バカとダ・カーポと桜色の学園生活   作:慈信

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第七十六話

 

「よし……音楽室部隊。扉の前に黒板の粉をぶっかけろ」

 

「うん……そっちは窓から何か本とかをばら蒔けばいいよ」

 

「うむ、遠慮はいらん。思いっきりショートさせてしまえ」

 

「……何がどうなってんだ?」

 

 今、俺の目の前には屋上で金網を背にしながら携帯越しで物騒な事を呟いている明久、坂本、杉並の姿があった。

 

「何がって……お前たちがあんな話持ってくるからだぞ」

 

「いや、それがなんだってこんな風になるんだよ……」

 

「さてな」

 

 何で今こんな状況になってるのか……話は数時間前の昼休み終了直前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みだっていうのに、俺の心は全く休まる気がしない。

 

 それというのも、例の理事会のふざけた決定の所為だ。何の権利があって天枷が退学にならなきゃいけないんだ。

 

 水越先生や音姉たちでもダメとなると、あとの頼みの綱はさくらさんくらいだが……あの人は今いない。

 

 さくらさんさえいれば何か違ったかもしれないが、今それをいったところでしょうがない。

 

「そういえば、昼休み天枷さんが呼ばれたけど……どうしたんだろ?」

 

 小恋が何気なく聞いてきた。

 

「あ、いや……」

 

 どう答えたものか……。

 

「明久君も何か落ち込んでる感じだし」

 

「あ……」

 

「学園長室、行ってきたんでしょ?」

 

 突然茜が割って入ってきて核心的なことを突いてきた。

 

「え、何で知ってるんだよ?」

 

「噂……聞いたから」

 

 これまた突然杏が割って入ってそんなことを言い出した。

 

「え~? 何の?」

 

「美夏の退学と、学園長の解任……」

 

「え? ええぇぇぇぇ~~~~!?」

 

「いや、その話聞いたとき小恋ちゃんも一緒だったわよね?」

 

「難しい話かと思って聞いてなかったんだけど……それ、本当なの?」

 

「ああ……本当のことだ」

 

「ええぇぇぇぇ!?」

 

「桜内、それどういうこと!?」

 

 俺たちの会話を聞いた委員長が割り込んできた。

 

「詳しく話して」

 

「……昨日、天枷がお前の弟を助けたときの事故。アレの所為で美夏がロボットだってことがあちこちに知れ渡った。

 そしてその話が学園理事たちの耳にも入って、ロボットと知りながら入学を許可したさくらさんにも責任がある

 みたいなことになって……」

 

「何それ……」

 

「横暴ね」

 

 全くその通りだ。

 

「ふむ……学園の上層部は事なかれ主義の決断をしてしまったというわけか。ま、最初から機体などしてはいなかったが、

 なんともヘタレな対応なものだ」

 

 いつの間にか話を聞いていたのか杉並までもが会話に加わってきた。

 

「どういうこと?」

 

「非公式新聞部、及び同士土屋の調査で入った情報によると、学園の理事をしている者たちの中で、重度の差別者は

 そうはいなかったようだ」

 

「そうなの?」

 

「それなのに、なんでこんな問題が?」

 

 明久も話を聞いて会話に加わってくる。

 

「ふむ。プライバシーのため、個人名は伏せるが、μを数体所持しているもの好きな理事もいるくらいだからな」

 

「ムッツリーニに調べさせてる時点でプライバシーなんて紙切れのようなものに成り代わったんだろうけど……」

 

「だが、そんな噂が広まってしまった以上、このまま放置しておけば、我が校がロボット排斥運動の槍玉に挙げられるのは

 時間の問題であろう? だから、当事者と責任者を切った。一番簡単でなおかつ無難な選択肢……だな」

 

「ふざけるな! そんなの自分の保身に入ったただの逃げじゃないか!」

 

「まったく、ヘタレなものね」

 

「納得いかないなぁ……」

 

 その通りだ。確かに合法的なものじゃないかもしれないが、だからといって天枷やさくらさんが

 悪人というわけじゃない。

 

 当初はともかく、今の天枷は立派な学園の生徒で、俺たちの友達のひとりだ。それにさくらさんだって、ただ

 天枷を背中をちょっと押してあげただけじゃないか。

 

「しかし、対処せずに放置しておけば、世間の目は俺たちに。そして、美夏嬢本人に向けられることになる」

 

「だからって、芳乃先生や美夏ちゃんがやめさせられるなんてあっていいの?」

 

