素直に吐き出した方が気は楽になるが、そうしない方がいい場合もあると思う。
「おう、会議お疲れ」
「あれ、言ったっけ?」
「クラスのみんなに聞いた。というか揃っていないんだからそれしかないだろ?」
何の疑いも持っていない一夏が眩しい。きっと他の連中は一夏を直視できていないだろう。
俺達がアリーナの客席に着いた時、一夏は他のクラスメイトと共にちょうど帰ろうとしているところだった。
「それもそうか。いるべきなところでいなくてごめん」
「何言ってんだよ。こんなの見るより大事なのは次だろ。五組代表とはもう終わってるし、鈴も一度見てるし、次の対策を考えててくれた方が俺としても安心できるさ」
「そうだね。やるべきことをやっていくのが一番大事だものね」
実に耳に痛い言葉だ。
前の反省をしていたら見そびれましたなどとはとても言えない。
「どうしたみんな? そんな顔しなくても、別に誰も文句言ったりなんかしてないぞ? むしろ文句とか言ったらバチが当たるというか、気にすんなって」
「織斑君織斑君、さっき織斑君が機嫌悪かったからみんな責任感じちゃってるんだよ。自分達のせいだって」
「あっ、そういうことか! 谷本さんありがとう。みんなごめん! ほんとさっきは悪かった。八つ当たりとかして俺ほんと最低だった。あれは向こうが上だっただけで、誰が悪いとか全然ないから」
一夏が笑顔でみんなの気を遣うという実に珍しい光景が今目の前にある。
その横で谷本さんが、みんなのフォローするわたしかっこいい、とでも言いたそうな得意げな顔だ。ちょっとイラッとした。
「気を遣わせちゃってごめん。それよりどうだった?」
「鈴のことなら圧勝だな。今度も剣だけで相手を圧倒してた」
「やっぱりダメか」
「ああ、その必殺技? は使ってなかったな。使うまでもないって感じだ」
五組代表は一夏が一撃で沈めてしまったので、結局実力がどうだったのかは分からずじまいだ。
だから鈴と戦う姿を見ても鈴の実力を図る上でそこまで比較対象にはできないと思っていた。
しかしこの分であれば、五組代表の実力は三組代表とそう変わらないという程度なのだろう。
「なるほどね。明日四組代表相手に出してくれるかな?」
「俺の勝手な感覚でいいなら、ガチでやれば鈴と四組代表はいい試合すると思う」
「へえ」
リーグマッチでは当然のごとく一夏が一番の当事者だ。だから自分以外の試合を見るにしても俺達とは見方が違う。
午前中も自分をその場に当て嵌めて見ていたが、その感覚からすれば四組代表は鈴といい勝負ができるくらいなのか。
これはやはり今の試合は見ておくべきだった。
「ええと、鏡さん、今の試合って映像撮ってるよね?」
「当然バッチリよ。私達はちゃんと仕事してるから」
振り返った俺に対して鏡さんは、『私達は』の『は』を強調してきた。完全にバレている。
明らかに俺達がそんな大層な理由で遅刻したわけではないと分かっている。というかニヤケ顔だ。
どうもこの人は俺の弱点を見つけると強気に出て、自分の弱みを見られると即逃げる。
別に苦手意識はないが、油断ならないという意味で面倒な相手だ。負けん気が強いのは間違いないが、もしかして以前篠ノ之さんと保身に走った際一番罪を重くしたのを逆恨みでもしているのだろうか。
「完璧な仕事をありがとう。それじゃ僕らはまた寮の会議室に行ってそれを見ようかな」
「そうか。じゃあ俺はどうする? 休むのが第一だとは分かってるけど、俺もう元気だぞ?」
「正直言うと寮に帰って寝て休んで欲しいけど」
「無茶言うな。今から寝たら起きてもまだ真っ暗だ」
「だよね。どうしようかな……」
連戦の疲労を考えて、初日の夕方から夜は特にすべきことを設けていない。
何より一夏の精神と体力を回復させて明日に持ち越さないことが大事だったのだが、今の一夏はもう完全に元気そうに見える。
午前中の試合で全く消耗しなかったおかげもあるが、問題なく一夏が回復してくれたのは何よりありがたいことだ。
「それならちょっと体動かしてきていいか? 軽くで済ませるからさ」
「そうだね、明日に持ち越さないという意味でも、今日のことは今日反省しておこうか。篠ノ之さん、オルコットさん、相川さん、さっき話したことを一夏に伝えておいてもらえる?」
「わ、分かった」
