バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第七十七話

 

 天枷さんの退学騒ぎから日を跨ぎ、彼女の要求通りに今までと同じ学園生活をこの1日だけ過ごす猶予をもらった。

 

 つまりはこれが天枷さんの最後の登校となるわけだが……最後なのは学園の皆がわかっているが、最後だからといって何がどうなるでもなく、いつものようにみんなが挨拶をしながら登校し、友達と会話し、授業を行う。

 

「やっほー! 杏せんぱーい! みんなもお昼しよー!」

 

 そして、昼休みになればいつものように僕たちのクラスに飛び込み、いつもと同じメンバーで固まり、昼食をとる。

 

 昨日のことがまるで嘘ではないかと言わんばかりのいつも通りの学園生活だった。

 

 けれど、永遠に続くのではないかと思えるこんな穏やかな時間も今日だけだ。

 

 それがわかっているのに、僕たちはただいつも通りの学園生活を送り、彼女となんてことない会話を交わし、彼女はいつもと変わらぬ笑顔のまま別れの言葉を投げかけてこの日を終える。

 

「──なんてことでいいのかどうか?」

 

「いきなり俺らをここに呼び出して開口一番から何意味わからない事を言ってる?」

 

「なんてと言ってるが、一体何の話をしている」

 

「まあ、大方天枷のことなのじゃろうが……」

 

「……それ以外に思い浮かばない」

 

 僕は文月でお馴染みのメンバー+義之を屋上に呼び出した。

 

 理由は言うまでもなく天枷さんのことだ。

 

「で、こんな寒ぃ場所に呼び出して何だ? くだらねえことだったらチョキでしばくぞ」

 

「いや、なんていうかさ……これだけで本当にいいのかなって話さ」

 

「だからどういうことだ?」

 

「天枷さんのことだよ。今日1日だけ今まで通りの生活を送らせてと言ってたけど、ただいつも通りの生活送ってはいさよならなんていうだけでいいのかな?」

 

「それを俺たちに聞いてどうするんだ?」

 

「どうするって、それをみんなに相談しようと呼んだんじゃないか」

 

「そうは言うが、天枷は特に何をしてほしいなんて言ってないだろう?」

 

「う……」

 

 確かに、彼女は今日だけこれまでどおりの学園生活を送らせてほしいと言ったが、僕たちに何かを求めていたわけではない。

 

 僕たちもそんな彼女の望みを受け入れようとこれまでと同様、彼女に挨拶したりなんてことない会話を楽しんだりもした。

 

 けど、これだけでスッキリできるわけがないじゃないか。

 

「じゃが、確かにこのままでは胸の内がおさまらんのも事実じゃ。ここはひとつ、彼女に何ができるのかを考えるのもどうじゃ?」

 

「そうだな。このまま永遠にさよならなんてなりたくないしな……」

 

 秀吉と義之は僕の意見に賛成してくれたようだ。やっぱりこの2人ならわかってくれるよね。

 

「そうは言うが、今更退学を取り消しにしようだなんてのは無理だぞ」

 

「そんなことはもう知ってるから。天枷さんにもうやめてくれと言われてるんだし……ん?」

 

「どうした、明久?」

 

 今、何かが引っかかった。天枷さん関連で……なんだろう?

 

 僕は集中して脳内に保存されてる限りの記憶を隅々まで閲覧する。彼女は僕たちとの学園せいかつを今日だけ許してほしいと言った。

 

 そして僕たちには天枷さんの退学云々に手出しも口出しもせず、ただ天枷さんの願いを聞き入れてほしいと言った。

 

 けれど、僕たちが僕たちで自由に学生生活を送る分には……?

 

「……そうだ」

 

「あん? 何だ、明久」

 

「別に天枷さんにあれこれする必要はないじゃん」

 

「……それって、どういう意味だ?」

 

「いや、ちょっとね……天枷さんは僕たちに自分との学生生活を最後まで満喫させてほしいって言ったじゃない?」

 

「言ったな」

 

「学生生活を最後までだよ?」

 

「だから、それが何だってんだ?」

 

「うん。ちょっと思いついたんだけど……」

 

 僕はみんなに自分の考えを聞かせた。僕のやりたいことが伝わっているかどうかはわからないけど、僕は自分が何をしたいのかを精一杯説明した。

 

「……ていうことなんだけど、どうかな?」

 

「「「「…………」」」」

 

「……やっぱり、無理?」

 

 いや、僕もどうかなとは思っていたよ。これを実行するにはとても時間が足りない。

 

「……いいんじゃないか?」

 

「うむ。それなら儂らも天枷も、悔いは残らんじゃろう」

 

「明久……お前にこんなことを思いつくだけの頭があったとは」

 

「……今世紀一番の至言」

 

「ほ、本当に……? ていうか、雄二とムッツリーニ。僕を褒めるのか貶すのかどっちかにしてくれる?」

 

 今世紀一番って……僕の活躍は来世紀までお預けだとでも言いたいのかい?

