問題児+バカ一名が異世界から来るそうですよ?   作:慈信

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第十話

 ──サウザンドアイズ2105380外門支店での騒動から一週間が過ぎた頃の箱庭第5桁・36745外門。サウザンドアイズ第88本拠。

 

 36745外門は一階層に住むフロアマスターである白夜叉が任されている外門である。その足元には同じサウザンドアイズなの傘下であるペルセウスの本拠がある。

 

 だが、ペルセウスの本拠である白亜の宮殿を飾る旗印は白い布地のゴーゴンの首1本だけだった。紅い生地に向かい合う双女神の紋をあしらった旗印は掲げられていない。

 

 それというのも黒ウサギ達の一件や他の不祥事を白夜叉が告発してペルセウスは無期限でサウザンドアイズの旗印をしまうように命じられたのだ。

 

 白亜の宮殿の最上階にあるテラスから下層を見下ろすルイオスは、傍らに控える側近に呟く。

 

「あれからもう1週間か……」

 

「本日が、ノーネーム共の約束の日にちでございますね」

 

「ああ、そんなもんどうでもいいし。仮に僕が出すギフトゲームにクリアしたところで今度はあいつらを皆殺しにしてから黒ウサギごとあの吸血鬼を奪えばいいんだから。にしても、あの黒ウサギ! ベビーフェイスなのに胸とか脚とかすげえエロい身体してたし! 献身的で強靭で愛嬌があって美人で激エロって何だアレ! マジで僕好みだよ!これを機にサウザンドアイズを抜けて代わりの看板にしようと思ったけど、人目に晒すのはもったいないなぁ! 組み敷いて啼かせたらきっと障害飽きないよアレ!」

 

「はぁ……」

 

 ルイオスの側近の男はルイオスの様子を見るなり、ため息をつく。

 

 ルイオスが積極的に口にするのは決まって女か、金か、道楽かの3つに限る。ルイオスは俗な快楽主義を絵にかいたような男だった。

 

 この一週間、サウザンドアイズ2105380外門支店での騒動直後はイライラしっぱなしだったが、徐々に黒ウサギのことばかりを口にするようになり、特に今回は熱烈にその話を繰り返していた。

 

 よほど黒ウサギが気に入ったのか、その話ばかりで一週間前から送られてくる書類の山積みが執務室に放っておかれており、目を通そうともしていなかった。

 

 自ら招いたコミュニティの危機だというのに、全て人任せのルイオスに再びため息をつき、首を振る。

 

 いっそのこと自分や他の臣下達と共に書類を片付けようとも考えたが、それでは他のコミュニティに示しがつかない上、ルイオスの成長を妨げることにもなる。

 

 やはりここは自発的に動くのを待つばかりだが、そうなってくれるのは果たして何時になることやら。

 

 そう心の中で再びため息をついた時だった。

 

「夜分遅く失礼いたします、ルイオス様」

 

「誰だ!?」

 

 側近の男が聞こえてきた女の声にすぐさま反応し、叫び声を上げて帯刀していた剣を抜く。

 

 そして、テラスに6つの影が舞い降りた。

 

「ぐえ!」

 

「かっ!」

 

 ……若干間抜けな声が響いた気もするが。

 

「貴様ら、ノーネームの!」

 

「おほ、黒ウサギちゃんじゃん!」

 

 テラスに来たのがノーネームのメンバーと認識して側近の男が声を荒げ、逆にルイオスは黒ウサギに熱い視線を送って喜んでいた。

 

 黒ウサギはそれらを無視して何かが入った風呂敷を抱えながら前に出て行く。

 

「我々ノーネームは、これよりペルセウスに決闘を申し込みます」

 

「ああ、はいはい。それであの吸血鬼を賭けろってんでしょ? わかったわかった。じゃあ、部下達が適当にルール説明してくれっからお前らは勝手に──」

 

「いいえ、決闘の方法はペルセウスの所持するゲームの中で最も難易度の高いものでお願いします。そしてこの決闘にはあなたにも参加してもらわなければなりません」

 

「はぁ? なんで俺がそんな下らないゲームに参加しなくちゃならないの? 悪いけど、俺はパス。そんな面倒なことごめんこうむ──」

 

