バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

82 / 97
第八十一話

 

 ムラサキさんが、兄であるリオに刃向かって絶対にここに留まることを決心した後で……。

 

「……なんでこんなところに俺たちはいるんだ?」

 

「さあ……?」

 

 義之の疑問に僕も首を傾げて答えるしかできなかった。

 

 僕たちはただ杉並君に案内されるままついていっただけだからね。

 

「ここって……地下でしょうか?」

 

「見た感じな。最初はどっかの建物に入ったはずがいつの間にかこんな所に来たからな」

 

「ええ。この気温に湿度といい……地下なのは間違いないわね」

 

 雄二と杏ちゃんの冷静な推察にここが地下だというのが信憑性を帯びてきた。

 

「ていうか、何ここ? けほけほっ! 埃っぽい~!」

 

「お掃除しなきゃダメだよね。雑巾とかあるのかな?」

 

「……ここじゃするべきこともできない」

 

「待て翔子。お前はこんな地下で何をする気だ……? そして、お前のその手荷物が妙に気になるんだが」

 

「……これは雄二を調きょ──お世話をするためのもの」

 

「……あのリオとかいう奴の前に、こいつに俺の全てを奪われる気がするんだが」

 

「電気、水道、トイレもあるとは……こちらには小部屋らしいものもあるのぉ」

 

「埃っぽさを除けば結構住み心地良さそうだね~」

 

「でも、お風呂がないのは不便だよ~。せめてシャワーでもあればいいのに」

 

「……確かに。身体を清潔にできないと雄二とできない」

 

「それは何がだ? お前は俺と何をする気だ!?」

 

 女子達の言う通り、身体を清潔にできないのはちょっと不便だね。

 

 特に女の子はそういうのを気にするものだろう。まあ、それでも14畳程度の大部屋と6畳程度の小部屋があるだけでも相当いい所だと思うのだが。

 

 オマケにどこから供給しているのか、電気や水もあるわけだから籠城に困ることはないだろう。困ることはないんだけど……。

 

「杉並君、言われた通りについてきたらここに来たわけだけど……ここって一体?」

 

「ふっふっふ……。それでは改めて……我が非公式新聞部地下アジトにようこそ」

 

「いや、地下アジトってお前……悪者っぽいぞ?」

 

「何をいうか同士桜内。地下アジトこそ男のロマンだろう。秘密裏に計画を運び、そして実行する。組織の必須アイテム、それこそが秘密基地……否、地下アジトなのだ!」

 

「いや、やっぱり悪っぽいぞ!」

 

「なに、要は使い方だ」

 

「お前の場合、使い方も悪っぽいんだっての……」

 

「まあまあ、義之~! 細かいことは気にすんなよ!」

 

 渉の目は随分と輝いてる。男のロマンだというのはやはり根底で共通するのか、渉だけでなく、僕もちょっと興奮を覚えている。

 

「いいじゃんいいじゃん、こういう隠れ家。スッゲー便利だし、身を隠すにはもってこいだろ?」

 

「そうね。今の私には必要なものなのは違いないわね」

 

 ムラサキさんが噛み締めるように呟く。実際問題、兄に反抗するとなれば今はみだりに姿を見せるわけにはいかないのだからこういったものは確かに必要だ。

 

「兄様が本気になれば……私たちの身柄なんて、すぐに拘束されてしまう。とりあえず身を隠すのは正しい選択だと思うわ」

 

 兄であるリオの実力をここにいる誰よりも理解しているムラサキさんだからこその言葉だ。

 

 だからこそ、確実な作戦を考えることができるまでの時間稼ぎとして……そして、ムラサキさんの意思を示すために身を隠すことを決めたのだた。

 

「秘密基地に匿われたお姫様! くぅ~、最高のシチュエーションじゃんよう!」

 

「渉、お前は呑気だなぁ……」

 

「深刻ぶるよりはいいだろう? 大丈夫だって! 絶対なんとかなるって!」

 

「お前なぁ……」

 

「まあ、実際なんとかするしかないんだから、せめてポジティブに行こうよ」

 

「お前もか……まあ、そうなんだろうけど」

 

「さて、身を隠す所を確保できたところでまずやることと言えば──」

 

「快適に過ごすためにお部屋のお掃除だね♪」

 

 僕の傍にはいつの間にか掃除道具を持ってたななかちゃん。

 

