問題児+バカ一名が異世界から来るそうですよ?   作:慈信

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第十一話

 

 ペルセウスとの決闘からしばらくして……。

 

「うっし。こんなもんかな?」

 

「あ、あの……本当によかったんでしょうか? 明久さんは、ギフトゲームの要でもありますし、こんなこと……」

 

「う~ん、僕の場合はただのオマケな気もするけど。それに、いくら箱庭の決まりだからって、何もしないのは落ち着かないからね」

 

 ノーネーム領にある館の厨房で、明久は傍らにいる狐耳の少女と会話していた。

 

「それに、リリちゃんも手伝ってくれたからおいしく作れたし」

 

「あ、お役にたてたなら」

 

 狐耳の少女、リリは頭を下げながら調理台に並ぶ料理をカートに移していく。

 

「さて、材料はまだ余ってるし……このまま捨てるのはもったいないから、細かく刻んで……米を使ってお昼にパエリアを作る材料にしておこうかな」

 

「……明久?」

 

「ん? あ、おはよう春日部さん」

 

「おはよう……なんか、いい匂いがする」

 

「ああ、今料理を終えたところだからね」

 

「……明久、料理できたの?」

 

 明久が料理をしたと聞くと耀は意外だと思ったのか、目を丸くして驚いていた。

 

「うん。一応前の世界じゃほとんど一人暮らしだったから、家事は大体できるんだよ。……まあ、家族に作らせるのがマズイからってのが一番の理由だけど」

 

 最後に愚痴をボソリと呟いて聞こえないように配慮したつもりだろうが、耀は色んな動物と交流することであらゆる能力を得られるのだ。

 

 もちろん、聴覚だって人間以上であることは言うまでもないだろう。

 

「マズイって……何で?」

 

「あ、聞こえちゃった? その、なんていうか……僕の母さんと姉さん、料理がものすごくダメで……姉さんなんか、確か金鋏なんかを使って料理をしたことだってあったなぁ……」

 

「「金鋏?」」

 

 明久の言葉を聞いて耀とリリは首を傾げた。

 

「何で金鋏?」

 

「えっと……包丁とかが使えないから金鋏を使って材料を切ったということですか?」

 

「ああ……そういうんじゃなくて……」

 

 歯切れが悪い明久の態度に2人は再び首を傾げる。明久はため息混じりに一言、

 

「金鋏を……料理の材料に加えていたんだ」

 

「「………………」」

 

 調理場の時間が止まったかのように2人は停止した。そのまま数秒するとリリは混乱した。

 

「か、かかかか、金鋏を材料って!? 金鋏なんかどうやって料理するんですか!? いえ、そもそも金鋏は調理器具であって材料ではないはずです! 料理ができないだとかそういうレベルなんかじゃ到底収まりきれませんよね!?」

 

「……明久のお姉さんって、どんな人?」

 

「ごめん、それは僕にもわからないんだ……」

 

 明久の姉、吉井玲は料理と常識において明久を遥かに下回るほどのレベルを見せる奇天烈な女だ。

 

 彼女のことを説明するのは例え家族である明久でも難しいものだろう。というより、理解したくないというのが明久の本音だ。

 

「まあ、姉さんの話は置いといて……とりあえず覚めないうちに朝食にしようか。リリちゃんと春日部さんは久遠さんと食べておいて。僕は十六夜君とジン君に料理運んでいくから」

 

「あ、はい。では、また後ほど」

 

「うん、またね」

 

 明久は十六夜とジンの分の料理をカートに乗せて2人を探しに厨房を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、黒ウサギのお姉ちゃああああぁぁぁぁぁん! た、大変──っ!」

 

 屋敷から少し離れた農園の跡地にて黒ウサギを呼ぶ少女の声が響いた。

 

「リリ!? どうしたのですか!?」

 

「じ、実は飛鳥様が十六夜様と耀様、明久様を連れて……あ、これ手紙です!」

 

 黒ウサギはリリから手紙を2枚受け取った。

 

「む、これは明久と飛鳥の字だな」

 

 傍らからひょっこりとレティシアが顔を出して確認する。

 

「えっと……どうしたのでしょうか?」

 

 黒ウサギは首を傾げならまず明久の手紙の文面を見た。

 

