問題児+バカ一名が異世界から来るそうですよ?   作:慈信

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第二話

 

 ──箱庭2105380外門・内壁。

 

 飛鳥、耀、明久、ジン、三毛猫の4人と1匹は石造りの通路を通って箱庭の幕下へ出た。

 

 4人と1匹の頭上から眩しい陽光が差し込み、遠くにそびえる巨大な建造物の数々と空を覆っている天幕を眺め、異世界組は呆然とした。

 

「にゃ、にゃにゃー! にゃにゃなーにゃにゃー!」

 

「……本当だ。外から見た時は箱庭の内側なんて見えなかったのに」

 

 ここは確か空から見た時は天幕が都市を覆っており、中の町並みが見えることはなかった。

 

 だが、逆に入れば空も見えれば太陽の光も差し込んでくるこの矛盾に異世界組は驚いた。

 

「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。そもそもあの巨大な天幕は太陽の光を直接受けられない種族のためにあるんですから」

 

「あら、それはなんとも気になる話ね。この都市には吸血鬼でも住んでいるのかしら?」

 

「え? いますけど」

 

「……そう」

 

 さも当然のように肯定するジンに飛鳥は複雑そうな表情を浮かべた。

 

「本当にゲームみたいな世界だね。まあ、その分楽しそうだけど」

 

 明久は僅かに苦笑を浮かべるが、見た感じでは平和そうなところなので自分のいた世界よりは楽しく過ごせそうだと思っていた。

 

「にゃ~。にゃにゃにゃにゃ。にゃ~、にゃにゃにゃ、にゃ~にゃ」

 

「うん。そうだね」

 

「ん? どうかした?」

 

「……別に」

 

「……?」

 

 一瞬優しそうな声音になったかと思えば、明久が話しかけた途端対照的な声で返してきた。

 

 一体何だろうと思ったけど、今はそれ以上追求はせずにそっとしておくことにした。

 

「それで、おすすめの店はあるのかしら?」

 

「あ、すいません。段取りは黒ウサギに任せきりだったので。よかったらお好きな店を選んでください」

 

「それは太っ腹なことね」

 

「あ、でも……僕達、こっちのお金持ってないけど?」

 

「あ、ご心配なく。僕が建て替えるので、どうぞお好きなように」

 

「え? 本当? やったー! 久々にカロリーを摂取できる!」

 

 明久が叫んだ瞬間、びしりと空間に亀裂が入るような音がした気がした。

 

「……? どうしたの、みんな?」

 

「……えっと、吉井君? 気の所為だったかしら? あなた、今『カロリー』って、言ったかしら?」

 

 飛鳥が引きつった笑みを浮かべながら問うた。

 

「うん、そうだけど」

 

「あなた、ご飯ちゃんと食べてるのかしら?」

 

「うん、一応食べてるよ? 塩と水を」

 

「いや、明久さん……それは食べ物と言えるかどうかも……」

 

「いやいや。流石に塩と水だけはないよ」

 

「あ、そうですか……」

 

「付け合せに砂糖と油も摂取してるから」

 

「だからそれは調味料で食べ物じゃないわよ!」

 

「にゃにゃ~、にゃ~」

 

「……うん、よく生きてたね」

 

 明久の貧困すぎる食生活の実態を知って3人が呆れ果てた表情をしていた。

 

「……とりあえず、あそこに行きましょう」

 

 飛鳥はこれ以上は頭痛が起きそうだと悟り、身近にあった六本傷の旗を掲げるカフェテラスへと向かった。

 

 カフェテラスに並んでいる席に座ると注文を取るために店の奥から素早く猫耳の少女が飛び出してきた。

 

「いらっしゃいませー。ご注文はどうしますか?」

 

「……今度は猫耳?」

 

 明久が呆気にとられていると飛鳥が代表して注文を頼む。

 

「えっと、紅茶を3つに緑茶を1つ。あと軽食にこれとこれと──」

 