「残りのパイロット班の人達で一夏の相手をして欲しいかな。期間中は予約なしでIS借りられるし今からでも大丈夫だと思う。あと整備班は……岸原さんにお願いしようか。さっき話したことをみんなに伝えた上で、さらに今日のことも踏まえて、明日試合する三組代表の予想される機体と整備状況、武装を見直しておいてもらえる?」
「了解です!」
「じゃあそんな感じで」
「私! 私!」
「谷本さんは当然一夏にくっついて見張っててください。変なことをさせないように、あと自分もしないように」
「ぐっ……はーい……」
この女今あからさまに嫌な顔をした。どさくさ紛れにまた何かやる気だったか。
本当にこの連中は油断ならないのばかりだ。
「それじゃまた夜に会議室で。解散」
「お~!」
布仏さんそこでそれは違うと思う。そして他の奴らも釣られるな。
「甲斐田君、行こうか」
「今日は寮の会議室とアリーナの往復ばかりですね」
指揮班の二人と俺はまた寮へと向かう。本当は指揮班にはもう一人いたはずなのだが、もはや見る影もない。
そんな元指揮班の金髪とパイロット班は一夏と共に運動場へと歩いて行った。あと衛生班の谷本さんも。
一方の整備班は俺達と同じく寮でやるつもりらしく、俺の後ろをぞろぞろと歩いている。
さっき俺に嫌味を言った鏡さんが輪の中心となってあれこれ話していた。
整備班のリーダーは一応岸原さんになっているが、実質まとめているのは鏡さんだ。また整備班は情報集めの実動部隊でもあり、俺達が作戦を考える上での情報や資料はこの人達が集めてきてくれていた。
だがそれは相当に地道で面倒な作業だったらしく、指示をする鷹月さんと実際にそれをやる鏡さんの間でしょっちゅう喧嘩になっていた。鷹月さん的には必要なんだからやってくれ、鏡さん的にはそんな簡単に言うな、ということらしい。
頼まれた作業は苦労が多いものばかりで、また彼女達にはパイロット班にあった愛の突進のような報酬的な何かもなく、それなりにフラストレーションが溜まっているようだった。だから文句を言われる前に何か報いるようなことをしておきたいと思っているが、俺も今のところどうすればいいか思いついていない。訓練用のISを調査という名目で改造しまくっていて、そうしているときは楽しそうな風ではあったが。
整備班はまだそこまで一夏に熱もないので一夏関連を報酬にはできないし、またその姉の写真でも配ってみようか。
「何? この期に及んでまた何か企んでるの?」
目の合った鏡さんが疑わしげに俺を警戒する。
その無遠慮な目にカチンときて、お前らへのご褒美は何がいいか考えてるんだよ、と言いそうになってしまった。
「ダークホースの出現ですっかり忘れてたけど、やっぱり凰さんが一番の難敵だわ」
「全てにおいて高レベルでは付け入る先がなかなか見つかりませんね」
鈴の試合の映像を見終わって、鷹月さんと四十院さんが深い溜息を吐いた。
鈴は五組代表に対しても危なげなく勝利していた。初戦と同様にあのごつい青龍刀でジワジワと追い詰めて、相手が息切れしたところで一気に決めた。
やり方としては実にシンプルだ。高威力の青龍刀、硬い装甲、量産機を上回る機動力にそれらを使いこなす操縦技術があるおかげか、むしろわざわざ難しいことをする必要がないという感じだった。言うなればこういうのが王者の戦い方になるのだろうか。
「織斑君にはないから関係ない話だけど、凰さんを相手にするなら中途半端な銃ならもうない方がましね。それこそ四組代表並に火力上げるか、完全に割りきってシールドエネルギーを消費させることだけ考えて弾倉を鬼のように積むか、それくらいはやらないと」
「五組代表は全てにおいて考えが浅かったですね。三組代表との試合を見たのであれば、平均的にバランスを取るよりもどこかに特化させないと厳しいというのは想像できたでしょうに」
「休んだからだろうけど鈴も体調が回復してたみたいだし、しっかり頭も働いてたなあ」
映像の中の鈴は、顔色が少しよくなって表情もやわらいでいた。
少なくとも五組代表の挑発を鼻で笑える程度には余裕ができていたようだ。試合中も前よりは断然集中できていて、前の試合の半分投げやりよりはよほど真剣にやっていた。
そして結果として、鈴は両肩の特殊武装を使うどころか前の試合では使った二本目の青竜刀を出すことさえせずに勝利していた。
