バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第九十一話

 

「ふんふふふ~ん、ふっふふ~ん♪」

 

「この光景も久しぶりだね~」

 

「ああ。朝倉姉の料理している時の光景は安心するからなぁ」

 

「……雄二、浮気は──」

 

「違うからな。元はと言えば、お前が今まで散々俺の食う料理に妙なモノを混ぜ込むから女性の料理に一時恐怖を感じるようになったんだからな」

 

「ちなみに言うまでもないじゃろうが、それ以外にも約1名の料理にもの……」

 

「怖いことを思い出させないで、秀吉……」

 

 久しぶりに芳乃家に上がり、居間に入れば以前と変わりない姿をしたさくらさんがいた。

 

 いや、確かに外見はあまり変わってないが、雰囲気が少し違う。幼い外見から想像できない大人っぽさはそのままだが、以前のような内面に秘めた儚げなものがなく、今はひたすら満開に咲き誇るかのような笑顔を見せていた。

 

 僕らの知らない間に何があったかは僕たちには理解できよう筈もないだろうが、さくらさんが吹っ切れて、そしてこの家に戻ってきてくれたのが本当に嬉しい。

 

 僕たちは今まで会えなかった分、色々な話をした。

 

 義之や僕たちの卒業までに戻ってこれなかった事が一生の不覚だったとか、義之がこの家を守るために残ってくれたことが嬉しいだとか、自分がいない間に時代劇の新シリーズが出たので早く見たいだとか、大半が義之で時々時代劇の話をしたくらいだが、こうして話すと今まで足りなかったものが満ちていくような心地よさを感じた。

 

 話をしてると、ようやくさくらさんが戻ってきたんだなと改めてほっとしたひとときだった。

 

「お~い、明久。料理の盛り付けと運ぶの手伝ってくれるか?」

 

「あ、了解」

 

 義之に呼ばれて台所へと足を運ぶと、テーブルの上には香ばしい牛のステーキと、味噌汁、フィッシュ&チップス、煮物、シェパーズパイなど、和洋関係ない見事にバラバラな献立だった。

 

「ず、随分多いね……」

 

「やっぱ、そう思うよな」

 

「大丈夫だよ、弟君がいっぱい食べてくれるもん」

 

 相変わらずの善意100%の笑みで酷な事を言う音姫さん。いや、いくら義之が食べる方だからってこれをひとりで平らげるのは流石に無理なのでは?

 

 こんな量、燃費の激しい雄二でさえ苦しい気がする……。

 

「いや、流石にこれを義之ひとりでっていうのは……」

 

「大丈夫だよ、弟君がいっぱい食べてくれるもん」

 

「……えっと、音姫さん──」

 

「大丈夫だよ、弟君がいっぱい食べてくれるもん」

 

 義之が食べること前提ですか。まあ、単純に義之に食べてもらいたいからこそ、自分でこれだけ作ったのだろう。

 

 由夢ちゃんが手伝おうとした時も、僕が久しぶりに作ろうかなと言い出した時も、台所に入るのを頑なに許可してくれなかったのだから。

 

「……まあ、今日は張り切って食べるとするか。せっかくの音姉の料理、残したらもったいないしね」

 

「えへへ~」

 

 義之の決心の言葉に、音姫さんがデレデレになった。義之、以前よりも音姫さんに甘くなった気がする。

 

 まあ、気持ちはわからんでもないけど。

 

 とりあえず頑張れ、と義之の胃袋に向けてエールを送ってやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は久しぶりに学生時代に使わせてもらっていた部屋に布団を敷き、いざ寝ようとした時だった。

 

 ドアからノックの音が聞こえ、声がかかる。

 

『明久、まだ起きてるか?』

 

 声の主は義之だった。

 

「義之? うん、起きてるけど」

 

 僕が返事をすると、ドアが開いて義之が入ってくる。

 

「はあ、よかった。まだ起きてたか」

 

「……なんか、随分げんなりしてない?」

 

 義之の顔はついさっきまで風呂に入ってた筈なのにも関わらず、疲労の色が濃く広がっていた。

 

 普通風呂はリラックスするためと、身体の汚れを払うための所だ。それが何故入る前よりも疲れが溜まってる?

