バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第七十九話

 

 天枷さんが卒業を終えて数週間……。

 

 3学期も半ばになった日の朝。相変わらず朝は空気がひんやりとする中、僕ら文月メンバーと義之で登校している。

 

「はぁ……温もりが欲しい」

 

「だったら白河にでももらってこい」

 

「なら、雄二は私と──」

 

「俺はいらん。ほら、俺は筋肉質だからな」

 

「それなら服を脱がせれば──」

 

「させるか! 何故にお前のくだらん希望を叶えるために俺が服を脱がにゃならん!」

 

「はぁ……本当に温もりがほしい」

 

「これにもすっかり慣れちまったな……」

 

「向こうでも3日くらいで慣れてしまったからの」

 

 僕たちは変わりない朝を過ごしている。それにしても、恋人が身近にいるってのは羨ましいことだ。

 

 ななかちゃんとはそこまで近所ってわけじゃないからそう頻繁に登校中に会えるわけじゃない。精々週に3回会えればいいほうだ。

 

「あ、やっほー! 秀吉君!」

 

「うむ、茜か。おはようなのじゃ」

 

「あ、みんなおはよう」

 

「ちゃお」

 

 雪月花のみんなと合流し、そのままみんなで通学路を歩く。

 

「あ、秀吉君。実は先週からつくってた服がようやく完成して──」

 

「まさかとは思うが、女物ではあるまいな?」

 

「え? 秀吉君には女物でしょ?」

 

「お主までもか!? 儂は男じゃと言うておろうに!」

 

「知ってるよ。でも、秀吉君なら下手な男物よりそっちの方がずっと似合うし♪」

 

「嬉しそうに言うでない……」

 

 そういえば、秀吉と茜ちゃんの関係が少し前から変わってる気がするな。

 

 そんな気がするだけでそういう関係になったって聞いたわけじゃないんだけど。

 

「そういえば秀吉さぁ」

 

「何じゃ、明久」

 

「いや……茜ちゃんと付き合ってたんだね?」

 

「ぶっ!? な、なななななな、何を言うておろうか明久は! 儂が同性の者と付き合うわけなかろうに!」

 

 ……うん、ドンピシャだった。まさかいつもの演技ができてないだけでなく、自分の性別までもが正しく認識できてない程とは。

 

 まさかこの2人がねぇ…………まあ、結構似合ってるんじゃないかな。見た感じ仲良くしてるみたいだし。

 

「やっほー! 明久く-ん!」

 

「わぶっ!」

 

 仲の良い2人を見ると、後ろから不意打ち気味にななかちゃんが抱きついてくる。

 

「な、ななかちゃん……おはよう」

 

「うん、おはようさん♪」

 

 うん、いつも通りの花のような可愛らしい笑顔と彼女の柔らかい感触が僕の身体と心に温もりを与えてくれる。

 

「ふんっ!」

 

「ぐはっ!? ゆ、雄二……貴様、何を!?」

 

「いや、そのだらけ切った顔が心底気に入らないだけだ」

 

「はっ! 自分の地位が低いからって負け惜しみとは、大きいのはそのゴリラみたいな身体だけか!」

 

「な……誰の地位が低いだと!?」

 

「もちろん雄二じゃないか! あ、もちろん霧島さんの尻に敷かれてるという意味じゃないよ。それはもう周知の常識だしね」

 

「待て! そんなことが周囲で常識になってるという事の方が驚きだぞ!」

 

「僕が言いたいのは、僕はもう雄二なんかよりも遥かに高い位置で幸せを築いているということさ!」

 

「無視してんじゃねえよ! そしてそのドヤ顔がすげえムカつくぜ!」

 

「ふっ! いつまでも自分から向かおうとしない負け犬が何を言ったところでね」

 

「テメェ……言うに事欠いて誰が負け犬だぁ!」

 

「だってそうじゃないか! いつも霧島さんに引っ張られてばかりで自分ではロクにリードもできない。オマケに生活の大部分を霧島さんが管理している。負け犬どころか、貴様はヒモだ!」

 

「何がヒモだ! そもそも翔子のアレは管理なんかじゃねえ!」

 

「そんなことじゃ、いつかのシミュレーションの時みたいに半裸の鎖に繋がれた──」

 

「やめろおおぉぉぉぉ! その話をするんじゃねえ! もう頭に来たぁ! テメェの幸せをここで根絶やしにしてやろうじゃねえか!」

 

「上等だ! 僕の幸せがお前ごときに壊されるほど柔じゃないことを証明してやろうじゃないか!」

 

 それから僕らは寒さも忘れ、上着とカバンをそれぞれの恋人に手渡してバトルを開始する。

 

