バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第八十五話

「よし、上がってきていいぞ」

 

 地下アジトの出入り口のほとんどを失い、唯一の脱出口たる学園内へ続く階段を使い、ようやく外へ出られた。

 

「……って、ここ焼却炉の裏じゃねえか」

 

 あ、何か見覚えあると思ったら焼却炉だったのね。

 

「で、あの王様気取りは?」

 

「……探知範囲内に姿はない。今のところは大丈夫だ」

 

 索敵に優れたムッツリーニが周囲を見回しながら伝える。

 

 とりあえず人の気配がないことを確認した僕らは残ったメンバーを地上へと導く。

 

「よし、全員上がったな。では、見つからないように気をつけろよ」

 

 杉並君を頼りに、僕らは周囲を警戒しながらゆっくりと歩き出した。

 

「隠れるところは、かなり離れてるの?」

 

 杏ちゃんが杉並君に問う。あまり離れていては道中で見つかりやすくなってしまい、たどり着く前に捕獲される恐れも出てくる。

 

「そう遠いところではないが、下手に見つかると色々厄介だな……」

 

「まあ、また逃げ回るのは勘弁だもんな」

 

「いや、そうじゃないだろう」

 

「ん? どゆこと?」

 

「見つからずにいれば、向こうは俺たちがまだ地下アジトに潜伏しているって思うだろ? そう思わせた方が時間が稼げるだろう」

 

 渉の間違った理解に義之が訂正を入れる。

 

「そういうことだ」

 

「あ、ああ……そういうことね。最初からわかってたけど……」

 

 いや、絶対嘘だよね。僕でもすぐにわかるよ、こんなの。

 

 それからは全員、慣れない警戒態勢をとりながら歩を進めていく。

 

 道中、見張りなどに見つかったらどうなるかと緊張しっぱなしだったが、リオの配下の目が皆地下アジトの方へと向いているせいか、こっちではそれらしい者たちに遭遇することはなかった。

 

 更に何十分か歩き続けると、見慣れない森の中へと足を入れ始める。

 

「なあ、杉並……本当に大丈夫なのかよ?」

 

 それなりに入り組んだ密林の下草をかき分けながら中腰でこっそりと進んでいく。

 

「ここ、何処なんだろうね?」

 

 僕の隣でななかちゃんが不安そうに聞いてくる。

 

「う~ん……普段人が通ってないからか、舗装もされてないけど……」

 

 学園の裏にまさかこんな密林があったなんて思わなかった。

 

 慣れない人がこんなところに入れば遭難してしまいそうだ。

 

「う~……なんか怖いよぉ……へ、変な生き物とか、お化けとか出ないよね?」

 

「つ、月島さん、へ、変なこと言わないでください」

 

「だ、だってぇ……なんかその辺の暗がりに……」

 

「や、やめなさい!」

 

 小恋ちゃんはなんとなく予想してたけど、ムラサキさんもホラー系は得意じゃないようだ。

 

 というか、まだ昼間なんだからそんなの出ないと思うけど。それに、怖いなら想像しなければいいのに。

 

「あまり声を出すな。もうすぐ目的の場所だ」

 

 小恋ちゃんとムラサキさんを諌めると、杉並君の宣言通り、ようやく密林を抜けた。

 

「……何だここ?」

 

 密林を抜けたと思ったら今度はこれまたそれらしい洞穴が佇まんでいた。

 

 断崖にぽっかりと空いたどうけるに、厳重に築かれたバリケード、更に侵入禁止の立札まであった。

 

「……やっぱりここだったのか」

 

「ん? 義之、ここ知ってるの?」

 

「ああ……ここ、天枷が眠ってた場所だよ」

 

「えぇ!?」

 

 なんとビックリ、衝撃の事実。まさか天枷さんがこんなミステリアスな所で眠ってたなんて。

 

 義之の言葉に、声には出てないものの、驚いた者が大半いた。

 

「ふふ……隠れるにはうってつけだろう」

 