ただこれは五組代表が三組代表よりも弱かったからというわけではなく、今回の鈴は積極的に前に出て相手を追い詰めたというのが大きい。鈴が終始自分のペースで戦っていたので、五組代表にのしかかっていく疲労が激しかったようだ。どちらも連戦で体力的な有利不利はそこまでなかったから、やはり一夏の言っていた通り攻められ続けるというのは相当に精神を消耗するのだろう。
「まあ二戦見て分かったのは、四組代表みたいに奇襲とか奇策はまずしてこないってことね」
「もちろん絶対ということはありませんが、そのような勝ち方で満足できる性格でないのは最初から分かっています。それに織斑君を叩き潰すと公言もしていますし、ある程度は信用して考えていいと私は思います」
「この分だと一夏とも打ち合うつもりなのかな。その上で勝ってみせると」
こちらとしては基本打ち合いは大歓迎である。何しろ一夏にはエネルギー無効化攻撃があるのだ。当てれば装甲を無意味なものにできるというのは非常に大きい。
またそれは鈴の長所を一つ潰すことができるので、鈴との差を少しでも埋めることに繋げられる。
「まだ上限は出してないにしても二戦分のデータがあるし、それに明日の試合も考えると、機体の性能についてはある程度見えそうね」
「少なくとも最低限ここまであるというところまでは織斑君に認識しておいてもらわなければなりません。新型の第三世代ということで総容量については同じ第三世代のオルコットさんとの比較ができます。今回のように全くの未知数だということにはならないでしょうし、絶対にさせません」
「さすがに二度も同じ轍を踏むわけにはいかないよね」
一夏の機体も新型機なので、機体の性能だけならそこまで差はないだろう。違いは主に操縦技術と機体固有の特殊武装だ。お互いの特殊武装は使い方次第だが、操縦技術については一夏が比べようもなく劣っている。つまりこの差をどうやって埋めるかが俺達の課題だった。
「とりあえず今のところ方針を変える必要はなさそう。打ち合ってくれればよし。青龍刀の他に銃と両肩の特殊武装があるのはオルコットさんのおかげで分かってるから、それはそれで対策もある。正面から来てくれる分には織斑君も十分に戦うことは可能と」
「ただ織斑君はエネルギー無効化攻撃を当てなければ勝てません。終始使うことができるのであれば話は別ですが、シールドエネルギーを消費してしまう以上使いどころを考える必要があります。一発逆転は可能ですが、長引けば長引くほど不利になるのはこちらでしょうね」
「鈴はこっちの手の内を全部知ってるからなあ。イグニッション・ブーストもきっと使えるようになってるだろうし、奇襲とかは全く無理だね」
もし鈴が俺達の知らない人間であったら、オルコットのときと比ではなく勝ち目が薄かっただろう。付け入る先が見当たらない。
だが俺も一夏も鈴の性格は熟知している。本人が生身の体で他人に喧嘩を売りまくっていたので、どういう戦い方を好んでするのかは何度も目の当たりにしている。
そしてその戦い方、いや戦う姿勢については五組代表との試合を見て確信した。鈴の根本的な部分は今も変わっていない。自分をコントロールする術を身に付けていたりと成長しているが、やっぱり鈴は鈴だ。正面から相手をねじ伏せる力強さ、それが鈴の自分自身に求めるものだった。
四組代表のことがあるのでカモフラージュしている可能性も考えてみたが、まずないと言い切れる。それは鈴が自分のアイデンティティを放棄してしまうことになるからだ。
自分を捨ててまで勝つことを選択するには、それに見合うだけの別の何かがなければならない。では今の鈴にそれがあるかと言うと、何もない。そもそもが感情的な衝動によるものだし、自分の存在意義を守るため戦うのに自分を捨ててしまっては本末転倒もいいところである。鈴はただ勝てれば何でもいいというわけではないのだ。
「正面からの勝負となると、技術的な部分については今さらどうにもできないわね。篠ノ之さんと打ち合ってきて大分様にはなっているということだけど、果たして本番ではどこまでがんばれるか」
「幸い篠ノ之さんのおかげで接近戦における精神面については早くから鍛えてきました。四組代表とのことがあるので一抹の不安は残りますが、気持ちで負けてしまうという最悪な事態にはならないと思います」
