バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第八十八話

 

『こちら、空撃A機。目標を捉えました』

 

「ご苦労だ。これで奴らも観念するだろう」

 

 グラウンドの隅でリオが無線機でヘリの操縦者と連絡を取り合っていた。

 

 これだけのものを用意すれば、向こうは降参せざるを得ないだろうと確信しての行動だ。

 

 あとは向こうが降参宣言するのを待つばかりだと、そう思ってた時だった。

 

 ──ブォン!

 

 突如、ヘリが回転を始めて徐々に高度を落としていく。

 

『コ、コントロール不能! 不時着します!』

 

「一体何があった?」

 

 ヘリが不時着しようとしても、リオは至って冷静にしている。

 

『わかりません。機体に衝撃が走ったと思ったら、急にヘリのコントロールが……』

 

「わかった。ヘリは諦めて学園内の部隊を急がせて──」

 

「させると思う?」

 

 背後から第三者の声が聞こえた。振り向けば、そこには屋上にいたはずの明久と雄二がいた。

 

 否、明久の足元に別の……明久をそのまま小さくしたような奇妙な生き物が立っていた。

 

「ほう。また随分と愛らしいものを連れてるようだが?」

 

「それはどうも。男に言われてもちっとも嬉しくないけどね」

 

「ふっ。どうやってヘリを落としたのかは知らんが、こんな所に足を踏み入れて帰れると思うな」

 

 リオが右手を上げると、リオの周囲に控えていた隊が明久たちに向けて銃を向けた。

 

「遅いよ」

 

 瞬間、ヒュン、と風を切るような音と共に周囲に突風が巻き起こった。

 

 同時に隊の手に持っていた銃がひとつ残らず壊されていた。これにはリオも僅かながら驚きを見せた。

 

「残念だけど、それは壊させてもらうよ」

 

 明久の足元では明久に似た何かが木刀を持って構えていた。

 

「それは……」

 

 さしものリオも、明久の傍らで木刀を構えている生き物の機動性及び、明久の意思によって行動しているという状況にこのゲームで初めて驚愕の表情を見せた。

 

「ちなみに、さっきヘリを落としたのもコイツだ。コイツにこれをヘリに向けて投げさせてな」

 

 雄二が右手に持って見せたのは細い光沢を放つ糸のようなものだった。

 

「このかなり頑丈なワイヤーを幾重にも木にくくりつけて、先にも石をくくって、そいつをヘリに向けて投げとばせば、プロペラが勝手にこれを巻き込んで、木を引っこ抜いてくれるってわけだ。まあ、流石に木を振り回して安定できるとは思えないがな」

 

 雄二はいたずらが成功した子供のような表情で説明した。同時にリオもなるほどと理解した。

 

 ヘリの力さえあれば木を引っこ抜くなど、容易いだろうが、吊るして飛ばすならともかく、プロペラにワイヤーが絡まった状態ではバランスを保てず、最悪墜落もありえることだった。

 

「へっ。どう? 僕の腕前」

 

「やったのはお前じゃなくて、お前の召喚獣だろうが」

 

「これを操作してるのは僕なんだから、同じことでしょ」

 

 今明久の足元にいるのは召喚獣。文月学園で特殊な空間にて呼び出すことのできるもの。

 

 文月学園で受けた上限のないテストで得た点数とその点数に応じた強さを持った存在を戦わせる。

 

 その点数が0に、もしくは特殊な空間を出た時に消える。

 

 なら、何故そんなものがこうして活動できているのか。

 

「でもまさか、雄二……そんなのまだ持っていたなんてね」

 

「ああ……翔子から逃げるのに必死でこいつをババアに返すのをすっかり忘れてたぜ」

 

 雄二は左手を揺らしながら答える。その手には白い光沢を放つ腕輪が付けられていた。

 

 雄二の手にあるのは『白金の腕輪』。文月学園のイベントで明久と雄二がトップを勝ち取った際の商品として受け取ったもの。

 

 その腕輪の能力……既に学園長である藤堂カヲルに返却した明久の腕輪は『二重召喚(ダブル)』。文字通り、召喚獣を二分化させ、同時に操らせるという能力。

 

 大して雄二の腕輪はいわば教師の代理とも言える。召喚獣を呼び出す空間は教師の許可のもとで形成されるものだが、雄二の持つ腕輪は教師と同じようにフィールドを作り出すことができる。ただし、作り出されるフィールドの教科はランダムに設定される。

 

『 科目:現代国語 Fクラス 吉井明久 48点 』

 

「点数は雑魚レベルだが、人間相手ならこの程度でもやれるだろう」

 

「点数低くても、人間の何倍もパワーあるもんね。ま、おかげで一気に逆転できそうだけどね」

 

 明久が手の骨を鳴らすと、召喚獣をジリジリと前に詰め寄らせ、気を伺う。

 

 対してリオは自分の知らないものを目の前にしているというのに、飄々と立ち尽くしたままだった。

 

 明久は無防備すぎでないかと疑ったが、今大将を潰せば一気に逆転できると思い、いざ行かんと力を込める。

 

「いっけー!」

 

 明久の叫びと共に召喚獣が飛び出した時だった。

 

 ──ガウン!