 杉並君が不敵な笑みを浮かべながら中へと入っていく。バリケードはもちろん、ペンチなどで切断した。

 

 ていうか、こんな簡単に外れちゃバリケードの意味ないじゃん。もう少しバリケードにも気をつかいなよ、天枷研究所。

 

「で、ホントに大丈夫なのか?」

 

「そうだな……入口のバリケードが壊されてなかったわけだし」

 

「あの日以来、誰もこの場所に足を踏み入れてない可能性が高いな」

 

 あの日とは、天枷さんが目を覚ました時なんだろう。それからバリケードに何の変化がなかったのだとすれば、まだリオはこっちに目をつけてないということになる。

 

「では、行くぞ」

 

 杉並君は何処から取り出していたのか、懐中電灯を手にし、明かりを灯した。

 

 その明かりを頼りに進むこと数分……大体20m四方の広い空間にたどり着いた。

 

 そこには明らかに人工的な鉄の壁に高めの天井、その中央にはカプセルのようなものが置いてあり、その周囲にも数多い機械とケーブルが設置されていた。

 

「ふむ……ここも変わっていないようだな」

 

「で、これが……?」

 

「天枷が眠ってたベッドだ」

 

「へぇ、これが……」

 

 みんな天枷さんが眠ってた場所が気になるのか、カプセルを触ったりしていた。

 

「ああ、下手に機械は弄るなよ。後々面倒になりそうだから」

 

「以前はお前が天枷の眠りを妨げたのだからな」

 

「あれも元はと言えばお前の所為だろう!」

 

 ああ、そういえばクリパよりちょっと前の昼休みに義之が顔を腫らして帰ってきたことがあったな。

 

 あれ、その時にできたやつだったんだ。

 

「なんか……今までいたところと、似てるね」

 

 小恋ちゃんに言われてなんとなく納得した。

 

 よく見れば今までの地下アジトとこの洞穴のつくりが似通ってる気がする。

 

「とりあえず、ここなら……安全、かな?」

 

「まだリオたちに目をつけられてはないと思うけど、改めて探しだされたら厳しいかもな」

 

「だが、全てのアジトを制圧し、内部の調査を終えるには……それなりの時間を要するはずだ」

 

「んじゃ、それまではひとまず安全ってとこか?」

 

「アジトに俺らがいない……と確信するまではな」

 

「それってどれくらいなの?」

 

 約50はあるアジトなんだ。いくらなんでも1日2日で僕らの存在を確認できるとは思えないけど。

 

「そうだな、恐らく……日没までだな」

 

「……やっぱり、その程度しか稼げねえか」

 

 杉並君の言葉に、雄二は落胆したように呟き、頭を押さえる。

 

 介帶のものでも贅沢は言えないと思ったけど、本格的にここが最後の砦となったわけか。

 

「……時間の問題ってわけね」

 

「だが、時間稼ぎにはなる。その間に対策を練らないといけないがな」

 

「打開策ねぇ……」

 

 それから時間をかけて全員で意見を出し合ったりするが、現状を打開できるようなアイディアは結局出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……味気ねえな」

 

 渉が不満そうに呟く。

 

 現在、僕らは食事をしていた。ただし、ほとんど手を加えていない缶詰やレトルトで用意されたものだ。

 

 ここには今までのアジトのようにガスも調理器具もないため、これしか用意できなかった。

 

 一応、水周りがあるのは幸いだったが、それもそんなにもたないだろう。

 

「これから……どうしようか?」

 

 小恋ちゃんがため息混じりに呟く。

 

「多分、俺たちが地下アジトにいないというのは、もうリオの耳に入ってると思う」

 

「ここが見つかるのも時間の問題だよなぁ」

 

 義之と渉が乾パンや冷えたおかずを口にしながら言う。

 

「やっぱり、見つかっちゃうのかな?」

 

「……恐らくね」

 

「兄様なら、きっと見つけ出すでしょうね。もしかしたら……本国から配下を呼び寄せていてもおかしくないわ」

 

 ムラサキさんの言葉に女子たちはより不安な空気が強くなった。

 