「機体についても倉持の人達が来てある程度改造のバランスを考えることができるようになったからね。もちろん標準の状態が一番バランスとれているそうだけど、相手に合わせてそれなりのことができる」
倉持の人も前は織斑先生に睨まれて怖がっていたが、俺の説得と一夏の懇願によりある程度は融通を利かせてくれるようになっていた。
そもそもこの人達は自分の会社が開発した新型機がコロッと負けてもらっては困るのだ。
織斑先生が怖いのは分かるけど自分の会社の未来も考えましょうよ、という俺の悪魔の囁きは意外と効いたようだった。いざとなったら俺のせいにしようと考えている節はありありと見えるが。
今は自分からこうした方がいいとは言わないが、俺達からこうして欲しいという希望には応えてくれている。専用機の持ち主である一夏からの強い要望だからと言い逃れできるようにしているつもりらしい。
「最終戦における機体のバランスについてはもうちょっと考えましょう。整備班の人達もいろいろ案を出してくれているけれど、まだこうするって決断はできないと思う」
「織斑君が改造された機体に慣れなければならないので、早く固めてしまうべきだとは思いますが」
「もう今から大幅な改造ができないのは変わらないし、できる要素も限られてる。どちらにしても三組代表との試合後になるのは一緒だし、それなら前決めた通り鈴と四組代表の試合を見てからにしよう」
そこまで差があるわけではないが、鷹月さんはどちらかというと慎重論を唱え、四十院さんは積極策を推す。オルコットが指揮班にいたときはもう少し三人で相談をした上でという感じだったが、今は自分の意見を前に出すようになってきていた。
別に自己顕示欲がどうだという話ではない。決定権を俺に預けた上で、お互いが相手と反対の視点で物事を考えることにしているようだった。
そうすると特に決めたわけではなく、いつの間にかという感じだった。本来の自分の志向もあっただろう。
「分かったわ。明日の織斑君は午後に試合がないし、夕方から夜にかけてバランス変更された機体に慣れることに終始して大丈夫だと思う」
「ですが、凰さんの試合が終わった後から考え始めるのでは遅過ぎます。候補を予めいくつか確定させておいて、どれにするかを決めるだけの状態にしておくべきです」
「そうだね。整備班の人達には最終案の候補を午前中……まあ午後一くらいには出してもらおうか。そして僕らで出てきたものを鈴の試合が始まるまでに検討して最終候補を決めておく。鈴の試合が終わったら時間かけずにすぐ決めて、倉持の人に改造してもらうと、そんな感じで」
このように鷹月さんが楽観論を唱えることもあるし、四十院さんが修正案を出したりもする。意見が一致することも多く、二人とも思考経路はそう変わらないのでそこまで差があるわけではなかった。
「うん。じゃあ凰さんの話はひとまずこんなところで。それで明日の三組代表だけど、今日負けてやる気なくしてくれたらいいけどまあ無理よね」
「試合数自体が少ないので自力での一位はもう無理ですが、可能性はまだあります。残り全勝した上で鳳さんが一組か四組に負けてくれれば一敗で並ぶことができます。ルールでは勝敗が一緒であれば両者を一位の扱いにしてくれるので、一位の特典という当初の目的を達成することができるのです」
「直接対決の結果で順位決めるってわけじゃないんだよね」
「一回負けたくらいでやる気なくさせないためでしょ。五組は二敗しちゃったからもう一位は諦めるしかないけど」
現在二勝している一組と二組の対戦がまだ残っているので、どちらかは必ず三勝まで行く。だから最大二勝しかできない五組にもう一位の目はない。引き分けがあればまた話はややこしくなるのだが、今回は必ず決着がつくルールだ。残量エネルギーなど事細かに勝敗についての規定があったが、これらを狙ってやるのは無理だという結論に俺達は達していた。
「とすると三組は何が何でも勝ちにくるわね。織斑君は全勝中だし、舐めてかかってくれるとかそういう甘い考えはもう一切期待できない」
「加えて相手はこちらの二試合を見ています。織斑君の特徴は十分に理解した上で向かってくるでしょう」
「一試合目はともかくさっき苦戦した姿を見せちゃってるからなあ。そのまま同じことはできないけどアレンジして加えてくるだろうね」