 

 一発の銃声が響くと共に、明久の召喚獣が吹き飛んだ。

 

「ぐああぁぁぁぁ!」

 

「明久!?」

 

 それと同時に明久が頭を抑えて地面を転がる。

 

「ん? どうしたのかな? まるで自分が撃たれたかのような痛がりようだが」

 

 リオは地面に倒れる明久を見下ろして尋ねる。

 

「ぐ……お前、スナイパーまで用意したってか……」

 

「私は誰が相手だろうと手は抜かん。そういうことだ」

 

 雄二の言葉に肯定するように答える。同時に周囲を見渡すと、塀の上や茂みの影からいくつか銃口が突き出しているのが見えた。

 

 どうやら明久の召喚獣は銃によって攻撃されたようだ。

 

「ふむ、理由はわからんが……ソレと彼の感覚は共有しているようだな。人間ではなかったので実弾を撃たせてしまったから、痛みは相当だろうな」

 

「な……」

 

 しかも明久の召喚獣を撃ったのは実弾だと言った。

 

 明久の召喚獣から本人に伝わる痛覚はある程度軽減されてるから大事になるほどの怪我はないだろうが、それでもこの闘いに本物の銃弾を容赦なく使ったリオの気が知れなかった。

 

 いや、それはヘリを用意してきた時点ですでに理解の外にあった。

 

「さて、いきなりの登場に驚きはしたが、これで君たちも詰みだ。屋上にいる妹や仲間たちにも、

 大人しくこちらに来るよう説得してはくれないかね?」

 

 明久を抱える雄二を見下ろしてリオは淡々と告げる。

 

 明久も痛みに震えてるだけでまだ戦闘不能になったわけではないが、これ以上実弾による攻撃を喰らえばいくら痛みが軽減されようと人が耐えられるものではない。

 

 敵に囲まれてるこの状況では脱出すらままならないだろう。

 

「……わかった。みんなを呼ぶ」

 

 故に、雄二は降参を宣言した。その足元で、明久は痛みによるものか、悔しさによるものなのかわからない涙を浮かべながら地面に倒れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待つ事10分くらいか……雄二がインカムで連絡し、それを受けたみんなが茜色に染まったグラウンドに集まった。

 

 グラウンドの中心で僕はいまだ残る痛みで膝を着いたままだった。

 

「明久君!」

 

 ななかちゃんが僕のもとへ駆け寄って、召喚獣のフィードバックでダメージを受けてるのを考慮してか、声は強いが、僕に触れる手は優しいものだった。

 

「どうやら、これで全員揃ったようだな」

 

 僕らから少し離れたところでリオは傍らにフローラさんとジェイミーさんを控え、更にその周囲にも取り囲むように黒服の男たちが並んでいた。

 

「兄様……」

 

「まったく、無駄な手間をかけさせてくれたものだ」

 

 大した興味も、勝利に対する感慨もないままリオはつまらなそうに言う。

 

「ヘリまで落としてくれたのだから、少しは期待していたのだが、存外つまらない幕引きだったな」

 

「直接じゃないにせよ、実弾なんて持ち出しておいたらもうこうするしかないだろ」

 

 リオの言葉に義之が憤怒を込めて呟く。

 

 第2・3陣が持ち出した特殊ゴム弾、攻撃ヘリ、更にスナイパーのプロに実銃。

 

 僕が召喚獣を使えるのがわかったから、まだ戦えてたけど、あんなの一介の学生でどうにかできる領分を超えている。

 

「だが、私の力の程がわかっただろ? 君たち庶民と私たちでは、ステージが違うのだよ」

 

 下賤の輩を蔑むような瞳で僕たちを一瞥する。

 

「身の程をわきまえろ」

 

「テメェ……!」

 

「義之!」

 

 小恋ちゃんが制止しようとするも、義之はそれを振り払ってリオのもとへ駆け寄ろうとするが、周囲に控えていた黒服が一斉に銃口を向けてくる。

 

 それを見てななかちゃんが僕を守ろうとするように後ろから抱き寄せてきた。

 

「落ち着いてください……ここは、ここからは私が兄様とはなさなければいけません。ですから、みなさんはここで……」

 

