問題児+バカ一名が異世界から来るそうですよ?   作:慈信

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第四話

 

「生憎と、店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 

 5人と1匹が暖簾を潜った後は外観からは想像もできない広さの中庭にでた。

 

 異世界組は軽く驚きながら中庭を進み、白夜叉の私室らしいやや広めの和室へと入った。

 

 上座の位置に腰を下ろした白夜叉は大きく背伸びをしてから十六夜達に向き直る。

 

「さて、もう一度自己紹介しておこうかの。私は4桁の門、3345外門に本拠を構えているサウザンドアイズ幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

 

「はいはい、お世話になっております本当に」

 

「ていうか、自分で美少女って言いますか?」

 

 白夜叉の自己紹介に黒ウサギが不服そうに頷き、明久がツッコんだ。

 

「ところでその、外門って何?」

 

 隣で耀が小首を傾げながら尋ねた。

 

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいるのです」

 

 黒ウサギが何処から出したのか、大きな紙に図を書いて説明する。

 

 箱庭の都市は上層から下層まで7つの支配層に別れており、それに伴ってそれぞれを区切る門には数字が与えられている。

 

 外壁から数えて7桁の外門、と内側に行くほど数字は若くなり、同時に強大な力を持つ。箱庭で4桁の外門ともなれば、名のある修羅神仏が割拠する完全な人外魔境だ。

 

 黒ウサギが持つ紙に書かれた何重にも重なった階層を示す図を見せられ、4人は口を揃えて、

 

「……超巨大玉ねぎ?」

 

「いえ、巨大バームクーヘンではないかしら?」

 

「そうだな。どちらかと言えばバームクーヘンだ」

 

「おいしそうな図だね……」

 

 4人の身も蓋もない感想に黒ウサギは肩を落とした。それとは対照的に白夜叉は呵々大笑する。

 

「ふふ、うまいこと例える。その例えなら今いる7桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分に当たるな。更にたとえて説明するなら、東西南北の4つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は世界の果てと向かいあう場所になる。あそこはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持った者達が棲んでおるぞ。その、水樹の持ち主などな」

 

 白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。

 

「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ? 知恵比べか? 勇気を試したのか?」

 

「いえいえ。この黒うさぎが来る前に蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ?」

 

 自慢げに黒ウサギが語ると、白夜叉は声を上げて驚いた。

 

「なんと!? クリアではなく直接的に倒したとな!? ではその童は神格持ちの神童か?」

 

「いえ、黒ウサギはそうは思えません。神格なら人目見ればわかるはずですし」

 

「む、それもそうか。しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、互いの種族によほど崩れたパワーバランスがある時だけのはず。種族の力で言うなら蛇と人ではどんぐりの背比べだぞ」

 

「白夜叉様は、あの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

 

「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 

「え? 何百年? え? 何それ? 白夜叉ちゃん……さん? って、一体何歳なの!?」

 

 話の途中でとんでもないワードが耳に入った明久は思わず白夜叉の年齢を尋ねてしまう。

 

「ふふ……おなごに年齢を尋ねるというのは些か無礼ではないか?」

 

「え? その、ごめんなさい」

 

「まあ、別に気にせんともよい。私自身正確な年齢は覚えてないのでな」

 

「それはそれですごすぎ……」

 

 年齢も忘れるほどの時を生きていたのだろうか、目の前の少女にしか見えない人は。

 

 明久は改めて箱庭に住む者達のデタラメっぷりを思い知った。

 

「へえ? じゃあ、お前はあの蛇より強いのか?」

 

「ふふん、当然だ。私は東側の『階層支配者(フロアマスター)』だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最恐の主催者なのだからの」

 

 最恐の主催者という言葉を聞いて十六夜、飛鳥、耀の3人が一気に目を光らせた。

 

 明久は一瞬で場の空気が変化したことに気づいて止めようとするものの時既に遅しとすぐにわかった。

 

「そう…………ふふ。ではつまり、あなたのゲームをクリア出来れば、w他した地のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

 

「無論、そうなるのう」

 

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

 3人は闘争心をむき出しにして白安あを見る。白夜叉はそれに気づいて呵々大笑した。

 

「抜け目ない童達だ。依頼しておきならが、私にギフトゲームで挑むと?」

 

「え? ちょ、ちょっと三人様!?」

 

