって更識妹はそういう言い回しを理解できる。姉同士の関係を自分に置き換えて考えられる。それで奴はその場から逃げた。俺と話をさせようとする布仏さんの意思に反して、俺から逃げたいという自分の感情を優先させたのだ。姉と俺の力関係を知っていれば姉が撃退されるのは目に見えている。だからその前にだ。
おそらく、これは四人の関係では起こり得なかったことだろう。いつもであれば布仏姉が間に入り仲裁して終わったに違いない。だからこそ布仏姉妹は気づいた。俺が余計なことをしやがったと。
結果布仏さんは怒り、姉も腹いせに俺の居場所を四十院さんに教えて売ったという顛末である。
とはいえ俺も最初はそんなの知ったことかという感情だったのが、後で思い返して気づいてしまった。
事の前に俺は話をしたいという布仏さんの提案を受け入れている。協力するという姿勢を見せてしまっていたのだ。
それでいながら突然の手のひら返し。持ち上げておきながら即叩き落とすとは何事かと怒ってしまうのはむべなるかな。
結局は俺が行き当たりばったりな対応をしたしっぺ返しである。夜竹さんのことを全く笑えない。
当時俺は身の安全を目的としていたのであって、更識妹については二の次である。素直に生徒会長を撃退してそのまま二人と当たり障りなく会話して時間を潰せばよいのであって、わざわざあんな込み入ったことをする必要など全くもって、ない。
だがああいうことをしてしまった理由も分かっている。生徒会長だ。ここのところやり合っていないのもあって、俺はせっかくだからいつもとは違うことをしたいと考えてしまったのだ。
その結果があれで、あろうことか俺はあの場で一番警戒すべき更識妹と通じ合うという全く意味不明な行為を行ってしまっている。
更識妹も後で気づいて、俺が何のためにああいうことをしたのかと首をひねっているだろう。だが残念ながら完全にノリだ。深い意味など全く存在しない。
だからこそ全部有耶無耶にして何もなかったことにしたかったのだが、当然そうは問屋が卸さない。
なまじ更識妹と意思疎通ができることを見せてしまったが故に、ここは絶対に引かないと布仏さんに決意させてしまったのだ。
やはり姉妹だ。俺を追い込む狡猾さは持っている。とりあえず謝っとけ的な空気を作られてしまった時点で俺は終了である。
そして観念した俺はお詫びとして一緒に昼を食べるという約束を取り付けられ、今日がやって来た。
「ごめんね~」
「遅いよ布仏さーん。俺もう腹減って死にそうだったんだぜ」
「ごめんなさーい」
「一夏、そういう言い方は」
「いいんだよシャルル。こういう時は変にいいよとか言わない方がいいんだ。次は気をつけるよな、布仏さん?」
「うん!」
普段は空気を読まないくせにこの気の遣いようである。
だが別に一夏が急に改心したとかそういう話ではない。
一夏が完全に布仏さんを子供扱いしているという話だ。
これはチビ共に対する態度であって、同じ年の同級生に向けるべきものではない。確かにここのところの布仏さんの態度は小学生じみていたが、それは俺を追い込む意図があってのものである。素直な一夏はそのまま受け止めてしまったようだ。
とはいえこれが完全な演技ならまだ嘘臭くもあったりするのだが、半分は天然でやっているだけに質が悪い。
自分の性質が子供っぽいことを半ば理解した上で受け入れている。
なぜなら、そうでなければこいつの側にはいられないから。
「ふふっ。あ、初めまして。シャルル・デュノアです。今週から転入生としてIS学園に来てます」
「転入……?」
「うん」
「それは……別にいいか」
「どうかしたの?」
「かんちゃん、名前名前」
「ああ……更識簪です……」
「よろしく。更識さん」
デュノアスマイル無効。
更識妹はデュノアに対して特に興味もないようだ。
転入に引っかかったのはそんな制度あったのかということだろう。
「じゃあ自己紹介も終わったところでさっさと食べようぜ」
「そうだね。ちなみに僕とシャルルの分も一夏作」
「おお~! おりむー!」
「大丈夫だ。言われなくとも布仏さんが摘みたいだろうと思ってちょっと多めに作ってあるぜ」
「さすがだ~!」
「だけどどうせなら布仏さんのも食わせてくれよ。それ自分で作ったんだろ?」
「とりかえっこね~」
ようやく昼の時間となり俺達は弁当を広げる。
布仏さんと更識妹の弁当の中身は同じだ。布仏さん作だろう。
お、更識妹が一夏の弁当をチラ見した。
こちらに興味はあるようだ。
「これちょーだい!」
「って言いながらもう取ってるじゃねえか。はいよ。もう一個」
「もう一個くれるの?」
「更識さんにも食べてもらわないといけないだろ?」