 強い決意を込めた瞳で、『ここからは口出しをしないでほしい』と、言う風に僕らを見回す。

 

 今更こいつに何を言っても無駄だと言いたいけど、ここはムラサキさんを信じるしかないと自分に言い聞かせる。

 

「さあ、約束通り私と来てもらおう。エリカ」

 

「…………」

 

 リオの言葉に、ムラサキさんは黙って立ち尽くすだけだった。

 

「どうしたエリカ? 何を考えている?」

 

「兄様こそ、何を考えているのです?」

 

 臆した様子もなく、ムラサキさんは正面からリオを睨みつける。

 

「無理やり連れ帰ろうとするだけならまだしも、フェアな勝負と言っておきながら、攻撃ヘリまで持ち出して……私には、兄様の考えがわかりまぜん」

 

「お前が私の考えを理解する必要などない」

 

 呆れるでも叱るでもなく、興味も持てないように言い放つ。

 

「まったく……何故、このようなちっぽけな島にこだわるのか……私の方こそ理解不能だ」

 

 リオは不快そうに呟く。ふざけるなと思った。むしろ不快なのは僕らの方だ。

 

「どうして、わかっていただけないの? この地には、素晴らしいものがたくさんありますわ!」

 

 強い思いを込め、ムラサキさんが必死にリオに訴える。

 

「私は初音島で……祖国では得られなかったたくさんの大切なものを得ました! ここの人々は、私にそれを教えてくれた。私に与えてくれた! 初音島は、そういう素晴らしい場所なのよ!どうして兄様は、それを見ようとしないの!」

 

 いつもの丁寧な口調も崩れ、ただ純粋に自分の心からの言葉をリオに向けて言い放つ。

 

「ふん……何をバカなことを……」

 

 だというに、ムラサキさんの必死の言葉をバッサリとリオは切り捨てる、

 

「兄様だって、きっとわかるはず! この地で共に生きてみれば……必ず見えてくるはずよ」

 

「こんな取るに足らぬ者たちを観察していても、得られるものなどあるまい?」

 

「いいえ、私には──貴重な体験でした。学園生活も……兄様に反抗して、逃げ回っていた時間でさえ、私には大切で、嬉しくて、素晴らしい瞬間でした」

 

「バカバカしい。現地の野蛮人に何を入れ込んでるんだ?」

 

「兄様!」

 

「エリカ……お前がそこまで愚かな妹だったとは……残念だよ。本当に残念だ。蛮族の思想に毒され……お前は王族として大切なものをなくしてしまったようだな」

 

「果たして、それはどうかな?」

 

 リオの言葉に、突然杉並君が横槍を入れてきた。

 

「本当に大切なものを持ってるのは、姫様と貴公……果たしてどちらなのかな?」

 

「……貴様、何が言いたい?」

 

 ここでリオの表情が微かに強張り始める。

 

「確かに此度は俺たちの負けだ。地下のアジトは次々と発見され……このゲームでも圧倒的な力を見せつけられ、我々は完敗した。権力も頭の回転も貴公の方が優れているだろう」

 

「ああ。それくらいは自負してるよ。それに、王族はかくあるべきだと常々思ってる」

 

「だが、大切なものに気がつかないで、お山の大将気取ってるのを見るのは──滑稽だな」

 

 ニヤリと、嘲るような笑みを浮かべて言い切る杉並君。

 

「なんだと!?」

 

 杉並君の言葉にとうとうリオも口調を荒げていく。

 

「お、おい杉並。あんまり煽るな……」

 

 雲行きが怪しくなったと見たか、義之が杉並君を抑えようとするが、それで止まる杉並君じゃなかった。

 

「おいおい、同士桜内。どうしたのだ? それに同士吉井もだ。貴様らは、こんな張りぼての王子様にただ黙っていられるような男ではなかったと思ったのだが?」

 

 わざと聞こえるように杉並君は声を大にして言い放つ。

 

「貴様……王族たるこの私を侮辱するのか?」

 

 リオの瞳に剣呑な光が宿る。

 

「侮辱なんてとんでもない。俺は事実を口にしているに過ぎない。もしそれを屈辱だと感じているのなら──自覚があるだけまだマシ、という事かな?」

 

「いい度胸だ……」

 

 リオが声を低くして右腕に何かを握ったかと思うと──

 

「後悔するがいい!」

 

 鈍色の光沢を放つ銃口を杉並君に突きつけてきた。

 

「リオ、何を!?」

 

「杉並!?」

 

「きゃーっ!?」

 

「兄様!?」

 

 リオが銃を持ち出すと、辺りから驚きと困惑の声が飛び交った。

 

「ほう? そんなものを取り出してどうする? 撃てるのか、貴公に?」

 

「私を見くびるなよ?」

 

