IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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二巻 余波と転入生とタッグマッチ
1.IS発明者篠ノ之束


 

「お久しぶりですね」

 と最初に俺は返事を返した。

 

 

 

「よく分かったね。束さんがスタンバってるって」

「なんとなくです。僕が一人になるのを見つけて出てくるんじゃないかと」

「へえへえ~。束さんに会えなくてそんなに寂しかったんだ」

「冗談はそのふざけた頭だけにしてください」

「むむむ! こんな綺麗で賢い女の人に向かって何を言うのかな!」

 

 ぷんぷん、と漫画的擬音が飛んできそうな芝居がかった仕草で、博士は口だけ憤慨してみせた。

 

「はいはい。それよりこれはどうしたんですか? IS学園のネットワークには侵入できないって言ってましたよね?」

「それは違いまーす! 侵入できないんじゃなくて、侵入したらちーちゃんにバレて怒られるからやらなかっただけなんでーす!」

「じゃあ今は?」

「バレなければ怒られることもないのだ!」

 

 えっへん、と相変わらずな調子で博士は芝居じみた動作を続ける。

 

「つまり千冬さんにバレない方法でも編み出したと」

「ちっちっち、ちーちゃんはすっごくしつこいから何かしたら絶対に見つけちゃうんだ。だからこの天才束さんは発想を二百七十度くらい変えることにした!」

「へえ、それで?」

「もう、すごく久しぶりだって言うのに適当だなあ。侵入したらバレるのなら最初から侵入しなければいい!」

「いい加減相槌打つのも面倒なんで結論からお願いします」

「ちょっと! 今束さんすごく悲しいんだけど! 威勢よく出てきたつもりなのに何このダダ滑り感!」

「あ、今自分は滑ってるって感じられるようになったんですね。それはすごい成長じゃないですか。また一つ人間に近づけましたよ。おめでとうございます」

「えええ!?」

 

 ががーん、とでもヒビ割れてきそうな頭を抱えた衝撃のポーズ。

 

「で、IS学園のネットワークを使わずに今どうやってるんですか?」

「もういいよ……。既存のネットワークで何かしたらどうしてもちーちゃんにはバレそうな痕跡が残るから、いっそIS学園内に束さんネットワークを作っちゃえって思ったの」

「そっちの方が思いっきりバレそうな気がするんですが」

 

 人はよく言う。バカとキチガイは紙一重だと。違った、天才とキチガイだった。だがこの場合は同義か。

 

「もう完全に溶けこませたから平気。今やもう最初からあったのと同じだね」

「またつまんないことに力入れますね。この四ヶ月はそんなことしてたんですか?」

「違うよ! そんなのは一ヶ月かそこらでできたけど、待ってたんだよ。今日というこの日を!」

「今日?」

「ちーちゃんの意識がIS学園の外へ向かって、中に対しては疎かになる日」

 

 いたずらをし終えたかのような博士の顔を見て、ようやく俺は合点がいった。

 

「もしかして、あの変なISは千冬さんの意識を引きつけるための囮ですか?」

「ぴんぽーん! ま、それが全てじゃないけど、おかげで束さんはその間にいい汗かいたよ。あの時間じゃ細かいとこまで全部ってわけにはいかなかったけど、束さんネットワークはIS学園内に張り巡らされたのだ!」

「盗撮魔篠ノ之束の誕生か」

「お気に入りの女の子いたらお風呂動画くらいは撮ってあげるよ?」

「僕はまだ人の心くらいはあるつもりなのでやめておきます」

「えっ、いるの!?」

「まさか」

「えー、あんなに女の子に囲まれて楽しそうにしてたのにー」

 

 散々人に振り回され続けたこの一ヶ月半をどう見たら楽しいと思えるのか。

 というかネットワークなどなくても外から覗いているではないか。

 

「どこがですか。それで話戻しますけどそれならあのISを送ったのが博士だってことは千冬さんは分かってる?」

「あ、そらしたね。まあいいけど、トーゼンだよ。あれはあれで意味のあることだし、束さんから親愛なるちーちゃんへのプレゼント?」

「気持ち的にはお詫びの品かな」

「そんなのはなんでもいいよ。あれでちーちゃんはゴーレムが束さんの目的だったと考えるんだ」

「ゴーレム?」

「人の力を必要としないIS。ISはまた次のステージへと進むのさ」

 