「ちょっと待て! 今テメェ翔子を恋人扱いしやがったか!」

 

「雄二と恋人……(ポッ)」

 

「お前も頬を赤らめんじゃねぇ!」

 

「勝負の最中によそ見とは随分余裕だね雄二!」

 

「だぁ! この……これじゃあ否定もままならねえ!」

 

「あいつらのこれも随分と日常化しているな……」

 

「うむ。通りがかる学生らも一瞥するだけでほとんど気にすることなく通り過ぎていくの」

 

「……双方子供レベル」

 

「あ、おはよう土屋」

 

 少し離れた所で義之たちがため息混じりに何か言ってるが、今はそんなことは気にしちゃいられない。

 

 今はこいつに僕が雄二より上にいる存在だということを教えなければいけないんだ。

 

「あなた達は朝っぱらから何をやっておられるのですか?」

 

「あ、ムラサキさん。おはよう♪」

 

「おはようございます。それで、これは……?」

 

「ああ、気にしないで。これもういつもの事だから……」

 

「毎回坂本が明久の幸せにムカついては明久はそれを自慢して喧嘩に発展。もう日常の一部と化しているわ」

 

「なんとも低レベルな……」

 

 なんかムラサキさんも加わってため息をついているが、そっちよりもしつこい雄二を捩じ伏せなければ。

 

「う~ん……野性的なのも見ていておもしろいけど、なんかもうちょっと華がほしいよね~」

 

「華……というと、真面目な男かの?」

 

「うん。金髪でお金持ちで、白馬に跨ってるようなイメージの……」

 

「そんなの現実にいないよ~」

 

「でも、そんなイメージにピッタリなのはいるみたいよ。ちょうど今校門に」

 

「え?」

 

 何か人が騒いでいる声が近づいてくる。僕と雄二も流石に騒がれるのは困ると思い、喧嘩の手を止めるが、いざ辺りを見回すと確かに結構な数の生徒が騒いでいるが、それは僕たちに向けたものではない。

 

 生徒の目は校門の方に向けられており、釣られて僕らも見ると、そちらには見覚えのない男子が立っていた。

 

 見るからにヨーロッパ系を思わせる金髪の男だった。その両脇には風見学園の制服を来た2人の女生徒がついていた。

 

 その光景と男子の容姿が整っているというのも相まって昔の僕ならば舌打ち確実なものだった。

 

『『『ちっ!』』』

 

 ちなみに今の舌打ちした中に僕は混ざっていないからね。そんなことをすればななかちゃんに怒られるどころじゃないからね。

 

「うわ、本当に王子様みたいだね」

 

 まさかななかちゃんの方が見とれるなんて思ってもみなかったよおおぉぉぉぉ!

 

「はっ! バカでブサイクなお前なんかとは明らかに格が違うもんな」

 

「霧島さーん! 雄二があの人の傍らの女子2人に見とれてたよー!」

 

「……雄二、浮気は許さない!」

 

「ぐああぁぁぁぁ! 明久、テメェ……! うごぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ザマァ見ろ、ゴリラめ。

 

「こんな所でまで何をやっとるのじゃお主らは……」

 

「けど、本当に誰なのかしら?」

 

 みんなが校門にいる男子に見とれている中、ただひとり反応の違う人間がいた。

 

「に、兄様……?」

 

 ムラサキさんが驚愕に目を見張りながら小さく呟いた。僕は彼女の言葉に驚いた。

 

「ん、兄様……?」

 

 確かにムラサキさんは兄様と言った。校門にいた男子は視線をこちらに……いや、ムラサキさんの方に向けるとこちらへ向かって歩み寄ってくる。

 

「久しぶりだな、エリカ」

 

「ほ、本当に……兄様なの?」

 

 ムラサキさんの言葉に周囲にどよめきが走った。そりゃあ校門にいた美男子が自分の学園にいる生徒と兄妹だと言ったらまず驚くだろう。

 

 ムラサキさんの兄だろう男子は周囲の動揺など気にもせずにムラサキさんに声をかける。

 

「私の顔など、忘れてしまったかな?」

 

「い、いえ……忘れてなど……」

 

 いつもの凛とした態度と違い、少々仰々しい礼だった。

 

「お、お久しぶりです、兄様。でも……何故兄様がこちらに?」

 

 自分の兄が来るなど全く聞いてなかったのか、動揺も隠せずに兄だろう男子を呆然を見つめながら尋ねる。

 

「えっと……ムラサキさん、こちらは一体?」

 

「……何かな、君は?」

 

 ムラサキさんの兄らしい男子が僕に視線を向けながらムラサキさんに尋ねる。

 

