バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第八十七話

 

 ムラサキさんを護るためにリオとゲームという名の決闘を始め、もう何時間かが経過している筈。

 

 現在、僕らの砦というか、城である学園のうち、1階に侵入を許してしまい、僕らは2階へと移った。

 

 それから各場所の階段にて第2陣を待ち構えた。

 

 そして1、2階をつなぐ階段で新たな攻防が繰り広げられていた。

 

「ななかちゃん、次の!」

 

「はい!」

 

 僕がななかちゃんに合図を出してすぐにその手に何かの液体を入れた缶を持ってきてくれた。

 

 僕は彼女からそれを受け取り、中身を階段にぶちまけてやった。

 

 そして、こちらに向かってきた奴らが次々とその液体によって滑り出し、階段から転げ落ちていく。

 

「流石、杏ちゃんお手製のトラップ。人がゴミのように崩れ落ちていく」

 

 ちなみに中身はグリセリンやらワックスやら、とにかく滑りやすい液体を中心に満たしたものらしい。

 

 確かにそれだけ滑りやすいものがあれば階段なんかを昇るのにかなり手間取るし、更に妨害なんてすれば普通にあがるだけではまずここまで辿りつけまい。

 

「さて、後はムッツリーニの考えたこのトラップを仕掛けておけば……っと」

 

 僕はムッツリーニが考えたトラップ……といっても、簡単なものだ。

 

 相手が足を踏み入れてくるだろう箇所にスイッチを置き、それを踏んだ時に作動するもの。

 

 作動すれば、アイスピックの雨に大量の水、仕上げにはスイッチを入れっぱなしにしているスタンガンが水によって濡れた床にボトン。

 

 結果、足を踏み入れたものたちは感電する。

 

 その後も、遅かれ早かれ、仕掛けを取り除くには多少の時間はかかるはずだ。

 

 トラップを仕掛けた僕らはいざという時に呼び戻すよう杉並君に言い残し、他の人たちの援護に向かう。

 

「で、杉並君。今人手が必要そうな場所は?」

 

『一応、雪村の仕掛けたトラップで大体の人数が脱落しているようだ。だが、すぐに態勢を立て直してきている……来るぞ!』

 

「何処!?」

 

『桜内たちのところだな……あそこはトラップが少ない故、使い惜しんでるわけだ』

 

「了解! すぐにそっちに向かう!」

 

 インカムを懐にしまい、僕らは義之たちの護る2階渡り廊下へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「義之、お待たせ!」

 

「小恋っ!」

 

「あ、ななか! ど、どうしようどうしよう!?」

 

 到着するなり、小恋ちゃんが若干パニック状態になりながらななかちゃんに縋り付く。

 

「で、今の状況は?」

 

「壁から直接上がろうとしてきる。しかも数が多いからかなり手間取ってる。杏のトラップも数が少ないから無駄遣いもできないし……」

 

「そりゃ、なんとも無茶するなぁ……」

 

「トラック追いかけるために3階から飛び降りた明久君が言えたことじゃないけどね」

 

 はて、あったかなそんな……あったね。ていうか、今はそんなこと思い出してる場合じゃないね。

 

 まあ、壁を伝ってくるわけだから攻撃する隙はいくらでもあるんだけど。

 

 あれを1人1人相手にしなければならないとなると、こりゃかなりホネが折れる。

 

「ともかく、侵入は防がないとな」

 

「うん。そうだね」

 

 僕と義之はバリケード内に集めておいた消化器を手に取り、ピンを外す。

 

「とりあえず、こいつで窓の外の奴らを追い払うぞ」

 

「う、うん!」

 

「ラジャー!」

 

「備品の無駄遣い、ごめんなさいっと」

 

 詫びるようにつぶやいてから、窓を開け、それぞれの手近な場所から登ってくる敵に向けて消化器を噴射する。

 

「ぐっ! こ、この、やめ……!」

 

 敵たちも、学生相手とはいえ、軽装備はしていたのでしばらくは消化器の粉末に耐えていたが──

 

「うわぁっ!」

 

 やがて手を滑らせたり、粉末によって視界不良となって掴み損ねたものたちが落下を始める。

 

 何人かを巻き込んだりもしているが、たかが2階程度の高さからの落下で大した怪我はないだろう。

 

「ごめんなさああああぁぁぁぁい!」

 