『ごめんなさい……バレました。そして、止めることができませんでした。無力な自分をお許しください。 明久より』

 

「……はい?」

 

 嫌な予感がビンビンに伝わる内容だった。黒ウサギは震えながらもう一枚、飛鳥の手紙を開くと、

 

『黒ウサギへ。北側の4000000外門と東側の3999999外門で開催する祭典に参加してきます。あなたも後から必ず来ること。あ、あとレティシアもね。私達に祭りの事を意図的に黙っていた罰として、今日中に私達を捕まえられなかった場合、4人共コミュニティを脱退します。死ぬ気で探してね。応援してるわ。 PS ジン君は道案内に連れていきます』

 

「………………」

 

「………………?」

 

「………………!?」

 

 たっぷり黙ること30秒。黒ウサギは手紙を持つ手をワナワナと震わせながら悲鳴のような声を上げた。

 

「な……何を言っちゃってるんですかあの問題児様方はああぁぁぁぁ!!」

 

 黒ウサギの絶叫が一帯に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーネーム本拠。地下3階の書庫。

 

 黒ウサギが絶叫を響かせるところから時間を少し遡っていく。薄暗い書庫を明久がカートを押して歩いていた。

 

「十六夜く~ん、いるかな~?」

 

「お、明久か?」

 

「あ、いたいた。こんなところで何してるの?」

 

「見てわかんだろ、読書だよ」

 

「まあ、それは見ればわかるけど……」

 

 明久は十六夜の周囲にある大量の本を見て絶句した。こんな量を読んでいたというのか。

 

「それで、ジン君は?」

 

「ああ、寝てるみてえだな。ま、俺のペースに合わせて本を読んでたんだから当然だな」

 

「いったい何時からそんなに本を読んでたの?」

 

「朝から本拠でて退屈な仕事片付けて帰ってきてはここの本を読むことの繰り返しだな」

 

「その退屈な仕事は大体僕が片付けてるんだけど」

 

 ノーネームはご存知の通り、金銭的にも生活的にもどん底に近い部分に位置している。

 

 なのでいくらノーネームで活躍する十六夜達とてゲーム以外でだらけることは許されず、子供達と同じくノーネームのために働くことになっている。

 

 毎朝遠いところまで歩いて様々な店の手伝いをしたり、規模の小さいギフトゲームで金や食物を稼いで今の生活をつなげている。

 

 しかし、大体のギフトゲームは頭脳的なところはジンや黒ウサギがフォローして大半が明久がギフトゲームを乗り越えていた。

 

「おかげで結構生傷が絶えない日々だったよ」

 

「ま、その分身体は鍛えられてんだからいいだろ。後は頭さえどうにかすればな」

 

「オーケー、わかった。喧嘩なら買ってやるから表でろぉ!」

 

 明久が喧嘩腰になって十六夜が欠伸をして流して寝ようとしたところで、階段から飛鳥達が慌ただしく階段を駆け下りてきた。

 

「十六夜君! 何処にいるの!?」

 

「お? お嬢様かぁ……」

 

 十六夜は頭を揺らしながら眠ろうとしたところで飛鳥は散乱した本を踏み台にして十六夜の即答部へ向けて飛び膝けりで強襲してきた。

 

「起きなさい!」

 

「させるか!」

 

「へぶらぁ!?」

 

 飛鳥の蹴りは毎度のことながら明久の側頭部に見事命中した。

 

「あ、明久様ぁ!? 大丈夫ですか!?」

 

「……側頭部を膝蹴りされて普通は大丈夫じゃないと思うけど、明久だから心配ない」

 

「な、なんで、僕ばっかり……」

 

 突然の事態にリリが混乱して明久のもとへ駆け寄り、顔色一つ変えずに、さりげに酷いことをいう耀だった。

 

「十六夜君、ジン君! 緊急事態よ! 寝ている場合じゃないわ!」

 

「そうかい。それはいいが、側頭部にシャイニングウィザードはやめとけお嬢様。俺は頑丈だからともかく、他の奴らは命に関わ──いや、明久は別か」

 

「人を盾にしておいてしれっと言うなよ!」

 

「平気よ。こうして生きてるんだから」

 

「久遠さんも無視しないで! いくら生きてるからって、その攻撃は女の子として──」

 