「え、私は……」
「おりむーかっこいい!」
「ふっ、これくらいなんともないぜ」
意外と一夏もノリノリである。
だがこれはあれだ。施設で年少組を相手にするやり方だ。
一夏は布仏さんどころか更識妹まで同じカテゴリで括ってしまっている。
確かに今の更識妹のような斜に構えた系もいたが、それでいいのだろうかと正直思わざるをえない。
いくらなんでも高校生を小学生扱いは……いや、改めて見ると更識妹は鈴と大差なく育っていない。自分の姉が基準になっている一夏では更識妹が子供に分類されてしまったか。隣に布仏さんもいるし。
「いただきまーす!」
「更識さんもどうぞ。せっかく作ったんだしもったいないからな」
「え……はい……」
「おいしー!」
「だろ? 昨日から仕込みしてたんだぜ。味が染み込んで口の中でこうぐわっとくるだろ?」
「くるくる!」
「すごい……なんて濃厚な……」
「シャルルは昨日味見とかしなかったの?」
「うん。食べた時の感動がなくなるからって一夏が食べさせてくれなくて」
「そこまでしなくても」
「何言ってんだ。こういうのは最初が肝心なんだよ。俺は初めて食べてもらう人には可能な限りその時の最高な状態で食べて欲しいんだ」
「どういうこだわりなんだか」
一夏の料理を食べ慣れている俺からすれば、今日の味付けは濃いなー、程度である。
とはいえ一夏曰く俺ほど食べさせがいのない人間はいないそうなので、あまり自分の主張を声高に叫ぶつもりもないけれど。
しばらく賑やかに食事が進む。
基本的には布仏さんとデュノアが食べては驚き一夏が喜ぶの繰り返しだ。
俺と更識妹は基本的に黙々と食べ続けている。
だが更識妹にとって一夏の料理は目を見張るものだったらしく、チラチラと一夏の弁当を見ていた。
そしてさすがは一夏、料理のことかつ自分にとって子供のサインならば見逃さない。
いつもの無神経さはどこに行ったのかというレベルで気を利かせていく。
ついでにこれはどうだこっちも食べてくれと、次々と更識妹に差し出していった。
更識妹も最初は遠慮がちにおそるおそるだったのが、次第に受け取るスピードが早くなっていく。
こんな面倒なイベントやってらんねえよロールプレイはどうしたと言いたい。というかお前は一夏を嫌っているのではなかったのか。
「ぶー!」
「智希お前さあ、せめてもう少し心のこもった言葉で言ってやれよ」
「え? だからおいしいって言ったじゃない」
「うーん、智希はさ、もう少し感情を込めて言った方がいいんじゃないかな? きっとおいしいという気持ちはあるんだろうけど、それが表に出てきてないんだよ」
「なるほど……」
「いやいや、シャルルそれは違うぞ。こいつは何食っても一緒なんだ。いつ聞いてもおいしいしか言わねえし」
「失礼な」
おいしいものをおいしいと言っているだけなのにこの扱いである。
別に専門家ではないし一夏のように料理を趣味にしているわけでもないのだから、そんな専門用語を要求すること自体が間違っている。
それならまだデュノアの方が説得力がある。
「かいだーはもっと勉強しなさい!」
「僕?」
「そうだな、智希は学ぶべきだ」
「はあ?」
「あはは。でも智希は作ってくれた人の気持ちを考えるところから始めたらどうかな? そうすればもう少し言葉にしようって気になるかもしれないし」
「だからこそおいしいって言ってるつもりなんだけどなあ」
「ダメだこりゃ」
「あはは……」
理不尽な集中砲火で実に腹立たしい。
と、ごまかしついでにふと更識妹を見ると当たり前のように目をそらす。
だがそれ自体はどうでもいい。今こいつは俺を観察していた。
尾行してみたり、この女はいったい何がしたいのか。
甲斐田の秘密を知ってしまったとでも思っているのだろうが、それでどうしたいのかが分からない。
それとも自分でも分かっていないのだろうか。
「ごちそうさま~!」
「もういいのか? まだ残ってるぞ?」
「おりむーのもらいすぎてもうお腹いっぱ~い」
「そうか。まあ俺もけっこう作ったしな」
「じゃあこのへんでお開きにしようか」
広げていた弁当を畳む。
結局この場はただ弁当を食べただけで何事もなく終わった。終わらせた。
クラスメイト連中の轟々たる非難を浴びながらも一夏とデュノアを引っ張り出したのだ。もし更識妹が何かを企んでいたとしても何もできないように。
「じゃあ本音……私はこれで……」
「うん! かんちゃんありがとう!」
「あー更識さん、また機会あったら食べてくれよな?」
「ええ、機会があれば、ぜひとも……」
「更識さんまたね!」
よしこれで社交辞令も終わって……ぜひとも?
