バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第八十三話

 

 ウー! ウー! ウー!

 

「エェ!? な、何っ!?」

 

「何の音!?」

 

 ムラサキさんを国に帰さないために逃走して2日目の朝、突如警告音(アラート)のようなものがアジト内に響き渡り、その音でガバッと飛び起きた。

 

「あ、明久君、これって……?」

 

「よくわかんないけど、やばそうな雰囲気ではあるね」

 

 現状はよくわからないが、こんな所でこんな大掛かりなものが無意味に鳴り響くとは思えなかった。

 

 僕らは急いで制服姿に着替えて大部屋へと向かった。

 

 そこでは僕らと同じようにこの警告音(アラート)らしき音で目を覚ましたであろうみんながバタバタと合流してきた。

 

「おい、杉並! この音は何なんだ!?」

 

 大部屋に来るなり、これを仕掛けた本人だろう杉並君に詰め寄った。

 

「良くない報せだ。どうやら、侵入者がいるらしい」

 

 杉並君の言葉に驚いたように顔を見合わせた。

 

「ひょっとして、リオたちか?」

 

「そう考えるのが妥当だろうな。よもや、こうも易々とここが発見されるとは思わなかったが……。相手にとって不足なし、というわけか……」

 

「いや、何この状況で楽しそうに言ってるのさ!」

 

「明久の言うとおりだ。バレた以上、ここにいつまでもいるわけにはいかねえだろ」

 

「無論だ。惜しいが、ここは放棄する他あるまい。各人、最小限必要なものを手に、離脱するぞ」

 

「ええ~っ!? まだ洗濯物乾ききってないのに……シワになっちゃう」

 

「いや、小恋……今はそんなものの心配してる場合じゃないだろ」

 

「義之の言うとおりね。この際、パンツの1枚や2枚、諦めなさい」

 

「そ、そんなわけにはいかないでしょお?」

 

「いっそ目立つところに置いていっちゃえば? そうすれば足止めになるかも」

 

「いや、んなもんに惑わされるのは──」

 

 雄二が視線を向けた先には……、

 

「なにっ!? つ、月島の、ぱぱっ、パンツ?」

 

「このバカくらいだ」

 

「んもう、渉くんのエッチ!」

 

 渉の変態っぷりに小恋ちゃんが顔を赤くして怒った。

 

「お前ら、侵入者が来てること忘れてねえか?」

 

「……急がないと本当にすぐ来ちゃう」

 

 霧島さんの呟きと共に遠くから足音のようなものが近づいてくるのが聞こえてきた。

 

「い、急いで脱出しましょう。もしかしたら、お兄様の命で既に本国から精鋭隊を招集したのかもしれません!」

 

 精鋭隊ってのはよくわからないが、リオの付き人の2人だけでもかなりの実力者だと言ったのに、この上更に人数を増やされたところに正面から当たるのは自殺行為だろう。

 

 ここは素直に逃走した方が良さそうだ。

 

「では1分で準備を整えろ。それ以上は、入口が保たん」

 

「いや、たったの1分かよ!?」

 

「既にかなりの距離を詰められているのだ! 悠長にしている余裕はない!」

 

 杉並君の言葉に全員は慌てながらとにかく手に持てる最低限必要そうなものを確認すると天井からの階段を使う。

 

『階段で上に逃げるつもりだ! 逃がすな!』

 

 脱出する際、下の方からリオの声が響いた。

 

「ちっ、踏み込まれたか。予想以上に早いな……」

 

「……任せろ。ほんの少しだが、時間を稼ぐ」

 

 そう言ったムッツリーニが懐から何かを取り出し、導火線らしい部分に火を点けると、下へ放り投げた。

 

 すると数秒後に眩い光が下から溢れた。

 

『ぐっ! 目眩ましか……姑息なことを……!』

 

 どうやら放り投げたのは閃光弾みたいなものらしい。

 

 そういえば、アルミをちょっといじくると閃光弾みたいに使えるってのを何かで見た気がする。

 

 流石普段から隠密行動をしているムッツリーニ。その手の逃走手段はお手の物だ。

 

 僕らはリオの声を後に、学園の階段へと出た。

 

「全員、いるか?」

 

 出口に着くと、義之が確認の声をあげる。

 

「全員、いるようじゃな」

 

「危機一髪だったぜ……」

 

 渉が安堵したように呟くが、まだ危険は続いている。

 