「これを見ても拒否すると?」

 

「は?」

 

 黒ウサギが抱えていた風呂敷を広げ、中に入っているゴーゴンの首の印がある紅と蒼のふたつの宝玉を見せるとルイオスとその側近が驚愕した。

 

「こ、これは!?」

 

「ペルセウスへの挑戦権を示すギフト!? まさか、名無し風情がクラーケンとグライアイを打倒したというのか!?」

 

「ああ、あの大タコとババアか。そこそこ面白くはあったけど、あれじゃ蛇の方がマシだ」

 

「あれ? 確か、この手のギフトクリアしたら通達が行くんじゃなかったっけ?」

 

「ええ。ですが、彼らの様子を見る限り、ルイオスはずっとサボっていたのではないかと」

 

「うわ、他人任せって……何処かのババアを思い出すよ」

 

 困惑するペルセウス一同の中で明久はとある学園の妖怪を思い出していた。

 

 ちなみに宝玉についてはペルセウスの伝説に出てくる怪物達をギフトゲームで打倒することにより得られるギフトだ。

 

 このゲームは力のない最下層のコミュニティにのみ常時開放されてる試練で、ペルセウスへの挑戦権を与えているのは、ペルせうるの伝説を描きつつ、下層のコミュニティの向上心を育てるためのものだったが、もちろんルイオスにそんな立派な志などありはしない。

 

 十六夜は白夜叉との一件でまず安全な期間を指定し、その間にペルセウスへの挑戦状替わりとなるギフトを手に入れるべく、それぞれのゲームが開放されてる場所へ行き、それぞれの怪物を打倒してこのギフトを手に入れた。

 

 そうしてルイオスも出ざるを得ない状況を作り、事の元凶であるルイオスを叩き潰そうという十六夜の……いや、ノーネーム全員の考えだった。

 

 ルイオスは宝玉を見つめて不快感を顔いっぱいに広げ、盛大に舌打ちしていた。

 

「ハッ………いいさ、相手してやるよ。元々このゲームは思いあがったコミュニティに身の程を知らせてやる為のもの。二度と逆らう気が無くなるぐらい徹底的に………徹底的に潰してやる」

 

 身に纏っていた外套を翻し、憤りを露わにして睨みつけるルイオス。

 

 黒ウサギは少しもひるまず、ただ淡々とルイオスに向けて宣戦布告を上げる。

 

「我々のコミュニティを踏みにじった数々の無礼。最早言葉は不要でしょう。ノーネームとペルセウス。ギフトゲームにて決着をつけさせていただきます」

 

 その瞬間、宙に契約書類が浮かび上がり、その文面には此度のギフトゲームの規約が載っていた。

 

『 ギフトゲーム名 ”FAIRYTALE in PERSEUS”

 

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜・久遠 飛鳥・春日部 耀・吉井 明久

 

 ・”ノーネーム”ゲームマスター ジン=ラッセル

 

 ・”ペルセウス”ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

 ・クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒

 

 ・敗北条件 プレイヤー側のゲームマスターによる降伏。

       プレイヤー側のゲームマスターの失格。

       プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 ・舞台詳細・ルール

 *ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥からは出てはならない。

 *ホスト側の参加者は最奥に入ってはいけない。

 *プレイヤー達はホスト側の(ゲームマスターを除く)人間に姿を見られてはいけない(・・・・・・・・・・・)

 *姿を見られたプレイヤー達は失格となり、ゲームマスターへの挑戦権を失う。

 *失格になったプレイヤーは挑戦権を失うだけでゲームを続行することは可能。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、”ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 ”ペルセウス”印 』

 

 契約書類に承諾した直後、6人の視界は間をおかず、光へと呑まれた。次元の歪みは6人を門前へと追いやり、ギフトゲームの入口へと誘う。

 

 白亜の宮殿はそのままだが、その周囲が箱庭から切り離されたかのような状態で天空を漂う浮城に変貌していた。

 

「姿を見られれば失格、か。つまり、ペルセウスを暗殺しろってことか?」

 

「暗殺かぁ……ムッツリーニがいればできそうなんだけどなぁ」

 