「こっち、来ないで、くださあああぁぁぁい!」

 

 小恋ちゃんとななかちゃんも声を上げながら必死に敵を追い落としていく。

 

 だが、やはりこちらは数が多い。

 

「くそ……ここは杏のトラップの出番か」

 

 そういうと義之は懐から握りこぶし大の導火線のついた球状のものだった。

 

「お前ら、ちょっと離れてろ」

 

「え? あ、うん」

 

 義之の言う通りに下がると、義之は例の球状の何かの導火線に火を点けると、窓からそれを真下に振り落とす。

 

 それからしばらくすると──窓の外から眩いばかりの閃光が迸った。

 

 更にその後には次々と落下していく音が聞こえてくる。

 

「い、今のって、閃光弾?」

 

「えっと……らしいな。どうやってこんなもんを……」

 

「多分理科室からマグネシウムだとか拝借したんじゃない? あそこにある道具を使えば、目くらましとかに使えそうなものとかもあるし」

 

「いや、それをなんで杏やお前が知ってるんだよ」

 

 文月学園にいた時だって、逃走のために敵を離すような状況は多数あったのだからその手の自衛手段はある程度知識として頭に入っている。

 

 大体が雄二やムッツリーニからの入れ知恵なわけだけど。

 

「あわわ!? か、階段からも来るよ!」

 

 小恋ちゃんが声を上げると同時に、階段からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

「くそ……壁を使うのを諦めたか……」

 

「あっちもバリケードはあるけど、それもどこまで……か」

 

「ムッツリーニ……他に武器とか置いてない?」

 

『……階段の傍の掃除用具入れ。そのケースの裏の壁に空洞を作ってある。そこに武器も収めてる』

 

「なんで学園にそんなものを作るんだお前らは……」

 

 義之が呆れてるが、今はとにかく武器が必要なので急いでムッツリーニの言ったとおりの場所を探してみると、普通のものより少し口径の大きいライフルのような銃が置いてある。

 

「……いや、これ……本物じゃねえよな?」

 

『……無論、実弾など入っていない。その代わり、特殊な兵器を装填している』

 

「特殊な兵器って?」

 

『……今にわかる。ちなみに、それを使う時は相手の顔を狙え』

 

「相手の顔に……?」

 

 何が装填されてるのかはわからないが、すぐに階段から敵が姿を現し、踊り場へ足を踏み入れにくる。

 

 僕と義之は銃を持って構え、敵の顔に照準を合わせる。

 

「ふう……射ぇ!」

 

 引き金を引くと、銃口から緑色の何かが飛んでいき、敵の顔にスライムのように付着した。

 

「な、何だこれは……!?」

 

「べっ……なんだ、この言語じゃ説明できない味のついた──ぐぼぉ!?」

 

「お、おい! どうした!?」

 

「こ、これは一体……んごぉ!?」

 

「な、何なんだこれは!?」

 

 敵に何かが付着すると同時に当たった者は白目をむいて倒れ込んでいく。

 

「……ムッツリーニ、これは一体?」

 

『……それは、姫路の特性手料理……のレシピを真似て作った俺の手作りゼリーを弾丸状にしたものだ』

 

「な、なんてものを……」

 

 それは確かに兵器といって差し支えないものだ。

 

 いくらムッツリーニが手を加えて劣化しているものとはいえ、慣れてない人たちに姫路さんの手料理はかなり堪えるだろう。

 

 下手をすれば救急搬送しなければならない状態になるかもしれない。

 

 まあ、ちょっと痙攣を起こしているが、見た感じそこまで重症ではなさそうなのでこのままこいつを使わせてもらう。

 

『どうやら第2陣も撤退を始めたようだな。他の皆も無事のようだ』

 

「そうか、よかった。とりあえず、今回も凌ぎきれたみたいだな」

 

「そうだね」

 

「「やったぁ!」」

 

 杉並君からの報告を聞くと、ななかちゃんと小恋ちゃんは嬉しそうに互いを抱きしめながら喜んでいた。

 

 撃退できたのはいいが、敵の構成人数もまだわからないし、太陽も中心からかなり傾いているが、日没まではまだしばらく時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日も大分傾き、辺りはオレンジ色に染まりつつあるが、日没までまだ時間がかかる。

 

 今のところ勝ち続けているものの、1階はもう取り戻せないところまで制圧され、2階の方も大半のトラップを使い込んでしまった。

 