「にゃあ!」

 

「はいはーい。ティーセット4つにネコマンマですね」

 

「「「え?」」」

 

 明久と飛鳥、ジンが不可解そうに首を傾げた。だが、それ以上に今まで表情の変化に乏しかった耀が目を見開いて驚いていた。

 

「三毛猫の言葉、わかるの?」

 

「そりゃわかりますよ~。私は猫族なんですから。お歳の割に随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスもさせてもらいます」

 

「にゃ~にゃにゃ~にゃ~ん(姉ちゃんも可愛い猫耳に鈎尻尾やなぁ。今度機会があったら甘噛みしに行くわ)」

 

「やだもー、お客さんったらお上手なんだから♪」

 

 猫耳のウェイトレスは長い鈎尻尾を揺らしながら上機嫌で店内に戻っていった。

 

「……箱庭ってすごいね、三毛猫。私以外に三毛猫の言葉がわかる人がいたよ」

 

「にゃ~(来てよかったなお嬢)」

 

「ん? 『私』以外?」

 

「ちょっと待って。あなたもしかして猫と会話ができるの?」

 

 飛鳥が珍しく動揺し、耀がコクリと頷いて返す」

 

「もしかして、猫以外にも意思疎通が可能な動物が?」

 

「うん。生きているなら誰とでも話はできる」

 

「そ、それって……あそこにいる小鳥も?」

 

 明久は空中を舞っている野鳥を指差して尋ねる。

 

「うん、きっとでき……る? 鳥で話したことがあるのは雀や鶯、不如帰。あと、ペンギンがいけたからきっと大丈夫」

 

「ペンギン!?」

 

「うん、水族館で知り合った。他にもイルカ達とも友達」

 

「す、すごいね。春日部さん」

 

「し、しかし……全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭において幻獣との言語の壁というのはとても大きいですから」

 

「そうなんだ」

 

「その、幻獣と話すのって……すごい大変なの?」

 

「はい。一部の猫族やウサギのように神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば意思疎通は可能ですけど、幻獣達はそれそのものが独立した種のひとつですから。同一種か相応のギフトでもなければ意思疎通が難しいのが一般的です。箱庭の創始者の眷属に当たる黒ウサギでも、全ての種とコミュニケーションを取るのはできないはずですし」

 

 それを聞いて明久と飛鳥は耀に対して羨望にも似た眼差しを向けた。

 

「そう……春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ」

 

 笑いかけられると、耀は困ったように頭を掻いた。だが、それとは対照的に飛鳥は憂鬱そうな表情で呟く。

 

 ここにいる全員対面してほんの数時間の間柄なのだが、その表情は彼女らしくないというのはよくわかっていた。

 

「久遠さんは……」

 

「飛鳥でいいわ。よろしくね、春日部さん」

 

「あ、僕も明久でもなんでも呼びやすいように言っていいよ」

 

「……じゃあ、バカ?」

 

「いや、できればそれ以外で!」

 

「……うん。じゃあ、飛鳥はどんな力を持ってるの?」

 

「私? 私の力は……まあ、酷いものよ。だって──」

 

「おんやぁ? 誰かと思えば東区画の最底辺コミュ『名無しの権兵衛』のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はお守役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」

 

 どう見繕っても丁寧とは程遠い品のないのにやたら上品ぶった声がジンを呼ぶ。

 

 振り返ると2mほどの巨体の男がいた。その巨体さに明久は若干驚いた。鉄人こと西村宗一を越えた筋骨隆々の肉体。タキシードがピチピチとして今にも破れてしまいそうだ。

 

 呼ばれたジンは顔を顰めながら返事をする。

 

「僕らのコミュニティは『ノーネーム』です。『フォレス・ガロ』のガルド=ガスパー」

 

「黙れ、この名無しめ。聞けば新しい人材を呼び寄せたらしいじゃないか。コミュニティの誇りである名と旗印を奪われてよくも未練がましくコミュニティを存続させるなどできたものだ。そう思わないかい、そこな紳士とお嬢様方?」