「……納得いかないわ」

 

 委員長が怒りを露わにして呟いた。

 

「私、抗議してくる」

 

「え?」

 

 委員長の言葉に俺だけでなく、俺たちの会話を聞いていた周囲の奴らも驚いていた。

 

「彼女は何もしてないわよ。むしろあの子は私や、私の弟を助けてくれたわ。なのにこんなこと、納得できるわけないわ!」

 

 委員長がそこまで天枷を想ってくれたことに、俺は目頭に熱いものを感じた。

 

「わ、私も行く!」

 

「そうね。そういうことなら私もいくよ。杏ちゃんもでしょ?」

 

「ええ、もちろん……」

 

 委員長が教室を出ていくと、雪月花の3人もそれを追っていく。

 

『なら、私も』

 

『だったら、私は隣りのクラスにも知らせてくる』

 

『なら俺は、2年の後輩共に声かけてみるわ』

 

『だったら俺は部活の先輩んとこに言ってみる』

 

『あ、だったら俺は──』

 

 委員長たちに感化されたクラスメートたちが次々と席をたち、教室を出ていく。

 

 天枷のためにここまで一致団結するなんて……。

 

「へへ……これから大変なことになりそうだよ。義之」

 

「だな……」

 

 俺はただ、嬉しくてしょうがなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして昼休みが終わっても委員長を含めた数多の生徒たちに質問責めにあった教師は理事会の決定だからとの平行線。

 

 そこに体育教師が一喝を入れ、交渉決裂。それが火種となって全校規模のボイコットが始まったのだが……

 

『ぶわっ!? こ、これは……チョークの粉か!?』

 

『冷たっ!? なんて古典的な罠を!?』

 

『ぐあっ!? 頭がぁ!?』

 

『へっ! ざまぁみろ!』

 

『日頃の恨みだ!』

 

「それがなんでここまで……」

 

「ま、当然といえば当然の流れだな。交渉の余地などいくらでもあったはずなのに、学園側にそういう選択肢しか

 残さなかった教師側に問題があるな……」

 

 杉並が訳知り顔で頷く。

 

「お~い、2組の連中、美術室に立てこもってるらしいぞ?」

 

 連絡係みたいな立場になってる渉から報せがきた。

 

「よし。だったら石膏像や美術展に出した作品を扉の前に置け。そしてその上に扉が開いたらそれらが壊れるように

 仕掛けて教師たちを脅せ。流石に学園を有名にしているものを壊せるほど度胸のある教師なんていねえだろうしな」

 

「オッケー。あぁ、あと2年の奴らは体育館を占拠できたってよ」

 

「じゃあ、各出入り口の前に……ムッツリーニ」

 

「……何用だ?」

 

「以前防犯用に使ったアレの特大版まだある?」

 

「……すぐに用意する」

 

「よし。それじゃあ、できたのを体育館の各出入り口に」

 

「……了解」

 

「……かなりの大騒動になってるな」

 

 まさか天枷の転校の話がここまでの規模に発展するなんて思いもしなかった。

 

 まあ、それだけ天枷がみんなから信頼されてるってことを思えば嬉しいのだが。

 

「いうことを聞かない生徒たちに業を煮やした共闘が生徒会に鎮圧を要請したようだが、生徒会はこれを却下したそうだ」

 

「ああ、そういえばまゆき先輩も今回の件に納得いかないって顔してたなぁ」

 

「音姫さんまでこの騒動に加担するようになっちゃってるね」

 

「へぇ……今回生徒会はこっちの味方ってわけか?」

 

「別に味方っていうのとは違うだろうな。ただ教師のふざけた決定が気に入らないから俺らと一緒に反抗してるってくらいだろ。

 ま、向こうがこっちの騒動に加担してくれるっていうんならそっちもきっちり利用させてもらうがな」

 

 坂本が悪役ヅラして呟いた。こいつ、ここまでやってまだ何かしでかす気か。

 

「こりゃあ心強いこって」

 

「いずれにせよlこれが付属でかます最後の大花火ってことになりそうだな、桜内よ……」

 

 杉並が校庭を見下ろしながら言う。

 

「遊び心がないっていうのがちょっとな……」

 

「心配はいらん。この男杉並、不測の事態に備えて、そこかしこにいろんな仕掛けを施してある。桜内が

 言ってくれればいつでも狼煙をあげるぞ」

 

「……こっちもあらゆる準備は既にできてる」

 