 黒ウサギもようやく雰囲気を察して十六夜達を止めようとするが、それを白夜叉は右手で制した。

 

「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」

 

「ノリがいいわね。そういうの好きよ」

 

「ふふ、そうか。……しかし、ゲームの前にひとつ確認しておくことがある」

 

「何だ?」

 

 白夜叉は着物の裾からサウザンドアイズの旗印の紋が入ったカードを取り出し、壮絶な笑みで一言、

 

「おんしらが望むのは挑戦か……もしくは、決闘か?」

 

 刹那、白夜叉を中心に空気が変化していった。

 

 視界が回っていき、様々な情景が過ぎていき、最後にみんなが投げ出されたのは白い節減と凍る湖畔──そして、水平に太陽が廻る世界だった。

 

「なっ……!?」

 

 あまりの出来事に十六夜達は息を呑んだ。箱庭に呼び出された力とは比べ物にならない。

 

 これがただの幻影やら転移ならちょっと驚くだけで大した動揺にはならないだろうが、白夜叉のこれはそんな生半可なものであなく、世界ひとつを丸ごとひとりで作り上げたようなものだった。

 

 この光景にただ立ち尽くす3人に再度白夜叉は問いかける。

 

「今一度名乗りだし、問おうかの。私は白き夜の魔王──太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への挑戦か? それとも、対等な決闘か?」

 

「……水平に廻る太陽と……そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、お前を表現してるってことか」

 

「如何にも。この白夜と湖畔と節減。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私がもつゲーム盤のひとつだ」

 

 白夜叉が両手を広げると、地平線の彼方の雲海が瞬く間に裂け、薄明の太陽が晒される。

 

「こ、こんだけ莫大な土地を作っておいて、これがただのゲーム盤!?」

 

「うっそ!? 召喚フィールドなんかよりも断然規模がでかいこんなのが!?」

 

「如何にも。して、おんしらの返答は? 挑戦であるならば手慰み程度に遊んでやる。だがしかし、決闘を望むのなら話は別。魔王として、命と誇りの限り戦おうではないか」

 

「…………」

 

 白夜叉の言葉に3人は即答できず、返事を躊躇った。

 

 白夜叉がいかなるギフトを持っているかは定かではないが、ここまで大規模な力を有している白夜叉に今の彼らに勝目がないのは一目瞭然だ。

 

 明久も元々決闘を申し込む気はなかったが、白夜叉の力を目にしてからはますます申込みたくなくなった。そして、どうにか3人を止められないかと思った。

 

 だが、3人は自分より強いギフトを持っているだろうし、例え自分がすごいギフトを持ったところでプライドの高いこの3人を止めるのは無理がある。

 

 どうにかこの場を収められないかと頭を悩ませてる明久だが、十六夜が諦めたようにゆっくりと挙手し、

 

「まいった。やられたよ。降参だ、白夜叉」

 

 意外にも十六夜は決闘を諦めたのだった。

 

「ふむ? それは決闘ではなく、試練を受けるという事かの?」

 

「ああ。これだけのゲーム盤を用意できるんだからな。あんたには資格がある。いいぜ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」

 

 こんな時でも上から目線的な言い方に明久は何やってるのと叫びたくなったが、白夜叉が大笑いしているのを見て大事には至らないかとほっとした。

 

「く、くく……して、他の童達も同じか?」

 

「……ええ。私も、試されてあげてもいいわ」

 

「右に同じ」

 

「いやいやいや! 君達ももう少し言葉を選んで! 白夜叉さんが君達並みにプライド高かったら君達一瞬であの世行きだったでしょ!」

 

「全くですよ! 階層支配者に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う階層支配者なんて、冗談にしても寒すぎます!」

 

「極寒の地だけにな」

 

「黙らっしゃい! それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年も前の話じゃないですか!」

 

「何? じゃあ、元・魔王様ってことか?」

 

「はてさて、どうだったかな?」

 

「ていうか今度は何千年って言ったよね!? 本当に白夜叉さんって、何歳なの!? ていうか、それを知ってる黒ウサギさんも何歳!?」

 

 明久がツッコミを入れた直後に凍結した山脈の向こうから甲高い叫び声が聞こえた。

 

 獣とも野鳥とも思えるその叫び声に逸早く反応したのは、耀だtt。あ

 