 

 ガルドと呼ばれた巨体の男は4人の座るテーブルの空席に勢いよく腰を下ろした。

 

 あまりにも失礼な態度に3人は冷ややかな態度で返す。

 

「失礼ですけど、同席を求めるならばまず氏名を名乗った後に一言添えるのが礼儀ではないかしら?」

 

「おっと、これは失礼しました。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ『666の獣』の傘下である──」

 

「烏合の衆の」

 

「──コミュニティのリーダーをしている、って待てやゴラァ! 誰が烏合の衆だ小僧ぉ! 俺のコミュニティは『フォレス・ガロ』だ!」

 

「『ほうれんそう・かろりー』? おいしそうな、微妙な名前」

 

「2文字しか合ってないだろうが! 貴様無理やり間違えてるのではないだろうなぁ!」

 

 明久のどうやったらそんな風に聞こえるかというくらいの間違いにガルドが虎のように牙と瞳をぎらつかせて怒鳴り、正面で飛鳥と耀が吹き出しそうになった。

 

「それと、口を慎めや小僧。紳士で通っている俺にも聞き逃せねえ言葉はあるんだぜ?」

 

「いや、今のあんたの顔……とても紳士には見えないんだけど」

 

 明久の呟きにガルドが再度睨んでくるが、普段から邪悪を体現したような集団の中で生きていた明久だ。今更殺気程度で怯むほどかよわい神経を持ち合わせていなかった。

 

「森の守護者だった頃のあなたならまだ相応に礼儀で返していたでしょうが、今のあなたはこの2105380外門付近を荒らす獣にしか見えません」

 

「ていうか、事実獣じゃないの? その顔を見るからに」

 

「はっ! そういう貴様は過去の栄華に縋る亡霊と変わらんだろうが。自分のコミュニティがどういう状況に置かれてんのか理解できてんのかい?」

 

 明久のツッコミを無視してガルドがジンに言った言葉に他の3人は奇妙に感じた。

 

「はい、ちょっとストップ」

 

 険悪な雰囲気の2人を遮るように手を上げ、飛鳥が止めた。

 

「事情はよくわからないのだけど、あなた達2人の仲が悪いのは承知したわ。それを踏まえて質問したいのだけど──」

 

 飛鳥が鋭く睨む。その先はガルドではなく、ジンだった。

 

「ねえ、ジン君。今ガルドさんが指摘した私達のコミュニティが置かれてる状況……とやらを説明していただける?」

 

「そ、それは……」

 

 ジンが言葉につまる。飛鳥はジンの動揺を見逃さず、畳み掛けるように話しかける。

 

「あなたは自分のことをコミュニティのリーダーだと名乗ったわね。なら、黒ウサギと同様に新たな同士として呼び出した私達にコミュニティというのはどういうものなのかを説明する義務があるはずよ。違うかしら?」

 

 追求する声はナイフのように冷ややかで、鋭いものだった。その様子を見ていたガルドは獣となった顔を人のそれに戻し、含みのある笑顔と上品ぶった声音で話しかけた。

 

「レディ、あなたの言う通りだ。コミュニティの長として新たな同士に箱庭の世界のルールを教えるのは当然の義務。しかし、彼はそれをしたがらないでしょう。あなたがよろしければ、『フォレス・ガロ』のリーダーであるこの私が、コミュニティの重要性と小僧──ではない、ジン=ラッセル率いる『ノーネーム』のコミュニティを客観的に説明させていただきますが」

 

「……そうね、お願いするわ」

 

「承りました。まず、コミュニティは読んで字のごとく複数名で作られる組織の総称です。受け取り方は種によっても違うでしょう。人間はその大小で家族とも国ともコミュニティを言い換えますし、幻獣は群れとも言い換えられる」

 

「それぐらいはわかるわ」

 