 正確には進まざるをえない、だろうが、俺としてもそうだろうなと思う。

 例えば戦車にISの技術を使えたらとんでもないものができあがるのは俺にでも分かる。

 

「ふーん。でもその割にはあれってポンコツでしたけど」

「技術ってのは一度できてしまえばあとは加速度的に転がっていくものなんだ。それよりゼロが一になる瞬間こそ尊いと束さんは思うよ」

 

 科学者と言うよりは発明家の思考だ。

 別に使う側の人間としては便利であれば何でもいいのだが。

 

「だから現物渡して後はIS委員会でもなんでもいいから勝手に作れですか。でもあんなバカなことしかできないんじゃ先は相当に遠そうですね」

「束さんにはやりたいことが山ほどあるのだよ。あんなのは自分じゃ何も生み出せないような連中がやってればいいのさ」

 

 発明家というのはできあがったものに対しては興味を失ってしまう人種なのだろうか。

 

「ま、僕には関係ない話です。あのゴーレム? がバカだったおかげで一夏が輝けてよかったくらいで」

「あー、あのいっくんはよかったね~。最後の一撃はもう痺れるって言うか……あ! そうだ! どうして箒ちゃんをあんなつまんない使い方するの! あれじゃ箒ちゃんはその他大勢の一人じゃないか!」

「どうしても何もそれは当然のことですし」

 

 勝利に終わった以上当たり前のことのように俺は言うが、もちろん余計なことを考える余裕がなかっただけだ。

 後から考えれば実力的に篠ノ之さんには一体倒してもらってよかった。

 

「ギギギ……箒ちゃんはあんなもんじゃない、あんなもんじゃないのに……」

「前に出過ぎてあんまり調子に乗られても困りますからね。今回は一夏を守る盾となっていい役割を果たしてくれたと思います。僕的には今のところ順調という感じでしょうか」

 

 俺の本心としては一人で戦線を支えてくれて篠ノ之さんには感謝の言葉しかないのだが、そんなことを目の前で悔しがる純愛主義者の前で間違っても口走るわけにはいかない。

 

「箒ちゃんは、箒ちゃんは、もっともっとできる子なんだから……!」

「ええ、俺も別に一夏に近づくなって言うつもりはないですし、できるのなら十分に一夏の役に立ってもらうつもりです。あとついでに言わせてもらいますけど、それなら今回みたいなことはもうやめてもらえますか。陽動ならあの場じゃなくてもよかったでしょう?」

「ごめん、私はその頼みを聞くことはできない」

 

 と、俺達はお互いにモードを切り替える。

 

 

 

「今回についても私は一つのことだけを目的にしてるわけじゃない。智希君の気持ちは聞いてるからそれに対して今さらどうこう言うつもりもないけど、私にだっていっくんにはやってもらわなければならないことがある。私は私でやるって四ヶ月前に話をしたよね」

「やっぱりそうですか。だめもとだったので別にそれは仕方ないですけど、ちなみに今回俺のやったことは邪魔でした?」

「おもいっきりね。これ以上ない機会だったのに完全に逃しちゃったよ。正直言うと間に合わなかったからだけど、やっぱりもう一体は出しておくべきだった。今のうちでなきゃダメなのに」

「それは違うと思いますけどね」

「私の目の前にその確かな事例があるんだけど?」

「偶然です。俺がISを動かせるようになったのは偶然でしかない」

 

 本当に偶然に、俺はISを動かすことができた。だがそれを目の前で見てしまったIS開発者は、その偶然の現象に今も取り憑かれてしまっている。

 

「偶然なんかじゃ全然ないよ。むしろそれでようやく理解できたんだから。だからこれらは全て必要なことだ」

「一夏を危険な目に遭わせることも?」

「そうだよ。無駄なことなんて何もない」

「それなら俺としては一夏にそんなものは必要ないと言うしかない」

 

 こうして俺達の会話はいつも同じ場所に終着する。

 

「ま、いつも通りの結末だね」

「お互いに変わってないと言う確認だからいいんじゃないですか」

「そうだね」

「じゃあそろそろいいですか。一夏も戻ってきそうですし」

「あ、その前に一つだけ。さすがにこれは伝えておかないといけない」

「何でしょう?」

「さっき智希君が乗ってたIS、故障機とか言ってたけど、あれ専用機だよ」

「は!?」

 

 なぜそんなものがアリーナの格納庫に置いてある。

 