 

「いや、風呂に入ってたら……急にさくらさんが入ってきて……」

 

「ああ、そういう……」

 

 なるほど、納得した。たまにさくらさんは突然風呂に入ろうとしたり、寝床に侵入するということが学生時代たまにあった。多分、今回は久しぶりに義之が戻ってきたのが嬉しくなって一緒に入りたくなったのだろう。

 

「そして、その後で音姉と由夢が──」

 

「ここで死んどけやぁ!」

 

「待て待て! 何でそこでキレる!?」

 

 さくらさんのことはまだいい。あの人の性格を考えれば、そういうことがあったっておかしくないし、僕も学生時代そんなことがあったから許せる。

 

 しかし、さくらさんだけでなく、音姫さんや由夢ちゃんも一緒とか、どこのPCGの主人公だよ!

 

「お前、どんだけハーレム人生満喫してるんだよ! 渉じゃないけど、これは僕だってキレたくもなるわ!」

 

「お前には白河がいるだろ! もう何年も付き合ってんだから、一緒に風呂ぐらい──」

 

「それができる環境にいると思うか!? お互い学校違うし、別の学生寮に住んでるんだから、異性との付き合いなんかかなり制限されて一緒にいられる時間が思いっきり限られてんだよ!」

 

「……なんか、スマン」

 

「謝るな! 余計に虚しくなるわ!」

 

 くそぉ……理解はしてるけど、恋人がいる身で異性との付き合いが制限されるというのは中々に地獄だ。

 

 好きな人と思う存分触れ合うことができないなんて、聖典が目の前にあるにも関わらず、魔王が間に入っている所為で手に取れないよりも残酷だ。

 

「……で? 義之は自分のハーレムっぷりを自慢しに来たわけ?」

 

「いや、違うからな。そうじゃなくて今回のイベントの件についてだ」

 

「んと……バンドのこと? それならもう曲は決まってるから……もしかして、何かアレンジでも入れるとか? 流石に時間もないわけだから、大それたアレンジは避けた方が──」

 

「いや、バンドのことじゃない。その……ちょっと、個人的なことなんだが」

 

「個人的?」

 

 義之が個人的な頼みごとをするなんて珍しいな。

 

 いつもなら、自分が何かをしたい時はできるだけ他人に頼らずにしようって気が強いから尚更だ。

 

 個人的な事で他人を頼るなんてことは、自分ひとりではまず成し遂げられない事……だよね。

 

「……まさか、恋愛なんてことは……」

 

 まあ、もし誰かに告白されたなんて言ったら、義之なら相談に来そうだ。

 

 既にモテてる癖に、何故か告白なんてイベントがあったなんて聞かないから勝手がわからないなんてありそうだしな。

 

「ああ、その……うん。そうだ」

 

「あ、やっぱり」

 

 どうやら想像通りだ。され、誰に告白されたのやら。これを音姫さんたちが聞いたら心中穏やかではいられないだろう。

 

「で? 一体誰に告白されたわけ? YESかNOかは、まず義之自身から聞かないことには──」

 

「いや、告白されたわけじゃなくて……俺からどう告白しようかなって、相談なんだ」

 

「あ、されるとかじゃなくて、告白する側なんだ」

 

 そっか。ようやく義之も自分から好きな人を決められたというわけか。よかったよかった。

 

「…………ん?」

 

 待つんだ。今何かすごいことを言われた気がする。

 

「えっと、告白……する?」

 

「あ、ああ……」

 

「……ちなみに、誰か聞いても?」

 

「……音姉だ」

 

 ……音姫さん。義之が、音姫さんの事を……好き? 愛してる? ……LOVE?