「はい、確認までに。そしてコミュニティは活動する上で箱庭に名と旗印を申告しなければなりません。特に旗印はコミュニティの縄張りを示しています。もし自分のコミュニティを大きくしたいと望むのであれば、あの旗印のコミュニティに両者合意で『ギフトゲーム』を仕掛ければいいのです。私のコミュニティは実際にそうして大きくなりましたから」

 

 自慢げに語るガルドはピチピチのタキシードに刻まれた旗印を指差した。

 

 そこにあったのはこの辺りの商店や建造物にも同様に飾られていた紋章だった。

 

「その紋様が縄張りを示すというのなら……この辺りはあなた達のコミュニティが支配してると考えていいのかしら?」

 

「ええ。残念なことにこの店のコミュニティは南区画に本拠があるために手出しはできませんが、この2105380外門付近で活動可能な中流コミュニティは全て私の支配下にあります。残すは本拠が他区か上層にあるコミュニティと……奪うに値しない名も無きコミュニティくらいですね」

 

 くっくっく、と嫌味を込めた笑いを浮かべるガルド。対照的にジンは顔を背けたままローブを握りしめていた。

 

「さて、ここからがレディ達のコミュニティの問題。実はあなた達の所属するコミュニティは……数年前まで、この東区画最大手のコミュニティでした」

 

「あら、以外ね」

 

「とはいえ、当時のリーダーは別人でしたけどね。ジン君とは比べようもない優秀な男だったそうですよ。ギフトゲームにおける戦績で人類最高の記録を持っていた、東区画最恐のコミュニティだったそうですから」

 

 ガルドが一転してつまらなそうな口調で語る。まあ、現状この付近で最大手のコミュニティを保持している彼からすれば心底どうでもいいことなのだろう。

 

「彼は東西南北に別れたこの箱庭で、東の他に南北の主軸コミュニティとも親交が深かった。いやホント、私はジンの事は毛嫌いしてますがね。これはマジですげえんですよ。南区画の幻獣王格や北区画の悪鬼羅刹が認め、箱庭上層に食い込むコミュニティだったというのは嫉妬を通り越して尊敬してやってもいいぐらいにすごいのです。まあ、先代は、ですが」

 

「…………」

 

「人間の立ち上げたコミュニティではまさに快挙とも言える数々の栄華を築いたコミュニティはしかし! 彼らは敵に回してはいけないものに目をつけられた。そして彼らはギフトゲームに傘下させられ、たった一夜で滅ぼされた。『ギフトゲーム』が支配するこの箱庭の世界、最悪の天災によって」

 

「天災?」

 

「そんなすごいコミュニティがたかが自然災害で壊れるとは思えないんだけど……」

 

「いえいえ。天災と言っても自然のものではありません。が、しかしそれは決して比喩にあらず。彼らは箱庭で唯一最大にして最悪の天災……俗に魔王と呼ばれる者達です」

 

 それからガルドは魔王という存在がどういうものなのかを説明した。やはり明久はあまりわからないのか、首を傾げるばかりだったが。

 

「なるほどね。大体理解したわ。つまり、魔王というのはこの世界で特権階級を振り回す神様etc.を指し、ジン君のコミュニティは彼らの玩具として潰された。そういうこと?」

 

「そうですレディ。神仏というのは古来、生意気な人間が大好きですから。愛しすぎた挙句に使い物にならなくなることはよくあることなんですよ」

 

 ガルドはカフェテラスの椅子の上で大きく手を広げて皮肉そうに笑う。

 

「名も、旗印も、主力陣の全てを失い、残ったのは棒来な居住区画の土地だけ。もしもこの時に新たなコミュニティを結成していたなら、前コミュニティは有終の美を飾っていたんでしょうね。今や名誉も誇りも失墜した名も無きコミュニティのひとつでしかありません」

 

「…………」

 