「打鉄と思ってたんだろうけど、ほら、二試合目だっけ、いっくんを追い詰めておきながら無様な負け方したのがいたよね」

「四組代表か……」

「いやー、実はさ、あれに専用化技術を教えてあげたの束さんなんだよね。紙につらつらっと書いて目の前にポトッと落としただけなんだけど」

「なんでそんなことするんですか!」

「なんか白式見て喜んでるいっくんを睨んでたからちょうどいいなーと思って」

「ちょうどいいって……ああ、そういうことか。そこまでして一夏を負けさせたいんですか?」

「今のいっくんには必要なことなのだよ」

「だから必要ないって……まあいいや。でもなんでそんなものを放置してるんだ……」

「周りから隠してたみたいだよ。どんなボンクラでも整備士に素直に渡しておけば今のいっくんくらい楽勝だったのに、素人が一人で全部やろうとするとか頭沸いてるかと思ったよ」

「あれはですね、博士に会った頃くらいの僕なんですよ。そんなもの見つけて他人に渡すとかするわけない」

「あ、そういうこと! なんか今すごく納得したよ。だから束さんはちょっかいかける気になったんだね」

 

 目の前で勝手に納得してくれているが、俺としては非常によろしくない。

 よりによって四組代表に知られてしまった。

 

「参ったな……」

「ま、別に知られたっていいんじゃない? だって文字通り動かせるだけなんだし」

「動かせはするけど個体側で拒否反応が出て稼働率九割減ですからね。量産機に乗った方が百パーセントマシって言う……」

「そうそう。だから動かせたから何だって話」

 

 専用機とは言葉通り登録されたその人専用だ。他人が動かせてはとても専用と言えない。

 だが俺はあらゆるISを動かすことだけならできる。本当に動かせるだけだが。

 博士によれば俺はISを動かすためのマスター権限を持っているそうだ。ただしそれは動かすためだけのものでしかなく、専用化処理された機体は登録者しか受け付けないので俺に対して拒否反応を示す。だから嫌がっているところを無理矢理動かすという形になるそうだ。

 ちなみにこの権限はブリュンヒルデ織斑千冬にもあるとのことで、だから博士にはすぐ分かったようだ。

 そしてどうしてそれが発覚したのかと言えば、俺が最初に動かしたISが篠ノ之束専用機だったという話である。

 

「他人の専用機に乗せようとかまず誰も考えないだろうから、まさかこんなことになるとは思わなかった……」

「まあそうだね。でも別に何も変わらないと思うよ。甲斐田智希はISに乗って何かを成すことはできない、という事実に何も変わりはない」

 

 本当に、誰も得をしない。俺という個人がたまたまその権限を得てISに乗れるようになったというだけなので、ISに乗りたい男への希望にすらならない。喜ぶとしたらIS基礎研究者くらいだろうか。

 

「うーん、これは色々考え直さないと。あ、教えてくれたことには一応感謝しておきます」

「お詫びってわけじゃないけどそいつ潰しとく? いっくんの役に立たないどころか噛ませ犬にすらならなかったし、束さん的にはもうどうでもいいよ?」

「別に脅威というわけでもないのでそこまでしなくていいです。お互いにとって邪魔になるようならまた考えましょう」

「そっか。じゃあ束さんはそいつにはもう関知しないってことで。時間のムダだから」

「了解です。まあ四組代表が一夏じゃなくて僕を気にしてくれるならそれはそれでいい」

「ほんとに君はいっくんが大好きだね。やっぱり束さんにとってのちーちゃんなのかな?」

 

 確かに、親友のためと言いつつその相手を思いきり騙している姿は俺も似たようなものだ。

 

「どうでしょうね。じゃあまた」

「うん、ばいばい」

「ちょっと待ってください!」

「あ!」

 

 しまったと言う顔で、俺と博士は顔を見合わせる。

 久しぶりに会話をしたというのもあって、俺達はやってはならないことをしてしまった。

 

「どうして私を呼んでくれないんですか! どうしていつになっても私の話題を出してくれないんですか!」

「ご、ごめんよくーちゃん……」

「いや、時間がなくて仕方なく……」

「二人ともひどいです!」

 

 四ヶ月ぶりに見た小柄な銀髪の少女は、怒り心頭に発するとでも言うべき様子で画面の中に入ってきた。

 よかった、これが画面の向こうの出来事で。

 