 

「そういうことならまず杉並にでも言ってみるか。こういうことならあいつが先導してくれんだろ」

 

「……早速非公式新聞部全員で打ち合わせだ」

 

「じゃあ、俺は音姉に相談してみるよ。こういうことは生徒会の人たちなら詳しいだろうから」

 

「儂も可能な限りメンバーを集めて準備に取り掛かるとしよう」

 

「みんな……」

 

 そうだ。このままでいい筈がないじゃないか。彼女が穏やかな学生生活を送りたいというのならそれを叶えてあげるのが僕たちの義務だ。

 

 けれど、ただいつも通りの学生生活だけで満足できる僕たちじゃない。

 

「~~~~っ! しぃっ! じゃあ、早速作戦開始だぁ! 今日はみんな眠れないかもしれないよ!」

 

「面倒くさそうなことになるなら俺はパスするぞ~」

 

「……そういえば召喚大会で撮った雄二の告白の音声データを──」

 

「おっと手が滑って──」

 

「霧島さんの携帯に送ったんだったね」

 

「テメェェェェェ!?」

 

「削除してほしいならうまくやるから雄二も手伝ってくれるよね?」

 

「ぐ……テメェ、どこで……」

 

「さて、どこでしょうかな?」

 

 以前雄二の脅しのネタになるだろうと思ってムッツリーニから買い取ったものだけど、結局使う機会がこなかったから霧島さんに譲ったんだけど、手元になかろうと効果を発揮するとはね。

 

「……偶にお前らが友人なのか疑わしいときだあるんだが」

 

「桜内よ、気にしてはいかん」

 

 さて、これから忙しくなるな。僕らは早速作戦に取り掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「して……今日はどうしたのだ? 美夏の学生生活は昨日で終えた筈だぞ?」

 

 明久の作戦が始まってからもう1日が経っていた。現在、俺は天枷と一緒に屋上に立っていた。

 

「まあ、そう言うなよ。何か今日あいつらがパーティー開くなんて言ってたからな」

 

「パーティー?」

 

 俺の言葉に天枷が首を傾げた。

 

「いくら天枷が言っても俺も含めてみんなこのままはいさよならなんてのは嫌だからな。

 みんなで囁かながらパーティー開いてお前を見送るって事になったんだとさ」

 

「……そうか」

 

「まあ、それは少し待つことになるけど。もちろん、参加してくれるよな?」

 

「…………」

 

 天枷はカウ帽子を深く被って表情が見えないようにした。

 

 おかげで表情はよくわからないが、おそらく照れてるか嬉し泣きでもしてるんだろう。

 

「……桜内は、覚えてるか? 美夏と会ったときのこと……」

 

「天枷と……ぷふっ!」

 

「な、何故笑うのだ!?」

 

 話題を逸らそうと言い出したのだろうが、これまた笑えることを言い出してくれたものだ。

 

「ハ、ハハハ……忘れようったって、忘れられるわけがねえだろ。あんな強烈なパンチ」

 

「うぐ……そ、それは……今では悪かったと思ってる。あれ以来、桜内には面倒のかけっぱなしだった。本当に感謝してる」

 

「……いきなりどうしたんだ? やけに素直だな……」

 

「一度ちゃんと言っておきたかったのだ。風見学園の一生徒であるうちにな」

 

「天枷……」

 

「そんな顔をするな。別に感傷に浸ってるわけではない。ただ……お前たちがいなかったら、美夏はどうなっていたのか……そう考えただけだ」

 

「……そうか」

 

 それから2人で校庭を眺めた。

 

 天枷と出会ってなかったらか……あの時は杉並や土屋に無理やり連れてこられ、洞窟の探検をしていたら何故か天枷が眠っており、ちょっとした弾みで目を覚まさせ、波乱の日々が始まった。

 

 あのまま天枷が眠ったままだったら別になんてことない日常は続いたかもしれない。

 