「そもそも考えてもみてくださいよ。名乗ることを禁じられたコミュニティに、一体どんな活動ができます? 主催者ですか? しかし名も無き組織など信用されません。ではギフトゲームの参加者ですか? まあ、それなら可能でしょう。では優秀なギフトを持つ人材が名誉も誇りも失墜させたコミュニティに集まるのでしょうか?」

 

「そうね……誰も加入したいとは思わないでしょう」

 

「そう。彼は出来もしない夢を掲げて過去の栄華に縋る恥知らずな亡霊でしかないのですよ」

 

 タキシードが破れそうなくらい手を広げ、品のない、豪快な笑顔でジンとコミュニティを笑う。

 

「もっと言えばですね。彼はコミュニティのリーダーとは名ばかりで殆どリーダーとして活動はしてません。コミュニティの再建を掲げてはいますが、その実態は黒ウサギにコミュニティを支えてもらうだけの寄生虫」

 

「…………」

 

「私は本当に黒ウサギの彼女が不憫でなりません。ウサギと言えば『箱庭の貴族』と呼ばれるほど強力なギフトを持ち、何処のコミュニティでも破格の待遇で愛でられるはず。コミュニティにとってウサギを所持しているというのはそれだけ大きな箔がつく。なのに彼女は毎日毎日クソガキ共のために身を粉にして走り回り、僅かな路銀で弱小コミュニティをやりくりしている」

 

「……そう。事情はわかったわ。それで、ガルドさんはどうして私達にそんな丁寧に話してくれるのかしら?」

 

 飛鳥は含みのある声でガルドに問う。ガルドもそれを察して笑う。

 

「単刀直入に申し上げます。もしよろしければ黒ウサギ共々、私のコミュニティに来ませんか?」

 

「な、何を言い出すんですガルド=ガスパー!?」

 

 ジンは怒りのあまりテーブルを叩いて抗議するが、ガルドは獰猛な瞳でジンをにらみ返す。

 

「黙れ、ジン=ラッセル。そもそもテメェが名と旗印を新しく改めていれば最低限の人材はコミュニティに残っていたはずだろうが。それを貴様の我が儘でコミュニティを追い込んでおきながら、どの顔で世界から人材を呼び出した」

 

「そ、それは……」

 

「何も知らない相手なら騙し通せるとでも思ったのか? その結果、黒ウサギと同じ苦労を背負わせるってんなら……こっちも箱庭の住人として通さなきゃならねえ仁義はあるぜ」

 

 先程と同じ、獣のような鋭い輝きを放つ視線に貫かれ、ジンは僅かに怯む。

 

 しかし、ガルドの言葉以上に明久達に対する後ろめたさと申し訳なさがジンの胸の中で濁りだす。

 

「……で、どうですか? レディス&ジェントルメン? 返事はすぐにとは言いません。コミュニティに属さずともあなた達には箱庭で30日間の自由が約束されます。一度、自分達の呼び出したコミュニティと私達『フォレス・ガロ』のコミュニティを視察し、十分に検討してから──」

 

「結構よ。だって、ジン君のコミュニティで私は間に合っているもの」

 

 は? と、ジンとガルドは飛鳥の言葉に呆けた。

 

「春日部さんは今の話をどう思う?」

 

「別に、どっちでも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだから」

 

「あら意外。じゃあ私が友達一号に立候補してもいいかしら? 私達って正反対だけど、意外に仲良くやっていけそうな気がするの」

 

「じゃあ、僕も春日部さんの友達になっていいかな?」

 

「……うん。2人共、私の知る子達とちょっと違うから、大丈夫かも」

 

「にゃ~、にゃにゃ~(よかったなお嬢……お嬢に友達ができて、ワシも涙が出るほど嬉しいわ)」

 

「うんうん、友達ができるって、他人のことでも嬉しいよね」

 

「……明久、三毛猫の言葉わかる?」

 

「ん? 全然。ただ、なんとなくこう言ったのかなって感じ」

 

「……そう」

 