「お前もうるさい」

 

「ぶごぁ!?」

 

 十六夜が投げた本が明久の後頭部に直撃した。

 

「……で? 朝っぱらから何だ? 人の快眠を邪魔したからには、相応のプレゼントはあるんだよな?」

 

 十六夜が明久かに不機嫌そうな声を飛鳥に返す。何故か割と本気の殺気が篭っていたが、飛鳥はそんなことなど気にせず懐から手紙を出した。

 

「何だそれ?」

 

「いいからこれを読みなさい。絶対に喜ぶから」

 

「あん?」

 

 十六夜は訝しげに飛鳥の手にある手紙をひったくり、文面に目を通した。

 

「双女神の封蝋……サウザンドアイズの旗印ってことは、白夜叉からか? あー何々? 北と東のフロアマスターのよる共同祭典──火龍誕生祭の招待状?」

 

「そう。よくわかんないけど、きっとすごいお祭りだわ。十六夜君もワクワクするでしょ?」

 

「オイ、ふざけんなよお嬢様。こんなクソくらだないことで快眠中にも関わらず俺は側頭部をシャイニングウィザードで襲われたのか!? しかもなんだよこの祭典のラインナップ!? 『北側の鬼種や精霊達が作り出した美術工芸品の展覧会及び批評会に加え、様々な主催者がギフトゲームを開催。メインは階層支配者が主催する大祭を予定しております』だと!? クソが、少し面白そうじゃねえか行ってみようかなオイ♪」

 

「ノリノリね」

 

 飛鳥の差し出した手紙を見て十六夜は幼い子供のように目を輝かせて打ち興じた。

 

 その状況を見ていたリリが青ざめた様子でジンと明久を起こそうとする。

 

「ま、ままま、待ってください! 北側に行くとしても黒ウサギのお姉ちゃんに相談してから……ほ、ほら! ジン君も明久様も起きて! 皆さんが北側に行っちゃうよ!?」

 

「……北……北側!?」

 

 北側という言葉でジンは跳ね起き、話半分の情報で問い詰める。

 

「ちょ、ちょっと待ってください皆さん! 北側に行くって、本気ですか!?」

 

「ああ、その通りだが?」

 

「何処にそんな蓄えがあるというんですか!? ここから教界壁までどれだけの距離があると思っているんです!? 明久さんもどうか止めてください!」

 

「う、う~ん……どうしたの?」

 

「あ、目覚めたのね。ちょうどいいわ。吉井君もこれを見なさい」

 

 そう言って飛鳥はズイ、と手紙を明久の眼前に持っていった。

 

「ん~? 火龍誕生祭…………って、それ確か黒ウサギさんが秘密にしてと言ってた──」

 

「明久さぁぁぁぁん!?」

 

「あ……」

 

「「「秘密?」」」

 

 気づいた時には遅かった。明久の失言で問題児達に事の全てがバレてしまった。

 

 明久だけが何故知っていたかというと、ペルセウスを打倒して数日後に少し遅めの歓迎会を開いていた。

 

 そのパーティーの後で偶然居間の方に手紙が置いてあったのを見てその内容を見ると北側で火龍誕生祭という祭りが開かれるのを知った。

 

 面白いんじゃないかと黒ウサギを尋ねたところ、この祭りに行くに当たって様々な問題があり、それ以上にこの事が問題児3人に知られてはトラブルしか起きないと言われ、明久は納得して黒ウサギやジンと共にこの事を秘密にしていたのだった。

 

 それもこれも、たった今ここに知られてしまったが。

 

「……そっか。こんな面白そうなお祭り、明久だけに話して、私達みんなには黙ってたんだ……ぐすん」

 

「コミュニティを盛り上げようと毎日毎日頑張ってるのに、とても残念だわ……ぐすん」

 

「ここらでひとつ、黒ウサギ達に痛い目を見てもらうのも大事かもしれないな。ぐすん」

 

 泣き真似をする裏でニコォリと物騒に笑う問題児達。隠す気のない悪意を前にしてジンとリリが冷や汗を流した。

 

 もう少しまともに人を騙す事ができないのだろうか。そんなことで人を騙すことなどできないと思ったところで、

 

