色んなものを手に取りたいと思うと、時間が圧倒的に足りなく感じます。こういうところで愚痴を言っても仕方ないとは思いますが……。
長らく愚痴ってしまいました。では、久しぶりの本編です。
魔王襲来予言に備えての交渉の後、十六夜と明久は用意された来賓室にて、ジンとサウザンドアイズ7桁支店の女性店員と共に歓談に勤しんでいた。
女性店員は客人の話し相手として指名されたことに不機嫌な表情を隠しもしないまま対応している。
「そ、そういえば、この店って、どうやって移動したんですか?」
ジンがどうにか空気を変えられないかと女性店員に質問した。
「言われてみれば、僕が気絶したのほんの数分ですよね? そんな短時間にどうやって?」
「ああ、この店ですか? 別に移動したというわけではありません。境界門と似通ったシステムと言ってわかりますか?」
「いや、全然」
「そもそも境界門のシステム自体よく知らないし」
十六夜と明久が即答すると女性店員は溜息をつきならが砕けた口調で話す。
「要約すると、数多の入口が全てひとつの内装に繋がるようになってるの。例えば蜂の巣……ハニカム型を思い浮かべてくれればわかりやすいはずですよ」
「わかりません」
店員の要約した説明でもイマイチピンとこない明久が即答して店員が呆れる。
「あ~、そうですね……明久さんにわかるようにとなると……こうして、8つ入口があって、それが中心に向かって……」
「ああ、なるほどね」
ジンが手近にあった紙に図を描いて明久に説明した。
「へえ? つまり、本店も支店も全部兼ね備えているみたいな?」
「違います。けどそうね。少し語弊がありました。境界門と違うのはそこです。境界門は全ての外門とつながっているのに対し、サウザンドアイズの出入り口は各階層にひとつずつハニカム型の店舗が存在しているの。
「ふうん? つまり、7桁のハニカム型支店、6桁のハニカム型支店ってことか?」
「そう。無論、本店への入口はひとつしかありませんが」
「ほぉ……つまり、その技術を使えば男湯と女湯を……」
「何を考えてるんですか、十六夜さんは……」
突然変な方向へと話題変換した十六夜にジンが呆れていた。女性店員は軽蔑の視線を向けていた。
「十六夜君、そんな事に気づくなんて……君って天才?」
「明久さんも何を言ってるのですか?」
「あら、そんなところで歓談中?」
話が逸れていこうとしたところに湯殿の方から飛鳥達が来た。
飛鳥達が風呂に入っていた理由は、つい先程飛鳥が通りすがりの精霊と出会い、展示の催しを楽しんでいたところに突然襲撃に出会ってしまったようだ。
それがなんと鼠の大群に襲われたと聞いた時は明久も一瞬具合が悪くなりそうだった。
「あ、みんな上がったん……だ?」
「何で目を逸らすのかしら?」
「いや、そのね……」
「……ほほぉ? これは中々いい眺めだ。そうは思わないかおチビ様?」
「はい?」
十六夜の言葉にジンが首を傾げ、明久はビクッ、と肩を一瞬震わせた。
「で、明久はそこんところ?」
「ちょ、何で僕に振るのさ? 僕は別に黒ウサギさんの滅茶苦茶レベルの高いダイナマイトボディの成長過程が気になったり、、久遠さんの発育のよさげな身体に見とれてたり、春日部さんの首から滴り落ちる先にある浴衣の隙間から見える素肌の中身が気になるとかそういう事は一切な──ぶごぁ!?」
明久の言葉の途中で何処から持ってきたのか、黒ウサギと飛鳥が風呂桶をぶつけてきた。
「変態しかいないのかしら、このコミュニティは!?」
「なんで私達の周囲にはこういうお馬鹿様ばかりなのですか!?」
「ふ、ふたりとも落ち着いて……」
顔を真っ赤にした黒ウサギと飛鳥を宥めるレティシア。明久に対して蔑むような冷ややかな視線を送る耀。
風呂桶をぶつけられた明久を見て大笑いする十六夜と白夜叉。その後でこのふたりの絆が深まりつつあるとか。
「ぷはぁ! 胸の中、熱いー!」
そこに突然、飛鳥の胸の谷間からひょっこりと小さな顔が現れた。
「あれ、それってさっき言ってた精霊の……?」
「ああ、いかにもそこにいるのがはぐれ精霊だ」
「あはは、ずっと胸の中に閉じ込めっぱなしだったものね。ごめんなさい」