「仮に、あいつが配下を呼んだとして……どれだけの時間が必要になる?」

 

「そうね……フネ(・・)の状態にもよるけど……無理をすれば2・3日ってとこかしら」

 

「船? 飛行機で来ればヨーロッパなら半日で着くだろう?」

 

「え?」

 

 ムラサキさんの言葉のおかしな部分に渉が指摘するとムラサキさんはキョトンとした表情を浮かべた。

 

「……あ、えと、そ、そうですわね。飛行機でしたらすぐですわ」

 

「まあ、あいつがどれだけの権力を持ってるか知らねえし、俺たち相手にどれだけの兵力を使うかもわからねえが、その準備も含めて……ってなところか」

 

「準備か……それもそーだな」

 

「ふむ。そうなると、本国から十分に人員と装備をかき集めてる可能性が高いな」

 

「おいおい、マジかよ。学生相手に」

 

「少なくとも交代で見張りはつけるべきじゃろうな」

 

「寝ている間に襲われたら終わりだもんね」

 

「寝込みを襲うなんて……小恋ちゃんってば、えっち……」

 

「え!?」

 

 小恋ちゃんの言葉をそっち方向に受け取ったのか、小恋ちゃんがキョトンとする。

 

「流石小恋……こんな非常時でもえっちな発想を忘れないなんて、脱帽するわ」

 

「やっぱりすごいよね、小恋は~」

 

「何でぇ!? 月島、何か変な事言った!?」

 

「変じゃないよ。小恋ちゃんの言う通り、危険だよね。ここは個室もないみたいだし……注意しなくちゃ」

 

「ええ、飢えた狼6人程いるんだから」

 

 冗談めかして言ってるが、杏ちゃんと茜ちゃんの視線はただひとりに集中していた。

 

「え、どういう……って、あぁ」

 

 小恋ちゃんも時間をおいて2人の言葉の意味理解したのか、同じ人物に視線を向ける。

 

「いや、何で俺を見るんだよ!? そんな目で見ないでくれる!?」

 

「そんな目って?」

 

 視線を向けられた渉にななかちゃんがいたずらっぽい笑みで聞く。

 

「その可哀想な奴を見る目だよ!」

 

「どちらかと言えば、変質者を見るそれだな」

 

「尚悪いわ!」

 

「だが、事実だしな……」

 

「義之、お前までもか!」

 

 渉が膝を着いて叫んだ。まあ、普段の行動だね。

 

「ていうか、何で俺ばっかなんだよ! 義之や杉並……それに明久や坂本に土屋はどうなるんだよ!」

 

「何で俺まで入れるんだよ……」

 

 義之が不満そうに言う。

 

「義之は……まあ、大丈夫でしょ。どちらかと言えば、襲われる側?」

 

「何でそう言いながらこっちを見るのぉ!?」

 

 ななかちゃんに意味深な視線を向けられ、小恋ちゃんが後ずさりする。

 

「明久や坂本には、相手がいるしね」

 

「え!? 雪村さん!?」

 

 今度は自分に矛先が向けられ、ななかちゃんが顔を赤くしながら驚く。

 

「ちょっと待て! 俺にはそんな相手はいねえぞ!」

 

「……雄二、私はいつでも歓迎」

 

「お前はもう黙ってろ!」

 

「というか……なにゆえ、儂はカウントされんのじゃ? いや、変質者扱いもごめんなのじゃが……」

 

「……ドンマイ」

 

 何故か混沌としてきたこの場に、笑いがこみ上げてきた。

 

「ぶっ! あっはははははは!!」

 

 僕が堪えきれずに笑いだすと、それが伝染したのか、その場にいたみんなも笑い出す。

 

 だが、それも長く続かず、徐々にトーンが下がっていった。

 

「はぁ……」

 

 笑いが止まり、ふいに誰かがもらしたため息を最後にこの場が静寂に包まれる。

 

 さっきは笑ってみたが、おもしろそうにしたって楽観できるわけじゃなかった。

 