「ごめんくーちゃん! 束さんが悪かったよ! で、でもさ、ほら、すっごく久しぶりなんだから、そんな怒った顔してないで、ね?」

「あ……!」

 

 博士に手を向けられて、怒りの少女は画面の向こうにいる俺を意識する。そして慌てて佇まいを正し、俺の方に向き直った。

 

「お久しぶりですお兄様。お元気そうで何よりです」

 

 俺にとって血の繋がらない年上の妹であるクロエ・クロニクルは、相変わらずな笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 

「あれ智希、帰ってたのか」

「うん。一夏は大浴場?」

「おう。お前が寮に帰って来れないとか言ってたから悪いけど一人でな。でも戻って来たなら来ればよかったのに」

「もう時間なかったし無理かなと思って」

「そうか。智希、あれは絶対時間見つけて入るべきだ。すっげー気持ちよかったぞ。やっぱ日本人は風呂だよ。いつものシャワーとはもう全然違った」

「でも大浴場を予約しようとするとすごく嫌がられるんだよね」

「なるほど。かなり混んでたしみんなも入りたいんだろうな。俺達は貸し切りだけどみんなはそうじゃないから、横から入るな早く出てけって感じか」

 

 混んでいたのはきっと一夏の入浴時間前後だからだと思うが、もちろん俺は口にすることなどしない。

 別にクラスメイト連中の名誉を守るというような話では全然なく、それを知ったことによって一夏が女性不信に陥ってしまわないか心配だからだ。

 

「篠ノ之さんとかオルコットさんとかいた?」

「いたいた。早く入りたくて我慢できなかったんだろうな。俺が出たらすぐに入っていったぞ」

「そうだね」

 

 何をやっているのかあの連中は。

 というかそれは時間的にもフライングだろうが。

 

「それより智希、パーティやるぞパーティ。協力してくれ」

「パーティ? 何かのお祝い?」

「そんなのリーグマッチの優勝記念に決まってるだろ」

「みんながやろうって言ったの? でもリーグマッチは中止だよ?」

「えーと、そうだ、話す順番間違えた。いや、今さっき下で山田先生に会ったんだけどさ、リーグマッチは俺達一組が優勝でいいらしいぞ。職員会議で決まったって。山田先生が智希に伝えなきゃって息切らしてたけど、まだ聞いてないか」

 

 明日どころか今日のうちに決めてしまったようだ。

 俺としてはポーズが取れただけで十分で、そこまで求めたつもりは全くなかったのだが。

 

「入れ違いだね。僕は今ここにいるんだし」

「そうか。山田先生がすごく嬉しそうだったし、あれは早く行った方がいいな。上がってこないってことは下で待ってると思う」

「ああ、今日僕は一階で寝るからだろうね」

「そうなのか?」

「一晩医者が側につきっきりで様子を見ましたという事実が欲しいらしい」

「なんだそれ?」

 

 大人の事情とはこういう時使う言葉だろうか。

 

「別に僕自身はどうってことないからいいよ。じゃあ明日クラスのみんなと話をして……」

「違う違う。準備をするのは俺達二人だけだ。だってそういう場なんだからな」

「は? そういう場ってどういう場?」

「何言ってんだ。俺がクラスのみんなに感謝する場に決まってるだろ」

 

 何が決まっているのか俺には全く分からない。

 感謝すべきは俺含めたクラスメイト全員で、感謝されるべきは見事全勝してくれた一夏。それ以外に何があると言うのか。

 

「あ、分かってる。智希に一番感謝をするべきだって言うのは俺だってよーく分かってる。でも俺一人でパーティの準備をするとか絶対に無理なんだよ。だから助けてくれ。もちろん、お前にはまた別にお礼はするからさ。頼む!」

「別にみんなで一緒に準備してやればいいんじゃないの? お互いがお互いに感謝するで」

「そうじゃないんだよ。この一ヶ月俺のためだけにみんなあそこまでやってくれたじゃないか。まずありがとうって言うべきなのはどう考えても俺だろ?」

 

 どう考えてもそれは逆だと思う。

 とはいえこうと決めてしまった一夏はもう止まらないだろう。

 一夏がそこまでクラスメイト達に恩義を感じているとは思わなかった。

 

「分かったよ。で、パーティって一言で言うけど一夏は何をしたいの?」

「いや、上がってくる時にちょっと考えてみたんだけどさ、そもそもパーティって何をするんだ?」

「は?」

 