「脱出したみたいだけど……多分すぐ追いつくよね」

 

「あぁ……その証拠に」

 

 雄二が出口付近のある方向へ視線を送ると、

 

『まだそう遠くには逃げてないはずだ。追え!』

 

 もう隠し階段から出てきたのか、リオの声が響いてきた。

 

「ふあっ!? ど、どうしよう!?」

 

「に、逃げなきゃ!」

 

「どこへ?」

 

 慌てる小恋ちゃんと茜ちゃんの言葉に、杏ちゃんが純粋な疑問を投げた。

 

 確かに、それが一番の問題だ。アジトを抑えられた以上、逃げなきゃいけないけど、計画なしに逃げたところでどこかで数を使った待ち伏せを喰らう可能性だって大きい。

 

「そう不安そうな顔をするな。俺についてこい」

 

 不敵な笑みを浮かべた杉並君が走り始める。何か策でもあるのだろうか。

 

 不安はあるが、今は杉並君しか頼れそうにないので全員杉並君を追った。

 

 今日も平日ではあるが、今は早朝のため、生徒どころか、職員の姿もなかった。

 

「早朝で助かった。目につくとうるさいことになりかねんしな──」

 

「って、何で中庭なのさ? こんな人目につきやすい所、すぐに──」

 

「慌てるな、吉井よ。確かここに……お、あった。ここだ」

 

 杉並君が花壇の一画に足を踏み入れたと思えば……中庭の一画が沈み、階段が現れた。

 

「ええっ!?」

 

「おお、階段だ~」

 

 小恋ちゃんとななかちゃんが驚きの声を上げた。

 

「急げ! 誰かに見られればその時点で終わりだ!」

 

 そんな声には欠片も意に介さず、急かすように手招きしながら杉並君は階段の下へと消えた。

 

 いや、本当にどうやってこんな階段造ったのやら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば、ひとまず安心だろう」

 

 天井から伸びる階段を格納しながら杉並君がのんびりと呟いた。

 

「ふぅ~……一時はどうなるかと思った」

 

「ホントホント。いやぁ。びびった」

 

「まさか、あんな所が見つかるなんて思わなかったもんえ~」

 

 小恋ちゃんや渉、ななかちゃんが安堵の声を漏らしながら床に座り込む。

 

 まあ、かなり緊迫した状況だったんだから心身共に疲れきってしまったのだろう。

 

「けど、この場所って……」

 

「前のアジトと全く同じだよな?」

 

「ええ。確かに作りは同じだけど、こっちの方が利用頻度が高いみたいだけど」

 

 流石に記憶力のいい杏ちゃんはこの部屋と先程の部屋の微妙な違いがハッキリとわかるようだ。

 

「まあ、こちらの方が立地がいいからな。非常階段以外にもいくつか便利な場所に出口があるからな」

 

 杉並君の神出鬼没な理由がひとつだけ解明できた気がする瞬間だった。

 

「大丈夫なのか? 向こうのアジトは完全に押さえられたみたいだけど?」

 

 義之が心配そうに尋ねる。たしかに、あそこも見つかりづらい場所だったはずなのにも関わらず、簡単に見つけだしたのだから、ここも短時間で突破されるかもと考えてしまうだろう。

 

「なぁ~に、このタイプの非公式新聞部のアジトは、風見学園の地下を始め、初音島中に全部で52もある。そのうちのひとつを押さえたくらいで、我々非公式新聞部にとっては取るに足らんな」

 

「ご、52!? マジか!?」

 

 そういえば、非公式新聞部のアジトがいくつもあるのは聞いてたが、まさかそんにあるとは。

 

「さて、どうだかな?」

 

「いや、今自分で言ったよね……」

 

「ふふふ、諸君らが真の意味で俺たちの同士になる、というのなら詳細を教えてやらんでもない。しかし、いつ敵になるやもしれん男に、手の内は見せられんな」

 

 まあ、義之の傍らには音姫さんがいるしね。

 

 けど、この手の秘密基地が相当数あるのは間違いなさそうだね。

 

「しかし、便利なのはいいが、こんなもんよく用意できたな」

 

 雄二が部屋の壁を叩きながら感心するように呟いた。

 

「まあ、一言で言うなら……歴史の積み重ね、とだけ言っておこう」

 

 ますます謎だ……。

 

「非公式新聞部、侮りがたしね」

 