その光景を見た明久はなんて羨ましいと呟いていたのは別の話。
それから小精霊は耀の方を見ると、
「あっちは涼しそう!」
びしり、と空気に亀裂が入った音がする錯覚に襲われると同時に耀が隅っこの方で膝を抱えていた。
「『春日部さーん(お嬢ぉぉぉぉ)! まだ希望はあるよ(で)──!』」
風呂上り直後でグダグダな時間を過ごしたが、レティシアと女性店員を除いたメンバーで来賓室に残った。
そして、白夜叉は来賓室の席の中心に陣取り、両肘をテーブルに乗せてこの上なく真剣な面持ちになっていた。
「では、皆の者よ。今から……第一回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を──」
「始めません」
「始めます」
「始めませんっ!」
白夜叉の提案に悪乗りする十六夜と速攻で断じる黒ウサギ。
周囲の者達はその光景に呆れていた。
「もう、魔王襲来に関する重要なお話かと思ったというのに!」
「まあまあ……じゃが、審判の話については本当じゃぞ。明日から始まる決勝の審判を黒ウサギに依頼するつもりだったのじゃ」
「あやや、それはまた唐突に」
「うむ。おんしらが起こした騒ぎのおかげで月の兎が着ていると公になってしまっての。明日からのギフトゲームでその姿を見られるのではないかという期待が高まっているらしい。箱庭の貴族が来臨したとの噂が広まってしまった以上、このまま出さぬわけにはいくまい。黒ウサギには正式に、審判・進行役を依頼させてほしい。別途の金銭も用意してやろう」
白夜叉の言葉に納得する一同。
確かにこのまま黒ウサギを出さないままにしておいては暴動すら起きかねない。
それほどまでに黒ウサギの人気は絶大なのだから。
「承知しました。明日のゲーム審判・進行はこの黒ウサギが承ります」
「うむ、感謝するぞ。……して、審判衣装の件なのじゃが、例のレースで編んだシースルーの黒いビスチェスカートを──」
「着ません」
「着ます」
「断固着ませんっ! あーもう、お二人共いい加減にしてください!」
「「は~い」」
「はぁ~……」
十六夜と白夜叉の全くその気ゼロの返事に黒ウサギは深い溜息をついた。
「ところで白夜叉。私達が明日戦う相手って、どんなコミュニティ?」
「そういえば、僕も気になる」
耀が思い出したように挙手して白夜叉に訪ね、明久もそれに釣られて思い出し、気になった。
「すまんがそれは教えられん。第一、主催者がそれを語るのはフェアではなかろう? 教えてやれるのはコミュニティの名前のみじゃ」
白夜叉がそう言ってパチン、と指を鳴らすと昼間のゲーム会場れ現れたものと同じ羊皮紙が現れ、文章が浮かび上がる。
その文面に書かれているコミュニティを名前を見て、飛鳥は驚いたように眼を丸くした。
「”ウィル・オ・ウィスプ”に──”ラッテンフェンガー”ですって?」
「うむ。このふたつは珍しい事に6桁の外門、ひとつ上の階層からの参加でな。格上と思ってよい。詳しくは話せんが、よほどの覚悟はしておいた方がいいぞ」
白夜叉の真剣な忠告に耀と明久が頷いた。
「……へぇ……ラッテンフェンガー? なるほど、ネズミ捕り道化のコミュニティか。なら、明日の敵はさしずめ、ハーメルンの笛吹き道化だったりするのか?」
「え?」
驚きの声をあげる飛鳥以上に、その隣に座る黒ウサギと白夜叉が驚嘆していた。
「ハ、ハーメルンの笛吹きですか!?」
「待て、どういう事だ小僧。詳しく話を聞かせろ」
2人の驚きように十六夜が思わず瞬きをする。他にも飛鳥や耀、明久も首を傾げていた。
「ああ、すまんの。最近召喚されたおんしらは知るはずもないな。ハーメルンの笛吹きとは、とある魔王の下部コミュニティだったものの名だ」
「何?」
「魔王のコミュニティの名は”
「しかも一篇から召喚される悪魔は複数。特に眼を見張るべきは、その魔書のひとつひとつに異なった背景の世界が内包されている事です。魔書のすべてがゲーム盤として確立されたルールと強制力を持つという、絶大な魔王でございました」
「へぇ?」
白夜叉と黒ウサギの説明に十六夜の瞳に鋭い光が宿った。