ああそうか、更識妹的には次の機会があっていいわけだ。
大義名分付きで堂々と俺を観察できる。布仏さんどうのではなく、自分自身の好奇心としての話だ。
「じゃあ僕らも戻ることにしようか」
「あっ、かいだー。ちょっといい?」
「いいけど何?」
「えーっと……」
「どうしたんだ布仏さん?」
「一夏、先に行ってようか。話があるのは智希みたいだし」
「そうか? じゃあ先に教室に戻ってるぞ」
「でゅっちーありがとう!」
デュノアはそれには答えず笑顔で手を振って出て行った。
こういう風に一夏の側で気を回してくれるとかなりいいかもしれない。
「かいだー、それでね」
「うん」
さて布仏さんは俺に何を聞きたいのか。
「今度のタッグマッチなんだけど、私かんちゃんと一緒に組んだらダメかな?」
なるほど、そういう相談なわけだ。
自分にとってどうかではなく、更識妹にとって。
結論から言えば駄目である。
なぜなら優勝候補の一人である更識妹に楽をさせてしまうから。
更識妹が布仏さんと組むと、シード権が発生してしまう。
つまり一夏と同条件になってしまうので、対戦した時に勝負が厳しくなってしまうのだ。
奇襲したとはいえリーグマッチで更識妹は完全に一夏を上回っていた。だからまともに戦った場合勝ちを計算するどころではない。
更識妹本人もリベンジに燃えて無駄に意気込んでくるだろうし、その上今回はクラスメイトたちの協力も薄い。
それに何より布仏さんが敵に回ってしまうのがかなり痛いのだ。
更識妹の情報について期待するというよりも、一夏の情報が筒抜けになってしまうのが厳しい。奴ならこれ幸いとばかりに布仏さんから情報収集を行うだろう。そして味方ならば布仏さんも喜んで伝えるのは間違いない。
また布仏さんのISの実力自体はさほどでもないが、幼馴染である以上息はぴったりだろう。下手に連携までされてしまえば足下を掬われかねない怖さが十分にある。
結論として一夏に問題なく勝ってもらうには、まず相方を四組の初心者にして足を引っ張ってもらわなければならない。
そして更識妹には一回戦から連日連戦を続けて疲労してもらう必要があるだろう。
だから俺は布仏さんを更識妹と組ませるわけにはいかない。
「具体的なことを考える前に、まず布仏さんがどうしたいかだ」
「私? 私ならかんちゃんと一緒にいたいよ」
「そういうことじゃない。布仏さんは更識さんにどうなって欲しいか」
もちろん俺の本心など口にできないので、大外から埋めていくことにする。
うまく誘導して布仏さんが自分でそれを選ぶようにしなければならない。
「それは……」
「布仏さんを見てるとさ、何をしたいのか分からないんだ。がんばってるのは分かるんだけど、目的地が見えない。だから協力を求められても応えようがない。今さっきみたいにこんなのでいいのなら僕でも一夏でもできるけど、それで布仏さんの目的は達成されるの?」
「もくてき……」
「もうちょっと具体的に言った方がいいか。例えばこれを続けて更識さんが僕や一夏やシャルルと仲が良くなったとして、それで布仏さんは満足できるの? それで十分?」
「ううん、みんなと仲良くなってほしい」
「みんなって誰?」
「えっ……?」
「一生かけても世界中の人と仲良くなるなんてできないよ、時間的に。じゃあ布仏さんは今やろうとしてることをどこまでやればいいと考えてるの?」
「……」
回りくどいにも程があるが仕方ない。
だが実際そうだ。布仏さんはとにかく今自分にできることを必死にやろうとしているだけに過ぎないのだ。だから何も進まない。
「僕の勝手な想像だけどさ、友達を一人一人作っていってその輪をどんどん広げていこう、布仏さんが考えてるのはこんな感じかな? 間違ってる?」
「あってる」
「うん。じゃあそこに僕を選んだわけは?」
「かいだーならかんちゃんのことを分かってくれると思ったから」
「なるほど。それなら残念ながら僕は今の更識さんにとって仲良くなる相手として不適当だと言うしかない」
「どうして?」
俺の自虐だとでも取ったのだろうか。布仏さんは心外だとばかりに抗議の目を向ける。
まあ本心では俺も更識妹も仲良くしたくないのが事実だろうが、この場合は関係ない。
外面的な話である。
「もし一組に出入りするようになったら、更識さんはいよいよ四組内で孤立するよ。これが三組とか五組ならまだしも、よりによって一組だ。男子が三人もいる特別なクラス。ああ更識さんは一人でいるのが好きなんかじゃなくて、自分にふさわしくないと思ってる人間を相手にしない人なんだ。更識さんにとって四組の自分達はもう完全に切り捨てられたんだって」
「そんな……!」
だがこれはある程度事実になってしまうだろう。
更識妹は機体持ちの代表候補生、元々クラス内で浮いている上にリーグマッチによって一人だけ突出し過ぎた。
それでもここまで孤高を貫いてきたので、表面上は保たれている。