「何、今の泣き声。初めて聞いた」

 

「ふむ……あやつか。おんしら4人を試すにはうってつけかもしれんの」

 

 湖畔を挟んだ向こう岸にある山脈にむけて手招きをすると、体長5mはあろう巨大な獣が翼を広げて空を滑空し、風の如く4人の前に現れた。

 

 鷲の頭に翼、そして獅子の下半身を持つ獣を見て、耀は驚愕と歓喜の篭った声を上げた。

 

「グリフォン……嘘、本物!?」

 

「ふふん、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。力・知恵・勇気の全てを備えた、ギフトゲームを代表する獣だ」

 

 白夜叉が手招きすると、グリフォンが彼女の元に降り立ち、深く頭を下げて礼を示した。

 

「さて、肝心の試練だがの。おんしら4人とこのグリフォンで力・知恵・勇気のいずれかを比べあい、背にまたがって湖畔を舞う事が出来ればクリア、ということにしよう」

 

 白夜叉が双女神の紋が入ったカードを取り出し、ひと振りすると虚空から主催者権限にのみ許された輝く羊皮紙が現れる。白夜叉は白い指を奔らせて羊皮紙に記述する。

 

 それからそれを十六夜達に渡して拝見させる。明久は一瞬異世界の言語なのでうわ、と声を漏らしたが、文字を見てすぐに文字の意味が頭の中に入ってルールを把握する。

 

『 ギフトゲーム名 ”鷲獅子の手綱”

 

 ・プレイヤー一覧  逆廻 十六夜・久遠 飛鳥・春日部 耀・吉井 明久

 

 ・クリア条件 グリフォンの背にまたがり、湖畔を舞う。

 

 ・クリア方法 力・知恵・勇気のいずれかでグリフォンに認められる。

 

 ・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 宣哲 上記を尊重し、御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。”サウザンドアイズ”印 』

 

「私がやる」

 

 読み終わるや否や、耀が背筋をピン、と伸ばしながら挙手した。

 

「えぇ!?」

 

「にゃ、にゃにゃ~……にゃ~(お、お嬢……大丈夫か? なんや獅子の旦那より遥かに怖そうやし、デカいけど)」

 

「大丈夫、問題ない」

 

「ふむ。自身があるようだが、これは結構な難物だぞ? 失敗すれば大怪我では済まんが」

 

「ちょ、春日部さん、やめたほうが──」

 

「大丈夫、問題ない」

 

 明久の制止の声も届かず、耀は淡々とその一言だけ繰り返し、グリフォンの方に視線を向ける。

 

 その眼差しは子供のようにキラキラしており、探し求めていた宝物を見つけた時のように無邪気に輝いていた。

 

「OK、先手は譲ってやる。失敗するなよ」

 

「気をつけてね、春日部さん」

 

「うん。頑張る」

 

「ちょ、ちょっと春日部さん!」

 

「……何?」

 

 しつこく止めてくる明久に若干不機嫌になった顔を向け、明久は苦い顔をするがため息をつきながらポケットから袋とじされた何かを取り出した。

 

「……何?」

 

「ホッカイロ。ここ、すごい気温が低いし……一応気休め程度でもないよりマシだと思うから」

 

「…………」

 

「あ、ごめん。余計なお世話だった?」

 

 無言で見つめてくる耀に対して明久は余計なことをしてしまったかと焦ったが、

 

「……ううん。ありがと」

 

 お礼を一言言って耀は明久からホッカイロを受け取って踵を返し、グリフォンへと駆け寄っていった。

 

「ところで吉井君、なんであんなもの持ってたのかしら? 確か、あなたの世界では夏の終盤だったと思うのだけど?」

 

「ああ、いつも死にかけの親友がいるから体温を保たせるために必要不可欠だからね」

 

「いつも死にかけって……そんな虚弱体質な子がいたの?」

 

「ううん。普通の人より身体能力はかなり高いよ。ただ、いつも性に関して常人を遥かに凌ぐくらい詳しいけど、いざ女子のスカートの中身や着替えを覗いても鼻血の海に沈んで死にかける親友」

 

「どんな親友なのよ、それ……」

 

「なんだ、もったいねえな。せっかくの知識も実戦で使えなきゃ本末転倒じゃねえか」

 