 怒りに震える双眸と、凶悪な銃口が杉並君を捉える。

 

「己の手を汚すことができるのかな?」

 

「私の手はとっくに汚れている。王家を侮辱した罪……己が命で贖え」

 

 リオが言葉を終えると同時に銃声がグラウンドに響き渡り、銃から放たれた弾が杉並君の胸を射抜く。

 

「なっ……」

 

 杉並君が珍しく信じられないといった表情を浮かべ、自らを打ち抜いたリオの顔を呆然と見つめる。

 

 それからゆっくりと膝から崩れ落ちていくのが見えた。

 

「す、杉並!?」

 

 義之が杉並君のもとへ駆け寄り、その身体を支えようとするが、その前に杉並君の身体が横向きに傾いていき、やがて地面に倒れる。

 

「い……いやああぁぁぁぁ!」

 

「杉並!?」

 

「杉並……おい、杉並!?」

 

「ムッツリーニ! すぐに応急処置を!」

 

「……ダメだ。今必要な道具を持ち合わせていない……!」

 

「マズイぞい……杉並の呼吸が浅くなっておる……!」

 

「おい、嘘だろ! 杉並!」

 

「揺するでない! 余計に命を縮めてしまうだけじゃ!」

 

「う……」

 

「そんな……杉並、君?」

 

 杉並君が打ち抜かれ、更に胸から溢れ出る血潮を見て声をあげる者もいれば、その現実を受け止めきれず、その場に腰を抜かす者も出た。

 

「兄様……なんてことを!」

 

 ムラサキさんは顔が青ざめ、信じられないものを見る目でリオを睨みつける。

 

 僕も今回は黙ってムラサキさんを信じようとしたが、こんなのもう耐えられるわけがない。

 

「リオ……お前、お前は……自分が何をしたのかわかってるのか!」

 

「そいつは我がフォーカスライト家を侮辱したのだ……捨て置けばいい」

 

「テメェ!」

 

「明久君!」

 

 僕が身体を起こしてリオのもとへ駆け寄ろうとするが、ななかちゃんが後ろから腕を回して恚乱する僕を止める。

 

「そんな……」

 

 平然と人ひとりを殺して尚眉も動かさない兄に対してムラサキさんは呆然と立ち尽くす。

 

「エリカ様!」

 

 膝から崩れ落ちようとするムラサキさんのもとにフローラさんが駆け寄る。

 

「これが──これが、あなたのお兄様の本性なんです!」

 

「兄様……」

 

「意にそぐわぬという理由だけで、いともたやすく人の命を奪う。そんな危険な人物に国を……あなたの国を任せることができますか!?」

 

「…………」

 

「この先、もしもリオが王になれば、このようなことは何度でも繰り返されることになります! 王家に逆らう者、自らの意にそぐわぬ者、その全てをリオは切り捨てるような人間です!」

 

「でも、兄様は……」

 

「ご学友の命を奪ったのは、リオなんですよ!」

 

 既にリオを名前呼びしているフローラさんの言葉に、思いたゆたうムラサキさんの身体がびくりと震えた。

 

「民を導くのは──降伏な未来を約束してくださるのは、姫様しかいません! それとも、このような事が繰り返されても良いのですか、姫様!」

 

 悲鳴にも似たフローラさんの訴えに、ムラサキさんがゆっくりと立ち上がる。

 

「そんなこと、させるわけにはいきません」

 

 正面からリオを見据えるムラサキさんの表情は、いつもの凛としたものだが……僕たちが知ってるものとは違う、学生としてでなく、王家の者として大きな義務を背負った、一国の姫君のものだった。

 

「兄様。これ以上、愚かな真似をなさるというのなら──王家に名を連ねる者として、兄様を止めなければいけません。いいえ……ここで兄様をお止めします!」

 

「そうか、ならば……」

 

 リオの顔からは一切の感情が抜け落ち、同時に銃を構えた。

 

 あいつ、まさか──!?

 

 リオが何をしようとしてるのか理解した瞬間、僕は動きを止めていたななかちゃんを振り払って、ムラサキさんのもとへ駆け寄ろうとする。

 

 その時、脳裏にはさっき胸を貫かれ、緋色の鮮血を流して倒れた杉並君の姿が浮かんだ。

 

 このままではまたさっきと同じことが繰り返される。そんなことはさせまいと足腰に力を入れて速度をあげる。

 

「お前も、死ね」

 

 だが、無情にも僕がムラサキさんのもとへたどり着くよりも先に銃が音を立てるのが速かった。

 

 けど、まだ着弾はしてないと自分に言い聞かせながら僕は足を止めなかった。

 

「ムラサキさ──」

 

 でも、僕が自身を盾にしようとする寸前にムラサキさんの身体が後ろ向きに反れた。

 

 そしてその身体はゆっくりと落ちていき、地面に倒れた。

 

「ム、ムラサキ……さん……!?」

 

 信じられなかった。けれど、今僕の目に映るのは、胸元に真紅の何かが制服を染め上げ、

 ムラサキさんはピクリとも動かなかった。

 

「ムラサキさん!?」

 

 僕は彼女を抱き上げ、必死に呼びかけるが、意識が全くない。

 

 幸いというべきか、まだ呼吸はあるようだが、位置からして肺を打ち抜いてる。このままでは本当に死ぬのも時間の問題だ!