「ですが、その魔王はとあるコミュニティとのギフトゲームで敗北し、この世を去ったはずなのです。しかし、十六夜さんはラッテンフェンガーがハーメルンの笛吹きだと言いました。童話の類は黒ウサギもそんなに詳しくありませんし、万が一に備えてご教授してほしいのです」
黒ウサギの言葉に頷いて明久達も聞きたそうにしていた。十六夜はしばらく考えると悪戯を思いついたようにジンの頭をガシッと掴んだ。
「オーケー、状況は把握した。そういうことなら、ここは我らがおチビ様にご説明願おうか」
「え? あ、はい」
一同の視線がジンに集まる。十六夜がジンの傍で何かぼそぼそと呟いたようだが、誰の耳にも届かなかった。
それからジンは真面目な顔をして説明を始める。
「ラッテンフェンガーとは、ドイツという国の言葉で、意味はネズミ捕りの男。このネズミ捕りの男とは、グリム童話の魔書にあるハーメルンの笛吹きを指す隠語です」
その言葉に頷く一同に更に説明を続ける。
「大本のグリム童話には、創作の舞台に歴史的考案が内包されているものが複数存在します。ハーメルンの笛吹きもそのひとつ。ハーメルンとは、舞台になった都市の名前の事です」
グリム童話、ハーメルンの笛吹き。その原型となった碑文にはこう記されている。
──1284年 ヨハネとパウロの日 6月26日
あらゆる色で着飾った笛吹き男に130人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した──
この碑文はハーメルンの街で起きた実在する事件を示すものであり、一枚のステンドグラスと共に飾られている。
後にグリム童話の一篇としてハーメルンの笛吹きという名で綴られる物語の原型である。
「ふむ。では、その隠語というのが何故にネズミ捕りの男なのだ?」
「グリム童話の道化師が、ネズミを操る道化師だったとされるからです」
白夜叉の質問にジンが滔々と答える。
「ふむ……
「YES。参加者が主催者権限を持ち込むことができない以上、その路線はとても有力になってきます」
「あん? なんだそれ、初耳だぞ?」
「いつの間にそんなルールが?」
「おお、そうだったな。魔王が現れると聞いて最低限の対策は立てておいたのだ。私の主催者権限を用いて祭典のルールに条件を加える事でな。詳しくはこれを見よ」
白夜叉が指を振ると、何もない空間から光り輝く羊皮紙が現れ、その表面に誕生祭の諸事項が記されていった。
『 火龍誕生祭
・参加に際する諸事項欄
1・一般参加は舞台区画内・自由区画内でコミュニティ間のギフトゲームの開催を禁ず。
2・主催者権限を所持する参加者は、祭典のホストに許可なく入る事を禁ず。
3・祭典区画内で参加者の主催者権限の使用を禁ず。
4・祭典区域にある舞台区画・自由区画に参加者以外の侵入を禁ず。
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 ”サウザンドアイズ”印 ”サラマンドラ”印 』
その羊皮紙を見て一同が頷いた。
「なるほど、『参加者以外はゲームに入れない』、『参加者は主催者権限を使用できないか』。確かにこのルールなら魔王が襲ってきても、主催者権限を使用するのは不可能だな」
「魔王は主催者権限なんてものがあるからこそ恐れられてるわけだしね」
「うむ。まあ、押さえる所は押さえたつもりだ」
なるほどと十六夜が納得する隣で黒ウサギがジンに向けて意外そうな声をかける。
「けど驚きました。ジン坊っちゃん、どこでハーメルンの笛吹きを知ったのです?」
「べ、別に。十六夜さんに地下の書庫を案内している時に、ちょっとだけ目に入って……」
「ふむ、そうか。何にせよ情報としては有益なものだったぞ。しかし、ゲームを勝ち抜かれてしまったのはやや問題ありだの。サンドラの顔に泥を塗らぬよう監視をつけて
おくが──万が一の際は、おんしらの出番だ。頼むぞ」
白夜叉の頼みに一同が頷いで返す。だが、その中で飛鳥だけが不安そうな表情を浮かべていた。
「ん? 久遠さん、どうかした?」
「え? いえ、なんでもないわよ」
「そう? ならいいんだけど……」
明らかに悩んでいる飛鳥を見て明久は大丈夫かと思ったが、今はまだ深入りすべきでないと判断してその場は下がる事にした。