「三人様、今は耀さんが挑戦する時でございます。できれば私語は謹んでください」

 

 黒ウサギに注意され、3人の視線が耀へと移った。

 

 耀が近づくと、グリフォンは威嚇するように翼を広げ、巨大な瞳をギラつかせながらその場を離れる。

 

 主である白夜叉を巻き込まないための配慮だろう。耀もそれを追いかけて数mほどの距離で足を止める。

 

「え、えーと……初めまして。春日部耀です」

 

「!?」

 

 耀が自己紹介をすると、グリフォンが驚いた表情を見せた。

 

「ほう……あの娘、グリフォンと言葉を交わすか」

 

 その様子を見て白夜叉が感心したように頷いた。どうやら耀のギフトは幻獣相手にも有効のようだ。

 

「私を、あなたの背に乗せ……誇りをかけて勝負をしませんか?」

 

 耀の言葉にグリフォンは瞳に闘志を宿らせた。グリフォンは誇り高い幻獣のうちの一種だ。そんな相手に『誇りを賭けろ』とはかなり効果的な挑発なのは明久も理解できた。

 

「あなたが飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。あなたは強靭な翼と四肢で空を駆け、湖畔までに私をふるい落とせば勝ち。私が最後まで背に載っていられたら私の勝ち。……どうかな?」

 

 耀は小首を傾げる。確かにその条件なら誇りの他、力と勇気の双方を試すこともできる。

 

 耀の言葉にグリフォンは頭を上げて耀を見下ろした。何か耀に言っているのだろうが、耀以外はグリフォンの言葉がわからなかった。

 

 唯一グリフォンの言葉を理解している耀は数秒たってから頷いて、

 

「命を賭けます」

 

 いきなりの一言に一瞬理解が追いつかなかったが、すぐに飛鳥、黒ウサギ、明久が声を上げる。

 

「だ、駄目です!」

 

「か、春日部さん!? 本気なの!?」

 

「いくらなんでも命まで!?」

 

「あなたは誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生き残っても、私はあんたの晩御飯になります。……それじゃ駄目かな?」

 

 3人の言葉に耳も貸さず、耀は淡々と提案を告げる。

 

 耀の言葉にますます慌てる3人だったが、それを白夜叉と十六夜が制する。

 

「よさんか、おんしら。これはあの娘から切り出した試練だぞ」

 

「ああ。無粋な真似はやめとけ」

 

「そんな問題ではございません! 同士にこんな分の悪いゲームをさせるわけには──」

 

「大丈夫だよ」

 

 耀が振り向きながら3人に頷く。その瞳には何の気負いもなく、むしろ勝算ありと思わせるような表情だった。

 

 グリフォンはしばし考えるような素振りを見せてから耀に乗れと促すように頭を下げた。

 

 耀は頭から登ってグリフォンの背中にまたがって手綱を握った。グリフォンは三度翼を羽ばたかせ、前傾体勢を取ると大地を踏み抜くようにして薄明の空に飛び出した。

 

 グリフォンと耀の影はあっという間に山脈の向こうへ隠れて様子をうかがうことができなくなった。

 

「春日部さん、大丈夫かしら?」

 

「さあな。あの速度だと体にかかる衝撃は尋常じゃないし、山脈から吹き掛かる氷点下の風が更に冷たくなって、体感気温はおよそマイナス数十度ってところか?」

 

「マ、マイナス数十!? ホッカイロなんか何の足しにもならないじゃないか!」

 

「そりゃあそうだろ。ただ突っ立ってるだけでもこんだけ寒いんだ。ホッカイロ程度で空中の寒さが凌げるかっての」

 

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! このままじゃ春日部さんが凍りついちゃうよ!」

 

「お、来たみたいだぜ」

 

 明久の言葉に返しもせず、十六夜は山脈から戻ってくるグリフォンの影に視線を向けた。

 

 明久も反射的に視線を移し、グリフォンとその背に跨る耀の姿が見えた。

 

 だが、耀の足が既にグリフォンの体から離れ、耀の体はほとんど浮いた状態だ。それでも決して手綱から手を放すことはなかった。

 

「やっぱあいつのギフト……動物と会話できることだけじゃねえな」

 

「え?」

 

「あんだけ激しく動いているなら、体にかかる衝撃は相当だ。普通の人間ならとっくに失神してる」

 