しかしそんな状態で評判が微妙な俺はともかく一夏やデュノアと仲良くしたらどうなるか。
水面下にあった不満が一気に噴出してくるのは想像に難くない。
「そんな奴らなんか相手にする必要ないって思うかもしれないけど、それは外から見て言える話であって自分のことじゃないからだ。実際その環境に置かれるのは更識さんで、これから少なくとも十ヶ月はそんな状態になってしまう。今よりひどい事態になってしまうのは間違いないんだけど、それは仕方のないことだと割り切る?」
「……」
その光景を想像してか、布仏さんはうつむく。
本人が選んだならまだしも、自分の手で親友を追い込むことになるかもしれないのだ。
ちなみに鈴もある程度同じ状態だが、こちらはまるで気にしていない。何より自分の中に一夏という大きな幹を抱えているので、全くぶれないのだ。寄るべきものがあれば人は強くなる。それにクラス内にハミルトンという話相手もいるし、クラス内の関係性が希薄なのも問題の深刻さを和らげている。
まあ更識妹本人も気にしないだろう。きっと奴は博士から専用化技術をもらえたことで、自分を特別な人間だと過信している。周囲の人間など有象無象と片付けて気にも留めていないのは簡単に想像できる。
それに今の状態だって実は自分で選んだ道だ。その延長線上にあるなら別に文句もなく受け入れるだろう。
だが布仏さんとしてはそうはいかない。親友が誤った道を進んでいると思っているので、同じ方向には進ませたくないのだ。
とはいえ最初に俺が言ったように目的意識が曖昧なので、どうすべきか何を大事にすべきかがはっきりしていない。だから自分では何も決断できない。
「でもさ、今回のタッグマッチはいい機会だと思うんだよ」
「……?」
いきなり変わった話題に釣られて布仏さんが顔を上げた。
ようやく本題に入れる。
「誰かと組まなきゃいけないのなら、それこそ同じクラスの人と組めばいいんだ。クラスの人達と仲良くするのにこんないい機会はないと思わない?」
「あ……!」
沈んでいた布仏さんの顔がぱっと開く。
今までは手も足も出せない状態だったかもしれないが、これを取っ掛かりにできるのだ。
こちらから話しかける理由ができる。そして更識妹はISのパートナーとして申し分ないどころではない。
「例えばさ、いつも三人で固まってる人達なんかは二人組を作ったら一人余るんだよ。だからそういうところに入っていけば一人じゃなくて三人と話ができるよね?」
「うん!」
「布仏さんも思ってたことだろうけど別に最初から全員と仲良くしなくていいじゃない。まずはどこかの一員として認められれば、今度はグループ同士とかで交流は増えていくと思うよ。そうやってどんどん広げていけばいいんじゃないかな?」
「うん! あ、でもかんちゃんは……?」
「言うことを聞いてくれないかもって? それなら大丈夫。魔法の言葉がある」
「何それ!?」
期待に溢れた眼差しで布仏さんは俺に催促する。
魔法の言葉と大げさに言ったが別に大したことではない。
「クラスの人に言われて他のクラスの人と組めなくなりました。ごめんなさい。だからかんちゃんが組む人を探すの手伝います」
「……それだけ?」
「うん」
「それだけでかんちゃんが?」
「パートナーなんて誰でもいいとか言うと思う?」
「うん」
「言わないよ」
「どうして?」
「だって、更識さんは一夏と鈴にリベンジをしないといけないんだから」
あっ、と布仏さんの口が開く。
一夏に対しては自爆、鈴には自分が失敗した初見殺しを使われて負ける。
はっきり言って屈辱なのだ。
俺が更識妹の立場なら絶対にそのままにはしておけない。一夏との試合中に思ったが奴は俺と同じ粘着性の感情を持っている。機会があるのにみすみす逃すなんてもったいない真似は絶対にしない。最低でも一夏と鈴のどちらかを潰さなければ気が済まないだろう。
「そのためにはパートナーは誰でもいいとは言えないよね」
「うん」
「もちろん、そういう理由だから布仏さんが間に入って上手いことやらないといけない。相手にそっぽを向かれないようにしないとね」
「うんうん」
布仏さんと組めなくなった時点で更識妹に組む相手はいなくなる。
奴は五組の佐藤に匹敵するぼっちなので、そもそも話を持ちかける相手が存在しないのだ。
だから布仏さんの提案は渡りに船である。
わざわざ間に入ってくれるのだから利用しないはずがない。
一夏や鈴の周辺を見ていればさすがに一人だけでは厳しいのは明らかなのだし。
「そうだ、それならいっそすぐに決めなくていいかもしれないな。更識さんは自分の機体を持ってるんだし、あれって専用化処理された打鉄でしょ? 一時的に専用化を解いてクラスの人達に乗ってもらうとかすればすごく喜ばれると思うよ」
「そんなことしていいの?」
「今は更識さんのものなんだから更識さんの好きにすればいいじゃない。技術的なことは知らないけど、一夏達が専用化したままなのはデータ取りがあるからでしょ。更識さんには別にそういうのもないみたいだし、今までも好きにやってるみたいなんだから特に問題はないんじゃないかな」