 

「……ええええぇぇぇぇ!? 音姫さんのことを──」

 

「バカ! 声がデカイ!」

 

「あ、ゴメン……」

 

 あまりに突然のことだったので、夜中になろう時間だというのについ大声を上げてしまった。

 

「……それで、どう切り出そうと?」

 

「何故音姉を、とは聞かないんだな」

 

「まあ、気になるって言えば気になるけど……それをいきなり聞くってのもね」

 

 実際は、もう誰とくっついてもおかしくないというのが本音だ。

 

 まあ、まさか誰かに告白する前に義之自身が相手を決めようなどとは思ってなかったからさっきは随分と驚いたが。

 

「……ああ、さんきゅ。何故音姉なんだって聞かれても、言葉で言い表せる自信ないからな」

 

「まあ、人を好きになるってそんなもんじゃないの。僕だって気がついたらそうなってたって感じだし」

 

「やっぱ経験者が言うといっそうそう思うな」

 

 照れるって。

 

「で、相談に来たのは……どう告白するかってこと?」

 

「ああ……この気持ちに気づいたのだって、去年天枷研究所に入ってしばらくしてようやく気づけたところだから音姉に言う機会も中々なかったからな」

 

「ありゃりゃ、それは……」

 

 せめて卒業前に気づいていれば色々気を回せたかもしれなかったが。

 

「だから、今回のイベントの後で……音姉がいる内にこの気持ちに決着をつけたいって思ってる」

 

「そっか。……って、もう決めてるなら相談いる?」

 

「ああ……まあ、お前にも感謝してるからな。お前の耳には入れておきたいって思ってたんだ」

 

「そう、なんだ……」

 

 なんか、妙にこしょばゆくなってくるなぁ……。

 

 まあ、こうして自分の人生のパートナーを選んだことを知れただけでも今日は大収穫だよ。

 

「じゃあ……今日はそれを言いたかっただけだから」

 

「うん。あ、そういえば……告白はどう切り出すつもりなの?」

 

「あ、んと……いや、まだ具体的にどうすればってのは決めてないんだ……」

 

「あ、そうなの……」

 

 まあ、どうしたら気の利いた告白ができるかなんてそう簡単に思い浮かぶ筈もないよね。

 

 雄二は小学生の頃からずっと模索してたから風見学園を卒業すると同時にできたわけだけど。

 

「まあ、イベントを進める中で並行して考えるつもりだ。じゃあ、おやすみ」

 

「おやすみ」

 

 義之は僕の部屋からそっと出て行った。そして僕の部屋には沈黙が残された。

 

「……さて、僕も寝るかな」

 

 随分衝撃的なことを聞いたからすぐに寝られそうにないけど、僕は布団に身体を預けた。

 

 ああ、この布団も懐かしい。昔はここで毎日寝ていたんだよなぁ。

 

 久しぶりの寝床の感触に安心した中で僕は先程の義之の好きな人のことについて考えていた。

 

 義之は理由らしい理由はないと言っていたが、なんとなく何故音姫さんを選んだのかはわかる気がする。

 

 風見学園にいた頃からずっと義之のことを気にかけてくれてて、日本から発った後もよく義之の様子が気になっていた。

 

 長期の休みに帰郷した時は顔を見れなかった間のことを随分聞いてくるし、義之が社会人になろうとした時も随分義之の務める職に関して調べてくれたりもしたようだ。

 

 まあ、卒業する少し前に天枷研究所に入るということに決まったからその情報はあまり意味なかったが、それでも義之はそれに感謝したと言って音姫さんがデレデレになったのは想像に難くない。

 

 とにかく、いつでもどこでも音姫さんは義之のことを想っていて、義之はその愛を誰よりも感じていたからこそ、音姫さんを選んだんじゃないだろうか。

 

 あくまでそういった予想であって、実際は違うかもしれない。けれど、あの2人はくっつきあって当然な気もする。

 

 それくらい、あの2人は絵になるし……それが運命だって思える。

 

 いやあ、卒業式には間に合わなかったけど、義之の人生で一番大事なものがかかってる時にさくらさんが戻ってこれたのはよかったんじゃないだろうか。

 

「……あ、そうだ」

 

 僕の中で何かが閃いた。そうだ……これならさくらさんにもうひとつサプライズなプレゼントを加えられるかもしれない。

 

 そう思ったら僕は身体を起こして自分の荷物からメモを取り出すと、ペンを走らせ、一文書き残すと、すぐに寝床に戻る。

 

 よし、大事なことは書き残したから後のことは明日から考えるとしよう。そう決意しながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 快晴の朝、僕たちは澄んだ空の下を歩いていた……。