「だぁぁぁぁ! ごめん! 別にみんなをないがしろにしていたとかそういうんじゃなくて、そこに行くにあったって色々問題があるからって黒ウサギさんから言われてたから!」

 

 焦った様子で女2人に必死に言い訳をしている明久。ここに簡単に騙されてるバカがいた。

 

 ジンとリリは明久の騙されやすさに思わず体勢を崩してしまった。

 

「そういや、明久。お前、黒ウサギやおチビと一緒に秘密にしてたってことは……もちろん、行き方も知ってるよな?」

 

「いや、それは……」

 

「吉井君、お願い」

 

「明久は、友達だよね?」

 

「確か、境界門っていうところで移動ができるって言ってなぁ」

 

 右腕に飛鳥、左腕に耀が抱きつくと明久はあっさりと自白した。本当に根っからのバカである。

 

「でも、確かそれはすごいお金がかかるって言ってたし……多分これは使えないよ」

 

「なら徒歩で行けばいいってわけだな?」

 

「無理ですよ。大体、北側の境界壁まで何kmあると思ってるんですか?」

 

「知らねえよ。何を今更。ていうか、そんなに遠いのか?」

 

「ここは少し北寄りですので、大雑把に言えば……980000kmぐらいかと」

 

「980000km!?」

 

「いくらなんでも遠すぎでしょ!」

 

 あまりに馬鹿げた距離に明久が驚き、飛鳥が憤慨して床を叩きつける。

 

「そりゃ遠いですよ。箱庭の都市は中心を見上げた時の遠近感を狂わせるようにできてますから、肉眼で見た縮尺との差異が非常に大きいんです。あの中心を貫く世界軸までの実質的な距離は、眼に見えてる距離よりも遥かに遠いんですよ」

 

「なるほど。箱庭に呼び出された時、箱庭の向こうの地平線がメタのは縮尺そのものを誤認させるようなトリックがあったわけか」

 

「なるほど……ゲームだとパッと見大したものじゃないのに、いざ進もうとすると意外にも遠いというギャップと似たようなもんか」

 

「そういうわけですから、今なら笑い話程度で済みますからやめましょう」

 

「「「断固拒否」」」

 

 ガクリと肩を落とすジン。こうなっては口で言って止めるのは至難の業だろう。

 

「ですが、境界門を使うのは金銭的に無理。歩くにしても距離がありすぎます。それでどうやって北側に行くというのですか?」

 

 そう言われて飛鳥が苦い顔をした。十六夜と耀は体力的な部分でいつかはたどり着けるだろうが、飛鳥は普通の人間だ。

 

 北側に着く前に恐らく疲弊して止まってしまうだろう。

 

「……あれ? でも、確か白夜叉さんの店が北のところにも繋がってるって、以前黒ウサギさんから──」

 

「だから明久さん、どうしてそう言ってはいけない情報を簡単に言ってしまうんですかぁ!?」

 

 ジンが怒鳴るが、問題児達は明久の言葉を聞き逃さなかった。

 

「白夜叉かぁ。まあ、こうして手紙を送ってきたわけだから何かしら意図はあるだろうな」

 

「そうと決まれば行くわよ!」

 

「おう! こうなりゃ白夜叉のところに殴り込みに行くぞコラァ!」

 

「行くぞコラ」

 

 ハイテンションな十六夜と飛鳥に合わせ、その場のノリで声を出す耀。

 

 こうなってはもう誰にもこの3人を止めることはできないだろう。

 

「……ジン君」

 

「何でしょう……?」

 

「その……ごめんなさい」

 

「いえ……どちらにしても止められなかったでしょうし」

 

 どうやっても止まることのないこの運命を前に、明久とジンはホロリと涙をこぼした。

 

 こうして哀れな少年、ジン=ラッセルと果てしなきバカ、吉井明久は問題児3人に拉致られ、白夜叉のいるサウザンドアイズ支店へと足を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白夜叉からの招待状の事を知った問題児3人組は明久とジンを連れ、屋敷から出て行くと白夜叉のいるサウザンドアイズの支店へと向かった。

 

 噴水広場のペリベッド通りを抜け、支店が見えるとその前で止まる。その前では竹箒で掃除していた割烹着の女性店員に一礼され、

 

「お帰りください」

 

「店に来て第一声が帰れの一言!?」

 