「……そうだね」

 

 ただぼうっとしても考えは纏まらないだろうし、しばらくは何かして身体を動かしてからじっくり考えよう。

 

 そんなで僕たちはまず部屋の掃除をした。杉並君曰く、『広すぎるのも不便なものだ』らしく、最低限設備の手入れしかしていなかったので部屋の掃除は割と大変だった。

 

 終わった時にはもう時刻は昼を過ぎていた。

 

「ふぅ~……とりあえず綺麗にはなったね」

 

「うん。なんか、いっそう秘密基地っぽくなってきたね」

 

 こうなると不謹慎だが、ワクワクしてしまう自分がいる。

 

「よぉ~し、綺麗になったところで……トランプでもやるか?」

 

 渉が学校用のカバンの中からトランプを出して提案してきた。

 

「やらん」

 

 義之が否定する。僕たちはリオをどうするかを決めるために籠城しているのに、遊ぶってのは。そう考えるが……。

 

「え~? いいじゃん、やろうよぉ」

 

「あ、さんせー! じゃあ、ブリッジは?」

 

「俺ルール知らねえ。ポーカーでよくね?」

 

「ポーカーならロー・ボールがいいわ。フラッシュとストレート無効のカリフォルニアスタイルで」

 

「いや、そういう細かいのは……」

 

「じゃあ、テキサスホールデムで」

 

「だから知らないって!」

 

「確か、自前の手札2枚と場の5枚の計7枚の中から一番強い役をつくって競う、本場カジノで多めの人数の時によくやるアレだよね」

 

「明久はよく知ってるな……」

 

「ああ、どうせだったらババ抜きにしようよ。簡単だし」

 

 雪月花や渉、ななかちゃんが円をつくって座り込む。

 

「ふふ、何とも楽観的だな」

 

「こいつら……自分たちが籠城してるって自覚あんのか?」

 

 呆れたような、それでいてどこか楽しんでる杉並君と、ただ呆れるに尽きる雄二。

 

「まあ、リオに反抗するっていっても、具体的にどうすればいいかなんてわからないんだからな」

 

「そうね。今のところ兄様の出方もわからないし──」

 

「……現在ムラサキが行方をくらましたと理解したリオがムラサキの捜索に入ったところだ」

 

「あ、ムッツリーニ。偵察してきたの?」

 

「……(コクッ)」

 

「その前に、いつの間に背後に立っていたこの人に何も言わないのですか?」

 

 いやだって、いつものことだし。

 

「結局今は様子見だってことだな」

 

「だね。まあ、これだけ頼もしいメンバーが揃ってるんだから大丈夫でしょ」

 

「そうね。とても心強い味方がついてくれましわ」

 

「そいつは照れることを……」

 

 ワイワイとトランプをしているみんなをムラサキさんはホッとした様子で見つめていた。

 

「……あれ? そういえば、坂本と霧島さんは?」

 

「ん? そういえば……」

 

『離せええぇぇぇぇ!』

 

『……雄二、大人しくしてて!』

 

「………………」

 

「……うん、とりあえずいつも通りだね」

 

「いえ、止めなくていいのかしら?」

 

「大丈夫。少し経てば復活するから」

 

「そういう問題なのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくここで過ごして、ふいにチャイムの音が聞こえる。

 

 どうやらここ、風見学園からそう遠くない場所にあるんだろう。

 

「そろそろ放課後なのかな?」

 

「結局、学校サボっちゃたね」

 

 リオから身を隠すとなれば、当然授業に出るわけにもいかず、必然サボタージュすることになる。

 

 まあ、遅刻やサボリだなんだなんて言ってられる状況じゃないんだけど。

 

「そういえば、そろそろ腹減らねえ?」

 

 渉の言葉に全員頷いた。昼はここにあった非常食を食べたが、朝昼晩とぶっ通しでというわけにもいかないし、いざという時に空になったら困るだろう。

 

 まだ余裕がある内は自分たちで用意をする方がいいだろう。

 

「そうだな。一回買い出しにでも行くか?」

 

 義之も同じ事を考えたのか、買い物を提案する。

 

「あ、俺唐揚げ弁当が食いたい」

 

「……行く気はないのか、お前は?」

 

「買い出しなんぞより、ここに残る女の子たちを護る任務の方が重要だろうが!」

 