 

「おい、明久。普段からバカそうな顔が余計にひどくなってるぞ」

 

「台無しだな!」

 

 隣で晴れ晴れとした気分を台無しにしてくれる赤髪ゴリラに怒鳴った。

 

「だって、嬉しいじゃん? 僕らの世代の風見学園のみんなが集まって祭りしようってことになってんだから」

 

「確かに心躍る行事であるのは否定せんが、少々浮かれすぎではないか?」

 

「そんなことないと思うけどな~。久しぶりの学生気分だし」

 

「お前は今でも学生だろうが」

 

 社会人1年の義之からツッコミが入った。

 

「まあ、でも当時のみんなと泊まりながら準備できるんだから、嬉しくもなるって」

 

「明久さんの場合、みんなよりも白河さんと一緒にいられる方が嬉しいんじゃないんですか?」

 

「う……それは、否定できないけど……」

 

 由夢ちゃんから鋭い指摘をされる。

 

「とか言いながら、お前だってかなりワクワクしてるだろ。メチャメチャ楽しそうな顔してるし」

 

「や、それはまあそうかもしれませんけど……」

 

 義之に言われ、由夢ちゃんも素直に認める。

 

「けど、一番楽しそうなのは──」

 

 由夢ちゃんが別の方向に視線を向け、僕らもそれに釣られてある方向を見ると、

 

「ふん、ふふふ~ん、ふっふふふ~ん♪」

 

「音姉、だな」

 

 うん。朝起きてから現在まで鼻歌混じりに手足を動かしてる。

 

「だってだって、みんなで学校に集まってお祭りの準備するんだよ? しかも泊りがけで!

 それにこうして弟君や由夢ちゃんたちと一緒に通学路を歩いてるだけでも嬉しくなっちゃうし。由夢ちゃんもそうでしょ?」

 

「それも否定しませんけど、大丈夫かな?」

 

「ん? 何か心配事でもあるのか?」

 

「これですよ、これ」

 

 そう言って由夢ちゃんは自分の制服のスカートの裾を摘まみ上げる。そう、制服(・・)のスカートだ。

 

「健康的な足じゃないか」

 

「いや、そうじゃなくて。制服だよ」

 

「似合ってるじゃないか」

 

「や、だってもう本校卒業して一ヶ月も経ってるんですよ? それでこの格好って……」

 

「お前はたったの一ヶ月じゃねえか」

 

 まあ、僕たちなんてもう1年近くは経過してるしね。それで中等部時代の制服なんだから、かなりキツめに感じるし。

 

「ふ~ん、由夢ちゃん。それはお姉ちゃんに対するあてつけかな?」

 

 笑顔で躙り寄る音姫さんが異様に怖い……。

 

「や、そ、そういうわけじゃ……ただなんか、卒業してからまた着るっていうのは、恥ずかしさがあるっていうかなんていうか」

 

 必死に否定するが、全くもってフォローになってないね。

 

「そんなの私だって恥ずかしいよ……。だってねえ? ほんと、何年ぶりかしらこの制服」

 

「……私は雄二が望むならどんな格好だっていい」

 

「そうか。だが俺は中高生の制服姿なんて求めてねえからな」

 

「……うん。雄二が求めるのは裸Yシャツに裸エプロン、浴衣に猫耳──」

 

「ちょっと待て、翔子! 前半2つは以前バレたからいいにしても、他2つはお前には告げてない筈だ!」

 

 前半2つはバレたんだ……。

 

「……雄二の部屋に入ったら、またそういう本があったから」

 

「いや、待て。あの本にしたって警戒に警戒を重ねて厳重に保管した筈だし、そもそも今俺の住んでるのは学生寮だ! なんで女のお前が侵入できる!?」

 

「……雄二の婚約者で届け物があるって言ったら『こんな可愛いお嫁さん候補がいるなら入れないわけにはいかないでしょう。後で彼の秘蔵書の隠し場所を教えてあげるから行っておいて』って言ってたから。あの本もその時に隠し場所を教えてもらったから」

 

「あんの寮長っ! 自分が独身で婚期逃したからって、学生相手に八つ当たりか! それでもいい歳した大人か!」

 