 態勢を立て直すために杏ちゃんたちは3階の踊り場に、義之たちは反対側の階段の2階踊り場、秀吉たちは空き教室で待ち伏せさせて構えているが、状況は厳しい。

 

 2階の廊下に残った僕とななかちゃん、雄二と霧島さんは手元にある武器でなんとか凌いでいるが、それもどれだけ保つのか……。

 

『吉井! 今何処にいるの!?』

 

 突然、インカムからムラサキさんの慌てた声が聞こえてくる。

 

 状況の説明は杉並君に任せている筈だが、そんな疑問は置いて僕はインカムを持って応答する。

 

「どうしたの? ちなみに今は2階だけど──」

 

『すぐに白河さんを連れて逃げなさい! また壁を登ってくるわ!』

 

 どうやらまた壁伝いで敵が来るようだ。それくらいなら壁を登ってくる間に叩き落とせば──

 

 ──バリーン!!

 

 僕が窓に向かおうとしたところにガラスが砕け散ると、敵がひとり飛び込んでくる。

 

 それを合図に、立て続けに敵が窓ガラスを割って敵が雪崩れ込んでくる。

 

 しかも、動きがさっきまでの連中とは比べ物にならないくらい洗練されたものだった。

 

「くそっ!」

 

 僕はムッツリーニの姫路さんの手作りクッキー擬きの入った銃を撃って命中させるが、相手は生意気にもマスクを被ってキッチリと対策をしていた。

 

 顔についたゼリーを手で拭うとすぐにこちらに向かって走り出す。

 

「ななかちゃんは階段つかって上に行って!」

 

「あ、明久君は!?」

 

「僕はこっちで遊撃する! 今度の奴は固まってどうにかできる相手じゃない!」

 

「追え! 逃がすな!」

 

 ななかちゃんを逃がそうとするが、向こうも結構足が速い。追いつかれるのは時間の問題だろう。

 

「とにかく! こっちはなんとかするから!」

 

「う、うん……でも、絶対に無理しないでね!」

 

「了解!」

 

 階段の前まで行くと、僕は再び銃を使って敵を迎え撃つが、命中してもマスクについたゼリーを拭ってすぐに走り出す。

 

 だが、一瞬でも視界が潰れればななかちゃんを逃がす時間も稼げる。

 

 向こうの注意も僕に向いていたので僕は敵を引きつけつつ、踊り場から離脱した。

 

 けど、それでも今までと違うのか、このままでは追いつかれる。

 

「杉並君! 何処か逃げられる場所ない!?」

 

『慌てるな。とりあえず、学園長室まで逃げ延びろ』

 

「学園長室だね!」

 

 僕は階段にいた敵を躱しながら全力で学園長室へ逃げ込む。

 

 一応鍵をかけておいたが、2階にいた時よりも多くの人数を引きつけてしまったた長くは保たないだろう。

 

「で、このあとは?」

 

『部屋の隅の床板の1枚だけ色の濃い場所がある筈だ。そこが落とし戸になっている』

 

「それって、地下アジトの入口?」

 

『そうだ。いいか、地下に降りたら、B13通路を通って隣の地下アジトに迎え。そこの脱出用階段を使えば上に出られる筈だ』

 

「了解!」

 

 僕は杉並君の指示に従い、地下アジトを抜けた後、脱出用の階段を出たわけだが──

 

「サブターゲット発見! 標的1!」

 

『ああ、スマン吉井。上のルートはB29だった』

 

「このアホ──ッ!」

 

 僕はすぐに脱出用の階段を塞いでから正しいルートに戻って以前の3階のマジックミラーの裏の出口へとたどり着いた。

 

 たく……杉並君、いつか覚えててよ。とりあえず、杉並君への説教は後回しにして状況を聞こうとインカムを出す。

 

「こちら吉井。杉並君、とりあえず逃げられたけど、その後の状況は──」

 

『うわあああぁぁぁぁ!』

 

 突然、渉の錯乱したような声が響いてくる。

 

「わ、渉!?」

 

『おい、渉! 何があった!?』

 

 渉の悲鳴を聞いたのか、義之もインカムに怒鳴りつける。

 

『吉井、桜内、状況が変わった。本部まで撤退しろ』

 

「その前に、何があったの!?」

 

 今の渉の悲鳴はただ事ではなかった。

 

『あ、あいつら……銃を撃ってきやがった!』

 

『銃? 土屋たちが用意したようなやつじゃなくてか?』

 

『マジモンだ! 本物だって! 壁にどんどん穴つくって来てるぞ!』

 

『正確には暴徒鎮圧用のゴム弾よ。流石に当たっても死にはしないけど』

 

 渉の声に混じって銃声が何発も響き渡るのが聞こえてくる。

 

 まさか、リオの奴……本気で僕たちを潰す気なのか?