 もっともな気もするけど、それって渉がただ女子と一緒にいたいだけなのでは。

 

「ねえ、だったら、お弁当買ってくるよりここで作った方がいいんじゃないかな?」

 

「そういえば、小さいけどコンロもあったし。ちょっとした料理ならできるんじゃない?」

 

 小恋ちゃんの提案にななかちゃんが同意するように言う。そういえば、片付けてる間にキャンプ用のテントやコンロに組立式のテーブルまであったな。

 

「確かに、弁当ってのも経済的じゃないし」

 

「材料を買うだけ買ってそれを少しずつ使う方がいいかもね」

 

 実際どれだけここにいるのかわからない以上、無駄遣いは控えるべきだろう。

 

「なら、やっぱり食材の買い出しだな」

 

「あ、でも……食べ物だけじゃなくて、タオルとかティッシュとか、色々必要なものもあると思うな」

 

「そうね。ここには必要最小限のものしか用意されてないみたいだし……」

 

「お布団とか、足りないよね?」

 

 そういえば、小部屋の方に寝具はあったけど、この人数じゃ足りないね。

 

「……私と雄二は一緒に──」

 

「そうだな。足りない以上至急揃えるべきだ。うん、すぐに用意すべきだ!」

 

 雄二が切羽詰ったように言うが、いくらなんでも布団は無理じゃないかな?

 

「心配はいらん。毛布の類ならば小部屋の方に用意してある。ついでに、寝袋なんかもな」

 

「いつの間に……?」

 

「……いつ何時、不測の事態に陥るとも限らん。更に密かに、迅速にあらゆる情報を仕入れるために時に過酷な環境の中に身を投じることもある。そのための道具は揃っている」

 

「お前たちは一体何と戦ってるんだよ? ていうか、杉並の用意周到すぎるバッグの中身……何か大きなものまでついていそうで怖いぞ?」

 

「ハッハッハ! 人に歴史あり、だよ桜内」

 

「……さて、買い出しのメンバーだけど。僕と義之、後は……」

 

「それなら私たちが行くわ」

 

「はいはーい、まっかせて」

 

 手を挙げたのは雪月花の3人とななかちゃんだった。

 

「え!?」

 

 それに驚いたのは渉だ。まあ、女子と仲良くって目的を潰されるわけだからね。

 

「でも、ここまで女子が多いのはまずくないか?」

 

「そうだね。もしもの時に守りきれるか怪しいし……ここは男子のみにした方が」

 

「ダメよ。あんたたちじゃ女子の好みのものなんてわからないだろうし」

 

「男子じゃわからないものも色々あるしね~」

 

「むむ……」

 

 確かに、僕たち男子じゃわからないものも色々あるだろうし……。

 

「仕方ない。ここは大人しく女子にもついていってもらうとしようぜ」

 

「そうだね……」

 

 不安だが、後で文句を言われるのも怖いし。要は僕たちがしっかりすればいいだけだし。

 

 そんなわけで買い物メンバーは僕と義之にななかちゃん、雪月花メンバーの6人に決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、お鍋やフライパンなんてあったっけ?」

 

「ああ、確か小さいのが小部屋にあった筈だよ」

 

「コップやお皿も必要だよね」

 

「ティッシュにタオル……トイレットペーパーも必要だよ?」

 

「……まるで合宿のノリだな」

 

 確かに。会話だけ見ればとても籠城のための買い出しとは思えないよね。

 

 僕たちは商店街を歩きながらこれから必要になりそうなものを購入していく。

 

 もちろん、リオとその関係者がいないかどうか周囲を警戒している。

 

「──は、どれにする?」

 

「やっぱり──は、必要……だよね?」

 

「んもう、小恋ちゃんったら……当然じゃない。──なしじゃ、困るでしょ?」

 

「うん。──は絶対必要だよね」

 

「ん? 何だ、余計なものは買わないぞ?」

 

「余計なものじゃないよぉ~、女の子の必需品だよ~」

 

 義之の言葉に小恋ちゃんがふくれっ面で答える。

 

「やっぱりね……これは必要だもん。ね~?」

 

「「「ね~?」」」

 

 女子同士で頷き合う。

 

「必要って……一体何が?」

 

「え、えと……それは……その……」

 

「……?」

 

 小恋ちゃんがモジモジしてるけど、なんだろうか?