 ジンとガルドそっちのけで明久達は盛り上がっていた。

 

 ガルドはそんな中、顔を引きつらせながら咳払いして明久達に問う。

 

「し、失礼ですが、理由をお聞きしても?」

 

「だから、間に合ってるのよ。数壁さんは友達を作りにきただけだから、ジン君でもガルドさんでもどっちでも構わない。そうよね?」

 

「うん」

 

「し、しかし……そちらのジェントルメンは──」

 

「僕はジン君達がそうして欲しいっていうなら喜んで加入するよ。元々彼らが呼んだのは僕達なんだし、あんたが言ったことがホントなら尚更入りたくなったよ」

 

「なっ……」

 

「そして私、久遠飛鳥は──裕福だった家も、約束された将来も、おおよそ人が望みうる人生全てを支払って、この箱庭に来たのよ。それを小さな小さな一地域を支配しているだけの組織の末端として迎え入れてやる、などと慇懃無礼に言われて魅力的に感じるとでも思ったのかしら。だとしたら自身の身の丈を知った上で出直してほしいものね、このエセ虎紳士」

 

「うわ、言い切った……」

 

 ぴしゃりと言い切る飛鳥にガルドは怒りで体を震わせていた。

 

 だが、自称紳士として飛鳥の物言いにどう返すか言葉を慎重に選ぶだけの理性はあるようだ。

 

「お、お言葉ですがレデ──」

 

黙りなさい(・・・・・)

 

 飛鳥が言葉を発した瞬間、ガルドは不自然な形で勢いよく口を閉じて黙り込んだ。

 

 本人は何が起きたかと混乱したように口を開閉させようともがくが、全く声が出てこない。

 

「……!? …………!?」

 

「何やってるの?」

 

 その様子を見て何も知らない明久は首を傾げていた。

 

「私の話はまだ終わってないわ。あなたからはまだまだ聞き出さなければいけないことがあるのだもの。あなたはそこに座って私の質問に答え続けなさい(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 再び飛鳥の言葉に妙な力がこもり、今度は椅子に罅が入るほど勢いよく座り込む。

 

「お、お客さん! 当店で揉め事は控えてくださ──」

 

「ちょうどいいわ。猫の店員さんも第三者として聞いていってほしいの。多分、面白いことが聞けるはずよ」

 

 飛鳥達の様子にただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、猫族のウェイトレスが駆けつけてくるが、飛鳥は彼女の言葉を遮ってその場に立たせてガルドに向き直る。

 

 いきなり言われた猫耳のウェイトレスは耳を傾げる。その様子を流し目で見た飛鳥は構わずガルドへと質問を重ねる。

 

「あなたはこの地域のコミュニティに両者合意で勝負を挑み、そして勝利したと言ってたわね。だけど、私が聞いたギフトゲームの内容はちょっと異なるの。

 コミュニティのゲームというのはホストとそれに挑戦する様々なチップを賭けて行うもののはず。……ねえ、ジン君。コミュニティそのものをチップゲームにするのはよくあることなの?」

 

「や、やむを得ない状況なら稀に。しかし、これはコミュニティの存続を賭けたかなりのレアケースですよ」

 

「でしょうね。訪れた私達でさえそれぐらいわかるもの」

 

「まあ、自分の家と財産を全部賭けるようなものなんだからね。なのにそんな本当にやむを得ないくらいやばいゲームに同意するなんて早々あるわけ……待って。そうなるとまさかお前──」

 

「悪いけど、吉井君も黙ってて。私が質問してるのだから。で、今吉井君も言ったようにそんな危ない状況でしかやりそうにないゲームを何故そう何度もできるのかしら?その、コミュニティ同士の戦いに強制力を持つからこそ『主催者権限』を持つものは魔王として恐れられてるはず。その特権を持たないあなたが何故強制的にコミュニティを賭け合うような大勝負を続けることができたのかしら? その辺、教えてくださる(・・・・・・・)?」