 あまりにあんまりな客への対応に明久が驚愕の声を上げた。

 

「まだ何も言ってないでしょう?」

 

 門前払いを受けたが、気にせず飛鳥は店員の前へと歩み寄る。

 

 どうにも問題児……というより、ノーネームのメンバー全員がこの女性店員に嫌われてる節がある。

 

 ギフトゲームで手に入れた金品などを換金する際は中に通して捌かせてもらっているが、その度にこの女性店員は嫌な顔をして絡んでくる。

 

「一応私達、そこそこ常連客なんだし、もう少し愛想よくしてくれてもいいと思うのだけれど」

 

「常連客というのは店にお金を落としていくお客様の事をいうのです。いつもいつも換金しかしない者はお客様ではなく、取引相手というのです」

 

「どっちにしてもお店に来る人に対して門前払いは問題だと思うんだけど?」

 

「問題ありません。ノーネームの方なら」

 

 しれっと言う店員に、明久はもう呆れを通り越して感心するような錯覚を覚えた。

 

「まあ、どっちでもいいわ。とりあえずお邪魔します」

 

 普段通りの態度で飛鳥は店に上がり込もうとするが、それより速く店員が大の字になて立ちふさがってきた。

 

「だからうちの店は! ノーネームお断りです! オーナーがいる時ならともかく、今は──」

 

「やっふぉおおぉぉぉぉ! ようやく来おったか、小僧どもおおおぉぉぉぉ!」

 

 どこから出てきたのか、叫び声と共に和装で白髪の少女が空の彼方から降ってきた。

 

 嬉しそうに叫びながら空中で体操選手顔負けのスーパーアクセルを見せつけつつ、荒々しく着地。近所まで響きそうなほどの地響きと土煙を上げ、派手な登場をした。

 

「ブッ飛んで現れなきゃ気がすまねえのか、ここのオーナーは?」

 

「…………」

 

 悔しそうな表情をしながら痛烈に頭が痛いのか、額を指で強く抑えていた。

 

「招待、ありがと。それと、どうやって北側に行けばいいのか──」

 

「よいよい、全部わかっておる。まずは店の中に入れ。条件次第で路銀は私が支払ってやる。……秘密裏に話しておきたいこともあるしな」

 

 スッと眼を細めて言う白夜叉。最後の言葉には真剣な声音が宿っていた。それを聞いた問題児3人は顔を見合わせ、悪戯っぽく笑った。

 

「それって、楽しい事なのかしら?」

 

「さて、どうかの。まあ、おんしら次第じゃな」

 

「……早速、嫌な予感が」

 

 明久が溜息混じりに呟いた。この手の予想ではずれたことがない明久は、これはまた来るなと確信に近い予感を思い浮かべながら頭を抱えた。

 

 そして、白夜叉についていき、中庭を横切って白夜叉の座敷へと行った。

 

「ていうわけで、北側に連れてけやコラ」

 

「早速直球に! しかも命令形!?」

 

「ここに来て早速命令とは、礼儀を知らぬ小僧じゃな。ま、とりあえず座れ」

 

 白夜叉は十六夜の命令形の頼みを流し、その場に座るよう促し、十六夜もそれに従って座る。

 

「もちろん、招待者として、それくらいの事は考えておった」

 

「ほう、それは気前がいいぜ」

 

「だが、その前にひとつ問いたい。フォレス・ガロの一件以来、おんしらが魔王に関するトラブルを引き受けるとの噂があるようだが……真か?」

 

「ああ、その話? それなら本当よ」

 

「流石に魔王の実力知らない僕達でも考えなしにそんな事は……しない、よね?」

 

「そこで何故僕に疑問形でぶつけるのですか? いや、気持ちはわかりますけど」

 

「それでジンよ。それはコミュニティのトップとしての方針なのか?」

 

「はい。名と旗印を奪われたコミュニティの存在を手早く広げるには、これが一番いい方法だと思いました」

 

 白夜叉はジンの言葉を聞くといっそう真剣な面持ちになり、鋭い視線を送る。

 

「リスクは承知の上なのだな? そのような噂……同時に魔王を引き付けることにもなるぞ」

 

「もちろん、覚悟の上です。それに、仇の魔王からシンボルを取り戻そうにも、今の組織力では上層に行くこともできません。決闘に出向くことができないなら、いっそ誘き出して、そこを迎え撃つ以外にありません」