「まあ、便利だからいいんじゃない? こっちには……色々と道具が揃ってるみたいだし」

 

 早速茜ちゃんが辺りを確認していたようだ。

 

 どうやら頻繁に使ってるからか、向こうのアジトよりも物が揃ってるようだ。。

 

「あ、食べ物もあるんだね。レトルトとか、カップ麺とか、インスタント系ばかりだけど」

 

「まあ、お腹が空いた時には頼れるものだよね」

 

「それは我らが非公式新聞部の備蓄だ。有料で提供してやる」

 

「金取るのか? せこいぞ、杉並」

 

「我々の資産とて、無尽蔵というわけではない。その食料だって、部員の共同出費によって備蓄しているものだぞ。ただでなんでも済まそうという方がよっぽどせこいぞ、板橋」

 

「そうそう。ただで寝泊りさせてもらえるだけでも、ありがたいことだしね」

 

 僕らだってさくらさんの厚意で屋根の下に住まわせてもらってる身なのだから金でなくとも何かしらの返しは常に心がけている。

 

 でも、非公式新聞部がどれだけの組織かは知らないけど、多分名前の通り学園に認められた部活じゃないから部費なんてものはおりないだろうし。かといって、部員からの共同出費だけでこんなアジトをいくつも所有してるなんて、金の集め方がすごいのか、人がかなり多いのか……本当に謎が多いよね。

 

「そういえば、杉並君やムッツリーニ以外の非公式新聞部の部員って、見たことないんだけど」

 

「ふふ、この件に関しては俺以外は一切介入してない、という部内での取り決めになってるので、教えるわけにはいかん」

 

「まさか、敵側についてるなんてことはないよな?」

 

「それはない。安心しろ」

 

「どうせ、この騒動が終わったら非公式新聞部の記事にしようとか考えて、どっかに潜伏してるんじゃないのか?」

 

「ノーコメント」

 

 義之の言葉も知らん顔で躱す杉並君。全く腹が読めない。

 

「とりあえず、喋るのもいいが……次はもっと手早く脱出できるように荷物の置き場所とかにはきちんと気を使っとけ」

 

 雄二は部屋の隅で荷物の整理を始める。

 

「まあ、そうだね。向こうのアジトからの脱出はかなり手間取っちゃったもんね」

 

「次に備えるのは大事だよね」

 

 僕とななかちゃんは共同で使えるようなスペースを取って荷物の整理を始める。

 

「そうだね。ドタバタしてたから、結構置いてきちゃった物も多いし、ね。小恋ちゃん」

 

 含みのある視線で小恋ちゃんを見ながら茜ちゃんが呟く。

 

「え? ふえ?」

 

「え? マ、マジで置いてきたのか!?」

 

 小恋ちゃんの反応に何を思ったのか、興奮した渉が問い詰める。

 

「ふぇ!? えっ!? ……わ、渉君が考えてるようなモノは置いてきてないからね! ホントだよ!」

 

 逃げ出す直前にしていた内容を思い出したからか、小恋ちゃんが顔を赤くしながら言い繕う。

 

 呑気だなと若干呆れながら荷物の整理を続けていると──

 

 ウー! ウー! ウー!

 

 再び警告音が室内に鳴り響き、一瞬で全員の会話が停止した。

 

「なっ!? す、杉並君、まさか……」

 

「ふむ。そのまさかのようだな……。立地が良いが、出入り口が多い分、見つかるのも早かったか……」

 

「いやいやいや、落ち着いてる場合かよ!」

 

「けど、逃げ込むところは見られてない筈なのに……」

 

「それだけ向こうが有能揃いだということだ」

 

 向こうは人数も増やしてることも大きいのだろう……仕事が早い。

 

「ふむ……地上への抜け道は封じられたようだな。仕方がない、一旦中庭に出るぞ」

 

「ええっ!? また階段登るの!?」

 

 小恋ちゃんが嫌そうな顔して階段を見つめる。まあ、女子がアレを登り降りするのはかなり重労働だろうしね。

 

「でも、捕まるわけにはいかないから嫌でも登らないと」

 

 僕らは再び階段を使って中庭へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

「はぁ……はぁ……」

 

「も、もう、だめ……走れないよぉ」

 

 中庭に出た矢先にまたリオの追手に見つかり、その追手を数十分かけてようやく振り切り、やっとの思いで3つ目のアジトへ逃げ込むことに成功した。

 