「お、何だかおもしろくなってきたな。一丁かましたるか!?」

 

「あのな……」

 

 渉まで乗りはじめ、事態は更に悪化してしまいそうだ。

 

「ん、どうした桜内? 臆したか?」

 

「いや、臆しちゃいないけどさ……」

 

 ただ……この状況を当事者である天枷自身が望んでいるかどうかってことなんだがな。

 

「あ、いたいた」

 

 屋上の扉が開くと、そこから白河が現れた。

 

「あれ、ななかちゃん」

 

「お、明久君。今回も派手にやってるね~」

 

「いや、ななかちゃん。今回はって、僕はこれまで問題なんて起こしたことなんてないよ」

 

「しれっと嘘つくな。超問題児が」

 

「誰が超問題児だ。てか、人の事言えるのか。僕は問題なんて起こしてないっていってるでしょ。少なくともこっちに来てから……」

 

「天枷さん、いたよ~。2人共」

 

「ああ」

 

 白河が背後に声をかけると、やってきたのは天枷だった。

 

「ここにいたのか」

 

「天枷……」

 

「天枷さん……」

 

「お、今超絶話題のスーパーヒロインご登場だ」

 

「今、天枷のクラスはどうなってるんだ?」

 

 これだけの騒ぎ、当事者のいるクラスが何もないとは思えないが。

 

「うむ。由夢が必死に教室へ連れ戻そうとしているが、皆、教室へ戻る気はないらしい」

 

「そうか……」

 

「……桜内、吉井。これはみんな、美夏の為にやってくれてることなんだよな?」

 

「……ああ」

 

「みんな、天枷さんにいなくなってほしくないから。みんななりになんとかしようとしてるんだよ」

 

「そうか……」

 

 天枷がフェンスへ歩み寄ると、そこから学園中を見渡した。

 

 校庭で教師数人と交渉の真っ最中の光景だったり、職員室の外で生徒たちが座り込んでいたり、

 他にもあちこちで籠城している生徒たちを説得しようと走り回る教師の姿も見える。

 

「皆が美夏のために色々してくれるのはとても嬉しい……。美夏は、本当に幸せ者なのだな。

 だが、こんなことをしたところで、皆が色々な面で不利になってしまう。違うか?」

 

「ああ。この学園の生徒の進路にも支障は出るだろうし……最悪、この学園もなくなるかもしれん」

 

 杉並の言うとおり、この学園の全員に素行不良のレッテルを貼られる上に受験に影響してしまうだろう。

 

「確かに……この場にいる俺たちは進路がどうなろうが知ったことじゃねえが、この学園の奴ら全員がそれを

 承知でやってるってわけじゃねえだろうし……いくら数を揃えたところで──」

 

「美夏の退学処分を覆すことはできない……ということか?」

 

「……相手が相手である以上、そういうことになるな」

 

 天枷の言葉に、坂本が頷いた。

 

「そもそも、現行の学校は人間以外の者を入学できるようなシステムが存在しないからな。

 ロボットの社会的立場云々以前の話だ」

 

「それが大丈夫なくらいに法律を変えていけばいいって言うだけなら簡単だが、1日2日でどうにかなる問題じゃないし、

 今の俺たちに国の法律をどうこうできる力なんてないからな」

 

「だから……美夏は、こんな無駄なことで皆の将来を壊してしまいたくはないのだ」

 

 眼下に見える生徒たちを眺めながら憂い顔で呟いた。

 

「……そうか。じゃあ、やめさせるか?」

 

 俺の言葉に天枷は顔を上げて俺に詰め寄る。

 

「どうすればいい? どうすれば、皆はやめてくれる?」

 

 今回のことで、みんなの気持ちは天枷に十分なほど伝わった。なら後は、天枷が如何にしてみんなに気持ちを伝えるかだ。

 

「みんなに、お前の気持ちを伝えるんだ。どんな方法でも、みんなに伝えれば、みんなお前の気持ちに応えてくれるはずだ」

 

「美夏の、気持ち……」

 

 それから天枷はしばらく考え、この場にいるみんな、学園のみんなを見回し、数瞬目を閉じると頷いた。

 

「わかった。美夏は、みんなに自分の言葉を伝えたい」

 

「なら、うってつけの場所があるな」

 

「うん、あそこだね」

 

 坂本と明久が互いを見て頷いた。

 

「何かあるのか?」

 

「放送室だよ。あそこからなら君の声を学園中に届けることができるしね」

 