 

 とにかく、相手が本格的な武器を持ち出した以上、僕たちのトラップだけで凌ぎきれる相手ではない。

 

 僕は全速力で本部へ向かって駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急いで本部にたどり着いて最初に目にしたのは、仲間たちの意気消沈していた光景だった。

 

 まあ、仕方ないと言えば仕方がないところだ。何しろ相手は銃を所持しているのだ。

 

 殺傷能力があるわけじゃないが、あんなものに太刀打ちできる奴はそういるもんじゃない。

 

 僕たちは完全に窮塞していた。

 

「兄様……まさか、そんなものまで……」

 

 ムラサキさんもまさかというような表情だった。

 

「ふむ……向こうもとうとう本気になったということか」

 

「けど、いくらなんでも銃は反則だよぉ……」

 

「だが、武器なしなんてルールはいれてねえ。俺たちがあらゆる手段を実行できるようにその辺りをルールに取り入れてなかったが、まさか向こうから物騒なものを用意してくるとはな」

 

 雄二もまさか学生である自分たち相手にプロや銃を取り入れてくるとは予想できなかったようだ。

 

「で、どうするよ? アレをどうにかしないと、どうしようもないぞ」

 

「けど、もう武器もなければ、トラップだって使い尽くしたんだぞ」

 

「ああ、早く日没になって~……」

 

 小恋ちゃんが懇願するように太陽の方を向く。太陽が完全に隠れるまであと8割といったところだが、それが今はものすごく遠く感じてしまう。

 

「まだだ……まだ何かあるよ」

 

「何があるってんだ。もう出せる手は尽くしたってんだぞ」

 

「けど……ここでただ諦めるんなら……どんなに格好悪くても僕は最後まで暴れてやるさ。ただでやられてたまるか。絶対に大多数を道連れにくらいはしてやるさ」

 

「明久……」

 

「そうだな」

 

 みんなの顔に僅かに希望が灯った気がした。だが、その希望もすぐに打ち砕かれてしまう。

 

 屋上に大音量のローター音が響き渡る。

 

「ヘ、ヘリ!?」

 

 僕たちの目の前に大型のヘリがゆらりと姿を現した。しかも、ご丁寧に左右に武器が取り付けられた軍用の攻撃ヘリだった。

 

「ちょ、ちょっと待てよ、無茶苦茶だぞアイツ!」

 

「どうやら……これがリオの本気ってことか」

 

 本気になれば、僕たちなんて虫けらも同然だと……そう言いたいってことか。

 

 さっきのは本当にゲーム感覚でやってただけだと、そう言われた気分だった。

 

「もう……無理ですわね」

 

 ムラサキさんが観念したように呟く。

 

「ちっ! どこまでもムカつく野郎だなオイ!」

 

 雄二が苛立ちながら金網を乱暴に殴りつける。その時、ふと目を見開いた。

 

「……まだだ」

 

「あ?」

 

「まだ……終わっちゃいない」

 

「何言ってんだ、明久。いくらなんでもヘリを用意されたら敵わないだろう。こっちには武器がないんだ。そもそも、ヘリに勝てる武器を俺たちは持っちゃ──」

 

「持ってるよ。飛びっきりのやつが」

 

 義之の言葉を遮って僕は雄二の方を指差した。

 

「あ? 俺?」

 

「うん。雄二のソレ(・・)で」

 

「ん? …………なるほど。まだ可能性は残ってるわけだ」

 

「そういうこと」

 

 僕の言いたい事が伝わったのか、雄二が不敵な笑みを浮かべる。

 

 悪いけどリオ……僕たちはまだ諦めるつもりなんてないから。

 

「そっちがその気なら……こっからは、僕だって本気だ!」

 

 拳を握り締め、ヘリを向いて強く言う。

 

 今度はこっちがそっちに目にもの見せてやろうじゃないか!

 


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