 自分から言い出しておいてその意味を問いかけるとはもっと思わなかった。

 

「も、もちろんありがとうって言うだけじゃ味気ないのは俺にでも分かるぞ? でも実際何をしたらいいかって言われるとなあ……。やっぱお祝いパーテイだからお菓子とかジュースでも買って置いとけばいいのか?」

「オーケー。一夏はクラスのみんなに感謝の気持ちを伝えたい。それでいい?」

「もちろんだ」

「じゃあ一夏にできることと言ったら一つだ」

「何だよ?」

「料理に決まってるじゃない」

「それだ!」

 

 世紀の大発見をしたかのように、一夏は俺を指差した。

 施設にいた頃も主な料理担当は一夏だった。その腕は俺もよく知っているし、おそらく主夫として一流のレベルにいるだろう。大人数向けの料理であろうと全く問題ない。

 もっとも、一夏が感謝の気持ちを込めて作ったというだけでクラスメイト連中は涙で味など分からなくなるだろうけれど。

 

「あさっては土曜だし半日で終わりだ。だから午後いっぱい使って準備すればいいんじゃない? 夜に食堂なら多少騒いでも怒られないと思うし」

「なるほど。確かにそれなら適当なものじゃなくてしっかり作れるからいいな。あ、でも材料とかどうしよう?」

「明日の朝食堂の人に頼むしかないだろうね。急に言われても無理だって言われたらさすがに日を改めるしかないかな。来週くらいに」

「延期するのは嫌だな。智希、それどうにかできないか?」

 

 自分から何かをやろうと言い出すまではよいが、そこから先は俺に全部丸投げか。

 まあ料理を言い出したのは俺であるし、見通しもなしに言ったわけではない。

 

「そのへんは明日の交渉次第だね。なんならIS学園に出入りしてる業者の連絡先聞いて直接話してみてもいいし、食堂の人に何ができそうか相談してみるよ」

「え、智希ってもしかして食堂の人まで知ってるのか?」

「千冬さんにこき使われてる最中お使いで何度かね」

「お前って警備の人とか整備の人とかよく知ってんなあ」

 

 正直、一夏が料理をする機会はどこかで必ずあると思っていた。何しろ一夏の唯一と言っていい趣味だ。

 だから俺としても一夏が料理をしたいと言い出した時のために、何をどうすればいいかくらいの算段は立てていた。

 そしてあの織斑千冬の弟にして男性IS操縦者の織斑一夏が望んだとなれば、大抵の人間は喜んで乗ってくれるであろうということはもう十分に分かっている。

 どうしても実現不可能でなければ、多少の無理くらいであれば、通すことはまずできるはずだ。

 

「じゃあ明日の朝寮を出る前に少し話してみるよ。何を作れるかはそれからかな」

「待て待て。寮出る前じゃ全然遅いだろ。食堂が開くのは六時なんだから……四時だな」

「なんでそんな早く!?」

「バカ、食堂の人達にも朝の準備があるだろ。邪魔しちゃ悪いに決まってるじゃないか。だから来たらすぐ話ができるように待ち伏せてだな……」

「うん分かった。それなら早起きするから。どうせ今夜は監視付きだからさっさと寝るしかないし」

「そうなのか? 別に俺が起こしに行くからそれまで寝てていいぞ」

「一夏も来る気!? というかなんでそこまでやる気!?」

「何言ってんだ。これができるかどうかで全然違ってくるんだぞ。そりゃあ全力を尽くすに決まってる」

 

 一夏のやる気に火をつけたどころではなかった。

 今の一夏は闘志が燃えたぎっている。

 

「じゃ、じゃあ僕は戻るね。一階の宿直室で寝てるから」

「そうか、また明日な。何作ろっかなあ……」

「考えこんで夜更かしして寝坊とかやめてよ」

「大丈夫大丈夫。でも食堂のメニューからすると作れるのは……」

 

 なんとなく、結末が読めた気がした。

 

 

 そして案の定、とても残念なことに、一日で二試合連戦してお偉いさんの相手をしてその上夜更かしまでした結果、一夏は見事に寝坊してくれた。

 

 

 

 

 

「甲斐田!」

「甲斐田さん!」

 