「は~」
「あ、そういうのは全部布仏さんがやらせたってはっきり見せておくといいかもしれない。そうしておけばクラスの人達もそのうち気づいて布仏さんに協力してくれるようになると思うし」
「そうかな?」
「友達のために一生懸命がんばっていれば、見てくれる人はきっといると思う」
我ながらいいことを思いついてしまった。
これが実現できれば更識妹本人の訓練時間が減る。
ぜひとも布仏さんにはがんばってもらいたい。
「えへへ~」
「あー布仏さん、今は簡単に言っちゃったけど、実際やるとなるとすごい大変だよ? 相当きついと思うし、うまくいくとは限らない。理屈なんてすっ飛ばして感情的にもう気に入らないとかあるかもしれないよ。これでもう安心だなんて考えないでね」
「大丈夫!」
「言い切るね」
「だってかいだーが考えてくれたことなんだから!」
布仏さんは俺が今まで見てきた中でも強度MAXの笑顔を放ってきた。
基本的にいつも笑顔な人ではあるが、毎日見ていれば細かな違いも分かってくる。
笑顔の中でも表情豊かということなのだが、果たして更識妹はこの笑顔をきちんと見ているのだろうか。
「うーん、始まる前から弱音もないか。まあいいや、実際やってみての話だし、もう時間だからいい加減行こうか」
「うん!」
言い終わるやいなや、布仏さんは自分と更識妹の弁当箱を抱えて走って行った。
できることならうまくいって欲しい。そして更識妹をぬるま湯に沈めて欲しい。
今も布仏さんを切れない時点でお前は徹底できないのだ。ひとりぼっちにはなれないのだ。
ならば暖かさを思い出してしまったらどうなるか。それでもその意地を保ち続けられるのか。できればそのまま浸かって安穏としてくれたら嬉しい。
と、今の自分こそまさにそうではないかという焦りの感情が急に湧き上がってきた。
「なるほど、個人戦がなくなっちゃったわけか」
宮崎先輩はざっと一瞥しただけで、ルールの書かれた紙を隣にいる先輩に渡した。
「はい。そのことについて意見を聞きたいことがあります」
「それは確かに急に変わったりしたら不審に思うわよね」
読み込んだりするのかと思ったが、他の先輩達も流し読み状態で次々と隣に流していく。
あっという間に俺の周囲にいた指揮科十人の間で回されてしまった。
そして後ろの方にいる衛生科の佐原先輩に回されようとするも、先輩はいらないと手を振って返してしまっている。こちらは興味すらないようだ。
三年生は総勢百人。うち指揮科が十人で衛生科は八人。同じ教室を使っていて一般の授業は一緒に受けているそうだ。
他はパイロット科で一クラス三十人、整備科でニクラス二十六人ずつ。合計四クラスになる。
指揮科パイロット科には定員があるのでここは定数、衛生科は変わり者が選び、残りが整備科という勘定だ。
ということは万一俺が指揮科に進んだ日には同じ教室に谷本さんが存在してしまうのだろうか。
それはすごく嫌な感じがする。
「よしみんな読んだわね。それで、何が聞きたいの?」
「すぐ教えてくれるんですか?」
「もちろん質問の内容と質問の仕方によるけど、何?」
「そうですね、やっぱり先輩方の見解が聞きたいです。何よりどうして変更がなされたのか。これは去年までを知らない僕では想像しづらいことなので」
「うんうん。まず甲斐田君はどう思ったの? それから聞かせて」
これである。
質問をしたのに質問で返された。
そして俺の話す内容に合わせて返答をしてくるのだ。最終的には教えてくれるにしても、面倒なことこの上ない。
「その前に情報として、織斑先生は学園にとって改善であると言いました。そして今までは見るに耐えず益も少ない行事だと評していました」
「あー……」
何人かの先輩達が苦い顔をする。
つまり思い当たる節があるということなのか。
「僕としてはそこから想像するしかありません。だから、できる人とできない人の差が激し過ぎて、できる人とできない人が試合をしたらとても見てられないようなことになるし、またお互いのためにもならない、ということかなと」
「うん。まあそれも正解」
「ということは他にも?」
「できない人同士がやってもぐだぐだになるだけで、ためになるかというと正直あんまりならないわね。そしてほとんどの試合はそれ」
「なるほど」
だがそんなことは当たり前と言えば当たり前の話だ。
一年生にとってのデビュー戦なのだから、思ったようにいかないことの方が多いだろう。
リーグマッチはクラス代表という元々できる生徒が出るものだし、ゴーレム戦の場にいられた篠ノ之さんなどは例外中の例外にあたる。
しかしそれなら二対二にしようと同じことなのではないだろうか。
「納得した?」
「いいえ、それならわざわざ二対二にする意味がありません。二対二になると何が改善されるんですか?」