 既に逃げ場も隠れられる場所もなく、逃げ続けることも困難な上、打開策もなし。ただいたずらに時が流れるだけ。

 

 まだ時間を見たわけではないが、外はもう既に日没になってるかもしれない。

 

 リオがここにたどり着くまであとどれくらいなのか……そればかりが頭に浮かんでしまう。

 

「とにかく、見張りは儂ら男子でするとして……ローテはどう組むかの?」

 

 重くなった空気を払拭するためか、秀吉が声のトーンを上げて言う。

 

「そうだな。最初は俺がやろう」

 

 秀吉の意図に気づいてるのかどうか、杉並君がいつもと変わらない様子で立候補する。

 

「あ、ズルいぞ! 俺だって最初がいい!」

 

「お前は後でゆっくり寝たいからだろ」

 

「お前だってそうだろうが! ちゃっかり自分が行こうとしやがって!」

 

「もう公平にじゃんけんで決めたら?」

 

 このままじゃ埒があかなそうなので、横槍を入れさせてもらう。

 

「しゃあ! だったら義之もだ、じゃんけんじゃんけん!」

 

「へいへい……」

 

 渉の空元気な声に面倒臭そうな顔で義之も付き合う。

 

 まあ、下手に気落ちするよりはよっぽどマシかな。

 

 僕らは腰を上げ、じゃんけんの態勢に入る。いざ、自分の手を出そうと振りかぶった時だった。

 

「見張りには及びません」

 

「「「っ!?」」」

 

 大きな洞穴に響く声。影からゆっくりと歩み出てくる物腰のやわらかそうな雰囲気を醸し出すシルエット。

 

「姫様」

 

「フ、フローラ……どうやってここが?」

 

「リオさまを甘く見てはいけません。ここも……決して安全ではありません」

 

 フローラさんがここを見つけてやってきた以上、リオもすぐにここの事を知ってしまうだろう。

 

「意外と早かったな」

 

 諦めたように杉並君が呟く。かくいう僕も、この場のみんなも同じなんだろう。

 

「だが、見張りがいらないってのはどういうことだ? もう逃げるなとでも言うのか?」

 

 雄二が睨みつけるようにフローラさんに問う。

 

 フローラさんは雄二を一瞥して、すぐに視線をムラサキさんに移す。

 

「姫様……今夜は私が時間を稼ぎます。けれど、それでも保って早朝まででしょう。明るくなる前に、ここを脱出してください」

 

「そう……すまないわね、フローラ。あなたに迷惑をかけてしまって……」

 

「構いません。姫様のためですから」

 

 ムラサキさんの前に跪き、莞爾としながら深々と頭を下げるフローラさん。

 

「フローラ……あなたには、本当に感謝してるわ」

 

 ムラサキさんはどうしていいかわからなかったんだろう。だが、それでも労いの言葉には一生懸命さが篭ってた。

 

「リオはたくさんの諜報員を本国から呼び寄せたそうです。くれぐれも気をつけてください」

 

「わかったわ」

 

「では──」

 

「あ、待ってください。フローラさん……その、説得は……どうなりました?」

 

 もうわかっているはずなのに、それでも聞かずにはいられなかった。

 

「……申し訳ありません。リオ様の考えを変えるには至らず──」

 

「いいのよ。兄様が簡単に考えを変えないことくらい……私にもわかっていましたわ」

 

「お力になれず……申し訳ございません」

 

 フローラさんは再び深々と、頭を下げる。

 

「時間を稼いでくれただけでも、十分ですよ」

 

「……姫様のためですから」

 

 フローラさんは影の中へと消えていき、再び重い空気が場を支配した。

 

「……もう、後がないね」

 

 ななかちゃんが呟く。

 

「ここが最後の砦だもんな~……打てる手は全部打っとくか?」

 

「ふむ……立てこもるにせよ、逃げるにせよ……計画がなければ動けんな」

 

「でも、もう隠れるとこなんてねえんだろ?」

 

「正直、地下アジト以上に潜伏に向いた場所は他にはないな」

 