 

 ガルドは反射的に別の事を口にしようともがいただろうが、彼の意思に反して口は言葉を紡いでいく。

 

 同時に明久達や周囲の者達も異変に気づく。この少女の命令は……どうあっても絶対に逆らえないものだと。

 

「き、強制させる方法は様々だ。一番簡単なのは、相手のコミュニティの女子供を攫って脅迫すること。これに動じない相手は後回しにして、徐々に他のコミュニティを取り込んだ後、ゲームに乗らざるを得ない状況に圧迫していった」

 

「まあ、そんなところでしょうね。あなたのような小者らしい堅実な手です。けど、そんな違法で吸収した組織があなたの下で従順に動いてくれるのかしら?」

 

「各コミュニティから、数人ずつ子供を人質に取ってある」

 

 その言葉に飛鳥の片眉が動いた。同時にコミュニティの存在に無関心な耀も不快そうに目を細めた。

 

「テメェ、ふざけんじゃねえよ!」

 

 明久はガルドの言葉に怒りを露わにしていた。

 

「吉井君、座って。まだ終わってないから」

 

「でも、久遠さん! こいつは──」

 

「いいから……事が済むまでそこに座って黙ってなさい(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「っ!?」

 

 飛鳥の言葉が明久にものしかかり、明久は飛鳥の言葉通りに座り、そのまま黙っていた。

 

「……そう。ますます外道ね。それで、その子供達は何処に幽閉されてるの?」

 

「もう、殺した」

 

 その場の空気が一瞬にして凍りついた。ジンも、ウェイトレスも、耀も、飛鳥でさえ一瞬耳を疑って思考を停止させた。

 

 明久は怒りに体を震わせていた。今すぐにでも殴りたかったが、飛鳥の言葉が効いているために行動に出せなかった。

 

 そんな中、ガルドひとりだけ飛鳥の命令のまま言葉を紡ぎ続けていた。

 

「初めてガキ共を連れてきた日、泣き声が頭にきて思わず殺した。それ以降は自重しようと思ったが、父が恋しい母が愛しいと泣くのでやっぱりイライラして殺した。それ以降、連れてきたガキは全部まとめてその日のうちに始末することにした。けど、身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。始末したガキの遺体は翔子が残らないように腹心の部下が食──」

 

黙れ(・・)!」

 

 ガチン、とガルドの口が先程以上に勢いよく閉ざされた。

 

「素晴らしいわ。ここまで絵に描いたような外道とは早々出会えなくてよ。流石は人外魔境の箱庭の世界といったところかしら? ねえ、ジン君」

 

「い、いえ……彼のような悪党は箱庭でも早々いません」

 

 飛鳥の冷たい言葉にジンが慌てて否定した。

 

「そう? それはそれで残念。ところで、今の証言で箱庭の法がこの外道を裁くことはできるのかしら?」

 

「厳しいです。吸収したコミュニティから人質を取ったり、身内の仲間を殺すのはもちろん違法ではありますが……裁かれるまでに彼が箱庭の外に逃げ出してしまえばそれまでです」

 

 それはそれである種裁きと言えなくもないだろう。コミュニティのリーダーであるガルドが去れば烏合の衆でしかない『フォレス・ガロ』が瓦解するのは目に見えている。

 

「そう。それなら仕方ないわ」

 

 しかし、飛鳥はそれで満足できないのか。苛立たしげに指をパチンと鳴らした。

 

 それが合図だったのか、ガルドを縛り付けていた力が一気にむさんし、ガルドの体が自由になった。

 

「こ……この小娘がああぁぁぁぁ!!」

 

 怒りと共に咆哮を上げ、ガルドの体に変化がおとずれた。巨躯を包むタキシードが膨張する体を抑えきれずに弾け、体毛が変色して黒と黄色のストライプ模様が浮かび上がる。

 

 人狼ことワーウルフならぬワータイガーと言ったところか。

 

