問題児+バカ一名が異世界から来るそうですよ?   作:慈信

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第七話

 

 場所は館から数km離れた森の中。飛鳥はジンに抱きかかえられたまま鬱蒼と生い茂る木々の中を抜けていく。

 

 館から離れるのはいいが、命令が効き過ぎるからか、ジンの足は未だに止まらない。このまま離れすぎてもそれはそれで問題があるので飛鳥は慌てて言葉を重ねる。

 

「もういい、もういいわ! 今すぐ止まりなさい(・・・・・・・・・)!」

 

「はい……あれ?」

 

 飛鳥が止まれと命令を下すとジンはすぐに立ち止まり、同時に意識が戻った。

 

 同時に屋敷の中にいたはずの自分が何故か森の中にいることが不思議でならなかった。

 

「わ、わ!」

 

「きゃ!」

 

 意識が戻ると同時にジンは飛鳥を支えきれずに後ろに倒れた。

 

「ちょっと、失礼ではなくて? 今の倒れ方、まるで私が重いように見えるわ」

 

 後ろ向きに倒れたことにより、不機嫌になってジンの両頬をつまみあげる。

 

 ジンは11歳なのだから身長の違う飛鳥を抱えられたのはかなりすごいことなのだが、飛鳥は自分が重いと言われてるようで我慢がならなかった。

 

「ち、違います違います違います! 自分でもなんだか信じられないくらい力があふれて……あれは飛鳥さんのギフトではないんですか?」

 

 む、と考えて頬をつまむ手を離す。飛鳥にそんなつもりはなかったのだが、ジンの様子が演技にも見えなかった。

 

 自分のギフトの話はひとまず置いておいた。飛鳥は館の2階で見たことを全てジンに話した。

 

「ガルドが守る白銀の十字剣……剣と十字架。吸血鬼と化したガルド。間違いありませんね。指定武器はその白銀の十字剣です」

 

「ガルドが……吸血鬼?」

 

「ええ。元々ガルドは人・虎・悪魔から得た霊格、その3つのギフトによってなるワータイガーでした。ですが吸血鬼によって人の部分が鬼種に替えられたのでしょう」

 

 ガルドが人の姿から恐ろしい妖怪のような姿になったことに納得した。

 

「ひょっとして、この舞台を用意したのはガルドじゃなくてその吸血鬼なのかしら?」

 

「それはまだなんとも。東側だと吸血鬼の存在は希少ですから。しかし、黒幕がいる可能性は高いでしょうね。ガルドに理性が残ってない状態でこんな舞台を作るのはまず不可能でしょう」

 

「そう……誰かは知らないけど、生意気なことしてくれるじゃない」

 

 飛鳥がぼやいたその時、近くの茂みが揺れるのを感じた。

 

「誰?」

 

「待って、私」

 

 茂みから出てきたのは耀だった。傷だらけの明久を抱えて2人へと歩み寄った。

 

 傷だらけの明久を見て2人は蒼白した表情を浮かべて声が上げた。

 

「明久さん!?」

 

「吉井君! 大丈夫なの!?」

 

「……っ、あまり……大丈夫とは、言えないけど……とりあえず、指定武具は取ってきたから……」

 

「喋っちゃ駄目です! 傷も深いし、出血が酷いです!」

 

 明久が銀十字の剣を見せながら言うが、ジンは明久を喋らせまいと会話を止めて明久を近くにあった平らな岩の上で寝かせる。

 

「春日部さん、あなたの方は……?」

 

「……私は大丈夫。明久が守ってくれたから」

 

 耀は申し訳なさそうに呟いた。自分が無理にガルドの相手をしようとしなければ明久は傷つかなかったんじゃないかと考えていた。

 

「く……春日部さんの所為じゃない、よ。……僕が勝手に君の前に出て、僕の不注意で負ったんだから……」

 

「喋らないで! 急いで応急処置でもしないと! ジン君、あなた回復系のギフトとかないの?」

 

「すみません……僕は。本拠にでも戻ってそれ用のギフトがなければ……」

 

「だ、大丈夫……これくらいなら、まだ動けるから」

 

「黙りなさい! とにかく、私と春日部さんはあの虎を退治するわ。ジン君とあなたはここで待ってなさい」

 

「……明久は安静にしてて」

 

「だ、駄目ですよ! 明久さんと耀さんの2人でも時間を稼ぐのがやっとだったんですよ! それに明久さんの容態も酷くなってきてます! 悔しいですが、ここは降参しましょう! 仲間の命には変えられません!」