 杉並君がお手上げと言わんばかりに肩をすくめる。

 

「本島に逃げるって手は?」

 

「確かに捜索範囲が一気に広がる分、逃げやすくもなるだろうが……」

 

「ツテがない状態で行っても逆に俺たちが行動を取れなくなるだろう」

 

「ていうか……こんだけ僕たちを追い込めるなら、既に初音島周囲に警戒網張ってもおかしくないんじゃない?」

 

 短時間で僕らの場所を割り出した手腕なんだ。それくらいしたっておかしくない。

 

「……やっぱ無理か」

 

「無理ね。現状では、逃走、潜伏の類の案は無視した方がいい」

 

「それはわかってるんだけどな……」

 

 どうしたものか。逃走関連の方法を取れないとなると……交渉か、降伏。

 

 降伏なんて絶対ダメだ。そもそもムラサキさんにここに残ってもらいたいがために逃走なんてしたんだ。

 

 降伏なんてして諦めたら……僕はなんて嘘つきなんだよ。

 

 だが……ここでいたずらに時間を費やしてもいい考えが浮かぶわけでもなかった。

 

「……みなさん、いいでしょうか?」

 

「お? ムラサキ、何かいいアイディア出たのか?」

 

「……いいえ。でも、最良の方法だわ」

 

「最良の方法かぁ……できれば聞きたいかな? ……ただし、ムラサキさんがひとりでリオの前に出るってこと以外なら」

 

「…………」

 

 僕が先手をかけてみると、途端にムラサキさんは言葉を失った。

 

「やっぱりなんだ……」

 

「まさか、明久がそこまで頭を使──」

 

「霧島さん、しばらく端で雄二といちゃこらしてて」

 

「……雄二」

 

「ちょっと待て! 誰がいちゃこら──」

 

「では、ごゆっくり」

 

「ごゆっくりじゃねえ!」

 

 さて、話の腰をおる男も排除して、僕はムラサキさんに向き直って、

 

「そんな提案を、僕たちが許すと思ってるの?」

 

「で、でも……これ以上みなさんに迷惑をかけられないわ」

 

 これは退路がなくなったからやけくそになったとかいうわけじゃなく、ムラサキさんなりに一生懸命考えて出した結論なのだろう。

 

 僕らなんかとは違い、頭もいいし、王族としての考え方も持っている彼女の考え方は間違ってはないのかもしれない。

 

「だから……私が兄様のもとに行くわ。素直に従えば、兄様も手荒なことはしないと──いいえ、手荒なことは、私が絶対にさせません」

 

 それに、僕たちの身を案じてこんなことを言い出したのだろう。

 

 だからといって、そんな危殆を許すわけにもいかない。

 

「言ったよね? 僕は後悔したくないから、君を助けるためにここにいる。みんなだって

 自分の意思で、大切な友達の、ムラサキさんを助けたいから。だから、迷惑だかどうだとか考えなくていいんだよ」

 

「そうだぜ。お前なんかよりこいつに巻き込まれるというのがよっぽど迷惑だぜ」

 

「あ、雄二。もう戻ってきたんだ……もうちょっとゆっくりしてもよかったのに」

 

「明久……テメェ、後で覚えてろよ」

 

 さて、雄二は置いといてこの場にいる全員を見回す。

 

 全員僕が何を言いたいのかがわかったのか、全員頷いた。そして、ムラサキさんに手を差し伸べる。

 

 みんなムラサキさんを助けたいがためにここにいるんだ。決して迷惑などではないと……そう語るかのように。

 

「…………」

 

「それに、偉そうなこと言ってたけど……俺たち、まだ何もしてないよな」

 

「そうだよね。ただ逃げ回っていただけだもんね」

 

「後手に回りすぎていたわね」

 

「私たちの──ムラサキさんの気持ち、ムラサキさんのお兄さんにちゃんと聞いてもらわなきゃ」

 

「うん。ムラサキさんが残りたいっていうなら、それをちゃんと伝えなきゃ」

 