「でも、それだとルイオスも伝説にならって睡眠中だということになりますよ。流石にそこまで甘くはないと思いますが」

 

「YES。そのルイオスは最奥で待ち構えているはずです。それにまずは宮殿の攻略が先でございます。伝説のペルセウスとは違い、黒ウサギ達はハデスのギフトを持っておりません。不可視のギフトを持たない黒ウサギ達には綿密な作戦が必要です」

 

 黒ウサギが人差し指を立てて説明する。

 

「見つかったらゲームマスター……ルイオスへの挑戦資格を失うか。最奥までどれだけあるか知らないけど、行く途中で一度でも僕達の姿を見られたらアイツと戦う前に失格になっちゃうよ。下手すればジン君の姿も見られてゲームオーバー」

 

「そうなると、最低でも3つは役割分担が必要になるわ」

 

「ひとつはなんとしても見つからないでジン君を守りながらルイオスのところにたどり着くっていうのはわかるけど、他は?」

 

「あぁ……まず、吉井君が言ったようにジン君と一緒にゲームマスターを倒す役割。次に索敵、見えない敵を感知して撃退する役割。最後に、失格覚悟でお撮りと露払いをする役割」

 

「まあ、春日部は鼻が効くし、目も耳もいい。不可視の敵は任せるぜ」

 

 十六夜の提案に耀が頷き、黒ウサギが続ける。

 

「黒ウサギは審判の立場がありゲームに参加することはできないので、ゲームマスターを倒す役割は十六夜さんにお願いします」

 

「あら、それじゃあ私は囮と露払い役にならなきゃいけないかしら?」

 

 むっ、と少し不満そうな声を漏らす飛鳥。しかし、実際のところ飛鳥のギフトはルイオスを倒すには至らないものだ。

 

 支配するにしても、腐ってもペルセウスのリーダーたるルイオスを止めるのはごく短い時間でしかないだろう。今回の場合、不特定多数の敵を飛鳥に任せる方が遥かに効率がいい。

 

 それでも、役割としてはあまり面白くはないので頭で理解しても不満なものは不満なようだ。

 

「悪いなお嬢様。俺も譲ってやりたいのは山々だけど、勝負は勝たなきゃ意味がないんだ。あの野郎の相手はどう考えても俺の方が適してる」

 

「……ふん。いいわ、今回は譲ってあげる。ただし、負けたら承知しないから」

 

「あいよ」

 

 飄々と肩を竦める十六夜。

 

「えっと……ちなみに僕はどうすればいいの?」

 

「あ? お前は、そうだなぁ……とりあえず盾になれ、明久シールド」

 

「またそれ!? ていうか、僕の扱いなんか酷くない!?」

 

 十六夜は明久を弄って笑うが、黒ウサギは不安げな表情を浮かべていた。

 

「残念ですが、必ず勝てるとは限りません。油断してるうちに倒さねば、非常に厳しい戦いになると思います」

 

 黒ウサギの言葉に5人の視線が集中した。

 

「……あの外道、そんなに強いの?」

 

「何か、すごいド三流な感じだと思ったけど……」

 

「いえ、ルイオスさん自身の力はさほど。問題は彼が所持しているギフトなのです。もし黒ウサギの推測が外れていなければ、彼のギフトは──」

 

「隷属させた元・魔王様」

 

「そう、元・魔王の…………へ?」

 

 十六夜の補足に黒ウサギは目を点にして言葉を失った。だが、それに構わず十六夜は補足を続ける。

 

「もしペルセウスの神話通りってんなら、ゴーゴンの生首がこの世界にあるはずがない。あれは後で戦神に献上されているはずだからな。にも関わらず、奴は石化のギフトを使っている。星座として招かれたのが箱庭のペルセウス。なら、さしずめ奴の首にぶら下がってるのはアルゴルの悪魔ってところか?」

 

「……アルゴルの悪魔?」

 

「そんな名前の悪魔なんていたっけ?」

 

 十六夜の話に飛鳥や明久、他の黒ウサギを除いたメンバーが首を傾げた。黒ウサギは驚愕したまま十六夜を見る。

 

「い、十六夜さん……まさか、箱庭の星々の秘密に?」

 