 

「バ、バカな……エリカ様を撃つだなんて……それでは、私たちの計画が──」

 

 僕の隣でフローラさんが呆然と呟いた。

 

 その中に妙に引っかかるものを感じたが、今はそれどころではなかった。

 

「リオ!」

 

 どうにかムラサキさんを助けてもらおうと動こうとしたところに、突然フローラさんが逆上したかのように叫び声をあげると、彼女は懐から銃を取り出した。

 

 まさか彼女、ムラサキさんの復讐のためにリオを殺すつもりだろうか!?

 

 確かに僕だって、杉並君にムラサキさんの命を奪ったアイツが赦せない。

 

 けれど、今僕がリオを殺したところで、2人が喜ぶのか?

 

 …………いや、違うだろ!

 

「フローラさん、待って!」

 

「な、何を──」

 

「僕だって……僕だってリオの事は許せない! けど、そんなことしたって2人が喜ぶわけがない! どんな理由でも、どんな相手でも、人の命を奪っちゃダメだ!」

 

「は、離しなさい! リオは……リオは私たちの計か──」

 

 フローラさんの言葉は最後まで紡がれず、唐突にその場で倒れこんだ。

 

 見ると、いつの間にかフローラさんの背後にジェイミーさんが手刀を構えていた。

 

 どうやら彼女がフローラさんに当身を喰らわせたようだ。

 

「残念だろフローラ……君の事は割と気に入ってたのだが」

 

 杉並君やムラサキさんを撃っても顔色ひとつ変えなかった男が、今フローラさんを気絶させただけで哀しそうな表情をしている。

 

 その差に納得のできなかった僕は口を開いた。

 

「リオ、答えろ……なんで、杉並君を……そして、ムラサキさんを撃った!? 僕の友達を……何より、自分の家族をなんで撃ったんだ! ムラサキさんは……こんな状況になっても、兄であるあんたを、優秀で、優しい人間だったって、自慢してた。なのに、なんで……答えろ!」

 

「……私の意にそぐわぬのなら、そんな妹など不要。むしろ王家の血など邪魔でしかない」

 

「っ! お前ぇ!」

 

 僕はリオのもとに駆け寄ると、怒りに身を任せ、気づけばリオの胸ぐらを掴んでいた。

 

「血の繋がった妹を……あんたのことをあんなにも信じてた娘を、不要……? 邪魔? 王家の血が邪魔でしかない……お前は、お前は何様のつもりだ!」

 

「ほう? その震えた手で何をするつもりだ?」

 

 僕がリオの前で握って拳を見ても余裕の表情を崩さなかった。

 

「私に無礼なことをしたらどうなるのか、もうお前に教えた筈だが。それとも、まだ理解できなかったかな?」

 

 確かに、リオは躊躇いもなく僕の友達を撃ち殺した。後ろにはムラサキさんのことに気を取られて見えてなかったが、フローラさんを一瞬で気絶させたジェイミーさんは間違いなく腕が立つ。

 

 更に周囲には銃を構えた黒服たち。恐らくこの場にいる奴らが持ってるのは全て本物だろう。

 

 僕がリオに危害を加えるか、リオが声をあげるかすればその瞬間……。

 

「その汚い手をどけろ。下賤の者よ」

 

 ……でも、だから何だ?

 

「何が汚い手をどけろだ……そりゃあ、下賤の者だってのは否定できないかもね。でも、杉並やムラサキさんを……僕の大事な友達を奪ったお前は、絶対に許せない!」

 

 僕は握った拳を振り上げる。

 

「王族だからって、なんでも自分の思い通りになると思ってんじゃねえよ!」

 

 そして握った拳を力の限り振り抜くと、拳はリオの頬へと吸い込まれ、全体重とあらん限りの怒りと嘆きを込めた拳がリオの身体を数メートル先まで吹き飛ばした。

 

 それでもまだ足りず、再び飛びかかろうと足腰に力を入れたところで──

 

「まあ、落ち着け、吉井よ」

 

 突然聞き覚えのある声がかかると同時に肩を掴まれた。

 