「あ、あの、私の……友人の方々でして──」

 

「ああ、吉井明久です。で、こっちにいるみんなは僕の友達で……」

 

「そうか……」

 

 僕以外の人たちも紹介しようとするが、僕の言葉を最後まで聞かずに僕やみんなをまるで品定めするような視線で僕らを見つめる。

 

 なんか妙に居心地が悪くなってくる。

 

「ふむ、エリカの友人……ねぇ……」

 

「で、あんたは誰なんだ? ムラサキの兄だって聞こえたんだが」

 

 品定めをするような視線が気に入らなかったのか、雄二が苛立った雰囲気を醸し出すような声で尋ねる。

 

「あ、こちらは……」

 

 ムラサキさんが紹介しようとしたところを遮るように、本人が口を開く。

 

「私はリオ・フォーカスライト。エリカの兄だ」

 

「フォーカスライト……?」

 

 雄二が訝しげな表情を浮かべる。ムラサキさんとリオと名乗った男子の態度から兄妹なのは間違いないとは思うが、彼は自分の家名をフォーカスライトと名乗った。

 

 何故ムラサキではなくフォーカスライトなのか。まあ、実際ムラサキさんはヨーロッパ生まれだというのにムラサキなんて不相応な家名を名乗っていることから何かしらの事情があるのかもしれない。

 

「積もる話もあったのだが……そうもゆかぬらしいな。時間だ」

 

 リオさんはそれだけ言い残して学園へ向かって歩みだしていった。

 

「兄様……」

 

「何なんだ、あいつは?」

 

「さあ……?」

 

「……リオ・フォーカスライト。並びに、傍らにいた女生徒2人……緑の髪の方はフローラ・クエイシー。銀髪の方はジェイミー・ダウニング。3人共今回転校してくる予定だ」

 

「転校生だと? こんな中途半端な時期にか?」

 

 確かに、転校生云々は僕らやムラサキさんに天枷さんで慣れたつもりだが、時期が本当に中途半端が故におかしく思えてくる。

 

「兄様……」

 

 色々聞きたいこともあるけど、ムラサキさんも随分困惑しているようでそんなことはできない。

 

 妙な胸騒ぎがする。また何か悪いことが起こるんじゃないか……そんな気がする。

 

 そんな予感を胸に抱えながら校門をくぐっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は既に放課後。特にすることもなくなっていた僕は校門へ足を運んでいた時だった。

 

「待ってください! そんなの納得できません!」

 

「ん? 今の声って……ムラサキさん?」

 

 何やら校門の方でムラサキさんが誰かと口論しているような声が聞こえた。

 

 気になって早足で向かうと、ムラサキさんと今朝会ったムラサキさんの兄のリオさんがお供の2人と一緒に向かい合っていたのが見えた。

 

「横暴です! 私は帰りたくなど──!」

 

「姫様、リオ様のお言葉に反抗なさらぬように」

 

「そうだ。私の言うとおり、大人しく祖国に帰るんだ」

 

 ……ん? 何?

 

 今帰るって……ムラサキさんが? 自分の国に? ……いや待ってよ。

 

「それって、どういうことさ!」

 

 つい声を荒げて叫んでしまい、突然の第三者の声に校門に立っていた4人が僕の方へ振り向く。

 

「よ、吉井!?」

 

「む? 君は確か、エリカの友人のひとりの……確か、ヨシイ・アキヒサ君だったかな?」

 

「ええ。……じゃなくて、名前は別にどうだっていいんですよ! それより、今ムラサキさんが国に帰るって──」

 

「ああ。君が今聞いた通りだ。近いうちにエリカには我が祖国へ帰ることを命じた」

 

「なっ!?」

 

 機械のように淡々と言いのけるリオさんに驚きを隠せなかった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 藪から棒に何でいきなり帰国なんてことになるんですか!?」

 

 いくらなんでも横暴だと思った。聞かずにはいられなかった。

 

「何故……と来たか。君はエリカがこの地に来た理由を知らないかな?」

 

「理由……?」

 

 理由……なんだったか? 僕は彼女が特別留学生だということしか聞いてないから理由なんて知らない。

 

「知らないということで話を進めていいかな? エリカがこの地に留学させたのは王族としての資質を育てるためだ。庶民の生活を知るためには、庶民の中に紛れ実際に生活してみなければ見えてこないものだ。そして、この地を知るために一番良いことは何だ? それはこの地で生活してみることだ。違うかな?」

 

 いちいちカンに障る口調だが、言ってることはなんとなくわかる。

 

 実際にこの目で見たり、耳で聞いたりしなければわからないものだってたくさんあるわけなのだし……外国の人間の生活だって実際に体験しなければわからないものなのだからムラサキさんの留学だって納得はいく。

 

「でも、それだったら何で今帰国なんて言葉が出てくるんですか? ムラサキさんだってまだこの島の全部を見たわけじゃないんだし……ちょっと見渡せばまだ見たことないものだっていっぱい──」

 

「ふん。こんな愚者ばかりの地にこれ以上何があるという?」

 

「な……」

 

 こいつ、今何て言った?