「……そして、その本は大事な部分だけ切り取って後は燃やした」

 

「ちくしょおおぉぉぉぉ!!」

 

 雄二の魂の叫びが天空に響いた瞬間だった。やはり雄二の私物は未来永劫、霧島さんに管理される運命にあるようだ。

 

「はいはい、みなさま! お元気そうで!」

 

 雄二が血の涙を流していると、背中から声をかけられた。

 

「オッス、渉」

 

「おはよう」

 

「おう、おはよう。ところで、坂本がなんか血の涙流してんだけど、何かあったか?」

 

「ああ、うん……男の大事な参考書をちょっとね……」

 

 直にエロ本なんて女の子の前じゃ言えないので、少し婉曲的に言った。

 

「ん? ……ああ、そういうことね。坂本も災難だなぁ……」

 

 僕の言ってることがわかったのか、雄二に向けて同情の視線を送る。

 

「で、義之。お前、ニヤニヤして。何か良いことでもあったのか?」

 

「ん? そう見えるか?」

 

「そりゃあ、そんだけニヤニヤしてりゃあ──あ、わかったわかった! そりゃあ、そうだよな。そうに決まってるよなあ」

 

「何だよ、気持ち悪いな……」

 

 渉が何か納得したようにうんうんと頷いていた。それから視線を義之から外すと音姫さんに寄っていく。

 

「おはようございます、音姫先輩」

 

「おはよう板橋君。今日も元気だね」

 

「はい、それがこの板橋渉のアイデンティティーですから! それにしてもいやはや、お美しい。やはり音姫先輩にはこの制服がよくお似合いですねえ!」

 

「え、そうかな?」

 

 渉の言葉に音姫さんが照れる。それを見て義之が若干ムッとした表情を浮かべるのが横目で見えた。

 

 いや、嫉妬ですか。義之も男らしい感情を持つようになったものだ。

 

「そして由夢ちゃんもおはよう! やっぱり可愛いなあ、付属の制服。毎日その格好でもいいんじゃないか?」

 

「や、それは流石にちょっと……」

 

「専門学校にひとりだけ制服で通ったら浮きまくって速攻で噂になるわ」

 

 それでも、可愛いのは同意できるので渉の言うこともわからなくはない。

 

「おおい、義之よう!」

 

 そして渉は突然義之に絡んでくる。

 

「そりゃそうだよなあ、お前はニコニコもするよ、ニヤニヤもするよ。俺だってそうなるさぁ!」

 

「いや、なんの話だよ?」

 

「かーっ! 相変わらずお前はラブルジョワ野郎なまんまだよ! 音姫先輩と由夢ちゃんの、掟破りのワンスモア制服姿を両手に抱えて好き勝手できるんだからな!」

 

「人聞き悪いことを言うな。大体俺は──」

 

「俺は、何だ?」

 

「……いや、なんでもない。お前の脳内も全く進歩がないようで、ある意味安心したなって」

 

 渉の言葉に反抗して咄嗟に告白じみたセリフが出そうになったのだろう。

 

 流石にこんなところでこんな形の告白なんて義之も望んでないだろうし、僕もそうなってもらいたくはない。

 

 それではこちらが困る(・・・・・・)

 

「これでもしクールに落ち着いて、『恋愛何それ美味しいの?』や、『女の子には興味ありませんから』とか言われたらどうしようかと思ったぜ」

 

「そんなの俺じゃない! ていうか、後半はただのホモじゃねえか!」

 

「あら、違うのかしら?」

 

「違う! って、おお、お前らも久しぶりだなあ! なんだよ相変わらずだな」

 

「ふふ、そっくりそのままお返しするわ」

 

「渉君も全然変わってないもんね~」

 

「久しぶりって、一昨日会ったばかりじゃない」

 

 ここで雪月花の3人も揃った。

 

「ていうか、おい杏よ。さっきの違うのかってのはどういう意味だよ? 俺は純粋に可愛い女の子しか興味ねえよ!」

 

「あら……でも、確か中等部卒業した時に後輩の男の子(・・・)からラブレターもらってたわよね?」

 