「そうだな。ムラサキの兄貴に対して、ちゃんと意思を見せてやらないとな」

 

「それが例え無理やりにでも……か?」

 

「当然だろ?」

 

「……うん。そうしなきゃ……自分の気持ちなんて、相手には伝わらない」

 

「俺はとにかく、あの野郎に目にもの見せてやりてえだけだからな」

 

「お主もいい加減に素直になったらどうじゃ?」

 

「……丸分かり」

 

 やっぱりみんな、考えることは同じか。

 

 後はどうやってリオにムラサキさんの意思を伝えられるかってことだが。

 

 交渉しようにも、姿を見せた途端に捕獲行動に出かねないし、ただ話しかけるだけじゃムラサキさんはともかく、僕らの言葉に耳を傾けてくれるかどうかもわからないし。

 

 降伏は論外、交渉もダメそうだとすれば……残る道はただひとつだ。

 

「……こうなったらさ、一丁派手にぶちかましてみる?」

 

 僕がそう言い出すと、全員の視線が僕の方に向いた。

 

「どうせここで考えても何も浮かばないなら、いっそ何も考えずに突っ込んで、それがダメそうならリオに飛び込みながらでも考えて、とにかくドカンと一発って感じで」

 

「……なんともおめでたい頭だな」

 

 雄二があきれ果てたほうに僕を見る。

 

「……だが、それがいいのかもな」

 

 雄二がふっと笑みを浮かべる。

 

「そうじゃの。どうせ退路がないことに変わりはないからの」

 

「……このくらい、文月学園でも当たり前だった」

 

「やっぱ、そうくるよな」

 

「うっひょ~。そう言ってくれるのをまってたぜ、明久ちゃ~ん」

 

「ふっ。やはり吉井はそうでなくてはな!」

 

「そうだね! じゃあ、一丁暴れていきますか!」

 

「そうね。座して待つのは趣味じゃないわ」

 

「できることは全部しておかないと、絶対後で後悔するもんね」

 

「月島も頑張るよ! せっかくここまで来たんだもん。最後まで一緒だよ、ね?」

 

「んじゃま、全員一致ってことでいいな?」

 

 渉の言葉に、全員が頷いた。

 

「みんな……」

 

 ムラサキさんの瞳が透明な何かでゆらめいた。

 

「バカね……私に付き合っても、何もいいことなんて……ないのに……」

 

「そんなこと言わないでよ。みんな仲間なんだし……それに、いいことなんて……ムラサキさんの意思を伝えた後でいくらでもやってくるって!」

 

「全く……本当に、バカなんだから……」

 

「心外だな。バカはこいつひとりで十分だろ」

 

「ハッハッハ。何を言うのさ……バカは雄二だけでしょ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「「やるかコラァ!」」

 

「お主らはこんな時くらい、仲良くできんのか……」

 

「みなさん……本当に……ありがとう」

 

 ムラサキさんの瞳から、透明な雫がこぼれ落ちる。

 

 誰かを想い、そして嬉しさから溢れ出したそれはとても綺麗だと思った。

 

 そんなムラサキさんをあやすようにななかちゃん、小恋ちゃん、杏ちゃん、茜ちゃん、霧島さんがムラサキさんの肩を抱いた。

 

 ここは女の子同士で解決してもらうとしますか。

 

「さて、みんな。地獄に落ちる覚悟はできてる?」

 

「けっ。冗談言うんじゃねえ……地獄にはお前だけ行っとけ」

 

「今更そんなものに怖じる儂らではないぞい」

 

「……地獄を見るのは奴ら」

 

「俺たちの本気、見せてやろうじゃねえか」

 

「よっしゃ、一丁派手にぶちかましてやろうじゃねえか」

 

「では、今日はもう全員休んでおけ。明日は朝から動くぞ」

 

「おう!」

 

 僕は改めて気合を入れながら頷いた。

 

 もう後戻りはできないんだ。だから僕はただとことん進むだけだ。

 

 ここからが本当の闘いだ。絶対にリオにムラサキさんの意思をわからせて見せる。

 


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