 俺に同行を断られた一夏が一人でトイレに行こうと教室から出た瞬間、篠ノ之さんとオルコットが俺のところへ飛んできた。きっと来るだろうなとは思っていた。

 だが実際やって来て俺が最初に感じたのは、一人足りないだ。相川さんが来ていない。当人の席を見ても不在だ。まさか一夏のトイレについて行ったのではあるまいな。

 この三人はリーグマッチまでの一ヶ月で仲良くなり、今や三人でセットだと言われるくらい一緒に行動していたのだが。

 

「どこを見ている。話があるのは私達だ」

「甲斐田さん、これはどういうことでしょうか!」

 

 しかし二人は俺の視線などお構いなしに抗議の目を向けてくる。

 

「甲斐田、どこをどうすれば一夏が皆に料理を振る舞うという事態へ発展するのだ!」

「どうして一夏さんがわたくし達に感謝をするという方向なのですか!? まったくの逆ではありませんか!」

 

 そんなことは本人に聞けとしか言いようがないが、まあ実際に聞いた上での話なのだろう。

 しかしこの二人と言えどまだこの段階にいるのか。まだ一夏の言葉を信じられないのか。

 

「それがどうかしたの? よかったね、一夏の手料理が食べられるよ」

「確かにそれは……いや、そういう問題ではない!」

「そ、その通りですわ! 感謝すべきはどこまでもわたくし達であって、一夏さんではありません!」

 

 と思ったが少し違うようだ。

 なるほど、彼女達は俺の口から望む言葉を聞きたいのだ。

 

「嬉しくないの?」

「は?」

「一夏に感謝されて、どうして素直に喜ばないの?」

「う、嬉しくないわけないだろう。ただ私達はそれに値しないという話だ」

「そ、そうです。役に立つどころか迷惑をかけてばかりでしたのに、とても一夏さんに感謝される資格などありませんわ」

 

 値しない、資格がない。

 自分達にはそう思えてしまうので、そんなことはないと俺に否定して欲しいのだ。

 

「感謝に値しなかったら一夏がありがとうなんて言うわけないよ。別に篠ノ之さん達にとってどうかじゃない。一夏にとってどうなのかって話だよね」

「そ、そうか! 一夏にとっては感謝に値するのだな! だ、だが……」

「い、一夏さんはわたくし達の何に対して感謝をしてくれたのでしょうか……?」

 

 それこそ本人に聞けだが、もちろん聞いたのだろう。

 そして答えなど聞かないでも分かる。

 

「みんなの気持ちに決まってるじゃない。名目は優勝記念パーティだけど、別に一夏は優勝しようとしまいと同じことをしたと思うよ。結果は結果で、一夏の中じゃみんなにやってもらったことの価値は変わらない」

「そうか! やはり一夏はそうなのだな!」

「そうですわ! それだからこそ一夏さんは一夏さんなのです!」

 

 途端に二人は上機嫌になる。

 分かっているなら最初から一夏を信じろとしか言いようがない話だ。

 

「それで、二人はどうするの?」

「は?」

「どういうことですの?」

「一夏に感謝されて一夏の手料理を食べて喜んで、それでおしまい?」

 

 急転直下、二人はあっという間に青ざめる。

 俺としてはそんなところで思考が止まってもらっては困るのだ。

 

「そうです! 私達は織斑君に対してまだ何も報いていません!」

 

 いきなり声を上げたのは俺の斜め後ろに座る岸原さんだった。いや、今は立ち上がっているが。

 席もすぐ側なので話を盗み聞きしていたのだろう。

 

「そうだよ。まだなんにもしてないよ……」

「あたし織斑君におめでとうって言っただけだった……」

「ありがとうって……この場合自分のことしか考えてない言葉じゃない……」

 

 教室内が一気に騒然とする。

 今朝のホームルームで山田先生が一組の優勝を誇らしげに語り、さらに一夏の優勝記念パーティしよう料理作るから宣言でクラスはものすごく盛り上がっていた。

 その浮かれた空気に俺は思いきり冷水を浴びせかけたという形だ。

 

「か、甲斐田……」

「甲斐田さん……わたくし達はいったい何をすれば……」

「それは自分で考えようよ。自分の感謝の気持ちをどう形にするかとか他人がどうこう言うような話じゃないよね」

 

 さすがに俺もそこまでは面倒見きれない。

 というかこれこそが一夏への絶好のアピールチャンスだろう。

 

「何かの贈り物か……?」

「いいえ、一夏さんは物品への執着が全くありませんわ。受け取ってはいただけるでしょうが、それで気持ちが伝わるかと言えば……」

「甲斐田君……何がいいんでしょうか……?」

 