「やめろおおぉぉぉぉ! 余計なもん思い出させないでくれる!?」

 

 渉が頭を抱えながら叫んだ。ああ、そういえばそんなことがあったなあ。

 

 付属卒業と同時に渉のロッカーに手紙が入ってたんだって聞いて、僕らは遂に渉にも春が!? なんて驚いたんだよなあ。

 

 そしていざ、渉に手紙の中を読ませてもらって、前半は本格的だなと盛り上がってたが、最後の一文には『俺のアニキになってください』なんてあって、おかしいなと思ったら、その手紙の送り主はなんと男だったのだ。

 

 その事実を知った渉はこの世の終わりだとでもいうような顔で真っ白に染まったのはいまだ記憶に新しい。

 

「ああ、それ月島も聞いたよ。なんか、すごい情熱的だったって」

 

「月島にまで!? 言ったの杏と茜だろ絶対!」

 

「ついでにななかにも……」

 

「白河に言ったのは明久、オメェだろぉ!?」

 

「あ、あはは……」

 

 僕は苦笑いでごまかすしかなかった。だってななかちゃんがキラキラした目で何があったのって尋ねてくるんだもん。

 

「えっと、名前は確か……当時、2年3組の『アオヤマタケシ』だったかしら?」

 

「杏~! 俺の顔と名前うろ覚えで何でそういう所はキチンと覚えてるのかなぁ!?」

 

 そうして賑やかな会話が続いていく。いや、単に渉がぎゃあぎゃあと抗議してるだけなのだが。

 

「おっはよ~、明久君♪」

 

「あ、ななかちゃん。おはよう」

 

 渉の抗議している状況を眺めてるとななかちゃんとも合流できた。

 

 うんうん、久しぶりのななかちゃんの付属の制服姿。可愛い……目の保養になるよ。

 

「それにしても、久しぶりだなぁ。この光景」

 

「あはは……まあ、これを見るとあの頃に戻ったみたいだね」

 

「うんうん」

 

「……あ、そうだななかちゃん」

 

「ん?」

 

「それ……髪短くした今でも、すごい似合ってるよ」

 

「え、えぇ……そうかな~?」

 

 僕がななかちゃんの制服姿を褒めると、照れくさそうにモジモジとする。その姿が余計可愛く見える。

 

「明久君が気に入ってくれるならいいんだけど……久しぶりに着たからか、結構キツく感じるんだよね~」

 

 まあ、本校のならともかく、付属の頃の制服だもんね。その頃から比べたらななかちゃんだっけ結構成長してるわけだから。

 

 身長もだけど、主にある一部分が。どこが、とは言えないけど……。

 

「明久く~ん。何処見てるのかな~?」

 

 しっかりバレてるし! 顔がすごいニヤけてる! 絶対僕の視線が何処行ったのかわかって言ってる!

 

「ほらほら~。何処見たのか言ってごら~ん?」

 

「い、いや別に何処も……?」

 

「ほら~。怒らないから正直に言ってごら~ん?」

 

「え、えっと……」

 

「素直に言ったらどうかな~? それとも、確信がないなら実際に確かめるとか?」

 

「た、確かめるって……?」

 

「そりゃあ……触って?」

 

「ぶっ!?」

 

 ななかちゃんのトンデモ発言に僕は吹き出した。

 

「いや、無理無理無理! 人前でそんなの恥ずかしいから!」

 

「あれれ~? 別に触るなら頭や肩でもいいけど、人前で触るのが恥ずかしいなんて……明久君は何処を見て言ったのかな~?」

 

「♀□◎▲※√†⇔■~~~!!」

 

 わかってる! 絶対この娘わかって言ってる! この状況楽しんでるよ~!

 

 ななかちゃんって、偶にこうして僕の恥ずかしがるところを愉しむ時がある。楽しむではなく、愉しむ。ここ、重要。

 

 そんなこんなで、朝の登校の道中が賑やかなものとして過ぎていった。

 

「……ちなみに雄二、私の胸……ようやくEまでいった」

 

「いらねえからな、そんな情報!」

 

 後ろから妙な会話が聞こえた気がするが、記憶に留めてはいけない気がしたのは余談だ。

 


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