 

「兄様!」

 

「何か違うか? 聞けばほんの少し前にはロボットが生徒の中に混じっていたというくだらん理由でくだらん騒ぎが起こった。そんな低レベルなことで騒動が起きるようではこの地の人間も底が知れたというものだ」

 

 既に貴族としての社交的な態度が崩れており、口調や姿勢に侮蔑的なものが表立っていた。

 

「けど! 最後にはみんな天枷さんとわかりあえた!」

 

「それは生徒間での話であろう? だが、教師共はどうだ? 我が身可愛さのために保身に走り、ロボットの意思を無視してそのロボットを退学へ追いやった。それにわかりあったとはいったが、それまでに連中はそのロボットにどんな仕打ちをした? 更に今ではなりを潜めたように静かになってるが、随分と事故や犯罪が多かったそうではないか。そんな地が妹に相応しいとでもいうのか?」

 

「そ、それは……」

 

 この男……リオは随分初音島の事情を調べ上げたようだ。天枷さんのことも確かにそうだし、初音島の事故や犯罪云々も、理由が理由とはいえ多い時期があったのも事実だ。

 

 それを鑑みれば身内をそんな危険な地に置きたくないというのは理解できるけど。

 

「理解していただけたかな? これがこの度得た我々の結論だ。この島の環境は王家の一員たるお前の留学先に適していない。早々に引き払うぞ」

 

「待ってください! 私は、帰りたくなど──!」

 

「さっきも言った筈だ。素直に国に戻らなければ……お前が大切だと思ってる人たちに迷惑がかかるかもしれないぞ」

 

「──っ!」

 

 リオの言葉に息を呑む。

 

「仲の良い学友もいるのだろう? お前の隣にいるその男とて例外ではあるまい?」

 

「い、いくら兄様でもそんなことなど──」

 

「いいや、可能さ。私には、それを実行に移すだけの実力も権力もある。この兄に刃向かう事など、お前には無理だ」

 

「そんな……」

 

 ムラサキさんの身体から力が抜けていくのがわかってしまう。

 

 あまりにひどい……明らかにこれは脅迫だ。

 

「そんなことまでして……ムラサキさんの意思を無視してまで、脅迫なんて卑怯な真似をしてまで彼女を国に帰らせたいのかよ!?」

 

「何とでも言えばいいさ。ただ、王族には自分の感情よりも優先させるべきものがあるのだよ。背負うべきものが違う。君のような庶民には、縁のない話だと思うが、エリカにはそれが何なのかわかってるはずだ」

 

「それは……」

 

「それとも、忘れてしまったのかな?」

 

 リオの言葉にムラサキさんは苦々しい表情を浮かべて受け止める。いや、受け止めるしかないのだろう。あいつの前じゃ。

 

「忘れてなど……いません」

 

「それはなりより。庶民にまみれ、王族の誇りを失うようでは本末転倒だからな」

 

「……っ」

 

 リオの言葉にただ項垂れることしかできないムラサキさん。

 

 無論、僕も何か言ってやりたい。けど、僕には王族というものが何なのか全く知らない。

 

 下手に反論したところで意味はないし、かえって彼女の立場を危うくさせるだけだろう。

 

「明日まで猶予は与えてやろう。別れを挨拶くらいはさせてやらねばな」

 

 それだけを言い残してリオは背を向けて歩き出す。

 

 何が猶予だ。今はもう夕方。結局はすぐに支度を済ませて帰るぞって言ってるだけじゃん。

 

「…………」

 

「ムラサキ、さん……」

 

「……ごめんなさい」

 

 いきなり謝罪するとムラサキさんは歩みだす。

 

「ムラサキさん……その、本当に帰るの?」

 

 どう言っていいのかわからず、そんな言葉が出てしまった。

 

「……本当も何も、兄様の命なのよ。従うしか、ないでしょ……」

 

 その言葉を残して、ムラサキさんは早足でその場を去っていった。

 

「…………」

 

 なんだろうな……今年に入ってから自分の無力さを実感することが多い気がするよ。

 

「どうすりゃいいってんだよ……」

 

 これは、天枷さんの時よりも厄介かもしれない。僕の心が夕暮れのように消沈しているのを感じる。

 


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