「で、ですが、もう既に意識が飛びかかってますよ!」

 

「頑張って! 春日部さん!」

 

「頑張れ! もう少しだ!」

 

 ラストスパート辺りでグリフォンは本格的に耀を振り落とそうと激しく旋回を繰り返す。地平ギリギリまで急降下して大地と水平になるように振り回す。

 

 それを何度か繰り返すと山脈を超え、残るは純粋な距離となると激しい動きを止め、グリフォンは体勢を戻し勢いをそのままにしてゴールに向けて疾走する。

 

 湖畔の中心まで疾走し、耀の勝利が確定となった瞬間、耀の手が手綱から離れた。

 

「春日部さん!?」

 

 安堵を漏らす暇も何もなかった。耀の体が空中に放り投げられ、突風に吹き飛ばされたように舞ってそのまま勢いよく落ちていく。

 

 助けに行こうとした黒ウサギだったが、十六夜の手によって止められる。

 

「は、放し──」

 

「待て! まだ終わってない!」

 

「何が終わってないだよ! 助けに行かないと!」

 

 手の空いてる明久はどうにか彼女を助けようと上着を脱ぎながら駆け出していった。どうにか上着で少しでも落下の衝撃を抑えようと思った。

 

 落下している耀が手足を妙な感じで動かすと落下速度が緩やかになり、遂には空気を踏むような仕草で空を飛んでいた。

 

「なっ……」

 

「え……って、うわぁ!?」

 

 あまりの光景にその場にいた全員が絶句した。そして明久は耀の取った行動に気を取られて足をもつれさせ、湖畔へと落ちた。

 

 湖畔の上を通って文字通り舞い戻ってきた耀に呆れたように笑う十六夜が近寄ってきた。

 

「やっぱりな。お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類だったんだな」

 

「……違う。これは友達になった証。けど、いつから知ってたの?」

 

「ただの推測だ。お前、黒ウサギと出会ったときに“風上に立たれたら分かる”って言っていたからな。そんな芸当はただの人間にはできない。だから、春日部ののギフトは他種とコミュニケーションを取るわけじゃなく、他種のギフトを何らかの形で手に入れると推察したんだが、多分まだ他の能力はありそうだな。あんな速度で耐えられる生物は地球上にはいないだろうし」

 

 興味津々な十六夜の視線をフイ、と避けると三毛猫が耀に向かって飛びついてきた。

 

「にゃー(お嬢! 怪我はないか!?」

 

「うん、大丈夫。指がジンジンするのと服がパキパキになったくらい」

 

「大丈夫? 春日部さん」

 

「とりあえず、僕の上着でよければ。後ポケットの中にまだホッカイロあるから」

 

「うん、大丈夫。あと、明久……何でまた濡れてるの?」

 

「聞かないでください」

 

 耀を助けようとして自分が湖畔に落ちたなんて恥ずかしいにもほどがあった。

 

 どうにか上着は耀のために死守したので上着だけは濡れずに済んでいた。耀は明久から上着を借りて羽織った。

 

「いやはや、大したものだ。このゲームはおんしらの勝利だの。……ところで、おんしの持つギフトだが、それは先天的なものか?」

 

「違う。倒産に貰った木彫りのおかげで話せるようになった」

 

「木彫り?」

 

「にゃ~。にゃにゃ~(お嬢のオヤジさんは彫刻家やっとります。オヤジさんの作品でワシらとお嬢は話せるんや)」

 

「ほほう……彫刻家の父か。よければ、その木彫りとやらを見せてはくれんか?」

 

 頷いて耀は自分の首から下がっていた円形の木彫り細工を白夜叉に手渡す。

 

 白夜叉は木彫りに刻まれた模様を見て顔を顰めた。

 

「複雑な模様ね?」

 

「何か、魔法陣みたい。ねえ、これって何か意味あるの?」

 

「意味はあるけど知らない。昔教えてもらったけど、忘れた」

 

「……これは」

 

「材質は楠の神木? 神格は残ってないようですが……この中心を目指す幾何学線……そして中心に円状の空白……もしかして、お父様のお知り合いには生物学者がおられるのでは?」

 

「うん。私の母さんがそうだった」

 

「生物学者ってこたぁ……やっぱりこの図形は系統樹を表してるってか白夜叉?」

 