「え……?」

 

「そこまでにしておけ」

 

 振り向いた先にいたのは、リオに撃たれて倒れた筈の杉並君だった。

 

 その胸は今もなお血で染まってるが、彼は何事もなかったかのように平然と立っている。

 

「いやあ、まさか俺のために、そこまでしてくれるとは思わなかったぞ。うんうん……不覚にも感動してしまったではないか」

 

「い、いや、杉並君……?」

 

「ど、どうなってんだ……?」

 

「杉並、お前……撃たれた筈、だよな?」

 

「杉並君……平気、なの?」

 

「え……? 生きてる……?」

 

 周りのみんなも、何が起きてるのかわからないようで愕然としていた。

 

「まあ、色々と聞きたいことはあるだろうが……まずはあっちを片付けるべきだな」

 

「あっちって……」

 

「ん……」

 

 また聞き覚えのある声が聞こえると同時に全員が同じ方向を向くと、今度はムラサキさんが不思議そうな顔をして身体を起こしていた。

 

「ム、ムラサキさん!?」

 

 ムラサキさんの意識が戻ったのがわかるとみんな彼女のもとへ駆け寄る。

 

「ムラサキさん、無事なの!?」

 

「え、ええ……あれ、でも……私は、確か……」

 

 ムラサキさんも、銃で撃たれた筈なのに何故自分は今平気でいられるのか不思議で首を傾げていた。

 

「おい、これはどういうことだ?」

 

 誰もが思っただろう言葉を雄二が口にしてリオを睨む。

 

「説明……しれくれるんでしょうね?」

 

 ムラサキさんも同じようにリオを睨みつけながら尋ねる。

 

「そうだな……君たちには、真相を聞く権利がある」

 

 おや? と、言わんばかりにみんなが目を見開いた。

 

 なんでだろうか……なんか、態度や口調がこれまでとは打って変わって柔らかくなってるような。

 

「ふむ……予想はしていたが、いざ目の前にすると中々に心にくるな」

 

「えっと……リオ、さん?」

 

「何かな? やはり、先程までとは態度が違いすぎるのに違和感があると?」

 

 僕は言葉も出せずに、ただ頷いた。

 

「確かにそうだな。だが、これにはワケがあるんだ。今回の計画のためにも、私は『悪役』を演じる必要があったのだ」

 

「じゃあ、今まで俺たちを見下した態度も全部演技なのか?」

 

「いや、全部が全部というわけでもないな」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた。でも、悪い感情は湧いてこない。

 

 ムラサキさんの言う通り、本当にこの人は本来、優しい人だということなのだろうか。

 

「で、聞きたいことはそんなことかな?」

 

「あ、いや……」

 

「もちろんよ。兄様が何を考えてるか……私には全然わからないわ」

 

 ムラサキさんは一旦リオから視線を外し、気絶したままのフローラさんのところへ歩み寄る。

 

「フローラ、フローラ……大丈夫?」

 

 ムラサキさんがフローラさんに呼びかけるが、彼女は意識を取り戻さない。

 

「急所は外しましたが、しばらく起き上がることはできないでしょう」

 

 気絶させた本人であるジェイミーさんが冷静に言い放つ。

 

「どういうことなのか、ちゃんと説明を……」

 

「まあ、簡単に言うなら、全ては……私と杉並君とが仕組んだ茶番……ってところかな?」

 

「正確には、俺とリオと……同士土屋と木下だがな」

 

「は……?」

 

 急に信じられないことを言われた。

 

「おい、お前ら……どういうことだ?」

 

「杉並……言ってることが全然わかんねえぞ」

 

「ハッキリ言えば、ムッツリーニも秀吉も……グルだったってことだろう」

 

「う、うむ……」

 

「……スマン」

 

「……とりあえず、どういうことか説明してくれる?」

 

 僕は低い声で尋ねる。

 

「お、落ち着くのじゃ明久。無論、ちゃんと説明はするぞい」

 

「なら、早速聞かせてもらうぜ。何でこんな手の込んだことを?」

 

「実は、我が国でクーデターの疑いがあったのだよ」

 

 雄二の質問に答えたのはリオだった。

 

「エリカが国を出ている間に、私と私の両親、すなわち、現国王と王妃を亡き者にしようという計画がね」

 

「なんですって!?」

 

 あまりの内容にムラサキさんが驚きの声を上げる。

 

 だが、それだけでは止まらなかった。

 

「そして、邪魔者たる私たちを消した後、何もしらないエリカを御輿に担ぎ出して、自分たちが政権を自由に操るという筋書きだったらしい」

 

「な──!?」

 

 ムラサキさんはあまりの内容に声を失う。

 

「…………ひょっとして、フローラさんもそのクーデターに?」

 