 恒例の涙目となった岸原さんを見て、またかと俺は思った。

 もちろん涙目に対してではない。いちいち俺の方を向くなという話だ。そんなものは自分が思いついたことがベストでいいだろう。

 他人と比較してよりよいものなどと考え出すからおかしなことになってしまうのだ。

 

「別に難しいことする必要はないと思うよ。一夏と同じように考えればいいんじゃない?」

「織斑君と同じ……? まさか料理ですか!? む、無理です!」

「い、一夏の料理の技術は素晴らしいものなのだろう? とても比べられるようなものは……」

「なるほど、確かに料理はいいかもしれませんわね。わたくしも久しぶりに……」

「すごい勢いで食べてくれたからあのサンドイッチならいけるか……?」

「いいえ、それはよろしくないでしょう。織斑君がわざわざ料理を作るとのことですから、そこに割り込む行為は失礼にあたるかと」

「おりむーのご飯楽しみ~」

 

 俺の周りにわらわらとクラスメイト達が寄ってきた。

 とりあえず谷本さん作どこまでも味の変わらないサンドイッチだけは絶対に違うと言わざるをえない。

 

「別に料理しろってことじゃないよ。同じようにって言うのは自分にできることをやればいいんじゃないのって話。一夏はクラスのみんなに感謝の気持ちを伝えるためにはどうすればいいかって考えて、自分には料理があるって答えを出したということ」

「何をすべきかではなく何ができるか、か」

「そうそう。気持ちが伝わればなんだっていいんだよ。別にありがとうの一言でも一夏は喜んでくれると思うよ? 正しくその意味を伝えられればの話だけどね」

「簡単なようでいて、とても難しい注文ですわ……」

 

 その通り、俺は彼女達にある意味難題を押し付けた。

 一夏をどうとも思っていない整備班連中なら適当に済ませるだろうが、一夏に対して特別な感情を抱いている輩はそうはいかない。

 感謝の言葉を述べつつ、自分がどういう人間であるかを一夏に説明しなければならないのだ。

 もちろん大いなるアピールタイムでもあるのだが、果たしてそれぞれがどんな答えを出すだろうか。

 俺は周囲を見回す。クラス中がそれぞれ考え込んでいるようだ。

 と、鷹月さんと目が合ってすぐにそらされる。そういえばこれは前もあった。

 俺に見られて目を外す人間というのはだいたいが俺に対して後ろめたさを抱いているのだが、鷹月さんだけは何か違う。どうも俺個人に対して含むものがあるようだ。

 まさか四組代表のようなことはないと思うが、何も言ってこない以上はひとまず放っておくしかないか。

 あまり俺自身のことで時間は取られたくないのだが、俺は俺で特殊な立場にいることもまた事実だということを思い出した。

 

 

 

 トイレから戻ってきた一夏は、一変して真剣な表情になっていた。

 明日のパーティについて思い悩んでいる様子など一切ない。

 俺に声をかけるようなこともなく、無言で席について授業の準備を始める。

 いつもとはまったく違う雰囲気に、誰も声をかけられないようだった。

 

 だが俺はこの顔になっている一夏をよく知っている。確かにIS学園に入ってからは初めてだが、それまではよくあった。

 とすればと思い俺は教室の前後の入り口を見る。すると一夏とタイミングをずらしてだろう、相川さんが後ろ側から教室に入ってきた。

 相川さんはそのまま席につき、ふと思い出したかのように顔を上げ、俺の方を見る。そして俺と目が合い、すっきりとした顔で笑ってみせた。

 それで俺は全て理解できた。

 

 二時間目の授業が終わって、俺はトイレに行くと一人で教室を出た。

 すると俺を追ってくる足音がする。俺は振り返ることもなくそのまま進み、やがて廊下の隅、人気のないところで足を止めた。

 

「甲斐田君て歩くの早いね。本当にトイレ行きたいのなら待ってるけど」

「別にそういうことじゃないよ。で、何?」

 

 振り返ると、当然のごとく相川さんが立っている。

 

「何ってほどでもないけど、報告。お察しの通り、織斑君に振ってもらってきました!」

 

 

 相川さんは、相川清香は、織斑一夏から『卒業』したようだ。

 憑き物が落ちたかのようなすっきりした笑顔で、そしてその瞳に恋の色は全く見えなくなっていた。

 

 


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