 

「無関係な魔王と敵対することだって有り得るのだぞ。それでもと言うのか?」

 

 その言葉に、ジンの代わりに十六夜が立ち上がって答える。

 

「それこそ望むところだ。倒した魔王を隷属させ、より強力な魔王に挑む”打倒魔王”を掲げたコミュニティ──どうだ? 修羅神仏の世界でも、こんなにカッコいいコミュニティは他にないだろ?」

 

「……ふむ」

 

 十六夜の言葉に、白夜叉は困ったような、それでいて面白いものを見たように頷いた。

 

「そこまで考えてのことならば、もう私からは何も言わん。これ以上の世話は老婆心というものだろう」

 

「ま、そういうことだな。……で? 本題はなんだ?」

 

「うむ。実はその”打倒魔王”を掲げたコミュニティに、東のフロアマスターから正式に頼みたい事がある。此度の共同祭典についてだ。よろしいかな、ジン殿?」

 

「は、はい! 謹んで承ります!」

 

 これまでのようなからかい半分のものではなく、組織の長としての威厳の篭った声音で言い改める白夜叉。

 

 そして、白夜叉が認めてくれたと認識してパッと表情を明るくして強く頷き、応えた。

 

「さて、どこから話したもんかのぉ……」

 

 白夜叉は煙管で紅塗りの灰吹きを軽く叩いてどうしたものかと視線を泳がせていた。

 

「ああ、そうだ。来たのフロアマスターの一角が世代交代をしたのは知っておるか?」

 

「え?」

 

「急病で引退だとか。まあ、亜龍にしては高齢だったからのう。寄る年波には勝てなかったということじゃろう。此度の大祭は新たなフロアマスターである、火龍の誕生祭でな」

 

「「龍?」」

 

 その手のものに面白みと羨望を見出す十六夜と耀が眼を輝かせて聞き返す。

 

「5桁・54545外門に本拠を構える、”サラマンドラ”のコミュニティ──それが来たのマスターの一角だ。ところでおんしら、フロアマスターについてどの程度知っておる?」

 

「私は全く知らないわ」

 

「私も全く知らない」

 

「何処かの守護者的な?」

 

「俺はそこそこ知ってる。要するに、下層の秩序と成長を見守る連中のことだろ?」

 

 それから十六夜が軽く説明を入れた。数多くの役割、秩序を乱す者、すなわち天災や魔王が現れた際には率先して戦う義務、それらと引き換えに彼らは膨大な権力と共に最上級特権・”主催者権限(ホストマスター)”が与えられる。

 

「しかし、北は複数のマスター達が存在しています。精霊に鬼種、それに悪魔と呼ばれる力ある種が混在した土地なので、それだけ治安もよくありませんから……」

 

 ジンがそこまで言うと、何を思ったのか悲しげに眼を伏せる。

 

「けど、そうですか。”サラマンドラ”とは以前親交はありましたが……まさか頭首が変わっていたとは知りませんでした。それで、今はどなたが頭首を?

 やはり長女のサラ様か、次男のマンドラ様が──」

 

「いや、そのどちらでもない。頭首は末の娘、おんしと同い年のサンドラが火龍を襲名した」

 

「……え?」

 

 白夜叉の言葉に一拍遅れてジンは数回瞬きをして気の抜けたような声を出す。

 

「サ、サンドラが!? え、ちょ、ちょっと待ってください! 彼女はまだ11歳ですよ!?」

 

「あら、ジン君だって11歳で私達のリーダーじゃない」

 

「そ、それはそうですけど……ではなく、そ、その……」

 

「何だ? おチビの恋人だったか?」

 

「違いますよ! 失礼な事を言うのはやめてください!」

 

「で、その子と今回の件に何の関係が?」

 

 隣でジンをからかっている問題児を置いて明久が続きを促す。

 

「そう急かすな。実は今回の誕生祭なのだが、北の次代マスターであるサンドラのお披露目も兼ねておる。しかしその幼さ故、東のマスターである私に共同の主催者を依頼してきたのだ」

 

「あら、それはおかしな話ね。北は他にもマスター達がいるのでしょう? なら、そのコミュニティにお願いして共同主催すればいい話じゃない?」

 