「残念なことに、そうなるな」

 

「どういうことだ、明久?」

 

「うん……さっきムラサキさんが撃たれた──かのように見せかけた時、あの人……計画だなんだって口走ってて」

 

「……なるほどな。ムラサキを自分たちが自由に操れるように、俺たちの協力者のフリをして、ムラサキに嘘を吹き込み、あんたに反発するよう仕向けたってわけだ」

 

「そのクーデターに、クエイシー家が加担してる可能性がある、という情報はかなり早い段階からあった。だが、クーデターの首謀者は不明だったし、フローラ自身が加担してるかどうかも、明確じゃなかった」

 

「そこで、一計を講じさせてもらった、というわけだ」

 

「杉並君は黙っててください。あとでじ~っくりお話を聞かせてもらいますから。もちろん、秀吉君もね♪」

 

「う、うむ……」

 

 珍しく秀吉が震えている。こりゃあ、後が怖いな。

 

「私がエリカを早い段階で無理やり連れ戻そうとすれば、きっと反発すると思ったんだよ」

 

「クーデターの主犯からすれば、今の王家を排除し、国内での地固めが終わるまでは戻ってほしくなかったんだろうな」

 

「で、いざ実行してみれば思った通り。中々うまくいった」

 

 満足げに頷くリオだったが、その表情から哀痛を感じた。

 

 王族ともなれば、こういう内部からの反乱だってあるんだろう。抱える苦悩は僕らでは想像もつかないものだろう。

 

「フローラはこの先、どうなるのです……?」

 

「…………」

 

「国家反逆罪の者がどうなるのか、姫様はご存知のはず……」

 

 黙るリオの代わりにジェイミーさんが返答した。

 

「…………」

 

 ジェイミーさんの答えにムラサキさんの顔に暗愁の色が浮かぶ。

 

 フローラさんがクーデターの一員なら決して軽い罪では済まないだろう。

 

 けど、姉妹同然に慕っていた人が、クーデターの一員だなんて今でも信じたくないだろうし、彼女が重い罰を受けるだなんていい気分にはなれないだろう。

 

「あの……クーデターの話ばかりなんですけど……なんで杉並君とムラサキさん……撃たれたのに平気だったんですか?」

 

 ななかちゃんが空気を変えようとしたのか、うやむやになってた疑問を再び浮かび上がらせる。

 

「そういえば、まだ聞いてねえ。一体どういうことだ?」

 

「ああ、それなら簡単だ。私の持っていた銃──アレは、元々空砲だったんだよ。多少の仕掛けはあるがね」

 

「空砲? じゃあ、あの血は……」

 

「……俺の保存していた輸血パックの血だ」

 

「あ、やっぱり……」

 

「そして、血を詰めたパックに少量の火薬を傍に置き、タイミングを見計らって

 それを起動させることで銃で撃たれた場面を演出させた。そうだな、秀吉?」

 

「うむ。そのタイミングを調整するのはホネじゃったぞ」

 

「で、あの銃はそのスイッチってわけ?」

 

「正解だ」

 

「じゃあ、ムラサキさんの方は? 杉並君の血の理由はわかったけど、2人も同時にできる仕掛けじゃないでしょう?」

 

「エリカも同じだよ。ただ、エリカは自分の持ってるものがそうだとは思ってなかっただろうけど……」

 

「ま、まさか──」

 

 ムラサキさんは自分の胸元からあるものを取り出した。それは、あの時になのか、壊れたペンダントがぶら下がっていた。

 

「このペンダントが、そうなのね?」

 

「ああ。それは私のコントロールで、血潮と音を出すんだけどね……ついでに、エリカが気絶する程度のショックも与えるんだよ」

 

「無駄に高性能な……」

 

「兄様! なんてことするんですか!」

 

 ムラサキさんが憤慨した。まあ、いざというときの保険なんだろうけど、流石に有無を言わさずに気絶させられるってのは気分のいいものじゃないだろう。

 

「こ、こんなもの──!」

 

 ムラサキさんが悔しそうにペンダントの残骸を地面に叩きつける。

 

「悪かった。今度は別のいいものを贈らせてもらうよ」

 

「結構だわ。またロクでもない機能をつけられたのではたまりませんから」

 

「あはは……」

 

 結局、最初からリオの手のひらで踊らされてたのか。

 

「さて、杉並君。君はどこから知ってたの?」

 

「野暮なことを聞くな、吉井。ほとんど最初からだ」

 

「……で、あの女がアジトに入り込めるようにしたり、奴らにアジトを見つからせたりしたのもお前か」

 

「正解だ」

 

 やはり……妙に見つかるのが早いと思ったら、杉並君がリオに情報を流していたからか。

 

「ふっふっふっ……まずは身内を疑え。生徒会役員の合宿で学ばなかったか?」

 

「「お前が言うな!」」

 

 僕と義之が声を揃えて言った。

 

「ああ、とりあえず話はわかった。他人の国とはいえ、国家レベルの事件が発覚したとなれば、ひとりの人間として動かないわけにはいかねえからな」

 

「ほう、わかってくれるか。坂本」

 

「ゆ、雄二?」

 

「どうしたんだ、坂本?」

 

 雄二がいやに素直に認めたのが気味悪かった。

 

 ん? 雄二が僕を見た。アレはいつもの合図……?