「恐らくの。ならばこの図形はこうで……この円形が収束するのは……いや、これは……これは、すごい! 本当にすごいぞ娘! 本当に人造ならばおんしの父は神代の大天才だ! これは正真正銘”生命の目録”と称して過言ない名品だ!」

 

 興奮したように声をあげる白夜叉。耀は首を傾げながら問う。

 

「系統樹って、生物の発祥と進化の系譜とかを示すアレ? でも、母さんの作った系統樹の図はもっと樹の形をしていたと思うけど」

 

「うむ、それはおんしの父が表現したいもののセンスが成す業よ。この木彫りをわざわざ円形にしたのは生命の流転、輪廻を表現したもの。再生と滅び、輪廻を繰り返す生命の系譜が進化を遂げて進む円の中心、即ち世界の中心を目指して進む様を表現している。中心が空白なのは、流転する世界の

 中心だからか、生命の完成が未だに見えぬからか、それともこの作品そのものが未完成だからか──うぬぬ、すごい。すごいぞ。久しく想像力が刺激されとるぞ! 実にアーティスティックだ! おんしさえよければ私が買取りたいぐらいだの!」

 

「いや、それは駄目でしょ」

 

「返して」

 

 明久は即ツッコミを入れ、耀は白夜叉の手から木彫り細工を取り上げる。白夜叉はお気に入りの玩具を取り上げられた子供のようにしょんぼりとした。

 

「で、これはどんな力を持ったギフトなんだ?」

 

「それはわからん。今わかっとるのは異種族と会話ができるのと、友になった種から特有のギフトをもらえるということぐらいだ。これ以上詳しく知りたいのなら店の鑑定士に頼むしかない。それも上層に住む者でなければ鑑定は不可能だろう」

 

「え? 白夜叉様でも鑑定はできないのですか? 今日は鑑定をお願いしたかったのですけど」

 

 黒ウサギの問いに白夜叉はぐ、と気まずそうな顔になる。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定じゃと。専門外どころか、無関係もいいところなのだがの」

 

 渋りながらも白夜叉は4人の顔を両手で包むように見る。

 

「どれどれ……ふむふむ……うむ、4人共に素養が高いのはわかる。しかしこれではなんとも言えんな。おんしらは自分のギフトをどの程度に把握している?」

 

「企業秘密」

 

「右に同じ」

 

「以下同文」

 

「そもそもギフトがあること自体知らなかったんですけど」

 

「うおぉぉぉぉい!? いやまあ、仮にも対戦相手だった者にギフトを教えるのが怖いのはわかるが、それじゃ話が進まんだろうに」

 

「別に鑑定なんていらねえよ。人に値札貼られるのは趣味じゃない」

 

 十六夜のはっきりと拒絶するような声音に飛鳥と耀は同意して頷く。

 

「ていうか、僕は本当に知らないんですけど」

 

「知らない? 全くか? 今まで一度も使っておらんのか?」

 

「はい。似たようなものなら毎回使ってますけど、僕自身にギフトがあるとは思えないんだけどなぁ」

 

「似たようなもの、というのはどんなものかの? よければそれだけでも教えてはくれんか?」

 

「はぁ……まあ、説明は苦手だから見せた方が早いかな。起動(アウェイクン)

 

 明久が左手を掲げる、声を上げると明久を中心に特殊な空間が広がった。

 

「ほう?」

 

「そして、召喚(サモン)

 

 明久が再び声を上げると明久の足元から三頭身の小さな明久の分身らしい存在、召喚獣が現れた。

 

「おっほ! こりゃあまた奇妙なものを呼び出しおったの! して、それは何じゃ?」

 

「えっと……試験召喚獣って言って、成績の点数に応じた強さを持つやつで……ごめん、専門家じゃないから僕もよく知らないんだ。あのババアにでも聞かないと」

 

「ふ~む……おんしのそれも与えられたものということか。ところで、さっきその腕輪から妙な力を発したのが見えたが、ちょっといいかの?」

 

「え? あ、いいですよ」

 

 明久はあっさりと承諾して召喚獣とフィールドを消し、白夜叉に腕輪を見せる。

 

「ふ~む……ここからあの特殊な空間を呼び出して……ここが……ふむ、娘程とはいかんが、これもこれで中々の芸術品だの」

 