「まあな。この前星を見上げた時に推測して、ルイオスを見た時にほぼ確信した。後は手が空いた時にアルゴルの星を観測して、答えを固めたってところだ。まあ、機材については白夜叉が貸してくれたし、難なく調べることができたぜ」

 

「いつの間にそんなもの調べてたんだ」

 

 フフンと自慢げに笑う十六夜の明敏さに明久はただ感心していた。黒ウサギは呆然と十六夜の顔を覗き込んで問うた。

 

「もしかして十六夜さんってば、意外に知能派でございます?」

 

「何を今更。俺は生粋の知能派だぞ」

 

「いや、僕は完全に武闘派だと思ってた」

 

 明久の言葉に黒ウサギがうんうんと頷いた。

 

「ちなみに、参考までに聞きたいんだけど……十六夜君はここから先をどうやって進む予定だったり?」

 

「んなもん……こうやるに決まってんだろっ!」

 

 十六夜が扉に回し蹴りを見舞い、轟音を伴って白亜の宮殿の門を吹き飛ばした。

 

「……やっぱり知能派というよりも、暴君だよ十六夜君」

 

 そんな明久の呟きは白亜の宮殿の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ザザァ~~!!

 

 遠くで水が轟音を伴って流れるような音が反響して聞こえる中、こそこそと動く4つの影があった。

 

「……始めたみたい」

 

「うん。随分派手にいってるね。この宮殿、大丈夫かな?」

 

「イチイチ敵方のアジトの心配なんていらねえよ。それに、それくらい派手な方が囮としては上々だ」

 

 辺りを警戒しながら十六夜、明久、耀、ジンは宮殿の中を進んでいた。

 

 現在離れた所では飛鳥がノーネーム領に植えた水樹を使って目に見えるペルセウスメンバーを掃討しているだろう。

 

 飛鳥がそうやって可視できる敵を引きつけ、耀は見えない敵にのみ気を配り、後は明久が念のためと可視できる敵を警戒していた。

 

 しばらく進むと耀が立ち止まって、

 

「人が来る。みんなは隠れて」

 

 緊張した声で警告した。やはりいかに姿を隠しても動物並みの五感を持つ耀を前にして気づかれずに近づくのは至難の業だ。

 

 姿なき敵を感知した耀は腰を落とし、見えない敵に奇襲を仕掛けた。

 

「な、何だ!?」

 

 姿が見えないはずなのに、それでも自分の居場所がバレた事に動揺し、耀の奇襲を許したまま一撃を受け、失神した。

 

 人が倒れる音が聞こえると、コロコロという音を伴ってひとりの男の姿が露わになった。その傍で兜が転がっていた。

 

「この兜が不可視のギフトで間違いなさそう」

 

「ハデスの兜……そのレプリカですね」

 

「やっぱり不可視のギフトがゲーム攻略の鍵になりそう」

 

「姿が見えなければそこにいるのがバレてもルール上、ルイオスにたどり着く権利は剥奪されないから便利だよね」

 

「連中が不可視のギフトの使用者を限定してるのは安易に奪われないためだろうな。最低でもあとひとつ、贅沢をいってみっつもあればいいところなんだが……」

 

「あとひとつあればジン君と十六夜君でルイオスの所に行けるんだけどね」

 

「ひとまず、これは俺が被る。おチビはその辺りに隠れておけ。俺達で透明になってる奴を叩いて不可視のギフトを奪ってやる」

 

「はい」

 

 ジンは十六夜の言う通りにその辺りの物陰に隠れる。

 

「さて、前哨戦をちまちまやったところで埒が明かねえ。本命はルイオスだ。お前らには悪いが──」

 

「気にしなくていい」

 

「残念ながら僕が行っても戦力になりそうもないから十六夜君に任せるよ」

 

「悪いな、いいとこ取りみたいで。これでもお嬢様や春日部にはそれなりに感謝してるぞ。今回は流石にソロプレイで攻略できそうにねえし」

 

「だから気にしなくていい。埋め合わせは必ずしてもらうから」

 

「ていうか、僕には何の言葉もないの?」

 

「お? 一応お前にも感謝してるぞ。いつもいい盾になってくれてありがとよ」

 

「そっち方面で感謝されても嬉しくないよ!」

 