全クラス登場して、ここからが本当の勝負だと言えるだろう。
今後は各クラスが対戦相手を分かった上で舞台に登ってくる。目の前の相手に合わせるか今までの自分を貫くか、本人なりの決断をして臨まなければならない。
結果に明暗が分かれたが鈴と五組代表は自分のやり方を何より最優先とした。俺達は都度都度相手に合わせて変えていくやり方を取っている。
だが三組と四組はまだ一試合のみなので、次どう出てくるかが分からない。まあ四組代表は一人でやっている上に機体が極端な改造バランスなので、ここから大きく変えることは難しいだろう。
対して三組は俺達と同じく組織で動いている。組織力については見ていてどうも俺達よりも上だ。
やり方についても俺達と同じで相手に合わせてくる可能性が高い。
「今さら言っても仕方ないけど、できれば初戦で当たりたかった相手ね。手の内を知られてなければきっと押し切れたと思うけど、もう完全に研究されちゃってるわ」
「相手にとっては幸いなことに、一戦目で長所を、二戦目で短所を見せてしまっています。織斑君の長所を潰しこれでもかとばかりに短所を突いてくるでしょう」
「でもさ、それこそが僕らが最初に想定していた事態だよね? そういう状況の中で一夏を勝たせるために僕らは今までやってきた」
俺の顔を見て二人は強気に笑う。
例えば担ぐ相手が鈴のように全方位に優秀であれば、俺達はここまでやる必要もない。鈴に対して俺達の実力でやれることは、コンディションを整えモチベーションを上げ、対戦相手の情報を調べてくることくらいか。鈴本人に対してしてやれることはそうない。
俺としては楽できていいと思うが、目の前の二人にとっては鈴は物足りない相手だろう。自分のやれることが少ないという意味で。
「その通り。実力差をひっくり返してこそ私達の存在する意味がある。欲しいのは結果。いい試合をしても負けては無意味。では始めましょう。織斑君の勝利のために」
鷹月さんは自分を鼓舞するかのように言い放ち、整備班が作ってくれた資料を取り出した。
なんだかんだで一番ノリノリになっているのはこの人かもしれないと思った。
どこにいるのかと思ったら、整備班の人達は寮の屋上にいた。
会議室にでも篭ってしまえば話は別だが、基本的に寮はIS学園の生徒全員が住んでいるので内緒話には向かない場所だ。
食堂や休憩室など大人数で話をできる場所はあるが、やはり周囲の目や耳がある。今回のようにクラス対抗の状況では他人に聞こえてしまうような場所で話をするのはあまりよろしくない。
三組や五組と言った他クラスを意識している連中は、ここ数日寮の中で群れている姿をめっきり見なくなっていた。
「なるほどね。確かに屋上なら広くて声も届かないし、見通しもいいから他人に聞かれてないのが分かりやすいなあ」
「な、何? いったい何しに来たの? 私達甲斐田くんに何もしてないわよ……」
そんな大げさに怯えられるとかえって後ろめたいこと全開ですと言っているようなものだ。
まあ俺の悪口で盛り上がっていたとかその程度だろうが。
「別に僕から見えないところでやってくれる分には何を言おうと好きにすればいいと思うよ」
「えっ!? そ、そうなんだ。それは……」
俺は軽く言ったつもりだが鏡さんは余計に動揺してしまっている。もう俺に聞かれたくないようなことを肴にしていたのは間違いなさそうだ。
というか、本当に俺に向かって言ってくれるな。目の前でナチュラルに俺を貶める発言をしないでくれとクラスの連中には強く強く言いたい。
「まあいいや。ちょっと整備班のみんなに話したいことがあって」
「ああ、とうとう来ちゃったわ」
「どうやら私達ここまでのようね……」
「お母さん、今まで育ててくれてありがとう……!」
本気で言っているのかそういうノリなのか判別しかねる。
胸の前で手を合わせて空を見上げ、さわやかに今までの人生を振り返るかのような目をしないで欲しい。俺は死刑執行人か死神か。
と思ったらこの連中、揃って同じポーズを取っている。つまりこれは明らかに示し合せていて、俺へのおちょくり行為以外に他ならない。ならば俺としてもそれ相応の返答をしなければならないだろう。
「そっか。みんなもう覚悟はできているんだね。じゃあ僕から言えることは何もない。これから順番に……」
「ジョーク! 今の全部ジョークだから!」