「織斑先生は何か言ってた?」
「えーと……二人になればできることが大幅に増える、だったかな」
「そうね。それだけ?」
「後は……ああ、日程上の問題もあると。人数が増え過ぎて一週間じゃ終わらない。生徒達の体力的に厳しい」
「あ、そっちも気にしたか」
「どういうことでしょうか?」
「そっちはできる人向けの話。毎日試合をしてると疲れちゃって、最終日の決勝とかもうヘロヘロでがっかりな試合になりがちなのよ。がっかりと言うか地味というか、最後はただの体力比べになったりして」
「プロや大会の試合じゃないんだし、そこは問題になるところではないのでは?」
「連戦における体力の問題なんてまだ何も知らない一年生に求めることかと言うと全く違うのよ。そういうのはちゃんと試合をできるようになってから気にするべきで、一試合のペース配分すら分からない一年生にいきなり理解しろって言っても無理」
そうだろうか。
既にリーグマッチで俺達は日程について意識させられている。
連戦の日と休みの時間について真剣に考えたのだが。
「綾、甲斐田君は納得してないよ」
「そうね。じゃあ……理屈の部分では分かったつもりになれても、実感としては全く別の話だと言うことかしら」
「いいえ、そういうことじゃなくて、リーグマッチで僕達はそのあたりを考えて実行までしています。二日半の日程で、連戦の日と午前午後のどこかで休みの時間があって、そこはかなり気をつけた部分なんですが」
「あっ、そういうことか!」
と、宮崎先輩は何かに気づいたように声を上げた。
言い方からして何かが繋がったらしい。
「ええと、甲斐田君、まず去年まではリーグマッチで日程を気にする必要はなかった」
「そうなんですか?」
「だって気にする必要なんてないもの。何しろ毎年四クラスしかなかったんだから」
「あ」
確かに、四クラスでは空きなど出るわけがない。
しかも総当り三試合で済むのだから、土日の一日半で終わってしまう。
「三試合だけならまあ勢いで押し通せるからね。大観衆もあるし、気がついたら終わってるくらい」
「確かにそうですね」
三試合だったら俺はどうしただろう。
休むよりもむしろ一夏の気持ちを切らさないことを優先させたような気がする。
「つまり今年の一年生はクラス代表の姿を見ているので、最初からある程度は連戦の疲れについて意識しながらやれる。別に全員が気にする必要はなくて、クラス代表や優勝を目指すような生徒が理解していればいい」
「綾、これ行けるよ! 一日で二試合になるのが土曜の準々決勝と準決勝だけだ!」
「それ下手すると一回戦からの勝ち抜けまであるわね」
「一試合かそこら減っただけなのにそんなに楽になるとは……」
ということは、ますますシード権の意義が薄れてしまう。
いや、やはりそういうことなのだろう。これもある意味ヒントだ。
「あ、ごめんね甲斐田君。うん、確かにこれは改善だわ。生徒は明確な目的意識を持ってタッグマッチに臨むことができる」
「時期を前倒ししただけなのにそんなに違うんですか?」
「これは二対二というだけで前倒しなんかじゃ全然ないわよ。第一、一年の二学期にやるタッグマッチはトーナメント形式じゃないから。総当りのリーグ戦なんだけど、リーグ間での試合はないの。成績の上から順に六分割されて、その中で、つまり実力の近い者同士で試合をするわけ。だからどの試合も接戦になるし、その結果指揮科パイロット科を目指せるかどうかがはっきりと見えてしまう」
そういえばこのIS学園は入学してからも競争だった。
指揮科は上位十人、まあパイロット科志望もいるだろうからもう少し低くても行けるかもしれないが、それでも上位にいなければ話にならない。
パイロット科は定員三十。成績の近い者同士で集められたらボーダーラインのリーグはまさに激闘となるだろう。
その中に整備科志望が混じっていたらどうなるのか気になるところだが、そのあたりはまた別に配慮されるのかもしれない。リーグ分けの前に志望科を聞いておいて調整するとかで。それに六分割では端数も出る。
なんにしても今年はまた変わってくる話だ。
「ちなみに、日程について理解してないようなクラスはどうなるんですか? 実際あるんですけれど」
「そういうクラスは優勝なんてとても狙えるレベルじゃないから、特に気にする必要もないわね。多少は勝ち抜けたとしてもすぐ息切れするわ」
「一日一試合でも?」
「やってみれば分かることだけど、何も考えずにやれるのはせいぜい三日。きちんと最初から心と体をコントロールしてないとそこから先は持たない」
「そういうものですか」
「それも意識しながらやっていてようやく理解できる話で、だから最初に言ったけど何も知らない一年生にいきなり求めるようなことじゃないのよ」
確かにこれは一回戦から優勝を目指す場合に必要な話だ。初心者では先を見通すどころか目の前の試合をこなすだけで手一杯だろう。