 ハハハ、と笑いながら十六夜はハデスの兜をかぶった。そしてすぐさま姿を消した。

 

 同時に複数の足音が聞こえてきた。

 

「いたぞ! 名無しの娘と小僧だ!」

 

「これで敵の残りは3人だ!」

 

「よし、そいつらを捕えろ! 人質にして残りを炙り──」

 

「邪魔だ!」

 

 最後まで言わせず、姿を消した十六夜が騎士達を殴り飛ばした。

 

「うわ、全く容赦ない」

 

「どうだ、春日部。わかるか?」

 

「ううん……飛鳥が暴れてる音や他の音が大きすぎてちょっと……」

 

「流石にあれだけ派手に暴れられると春日部さんにはキツイ……っ!?」

 

 突然、明久の背筋に悪寒が走った。何故かわからないが、今すぐ守りに入らないとマズイ気がした。

 

「春日部さん! 危──がっ!?」

 

 耀の前に出た明久が何の前触れもなく吹き飛ばされた。

 

 突然の事態に耀は驚いて辺りを見回し、十六夜は即座に明久がいた場所に向かって蹴りを入れるが、手応えなしだった。

 

「おい、春日部! 不可視の奴の場所は!?」

 

「…………駄目、何も聞こえない」

 

「春日部の五感でもわからないってことは……レプリカじゃなく、本物を使ってる奴がいるってか」

 

「つぅ~……効いたぁ~……」

 

「明久、大丈夫?」

 

「うん、大丈夫──春日部さん、伏せて!」

 

 また明久の背筋に悪寒が走り、耀を押し倒した。直後、明久達のいた場所に衝撃が走った。

 

「このっ!」

 

 再び十六夜ががむしゃらに蹴りや拳を突き出すが、既にその場に不可視の騎士はいなかった。

 

「おい、明久! お前はわからねえのか!? 奇襲は的確に避けてるみてえだが!」

 

「無理! 攻撃が来る前に一瞬寒気を覚えるだけで春日部さんみたいに感知はできない!」

 

「んだよそりゃ……」

 

 十六夜は舌打ち混じりに愚痴った。十六夜にも敵の気配は掴めない。

 

 下手にこちらから討とうとすれば自身の姿を晒す恐れもある。姿を見られてはならないというルールがある以上、深追いは危険だ。

 

「くっ……大丈夫? 春日部さ──」

 

 明久は言葉を止めて固まった。

 

「……何?」

 

 ちなみに今の明久の状態はと言うと、傍から見れば耀を押し倒しているようであり、その耀は押し倒された衝撃からか、上着が半分脱げて健康的な肩が露出し、シャツがはだけて細い臀部が露わになっていた。

 

 元より燿の整った容姿に汚れのない明眸、胸部はささやかなものの、モデル顔負けのスラリとした身体。

 

 ここまでいけばFクラスでムサイ男ばかりの環境であまり女と接する事のなかった明久なら、

 

 ──ブシャアアァァァァ!!

 

 ……Fクラスクオリティよろしく、噴水並みの鼻血を出すであろうことは予想できる者はできるだろう。

 

「あ、明久!?」

 

「ごめん、僕……ここで終わり、そう……」

 

「明久!? え? なんでいきなり!?」

 

「お前ら、一体何……っ!?」

 

 明久が倒れた直後、十六夜はある一点を見て、

 

「そこかっ!」

 

 即座に跳躍して宙に拳を叩き込む。音は発しなかったが、その手には確かに金属を砕くような手応えを感じた。

 

「ぐ、ぬぅ……」

 

 虚空から苦痛の声が漏れ、十六夜は不可視の騎士の兜を剥ぎ取った。そして姿を現したのはルイオスの側近の騎士だった。

 

「へぇ……よく耐えられたもんだ。加減いたといっても、空の果てまで飛ばすつもりで殴ったんだがな」

 

「……ふん。ならば、我らの鎧が優れていたのだろう。それと、ひとつ聞くが……何故私の姿を看破できた?」

 

「ああ、お前の足元」

 

「何?」

 

「あいつが出した鼻血の雫が床に付着して、お前がその上を取った時、血の跡が僅かに変形したからそこを殴った。そしたらお前がいた。それだけだ」

 