それからは明日に備えてその場は解散となった。
次の日……太陽が昇りきった頃、開催の宣言のために黒ウサギが決勝用舞台の中央に立つ。
黒ウサギは胸いっぱいに息を吸うと、円状に分かれた観客席に向かって満面の笑みを向ける。
『長らくお待たせいたしました! 火龍誕生祭のメインギフトゲーム・”造物主達の決闘”の決勝を始めたいと思います! 進行及び審判はサウザンドアイズの専属ジャッジでお馴染み、黒ウサギがお務めさせていただきます♪』
黒ウサギが満面の笑顔を振りまくと、歓声以上に奇声が舞台を揺らしていく。
「うおおおおおおおおおお、月の兎が本当にきたああああああああぁぁぁぁ!!」
「黒ウサギいいいいぃぃぃぃ! お前に会うため此処まできたぞおおおおぉぉぉぉ!!」
「今日こそスカートの中を見てみせるぞおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
地割れでも起こらんばかりに熱い情熱を迸らせる観客、主に男達の声。
黒ウサギは笑顔を見せながらも耳をへにょり、とくたびれさせてひるんでいた。何か言い表せない身の危険を感じたのだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・。随分と人気者なのね」
熱狂的な歓声奇声を向ける中で一際輝く『L・O・V・E 黒ウサギ?』の文字。飛鳥は生ゴミの山を見るような冷め切った目で一部の観客席を見下ろす。
(これも日本の外の異文化というものなのかしら……頭を柔軟にして受け入れないと……)
飛鳥はこめかみを抑えながら冷め切った目で一部の観客席を見下ろした。
その隣で十六夜が観客達の声を聞いて重要な事を思い出したように白夜叉へと向き直った。
「そういえば白夜叉。黒ウサギのミニスカートが絶対に見えそうで見えなねえとはどういう了見だ? チラリズムなんて趣味が古すぎだぜ。昨夜に語り合ったお前の芸術に対する探究心は、その程度のものなのか?」
「あなた達は、そんなことを語り合っていたの?」
飛鳥の声はもう2人には届いていなかった。
「フン。おんしほどの漢が真の芸術を解せんとはな」
「何?」
「真の芸術とはすなわち未知なる内の己が想像力。未知なる物への飽くなき探究心。すなわち、何者にも勝る芸術とは即ち――己が宇宙の中にあるっ!!」
ズドオオオオォォォォォン! という効果音が似合う顔で白夜叉は言い切った。内容は最低だが。
「……己が宇宙の中に、だと……!?」
十六夜も十六夜で白夜叉の言葉に衝撃を感じつつ、真剣な面持ちで白夜叉の言葉を聴く。
「そう。それは乙女のスカートの中身も同じ事。見えてしまえば只々下品な下着達も―――見えなければ芸術だっ!!」
「見えなければ……芸術かっ!?」
「今こそ確かめようぞ。奇跡が起こる瞬間をな」
「白夜叉……」
「うむ」
十六夜と白夜叉が頷き合うと、双方双眼鏡を持って2人は黒ウサギのスカートの裾を目を追った。訪れるかもしれない、奇跡の一瞬を逃す事のないように。
「あ、あの~?」
「見るな、サンドラ。馬鹿がうつる」
サンドラが不安そうに声をかけるが、マンドラが間に入ってサンドラの視界に2人が映らないようにした。
その心は至極真っ当なものだろう。
「はぁ~。もうすぐ春日部さんと吉井君の試合が始まるっていうのに……」
飛鳥はもうこの2人を空気と思う事にした。日本の外の異なる文化体系。
時に理解できないものを生温い目で見る事もこれから生きるに必要な事なのだと、心から割り切ることにしたのだ。
場所は変わって観客席からは見えない舞台袖で、耀と三毛猫が戯れていた。
「──ウィル・オ・ウィスプに関して、僕が知ってる事は以上です。参考になればいいですが……」
「大丈夫。ケースバイケースで臨機応変に対応するから」
何かのキャッチフレーズのような返答にジンが苦笑いする。
「ていうか春日部さん、本当にいいの? いや、僕がいても大した役にたてそうもないけど、万が一の事を考えて僕も一緒に参加した方が」
「明久の言う通りだ。相手もここまで進んできた猛者なのだ。ひとりで参加するのは少々危険だぞ?」
「大丈夫、問題ないよ」