 

 ジンは明久の様子を見て降参しようと提案するが、それを止めたのは飛鳥でも耀でもなく、明久だった。

 

「駄目だよ、ジン君……なんとしてもアイツはここで倒す……」

 

「何言ってるんですか! あなた自身の容態をわかってるんですか! 傷口は深いし、出血も酷くなる一方です! 今すぐにでも処置を施さなければどうなるか!」

 

「そうよ、吉井君。どんなに強かろうが、知性のない獣相手に負けるつもりはないわ。ここは私と春日部さんでなんとかするから」

 

「……明久とジンはここで」

 

「駄目、だ……僕も行くよ」

 

 3人の言葉に頷くこともなく、明久は自分も一緒に行くと頑なになっていた。

 

「よしなさい! あなたは動ける状態じゃないのよ!」

 

「……これ以上は、死んじゃう」

 

「でも……ここで僕が抜けるのは、嫌だ……。それは、責任放棄だから……僕は自分でアイツにこのギフトゲームを挑んだんだ。それなのに、君達に任せきりで……自分だけずっと寝たきりだなんて嫌だ。ここまで来た以上、最後まで責任取らなくちゃ……」

 

 どっから見ても立つのも精一杯なくらい弱々しいものなのに、何故か逆に頼りになるような雰囲気が今の明久にあった。

 

 3人は数十秒間考えて同時にため息を吐いた。

 

「全く……吉井君って、意外と強情なのね」

 

「もう、言っても聞かなそうなのでついていくことに関してはもう何も言いません」

 

「……でも、無理はしないで」

 

 本来なら明久を絶対に来させたくはなかったが、置いていっても後で追いかけてきそうなのでせめて目の届く所に置いた方がいいとついてこさせることになった。

 

「うん、ありがとう。迷惑かけちゃったから……後でなんでもひとつ言うことを聞くよ」

 

「あら、それはいいことを聞いたわね。じゃあさっさと終わらせてちょっとやってほしいこともあるし」

 

「……後で覚悟しておいてね」

 

「……あれ? もしかして僕、とんでもない約束しちゃった?」

 

「そう……ですね。少なくともこの2人に対しては」

 

 後で明久がどんな目にあうかと思うとジンは明久に対して同情をせずにはいられなかった。

 

 そして明久達はガルドを倒すために再び館へと歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「GRRRRYAAaaaa!」

 

「よし、来た」

 

 再び館にたどり着き、その館は今火の海に包まれていた。

 

 その理由は単純、館を火の海にしたのは他でもない明久達だった。

 

 ガルドを倒すためにはこの館で戦うのはあまりに不利だった。ガルドにとって有利なフィールドを消すために明久達は放火したのだ。

 

「ようやく気づいたみたい……そんでもって、怒ってるっぽいね」

 

「……でも、どうせこの館いらないだろうから、気にしない」

 

「そうだね」

 

 火が館の大半を覆い尽くしたところで飛び出したガルドの目の前にいたのは明久と耀の2人だった。そして、明久の手には銀の十字剣が握られていた。

 

 何故2人だけで戻ってきたのか、残った飛鳥とジンは何処にいるのかと考えることはすっかり獣へと成り果てたガルドには最早それを思考することはできなかった。

 

 ただ目の前に出てきた敵をその爪で引き裂く本能を振りかざすのみだ。

 

「GEEEEYAAAaaaa!」

 

 ガルドは一番手傷を負った明久へと飛びかかってきた。

 

「そぉ!」

 

 明久は剣の刀身をガルドの爪にうまく接触させ、ガルドの力を体を回転させることでうまく逃がした。

 

「つぅ……!」

 

 躱したはいいが、やはりかなりの深手を負っている身。最大限に力を逃がしても今の明久にはキツかった。

 

「明久……」

 

「大丈夫! 僕のことは気にしないで、君は君のやることをやって! それに、避けるのと逃げるのは大得意だから!」

 

 そう、明久の強みは回避能力。生身の戦いでも召喚獣の戦いでも明久の強みは力やスピードでもなく、その回避技術だった。

 

 彼の通う文月学園では普段からクラスメートである男子や友人である女子から追いかけられたり拷問じみた暴力に駆られる日々だった。

 

 それから毎日逃げるうちに明久自身には回避能力が備わるようになった。

 

 そして、召喚獣についても明久は観察処分者で普段から教師から雑用を命じられることで召喚獣を扱う機会が人より多かったために操作技術を向上させることができた。

 