 

『至急、釘バットを10本ほど持ってきてくれ』

 

 ……ああ、うん。許していないのですね、わかります。杉並君、この話が終わったら全力で逃げた方がいいね。

 

「なぁんか、やりきれねーな。一生懸命やってたことが、全部リオやお前らの思惑通りってのは」

 

「秀吉君、ず~っと騙してたんだ……私にも相談せずに」

 

「せめて彼女には話した方がよかったんじゃない?」

 

「木下君、さいてー」

 

「そ、それに関しては本当にスマンかった……というか、雪村よ。それを何処で?」

 

「本人に聞いたのよ」

 

「そ、そうかの……」

 

 秀吉も秀吉でしばらくは肩身の狭い思いをしそうだ。

 

「それに関しては君たちには、本当に悪いことをしたと思ってる。心からお詫び申し上げるよ。すまなかった」

 

 誠実そうな瞳で深々と頭を下げてきた。まあ、騙されたのは腹立たしいけど、事情が事情だからなぁ。

 

 国や家族のためにやったことだから、僕らにそれを責める権利はない。

 

「本当ならすぐに済ませようとしたのだが、まさかあそこまで手こずるとは思わなかったんだよ」

 

 今日一日の攻防はリオにとっても予想以上の接戦だったんだろう。

 

 だから予定を早めようとヘリや本物の銃にスナイパーまで用意してきたわけだ。

 

「いや、中々見事だったよ」

 

「当然ですわ。私たちの本気を甘くみないでほしいわね」

 

「まあ、そのおかげで私がどれだけ本気か……どれだけ強引にエリカを連れ帰ろうとしたのかがフローラには伝わったわけだが」

 

「ってことは、少しは俺たちの行動も役に立ったってことか」

 

「ああ、君らの頑張りには感謝するよ。と、そうだ……何か私にできることはないかね?

 私にできることであれば、なんでも言ってくれ」

 

「そうだなぁ……俺たちが今週休んだ分、学園側に不問にしてもらうか」

 

「ああ、それに関してはとっくに掛け合っている。名目は『文化交流』ということにしてる」

 

「じゃ、俺様専用のメイドさんとかは?」

 

「渉……」

 

 ある意味予想通りの渉の頼みに僕らは呆れるしかなかった。

 

「うわっ、渉君サイテー」

 

「いいだろ、男のロマンなんだよ!」

 

「ふむ……我が家の古株でよければ幹旋しよう。今年で齢50になるが──まだまだ現役だぞ?」

 

「いらねー! 全力でいらねー!」

 

「そういうことなら、俺以外誰も侵入できねえ土地を提供して──」

 

「今すぐ雄二と結婚させるようにして」

 

「翔子!?」

 

「ほう……君たちは恋人かね?」

 

「……婚約者同士」

 

「捏造するな! お前はもうしばらく黙って──」

 

「雄二は口を出しちゃダメ」

 

「ぎゃばばばばばば!?」

 

 いつものように霧島さんは雄二を気絶させて結婚を進めようとする。

 

「……それで、結婚は?」

 

「ふむ……流石に現時点では無理だが、君たちが高校生くらいになれば我が国でも式を挙げることもできるが」

 

「あ、そういえばムラサキさんの国って行ってみたいかも」

 

「そういえば、ヨーロッパとは聞いたけど、どんな国なのかは知らないし」

 

「だったら、いつかみんなで行ってみない?」

 

「もちろん……旅費はお兄さん持ちで」

 

 女子たちがムラサキさんの国の事で盛り上がっていた。

 

「そういうことなら、喜んで。いずれ君たちを招待するとしよう」

 

 リオの返答に女子がムラサキさんを巻き込んで更に盛り上がった。

 

 色々ひどい目にも会ったし、やりきれないこともあったし、辛いものを見る羽目になったけど、それでも……ムラサキさんが転校することにならなそうで、彼女に笑顔が戻ってよかったと思った。

 

 これでまた僕たちの日々が戻る。

 

 それもまた……欠けてしまったものが、完全に戻るような、そんな予感を抱いて。

 


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