「こ、今度は……大丈夫……かなぁ?」

 

 ななかちゃんが息も切れ切れの様子で呟く。

 

「そうね……一応ここにたどり着くまで、結構入り組んだ地下道を通ってきたから大丈夫だとは思うわ」

 

 杉並君の所有している地下アジトは、地下道で繋がってるものも結構あるらしく、網目状に地下道が張り巡らせてあった。

 

 まさか初音島にこんなものがあるなんて想像もできないだろう。

 

「俺の知る限り、最も便利で安全な場所を選びはしたが……安心はできんな」

 

 確かに。あの見事な手腕を見た後では、如何に便利な所も心の底から安心はできないね。

 

「にしても……アイツらすげーなー。こんなにも簡単に見つけ出すなんて」

 

「うむ。俺の想定では、もう何日かは潜伏できるはずだったのだがな」

 

「確かに……1回目はともかく、2回目はいくらなんでも情報が早すぎるな。あんな所を知ってる奴は限られる筈だろ……」

 

 雄二がブツブツと何か言っている。まあ、あの生徒会ですら非公式新聞部のアジトのほとんどを把握していないにも関わらず、リオたちは僅か数日で発見したんだ。

 

 雄二の言うとおり、2回目の方は避難してすぐに見つかったんだ。確かに早すぎる。

 

「二箇所目のアジトの発見は、こちらとしても予想外だ。少しはゆっくりできるかもと思ったのだが──」

 

「それは仕方ありませんわ。兄様は優秀ですから」

 

 聞く人によっては身内贔屓とも取れる発言も、この場においてはみんな納得してしまう。

 

「ムラサキさんの兄さんを舐めてたってことかな。かなり手勢も連れてきてるし……」

 

「王族というのも伊達ではないのぉ」

 

「こうなったら俺たちも本気でいかねえとな」

 

 しかし、今の僕たちには逃げ以外に何も思い浮かばない。

 

「……とりあえず、すぐに逃げられるように荷物は一箇所にまとめておいた方がいい」

 

「ムッツリーニの言うとおりだ。それと、余計なものは全部弾いておけ」

 

「ああ。渉のトランプとかな」

 

「わかってるよ。流石にあんな目にあっちゃ、持つ気にはなれねえって。あぁ、それと……逃げる時は、俺たち男子だけで荷物を持った方がよくねえ?」

 

「確かに……僕らはともかく、女の子たちには負担大きいもんね」

 

「そうだな……女子は必要最低限の荷物だけにしておこう」

 

 僕らは普段から鍛えていたから問題ないけど、こう何度も逃走を繰り返して女子のみんなはかなり疲労が溜まっている。

 

 女子たちの負担はできる限り軽減しておくべきだろう。

 

「助かるわ。でも、そのまま荷物を持ち逃げしちゃダメよ?」

 

 杏ちゃんがからかうような眼差しを渉へ向けると、同様に小恋ちゃんや茜ちゃん、ななかちゃんにムラサキさんまでもが渉へ視線を集中させる。

 

「だから、なんで俺を見るんだよ!」

 

「そりゃあ、普段の行動だろ……」

 

「納得いかねー!」

 

 渉は言うが、誰だって渉の言動を見ればそう思っちゃうだろう。

 

「で、杉並。ここのアジトには、何か備品はないのか?」

 

「そうだな……ここは最後の砦だ。ということで、色々と持ち込んであるが……今、役に立つものがあるかどうかはわからん。とりあえず、水と食料、寝具の類は問題ない、とだけ言っておこう」

 

 最後の砦というだけあって確かにその手のものは揃っているようだ。

 

「いっそトラップとか入口に仕込んでみたらどうだ? 逃げるまでの時間が稼げるんじゃないか?」

 

「ブービートラップね。作り方なら色々と知ってるわよ」

 

「いや、杏……どこからそんな知識を?」

 

「ひ・み・つ」

 

 杏ちゃんの言う秘密というのが、正直怖くて聞けなかった。

 

「……では、早速取り掛かる」

 

「了解。いい仕事を期待してるわ」

 

 ムッツリーニと杏ちゃんが組んで作業を始める。この2人に組まれてリオ側の人間たちは無事でいられるだろうか。

 

 まあ、リオの手勢のことを考えると、多少強めのトラップでもそう大事には至らないだろう。

 


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