 俺がやらなくてもいずれ天枷は目を覚ましていたかもしれない。けれど、その時に天枷や天枷の周囲の人たちが今回のように和解できたのかどうかはわからないし、委員長のロボットに対する憎しみが一生消えることはなかったかもしれない。

 

 けれど、そんなことを考えるのはもう無意味だ。だって、今天枷はこうして生きて、長い時間をかけてようやくわかりあえたんだ。

 

「……美夏はお前たちと会えて、人間も悪い奴ばかりではないということがわかった。由夢に朝倉先輩、杏先輩や花咲に月島、吉井、坂本、木下に土屋、ついでに板橋に杉並も友達になってくれた。そして最後には沢井ともわかりあえた」

 

「そうだな……」

 

 俺も、こうしてロボットである天枷が何を思って生きていたのか、彼女と友達になりことができたのが、今で嬉しかった。

 

「……桜内、美夏は……人間とロボットの架け橋になったのだろうか?」

 

 天枷がそんなことを聞いてきた。

 

「……お前はどう思うんだ?」

 

「……そうだな」

 

 そう言って天枷は懐から何かノートを取り出した。表紙には何かが書いてあった。

 

 何だ……『世界制服計画』?

 

「お前、それは……?」

 

「……見るか?」

 

「え、いいのか?」

 

 恐る恐る聞いてみると天枷はいいぞと言わんばかりにノートを差し出した。

 

 俺はノートを受け取ると、ノートのページをパラパラ捲って中身を見る。

 

「えと、これは……」

 

 中身はなんというか……すげぇブッ飛んでた。

 

 何か変な建物みたいな絵に、所々機能の説明のような文章に値段らしい数字も書いてあった。

 

「天枷、これは一体……」

 

「美夏がロボットのための世界を作るのに必要なものだと思って書いたものだ」

 

「こ、これ全部……?」

 

「大体は杏先輩に相談して手伝ってもらったのだがな。杏先輩はすごかった。美夏の夢を笑わずに一緒にロボットの世界を作ることを考えてくれた。ただ方向を考えるだけでなく、それを実行するに必要な予想予算まで計算してくれたのだぞ」

 

「は、はは……その辺、杏らしいよな」

 

 あいつが考えたとなると、この妙に細かい機能説明や予算も納得だ。ちょっと怖い。

 

「だが、途中で封印してあるページと、最後の章だけは杏先輩にも見せていないがな……」

 

 確かに、途中ホッチキスで止めてあるページがある。俺はそれを無理やり開くと『HMシリーズと火気管制』、そして最後には『ロボットが管理する平和で住みよい社会』と題された書きかけのページがあった。

 

「……これは」

 

「美夏はな、人間がこの世界を取り仕切ってるという現状に、正直我慢がならなかった。だから、どうしたらより良い世界になるのか、模索していたのだ。世界制服だなんて、本当に実行できるかどうかはわからなかったが……考えるだけで楽になれた」

 

「今は……」

 

「ん?」

 

「今はどうなんだ……?」

 

 天枷は俺の質問に答えず、俺の手からノートを抜き取ると、破き始める。

 

 半分に、また半分と繰り返していき、細々と破くとそれを風に乗せて捨てた。

 

「……美夏の願いは、叶った」

 

「……そうだな」

 

 天枷の澄んだ笑顔にホッとすると携帯の着信音が鳴り響いた。

 

「もしもし? ああ、明久か。……ああ、もちろん一緒だ。……わかった。すぐに行く」

 

「吉井からか?」

 

「ああ。準備ができたから体育館に来てくれだってさ」

 

「そうか」

 

 俺と天枷はノートの切れ端の散らばった屋上を後にして体育館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで桜内……美夏の事を祝ってくれるのは嬉しいのだが、何も体育館でなくてもよいのではないか? そもそも、休日とはいえ屋内の部活動だってあるのに、よく許しをもらったものだな」

 

「そりゃあ、お前を祝うパーティーなんだ。誰も文句なんて言わないだろうさ。ほら、いいから入れよ。そろそろ入場の時間だろうから」

 

「うむ。……ん? 入場?」

 

 途中で訝しげな表情を浮かべながら天枷が体育館の扉を開いた。

 

『卒業生、入場。在校生、起立』

 

 扉が開かれた瞬間、俺たちの視界に入ったのは綺麗に整列されたパイプ椅子の群れと、それに座る大勢の学生たちの姿があった。

 