 

「ふっふっふ。それはね~……これでした!」

 

 ななかちゃんが元気よく僕の眼前に突き出したのは──

 

「……お菓子?」

 

「うん。こういうのあると、パジャマパーティみたいでいいかなって」

 

「いや、小恋……あんまり余計なものは──」

 

「え~!? 女の子に、あま~いお菓子は必需品だよ?」

 

 義之が女子に避難がましい視線を向けられる。

 

「あ、うん……わかった」

 

 半ば押し切られる形で買うことになった。まあ、糖分が欲しくなる時はあるよね。

 

 一応、それに便乗して簡単に食べられそうなお菓子も買っておこうかな。逃げてる最中にも食べられるように。

 

「たくっ……太っても知らねえぞ」

 

「ちょ、義之! それ女の子には禁句……」

 

 義之が女の子に言ってはならないことを言ってしまう。

 

「え~? 大丈夫だよ、これくらい。ね~?」

 

「「「…………」」」

 

 先と同じように同意を求めるような小恋ちゃんの言葉に3人がシン、と静まった。

 

「あ、あれ? ちょっと、どうして!?」

 

「冗談よ」

 

「そうそう。私も食べても太らないもんねぇ~。ちゃんと、別のところに栄養がいってるから。ね、2人共……何処だと思う?」

 

 茜ちゃんがわざと身体を一部分を強調するように胸の下で腕を組み合わせる仕草をしながら聞いてくる。

 

 いくらダメだとわかっても視線は勝手にそっちに行ってしまうわけで──

 

「明久く~ん?」

 

 ──こうなることも必然なわけで。

 

「ごめんなさい!」

 

 僕はななかちゃんの前で土下座をする。

 

「くすくすくすっ」

 

「茜、明久をからかってないて、お菓子選びましょう」

 

「そうだよ~。選ばないんだったら、月島たちの好きなものばかり買っていっちゃうよ~」

 

「あ、待って待って! 私も選ぶ~」

 

「あ、私も!」

 

 女子たちはワイワイと騒ぎながらお菓子を購入していく。

 

「本当にわかってんのかね、あいつらは……」

 

「あはは……」

 

 まあ、必要な材料は買ったんだし。後はもう好きにさせればいいかな。

 

 半分呆れながら周囲を見回してると──

 

「──!」

 

「「あ……」」

 

 こんなところでリオと、その付き人2人と目が合ってしまった。

 

「すぐにダッシュだ!」

 

「「「「え?」」」」

 

 僕の呼びかけにポカンとするのも一瞬。

 

「逃がすな!」

 

 リオの叫びが聞こえて女子たちもようやく状況を把握した。

 

「ふええぇぇぇぇ!? に、逃げなきゃ!」

 

 女子たちは選び掛けのお菓子を棚に戻して一斉に逃げ出す。

 

 しかし、ここに来るまで結構な量を買ったわけだから女子たちの足は鈍い。

 

「お前ら、荷物貸せ! 俺が持つ!」

 

「こっちも! 食べ物関係は僕が持つから」

 

 女子たちから奪うように荷物を受け取ってそのまま全力で逃走する。

 

「向こうです、リオ様!」

 

「くそ、しつこいな……」

 

「やっぱ向こうもプロだね。地形はこっちの方が理解してるのに、距離の詰め方が上手い」

 

 全力で走ってるのに、やっぱり向こうの技量とこっちの手荷物のハンデがあるからか、徐々に距離が詰められてきてる。

 

「こうなったら、バラバラに逃げるぞ。各々、追ってを振り切ったらアジトに合流だ。いいな?」

 

「うん。その方が確実だね」

 

「じゃあ、行くぞ!」

 

 全員が頷いたのを確認し、合図と同時に僕たちは一斉にバラバラの方向へ逃げ出す。

 

 僕は女子たちの方に行かないよう、一瞬姿を見せるようにしてからアジトとは真逆の方向へ走る。

 

「お待ちなさい!」

 

「逃がさん!」

 

 うまくいったようで、リオと付き人のひとりが僕の方へ向かってくる。

 

 やはり向こうはプロがついてるだけあって中々しぶとかった。だが、小一時間かかってようやく振り切ることができた。

 

 ここまで苦戦したのは鉄人以来だと疲労感を引きずりながら思った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。