「……うむ。まあ、そうなのだが……」

 

 白夜叉が言いづらそうにしている様子を見て明久がある予想をした。

 

「あ、あの……ひょっとして、幼いからそれを妬んでいる奴らがいるとか、そんな感じの?」

 

「ん~……まあ、そんなところかのぉ」

 

 その言葉を聞き、飛鳥の表情が不愉快そうに歪んだ。

 

「そう……神仏の集う箱庭の長達でも、思考回路は人間並みなのね」

 

「そんな事で妬む奴らも最低だけど、何で末の娘なんだろう? 他じゃダメなわけ?」

 

「むう、手厳しいのぉ。それと、実は東のマスターである私に共同祭典の話を持ち込んできたのも、サンドラがマスターになる事についても様々な事情があってのことなのだ」

 

「ちょっと待って」

 

 白夜叉の言葉を聞くと耀がハッとした表情で白夜叉に問う。

 

「それって、長くなりそう?」

 

「ん? そうだな、少なくともあと一時間程度はかかりそうじゃのう」

 

 耀の言葉に同様にハッとした表情になって問題児達が気づく。同時に明久とジンは顔を見合わせた。

 

 色々重苦しい空気になって忘れかけたが、問題児達は黒ウサギと賭けをして屋敷を飛び出した。

 

 一時間もこんなところに留まり続ければ黒ウサギの脚力を考えて恐らくすぐに見つかることだろう。

 

「し、白夜叉様! どうかこのまま──」

 

「させるもんですか!」

 

「って、久遠さんは僕の首根っこを掴んで何を──ぶごぉ!」

 

「ぐがぁ!?」

 

 飛鳥はジンを黙らせようと明久の首根っこを掴んで明久とジンの頭を叩き合わせて気絶させる。

 

「何で明久まで?」

 

「吉井君の場合、私の支配が効きづらそうだから少し荒っぽいやり方じゃないと妨害されそうだったから」

 

「ま、妥当な判断だな。それより白夜叉! 今すぐに北側へ向かってくれ!」

 

「む? 別に構わんが、何か急用でもあるのか? というより、内容を聞かずに受託していいのか?」

 

「構わねえから早くしろ! 事情は追々話す! それに何より、その方が面白い!」

 

「そうか。面白いか。いやいや、それは大事だ! 娯楽こそ我々神仏の生きる糧なのだからな。ジンには悪いが、面白いなら仕方がないのぉ」

 

 何の疑いもなく十六夜たちの言葉を聞き入れるあたり、白夜叉も相当の有興人のようだ。

 

 気絶しているジンを一瞥すると白夜叉は両手でパンパンと、2回柏手を打った。

 

「ふむ。これでよい。これで望み通り、北側に着いたぞ」

 

「「「は?」」」

 

 問題児達は素っ頓狂な声を上げた。いくらなんでもこんな一瞬で移動ができるのか?

 

 などという疑問もこれまた一瞬で消え去り、問題児達はすぐさま外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 ──東と北の境界壁。4000000外門・3999999外門、サウザンドアイズ旧支店。

 

 問題児3人が店から出ると、熱い風が頬をなでた。

 

 いつの間にか何処かの高台に移動していたサウザンドアイズの支店からは街の一帯が展望できる。

 

「赤壁と炎と……ガラスの街!?」

 

 街を一望した飛鳥が驚嘆の声を上げ、眼を輝かせる。

 

 遠目からでもわかるほどに色彩鮮やかなカットガラスで飾られた歩廊、昼間にも関わらず街全体が黄昏時を思わせる色味。

 

 そんな色味の輝きを放つのは境界壁の影に重なる場所を朱色の暖かな光でテラス巨大なペンダントランプが数多に点いているため。

 

 そして、街にはキャンドルスタンドが二足歩行で街中を闊歩している姿も見える。

 

 それには飛鳥だけではなく、十六夜も喜びの声をあげるほどだった。

 

「へぇ……! 980000kmも離れているだけあって、東とは随分文化様式が違うんだな。歩くキャンドルスタンドなんて奇抜なもの、実際に見る日が来るとは思わなかったぜ」

 

「ふふ、じゃろう? しかし、違うのは文化だけではないぞ。そこの外門から外に出た世界は真っ白な節減でな。それを箱庭の都市と大結界と灯火で、常秋の様相を保っているのだ」