 そして、天枷が入ったのを認識するとみんなが拍手で迎え入れ、心地よい伴奏が館内に響く。

 

 って、伴奏してるの杉並じゃねえか。あいつ、ピアノなんて弾けたのな。しかも結構うまい。

 

「こ、これは……?」

 

「見ての通り、卒業式だ」

 

「そ、卒業式……?」

 

「ああ。明久がお前のための卒業式だってみんなに呼びかけてな。短期間でここまで準備するの大変だったぜ」

 

「桜内……吉井……みんな……」

 

「卒業、おめでとう天枷さん」

 

「沢井……」

 

 入口付近で待っていたのか、委員長が天枷に歩み寄って祝いの言葉を送った。

 

「ほら、早く入って。みんなが待ってるわ」

 

「……っ!」

 

 天枷は一瞬涙を流しそうなほど瞳が潤んだが、すぐに堪えると拍手の中をゆっくりと歩み、壇上に立った。

 

『卒業証書、授与』

 

 壇上で音姉が卒業証書と労いの言葉を送り、天枷が一礼する。そして再び拍手の音が館内に響く。

 

 卒業証書を受け取ると、一歩下がって振り返り、みんなの顔をひとりひとり眺めてからカウ帽子を深くかぶる。

 

「……みんな、ありがとう」

 

 拍手の中で何を言ってるのかは聞こえなかったが、きっとみんなに礼を言ってるのだろう。それは確信できる。

 

 だがな、天枷……まだこれだけで終わりだとは思うなよ。

 

 拍手もおさまると、体育館内のカーテンが全て締め切られ、辺りが暗くなった。

 

 その中で天枷がどうしたのかとキョロキョロしているのがうっすらと見えた。ま、これでこそこのサプライズを催した甲斐があるというものだ。

 

『レディースアーンドジェントルメーン! 諸君よ! まだまだお楽しみはこれからだぁ!』

 

 杉並のアナウンスと共にドルルルルルル! と、ドラムの音が鳴り響くと共に、壇上にスポットライトが当てられた。

 

 そこには既にスタンバっていた渉、小恋、明久、白河。白河を除いてそれぞれ担当楽器の前で待っていた。

 

 もちろん、俺も既にギターを背負って立っている。

 

「これは……」

 

「よっしゃぁお前ら! 明るく激しく美夏ちゃんを送り出そうぜぇ!」

 

 渉が持ち前のハイテンションで館内の生徒全員を沸き上がらせる。こういう時は本当にいいノリしてるぜ。

 

「よ~し……みんな、一生忘れられない卒業式にするぞぉ!」

 

 明久の掛け声と共にギターを刻み始める。それに呼応するようにドラム、ベース、キーボードの音色と白河の歌声が館内に響き渡っていく。

 

 曲の間はみんな大盛り上りだった。天枷も、堪えきれなくなったのか、涙を流しながらも最高の笑顔で盛り上がってくれる。

 

 曲が終わると、体育館が崩壊するのではと思うほどの拍手の嵐と、舞台裏の方から光沢のある紙吹雪が舞い、舞台袖からは大量のドライアイスが吹き出してきた。

 

 ていうか、ドライアイスちょっと多すぎね?

 

「げほっ! げほっ! ちょ、ちょっとこれ多すぎない!?」

 

 小恋が咳き込みながら俺の脳内の言葉をそのまま代弁してくれた。

 

「ちょ、雄二……これちょっとやりすぎじゃ──」

 

「こるぁ吉井ぃ! いくらなんでもやりすぎよー!」

 

「えぇ!? ちょ、高坂先輩! これは雄二が……」

 

「『俺は明久に任せられて準備をしただけで中身は知らん。だから何かあったら明久が自ら全責任を負うから』って言ったからにはこれの責任も取ってもらうわよ!」

 

「おのれ雄二ぃ! 面倒くさいことは全部僕に押し付けて自分だけ逃げやがったな! って、だから誤解ですってばぁ!」

 

「待ちなさ~い!」

 

 それから当分の間明久とまゆきさんの追いかけっこが続いた。

 

 感動的な卒業式にする筈だったのに、なんとも締まらないようになったもんだな。

 

 まあ、みんなも呆れながらも笑ってるし、天枷だって仕方ないといった顔がすぐに安心したようなものに変わっていったし。

 

 天枷を送るには、こっちの方がいいのかもしれない。まゆきさんに絞められてる明久を見ながらそう思った。

 

 


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