「すみません調子に乗ってました!」
「甲斐田君に逆らおうとかまーったく思ってませんからあ!」
ちょっと待て。どうして集団で俺をおちょくっておきながら即手のひらを返す。なぜ俺が乗ってくることを想定していない。
確かに俺は基本こういうのを相手にせずその場では流すが、言われっぱなしのまま放置しておくような人間ではないことをお前らも分かっているだろう。後で罪に応じた罰や労働を課されているのは十分に身にしみて理解していると思っていたのだが。
「まあ冗談はさておき、整備班のみんなに今言っておきたいことがあって」
「やっぱりバレたか。それって甲斐田くんが二組と五組の試合に遅刻した理由を織斑君に密告したことよね」
「あっ、ナギそれ違う! あれだ! 織斑君の試合中甲斐田君が待機室で興奮して暴れてたって織斑君にチクったことだよ!」
「違う違う! 自由時間に甲斐田君が鷹月さんとかを集めて脅していじめてたって話だよ! さっき織斑君に聞かれてつい口を滑らせちゃったけど、このタイミングならもうそれしかないって!」
よーし、鏡に夜竹に田嶋。お前達の罪は俺の心のメモ帳にしっかりと記録された。
ここ最近やけに一夏が俺の動向に詳しいなと思ったら犯人はお前達だったか。曲解までして伝えてくれるとは実に優秀な連中だ。この件に関する報酬を楽しみにしているがいい。
しかしそれにしても、この分なら俺は将来名探偵になれるかもしれない。何しろ自分は何もしなくとも相手の方から勝手に罪を告白してくれるのだから。
「別にそんな今さらなことは言わなくていいよ。今来たのは指揮班からのお願いを伝えにだから」
「くっ……何もかもお見通しってわけね……」
「指揮班から? どうして鷹月さんじゃなくて甲斐田君が?」
「そりゃあ……あ、鷹月さんと違って拒否権はないし文句も言わせないぞってことか」
お前達の間で俺はどれだけ暴君なんだと言わざるをえない。
そこまで言うならお望み通り暗君としてクラスに君臨してやろうかとさえ思ってしまう。
というかさっきからこの連中は俺とコントをして遊びたいのか。俺としてはそんなのは谷本さん一人で十分過ぎる。
「別に今までの苦労を無駄にしたいなら無視してもいいけど、僕としては後一日だからもうひと息がんばってもらえませんかって話。明日に向けてのお願い事項」
「くっ、それ言われるときついわね。いったい何をやらせようって言うの?」
ようやく俺は本題を話すことができた。俺は指揮班会議で決めたことを説明する。
整備班の人達は初め本気でとんでもないことをさせられるかと思っていたのか怯え気味だったが、説明するにつれて安堵の表情が広がって行った。
「とまあこんな感じ。みんなには大変だろうけどそれをお願いしたい」
「……ほんとにそれだけ? 実は行間読んで裏の指令が隠されてるとかない?」
「ナギ、それ自分から墓穴掘ってる。そういうときはね……」
「あのさ、もう王様ごっことかいいから真面目に答えて欲しいんだけど」
「あ……ごめんなさい」
少し苛立ちの感情を込めて言ってみたら素直に謝った。背筋を伸ばして、本当にようやくながらではあるが真面目な顔になっている。やっぱりこの連中は遊んでいたのか。
構ってもらえて嬉しくてはしゃいでいる子供みたいだなと、何となく施設のチビ共を思い出した。
「それで、できる? 遅くとも午後一には欲しいんだけど」
「えっと、それだけでいいならできるっていうか、もうほぼできてる。今までのパターンからしてどうせ修正版を要求されるだろうって思ってたから、ここまでの時間でみんなと相談はしてて」
「そうなんだ。みんなさすが仕事早いね。それは非常に助かるよ、ありがとう」
俺が言うと目の前のクラスメイト達は一転して得意そうな顔になった。
そういえば俺はあまりクラスメイト達を褒めることをしていないような気がした。もちろん感謝の言葉くらいは言っているが、今思えばそれは形式的なものだったかもしれない。
もしかして俺が暴君扱いされてしまうのはそういうところにあったりするのだろうか。
「じゃあ今すぐよこせとは言わないから、明日の三組との試合が終わった後にもらえると嬉しいかな」
「了解。他に何かある?」
「お願い事項はそれだけ。後はもう一日がんばってもらえるように癒し系グッズでもみんなに配ろうかなって」