 

「へぇ。厳しい環境があってこその発展か。ハハッ、聞くからに東側よりも楽しそうだ」

 

「む? それは聞き捨てならんぞ小僧。東側だっていいものはたくさんある。おんしらの住む外門が特別寂れておるだけじゃ」

 

「こらぁ! 十六夜君達! 僕達が気絶してる間に勝手に──って、何じゃこりゃぁ!?」

 

 ここでようやく意識を取り戻したのか、明久が支店から外に出て十六夜達に怒ると同時に外の眺めを見て驚いた。

 

「おお、やっと起きたか。お前も見てみろ。こんな景色、東側じゃ味わえないぜ?」

 

「じゃから、東側にもこれに匹敵するものはあると──」

 

「いや、すごいよ! 僕が気絶したのちょっとの間だってのにもう移動できたのとかもだけど、この景色もすごいって! カラフルっていうか……もう芸術の街と言ってもいいよ!」

 

「……もうよいわ」

 

 自分の話を聞いてくれないことが傷になったのか、白夜叉は若干落ち込んでいた。

 

「それより、今すぐ降りましょう! あのガラスの歩廊に行ってみたいわ! いいでしょう、白夜叉!?」

 

「ああ、構わんよ。話の続きは寄るにでもしよう。暇があればギフトゲームにでも参加しておくのもよいかもしれんぞ」

 

 ゴソゴソと着物の裾から取り出したゲームのチラシを4人が覗き込んだところで、

 

「見ぃつけたのですよおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 上空から女性の声が響いてきたと同時に明久達のすぐ傍でズドォン! と轟音を立てて何かが落ちてきた。

 

 凄まじい土煙が上がるとその中からゆらぁ、と厳めしいオーラを纏って出てきたのは明久達と同じノーネームの同士、黒ウサギであった。

 

「ふ、ふふ、フフフフ……! よぉぉぉやく見つけたのですよぉ……問題児様方ぁ!」

 

「く、黒ウサギさん……なの?」

 

 淡い緋色の紙を戦慄かせて怒りのオーラを発する黒ウサギを見て明久は腰が抜けそうになった。

 

 下手をすれば姫路や島田の時以上の怒気を発している。そして明久は知っている。この手のことで怒った女性はこの世の何よりも怖いものだと。

 

「逃げろぉ!」

 

「え、ちょ──」

 

 その中で真っ先に動いたのは十六夜だった。十六夜は傍らにいた飛鳥を抱えると凄まじい脚力で跳躍した。

 

 それと同時に耀も十六夜を追って跳躍したが、

 

「逃がすかぁ!」

 

 黒ウサギが即座に動き、空に舞い上がろうとした耀のブーツを掴んで捕らえた。

 

「わ、わわ……!」

 

「さあ耀さん、捕まえたのです! もう逃しません!」

 

「う……」

 

「さあ、耀さん……後デタップリオ説教タイムナノデスヨォ。フフフ……オ覚悟シテクダサイネ♪」

 

「りょ、了解……」

 

 黒ウサギの壊れ気味なカタコトの声に、耀は怯えながら頷いた。

 

 耀の動物的な本能も今の黒ウサギには決して逆らってはならないと警報を鳴らしているのだろう。

 

 そして黒ウサギは耀を振り回し、明久に向けて投げつけた。いきなり耀を自分に向けて投げられたことに反応が遅れて明久は耀と共に柵へ叩きつけられた。

 

「ぶっ!? く、黒ウサギさん……せめて、もう少し優しくしてあげても──」

 

「耀さんをよろしくお願いします、明久さん! 黒ウサギは、他の問題児様を捕まえに参りますので!」

 

 耀の扱いに抗議しようとした明久だったが、黒ウサギの気迫に負けてしまい、しゅんと縮こまって頷いた。

 

「……そうですか。どうぞ、頑張ってください」

 

「はい!」

 

 黒ウサギは展望台から跳躍すると崖下まで一気に飛び降り、残った十六夜と飛鳥を捕まえにいざ、追いかけっこ後半へと持ち込んでいった。

 

 明久はそれを見て詭激な黒ウサギには二度と逆らうまいと誓った。

 


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