 その2つの要素を学園長からもらった腕輪でひとまとめにし、その回避能力はより強みを増し、相当の深手を負った今の明久でもガルドの強力な攻撃を躱すことができる。

 

「おっと!」

 

 続いての攻撃も明久は横に一歩ずれることによって難なく躱した。

 

「明久、そろそろ……」

 

「そうだね。それじゃあ、ついてきな! 獣畜生!」

 

「GEEEEYAAAaaaa!」

 

 明久が館から出るとガルドも同様、明久達を追って屋敷を飛び出した。

 

 ガルドは左右に別れた木々の上を伝って一本道を通る明久達を追っていく。

 

 だが、ガルドは気付けていなかった。もし人間の理性がほんの少しでも残っていたら疑問くらいは感じていたかもしれない。

 

 明久達も散々迷ったこの木々が、明久達やガルドを誘うために一本道になるように左右に分かれていたことに。

 

「あら、遅かったじゃない」

 

 明久達が逃げた先には石像の置かれていた広場があった。そしてそこには飛鳥とジンが待ち伏せていた。

 

「ごめん! おまたせ!」

 

「……来た」

 

 明久達が広場にたどり着くと同時にガルドが木々の中から飛び出し、明久達の前に舞い降りてきた。

 

 そしてガルドは明久達の前に立つと、ぐるると威嚇しながらジリジリと徐々に距離を詰めていく。

 

「よし……行くぞ!」

 

 先に仕掛けたのは明久だった。

 

「GEEEEYAAAAaaaa!」

 

 明久が駆け出すと同時にガルドも地面を蹴り上げて驚異的な速度で距離を詰めていく。

 

「今よ、拘束なさい(・・・・・)!」

 

 飛鳥が一喝し、左右に別れた鬼種化した木々が一斉にガルドに向けて枝を伸ばした。

 

 明久達が館を履き払ったのはこの森の中の広場までおびき出すため。そしてここへおびき出したのはこの鬼種化した森と飛鳥のギフトを最大限に生かすため。

 

 飛鳥のギフト『威光』によってギフトを植えつけられた木々を操り、ガルドを誘い出すための道を作った後、誘い出されたガルドを拘束するための布石だった。

 

「GEEEEYAAAaaaa!」

 

 しかし、飛鳥のギフトによって操った鬼種の木の枝でもガルドを拘束できるのはほんの数秒だった。

 

 だが、数秒だけでもガルドの動きを拘束できればそれでいい。明久は上段に構えた銀の十字剣を──

 

「はああぁぁぁぁ!」

 

 ──すっぽ抜かした。

 

「あ……」

 

「GEEEEYAAAaaaa!」

 

 明久の手から銀の十字剣がすっぽ抜けると同時にそれを好機と見たガルドが跳躍して明久に飛びかかった。

 

 今の明久は相当の深手を負っており、咄嗟の判断と回避がうまく働かない。

 

「まず、これ絶体絶命……」

 

 その状態でガルドの機敏さで距離を詰められたらもう逃げられない。このままでは明久は再びガルドの爪の餌食になってしまう。

 

「……な~んてね」

 

 だが、それすらも前座でしかない。

 

剣よ(・・)……彼女のもとへ(・・・・・・)!」

 

 飛鳥がまた一喝すると剣は軌道を変え、ガルドの更に上に跳んでいた耀の手に収まった。

 

 そして、頭上から剣を振り下ろし、ガルドの頭を貫いた。

 

「GYAla……!」

 

 飛鳥の力で破魔の力が十全に発揮された銀の十字剣、動物の特性と驚異的な身体能力を持った耀。

 

 この2つの力が相乗効果を生み、ガルドは歯切れの悪い悲鳴を上げて砂塵へと還った。

 

「今更言ってはアレだけど……虎の姿の方が素敵たったんじゃないかしら?」

 

「……それ、言えてる」

 

「だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明久さん! 大丈夫でございますか!?」

 

 明久達がガルドを倒して数分もすると黒ウサギと十六夜が駆けつけ、明久の傷を見て黒ウサギが慌てふためいた。

 

「大丈夫だよ……。ちょっと肩を裂かれて出血が多少酷いだけだから」

 

「それはちょっとや多少で済ませていいレベルじゃないと思いますが……」

 

「とにかく、すぐにコミュニティの工房に運びます。あそこなら治療器が揃ってますから」

 

「治療器なんてあったの?」

 