「……ふっ。そんなくだらんもので、私の姿を看破されるとはな……だが、無鉄砲な一撃でならともかく、不測の要素があったとはいえ、正面からギフトを打ち破られての敗北だ。お前達には、ルイオス様に挑むだけの資格がある」

 

 そう言い残し、膝を着いて側近の騎士は気絶した。

 

「へへ……今回は活躍だったな、明久。ナイスアシストだったぜ」

 

「こんなことで勝っても、嬉しくないよ~……」

 

 鼻血を垂らしながら情けない声で明久は返した。そして十六夜は手に入れた不可視のギフトをジンに渡して先を急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「じゃあこれからよろしく、メイドさん」」」

 

「「「え?」」」

 

「……え?」

 

 場所が変わって、ノーネーム領の屋敷にて、レティシアが目覚め、それと同時に問題児3人が口を揃えて言った。

 

 ちなみに勝敗はと言えば、ノーネームの勝利で終わった。

 

「え? じゃないわよ。だって今回のゲームで活躍したのって私達じゃない? あなた達は本当にくっついてきただけだったもの」

 

「うん。私達なんて石になったし」

 

「僕はよく覚えてないけど……その前は力いっぱい殴られて、失血死しそうになったり……」

 

「主に鼻血で」

 

「吉井君の力って、ギフトを無効化することじゃなかったのかしら? なんであの時は発動しなかったのかしら?」

 

「さあ?」

 

「それに関しては命の危険に対する度合いにもよるんじゃねえのか?」

 

「じゃあ、十六夜君が力いっぱい殴ってみればわかるんじゃない?」

 

「お、それいただき♪」

 

「いただき♪じゃないよ! 僕にとってはそれを受けるのは命がけなんだけど!」

 

「と、話は脱線したが、金髪ロリの所有権についてなんだが、一番活躍したのは俺なんだし、所有権は2:2:2:4でいいな」

 

「そうね……流石に活躍した数については文句言えないわ」

 

「うん」

 

「ていうか、何を言っちゃってるんでございますかこの問題児様方は!」

 

 黒ウサギは突然の事態に混乱したまま大声で叫んでいた。

 

 所有物扱いされてるレティシアだけが冷静に口を開いた。

 

「うむ。そうだな。今回の件で、私は皆に恩義を感じている。コミュニティに帰れた事に、この上なく感動している。だが親しき仲にも礼儀あり、コミュニティの同士にもそれを忘れてはならない。君達が家政婦をしろというのなら、喜んでやろうじゃないか」

 

「レ、レティシア様!?」

 

「ていうか、いいのそれで?」

 

 黒ウサギと明久は落ち着かないままレティシアに問うが、それを無視して飛鳥がどこからかメイド服を用意し始めていた。

 

「私、ずっと金髪の使用人に憧れていたのよ。私の家の使用人たら、みんな華もない可愛げもない人達ばかりだったんだもの。これからよろしく、レティシア」

 

「よろしく……いや、主従なのだから『よろしくお願いします』の方がいいか?」

 

「使い勝手がいいのを使えばいいよ」

 

「そ、そうか。……いや、そうですか? ん、そうでございますか?」

 

「黒ウサギの真似はやめておけ」

 

「「「ハハハハハハハハ!」」」

 

「は、箱庭の騎士と謳われたレティシアさんが……」

 

「メイドさんに~……」

 

「えっと……僕も、出来る限り下僕と化しないよう努力はしますから」

 

「お願いします~……」

 

 明久から慰めを受けながら黒ウサギは肩を落とす。

 

「うん、これが一番似合うわ!」

 

「うん、可愛い」

 

「でもちょっとスカートが長すぎるな。地面についちまいそうだ。というわけで、スカートは膝上10cmだ」

 

「こうですか、マスター?」

 

「……素直すぎても面白くねえな。もっとこう、恥じらいというものをだな」

 

「って、何やってるのですかこのお馬鹿様は!」

 

「ほい、恒例の明久シールド」

 

「だから何で僕が──ぼっふぉ!?」

 

 レティシアと共に、前と同じ賑やかな日常が戻ってきたのだった。

 


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