「ということは今回の変更はできる人向けの改善ですか?」
「もちろん違うわよ。甲斐田君も自分で口にしたじゃない。二人になればできることが増えるって」
「ああ」
「リーグマッチをやったなのなら痛いほど分かると思うけど、一人じゃもうどうにもならないことが山ほどあるわ。でもそれが二人になった途端、ものすごく楽になるのよ。そうだ、既に指揮を経験済みの甲斐田君なら実感として理解できるんじゃないかしら? 役割分担ができるってすごく嬉しいことだと思わない?」
「思います思います。それはよく分かります」
一対一で渡り合えるような一夏や篠ノ之さんはともかく、ゴーレム戦において他の面々は防御や牽制に役割を特化してようやく戦う形にできた。一人で何もかもこなすことは簡単な話ではないのだ。
なるほど、たとえ初心者だろうと役割が単純化されれば様になると。
「と言ってもISの基本である一対一を飛ばすのはどうなんだって意見もあるだろうし、来年以降については今年やってみてどうかって話ね。思うような結果にならなかったらまた来年からは一対一に戻るかもしれない」
「僕ら次第ですか。実際どうなるんだろうな」
「甲斐田君のクラスにはシード権があるから、はっきり言ってリーグマッチと同じ感覚でやれるわよ。ええと、今回の場合だと何回戦から?」
「三回戦だから木曜からだねー。優勝目指すなら木金やって土曜に二試合。決勝は日曜。先が見えてる分もう勢いで突っ走った方がかえっていい結果出そう。無理に手綱を引かなくていいし、もしかしたら織斑君の独壇場になるかもしれない」
「という話。正直今回甲斐田君の出番はないわね。パートナー選びさえ間違えなければ今の織斑君なら放っておいても決勝までは行けるわ」
「ライバルはむしろクラスメイトになるだろうねー」
「でもさっきの話だと一回戦から勝ち上がってくる可能性もあるんですよね?」
今しがた話したように、先輩達によればそれが十分できる状況だ。
だとしたらしっかり計算して上がってくるのを警戒する必要があるのではないだろうか。
見回すと先輩達は難しい顔になって脳内で計算しているようだが、その表情は芳しくない。
「うん。一般的な話としてはそうね。でも今年の一年生に当てはめると、該当する候補がちょっと見当たらないの。本人の資質というよりはパートナーの問題ね。きちんと計算しながら息を合わせて勝ち上がってこられるかと言うと……準備期間が二週間じゃ厳しいかな?」
「そうでしょうか? 例えば二組の鈴、鳳鈴音とティナ・ハミルトンがいます。留学生レベルで組めば十分いけるとは思いますけど? 実際仲いいので組みそうですし」
「ああ、甲斐田君なら真っ先に警戒する相手ね。でも大丈夫よ。その二人、多分息が合わないから。二人とも自分が自分がだから、上からやらされないと相手に合わせようとしないわよ」
「そうなんですか?」
「誰かが矯正しなければそう。しても二週間じゃきっと無理」
リーグマッチに出た鈴はともかくとして、ハミルトンまで把握しているのか。
正直言って俺はハミルトンがISでどんな動きをするのか知らない。留学生なのだからリアーデさんや三組のベッティ並にできるだろうと想像している程度だ。
しかし先程から先輩達の様子がおかしい。急にやる気がなくなったような。
聞いてもいないことまで喋り始めたし、もしかして興味が失せたのだろうか。
「他のクラスは……四組五組は論外。どうせ甲斐田君は一組の人間を外に出す気もないだろうし。三組は転入生がどうなのかってところだけど、あの子は多分学校の行事とか興味ないタイプね。求道者系と言うか、自分のことしか気にしてない感じ。一回戦で初心者と当たってやるだけ無駄だとか言い出して棄権しそう」
「はあ……」
それどころかボーデヴィッヒまで抑えている。しかも性格の分析まで。
まだ転入から一週間も経っていないのだが。
「まだ何かある? クラス内のことなら甲斐田君が一番よく分かってるでしょ?」
「先輩、こういう言い方はあれなんですけど、もしかして興味なくなりました?」
「それはね。だって外からの指揮を必要とする場面がないもの。確かに全員参加なんだから、余計なことしてないでまず自分のやるべきことに集中しろ、というのはその通りなんだけどね」
やっぱりそうだった。
無理やり出張ってかき回すなど趣味ではないということか。
ならば、俺は少し前から頭にあったことを口にしてみる。
「じゃあ例えばですよ? 一組全員にシード権を捨てさせたら?」
「え?」
場の空気が一瞬で変わった。張り詰めたというべきか。
宮崎先輩だけでなく、三年指揮班全員の目が鋭く俺を向いている。
「いや、それが一番正しい行動だと思うんですけど、そうしたらいろいろ変わりますか?」
「……甲斐田君?」
「はい」
「それ、誰から聞いたの?」
「誰からって……」
「クラスの誰かが言ってたの?」
「言うも何も、書いてあるじゃないですか。シード権は放棄できるって」