「はい。魔王の襲来の時、地下にある保管庫だけは手をつけられなかったものもあるのですよ。特にあそこにあるギフトはどれも扱いにくいものですから。まあ、使いにくいわけですからそのまま商売できるものではありませんけど」

 

「YES! できたら私達もまだ普通の生活を望めたと思いますし!」

 

 ハハハハ、と数秒間ジンと黒ウサギが笑うと一気に肩を落としてため息をついた。傷つくなら言わなければいいのにと思ったが言わないことにした明久。

 

「……明久、本当に大丈夫?」

 

「うん、大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて。それと……結局みんなに任せきりになっちゃったね。自分が責任取るとか大口叩いたのに」

 

「……ううん。館でも広場でも明久は私達よりも危険な役目を背負った。十分責任、取ってる」

 

「そう? だったらいいけど……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 これ以上会話が続かなかった。無言が気まずいと思ってる明久だが、この空気をどう変えたらいいものかと視線を泳がせた。

 

 十六夜はジンと共に騒ぎを聞いて駆けつけてきたガルドの傘下に入っていたコミュニティのみんなにガルドに奪われた旗印を返却している最中。

 

 飛鳥は遠くから面白そうに眺めている。黒ウサギは胸の手前で拳を握って頑張ってくださいという意思表示を送ったが、助ける気配はない。

 

 どうしたものかと悩んだ。

 

「そういえば、旗印みんなに返すんだね」

 

 典型的な話題転換に遠巻きに見ていた飛鳥と黒ウサギがガクンとコケた。もう少しまともな気の遣い方はできないのだろうかとツッコミを入れたかった。

 

 耀も無言の状態がキツかったのか、明久の話題に乗っかった。

 

「……うん、それになんだか話し込んでるみたい」

 

「ああ、それは多分……名前を売ってるんだろうね」

 

「私達の?」

 

「うん。十六夜君も十六夜君で色々考えてるみたいでね……これからのためにも売れるだけ名前を売るつもりみたい」

 

 魔王云々の話は本人の許可がない限り言わない方がいいだろう。それに言えば後の2人もそれに乗っかって何をするのかわからないのが本音だ。

 

「……また、できるかな? ギフトゲーム」

 

「ん? ギフトゲーム、楽しくなったの?」

 

 明久の疑問に耀は首を振った。

 

「……借りを返したいから」

 

「借りって、誰に?」

 

「……明久。ガルドから私を守ってくれたから」

 

「え? ああ、そんなのいいよ。僕が勝手にやったことだし……ていうか、あの場なら男なら誰だってそうしたと思うよ?」

 

「……そういえば気になった。あの時、明久言ってた。傷ついてほしくないって……あれ、どういう意味?」

 

「へ? どういう意味も何も、言った通りだけど…………普通に考えて可愛い女の子が傷つく姿なんて見たくないじゃん」

 

「………………」

 

「あれ? どうしたの、春日部さん? 顔が赤いけど」

 

「……なんでもない」

 

「ふしゃ~(おいこのバカ面。お嬢を口説くとぁ、いい度胸やないかぁ。その傷、抉ってくれようか?)」

 

「あれ? なんで三毛猫は般若のような形相しながら僕に爪を向けてくるの? 僕、何かした!?」

 

「……駄目、三毛猫」

 

 ジリジリと明久に詰め寄っていく三毛猫を抱きかかえて耀が止めた。

 

「えと、とりあえず行こうか」

 

「……手、貸す?」

 

「ありがとう」

 

 明久は耀の手を取って立ち上がった。だが、出血が多すぎたのか軽い貧血を起こして足元がフラついた。

 

「あ、わっ!」

 

「え?」

 

 明久は体勢を崩して耀を巻き込んで倒れた。

 

「いた……くない? ていうかむしろ…………っ!?」

 

「…………」

 

 明久が顔を上げると目の前に冷め切った視線を送る耀の顔があった。

 

 理由としては明久が倒れ込んだ時に耀がその下敷きとなり、その上明久の顔が……耀の胸部に当たっていた。

 

「(ま、まさか……さっきの感触は、春日部さんの……)」

 

「…………」

 

「あ、えっと……その……」

 

「…………」

 

 無言と冷め切った視線がキツかった。明久はこの状況を脱出するために一言、

 

「春日部さん……意外と、柔らかいね」

 

 言った瞬間、明久は己の無能を呪った。何故に自分はこういう時に限って爆弾を落とすのだと。

 

 その後、フォレス・ガロの居住区画に明久の悲鳴が木霊したのは言うまでもないだろう。

 


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