「癒し系!? 甲斐田くんが!?」
驚くところがそこか。確かに俺は癒しという言葉から程遠い存在かもしれないが、別に俺自身が癒しをやるとかそういうわけではない。グッズとぼかしはしたが、いつもの写真のことである。
俺は写真の束が入った封筒を鏡さんに渡した。
「何が入ってるの? 黄金色のお菓子とかそういうのはちょっと……」
「いやいや、ただの写真だから」
「写真? いったい誰の? 織斑君のとか私達そこまで興味はないわよ?」
「織斑は織斑でもその姉の方だね。織斑先生が十五歳、僕らと同じ時の写真」
鏡さんは俺の言葉に一瞬固まり、それから荒々しく封筒を破って中身を取り出した。
数週間前、俺が自分を餌にして釣りをすべく校内を徘徊していた時、三年の先輩から声をかけられた。何の用かと聞けば織斑先生の写真を売って欲しいと言う。さらに高校三年生時の写真はないのかとピンポイントな要求をしてきた。
理由を聞けば、今の自分と重ね合わせてがんばれる気がするからとのことだ。その言葉に俺はなるほどこれは使えると思った。
信者と言うだけあって、彼女達にとって織斑先生は神様のような存在だ。人間の原罪を一手に引き受けてくれる神様と違うのは、織斑先生が自らの力で上り詰めた人間であるという事実だ。最初から神様であったわけではなく、努力の末その座に立っている。俺などはそもそも才能あってこその話だろうと思うが、当の織斑先生本人は何よりも努力を強調していた。インタビューなどでも一貫していて、自分は他の誰よりも努力したからこそ今ここにいると発言をしている。
それは上を目指す人間にとって絶対真理の言葉して受け止められていた。
「こ、これが……」
「そっか、織斑先生にもあたし達と同じ時代があったんだよね……」
大騒ぎしてくれた三年の先輩達とは違って、目の前のクラスメイト達は食い入るように写真を見つめている。
雲の上だと思っていた存在が一気に自分の身近へと引き寄せられたのだ。クラスメイト達は否が応でも今の自分と比べて考えてしまうだろう。
写真の向こうにいる俺達と同い年の織斑先生はまだあどけなさを残していて、凛とした今の姿よりも柔らかさを感じさせる。
「織斑先生にもこんな時があったんだって考えると癒される気持ちになって、よしがんばろうと思えるかなと思ってさ」
「何言ってるのよ。これが癒しになるわけないじゃない」
「あれ?」
なんということか一瞬で否定されてしまった。絶対いけると思っていたのだが俺は何を間違えてしまったのだろうか。
「癒しなんかじゃない。これはエネルギーよ。こんなことして遊んでる場合じゃなかった。やるべきことをやらずして他人に文句ばかりなんて私は何をやっているのか!」
「ちょっと待ったナギ! 焼き増し焼き増し! 独り占めするな!」
「えっと、焼き増しってどこですればいいんだっけ? あ、もう夜だから閉まってる?」
「そうだ、データとして取り込もう! そうすればみんなで共有できる!」
なんだかクラスメイト達がおかしなテンションになってしまっている。もしかして俺はガソリンをぶっかけて火をつけてしまっていたのかもしれない。
「ちょっと待った。データ化してみんなにメールで送ってるので焦らなくても大丈夫だから。さすがに焼き増しとかは自分でやって欲しいけど」
「甲斐田君それ最初に言ってよ!」
「あ、ごめんなさい」
全員からユニゾンで言われて思わず反射的に謝ってしまったが、もちろん俺は何も悪くない。
だが目の前の連中はもう俺のことなど全く眼中にないようだ。さっきまで俺に対してあんなに怯えていたというのに。
「急いで部屋に戻らないと!」
「あっ、ナギその写真!」
「明日でいいでしょ! この時間じゃ今から焼き増しとかできないし!」
「いやむしろ拡大印刷して壁に飾ろう!」
「それ頭いい!」
完全に俺を放置して、クラスメイト達は大騒ぎしながら駆けて行った。そして俺は一人屋上に取り残される。
なんだろう、この一人だけついていけなかったというアウェイ感は。
結果としては目論見通りだ。いや、やる気に火をつけることまでできたというのはそれ以上の成果である。文句を言うようなことでは決してないはずだ。
だから俺に対して感謝の言葉を口にしなかったことなど気にするべきではない。
そうして俺は今後整備班の連中を問答無用でこき使うことに決めた。