「ええ? 春日部さんのはそりゃあ素敵なものだろうけど、あのババアの作品が?」

 

 とことん文月学園の学園長、藤堂カヲルに対して敬意を示さない明久だった。

 

「ふむ……これくらいなら、うまくすれば複製も可能やもしれんな。おんし、よければこれをしばらく貸してはくれんかの?」

 

 白夜叉は懲りずに目を輝かせて明久におねだりをする。

 

「それって、どれくらいかかりそう?」

 

「そうじゃのう……じっくり観察もしておきたいから……10日程かの」

 

「すみません、明日はガルドとギフトゲームしなきゃいけないのでできればその後で」

 

「おお、そうじゃったの。ま、これはまたの機会にして、主催者として、星霊の端くれとして、試練をクリアしたおんしらには恩恵を与えねばならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いとしてはちょうどよかろう」

 

 白夜叉がパンパンと柏手を打つと、4人の眼前に光り輝く4枚のカードが現れた。

 

 十六夜にはコバルトブルーの、飛鳥にワインレッドの、耀にパールエメラルドの、明久にカナリーイエローのカードが手に渡る。

 

「ギ、ギフトカード!?」

 

 それを見た黒ウサギが驚嘆の声を上げた。

 

「お中元?」

 

「お歳暮?」

 

「お年玉?」

 

「トレーディングカード?」

 

「ち、違います! というかなんで皆さんそんなに息が合ってるのです!? このギフトカードは顕現しているギフトを収納できる超高価なカードですよ!

 耀さんの“生命の目録”だって収納可能で、それも好きな時に顕現できるのですよ!」

 

「つまり、素敵アイテムってことでオッケーか?」

 

「だからなんで適当に聞き流すんですか! あーもうそうです、超素敵アイテムなんです!」

 

 黒ウサギに叱られながら4人はそれぞれのカードを物珍しそうに見ている。明久は若干落ち込んでるように見えるが。

 

「我らの双女神の紋のように、本来はコミュニティの名と旗印も記されるのだが、おんしらは“ノーネーム”だからの。少々味気ない絵になっているが、文句は黒ウサギに言ってくれ」

 

「ふぅん……てことは、もしかして水樹って奴も収納できるのか?」

 

 十六夜が何気なく水樹に向けてカードを翳すと、水樹は光の粒子となってカードに吸い込まれていった。

 

 見れば十六夜のカードはあふれるほどの水を生み出す樹の絵が差し込まれていき、彼のギフトネームの下に水樹の名前が並んだ。

 

「おお? これは面白いな。もしかしてこのまま水を出せたりできるか?」

 

「だ、駄目です! 水の無駄遣い反対! その水はコミュニティの為に使ってください!」

 

 ちっ、とつまらなそうに十六夜は舌打ちした。黒ウサギは前例があるために油断ならないのか、十六夜を監視している。その様子を白夜叉は呵々大笑しながら見つめていた。

 

「そのギフトカードは、正式名称を“ラプラスの紙片”、即ち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームとはおんしらの魂と繋がった“恩恵”の名称。鑑定は出来ずともそれを見れば大体のギフトの正体が分かるというもの」

 

「へえ? なら、俺のはレアケースなわけだ」

 

 ん? と、白夜叉は十六夜のギフトカードを覗き込む。すると白夜叉の表情が強ばった。

 

「……いや、そんなバカな」

 

 白夜叉が十六夜からカードを取り上げて真剣な眼差しでカードを見る。そこにはギフトネーム、”正体不明(コード・アンノウン)”と書かれていた。

 

「”正体不明(コード・アンノウン)だど? いいやありえん、全知である”ラプラスの紙片”がエラーを起こすはずなど」

 

「何にせよ、鑑定はできなかったってことだろ。俺的にはこの方がありがたいさ」

 

 白夜叉は納得いかないように怪訝な瞳で十六夜を睨んだ。その後ろでは気づかれないまま明久が膝を着いて落ち込んでいた。

 

「うぅ……僕の、僕のギフトって……こんなもんなの?」

 

 ちなみに明久のカードには、ギフトネーム”試獣召喚”・”試獣武装”……最後に、”果てしなき馬鹿《ロードオブフール》”と書かれていた。

 

 ギフト鑑定を司る力にまで馬鹿呼ばわりされた明久は誰にも気づかれることなく、涙を流した。

 


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