「テメェ、どういうつもりか知らねえが……俺の上に誰がいるかわかってんだろうなぁ!? 箱庭666外門を守る魔王が俺の後見人だぞ! 俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るってことだ! その意味が──」

 

「黙りな──」

 

起動(アウェイクン)召喚(サモン)、そして展開(アンテ)!」

 

 飛鳥が再びガルドを黙らせようとしたところに妙な空間が周囲を覆い、更に蒼い光が発したかと思うと。

 

 ズン、と重いものが落ちるような音が響き、テーブルが半壊してその上にガルドが仰向けに倒れ、更にその上で明久が押さえつけていた。

 

 しかし、明久の姿が先程と違っていた。赤いインナーの上に全開した学ラン。手には木刀を持っていた。

 

 これは明久の持つ『蒼天の腕輪』の力。まず小規模の召喚フィールドを周囲に展開し、一瞬で召喚して『蒼天の腕輪』のもうひとつの機能を発動させ、召喚獣と一体になって人間以上の身体能力を手にした明久はガルドを一瞬でテーブルに叩きつけ、押さえつけた。

 

 明久の行動にジンやウェイトレスに周囲の客も驚いていた。耀は落ち着いていたが、飛鳥は若干目を見開いていた。

 

 明久の取った行動にではない。明久がそんな行動を取れた(・・・・・・・・・)のが不思議だった。

 

 飛鳥の言葉には絶対に逆らえない力があり、飛鳥の意思なしではその力を解除することはまずできない。

 

 先程飛鳥は『事が済むまで席に座って黙ってなさい』と言っていた。そう、まだ飛鳥個人の用は済んでいなかった。なのだから明久にかかった力はまだ解除されてないはずだった。

 

 にも関わらず、明久は飛鳥の言葉の力を振り切ってガルドに攻撃をしかけ、更に押さえつけていた。

 

「さっきから聞いてりゃテメェ、人の命を何だと思ってやがんだ! この外道が!」

 

 怒りのまま明久は叫んでガルドを押さえつけている足に更に力を込める。

 

「ぐ……貴様……」

 

「……言っておくけど、僕はテメェにもその魔王とやらにも屈するつもりはないよ。それはきっとジン君だって同じはずだ。彼の望みだって……自分のコミュニティを壊した魔王を倒して、仲間を笑顔で迎えることなんだ。そう、なんだよね?」

 

 明久の言葉と迫力にジンは大きく息を飲んだが、自分達の掲げていた目標を明久に問われ、我に帰った。

 

 ジンは一度大きく息を吸ってからその瞳に覚悟の光を宿して、

 

「は、はい。僕達の最終目標は魔王を倒して僕らの誇りと仲間達を取り戻すこと。今更そんな脅しには屈しません」

 

「そっか。……そういうわけだ。だからお前にはもう破滅以外残ってないっぽいよ?」

 

「く、くそ……」

 

 ガルドは身動きできないまま明久を睨みつける。

 

「でもさ、僕はお前が去ってそのコミュニティっていうのが壊れても満足しないよ。外道な行為を重ねたお前が罰されない限り、僕は許すつもりはない。法律で裁けないなら……ひとつ提案を出したいんだけど」

 

 明久は周囲の人達に向かって含みのある笑みを浮かべた。

 

 ジンとウェイトレスは顔を見合わせながら首を傾げていたが、明久の狙いに気づいた飛鳥はいたずらっぽい笑顔を浮かべた。

 

「なんだ、吉井君も同じことを考えてたのね。でも、そういうのは私達にも言ってほしかったのだけれど?」

 

「うん。ちょっとズルい。抜けがけ」

 

 飛鳥と耀の言葉に明久はハハハ、と短く笑ってからガルドに向き直った。

 

「ねえ、この際さ……『ギフトゲーム』しちゃわない? お前のコミュニティ存続と、僕達の誇りと命を賭けてさ」

 

 はっきりと、そう口にした。

 


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