「はー……」
がっくりと頭を垂れ、宮崎先輩は大きくため息を吐く。
そんなにまずいことを言ってしまったのだろうか。
「どうしてよりによって甲斐田君が気づくかなあ? そこから一番遠いところにいるはずなのに」
「綾、むしろ一番遠いからこそでしょ。だって甲斐田君は当事者じゃないんだから」
「いやいや、僕も一応参加はするんですけど」
「当事者意識がゼロってことよ。どうせさっさと負けようって考えてるでしょ?」
「それはまあ……」
当事者意識を持っていないは以前鷹月さんにも言われた。
と言われてもそもそも俺は枠の外にいるのだから、仕方のない話だと思うのだが。
「甲斐田君、シード権についてクラスの人達は何て言ってる? あの指揮科志望の子達でいいけど」
「有効活用しようって言ってるから捨てる気はなさそうですね」
「駄目か……。ちなみに、甲斐田君はこのことを口にした?」
「してません。今日ここで聞こうと思っていたので」
「そっか。じゃあこの後はどうしようと考えてるの? シード権について」
「どうしようも何も、二択じゃないんですか? 言うのか、言わないのか」
「言うの? 言わないの?」
「それは……」
正直なところ迷っているのが現状だ。
本来は言うべきなのかもしれないが、一夏のことを考えるとこのまま知らない振りをしておいた方がいい気もしている。
今お墨付きまでもらってしまったのだ。ここからわざわざ余計なことをする必要はあるのだろうか。
「迷ってるんだ。つまり言わない選択肢があるわけね」
「わざわざ言うまでもないというか」
「そのへんはやっぱり当事者意識のなさね。仕方のないことではあるけれど。でも甲斐田君、言った方が甲斐田君のやることができるわよ? このまま暇を持て余すよりはよっぽどいいんじゃない?」
「あ」
と、閃いた。
ならばいっそこの状況を逆手に取るのはどうだろうか。
「……というのはどうでしょう?」
「……甲斐田君、さすがにその発想はなかったわ。いや、確かに甲斐田君のやることはできるけれど……」
「意味分かんない」
「そんなことして何になるの!?」
「そういう系の趣味あるの?」
「回りくどい? いやいや、そんな次元はもはや遥かに飛び越えてるような……」
「ジャイアントキリング? いやなんか違う気がする……」
俺が何もしなくてもいい状態である。ならば、俺は全く別のことをしていればいいのだ。
部屋まで戻ると、自分の部屋の前に人だかりができている。
今度は何があった。
「あ、智希!」
すぐに一夏が気づいて俺に向かって手を振る。早く来いと。
夜竹さんあたりがまた何かやらかしたのだろうか。
他の連中も俺に気づき、部屋に向かって道を開ける。
「何あれ?」
部屋のドアの前にはボーデヴィッヒが、背筋を伸ばして正座していた。
またも意味が分からない。
「一夏、これどういうこと?」
「俺に言うな。こいつに聞いても智希を待っているだけだとしか言ってくれないし」
「おお、待っていたぞ」
こういうどこから突っ込んでいいか分からないようなのは本当に困る。
俺に用があるのはいいとして、どうして部屋の前で正座しなければならないのか。
「ええと、何かご用でしょうか? もしかして苦情ですか」
今思い出したが、俺はどさくさ紛れに思いきりこいつを罵っていた。
有耶無耶にしたとはいえ、後で思い返してこれは許せないと乗り込んでくるのは十分ありそうだ。
もしかしたら果たし状くらいは出されるかもしれない。
「何を言う。苦情を言いに来たのであればこのような態度でいるわけなどないだろう」
「そ、そうですか。と言っても僕はあなたに対して失礼なことを言ってしまったわけですし」
「失礼……? ああ、君も気に病んでくれていたのだな。確かに耳に痛い、心にまで突き刺さるほど研ぎ澄まされた鋭い言葉だった。だが大丈夫だ。私は真実の言葉に目を背けるような真似はしない。正面から全部受け止めて耐えてみせる」
「ま、まあ、気にしてないならいいです……」
もしかして俺は初対面での会話を誤っていたか。
こういう仰々しい話し方が好きな奴だと思われてしまったのか。
「とりあえず、立ちません?」
「それはできない。今の私は君の前に立つような立場ではない」
「ええ?」
こいつは何かやらかしてしまったのだろうか。
と言っても特に何かをされた覚えもないのだが。
「実は、君に是非ともお願いしたいことがあって来た」
「あ、それが本題なんですね」
「先程からのへりくだった口調はやめてもらえないだろうか。むしろ私が教えを請う立場なのだから」
「は?」
ボーデヴィッヒは真っ直ぐに背を伸ばしたまま俺を見上げ、それから両手を床につけ、そして体を前に倒した。
いわゆる土下座である。
「頼む! 私に教官、織斑千冬先生について教えてくれ!」
「はい?」
「私は、全てにおいて教官のようになりたいのだ!」
いや、それは困る。その、VTシステム的に考えて。