耀は首を振って2人の意見を却下した。
耀はここからはひとりで参加すると言い出し、もちろん明久はそれをよしとしなかったが、耀が頑なに助勢を拒否しており、明久も女に甘いために強く出る事ができなかった。
『それでは、入場していただきましょう! 第一ゲームのプレイヤー・ノーネームの春日部耀と、ウィル・オ・ウィスプのアーシャ=イグニファトゥスです!』
耀は三毛猫をジンに預け、通路から舞台に続く道へと出る。そしてその旬勘、耀の眼前を拘束で駆ける火の玉が横切った。
「YAFUFUUUUUUUUU!!」
「わっ……!」
「春日部さん!?」
『お嬢!』
突然の来訪者に耀は仰け反って尻餅をつく。頭上を見ると火の玉の上に腰掛けている影が見えた。
ツインテールの髪に、白黒のゴシックロリータの派手なフリルのスカートを揺らして愛らしくも高飛車な声で嘲った。
「あっははははは! 見て見て見たぁ、ジャック? ノーネームの女が無様に尻餅ついてる! ふふふ。さあ、素敵に不敵に面白おかしく笑ってやろうぜ!」
「YAFUFUFUUUUUUUU!!」
ドッと観客席の一部からも笑いが起きた。対戦相手であるアーシャ以外にもノーネームが栄えある舞台に立つ事に不満を感じる輩も少なからずいるという事だ。
明久はそれを見て殴り込みに行こうとしたが、ジンとレティシアが必死に止めていた。
「その火の玉……」
耀は周囲の状況よりも目の前に浮かぶ火の玉の中にあるシルエットが気になっていた。
「はぁ? 何言ってんのお前。アーシャ様の作品を火の玉と一緒にすんなし。コイツは我らがウィル・オ・ウィスプの名物幽鬼! ジャック・オー・ランタンさ!」
「YAFUFUUUUUUUUUU!!」
アーシャが叫ぶと火の玉は取り巻く炎陣を振りほどいて姿を現した。
そこにいたのは人の頭の十倍はあろう巨大なかぼちゃ頭。知る人は知るだろう、その姿こそ、ハロウィンでメジャーなカボチャのお化け、ジャック・オー・ランタンである。
「ジャック! ほらジャックよ十六夜君! 本物のジャック・オー・ランタンだわ!」
「はいはい、わかってるから、落ち着けお嬢様」
普段の凛とした態度とは対照的に熱狂的な声を上げて十六夜の肩を降らしていた飛鳥。
その下ではアーシャの耀に対する侮辱が続いていたが、今の飛鳥は感極まってるようで気づいてなかった。
黒ウサギはその行動を見かねたのか、胸のうちに渦巻く怒りを必死に抑えながらアーシャを注意する。
『せ、正位置に戻りなさいアーシャ=イグニファトゥス! あと、コール前の挑発行為は控えるように!』
「はいは~い」
小馬鹿にしたような仕草と声音で舞台上へと戻っていく。黒ウサギはバルコニーへと手を向けて厳かに宣言する。
『それでは、第一ゲームの開催前に、白夜叉様から舞台に関してご説明があります。ギャラリーの皆様はどうかご清聴のほどを』
すると会場の喧騒が一瞬にして消えた。主催者の言葉を聞くために静寂が満ちていく。
バルコニーから顔を出した白夜叉は静まり返った会場を見回して緩やかに頷いた。
「うむ。協力感謝するぞ。私は何分、見ての通りのお子様体型なのでな。大きな声を出すのは苦手だ。さて、ゲームの舞台についてだが……
まずは手元の招待状を見てほしい。そこにナンバーが書いておろう?」
会場の全員がそれぞれの招待状を確認する。中には招待状を置いて悔いていた者もいた。
「では、そこにナンバーが我々ホストの出身外門──サウザンドアイズの3345番となってる者がおれば招待状を掲げ、コミュニティの名を叫んどくれ」
「あ、ここにあります! アンダーウッドのコミュニティです!」
白夜叉が指定した招待状を持っていた樹霊の少年が声高らかに挙手していた。
「ふむ。おめでとう、アンダーウッドの童よ。後に記念品でも届けてやろう。よろしければおんしの旗印を掲げてもらえぬか?」
白夜叉に言われ、アンダーウッドの樹霊は旗印となる木造の腕輪を掲げた。
白夜叉はその腕輪に描かれている大樹に囲まれた街を見て微笑んだ。
「今しがた、決勝の舞台が決定した。それでは皆の者、お手を拝借」
パン! と白夜叉が拍手一つ。その所作一つで―――全ての世界が一変した。