「なるほど。校内放送でみんなに伝えるわけだ。オッケ~」

 

「わかった。では、すまないが、放送室に案内してくれまいか?」

 

「りょうか~い。って、あ……でも私、放送室の鍵を持ってない」

 

「職員室に行こうにも、この状態じゃ。職員室に取りに行くのは無理じゃろ」

 

 確かに、今は職員室もかなり緊迫した状態だろう。俺たちが行ったところで、他の生徒たちのことで詰め寄られそうだ。

 

「そこは心配いらねえぜ」

 

「こっちには開錠のエキスパートがいるんだから。ということで……ムッツリーニ!」

 

「……何だ?」

 

「実はかくかくしかじか……というわけさ」

 

「……了解した」

 

「では、お願いできるか?」

 

「……鍵をあけるくらい、5秒もあれば余裕だ」

 

「……それは、普通に犯罪じゃないのか?」

 

「義之、そこはムッツリーニなんだから」

 

「……それで納得できるのがなんともな……」

 

 杉並といい、土屋といい、まゆきさんといい、この学園に一体幾人常識から飛び出た奴がいるんだろうか。

 

「では、美夏は行ってこよう」

 

「なら、俺もついてくよ」

 

「いや、桜内たちはここで待っていてくれ。ここは美夏だけでいく」

 

「……そうか」

 

 何か思うところがあるのだろう。明久たちもどうしようかと思ったようだが、ここは天枷の意思を

 尊重して見送ることにした。

 

 天枷は土屋の案内で放送室に向かっていった。

 

「行っちまったな……」

 

「ああ……」

 

「なんかあいつさ、この1・2ヶ月で成長したよなぁ……」

 

「うん。本当にね」

 

「あいつ、本当にロボットか?」

 

「まずロボットってもんに対する認識を、俺たち人間の方から変えなきゃいけないな」

 

「うん、そうだよね」

 

 俺たちは校庭を見下ろしながら天枷の放送を待っていた。

 

 何分か待つと、学園中のスピーカーのスイッチが入る音が響き、天枷の声が響き渡る。

 

『あー、あー……マイクテス、マイクテス。あー、マイクテス……え、そんなのはいい?

 いや、しかし、どうにも緊張してな……』

 

 しょっぱなからしまらない放送だな。

 

『えー、オ、オホン。本日は、大変お日柄もよく……え? それもいい? わ、わかった……』

 

 それからようやく本題に入る。

 

『えー、風見学園のみんな、せ、静粛に聞いてくれ。2年の天枷美夏だ』

 

 あちこちで籠城騒ぎを起こしていた生徒たちの声がピタリと止んだ。

 

『知っての通り、今学園中が大変な騒ぎになっている。みんなが、美夏のためにやってくれているということは

 よくわかったし……とても嬉しいと思ってる。そのことに関しては礼を言いたい。本当にありがとう……。

 だが、残念だが、理事会の決定は美夏も既に納得していることだ。この決定が覆ることはない』

 

 天枷の言葉にあちこちから『そんなことなんてない!』などの否定の言葉が飛び交う。それに頷く者も大勢いる。

 

『それに……こんなことを続けていては、周囲の迷惑だけではない。今美夏のために色々してくれているみんなにも

 多くの迷惑がかかってしまう。美夏は、美夏のためにみんなが何らかの処分を受けることなど望んでいない……』

 

 みんなただ天枷の言葉に耳を傾ける。

 

『だから、そんなことなんてしなくていいから……ひとつだけ。ひとつだけ美夏の願いを聞いて欲しい。

 美夏はみんなのいる学校に入れて、みんなと一緒に学生生活を送れて、とても幸せだった。だから、

 せめて、あと1日。あと1日だけでいいから、もう一度、その学園生活を満喫させてほしい……』

 

「あと1日、ねぇ……」

 

「しおらしいことじゃねえの」

 

『そうすれば、美夏は満足して、この風見学園を去ることができる。明日1日、美夏に普通の……

 普通の楽しい学園生活を、送らせてください!』

 

 もう誰も騒いでいなかった。籠城を行ってる生徒たちも、教師たちも、ただ天枷の放送を聞いていた。

 

 とりあえず、これで天枷の気持ちは間違いなく伝わったはずだ。ロボットが抱いた気持ちを、学園のみんなはしっかりと受け取ってくれたはずだ。

 

 後は、俺たちが天枷に何をしてやれるかだ。

 


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